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高松高等裁判所 平成19年(行コ)16号 判決 2007年11月29日

主文

1  本件控訴をいずれも棄却する。

2  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  本件をいずれも高知地方裁判所に差し戻す。

第2事案の概要等

1  事案の骨子

高知県香美郡α(現:香美市)に指定認知症対応型共同生活介護事業所(グループホーム)2ユニットずつの開設を計画していた控訴人らは,それぞれ,土佐山田町長に対し,平成17年1月20日付けで整備計画書申請と題する文書等を提出するとともに,被控訴人高知県に対し,同月21日付け文書で,介護保険法(平成17年法律第77号による改正前のもの。以下,同改正を「本件改正」,同改正前の介護保険法を「旧法」,同改正後の介護保険法を「新法」という。)41条1項本文の指定居宅サービス事業者の指定を受ける見込みについての回答を求めたところ,被控訴人高知県は,同年8月17日付け文書で,控訴人らから仮に4ユニットのグループホームの指定申請が県に提出された場合には,そのうちの2ユニットしか指定しない旨回答した(以下「本件回答」という。)。

そこで,控訴人らは,本件回答が旧法70条2項に違反して違法である旨主張して,控訴人aはA事件を提起し,控訴人bはB事件を提起した。

原審における控訴人らの請求の趣旨は,次のとおりである。

(1)  A事件について

ア 主位的請求

被控訴人香美市は,控訴人aが平成17年1月21日付けで高知県知事に対してした指定認知症対応型共同生活介護事業所の整備計画申請に対して,同知事が控訴人aに対し同年8月17日付けでした原判決別紙2処分目録記載の処分(「貴法人等から仮に4ユニットの指定申請が県に提出された場合には,その内の2ユニットしか指定しない」という処分)を取り消す。

イ 予備的請求1

被控訴人香美市は,控訴人aが平成17年1月21日付けで高知県知事に対してした指定認知症対応型共同生活介護事業所の整備計画申請に対して,同知事が控訴人aに対し同年8月17日付けでした指定認知症対応型共同生活介護事業所の開設中止勧告を取り消す。

ウ 予備的請求2

控訴人aと被控訴人香美市との間で,控訴人aが平成17年1月21日付けで高知県知事に対してした指定認知症対応型共同生活介護事業所の整備計画申請に対して,同知事が控訴人aに対し同年8月17日付けでした原判決別紙3行政指導目録記載の行政指導(「貴法人等から仮に4ユニットの指定申請が県に提出された場合には,その内の2ユニットしか指定しない」という行政指導)が違法であることを確認する。

エ 予備的請求3

控訴人aと被控訴人香美市との間で,控訴人aが平成17年1月21日付けで高知県知事に対してした指定認知症対応型共同生活介護事業所の整備計画申請に対して,同知事が控訴人aに対し同年8月17日付けでした指定認知症対応型共同生活介護事業所の開設中止勧告が違法であることを確認する。

オ 予備的請求4

控訴人aと被控訴人高知県との間で,控訴人aが原判決別紙4事業所目録記載1の認知症対応型共同生活介護事業所について介護保険法(新法)42条の2第1項本文の指定を受けうる地位にあることを確認する。

(2)  B事件について

ア 主位的請求

被控訴人香美市は,控訴人bが平成17年1月21日付けで高知県知事に対してした指定認知症対応型共同生活介護事業所の整備計画申請に対して,同知事が控訴人bに対し同年8月17日付けでした原判決別紙2処分目録記載の処分(前同)を取り消す。

イ 予備的請求1

被控訴人香美市は,控訴人bが平成17年1月21日付けで高知県知事に対してした指定認知症対応型共同生活介護事業所の整備計画申請に対して,同知事が控訴人bに対し同年8月17日付けでした指定認知症対応型共同生活介護事業所の開設中止勧告を取り消す。

ウ 予備的請求2

控訴人bと被控訴人香美市との間で,控訴人bが平成17年1月21日付けで高知県知事に対してした指定認知症対応型共同生活介護事業所の整備計画申請に対して,同知事が控訴人bに対し同年8月17日付けでした原判決別紙3行政指導目録記載の行政指導(前同)が違法であることを確認する。

エ 予備的請求3

控訴人bと被控訴人香美市との間で,控訴人bが平成17年1月21日付けで高知県知事に対してした指定認知症対応型共同生活介護事業所の整備計画申請に対して,同知事が控訴人bに対し同年8月17日付けでした指定認知症対応型共同生活介護事業所の開設中止勧告が違法であることを確認する。

オ 予備的請求4

控訴人bと被控訴人高知県との間で,控訴人bが原判決別紙4事業所目録記載2の認知症対応型共同生活介護事業所について介護保険法(新法)42条の2第1項本文の指定を受けうる地位にあることを確認する。

2  訴訟の経過

控訴人aは,A事件につき,被告を被控訴人高知県として,控訴人bは,B事件につき,被告を被控訴人高知県として,それぞれ訴えを提起したところ,控訴人らは,平成18年4月1日の新法施行により,グループホームに係る指定居宅サービス事業者の指定権限が都道府県知事から市町村長に移譲されたとして,各事件ともに,全請求につき,被控訴人高知県から被控訴人香美市への訴訟手続の受継申立てをした。これに対し,原審は,A事件及びB事件ともに,各予備的請求4につき上記受継申立てを却下する各決定をし,各主位的請求及び予備的請求1ないし3につき訴訟手続の受継を認めた(控訴人らは,上記各却下決定を不服としてそれぞれ抗告したが,抗告棄却となり,確定した。)。その結果,A事件及びB事件ともに,各主位的請求及び予備的請求1ないし3の被告は被控訴人香美市となり,予備的請求4の被告は被控訴人高知県のままということになった。

そして,原審は,A事件及びB事件を併合審理した上,被控訴人高知県に対する予備的請求4に係る訴えは,主観的予備的併合に当たると判断して却下し,被控訴人香美市に対する主位的請求及び予備的請求1ないし3は,いずれも取消し又は違法確認を求める法律上の利益がないと判断して,上記各請求に係る訴えをいずれも却下した。

そこで,控訴人らが原判決の取消し,原審への差戻しを求めて控訴した。

3  前提事実

次の事実は,当事者間に争いがないか,括弧内に掲記した証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実である(なお,併合前のA事件の甲,乙号証をそれぞれ「甲A」,「乙A」と表記し,同B事件の甲,乙号証をそれぞれ「甲B」,「乙B」と表記し,同一の書証番号が付されている両事件の書証をともに掲げる場合には,「各」の後に書証番号を表記する。)。

(1)  当事者等

ア 控訴人aは,高知県南国市においてc病院を開設している医療法人であり,控訴人bは,同市所在の社会福祉法人である。

なお,控訴人aの代表者理事長であるdは,控訴人bの理事をも務めており(各乙13),控訴人b代表者理事のeは,控訴人aの関連施設である介護老人保健施設や在宅介護支援センターの管理者をも務めている(甲A1)。

イ 被控訴人高知県は,旧法下において,高知県内で旧法41条1項本文の指定居宅サービス事業者の指定権限を有する高知県知事の所属する普通地方公共団体である。

被控訴人香美市は,新法下において,香美市内で新法42条の2第1項本文の指定地域密着型サービス事業者の指定権限を有する香美市長の所属する普通地方公共団体である。

(2)  介護保険法上のグループホームの位置づけ

ア グループホームとは,介護保険法上の「認知症(痴呆)対応型共同生活介護」を行うもの又はその事業所,すなわち,要介護者であって,脳血管疾患,アルツハイマー病その他の要因に基づく脳の器質的な変化により日常生活に支障が生じる程度にまで記憶機能及びその他の認知機能が低下した状態(以下「認知症」という。)であるもの(その者の認知症の原因となる疾患が急性の状態にある者を除く。)について,その共同生活を営むべき住居において,入浴,排せつ,食事等の介護その他の日常生活上の世話及び機能訓練を行う(旧法7条15項,新法8条18項)もの又はその事業所を指し,グループホームは,旧法では「居宅サービス」の1つに位置づけられていた(旧法7条5項,15項)が,新法では,新たに創設された「地域密着型サービス」の1つに位置づけられている(新法8条14項,18項。各乙14の2)。

イ グループホームの利用者である要介護被保険者は,市町村長により事業所ごとに指定地域密着型サービス事業者の指定を受けた事業者(旧法下では,都道府県知事により事業所ごとに指定居宅サービス事業者の指定を受けた事業者)の運営するグループホームにおいて,指定地域密着型サービス(旧法下では指定居宅サービス)を受けた場合にのみ,介護保険を利用することができる(旧法41条1項本文,新法42条の2第1項本文)。

ウ グループホームの設備に関する基準として,旧法下では,旧法42条1項2号,74条1項,2項に基づく「指定居宅サービス等の事業の人員,設備及び運営に関する基準」(平成18年厚生労働省令第33号による改正前の平成11年厚生省令第37号。以下「旧基準省令」という。各甲16の2)159条1項が,「指定痴呆対応型共同生活介護事業所は,共同生活住居を有するものとし,その数は1又は2とする。」と規定しており,新法下では,新法78条の4第1項,2項に基づく「指定地域密着型サービスの事業の人員,設備及び運営に関する基準」(平成18年厚生労働省令第34号。以下「新基準省令」という。)93条1項が,旧基準省令159条1項と同様,「指定認知症対応型共同生活介護事業所は,共同生活住居を有するものとし,その数は1又は2とする。」と規定している。

なお,旧基準省令159条1項,新基準省令93条1項にいう「共同生活住居」とは,認知症の要介護者が共同生活を営むべき住居を指し,その入居定員(当該共同生活住居において同時に指定認知症対応型共同生活介護の提供を受けることができる利用者の数の上限)を5人以上9人以下とし,居室,居間,食堂,台所,浴室,消火設備その他の非常災害に際して必要な設備その他利用者が日常生活を営む上で必要な設備を設けるもの(新基準省令93条2項)を意味する。そして,この「共同生活住居」の数(単位)を「ユニット」と呼ぶのが一般的である。

(3)  旧法における指定居宅サービス事業者の指定

旧法は,指定居宅サービス事業者の指定は,事業所ごとに都道府県知事が行う旨規定していた(旧法41条1項本文,70条1項)。

また,旧法70条2項は,指定居宅サービス事業者の指定について,下記のように規定して,指定欠格事由を設けていた。

都道府県知事は,前項の申請があった場合において,次の各号(病院,診療所若しくは薬局により行われる居宅療養管理指導又は病院若しくは診療所により行われる訪問看護,訪問リハビリテーション,通所リハビリテーション若しくは短期入所療養介護に係る指定の申請にあっては,第2号又は第3号)のいずれかに該当するときは,第41条第1項本文の指定をしてはならない。

1  申請者が法人でないとき。

2  当該申請に係る事業所の従業者の知識及び技能並びに人員が,第74条第1項の厚生労働省令で定める基準及び同項の厚生労働省令で定める員数を満たしていないとき。

3  申請者が,第74条第2項に規定する指定居宅サービスの事業の設備及び運営に関する基準に従って適正な居宅サービス事業の運営をすることができないと認められるとき。

(4) 新法における指定地域密着型サービス事業者の指定

ア  平成17年6月22日,新法が成立し,平成18年4月1日から施行された。

新法では,旧法下の指定居宅サービス事業とは別に,指定地域密着型サービス事業が創設される(新法8条1項,14項)とともに,その事業者の指定は,事業所ごとに市町村長が行う旨規定している(新法42条の2第1項本文,78条の2第1項)。

また,新法78条の2は,指定地域密着型サービス事業者の指定について,第4項に指定欠格事由を設けるとともに,第5項に下記のような規定を設けて,市町村長に対し,同項所定の事由がある場合に上記指定を拒否できる権限を付与している。

市町村長は,第1項の申請があった場合において,次の各号のいずれかに該当するときは,第42条の2第1項本文の指定をしないことができる。

1から3まで (略)

4  認知症対応型共同生活介護(中略)につき第1項の申請があった場合において,当該市町村又は当該申請に係る事業所の所在地を含む区域(第117条第2項第1号の規定により当該市町村が定める区域とする。以下,この号において「日常生活圏域」という。)における当該地域密着型サービスの利用定員の総数が,同条第1項の規定により当該市町村が定める市町村介護保険事業計画において定める当該市町村又は当該日常生活圏域の当該地域密着型サービスの必要利用定員総数に既に達しているか,又は当該申請に係る事業者の指定によってこれを超えることになると認めるとき,その他の当該市町村介護保険事業計画の達成に支障を生ずるおそれがあると認めるとき。

イ  また,旧法41条1項本文の指定居宅サービス事業者の指定を受けて認知症対応型共同生活介護の事業を行う事業者について,新法附則10条2項本文は,新法施行日(平成18年4月1日)に新法8条18項に規定する認知症対応型共同生活介護に係る新法42条の2第1項本文の指定地域密着型サービス事業者の指定を受けたものとみなす旨規定して,経過措置を設けている。

これに対し,新法附則上,旧法下で旧法41条1項本文の指定居宅サービス事業者の指定を申請し,その指定を受ける前に新法が施行された場合の上記指定申請手続の承継や指定基準等に関する経過措置は設けられていない。かえって,新法附則15条は,新法42条の2第1項本文の指定地域密着型サービス事業者の指定の手続その他必要な行為は,新法施行の日前においても行うことができる旨規定している。

(5) グループホームに関する指定居宅サービス事業者の指定手続の流れ

ア  グループホームに関する指定居宅サービス事業者の指定に関しては,平成13年3月30日付け厚生労働省老健局計画・振興課連名の各都道府県介護保険担当課(室)あて事務連絡「指定痴呆対応型共同生活介護(痴呆性高齢者グループホーム)の適正な普及について」(各甲16の3)の別添1の2において,「指定申請に当たっては,前記の要件が満たされているかどうかを確認するために,事前に都道府県の担当セクションと打ち合わせを行うことが必要です。その後,正式な申請に当たっては,介護保険法施行規則に定める申請書類をグループホームが所在する都道府県知事あて提出することとなります。」と定められていた。

また,市町村についても,平成11年9月17日付け老企第25号各都道府県介護保険主管部(局)長あて厚生省老人保健福祉局企画課長通知「指定居宅サービス等の事業の人員,設備及び運営に関する基準について」(各乙2の1・2)の第12の4(12)において,運営に関する基準として,「市町村は,都道府県知事が法第70条第1項に基づく指定を行う上で確認すべき事項については,意見書を提出するものとする。」と定められており,指定に際しては,事前に提出された市町村意見書の意見を踏まえた審査がされていた。

イ  高知県においても,実際に施設を建築した後に指定居宅サービス事業者の指定が受けられない事態となれば,事業者が多大な損害を被ることが予想されることなどから,グループホームを開設しようとする事業者は,事前に開設予定地の市町村長から市町村意見書の交付を受けるとともに,高知県の担当部局と事前協議を行うのが通例であった。

ウ  被控訴人高知県は,平成17年6月22日成立の新法の趣旨や,グループホームの急増する市町村から市町村の意見を最大限尊重するようにとの要請があることを踏まえ,県の政策判断として,同年8月1日,「高知県認知症高齢者グループホームの指定等に関する取扱指針」(以下「本件取扱指針」という。各甲4,各乙1の2)を定め,健康福祉部長名で,各市町村長や中芸広域連合長,認知症対応型共同生活介護事業所管理者,グループホーム開設予定事業者代表者に対し,その旨を通知した(各乙1の1)。

本件取扱指針では,事業者は,グループホームの県への指定申請の前に,市町村に対し事前に申出を行うこととし,市町村は,これに同意する場合は同意書を,同意しない場合はその理由を付した文書を県及び事業者に交付し,県は,市町村が同意しない場合はグループホームの指定をしない取扱いとするというものである。

(6) 本件回答に至る経過

ア  控訴人らは,平成16年1月ころ,それぞれαにおいてグループホームを開設する計画を検討し始めた。そして,同年11月22日,控訴人aは,同町β×××番1の土地355.33m2を購入するとともに,同所×××番3の土地991m2につきグループホームの建設を目的とする定期借地権の設定を受け(甲A6の1・2),控訴人bは,同所×××番1の土地991.82m2を購入した(甲B6の1)。

イ  控訴人らは,土佐山田町長に対し,それぞれ平成17年1月20日付け「整備計画書申請」と題する文書及び老人福祉施設整備計画書を提出し,α内にグループホームを2ユニット(1ユニット9名)ずつ建設することを予定しているとして市町村意見書を交付するよう要請し(各甲2),被控訴人高知県(高齢者福祉課長)に対し,連名で同月21日付け「認知症高齢者グループホーム建設について」と題する文書を提出した(各甲3)。

ウ  その後,控訴人らは,土佐山田町長に対し,それぞれ市町村意見書の交付を要請したが,同町長はこれに応じようとはしなかった(各甲5,7)。そのため,控訴人らは,同町長に対し,同年4月13日付け「社会福祉法人b理事 医療法人理事長 d」名義の文書で,町長と面談や意見書の下書き等をしたにもかかわらず,市町村意見書が交付される見込みすら明らかでないとして,控訴人aについて200万円,控訴人bについて210万円の損害賠償を請求する旨通知した(各甲9)。

これに対し,土佐山田町長は,控訴人らそれぞれに対し,要旨,①土佐山田町は,平成15年3月策定の第2期高齢者保健福祉計画・介護保険事業計画(旧法117条に規定する市町村介護保険事業計画)に沿って介護保険事業を運営しているが,同計画中のグループホームの目標数は総収容人員36人(4ユニット)で町内利用者数は18人であり,現在,グループホームは4ユニットあるから,計画の目標数値は達成されていること,②施設増は,今後の介護保険料に影響し,被保険者の負担増につながること,③事前協議の段階では,上記①及び②の理由などから事業を自粛してもらっていることなどから,控訴人らがそれぞれ計画するグループホームの整備計画申請は不適当と考える旨の平成17年4月15日付け意見書を交付した(各甲10)。

エ  被控訴人高知県の健康福祉部長は,控訴人a代表者理事長dに対し,同年8月17日付け文書で,旧基準省令159条2項の規定から,4ユニットのグループホームは,家庭的な環境の下で生活するというグループホームの基本方針の趣旨に添わないと考えられるとして,「貴法人等から仮に4ユニットの指定申請が県に提出された場合には,その内の2ユニットしか指定しない方針です。」旨回答をした(本件回答。各甲4,各乙4)。

また,被控訴人高知県の高齢者福祉課長は,控訴人a代表者理事長d及び控訴人b理事dそれぞれに対し,同年11月9日付け文書で,「貴法人等から仮に4ユニットの指定申請が県に提出された場合には,その内の2ユニットしか指定しない方針です。」旨回答した(各甲13)。

第3争点及び当事者の主張

1  被控訴人高知県に対する各予備的請求4に係る訴えが主観的予備的併合として不適法か。

(1)  被控訴人高知県の主張(当審新主張)

控訴人らの被控訴人高知県に対する各予備的請求4に係る訴えは,被控訴人香美市に対する各主位的請求との関係では,主観的予備的併合の関係にあり,かかる訴えが不適法であることは,確立された判例(最高裁昭和43年3月8日第二小法廷判決・民集22巻3号551頁)により明らかである。

(2)  控訴人らの主張(当審新主張)

訴えの主観的予備的併合は,民事訴訟においては判例により確立されているといえても,行政訴訟においてはそうではない。

行政訴訟において主観的予備的併合を認めた裁判例として,土地収用裁決に関し,主位的に収用委員会を被告として収用裁決の取消しを求めつつ,予備的に起業者を被告として損失補償金の増額を求めた事案で,予備的請求を適法としたもの(広島高裁昭和51年3月1日判決・行裁集27巻3号297頁)や,主位的に税務署長を被告として更正及び過少申告加算税賦課決定の取消しを求めつつ,予備的に国を被告として国家賠償を求めた事案で,予備的請求を適法としたもの(神戸地裁昭和52年3月29日判決・訟務月報23巻3号617頁)がある。

したがって,控訴人らの被控訴人高知県に対する各予備的請求4に係る訴えが主観的予備的併合に当たるからといって,直ちに訴えが不適法になるということはできない。

2  訴えの利益の有無

(1)  各主位的請求及び各予備的請求1について

ア 控訴人らの主張

(ア) 控訴人らは,本件回答により,グループホームを開設し,運営する法的権利ないし法律上保護されるべき利益を侵害された。

控訴人らは,適正な法の運用がなされ,違法な本件回答がされなければ,平成18年3月末までには旧法41条1項本文の指定居宅サービス事業者の指定を受けて,グループホームを開設し,運営することができたし,新法施行後においては,新法附則10条2項により,グループホームに関する指定地域密着型サービス事業者の指定を受けたものとみなされるはずであった。

ところが,被控訴人高知県が新法施行の前倒しをし,「指定居宅サービス事業者の指定を回避する。」という不法な動機に基づいて定めた本件取扱指針に基づき本件回答をしたことにより,控訴人らは,旧法41条1項本文の指定居宅サービス事業者の指定を受ける地位を失った。

(イ) 以上の事実関係に加え,行政法上の信義則及び行政庁には事業者の地位を不当に害することがないように配慮すべき義務が課されている(最高裁平成16年12月24日第二小法廷判決・民集58巻9号2536頁)ことからすれば,控訴人らに対し,旧法と同様の要件で旧法41条1項本文の指定居宅サービス事業者の指定を受けることのできる地位を回復すべきであり,今後,控訴人らが上記指定の申請をした場合には,新法78条の2第4項,5項に規定する指定地域密着型サービス事業者の指定欠格要件等ではなく,旧法70条2項に規定する指定居宅サービス事業者の指定欠格要件が適用されるべきである。判決により本件回答が取り消されると,控訴人らは,旧法70条2項に規定する指定欠格事由に該当しない限り,旧法41条1項本文の指定居宅サービス事業者の指定を受ける法的地位を得られるのであり,その点において,今後,控訴人らが正式に上記指定の申請をした際に被控訴人香美市を拘束し,控訴人らは,これを前提として,香美市長と上記指定に向けた協議,申請行為を進めることができるから,本件回答を取り消すべき法律上の利益があるといえる。

イ 被控訴人香美市の主張

(ア) 新法は,高齢者が自分の住みなれた土地での生活の継続を可能とするため,新たに,市町村長が指定サービス事業者の指定を行う「地域密着型サービス」の制度を創設して,認知症対応型共同生活介護をその一類型とする(8条14項,18項)一方,都道府県知事が指定サービス事業者の指定を行う「居宅サービス」から認知症対応型共同生活介護を除外している(同条1項)。

そして,新法は,指定地域密着型サービス事業者の指定の基準に関して,78条の2第5項4号で,当該市町村(又は日常生活圏域)における当該地域密着型サービスの利用定員の総数が既に市町村介護保険事業計画で定める必要利用定員総数に達しているか,又は当該申請に係る事業者の指定によってこれを超えることになると認めるとき,その他の当該市町村介護保険事業計画の達成に支障を生じるおそれがあるときは,指定地域密着型サービス事業者の指定をしないことができる旨規定して,旧法にはなかった全く新たな基準を設けるとともに,新法78条の2第6項で,指定地域密着型サービス事業者の指定を行おうとするとき又は同条5項4号の規定により上記指定をしないこととするときは,あらかじめ,当該市町村が行う介護保険の被保険者その他の関係者の意見を反映させるために必要な措置を講じなければならない旨規定するなどの手続規定を設けている。

このように,新法は,旧法とは全く異なる制度思想に立脚して地域密着型サービスの制度を創設するとともに,指定地域密着型サービス事業者の指定の基準及び手続についても,旧法下の都道府県知事の指定の場合とは全く異質の基準及び手続に関する規定を設けているのであって,新法下の市町村長のグループホームに関する指定権限を旧法下の都道府県知事のグループホームに関する指定権限と同一のものとみることはできず,指定権限の移譲があったとみることもできない。

(イ) そして,本件改正に伴う新法附則の経過措置の内容からみても,都道府県知事による指定の効力を維持するための新法附則10条の規定は存在するものの,法律の改正で行政庁の権限の承継を生じる場合に通常設けられる経過措置,具体的には,「旧法により都道府県知事に対してなされたグループホームの指定の申請は,新法により市町村長に対してなされた指定の申請とみなす。」(指定の手続に関する部分)とか,「旧法により都道府県知事に対してなされたグループホームの指定申請については,旧法の指定の基準を適用する。」(指定の基準に関する部分)等の趣旨の規定は全く設けられておらず,このような一般的な法律改正の例とは全く異なる新法の規定の仕方は,それ自体,立法者が新法施行日以降に旧法の基準が適用される可能性を意図的に排除したことを示すものである。

(ウ) 以上のような新法の規定を前提とする限り,旧法下で都道府県知事がグループホームの指定申請や事前協議等に係る手続事務を行っていた案件については,平成18年3月31日をもって一切の事務処理を終了し(市町村長に対する引継ぎは行わない。),同年4月1日以降は,市町村長が,同日以降の指定申請のあった案件についてのみ,もっぱら新法に定められた基準及び手続に基づいて指定の可否を決することが予定されていることが明白であって,本件改正により,グループホームの指定に関する都道府県知事の権限が市町村長に承継されたとみることはできない。

(エ) したがって,仮に本件回答が判決で取り消されたとしても,新法施行日である平成18年4月1日以降,高知県知事は,指定地域密着型サービス事業者の指定権限を有しないし,控訴人らが香美市長に対し,上記の指定申請をした場合,香美市長は,本件回答が取り消されると否とにかかわらず,新法78条の2に基づく新しい基準に従って指定の可否を決定することになるから,本件回答を取り消すべき法律上の利益はないというべきである。

(2)  各予備的請求2及び3について

ア 控訴人らの主張

控訴人らが各予備的請求2及び3で求めている違法確認判決は,本件回答の取消しと同様の効果を持つと考えられる。したがって,後日,同一の理由による回答が繰り返されないという意味において,被控訴人香美市との間で確認の利益がある。

確認の利益は,権利利益の重要性・性質と,確認訴訟の救済手段としての有効適切性を基準に判断される。本件は,介護保険法上のグループホームの開設に関する営業の自由ないし財産権という重要な権利が侵害される事案であり,この利益侵害は,事後の国家賠償によって簡単に回復されるものではない。また,本件回答が行政処分に当たらないのであれば,本件回答を取消訴訟として争うことができず,実質的な救済を求めることができなくなる。もともと,本件紛争は,控訴人らのグループホーム開設計画に対し,旧法70条2項に規定する指定居宅サービス事業者の指定欠格事由があるか否かに関する高知県知事による法的判断の違法性に係るものであり,法的判断の違法性そのものを争うことを認めることにより,本件紛争の抜本的解決に資するものである。

したがって,各予備的請求2及び3に係る訴えには,確認の利益がある。

イ 被控訴人香美市の主張

控訴人らの各予備的請求2及び3に係る訴えは,過去の行為の違法性を現時点で確認するものであって,原則として確認の利益はない。

また,上記(1)イで述べたとおり,本件改正により,グループホームの指定に関する都道府県知事の権限が市町村長に承継されたとみることはできないから,本件回答の違法性が判決でもって確認されても,高知県知事は,グループホームについて指定地域密着型サービス事業者に指定する見込みがある旨の通知を出すことはできない。

結局,控訴人らは,上記(1)イで述べたとおり,香美市長に対し,改めて同事業者の指定申請をすることになり,同指定申請があった場合,香美市長は,新法78条の2に基づく新しい基準に従って指定の可否を決定することになるから,各予備的請求2及び3に係る訴えには,即時確定の利益があるとはいえず,確認の利益はない。

(3)  各予備的請求4について

ア 被控訴人高知県の主張

上記のとおり,新法施行により,グループホームに関する指定地域密着型サービス事業者の指定権限は市町村長が有しており,高知県知事は指定権限を有していないのであるから,被控訴人高知県との間で各予備的請求4にあるような地位の確認を求める利益はない。

また,高知県知事は,担当部長名による本件回答において,2ユニットは指定する旨回答しているところ,控訴人らが計画しているグループホームの全ユニット(4ユニット)が指定されるべきという条件を付けなければ,2ユニットの指定を受けることができ,指定を受けうる地位は,本件回答を前提としても認められるのであるから,各予備的請求4に係る訴えは,確認の利益がないというべきである。

加えて,控訴人らの主張する「指定を受けうる地位」は,具体性がなく,法律上の争訟性を欠く。

イ 控訴人らの主張

控訴人らは,上記(1)及び(2)のとおり,旧法70条2項所定の要件で旧法41条1項本文の指定居宅サービス事業者の指定を受けることができる地位にあったのであり,新法施行前にその指定を受けていたとすれば,新法附則10条2項によりグループホームに関する指定地域密着型サービス事業者の指定があったものとみなされるはずであったから,控訴人らの確認すべき地位は,信義則上,旧法70条2項所定の要件で指定居宅サービス事業者の指定を受けることのできる地位であり,これを判決でもって確認すれば,今後の正式な指定申請の際に,香美市長は,その点において,確認判決に拘束されることになる。

したがって,控訴人らの各予備的請求4に係る訴えは,確認の利益があるというべきである。

3  控訴人bの当事者適格(B事件主位的請求及び予備的請求1)

(1)  控訴人bの主張

本件回答は,その内容に照らせば,控訴人ら間で調整の上,開設するグループホームの数を4ユニットから2ユニットに絞らなければ,控訴人aのみならず,控訴人bについても,旧法41条1項本文の指定居宅サービス事業者に指定しないという趣旨であり,実質的には,控訴人bをも相手方とする文書である。

また,被控訴人高知県は,控訴人aと控訴人bの関係から,控訴人aに対する本件回答により,控訴人bが本件回答の内容を知ることを予定していた。

したがって,控訴人bは,B事件の主位的請求及び予備的請求1に係る訴えにつき,当事者適格がある。

(2)  被控訴人香美市の主張

本件回答は,その記載内容から明らかなように,名宛人を控訴人aとする文書であるから,仮に,本件回答が控訴人aに対する行政処分に当たると解する余地があるとしても,本件回答をもって,控訴人bに対する行政処分に当たると解することはできない。

したがって,控訴人bは,B事件の主位的請求及び予備的請求1に係る訴えにつき,当事者適格がない。

4  本件回答の行政処分該当性(各主位的請求)

(1)  控訴人らの主張

高知県事務処理規則(平成15年規則第44号)6条及び同別表第三の高齢者福祉課の項によれば,旧法41条1項本文の指定居宅サービス事業者の指定は,部局長の決裁で足りるとされている。

したがって,本件回答は,権限を有する行政庁の行為である。

そもそも,指定居宅サービス事業者の指定を受けるための事前手続は,建築確認や農地転用の許可,定款変更の認可等と連動しており,本件回答により建築確認あるいは農地転用許可が受けられなくなるため,上記指定の申請ができなくなるという法的効果が生ずる。

本件回答は,正式な申請に対する拒否処分ではなく,グループホーム開設の整備計画を申請した者は,本件回答があっても,正式に上記指定の申請をすることができないわけではないが,上記指定の申請をするためには,相当の資本を投下してグループホームを建設し,従業員を雇用する必要があり,指定を受ける見込みが不明な段階でそのようなリスクを冒すことは事実上不可能であるから,本件回答は,事実上,グループホームの開設を断念させる効果がある。

以上によれば,本件回答は,判例(最高裁平成17年7月15日第二小法廷判決・民集59巻6号1661頁)により行政処分性が認められた医療法(平成9年法律第125号による改正前のもの)30条の7に基づく開設中止勧告や,同じく判例(最高裁平成17年10月25日第三小法廷判決・裁判集民事218号91頁)により行政処分性が認められた医療法(平成12年法律第141号による改正前のもの)30条の7に基づく病床数削減勧告と同様,行政処分に当たると解すべきである。

(2)  被控訴人香美市の主張

行政処分とは行政庁のなす行為であり,旧法下におけるグループホームに関する指定居宅サービス事業者の指定権限を有するのは,都道府県知事である。そして,本件回答をした被控訴人高知県の健康福祉部長は,高知県知事から上記の指定権限についての委任を受けていないから,同部長は行政庁たり得ず,それゆえ,同部長のした本件回答は,行政処分には当たらない。

また,本件回答は,控訴人らが開設を計画しているグループホームに関する指定居宅サービス事業者の指定見込みに関する被控訴人高知県の考え方を示したものであって,国民の権利義務を形成し,又はその範囲を確定するものではないから,行政処分には当たらない。

5  本件回答は開設中止勧告に当たるか(各予備的請求1及び3について)

(1)  控訴人らの主張

本件回答は,医療法30条の7の開設中止勧告と同様のものであるから,取消しの対象となる。

(2)  被控訴人香美市の主張

各予備的請求1は,各主位的請求における「処分」という文言を「開設中止勧告」という文言に置き換えているにすぎない。

また,本件回答は,控訴人らから4ユニットの指定申請があった場合には,2ユニットを指定するという内容であるから,開設中止勧告には当たらない。

6  本件回答は行政指導に当たるか(予備的請求2について)

(1)  控訴人らの主張

本件回答は,医療法30条の7に基づく勧告と類似しており,旧法上の指定居宅サービス事業者の指定権限を有する高知県知事が,同県健康福祉部長名で,控訴人らに対し,その指定権限に基づき,控訴人らが計画しているグループホーム(4ユニット)の開設につき,うち2ユニットについては指定申請をしないように勧告したものである。控訴人らは,指定居宅サービス事業者の指定を受けない限り,グループホームの開設,運営をすることができなかったのであるから,本件回答は,実質的には,グループホームの開設を中止することを求める行政指導にほかならない。

(2)  被控訴人香美市の主張

行政指導とは,行政手続法2条6号に規定があり,行政主体が一定の公の目的を達成するために,一定の作為又は不作為を期待して,相手方に直接働きかける事実上の行為とされているが,本件回答は,前記4(2)のとおり被控訴人高知県の考えを伝えたにすぎないから,上記の行政指導には当たらない。

7  本件回答の違法性

(1)  控訴人らの主張

ア 本件回答は,控訴人らのグループホーム整備計画が旧法70条2項各号に該当しないにもかかわらず,指定居宅サービス事業者の指定権者たる高知県知事がこれを充足しないと判断するものであって,同項に違反し,違法である。

イ 旧法70条2項各号は,指定居宅サービス事業者に指定してはならない場合を列挙したものであるから,指定権者は,同項各号に該当しない場合には指定をしなければならない。

この点,新法は,グループホームに関する指定権限が都道府県知事から市町村長に移譲されるとともに,新法78条の2第4項で指定してはならない事由が新たに追加され,同条5項4号で市町村介護保険事業計画の達成への支障を考慮しうることになっているが,旧法下ではこのような規定は存在しない。

ウ 本件において,被控訴人高知県は,控訴人aと控訴人bが,旧法の適用に当たり,単一の法的主体として1つの法人格から4ユニットの指定申請がされているため,旧基準省令159条1項の技術的基準を充たしていないとして,2ユニットまでしか指定しないとするものである。

しかしながら,同項の適法性自体に疑問があるし,その点はおくとしても,控訴人aと控訴人bは,当然のことながら法律上は別法人であり,各法人が2ユニットずつグループホームを開設する計画である以上,それぞれが同項の要件を充足するというほかはないはずである。控訴人らは,関連する法人ではあるが,異なる法律による規制,監督を受け,代表者,組織,予算,運営すべての面で全くの別法人であって,これら別法人を殊更単一視して同項を適用することは,法解釈の明らかな誤りであり,このような解釈を許容するような規定は存在しない。

そもそも,同項の趣旨は,家庭的な環境の下で生活するというグループホームの基本方針によるものであるから,独立した異なる法主体により,独立したグループホームの運営がされる以上,たとえ隣接地に開設されるとしても,同項の要件を充足すると理解せざるを得ないはずである。

エ したがって,本件回答は,旧法70条2項に違反し,違法であるから,行政処分又は開設中止勧告として取り消されるべきであり,仮にそうでないとしても,開設中止勧告又は行政指導として違法であることが確認されるべきであり,仮にそうでないとしても,被控訴人高知県との間において,控訴人らが開設を予定しているグループホームに関する指定地域密着型サービス事業者の指定を受けうる地位にあることが確認されるべきである。

(2)  被控訴人らの主張

争う。

第4当裁判所の判断

1  判断の大要

当裁判所も,控訴人aのA事件請求に係る訴え及び控訴人bのB事件請求に係る訴えは,いずれも不適法として却下すべきであると判断する。その理由は,次のとおりである。

2  争点2(訴えの利益の有無)について

(1)  被控訴人香美市に対する主位的請求及び予備的請求1ないし3について

ア 本件改正の経緯等

(ア) 前記前提事実のとおり,グループホームは,認知症(痴呆)対応型共同生活介護を行う施設として,旧法下では「居宅サービス」の1つに位置づけられ(旧法7条5項,15項),指定居宅サービス事業者の指定は都道府県知事が行うとされていた(旧法41条1項本文,70条1項)ところ,新法は,高齢者が自分の住みなれた土地での生活の継続を可能とするため,新たに市町村長が指定サービス事業者の指定を行う「地域密着型サービス」を創設して,認知症対応型共同生活介護をその一類型とする(新法8条14項,18項)一方,都道府県知事が指定サービス事業者の指定を行う「居宅サービス」から認知症対応型共同生活介護を除外している(同条1項)。

また,指定居宅サービス事業者の指定に関する基準として,旧法70条2項は,同項各号に規定する指定欠格事由に該当する場合には指定してはならない旨規定するにとどまり,同項各号に該当しない限り,都道府県知事は,指定居宅サービス事業者の指定をしなければならないとされていた。しかしながら,新法は,指定地域密着型サービス事業者の指定に関する基準として,78条の2第4項で旧法70条2項各号所定の指定欠格事由とは別の事由を追加して規定する一方(もっとも,指定居宅サービス事業者の指定欠格事由についても,同様の追加がされている。新法70条2項,3項),78条の2第5項4号は,市町村長は,指定地域密着型サービス事業者の指定申請があった場合において,当該市町村又は当該申請に係る事業所の所在地を含む区域(117条2項1号により市町村が定める日常生活圏域)における当該地域密着型サービスの利用定員の総数が,同条1項により当該市町村が定める市町村介護保険事業計画において定める市町村又は日常生活圏域の当該地域密着型サービスの必要利用定員総数に達しているか,又は当該申請に係る事業者の指定によってこれを超えることになると認めるとき,その他の当該市町村介護保険事業計画の達成に支障を生ずるおそれがあると認めるときは,指定地域密着型サービス事業者の指定をしないことができる旨規定し,更に78条の2第6項で,市町村長は,指定地域密着型サービス事業者の指定を行おうとするとき又は同条5項4号により上記指定をしないこととするときは,あらかじめ,当該市町村が行う介護保険の被保険者その他の関係者の意見を反映させるために必要な措置を講じなければならない旨規定している。

このように,新法は,旧法とは異なる制度思想に立脚して「地域密着型サービス」の制度を創設するとともに,指定地域密着型サービス事業者の指定の基準及び手続についても,旧法下における都道府県知事の行う指定居宅サービス事業者の指定の基準及び手続とは異なる規定を設けて,地域密着型サービスについて,市町村が,より地域住民に密着し住民のニーズ等を汲みながら介護保険制度を運用できるようにしているということができる。

(イ) そもそも,介護保険制度は,平成12年4月1日の開始後,受給者及び保険給付費の支給の増加,施行後の保険給付率の伸びを反映した介護保険制度の財政規模の拡大(第1号被保険者の保険料の引上げ,国庫負担の増大),サービス事業者に対するコントロールやサービスの質の確保・向上のためのメカニズムの機能低下といった様々な問題が生じた。特に,在宅サービス扱いではあるが居住系に属する認知症高齢者向けグループホームの数が急増し,市町村の介護保険財政(及び国民健康保険財政)を圧迫する一方,サービス事業者の指定権限は都道府県知事にあったため,市町村がこのような歪んだサービス供給の在り方をチェックできないという事態に直面する問題が生じた。

そこで,新法は,上記(ア)のとおり,「居宅サービス」とは別に,新たに「地域密着型サービス」を創設して,市町村長に同サービス事業者の指定権限を付与する(42条の2第1項本文,78条の2第1項)とともに,市町村が定める介護保険事業計画の中に,市町村又は日常生活圏域を単位とした地域密着型サービスの事業量を盛り込ませ(117条),また,指定欠格事由や取消事由を追加する(78条の2第4項,第5項,78条の9)ほか,指定に有効期間を設けて更新制を導入する(78条の11,70条の2)ことにより,サービス事業者に対するコントロールやサービスの質の確保・向上のためのメカニズムの機能低下を防止するとともに,グループホームの増加に伴う介護保険財政の圧迫等を回避しようとしたのである。

(ウ) そして,新法附則10条2項本文は,旧法41条1項本文の指定居宅サービス事業者の指定を受けて認知症対応型共同生活介護の事業を行っていた者は,新法施行の日(平成18年4月1日)に認知症対応型共同生活介護に係る新法42条の2第1項本文の指定地域密着型サービス事業者の指定を受けたものとみなす旨規定して,私人の既存の権利,利益を保護する一方,新法附則15条は,指定地域密着型サービス事業者の指定手続その他必要な行為は,新法施行の日前においても行うことができる旨規定して,新法施行後に指定地域密着型サービス事業者の指定を受けて事業を行おうとする事業者が,新法施行前から上記指定に向けた準備行為をし,新法施行の日と同時に市町村長から上記指定を受けることにより,上記事業者が同日から地域密着型サービス事業を行うことができるよう配慮している。しかしながら,他方において,新法附則には,旧法41条1項本文の指定居宅サービス事業者の指定申請がなされ,新法施行の日までに都道府県知事から指定がされなかった場合に,上記指定申請を新法下での指定地域密着型サービス事業者の指定申請とみなすとか,指定地域密着型サービス事業者の指定に関する基準については旧法70条2項を適用するといった経過措置は設けられていない。

以上のような本件改正に伴う経過措置に関する新法附則の上記規定等によれば,新法は,旧法下における都道府県知事に対する指定居宅サービス事業者の指定に関する基準及び手続と,新法下における市町村長に対する指定地域密着型サービス事業者の指定に関する基準と手続とを全く別個のものとし,既に旧法下で都道府県知事から指定居宅サービス事業の指定を受けて認知症対応型共同生活介護の事業を行っていた者は,新法下で市町村長から認知症対応型共同生活介護に係る指定地域密着型サービス事業の指定を受けたものとみなされる場合を除き,指定地域密着型サービス事業者の指定に関する基準及び手続において,旧法下の指定居宅サービス事業の指定に関する基準及び手続が適用される可能性を排除したものということができる。

(エ) そうだとすると,新法は,グループホームの開設につき,都道府県知事に対し旧法41条1項本文の指定居宅サービス事業者の指定申請がされ,都道府県知事からその指定を受ける前に新法が施行された場合には,別途,市町村長に対し新法42条の2第1項本文の指定地域密着型サービス事業者の指定申請をさせることにしたものと解さざるを得ない。

イ 訴えの利益の有無の検討

(ア) 上記アで検討した本件改正の経緯や新法附則の経過措置の規定等によれば,平成18年4月1日以降,指定地域密着型サービス事業者の指定を受けてグループホームを開設,運営しようと計画している事業者は,同日までに都道府県知事から旧法41条1項本文の指定居宅サービス事業者の指定を受けてグループホームを開設,運営し,新法附則10条2項本文により,同日以降は新法42条の2第1項本文の指定地域密着型サービス事業者の指定を受けたものとみなされることになるであろうことを見越した上,都道府県知事に対し上記指定の申請をするか,あるいは,同日以降,市町村長から指定地域密着型サービス事業者の指定を受けることを前提に,同日より前に,新法附則15条により,市町村長に対し指定地域密着型サービス事業者の指定申請をするかのいずれかの方法を採ることにならざるを得ないのであって,都道府県知事に対し旧法41条1項本文の指定居宅サービス事業者の指定申請をしたものの,新法施行日までに指定がされなかった場合には,改めて,市町村長に対し新法42条の2第1項本文の指定地域密着型サービス事業者の指定申請をしてその指定を受けない限り,グループホームを開設し,運営することはできないと解するのが相当である(もとより,その場合の市町村長による指定に当たっては,新法78条の2第4項,5項所定の事由の有無等が検討されることになるのであって,旧法70条2項が適用されるものではないのはいうまでもない。)。

本件に即していえば,控訴人らは,高知県知事に対し,開設を予定している2ユニットずつのグループホームにつき,正式に旧法41条1項本文の指定居宅サービス事業者の指定申請をしたという事情はうかがえない(せいぜい,被控訴人高知県の担当部局との間で事前の協議を行っていたと評価しうるにすぎない。)し,新法附則15条により,香美市長に対し,正式に新法42条の2第1項本文の指定地域密着型サービス事業者の指定申請をしていたという事情もうかがえないから,新法が施行された現時点において,控訴人らがグループホームを開設し,運営しようとするのであれば,新たに,香美市長に対し,指定地域密着型サービス事業者の指定申請をしなければならないのであって,香美市長は,本件回答や被控訴人高知県の高齢者福祉課長名の平成17年11月9日付け回答(各甲13)の内容,従前の控訴人らと土佐山田町又は被控訴人高知県との間のやりとり等とは何ら関係なく,新法78条の2第4項各号の指定欠格事由の有無や,同条5項各号の事由の有無等を審査して,指定の当否を決定することになる。

(イ) そうだとすると,本件回答が行政処分,開設中止勧告又は行政指導に当たると否とにかかわらず,本件回答は,グループホームを開設し,運営しようとする控訴人らの法律上の地位に対し,何らの不利益をもたらすものではないから,控訴人らにおいて,本件回答を行政処分又は開設中止勧告として取り消し,あるいは開設中止勧告又は行政指導として違法であることを確認すべき法律上の利益は存在しないというべきである。

ウ 控訴人らの主張の検討

(ア) これに対し,控訴人らは,適正な法の運営がされていれば,控訴人らは,旧法41条1項本文の指定居宅サービス事業者の指定を受けて,グループホームを開設し,運営することができたのに,被控訴人高知県が新法施行の前倒しをし,指定居宅サービス事業者の指定を回避するとの不法な動機に基づいて定めた本件取扱指針に基づく本件回答により,上記指定を受ける地位を失い,事後の国家賠償によって回復できない不利益を受けたところ,このような事実関係に加え,行政法上の信義則及び行政庁の事業者に対する配慮義務からすれば,控訴人らに対し,旧法と同様の要件で上記指定を受けることのできる地位を回復すべきであり,今後,控訴人らが上記指定の申請をした場合には,新法78条の2所定の要件ではなく,旧法70条2項所定の要件が適用されるべきであって,本件回答が判決により取り消されるか,又は違法であることの確認がされることにより,控訴人らは,指定居宅サービス事業者の指定を受ける法的地位を得られる旨主張する。

(イ) しかしながら,上記ア及びイで説示したとおり,新法附則には,旧法41条1項本文の高知県知事に対する指定居宅サービス事業者の指定申請があったとしても,高知県知事による上記指定の前に新法が施行された場合には,上記指定申請を新法42条の2第1項本文の香美市長に対する指定地域密着型サービス事業者の指定申請があったものとみなすとか,上記指定申請については旧法70条2項を適用するといった経過措置を定めた規定がなく,新法上,グループホームにつき,高知県知事は指定地域密着型サービス事業者の指定権限を有しない以上,本件回答が判決により取り消され,あるいは違法であることが確認されたとしても,控訴人らは,改めて,香美市長に対し,指定地域密着型サービス事業者の指定申請をしなければならず,香美市長は,上記指定の当否を判断するに当たり,新法78条の2第4項,第5項所定の事由の存否を検討しなければならないものの,本件回答が判決により取り消され,又は違法であることが確認されたことを考慮しなければならないものではない。控訴人らは,行政法上の信義則又は行政庁の配慮義務を主張して,本件回答が判決により取り消され,又は違法であることが確認されたことは,香美市長を拘束することになる旨主張するが,新法の規定上,控訴人ら主張の解釈を採る余地はなく,本件が行政上の信義則又は行政庁の配慮義務の生ずる場合といえるのかについても,大いに疑問がある。

(ウ) よって,控訴人らの上記(ア)の主張は採用できない。

エ まとめ

したがって,被控訴人香美市に対する控訴人らの各主位的請求及び予備的請求1ないし3に係る訴えは,いずれも訴えの利益を欠くものとして不適法である。

(2)  被控訴人高知県に対する各予備的請求4について

上記(1)ア及びイで説示したとおり,認知症対応型共同生活介護について,旧法は,これを「居宅サービス」の1つに位置づけ(7条5項,15項),都道府県知事が指定居宅サービス事業者の指定権限を有すると規定していた(41条1項本文)のに対し,新法は,新たに「地域密着型サービス」を創設した上,認知症対応型共同生活介護を「地域密着型サービス」の1つに位置づける(8条14項,18項)とともに,「居宅サービス」から認知症対応型共同生活介護を除外している(同条1項)。

このように,現時点において,高知県知事は,認知症対応型共同生活介護を行う施設であるグループホームにつき,新法42条の2第1項本文の指定地域密着型サービス事業者の指定権限を有しないのであるから,そのような高知県知事の所属する被控訴人高知県と控訴人らとの間において,各予備的請求4にあるグループホームについての指定地域密着型サービス事業者の指定を受けうる地位にあることの確認を求めるべき利益はないといわざるを得ない。

したがって,被控訴人高知県に対する控訴人らの各予備的請求4に係る訴えは,訴えの利益を欠いており,主観的予備的併合に該当するか否かを問うまでもなく不適法である。

第5結論

以上によれば,控訴人aのA事件請求のうち,被控訴人香美市に対する主位的請求及び予備的請求1ないし3に係る訴えを却下した原判決は相当であるが,被控訴人高知県に対する予備的請求4に係る訴えを却下した原判決は,結論において相当であり,控訴人bのB事件請求のうち,被控訴人香美市に対する主位的請求及び予備的請求1ないし3に係る訴えを却下した原判決は相当であるが,被控訴人高知県に対する予備的請求4に係る訴えを却下した原判決は,結論において相当である。

よって,控訴人らの控訴はいずれも理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 紙浦健二 裁判官 小池晴彦 裁判官 島岡大雄)

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