高松高等裁判所 平成19年(行コ)19号 判決 2007年11月09日
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 高知地方法務局登記官が平成18年10月5日付けでした控訴人の高知地方法務局同年9月11日受付第19865号所有権移転登記申請を却下する旨の決定を取り消す。
第2事案の概要
1 本件は,登記義務者である控訴人が,司法書士に委託して高知地方法務局においてした登記申請について,同法務局登記官が,不動産登記法(以下「法」という。)61条所定の登記原因を証する情報の提供がないとして法25条9号により同申請を却下する決定をしたところ,控訴人が,同申請には同号所定の却下事由はないとして,被控訴人に対し,上記却下決定の取消しを求めている事案である。原審が控訴人の請求を棄却したため,控訴人が控訴した。
2 本件の前提事実,争点及びこれに関する当事者の主張は,後記3のとおり当審における補足的主張を付加するほか,原判決「事実及び理由」第2の1,2に記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,原判決4頁13行目から18行目まで及び同5頁17行目から18行目までをいずれも削る。
3 当審における補足的主張
(1) 登記原因として「遺産分割による代償譲渡」と記載することの当否
(控訴人)
共有物分割で単有化の代償として共有物以外の不動産を譲渡した場合の登記原因として「共有物分割による贈与」以外に「共有物分割による交換」が認められていることや,代償分割の用語は実務において一般化し定着していること等の事情に加え,調停制度の趣旨や調停調書の機能ないしこれに対する社会的信頼等の観点からすれば,本来「調停」又は「遺産分割調停」という登記原因の記載も認められるべきであり,そのことからしても,「遺産分割による代償譲渡」という登記原因の記載が認められるべきである。
(被控訴人)
「共有物分割による贈与」又は「共有物分割による交換」という登記原因の記載においては譲渡行為の法的性質が特定されているのに対し,「遺産分割による代償譲渡」では「譲渡」の性質が特定されておらず,これを登記原因とすることはできない。
(2) 債権行為の特定の必要性
(控訴人)
原判決は,物権変動の原因となる債権行為が特定され登記原因として記載されなければならないとしているが,相続や時効は債権関係を前提としないにもかかわらず,所有権移転登記の原因とされているし,「抵当権設定」,「地上権設定」等,物権設定そのものを直接登記することも認められている。また,登記原因は民法典に規定されている典型契約である必要はなく,「遺産分割による代償譲渡」は「法定相続人全員の合意した遺産分割協議契約に基づく代償譲渡」として有効な無名契約であり,登記原因としても十分に特定されている。なお,「相続分の譲渡」という登記原因が実務上認められている(甲5)以上,原判決の上記論理は破綻しているといわざるを得ない。
(被控訴人)
登記原因とは登記の原因となる事実又は法律行為をいうところ(法5条2項ただし書),相続や時効は登記の原因となる「事実」に該当するものであり,「法律行為」に該当する代償分割とは異なるものである。また,「抵当権設定」,「地上権設定」といった物権の設定も純粋の物権契約ではなく,債権契約によってされるものであり,上記登記実務も債権行為(設定契約)を特定し表示していると解すべきである。
なお,「相続分の譲渡」という登記原因が登記実務上認められているという事実はなく,控訴人の掲げる事例(甲5)は,登記原因の誤りを看過して受け付けられたものにすぎない。
第3当裁判所の判断
1 当裁判所も控訴人の本件請求は理由がないから棄却すべきものと判断するところ,その理由は,後記2のとおり付加するほか,原判決「事実及び理由」第3の1ないし4に記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,原判決6頁8行目の「物権行為」を「物権変動」に改める。
2 当審における補足的主張について
(1) 控訴人は,共有物分割で単有化の代償として共有物以外の不動産を譲渡した場合の登記原因として「共有物分割による贈与」以外に「共有物分割による交換」が認められていることや,代償分割の用語が実務において一般化し定着していること,調停制度の趣旨や調停調書の機能ないしこれに対する社会的信頼等の観点から,本来「調停」又は「遺産分割調停」という登記原因の記載も認められるべきであること等の事情から,本件においては「遺産分割による代償譲渡」という登記原因の記載が認められるべきである旨主張する。
しかしながら,登記原因の記載において譲渡行為の法的性質の特定が必要となるのは,登記される権利関係を特定し,権利変動の過程,態様を公示するという要請に基づくものであるところ,「共有物分割による贈与」,「共有物分割による交換」という登記原因の記載においては譲渡行為の法的性質が特定されているのに対し,前記引用に係る原判決理由説示のとおり,「遺産分割による代償譲渡」では譲渡行為の性質が特定されていないから,仮に調停調書が添付されていたとしても,当該調書の記載により譲渡行為の法的性質を特定し得ない以上,上記記載を登記原因とすることはできないと解するのが相当であり,控訴人が上記主張で指摘する点を考慮しても,この判断は左右されない。
(2) 控訴人は,登記実務においては,相続,時効,「抵当権設定」,「地上権設定」といった債権関係を前提としない登記原因の記載が認められており,債権行為の表示を必ずしも要しないと主張する。しかしながら,前記引用に係る原判決理由説示のとおり,登記原因とは登記の原因となる事実又は法律行為をいうところ(法5条2項ただし書),相続や時効は登記の原因となる「事実」に該当するものであって,債権行為の表示を要しないことは当然であるし,「抵当権設定」や「地上権設定」との登記原因の記載についても,これらは物権行為を表示するものではなく,物権の設定を目的とした債権行為(設定契約)を特定して表示しているものと解すべきであって,登記の原因となる法律行為の記載において,債権行為の特定・表示を要しないとする根拠とはならないというべきである。
また,控訴人は,登記原因は民法典に規定されている典型契約である必要はなく,「遺産分割による代償譲渡」は「法定相続人全員の合意した遺産分割協議契約に基づく代償譲渡」として有効な無名契約であり,登記原因としても十分に特定されている旨主張するが,前記引用に係る原判決理由説示のとおり,「遺産分割による代償譲渡」は,物権行為としての「譲渡」にその動機ないし経緯としての「遺産分割による代償」を付加した表現にすぎないものであるところ,物権行為に動機ないし経緯を付加して表現すれば無名契約として直ちに登記原因となるものとも解し難い。
なお,控訴人は,「相続分の譲渡」という登記原因が実務上認められている旨主張し,証拠(甲5)によれば,「相続分の譲渡」を登記原因とする持分全部移転登記が受け付けられていることが認められる。しかしながら,他方において,証拠(乙8ないし10)及び弁論の全趣旨によれば,一般的な登記実務においては,「相続分の譲渡」は有償無償の別が明らかでなく,登記原因たる法律行為を特定し得ないため登記原因の記載として妥当でなく,有償であれば「相続分の売買」等,無償であれば「相続分の贈与」等とするのが相当であるとされていることが認められ,かかる事情に照らすと,控訴人指摘の事例(甲5)は,登記原因の誤りを看過して受け付けられたものと推認されるから,上記事例をもって,実務上登記原因の記載について債権行為の特定を要しないということはできない。
(3) 以上によれば,控訴人の主張はいずれも採用することができない。
3 結論
よって,原判決は相当であり,本件控訴は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 矢延正平 裁判官 豊澤佳弘 山口格之)