高松高等裁判所 平成19年(行コ)8号 判決 2007年8月31日
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
第2事案の概要
1 被控訴人は,高松市長が被控訴人の高松市情報公開条例5条に基づく建築計画概要書の公開請求につき平成18年1月23日付けでした非公開処分のうち,建築計画概要書の第2面及び第3面に関する部分は違法であるとして,控訴人に対し,上記部分に係る非公開処分の取消しを求めたところ,原審が被控訴人の請求を認容したため,控訴人が控訴した。
2 本件における前提事実,争点及び争点に関する当事者の主張の要旨は,後記3のとおり当審における新たな主張があるほか,原判決「事実及び理由」第2の2,3に記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,原判決5頁26行目の「並びに」を「及び」と改め,6頁1行目の「,建築基準法令による処分の概要書」及び同6行目の「及び処分事項(中間検査,検査済みも含む)」をいずれも削り,6頁24行目の「情報」の次に「(以下「本件情報」という。)」を加え,同25行目及び7頁6行目の「個人情報」をいずれも「個人識別情報」と,同11行目の「配置図等」を「配置図」とそれぞれ改め,9頁1行目の「ア 建築主」を下記のとおり改めるとともに,同4行目の「イ」を「ウ」と,同7行目の「ウ」を「エ」とそれぞれ改め,7頁3行目,8頁24行目,9頁7行目,10頁7行目及び同20行目の「ただし書き」をいずれも「ただし書」と改める。
「ア 本件情報は,建築基準法93条の2の規定により,公にされ,又は公にすることが予定されている情報に当たる。
イ 建築主」
3 当審における当事者の新たな主張の要旨は次のとおりである。
(控訴人)
被控訴人は,全国各地の地方自治体に対し大量かつ継続的に建築計画概要書についての情報公開請求を行い,その結果を有償での不動産情報の提供資料として使用するなどして営利事業を営むものであり,本件情報公開請求もこうした被控訴人の営利事業の一環として行われるものであること,被控訴人の提供する不動産情報を有料で入手した営利業者等からの建築主等へのセールス活動が行われることにより,建築主のプライバシー侵害等が懸念されること,本件情報公開請求の対象文書は1572件にも及ぶもので,これに応じる地方自治体側のコストは膨大である上,今後も同種の請求の反復継続が見込まれることなどからすれば,本件情報公開請求は権利濫用である。
(被控訴人)
控訴人における情報公開制度は,文書を特定して情報公開請求がされた場合には,請求の対象となった文書は,一定の非開示事由に該当する場合を除いて,原則として開示すべきものとしており,非開示事由の有無の判断に際しては,請求者と文書との関連性や請求者の文書利用目的が考慮されることのない仕組みとなっているのであって,こうした情報公開制度の構造にかんがみれば,当該請求に係る文書が大量であっても開示を拒む理由とはならず,当該請求が専ら行政事務に著しい支障を生じさせることを目的として行われているなどの極めて例外的な場合に限って,当該請求を権利濫用として排斥することができるにすぎないところ,本件情報公開請求は上記のような例外的な場合に当たらない。
第3当裁判所の判断
1 本件情報の本件条例7条1号本文(個人識別情報)該当性について
(1) 本件条例7条1号本文の趣旨・目的
ア 本件条例7条1号本文は,原則として,行政文書の公開請求に応じるべき義務を実施機関に課す一方で,(a)個人に関する情報であって,当該情報により特定の個人を識別することができるもの,(b)個人に関する情報であって,他の情報と照合することにより,特定の個人を識別することができることとなるもの,(c)特定の個人を識別することはできないが,公にすることにより,なお個人の権利利益を害するおそれがあるものについては,非公開情報に該当する旨規定している。
イ 控訴人における情報公開制度は,「市民の知る権利を尊重し,市の保有する情報の一層の公開を図り,もって市の諸活動を市民に説明する責務が全うされるようにするとともに,市政への市民参加を一層促進し,市民の市政に対する理解と信頼を深め,市民と市との協働による公正で民主的な市政の推進に資することを目的とする」(本件条例1条)ものであるが,その一方,「実施機関は,個人に関する情報が十分に保護されるよう最大限の配慮をしなければならない。」(同3条)として,個人のプライバシー保護との調整を図り,行政文書に個人識別情報が記載されているときは,その行政文書を非公開とすることにより,個人識別情報が公開されて当該個人が不利益を受けないようにしている。
ただし,個人識別情報に該当すれば,いかなるものでも非公開とされると,今度は市政に対する市民の理解を深めることができない場合が頻繁に生じることから,既に公開され,あるいは公開が予定されている情報や公益上公開の必要性の高い情報については,本件条例7条1号ただし書アないしエに該当する情報として公開すべきものとしている。
(2) 本件条例7条1号本文該当性
ア 控訴人は,本件文書第2面記載の情報のうち,建築物及びその敷地の地名地番及び住居表示等については,上記(1)ア(a)もしくは(b)に,同第3面記載の付近見取図及び配置図については,同(c)に該当する旨主張する。
イ 本件条例7条1号本文にいう「個人に関する情報」とは,個人の内心,身体,身分,地位その他の個人に関する一切の事項についての事実,判断,評価等のすべての情報が含まれ,個人の人格や私生活に関する情報に限らず広く個人との関連性を有するすべての情報(ただし,事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)をいうものと解すべきところ,本件情報のうち個人から提出されたものは,人の関与が不可欠の前提となる建築物及びその敷地等に関するものであり,個人との関連性を有する情報に当たるものといわざるを得ない。
そして,本件文書第2面及び第3面に記載された地名地番,住居表示,建築面積,建築物の数や高さ,建築物の所在地の付近見取図及び配置図等の情報が開示されても,これを見た者は,当該場所に,いつごろ,どのような建物が建つのかを知ることができるにすぎず,上記情報自体から特定の個人を識別することはできないものであるけれども,上記各情報と,住宅地図,電話帳,不動産登記簿等一般人が通常入手し得る他の情報と照合することにより,建築主の氏名,住所等特定の個人を識別することは可能となるものと認められるから,本件情報のうち個人から提出されたものは,本件条例7条1号本文所定の個人識別情報に該当するというべきである。
2 本件情報の本件条例7条1号ただし書ア(法令等及び慣行により公にされ,公にすることが予定されている情報)該当性について
(1) 建築基準法上の閲覧制度と建築計画概要書
ア 建築基準法93条の2は,建築基準法令の規定による処分並びに同法12条1項及び3項の規定による報告に関する書類のうち,当該処分若しくは報告に係る建築物若しくはその敷地の所有者,管理者若しくは占有者又は第三者の権利利益を不当に侵害するおそれがないものとして国土交通省令で定めるものについては,閲覧の請求があった場合には,これを閲覧させなければならない旨規定しているところ,この閲覧制度の趣旨は,周辺住民の協力の下に違反建築物の建築を未然に防止するとともに,無確認・違反建築物の売買等を防止しようとするものである。なお,同条については,平成16年の法改正により,閲覧対象に関して,上記のとおり,建築物の所有者等の「権利利益を不当に侵害するおそれがないものとして国土交通省令で定めるもの」と改められたものである。
そして,建築計画概要書は,第1面を含めてそのすべてが上記国土交通省令で定める文書に該当するものとされており,何人からであってもその閲覧の請求があった場合には,建築基準法施行規則11条の4に基づく別記第3号様式に規定された建築主の氏名・住所,設計者の氏名・所在地,建築物及びその敷地に関する事項等のほか,付近見取図,配置図を内容とする建築計画概要書を閲覧に供さなければならないとされている(なお,上記平成16年の法改正に際して,建築計画概要書の様式につき,建築主の電話番号の欄が削除されたものに改められた。)。もっとも,実務上,明らかに営利目的での閲覧請求については,閲覧を拒否しても違法でないとの見解の下に,制度の趣旨に反することが明らかな閲覧請求についてはこれを制限する運用が行われている(乙4,15の2,16の2,19)。
イ 建築基準法に基づく建築計画概要書の閲覧制度に関しては,事業者が上記閲覧制度を利用して建築主の氏名・住所等の個人情報を収集し,家具・インテリア,電化製品等の販売の勧誘のためにダイレクトメールを送付するなどの事例が全国的に発生し,これについての苦情や相談が寄せられるようになったことから,総務省行政評価局は,建築計画概要書の閲覧制限の当否ないしその在り方等について検討し,平成19年7月5日,個人情報の保護,国民生活の安心・平穏の確保並びに建築計画概要書の閲覧申請及び情報公開請求に関する特定行政庁・地方公共団体の統一的かつ的確な対応を推進する観点から,制度の趣旨に沿わない「営利目的の閲覧」,「大量閲覧」及び「建築物が特定されていない閲覧」を制限することができるよう,閲覧事項等の見直し等による制度の整備も含めて,国土交通省において適切に対応する必要がある旨の検討結果を取りまとめた(乙14,15の1・2,16の1・2,19)。
(2) 本件条例7条1号ただし書ア該当性
ア 被控訴人は,本件情報は,建築基準法93条の2の規定により,公にされ,又は公にすることが予定されている情報に当たるから,本件条例7条1号ただし書アに該当すると主張する。
前記のとおり,建築基準法93条の2の規定に基づく閲覧制度は,周辺住民の協力の下に違反建築物の建築を未然に防止するとともに,無確認・違反建築物の売買等を防止するという趣旨で設けられた制度であり,同条所定の処分及び報告のうち,建築物やその敷地の所有者等の権利利益を不当に侵害するおそれがないものとして国土交通省令で定めるものについては,規定上その閲覧を制限する文言はなく,何人であってもこれを閲覧することが可能な仕組みになっているところ,建築計画概要書は上記国土交通省令で定めるものとして閲覧対象に含まれるものであるから,本件情報は,本件条例7条1号ただし書ア所定の公開予定情報に当たるものというべきである。
イ 控訴人は,建築基準法93条の2に定める閲覧制度の運用上,明らかに営利を目的としたものなど閲覧制度の趣旨に反する閲覧請求は認めないという形で閲覧制限を実施しているところ,被控訴人の本件情報公開請求は営利を目的としたものであり,これが建築基準法上の閲覧請求として行われた場合には認められないことが明らかであるから,本件情報は,本件条例7条1号ただし書アには該当しないと主張する。
しかしながら,建築基準法に基づく閲覧請求につき例外的に濫用的な請求としてこれを排斥することが許される場合があるとしても,それは権利濫用の禁止という法制度に内在する制約の表れにすぎず,そのことのゆえに上記閲覧制度の一般的公開性が否定されると解するのは相当でない。また,前記認定のとおり,建築基準法に基づく建築計画概要書の閲覧制度につき見直しの動きがあることをもって,直ちに上記閲覧制度の一般的公開性を否定する根拠とすることもできないというべきである。したがって,控訴人の上記主張は採用することができない。
3 本件情報の本件条例7条2号本文(事業情報)の該当性について
(1) 本件条例7条2号本文の趣旨
本件条例7条2号本文は,法人等に関する情報または事業を営む個人の当該事業に関する情報であって,公にすることにより,当該法人等または当該個人の権利,競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあるものについて,非公開情報に該当する旨規定している。これは,法人の事業等に関する情報で,その公開により当該法人の営業上の地位等に対し不利益を及ぼすものについて非公開とすることにより,公正な競争秩序の維持を図る趣旨と解される。
(2) 本件条例7条2号本文該当性
ア 控訴人は,本件情報のうち法人等及び事業を営む個人から提出されたものについては,建築に関するノウハウ,技術開発上,営業上の経営戦略その他の内部的管理情報が含まれていると考えられるから,上記非公開情報に該当する旨主張する。
イ 本件文書第2面及び第3面に記載された情報からは,前記1(2)イのとおり,当該場所に,いつごろ,どのような建物が建つのかを知ることができるにすぎず,上記情報から,法人等及び事業を営む個人の事業に係る内部的管理情報等を窺い知ることができるとまではいえず,上記情報が公開されたからといって,法人等の営業上の地位等に対し不利益を及ぼすおそれがあるとは認められない。したがって,これを公にすることにより,「当該法人等または当該個人の権利,競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがある」と認めることはできない。
ウ また,事業情報を非公開とすべきものとした趣旨に照らせば,当該情報が既に公になっている場合や法令等により公にすることが予定されているものである場合には,当該情報は,非公開とすべき事業情報には当たらないと解するのが相当である。
そして,前記2のとおり,建築計画概要書に記載された情報は,建築基準法93条の2の規定に基づく閲覧制度により何人でも閲覧可能なものであるから,この点からしても事業情報には該当しないといわなければならない。
エ そうすると,本件情報のうち法人等及び事業を営む個人から提出されたものについては,本件条例7条2号本文所定の事業情報には該当しないというべきである。
4 本件情報公開請求の権利濫用性について
(1) 控訴人は,本件情報公開請求が被控訴人の営利事業の一環として行われるものであること,被控訴人の提供する不動産情報を有料で入手した営利業者等からの建築主等へのセールス活動が行われることにより,建築主のプライバシー侵害等が懸念されること,本件情報公開請求の対象文書は1572件にも及ぶもので,これに応じる地方自治体側のコストは膨大である上,今後も同種の請求の反復継続が見込まれることなどから,本件情報公開請求は権利濫用として許されない旨主張する。
(2) 控訴人の情報公開制度は,本件条例1条に定める目的(前記1(1)イ)の下に,原則として行政文書の公開請求に応じるべき義務を実施機関に課した上で,個人識別情報等の非公開情報を列挙するとともに,個人識別情報に該当する場合でも例外的に公開すべき場合を定めているところ,開示請求の対象とされた行政文書を非公開とすることができるかどうかについては,当該文書に記載された情報の内容に基づいて判断するという基本的な枠組みが採られており,その際に請求者と当該文書との関連性や請求者の利用目的について考慮することは予定されていないと解される。そうすると,控訴人が主張する被控訴人の本件情報公開請求の目的やこれに応じることによって生じ得る事態への懸念については,これをもって本件情報公開請求が権利濫用に当たることを肯認させるに足りるものとはいえないし,本件条例に基づく情報公開請求に係る控訴人の事務処理は正しく本件条例に基づく控訴人の本来的事務に属するものであるから,事務負担が大であることをもって本件情報公開請求の権利濫用性を基礎付けることはできないというべきであって,他に本件情報公開請求が権利濫用であることを認めるに足りる証拠はない。
したがって,本件情報公開請求が権利濫用である旨の控訴人の主張は採用することができない。
5 結論
以上の次第で,本件情報は本件条例に定める非公開情報に該当せず,その開示を求める被控訴人の請求に応じて開示すべきものであるから,本件処分のうち本件文書第2面及び第3面を非公開とした部分は,違法として取消しを免れないものである。よって,その取消しを求める被控訴人の本件請求は理由があり,これを認容した原判決は正当であって,本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 矢延正平 裁判官 豊澤佳弘 裁判官 齋藤聡)
別紙(原裁判等の表示)
主文
1 高松市長が,原告に対し,平成18年1月23日付け高建指第▲▲▲▲▲号でした行政文書非公開決定のうち,平成17年4月1日から平成17年11月末日までに確認のおりた建築計画概要書の第2面及び第3面を公開しないこととした部分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文同旨
第2事案の概要等
1 請求の要旨
本件は,原告が高松市情報公開条例5条に基づいてした建築計画概要書の公開請求について,高松市長が平成18年1月23日付けでした当該行政文書を公開しないとの決定に関し,原告が,被告に対し,上記処分のうち建築計画概要書の第2面及び第3面に関する部分については,上記条例7条1号,同2号,8条の解釈適用を誤った違法なものであるとして,その取消しを求めた事案である。
2 前提事実(争いのない事実,掲記の証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実)
(1) 当事者
ア 原告は,松山市に本店を有する株式会社である(弁論の全趣旨)。
イ 被告は,行政文書の公開を定めた高松市情報公開条例(平成12年12月25日条例第39号,以下「本件条例」という。甲6)を制定している地方公共団体である。
(2) 行政文書の公開義務
本件条例には,次のような定めがある(甲6)。
第7条 実施機関は,公開請求があったときは,公開請求に係る行政文書に次の各号に掲げる情報(以下「非公開情報」という。)のいずれかが記録されている場合を除き,公開請求者に対し,当該行政文書を公開しなければならない。
(1) 個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって,当該情報に含まれる氏名,生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるもの(他の情報と照合することにより,特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)または特定の個人を識別することはできないが,公にすることにより,なお個人の権利利益を害するおそれがあるもの。ただし,次に掲げる情報を除く。
ア 法令もしくは条例(以下「法令等」という。)の規定により,または慣行として公にされ,または公にすることが予定されている情報
イ 人の生命,健康,生活または財産を保護するため,公にすることが必要であると認められる情報
ウ 当該個人が公務員(国家公務員法(昭和22年法律第120号)第2条第1項に規定する国家公務員および地方公務員法(昭和25年法律第261号)第2条に規定する地方公務員をいう。)である場合において,当該情報がその職務の遂行に係る情報であるときは,当該情報のうち,当該公務員の職および氏名ならびに当該職務遂行の内容に係る部分(当該公務員の氏名に係る部分を公にすることにより,当該個人の権利利益を不当に害するおそれがある場合にあっては,当該部分を除く。)
エ 公益上公にすることが必要である情報として実施機関が定める情報であって,公にしたとしても個人の権利利益を不当に害するおそれがないと認められるもの
(2) 法人その他の団体(国および地方公共団体を除く。以下「法人等」という。)に関する情報または事業を営む個人の当該事業に関する情報であって,公にすることにより,当該法人等または当該個人の権利,競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあるもの。ただし,事業活動によって生じ,または生ずるおそれのある危害から人の生命,健康,生活または財産を保護するため,公にすることが必要であると認められる情報を除く。
(3) 公にすることにより,犯罪の予防,鎮圧または捜査,公訴の維持,刑の執行その他の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがあると実施機関が認めることにつき相当の理由がある情報
(4) 市の機関,国の機関および他の地方公共団体の内部または相互間における審議,検討または協議に関する情報であって,公にすることにより,率直な意見の交換もしくは意思決定の中立性が不当に損なわれるおそれ,不当に市民の間に混乱を生じさせるおそれまたは特定の者に不当に利益を与え,もしくは不利益を及ぼすおそれがあるもの
(5) 市の機関,国の機関または他の地方公共団体が行う事務または事業に関する情報であって,公にすることにより,次に掲げるおそれその他当該事務または事業の性質上,当該事務または事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるもの
ア 監査,検査,取締りまたは試験に係る事務に関し,正確な事実の把握を困難にするおそれまたは違法もしくは不当な行為を容易にし,もしくはその発見を困難にするおそれ
イ 契約,交渉または争訟に係る事務に関し,市,国または他の地方公共団体の財産上の利益または当事者としての地位を不当に害するおそれ
ウ 調査研究に係る事務に関し,その公正かつ能率的な遂行を不当に阻害するおそれ
エ 人事管理に係る事務に関し,公正かつ円滑な人事の確保に支障を及ぼすおそれ
オ 市,国または他の地方公共団体が経営する企業に係る事業に関し,その企業経営上の正当な利益を害するおそれ
(6) 法令等の定めるところまたは実施機関が法律上従う義務を有する各大臣その他国もしくは他の地方公共団体の機関の指示により,公にすることができないとされている情報
第8条 実施機関は,公開請求に係る行政文書の一部に非公開情報が記録されている場合において,非公開情報が記録されている部分を容易に区分して除くことができるときは,公開請求者に対し,当該部分を除いた部分につき公開しなければならない。ただし,当該部分を除いた部分に有意の情報が記録されていないと認められるときは,この限りでない。
2 公開請求に係る行政文書に前条第1号の情報(特定の個人を識別することができるものに限る。)が記録されている場合において,当該情報のうち,氏名,生年月日その他の特定の個人を識別することができることとなる記述等の部分を除くことにより,公にしても,個人の権利利益が害されるおそれがないと認められるときは,当該部分を除いた部分は,同号の情報に含まれないものとみなして,前項の規定を適用する。
(3) 建築計画概要書
建築計画概要書は,建築基準法6条1項,同法施行規則1条の3に基づき,
建築確認申請の際に提出される書類で,第1面ないし第3面からなり,その記載事項は以下のとおりである(乙1)。
ア 第1面には,建築主,代理者,設計者,建築設備に関し意見を聴いた者,工事監理者及び工事施工者等建築主と当該建築物に関わる関係者の契約情報が記載されている。
イ 第2面には,建築計画地の地名地番,住居表示,都市計画区域及び準都市計画区域の内外の別等,道路,敷地面積,主要用途,工事種別,建築面積,延べ面積,建築物の数,建築物の高さ等,工事履歴並びに行政処分等建築物及びその敷地に関する事項が記載されている。
ウ 第3面には,当該建築物の所在地の付近見取図並びに敷地と当該建築物の計画位置を示す配置図,建築基準法令による処分の概要書が記載されている。
(4) 本件処分
ア 原告は,平成18年1月5日,高松市長に対し,本件条例5条に基づき,平成17年4月1日から同年11月30日までに確認通知をした建築計画概要書の第1ないし第3面及び処分事項(中間検査,検査済みも含む)(以下「本件文書」という。)等についての公開請求(甲1)をした。
イ これに対し,高松市長は,平成18年1月23日付けで,建築計画概要書について,個人から提出されたものは,本件条例7条1号に,法人等又は事業を営む個人から提出されたものは,同条2号にそれぞれ該当するとして,本件条例11条2項に基づき,全部公開しない旨の決定をした(高建指第▲▲▲▲▲号,以下「本件処分」という。甲2)。
(5) 原告の異議申立て等
原告は,平成18年3月1日付けで,本件処分につき,行政不服審査法6条に基づく異議申立てをした(甲4の1)が,高松市長は,高松市情報公開審査会に諮問した上,平成18年7月28日付けで,上記異議申立てを棄却する旨の決定をした(甲4の2ないし4)。
(6) 本件訴訟提起
原告は,平成18年8月10日付け(同月11日受付)で本件処分の取消し(後に,建築計画概要書の第2面及び第3面を非公開とした部分の取消しに減縮)を求めて,本件訴訟を提起した(当裁判所に顕著な事実)。
3 争点及び争点に関する当事者の主張の要旨
本件の争点は,本件処分が適法かどうか,すなわち,①原告が非公開処分の取消しを求めている本件文書第2面及び第3面記載の情報が,個人から提出されたものについて本件条例7条1号本文(個人情報),また法人等又は事業を営む個人から提出されたものについて同条2号本文(事業情報)の掲げる非公開情報に該当するか,②上記非公開情報に該当するとしても本件文書第2面及び第3面記載の情報が,非公開情報の例外的公開事由である本件条例7条1号ただし書きアの情報に該当するか,③上記非公開情報に該当するとしても,本件条例8条1項本文,2項により,本件文書について非公開部分を除き一部公開をするべきか,との点である。
(1) 本件条例7条1号本文(個人情報)該当性について
(被告の主張)
ア 本件文書のうち,第2面記載の情報のうち,建築物及びその敷地の地名地番及び住居表示等については,特定の個人を識別することができる情報を含んでいると考えられる。
イ 第3面記載の付近見取図及び配置図等については,建築物等の場所が特定されることから,特定の個人を識別することはできないが,公にすることにより,なお個人の権利利益を害するおそれがある。
ウ したがって,本件文書第2面及び第3面は,本件条例7条1号本文に該当する。
(原告の主張)
ア 本件文書第2面及び第3面に記載されている情報自体から分かることは,せいぜい,いつ,どこに,どのような建物ができるかの概要であって,特定の個人を識別することは不可能であるから,「個人に関する情報であって,当該情報に含まれる氏名,生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるもの」には該当しない。
イ また,本件文書第2面及び第3面に記載された情報(地名・地番,許認可番号)と照合することによって,特定の個人(建築主)を識別することが可能となる情報は,建築計画概要書それ自体(特に第1面)である。「他の情報と照合することにより,特定の個人を識別することができることとなるもの」にいう「他の情報」とは,新聞などのように一般人が容易に入手しうる情報をいうのであるから,建築計画概要書が誰でも閲覧できないのであれば,同概要書は「他の情報」に該当しない。
ウ 「公にすることにより,なお個人の権利利益を害するおそれがあるもの」とは,カルテや反省文のように個人の人格的利益に深く関連し,本人にのみそのコントロールを委ねるのが適当であるものや,設計図や工程表のように著作物性が認められるゆえに開示行為自体が財産権の侵害になるようなものをいうのであり,本件文書に記載された情報がこれに該当しないことは明らかである。
エ よって,本件文書第2面及び第3面は,本件条例7条1号本文に該当しない。
(2) 本件条例7条2号本文(事業情報)該当性について
(被告の主張)
ア 法人等又は事業を営む個人から提出された建築計画概要書にあっては,建築に関するノウハウ,技術開発上,営業上の経営戦略に関する内部管理上の情報であり,公開することにより,当該法人等又は当該個人の権利,競争上又は事業運営上の地位,その他正当な権利利益を害するおそれがある。
イ よって,本件文書第2面及び第3面は,本件条例7条2号本文に該当する。
(原告の主張)
本件文書第2面及び第3面に記載された情報は,いつ,どこに,何が建つかの概要を示すものにすぎず,事細かな設計図や工程表が示されているわけではないから,本件条例7条2号本文には該当しない。
(3) 本件条例7条1号ただし書きア(法令等及び慣行により公にされ,公にすることが予定されている情報)該当性について
(原告の主張)
ア 建築主,設計者等の氏名及び当該工事にかかる確認があった旨は,建築基準法89条1項に基づいて工事現場の見やすい場所に表示されているのであり,「法令の規定により,公にされている」情報であるといえる。
イ 国土交通省は,建築計画概要書のネット公開を検討しており,同概要書には,広く公にすることが許容され,かつ有意である部分が存在すると考えているようである。
ウ よって,本件条例7条1号ただし書きアに該当する。
(被告の主張)
ア 建築基準法93条の2に規定する閲覧制度の目的は,周辺住民の協力の下に違反建築を未然に防止するとともに,併せて違反建築物の売買等を防止しようとするにあり,したがって閲覧の目的を問わず無限定に閲覧が認められているものではなく,明らかに営利を目的とする閲覧請求については,これに応じなくても違法とはいえないとの運用がなされている。
原告の本件公開請求は,明らかに営利を目的としたものであり,建築基準法上の閲覧制度の趣旨を逸脱している。
近年,経済・社会の情報化の進展に伴い,官民を通じて大量の個人情報が処理される中,個人情報に関する意識が高まり,個人情報は個人の人格尊重の理念の下に慎重に取り扱われるべきとして,適正な取扱いの厳格な実施を確保する必要がある個人情報の法制上の措置が執られた。個人情報の目的外利用が原則として制限される今日において,公共性・公益性のある目的の場合のみ開示を認めるとすることは,行政を司る者にとって当然の義務であるし,また情報を得た第三者にも適正な利用の義務が課せられている。
イ 建築基準法89条1項の表示は,工事施工者に対して,当該工事現場に表示することが義務付けられたものであり,建築基準法6条6項の工事の禁止が確認を受けたことにより解除され,法律上工事が適法になされていることを表示したものにすぎず,広く一般に公開されたものではない。
ウ 建築計画概要書のネット公開については,同概要書をデータベース化するとしても,目的として行政間において情報を共有することにより,違反建築物への対応の迅速化・効率化を図ることが想定され,個人情報保護法及び著作権法等から勘案して,現時点での建築計画概要書そのものの一般公開は考えられない。
エ よって,本件条例7条1号ただし書きアに該当しない。
(4) 本件請求文書の一部開示を認めるべきかについて(本件条例8条該当性)
(原告の主張)
仮に建築計画概要書に記載された個人情報部分が,非公開情報に該当するとしても,本件条例には部分開示義務が定められているのであるから,一部にせよ本件情報は開示されるべきである。
(被告の主張)
本件条例7条1号本文,同条2号本文により非開示とされる情報を除くと,本件文書第2面及び第3面に記載された情報は,第2面記載の敷地面積,用途地域,建築物の容積率,建築面積及び延べ面積等の情報のみとなり,これらが公開されたとしても,当該建築物の場所,その他の概要等の情報が確認できなければ本来の建築計画概要書の意味をなさないものである。
よって,非公開部分を除くと,有意な情報が記載されているとは認め難いことから,全部非公開とした(本件条例8条1項ただし書き,2項)。
第3当裁判所の判断
1 本件情報が本件条例7条1号本文(個人情報)に該当するかについて(争点(1))
(1) 本件条例7条1号本文の趣旨・目的
ア 本件条例7条1号本文は,原則として,行政文書の公開請求に応じるべき義務を実施機関に課す一方で,(a)個人に関する情報であって,当該情報により特定の個人を識別することができるもの,(b)個人に関する情報であって,他の情報と照合することにより,特定の個人を識別することができることとなるもの,(c)特定の個人を識別することはできないが,公にすることにより,なお個人の権利利益を害するおそれがあるものについては,非公開情報に該当する旨規定している。
イ 被告における情報公開制度は,「市民の知る権利を尊重し,市の保有する情報の一層の公開を図り,もって市の諸活動を市民に説明する責務が全うされるようにするとともに,市政への市民参加を一層促進し,市民の市政に対する理解と信頼を深め,市民と市との協働による公正で民主的な市政の推進に資することを目的とする」(本件条例1条)ものであるが,その一方,「実施機関は,個人に関する情報が十分に保護されるよう最大限の配慮をしなければならない。」(同3条)として,個人のプライバシー保護との調整を図り,行政文書に個人識別情報が記載されているときは,その行政文書を非公開とすることにより,個人識別情報が公開されて当該個人が不利益を受けないようにすることとしている。
ただし,個人識別情報に該当すれば,いかなるものでも非公開とされると,今度は市政に対する市民の理解を深めることができない場合が頻繁に生じることから,既に公開され,あるいは公開が予定されている情報や公益上公開の必要性の高い情報については,本件条例7条1号ただし書きアないしエに該当する情報として公開すべきものとしている。
上記本件条例の趣旨・目的からすれば,個人情報にも,個人情報の内容や秘匿の必要性の程度等によって,プライバシーとしての要保護性の強いものから弱いものまで様々なものがあり,公知に近い事実のようにプライバシーとしての要保護性の極めて低いものは,同号ただし書き該当性を問題とすることなく,非公開情報である個人情報には該当しないと解すべきである。
よって,上記の観点から,本件文書第2面及び第3面に記載された情報が,本件条例7条1号本文に該当するかどうか検討することとする。
(2) 本件条例7条1号本文該当性
ア 被告は,本件文書第2面記載の情報のうち,建築物及びその敷地の地名地番及び住居表示等については,上記(1)ア(a)もしくは(b)に,同第3面記載の付近見取図及び配置図等については,同(c)に該当する旨主張する。
イ 本件文書第2面記載の情報は,建築物及びその敷地に関する事項であり,地名地番,住居表示,建築面積,建築物の数,高さ等の情報が開示されても,これを見た者は,当該場所に,いつごろ,どのような建物が建つのかを知ることができるにすぎず,上記情報自体から,特定の個人を識別することはできないし,開示によって得られる情報もそれほど秘匿の必要性の高い情報とも解されない。
本件文書第3面記載の情報は,建築物の所在地の付近見取図,配置図及び建築確認や中間検査,完了検査等建築基準法令による処分の概要書が記載されているにすぎず,やはり上記情報自体から,特定の個人を識別することはできないし,開示によって得られる情報もそれほど秘匿の必要性の高い情報とも解されず,したがって,公開することにより,個人の権利利益を害するおそれがあるとは認められない。
ウ もっとも,上記各情報と,住宅地図,不動産登記簿等一般人が通常入手し得る他の情報と照合することにより,建築主の氏名,住所等特定の個人を識別することは可能であるが,「建築主,設計者,工事施工者及び工事の現場管理者の氏名又は名称ならびに当該工事に係る建築確認があった旨」は,工事現場の見易い場所に表示しなければならないとされており(建築基準法89条1項),当該場所における建築物の建築主の氏名,住所等の情報は,既に公開されているに近いといえる。
そして,国土交通省が,建築計画概要書のネット公開を検討していること(甲8)も考慮すれば,本件文書第2面及び第3面に記載されている情報は,プライバシーとしての要保護性が極めて低く,本件条例7条1号本文(個人情報)に定める非公開情報に該当しないと解するのが相当である。
エ よって,被告の上記主張は,これを採用することはできない。
2 本件情報が本件条例7条2号本文(事業情報)に該当するかについて(争点(2))
(1) 本件条例7条2号本文の趣旨
本件条例7条2号本文は,法人等に関する情報または事業を営む個人の当該事業に関する情報であって,公にすることにより,当該法人等または当該個人の権利,競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあるものについて,非公開情報に該当する旨規定している。これは,法人の事業等に関する情報で,その公開により当該法人の営業上の地位等に対し不利益を及ぼすものについて非公開とし得るものとした趣旨と解される。
(2) 本件条例7条2号本文該当性
ア 被告は,本件情報のうち,法人等から提出されたものについては,建築に関するノウハウ,技術開発上,営業上の経営戦略等,法人内部の管理情報が含まれていると考えられるから,上記非公開情報に該当する旨主張する。
イ 本件文書第2面及び第3面記載の情報からは,前記1(2)イのとおり,当該場所に,いつごろ,どのような建物が建つのかを知ることができるにすぎず,これらの情報から,法人等の内部の管理情報等を知ることはできず,上記情報が公開されたからといって,法人等の営業上の地位等に対し不利益を及ぼすおそれがあるとは認められない。したがって,「当該法人等または当該個人の権利,競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがある」と認めることはできない。
そうすると,本件文書第2面及び第3面に記載された情報は,本件条例7条2号本文(事業者情報)に定める非公開情報には該当しないと認めるのが相当である。
ウ よって,被告の上記主張も,これを採用することはできない。
3(1) 被告は,建築基準法93条の2に定める閲覧制度の趣旨は,周辺住民の協力の下に違反建築を未然に防止するとともに,併せて違反建築物の売買等を防止しようとするにあり,原告の本件公開請求の目的が明らかに営利を目的としたものである以上,建築基準法上の閲覧請求は認められないのであるから,本件公開請求も,本件条例7条1号ただし書きアには該当せず,認められるべきではないと主張する。
これに対し,原告は,被告の主張する建築基準法上の閲覧制度は,本件条例7条6号(国等関係情報)該当性をいうものであるとして反論をするので,本件文書第2面及び第3面に記載された情報が,本件条例7条6号に該当するか否かについて検討する。
(2) 建築基準法93条の2の閲覧制度の趣旨は,建築基準法令の規定による処分に関する書類を閲覧の用に供することにより,周辺住民の協力の下に違反建築物を未然に防止するとともに,違反建築物の売買をも防止しようとするものである。したがって,かかる本制度の目的・趣旨を逸脱して明らかに営利目的のために閲覧請求がなされた場合においては,行政運用上,これを拒否しても違法とはいえないと取り扱われている(昭和50・7・25 住指発1126,乙4)。
しかし,かかる行政解釈は,明らかに営利を目的とする閲覧請求に対してはこれを拒んだとしても違法ではないことをいうにとどまるものであって,建築基準法93条の2の規定からは,営利目的の閲覧を禁止しなければならないとの趣旨を直ちに読み取ることはできない。また,原告の本件文書の公開請求の目的は,利用しやすい地図インフラの整備にあるとのことであって(弁論の全趣旨),社会一般の利益にも通じるものであり,営利のみを追求するものということもできない。
(3) そうすると,原告が建築基準法93条の2の閲覧請求をした場合,特定行政庁は,必ずこれを拒否しなければならないものではないから,本件文書第2面及び第3面に記載された情報は「法令等の定めるところまたは実施機関が法律上従う義務を有する各大臣その他国もしくは他の地方公共団体の機関の指示により,公にすることができないとされている情報」(本件条例7条6号)に該当するということもできない。
第4結論
以上によれば,本件処分のうち,本件文書第2面及び第3面を公開しないこととした部分は,これに記載された情報が非公開情報に該当しないにもかかわらず,該当するものとして非公開とした違法な処分であるから,その取消しを求める本件請求は,理由があるから認容することとし,主文のとおり判決する。
高松地方裁判所民事部
(裁判長裁判官 吉田肇 裁判官 森實将人 裁判官 長尾崇)