高松高等裁判所 平成2年(ネ)176号 判決 1991年2月26日
控訴人(附帯被控訴人)
中山久雄
外一名
右両名訴訟代理人弁護士
宮竹良文
被控訴人(附帯控訴人)
山田一夫
右訴訟代理人弁護士
桑城秀樹
被控訴人(附帯控訴人)
梶博之
右訴訟代理人弁護士
井上洋一
同
渡辺雄策
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 本件附帯控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。
1 被控訴人らは連帯して(不真正連帯)、控訴人中山久雄に対し一九四六万三三五三円、控訴人中山勢津子に対し一八二八万三九五三円及びこれらに対する昭和六三年八月一一日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 控訴人らのその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は第一、二審を通じてこれを五分し、その三を被控訴人ら(附帯控訴人ら)の、その二を控訴人ら(附帯被控訴人ら)の各負担とする。
四 主文第二項1につき仮に執行することができる。
事実
一 当事者の求めた裁判
1 控訴人ら兼附帯被控訴人ら(以下「控訴人ら」という。)
(控訴の趣旨)
(一) 原判決を次のとおり変更する。
被控訴人らは連帯して、控訴人中山久雄(以下「久雄」という。)に対し、三二二四万六三四〇円、控訴人中山勢津子(以下「勢津子」という。)に対し、二九一六万六九四〇円、及び、これらに対する昭和六三年八月一一日から各支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
(三) 第一項につき仮執行の宣言
(附帯控訴に対する答弁の趣旨)
本件附帯控訴を棄却する。
2 被控訴人ら兼附帯控訴人ら(以下「被控訴人ら」という。)
(控訴に対する答弁の趣旨)
本件控訴を棄却する。
(附帯控訴の趣旨)
(一) 原判決中、被控訴人ら敗訴部分を取り消す。
(二) 控訴人らの請求を棄却する。
(三) 訴訟費用は第一、二審とも控訴人らの負担とする。
二 控訴人らの請求原因
1 被控訴人梶博之(以下「梶」という。)は昭和六三年八月一一日午後八時五分ころ普通自動車を運転し坂出市久米町二丁目一〇番三一号先町道の交差点に差し掛かったが、折から反対方向から交差点を右折した被控訴人山田一夫(以下「山田」という。)運転の自動車と交差点内で接触し、被控訴人梶の自動車助手席に同乗していた中山直美(昭和四三年五月一三日生。以下「直美」という。)が内臓破裂の傷害を受け、同日午後九時二五分坂出市立病院において死亡した(以下「本件事故」という。)。
2(一) 被控訴人らはいずれも自動車を自己のために運行の用に供していた者であるから自動車損害賠償法(以下「自賠法」という。)三条によりその損害を賠償する義務がある。
(二) 被控訴人梶は、交差点に進入する前に、前方交差点内の交通の安全を確認して交差点に進入する義務があるのに、被控訴人梶はこれを怠り、漫然交差点に進入した過失があり、又、被控訴人山田は、交差点中央付近で一旦停止し直進車の通過を待って右折すべき注意義務があるのに、これを怠り、一旦停車しないで右折した過失があり、本件事故はこれらの過失が競合して発生したもので、被控訴人らはその共同不法行為者に当たる。
(三) よって、被控訴人らは連帯(不真正)して、その損害を賠償する義務がある。
3 損害
(一)(1) 直美の逸失利益 三七三三万三八八一円
直美は昭和四三年五月一三日生(本件事故当時満二〇歳)の女性、大阪芸術大学音楽教育課二年生で、昭和六三年賃金センサス企業規模計、産業計、女子労働者、旧大・新大卒、二〇〜二四歳による年収額は二四二万七五〇〇円、直美は少なくとも大学卒業後六七歳まで右年収額を下らない収入を得ることができるものというべきであるから、生活費三〇パーセントを控除し、新ホフマン方式により年五分の中間利息控除後の現在額は三七三三万三八八一円{2,427,500×(1−0.3)×(23.8322−1.8614)=37,333,881}になる。
(2) 死亡による慰謝料 一〇〇〇万円
(3) 直美は独身で子もなかったので、直美の父である控訴人久雄、母である控訴人勢津子が前記(1)、(2)合計四七三三万三八八一円につき法定相続分に従い各二分の一ずつの各二三六六万六九四〇円ずつ相続し取得した。
(二)(1) 葬祭費等 二五〇万円
控訴人久雄は葬祭費一二六万〇一五三円、仏壇購入費一八八万円、墓碑建設費四〇五万八七五〇円を要したが、その内二五〇万円を請求する。
(2) 直美の下宿引越料 七万九四〇〇円
控訴人久雄は右費用を負担した。
(3) 控訴人ら固有の慰謝料 各四〇〇万円ずつ
控訴人久雄、同勢津子は一人娘の直美が音楽教師として教壇に立つ時を楽しみにしていたが、本件事故によりその期待が奪われ、直美の慰謝料とは別に、親としての精神的な苦痛を被ったから、その慰謝料は各控訴人につき四〇〇万円ずつが相当である。
(4) 弁護士費用 三五〇万円
控訴人らは本件請求を控訴代理人に委任し、弁護士費用として控訴人久雄につき二〇〇万円、控訴人勢津子につき一五〇万円を要する。
4 よって、本件事故による損害賠償として、被控訴人らに対し、連帯して、控訴人久雄は三二二四万六三四〇円、控訴人勢津子は二九一六万六九四〇円、及びこれらに対する不法行為以後の昭和六三年八月一一日から支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。
三 控訴人らの請求原因に対する被控訴人らの答弁、抗弁
1 控訴人らの請求原因1の事実(本件事故の発生)、同2の事実(賠償義務)は認める。
2 同3の事実(損害)は争う。
(一)(1) 同(一)(1)の事実(逸失利益)は争う。女子労働者の全年齢平均の数値を用いる場合、生活費控除率は独身男子と同様に五〇パーセント、本件のような長年の逸失利益の算定にはライプニッツ方式により中間利息を控除すべきである。
(2) 同(2)の事実(死亡慰謝料)は争う。
(3) 同(3)の事実中相続関係の事実を認め、本件損害賠償債権の取得を争う。
(二)(1) 同(二)(1)の事実(葬祭費)は争う。
(2) 同(2)の事実(引越費用)は争う。
(3) 同(3)の事実(固有の慰謝料)は争う。
(4) 同(4)の事実(弁護士費用)は争う。
3 被控訴人梶の抗弁
(一) 直美は被控訴人梶運転の自動車助手席に同乗し、ドライブを楽しんだ後、送り届けて貰う途中で事故が発生したものであるから、慰謝料の算定についてはこの好意同乗の事情を斟酌し減額すべきである。
(二) 直美の相続人である控訴人らは平成元年四月二七日被控訴人梶が保険契約をしていた自家用自動車保険の搭乗者傷害保険(以下「搭乗者保険」という。)から、本件事故による直美(搭乗者)の搭乗者保険金(死亡)として一〇〇〇万円の支払を受けた。これを損害賠償の填補として取り扱わないと、搭乗者保険の保険契約者は保険料を支払っているのに直接的には勿論間接的にも保険の効果を全く享受しないばかりか、何ら保険料を負担していない搭乗者だけが不当に保険金を利得するという不当な結果を招くことになるから、その保険金は保険契約者の搭乗者に対する損害賠償の一種とみて、損害賠償額に填補されるものと解すべきである。
四 控訴人梶の抗弁に対する被控訴人らの再答弁
(一) 控訴人梶主張3(一)の事実(好意同乗)は争う。単なる無償同乗は損害賠償額の減額事由にならない。
(二) 同(二)の事実(搭乗者保険金による填補)中、控訴人らが被控訴人梶の搭乗者保険金一〇〇〇万円の支払いを受けたことは認め、その余の事実は争う。
搭乗者保険金の給付を受けても、それは損害賠償のための支払を予定しておらず運転者に支払義務がなくても搭乗者の相続人に保険金が支払われる点で生命保険金と同様の保険であるから、損害賠償額からこれを控除すべきではない。
五 証拠関係<省略>
理由
一控訴人らの請求原因1の事実(本件事故の発生)、同2の事実(被控訴人らの賠償責任)は当事者間に争いがない。
二損害について
1(一) 直美の逸失利益 三三三六万七九〇七円
<証拠>を総合すると、直美は昭和四三年五月一三日生(本件事故当時満二〇歳)、控訴人久雄、同勢津子の長女、独身で子がなく、大阪芸術大学音楽教育課二年生であり、健康で、直美は大学卒業後教職につきたい希望をもっていたことが認められる。しかし、その学歴は本件事故当時最も近い高専・短大卒とし就労可能期間は二一歳から六七歳まで四六年間とするのが相当で、昭和六三年賃金センサス企業規模計、産業計、高専・短大卒、全年齢平均の年収額は二七九万九三〇〇円{(183,900×12)+592,500=2,799,300}であり、就労可能期間が長期にわたるのでライプニッツ方式によることとし、これにより年五分の中間利息を控除した現在額は三三三六万七九〇七円{2,799,300×(17.9810−0.9523)×(1−0.3)=33,367,907}となる。
(二) 死亡による慰謝料 七〇〇万円
本件事故の態様、被害者の年齢、控訴人らとの身分関係、その他本件に現れた一切の事情を考慮すると、直美の慰謝料としては七〇〇万円とするのが相当である。
(三) 直美の右(一)、(二)の損害合計額四〇三六万七九〇七円は、控訴人久雄がその父、控訴人勢津子がその母として、各法定相続分に従い各二分の一ずつの二〇一八万三九五三円ずつ取得したものである。
2(一) 葬祭費(控訴人久雄) 一〇〇万円
<証拠>を総合すると、控訴人久雄が葬祭関係費一二六万〇一五三円、仏壇購入費一八八万円、墓碑建立費四〇五万八七五〇円を支出したことが認められる。しかし、その内本件事故と相当因果関係のある損害は一〇〇万円とするのが相当である。
(二) 引越費用(控訴人久雄) 七万九四〇〇円
<証拠>を総合すると、控訴人久雄が直美の大阪の下宿からその荷物を引越す費用として七万九四〇〇円を要したことが認められる。
(三) 各控訴人固有の慰謝料 各一五〇万円ずつ
前記認定の各事実によると、直美の死亡により、控訴人久雄は父として、控訴人勢津子は母として、直美とは異なる精神的な苦痛を被ったものということができ、その慰謝料は各一五〇万円ずつが相当である。
(四) 各控訴人の弁護士費用
本件事故と相当因果関係があるのは、控訴人久雄につき一七〇万円、控訴人勢津子につき一六〇万円とするのが相当である。
三1 被控訴人梶は、直美が梶運転の自動車助手席に好意同乗していたことを損害額の減額事由として考慮すべきである旨主張するが、好意同乗は特別の事情がなければこれを減額事情とすべきでなく、本件ではそのような特別の事情は見当たらないから、右主張は理由がない。
2 直美の相続人である控訴人らが平成元年四月二七日被控訴人梶が保険契約をしていた自家用自動車保険の搭乗者保険から、本件事故による直美(搭乗者)の搭乗者保険金(死亡)として一〇〇〇万円の支払を受けたことは、当事者間に争いがない。
被控訴人梶が直美に対し不法行為者となる本件においては、右支払済の搭乗者保険金は被控訴人梶の被害者直美に対する損害賠償の填補としての性質を有し、損害額から控除すべきものと解するのが相当である。その理由は、次のとおりである。
(一) 搭乗者保険は、自家用自動車保険に含まれる各個別の保険(PAPの場合五種類、SAPの場合六種類)の一つであり、これは更に、死亡保険、後遺障害保険、医療保険などに細分されているが、保険料は自家用自動車保険の対象であるすべての保険を含む一括保険料として支払い、被保険自動車の保有者、運転者、その被保険自動車に搭乗した者を被保険者とする保険であり、死亡保険額は定額(本件の場合一〇〇〇万円)とされている。その死亡保険約款の定め(四章四条)によると、その保険金は、運転者の不法行為責任および損害賠償額に関係なく定額が支払われる。保険金の受領権者は、特別の指定をしない限り、約款(同条)で死亡者の相続人とされているので相続人に支払われるが、保険契約者は死亡した搭乗者の相続人に対し自賠法三条の責任、一般不法行為責任を負わない場合、この保険金の性質は贈与(見舞金等の儀礼的な支出となる。)とみられ、保険契約者は搭乗者に対し損害賠償として支払う義務がないので、保険者が保険契約者に代位してこれを支払ったとはいえず、保険契約者に対し求償する根拠がないから、保険金支払による代位を考える余地がなく、その点では生命保険に類似する性質を持つ。この限度では、搭乗者の相続人がその死亡保険金の支払を受けても、それを搭乗者に対する法律上の損害賠償責任額に填補されたものと取り扱うことはできない。
(二) しかし、他方、支払に関する約款(四章八条)によると、搭乗者保険中の他の保険金(例えば医療保険から搭乗者の入院治療費)が支払われた後にその死亡保険金の定額を支払うべきときはその死亡保険金の中から既に支払った医療保険等の額を控除した残額を支払うとしていることからみると、不法行為による法律上の損害賠償責任額の填補の性質を持つ場合があることを否定できない。
(三) 更に、運転者といわゆる好意同乗者との関係が不法行為者と被害者との関係に立つ場合、自家用自動車保険に含まれた他の保険である対人賠償による保険金の請求権が発生するが、他方、搭乗者保険中の死亡保険は、運転者の不法行為によるものではないこと(換言すれば対人賠償保険が発生しないこと)を保険発生の要件にしているものではないから、不法行為に当たる場合でもその成否従って法律上の損害賠償責任額の確定を待たずに支払われる。従って、搭乗者保険には前記(一)の場合のほか運転者がその搭乗者に対し不法行為による損害賠償責任を負う場合を含むと解すべきである。この場合の保険金支払の意味につき保険契約の際の保険契約者の意思を合理的に解釈すれば、搭乗者に対し自己の負担すべき損害賠償に関する保険をも含むものとして契約をしたとみるべきであり、前記(一)の場合のように贈与をする趣旨だけに限定して保険契約をしたものとみるべきではない。
(四) 保険は、損害賠償責任のある場合加入者全員の保険料の負担において支払うことで、多額の損害賠償を支払う危険を保険加入者全員に分散し、個人の負担能力を補充しようとするところにその制度目的があるから、その保険金の支払により不当に又は被った損害以上に利得する者が生じないように解釈すべきである。もし、本件の場合に搭乗者保険金の支払が損害賠償の法律上の賠償責任額の填補にならないとすれば、搭乗者(実際にはその相続人)は保険加入者全員の負担において、法律上の損害賠償責任額を超えて支払を受け(従って、保険者は右保険金の支払に関係なく、対人賠償の保険額を算定することになり、保険者がその分につき二重に支払うことになる。)、更にその保険額の限度で運転者から法律上の損害賠償責任額の支払を受けて二重に利得する結果となり、他方、保険契約者は搭乗者保険の契約をしその保険料を支払ってその危険を分散したと考え保険金が相続人に現実に支払われたのに、法律上の損害賠償責任額の内右保険額の限度で重ねて支払わざるを得なくなり、右保険の制度目的に反する結果となる。このことは損害の負担の公平を害するものである。
(五) 搭乗者保険の死亡保険金が定額化されていること、不法行為の有無及び法律上の責任額を審査せず、被害者との和解、調停、判決等による法律上の賠償責任額の確定を待たずに支払われることは、前記の点を反対に解する根拠となるものではなく、保険金が早期に支払われる実益もあり、対人賠償保険金額の算定で工夫すれば保険の処理上二重払となることはないとみられる。
3 従って、搭乗者保険として控訴人らに支払われた保険金一〇〇〇万円は直美の損害の一部に填補されたものであり、前記二1(三)の残額は各控訴人一五一八万三九五三円ずつとなる。
四以上のとおりであるから、本件事故による損害賠償として、被控訴人らは連帯(不真正連帯)して、控訴人久雄に対し、一九四六万三三五三円(内訳、前記三2の直美の相続分残額一五一八万三九五三円、二2(一)の葬祭費一〇〇万円、同(二)の引越費用七万九四〇〇円、同(三)の固有の慰謝料一五〇万円、弁護士費用一七〇万円)、控訴人勢津子に対し、一八二八万三九五三円(内訳、前記三2の直美の相続分残額一五一八万三九五三円、二2(三)の固有の慰謝料一五〇万円、同(四)の弁護士費用一六〇万円)及びこれらに対する不法行為以後の昭和六三年八月一一日から支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払義務を負い、控訴人らの本訴請求は、右の限度で理由があるのでこれを認容しその余は理由がないので棄却すべきところ、これと異なる原判決は相当ではなく、本件控訴は理由がないので棄却し、本件附帯控訴に基づき原判決を変更し、右説示のとおり請求の一部を認容し一部を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、九二条、八九条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条の規定に従い、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官髙木積夫 裁判官孕石孟則 裁判官高橋文仲)