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高松高等裁判所 平成2年(行ケ)1号 判決 1991年9月24日

原告

折目勝也

右訴訟代理人弁護士

木田一彦

被告

徳島県選挙管理委員会

右代表者委員長

増田肇

右訴訟代理人弁護士

田中達也

田中浩三

右指定代理人

塚田勝

外四名

参加人

森長巖

右訴訟代理人弁護士

朝田啓祐

主文

一  平成元年四月二三日執行された徳島県美馬群貞光町議会議員一般選挙につき、被告徳島県選挙管理委員会が平成元年一二月二一日原告に対してした審査申立棄却の裁決を取り消す。

二  右選挙における当選人森長巖の当選を無効とする。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  原告

主文同旨

2  被告及び参加人

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二  原告の請求原因

1  平成元年四月二三日執行の徳島県美馬群貞光町議会議員一般選挙(以下「本件選挙」という。)においてその選挙会が最下位の当選人を参加人森長巖(本件選挙での呼称は「森長イワオ」として届け出た。)と決定し、貞光町選挙管理委員会(以下「貞光町選管」という。)が同年同月同日その告示をした。

2(一)  しかし、選挙会の右当選人の決定には、3に述べるような得票計算上の誤りによる無効原因があり、その得票数は落選者中最高得票者に当たる原告折目勝也より少なく、最下位当選人は原告とすべきであり、本件選挙の最下位当選人森長巖の当選は無効である。

(二)  そこで、原告は貞光町選管に対し、右(一)など(得票計算の誤りとして他の理由も主張した。)を理由に異議申出をしたが、貞光町選管は平成元年五月一五日原告に対し右異議申出を棄却する旨決定した。原告は同年六月二日被告徳島県選挙管理委員会に対し審査申立をしたところ、被告は同年一二月二一日原告に対し右審査申立を棄却する旨裁決したので、原告は平成二年一月一九日本訴を提起した。

3  選挙会の当選人の決定の内参加人を当選人とする決定には、次の得票計算の誤りによる当選無効原因がある。本件選挙の参加人の得票数は218.386票、原告の得票数は二一八票と計算され、0.386票の僅かな差で参加人が当選人とされた。しかし、その計算に誤りがあり、原告の得票数は二一八票であるのに対し、参加人の得票数は次の(一)(1)、(二)、(三)の何れか一つが違法の場合217.386票であり、各主張の違法が重なる場合更にその得票数が減少し、いずれの場合にも、原告の得票数を下回るから、参加人を当選人とするのは無効であり、原告がその当選人となるべきものである。すなわち、

(一)  別紙の「オモリいワヲ」又は「ヲモリいワヲ」と読める投票について

(1) 選挙会は、この投票につき、候補者森長イワオの有効票として一票に計算した。しかし、右投票は、「オモリ」又は「ヲモリ」の部分が候補者大森治を指す「大森」と、「いワヲ」の部分が候補者ふじもと巌、同森長イワオと解され、候補者大森治、同ふじもと巌、同森長イワオの三名の何れに投票したかその意思を推測することができないから、候補者三名の氏と名を混合して記載した場合にあたり、無効とすべきである。

(2) そうではなく右候補者三名につき按分すると考えても、参加人森長イワオに計算できるのは、その三分の一の0.333票にすぎない。

(二)  投票「森長イサヲ」について

選挙会はこれを森長イワオに投票したとして同候補者に一票を計算したが、明らかに「イサヲ」と読みとることができ、候補者ではないが、「森長イサヲ」と同姓同名の森長功(昭和五年四月二八日生)が選挙の直前ころまで貞光町に生存しており、同人はかつて相当長期間農業委員を勤めており町民にとって一般に著名な者であり、候補者以外の同人に投票したものとして、無効とすべきである。

(三)  投票「ヒロ」について

選挙会は「ヒロ」の投票は参加人の行っている材木商の屋号であり参加人に投票したものと計算した。しかし、「ヒロ」は屋号ではなく屋号の呼び名にすぎず、原告は五〇年以上も貞光町に居住し、本件選挙直前まで貞光町議員を二期八年にわたりしていたが、その間に「ヒロ」が参加人の屋号の呼び名であると聞いたことがなく、知人である町民の何人かに聞いてみたがそれを知っている人がなかった程で、貞光町の一般町民にとって「ヒロ」の屋号の呼び名が参加人を表わすという認識に乏しいから、その投票は無効とすべきものである。

三  被告及び参加人の答弁

1  原告の請求原因1の事実(本件選挙、貞光町選管が参加人を当選人とする告示をしたこと)は認める。

2(一)  同2(一)の事実(当選無効原因)は否認する。

(二)  同(二)の事実(異議申出、審査申立とその各棄却決定)は認める。

3  同3の事実(選挙会の得票計算の誤りによる当選無効原因)は否認する。すなわち、選挙会の得票計算に誤りがなく、当選人を参加人森長巖とした決定は適法有効である。

(一)  別紙の「オモリいワヲ」又は「ヲモリいワヲ」と読める投票について。

この投票の第一字は、「モ」又は「も」を書こうとして書き誤り消除せず残したもので無視すべきであり、「モリいワヲ」と読めば森長イワオの誤記と解することができ、森長イワオの一票と数えるべきものである。大森治は名が治(おさむ)であるから、右投票は同人に対する投票ではなく、又、ふじもと巌は氏が「モリ」とは関係がないから、右投票は同人に対する投票でもない。

(二)  投票「森長イサヲ」について

「ワ」と「サ」は字の形が類似しているため、「ワ」と書くべきところ「サ」と書き誤ったものであり、森長功(もりながいさお)が貞光町にかつて実在していたが、何ら著名な人ではなく、選挙当時には既に死亡していたので、右投票は森長イワオに対する有効な投票である。

(三)  投票「ヒロ」について

貞光町の山間部等ではその者の営業上の屋号がある場合その氏名に代えて屋号で呼ぶ慣習があり、同一の氏である場合は殊にそうであるが、参加人は長年養蚕業のかたわら「ひろを木材店」の商号で木材業を営み、その近隣に森長の氏の者が多かったので、その顧客に対してはの屋号を用いこれを「ヒロ」と読んでおり、その営業の主体は参加人であることが知られていた。したがって、投票「ヒロ」は参加人に対する投票である。

四  証拠関係<省略>

理由

一原告の請求原因1の事実(本件選挙の執行、貞光町選管が参加人を当選人とする告示をしたこと)、同2(二)の事実(異議申出、審査申立とその各棄却決定、本訴の提起)は当事者間に争いがない。

二別紙の「オモリいワヲ」又は「ヲモリいワヲ」と読める投票について

1(一)(1) 検証の結果及び弁論の全趣旨によると、その投票は別紙のとおりの記載により投票されたことが認められ、この投票は「オモリいワヲ」又は「ヲモリいワヲ」と記載されたものと観るのが相当である。

(2) これにつき、被告及び参加人は投票の第一字に関し、「モ」又は「も」と書こうとして誤記したが消除せずに残したものと解釈すべきであるというが、まず消除した形跡がないのに消除したと解する点で、投票者の意思解釈としては違法であるばかりでなく、投票第二字の「モ」と比べるとその字自体の形、運筆等から観て「モ」又は「も」の誤記であるとすることは困難であり、投票最終字の「ヲ」をも加えて比較考察すると、投票第一字は一般には「オ」又は「ヲ」と理解すべきであるから、投票第一字が「モ」又は「も」の誤字であるとみるべき特段の事情は見当らないといえる。

(3) 投票は、その全体から観察して誰に投票したかの意思を推測し有効解釈を原則として考察しなければならないけれども、他方、恣意的な意思解釈は許されず、投票の記載自体を基準にしこれに諸般の事情を総合して判断すべきものである。この投票の「オモリ」又は「ヲモリ」部分を「いワヲ」との関連から「オ」又は「ヲ」を除外して「モリ」と読むことは、その記載に反し何らかの読み方で候補者の一人に結び付けようとするものであって考察の順序が逆であり、その投票を先ず正確に理解して無理のない考察をすべきである。投票第一字に「オ」又は「ヲ」が書いてあるので、「オモリいワヲ」又は「ヲモリいワヲ」と読むことの方がむしろその記載自体を尊重することになり、その場合「オモリ」又は「ヲモリ」の記載は候補者の大森治の氏と同一の記載と解される余地があり、又、被告主張のように「モリいワヲ」と読んでも「モリ」が森長イワオの氏の「モリナガ」の誤記かどうかが更に考察されなければならないばかりでなく、前記のようにその記載は「モリ」ではなく「オモリ」又は「ヲモリ」と解すべきであるから、その投票は少なくても大森治に対する名の誤記か、森長イワオに対する氏の誤記かを決定しなければならない。大森治に対する投票と観ると、名の「いワヲ」が森長イワオの「いわお」と観られる記載と矛盾し、森長イワオに対する投票と観ると、氏の「オモリ」又は「ヲモリ」が大森治の氏の「おおもり」と解される記載と矛盾し、これを何れに当たると解しても、その各誤記の程度はほぼ同程度であって何れに対する投票か判別し難く、その一方に対する投票と計算し、他方の投票と計算しないとすべき決定的な差異がないので、このような投票は無効であると解するのが相当である。

(二) 右投票の最初の三文字の「オモリ」又は「ヲモリ」は候補者大森治の氏と同一の「おおもり」と理解でき、「いワヲ」はふじもと巌又は森長イワオの名と同一の「いわお」と理解できるから、この観点から観ると、この投票は大森治、ふじもと巌、森長イワオの三名の氏名を混合記載したものともいうことができる。しかし公職選挙法六八条の二で「同一の氏名、氏又は名の公職の候補者が二人以上ある場合においてその氏名、氏又は名のみを記載した投票」として同条三項で按分の対象となるのは、候補者にすでに同条一項の同一の「氏名」、「氏」、「名」の者が二人以上いる場合に、投票者の意思は右同一の氏名、氏、名の二人以上の候補者の何れかに投票する意思であったと法律上の推定をして、その投票を無効とせず按分とする旨定めたものである。従って、その内氏又は名が同一の場合には、「氏又は名のみを記載した投票」すなわちその投票に氏又は名の内何れかの記載があるがそれに対応する名又は氏の記載がないときに限定されるところ、「オモリいワヲ」又は「ヲモリいワヲ」は氏として「オモリ」又は「ヲモリ」と記載し、名として「いワヲ」と記載したものと観られ、既にこの点で同法同条一項に当たらないから、右投票については、右三名の何れにも按分すべき関係が生じない。

2 したがって、右投票は右1の理由から無効であると解するのが相当であり、参加人の得票から右投票により計算された一票を減少すべきであり、この点の原告主張は理由がある。

三投票「森長イサヲ」について

<書証番号略>、証人大石重夫、同清水文平の各証言、参加人本人尋問の結果を総合すると、候補者ではないが、森長功(もりながいさお。昭和五年四月二八日生)は貞光町にかつて実在していた人物で、貞光町の農業委員を一期したことがあるが、そのときは無投票当選で、その外公職に就いたことがなく、著名な人ではなかったが、本件選挙の約一年前の昭和六三年三月二三日に死亡しており(少なくともその者に投票しようとするのであれば死亡したことは知っていると観られる。)、そのため選挙会が投票「森長イサヲ」につき参加人森長イワオに対する投票の誤記であるとし、同人に対する一票として計算したことが認められる。右事実によると、投票「森長イサヲ」は参加人に対する投票であるということができる。この点の原告主張は理由がない。

四投票「ヒロ」について

1  <書証番号略>、証人大石重夫、同清水文平の各証言、参加人本人尋問の結果を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  参加人は、貞光町の山間部で長年の間養蚕業のほか「ひろを木材店」の商号で材木商の個人経営をしているが、その店舗の近隣には森長の氏が多く、識別に便利なように屋号としてを用い、これを「ヒロ」と読み、顧客にその呼び方が定着しており、「ヒロ」といえば参加人本人を指していた。

(二)  参加人は、貞光町選管に立候補届出するに当たり、自己の呼称を「森長イワオ」と届出すると同時に、貞光町選管の書記長大石重夫に対し屋号の入っている手拭等を示して、その屋号の呼び名「ヒロ」で投票する者があるかもしれない旨述べて、その注意を喚起していた。

(三)  選挙会は、投票「ヒロ」は参加人の右の屋号の呼び名(読み方)であり、参加人に対する投票であるとして計算した。

以上のとおり認められ、<証拠判断略>。

2  右認定事実によると、投票「ヒロ」は、参加人の屋号自体ではなく、屋号の呼び名(読み方)で、その呼び名も屋号から一見明白であるとはいえず、屋号の呼び名自体が参加人個人を指すとの取扱は一般的には適切ではなく、そのような呼び名は立候補届出の際の呼称の定め(本件では「森長イワオ」)に従うのが原則である。しかし、貞光町が山間部で森長の氏の者が多く、参加人が本件選挙前に貞光町選管の書記長に対し、投票者の中には屋号ではなく呼び名の「ヒロ」と投票する者があるかもしれない旨述べて注意を喚起していることなど右認定の事情を考慮すると、「ヒロ」がその山間部という狭い社会での個人識別の方法として参加人自身を指すと考えることを全く否定するのは困難であり、そのように解釈しても投票者の意思と全く異なるものとも考えられないので、例外的ではあるが、この投票が参加人に対する投票と観た選挙会の右取扱が違法であるとまでいうことはできない。この点の原告の主張は理由がない。

五以上のとおりであるから、本件選挙における参加人の得票は前記二により一票を減じた217.386票となり、原告の得票二一八票を下回るから、選挙会が最下位の当選人を参加人森長巖とした当選が無効であり、被告のした審査申立を棄却する旨の決定は相当ではないのでこれを取り消し、当選人森長巖とする当選を無効とし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官髙木積夫 裁判官上野利隆 裁判官高橋文仲)

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