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高松高等裁判所 平成20年(う)144号 判決 2008年12月18日

主文

原判決を破棄する。

被告人Aを懲役2年に,被告人Bを懲役10月にそれぞれ処する。

原審における未決勾留日数中,被告人Aに対しては80日を,被告人Bに対しては20日を,それぞれその刑に算入する。

この裁判が確定した日から,被告人Aについては4年間,被告人Bについては3年間,それぞれその刑の執行を猶予する。

被告人Aから金200万円を追徴する。

原審の訴訟費用のうち,証人C,同D,同Eに支給した分は被告人両名の連帯負担とし,証人Fに支給した分は被告人Aの負担とする。

理由

検察官の控訴の趣意は,高松地方検察庁検事玉置俊二作成の控訴趣意書に,これに対する答弁は,被告人両名の主任弁護人堀井茂,弁護人堀井実,被告人A(以下「被告人A」という。)の弁護人小早川龍司,被告人B(以下「被告人B」という。)の弁護人田代健が連名で作成した答弁書に,各記載のとおりであり,被告人Aの控訴の趣意は,主任弁護人堀井茂,弁護人小早川龍司,同堀井実が連名で作成した控訴趣意書に,これに対する答弁は,高松高等検察庁検察官検事大西平泰作成の答弁書に,各記載のとおりであるから,これらを引用する。

第1検察官の控訴趣意中,事実誤認の主張について

論旨は,平成13年度に導入した在宅健康管理システムにつき,a町と株式会社G(以下「G社」という。)との間で作成した2通の契約書(以下「本件各契約書」,なお,平成18年11月1日付起訴状公訴事実1の契約書を「本件契約書1」,同2の契約書を「本件契約書2」という。)はいずれも虚偽であり,被告人A及び同Bには虚偽有印公文書作成罪が成立するのに,被告人両名を無罪とした原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある,というのである。

そこで,記録を調査し,当審における事実取調べの結果を併せて検討するに,本件各契約書の記載は,契約当事者が発生等を意図していた法律関係に従ったもので,真実であるとした原判決は,是認することができず,虚偽の公文書を作成したというべきである。以下,その理由を説明する。

1  本件各契約書の作成経過

原判決が,事実認定の補足説明の項の第1の1(原判決4丁から18丁)及び虚偽有印公文書作成罪の公訴事実についての無罪の理由の項の第3の2,3(原判決58丁から62丁)のとおりであり,これを要約し,若干補足すると以下のとおりである。

すなわち,(1) b県c郡a町(現d市)の町長である被告人Aは,在宅健康管理システムに多大な関心があり,その導入に積極的であった。この在宅健康管理システムとは,一般の家庭等に血圧等を測定する端末を設置して利用者に血圧等を測定してもらい,そのデータを電話回線やCATV回線などによりホストコンピュータに送信し,そのデータを医師や保健師が常時把握することにより,利用者の健康管理に役立てるものである。a町は,平成6年度,平成10年度,平成13年度に,合計6回にわたり導入したが,平成6年度では,指名競争入札が行われ,H社株式会社(以下「H社」という。)が落札して契約し,G社が下請業者として製品の納入や設置工事を行った。平成10年度は,G社の代表取締役であるC(以下「C」という。)から,山村振興等農林漁業特別対策事業(以下「山振事業」という。)や広域的地域情報通信ネットワーク整備促進モデル構築事業(以下「広域ネットワーク事業」という。)で補助金等が受けられるとの話が持ち込まれて導入が計画され,山振事業では端末機35台の導入がなされ,広域ネットワーク事業ではb県c郡e町,同郡c町に設置される分も含めて端末機42台等の導入がなされ,併せてa町の単独事業として端末機11台等の導入がなされた。このときはいずれも他社とは一切交渉することはなくG社と随意契約をし,価格の交渉も行われず,G社の見積書どおりの金額で契約された。(2) 被告人Aは,平成13年(以下平成13年のものは同年の記載を省略する。)5月ころ,a町が他の町と合併してd市となるに当たり,持ち寄るべき国民健康保険財政調整基金(以下「国保基金」という。)に余裕が見込まれたことから,在宅健康管理システムの追加導入を決意し,担当課である福祉保険課にその旨指示し,在宅健康管理システム推進委員会やその専門部会,国保基金の取崩しを了承するための国民健康保険運営協議会(以下「国保運営協議会」という。)等の承認などを得て端末機100台の追加導入等が決まり,9月20日にはそのための補正予算も町議会で可決された。9月28日の専門部会までには,100台を10月中に各戸に設置し,11月1日から運用を開始し,そのデータ解析等の外部委託も同日から行うことなどが決まった。(3) a町では,10月6日から利用希望者の募集を開始し,G社では,既に8月ころから部品の発注をし,9月25日ころには機器をa町役場に送付し,同町職員から設置先の指示を受けた上で,10月24日から同月31日までにかけて,100台の設置作業を行い,保健師が使用方法の説明もした上で,11月1日から運用を開始するとともに,データ解析等のG社への委託も開始された。福祉保健課では,10月中旬ころ,100台設置にかかる請負契約締結の伺書を作成したが,被告人Bから,契約金額が5000万円を超えており,議会の議決を要するとして,再考を促され,決裁を得られなかった。その一方,10月22日ころには,設置希望者が当初計画の100人を超えたため,福祉保健課は20台の追加設置を被告人Aに申し出て,被告人Aが了承した。そこで,福祉保健課では,今回の契約は80台とし,残りの20台は追加設置する20台と合わせて40台で契約することとし,G社の担当者に対し,議会対策のため,まず80台で契約する旨告げ,Cの了承も得て,80台分の見積書を取り寄せ,請負金額が5000万円未満となることを確認した。そして,10月24日,台数を80台とし,契約金額を4546万円余りとする契約締結の伺書を作成し,そのころ,被告人B及び同Aの決裁を得た。10月30日,Cの要望で開かれた予算打合会において,被告人Bから,今回の支払は80台分でお願いしたいとの要望がなされ,Cも,設置工事が遅れる可能性があったこともあり,これを了承した。また,その場で20台の追加設置の方針も説明された。本件契約書1が実際に作成されたのは11月12日であり,収入印紙に割印が押されたのは11月19日である。(4) 20台の追加設置については,上記予算打合会の後に開かれた国保運営協議会で国保基金の取り崩しが承認され,G社から20台設置の見積書の提出や被告人Aによる予算査定などを経て,12月18日町議会でそのための補正予算も可決された。この工事についても契約書を作成しないまま,配線工事に手間取って2月にずれ込んだ1戸を除き,平成14年1月14日から同月18日までに設置工事が行われた。契約書の作成については,福祉保健課において,同月21日ころ,G社から40台設置にかかる請求書を取り寄せ,これに基づき,同月22日ころ,40台設置にかかる契約締結の伺書を作成し,被告人B及び同Aの決裁を得た。本件契約書2が実際に作成されたのは同月28日である。

2  原判決の判断

普通地方公共団体が契約につき契約書を締結する場合には,契約書に記名押印しなければ,当該契約は確定しないものとされている(地方自治法234条5項)から,9月28日の専門部会等において関係者らが100台設置につき合意したとしても,予約が成立したと理解する余地があるにすぎず,10月30日の予算打合会における被告人B及びCのやり取りにより,その予約は80台に変更されたもので,100台の設置がされ履行行為がされていたとしても,近い将来合意が成立することを期待して行った履行行為にすぎない。現実の経済取引では,いまだ合意が成立したとはいえない段階においても,近い将来において合意が成立することを期待して,履行の準備行為をし,又は全部若しくは一部の履行行為をすることが少なくなく,契約当事者の一方が国や地方公共団体であるときにも変わるものではない。いったん100台の設置が口頭で約束されたが,その後の10月30日の予算打合会での被告人B及びCのやり取りにより,80台設置に合意が変更され,次いで,前回契約書を締結しなかった20台と追加して設置することになった20台との合計40台を設置する合意が締結され,その旨の各契約書が締結されたから,その内容どおりの契約が締結されたもので,いずれも虚偽ではない。

3  当裁判所の判断

原判決の上記判断は,是認できない。『地方自治法234条5項は,契約書に記名押印しなければ,当該契約は確定しないとしているが,それは,地方公共団体が契約をする場合には,契約内容を契約書で明確に定め,その契約書の記載内容に従い履行し,予算の適正な執行を確保するとともに,議会による議決,会計監査,さらには住民による監査請求などに資するためである。その性質又は目的が競争入札に適しないものでなく,競争入札をすべきであるのに,随意契約で済まそうと考え,地方公共団体の長などが,相手方と話を進め,相手方に注文ないし請け負わす内容が決まり,単価あるいは価格も了解し,内容を決定したのに,契約書を作成するのに何の支障もないのに作成しないまま,相手方が決定した内容に従い工事ないし作業をすれば,契約が口頭で締結され,契約が履行されたというべきである。その後,地方公共団体の長らが,契約高に照らして議会の議決が必要であることに気付き,その手続を回避し,会計監査から不正を発見されないように,台数,金額など異なる見積書あるいは請求書を提出させ,これに合わせた契約書を作成し,これに相手方及び地方公共団体の長が記名押印したとしても,それが確定した契約となるものではなく,契約書記載のように変更されたとみるべきではない。また,地方公共団体の長などがそのうちの一部についてのみ,契約書を作成することにし,相手方に一部の内容にそう見積書あるいは請求書を提出させ,その旨の契約書作成を求め,相手方とすれば外された分もいずれ契約書を作成して支払を受けられると考え,場合によっては次回も随意契約により要望する価格で受注できる思惑から,これに応ずることにし,履行した一部の契約書を作成するにとどめたからといって,契約書のように合意が変更され,それが確定した契約であり,その余の実施した分は,口頭の約束もなく,口頭の約束による履行ではなく,相手方の代金請求権も発生せず,地方公共団体も支払う必要もないとするのは,不当不合理である。

原判決は,上記のような方法が一般的になされており,契約相手が地方公共団体であっても,同様に解すべきであるというが,相手方が各種の事情及び思惑から,実際に行った内容と異なる契約書の作成に応じたからといって,これが真実の契約であるとは解されず,競争入札により契約することを前提に,その性質又は目的が競争入札に適しないもののときなどに随意契約を許容し,契約書を作成するときには,契約書により契約内容を確定することを要求している地方自治法の趣旨に著しく反しており,到底賛同できない。

このように,口頭で約束して履行させた事実とは明らかに異なる記載がなされた契約書は,内容虚偽の契約書であって,虚偽の有印公文書となり,その作成に関与した者には,虚偽有印公文書作成罪が成立する,と解すべきである。』

4  本件各事案の場合

a町とG社との間では,平成13年10月末までに,G社の提示する価格で在宅健康管理システムの端末機100台の設置が合意されていたが,そのとおり契約書を作成したのでは,5000万円を超えており,町議会の議決を要することから,被告人A及び同Bを含むa町職員は,これを回避するため,80台を設置する契約書作成の案を出し,福祉保健課では80台で契約することの伺書を作成し,G社には議会対策上の都合により80台で契約することを説明して了承を得て,80台設置の見積書を送付させた。G社が同月31日までの間に,a町から指示された設置すべき利用者宅に合計100台の設置工事を終え,11月1日からは設置された100台につき運用を開始し,そのデータ解析を始めたが,その間に,口頭の話合内容に疑問が生じたとか,設置自体に問題が生じたとか,これまでG社との間で折衝を積み重ねて合意した内容をほごにしたり,変更したりすることが必要な事態は生じていない。そして,福祉保健課では,新たに20台を導入する際,G社に同じ価格で請け負わせ,契約書を作成しない残りの20台を,新たに導入する20台と合わせて40台とする契約書を作成すれば,問題を表面に出さずにすむ,と考えたものである。G社としても,a町との口頭の約束に従い,希望する価格で合計100台を設置する合意に従い設置して運用を開始したが,町議会の議決を回避するとのa町職員の方針に従い,いずれ追加の20台も希望する価格で随意契約できることから,今回は80台を設置する契約書を作成し,残りの20台は追加の20台と合わせて契約書を作成して支払を受ければ足りると考え,80台の契約書を取り交わすことに応じたものである。なお,Cは,80台で請求するとした理由につき,設置工事が手間取っており10月31日までに終えられない懸念があったことをもあげているが,それは裏返せば,10月31日までに100台設置という当初の合意に従って工事をしているということであり,本来ならば,競争入札により価格競争を迫られ,大会社の下請でしか受注できないおそれがある中,希望どおりの価格で随意契約により受注できることから,G社としても設置が一部遅れるかもしれない事情もあるので,a町の意向に従い,請求は80台分にとどめたにすぎず,設置した残りの20台の合意をほごにし,口頭の合意により取り付けたものではなく,準備行為とするものでもない。

このような事実関係からすれば,真実の合意は100台設置のままであり,契約書上だけ80台としたにすぎない,とみるべきである。

そして,G社が100台を設置したのも,当初の口頭の合意に基づき,予定を変更することなく,履行行為をした,とみるのが自然な理解である。関係者の供述をみても,実際に設置工事をしたのは100台だから,内容虚偽の契約書に間違いない(Eの検察官調書・原審甲6の14丁),契約書などの書類上だけ80台にする(Dの検察官調書・原審甲8の10丁),100台の設置工事であるのに,80台の設置工事であるかのように装って,契約書にうその記入をした(被告人Aの検察官調書・原審乙7の12丁),書類上,契約を80台と残りの分に分けたように装う,真実と異なる嘘の契約書になるが仕方ない(被告人Bの検察官調書・原審乙22の5丁)と述べており,当時の関係者の意識は,100台設置という当初の合意を変更するつもりはなく,契約書上だけ80台としたものであることで,一致している。原判決は,80台は口頭で変更された合意の履行で,20台は近い将来において合意が成立することを期待して行った履行行為である(原判決67丁)とするが,区分けして見るべき理由も必要も考えられず,そもそも口頭の合意もないというのに,その履行と位置付けできるのか,疑問もある。

40台を設置するという本件契約書2についても,関係者の真実の合意は,追加された20台の設置であり,契約書上だけ前回の残りの20台を合わせて40台としたものであって,原判決がとらえたような,法律関係を留保させた残余の20台分に,追加の20台分を加えた端末機の設置行為の請負にかかる法律関係を発生させる意図(原判決70丁)のもとで契約を締結したとは解されない。

以上のとおり,本件各契約書は,設置する在宅健康管理システムの台数を,実際の合意ではそれぞれ100台,20台であるのに,80台,40台と偽って作成したものであって,このような異なる内容の契約書を作成するため,これまた異なる作成月日を決め,適当な工期を決めたから,台数という本質的事項に虚偽がある以上,工期や契約日なども含め,全体として虚偽の契約書というべきである。

被告人両名には,Cらとの共謀による虚偽有印公文書作成罪が成立するから,同罪は成立しないとして,被告人両名に対し無罪とした原判決は,事実を誤認したものであり,これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから,原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

第2被告人Aの弁護人の控訴趣意について

検察官の事実誤認の控訴趣意が理由があるため,これと併合罪の関係にある事後収賄の罪を認めた原判決は破棄を免れないが,被告人Aの弁護人からの控訴趣意があるので,項を設けて判断を示すことにする。

1  理由不備,理由そご及び訴訟手続の法令違反の主張について

論旨は,原判決が,被告人Aと株式会社I社(以下「I社」という。)代表取締役F(以下「F」という。)との同社株式の売買事実を認定したが,Cから被告人Aに対する200万円の送金が,その売買代金の立替払として行われたというのなら,代金の支払を早期に受けられたという立替払の利益が賄賂となるはずなのに,原判決はI社の株式にはわずかな財産的価値しかなかったことを理由に200万円自体を賄賂に当たると認定したから,原判決には理由不備又は理由そごの違法がある,仮に,原判決が立替払の利益を賄賂と認定しているとすれば,検察官が起訴した公訴事実は200万円の供与であるから,原判決には訴因を逸脱して認定した訴訟手続の法令違反がある,というのである。

しかし,公務員等に賄賂を供与する際,公務員等が経済的価値が乏しいものを,相当の経済的価値があるとして売り渡すことにして,現金を渡すときには,その現金が賄賂となるが,公務員等が早期に現金を必要とするのに,贈賄者側に渡すべき現金がなく,贈賄者側が依頼した別の者が公務員等に現金を渡せば,その現金が賄賂になるというべきであり,所論のように,収賄者側が受け取る現金を,別の者から早期に受け取ったから,早期に受けられたという利益(所論がいう立替払の利益)のみ賄賂となるわけではない。今回は,公務員であった被告人Aが,Cに対し,経済的価値が乏しい株式の買取りを要求し,Cが買い取らずに,Fという別の人物に買い取らせることにし,Fに買取り方の働きかけをし,事情を知らないFが売買代金を支払うつもりで被告人Aに現金を渡すことになったが,Fが現金を直ちに工面できないことから,これらの画策をしたCが売買代金の200万円を立替払することになったもので,200万円が賄賂となるというべきである。この点に関する原判決の認定判断に誤りはない。

次に,原判決は,補足説明において,I社の業態,業績等を詳細に認定した上,「平成14年8月当時,I社の株式には,わずかな財産的価値しかなかったことからすれば,Cが,上記認定のとおり,被告人Aの保有するI社の株式の売買代金の立替払として,200万円を被告人Aに送金したことは,被告人Aに対する利益の供与に当たる」と判示(原判決48丁)し,罪となるべき事実において,「I社の株式40株の売却代金名下に200万円の振込送金を受け」と認定している。

そうすると,原判決の事実認定と補足説明には,何ら食い違いはなく,原判決には,理由不備や理由そごはなく,もとより,公訴事実と相違した事実を認定したものではないから,訴因を逸脱して認定した違法もない。論旨は理由がない。

2  事実誤認の主張について

論旨は,① a町が,在宅健康管理システムの導入に当たり,G社との随意契約を選択したことは適法かつ正当であり,随意契約に当たり,a町の担当職員が相見積りを取り付けず,見積書どおりの金額を相当と認め,価格交渉をせずにその金額で請負契約を締結したのも不当ではない,被告人Aは,a町の担当職員にそれを指示した事実もないから,職務上不正な行為をしていない,② 被告人Aに対する200万円の振込送金は,I社の株式40株の売買の決済であり,被告人Aに対する利益の供与とか,職務の対価とかに当たらず,賄賂性もないから,被告人Aに対する事後収賄罪は成立しないのに,その成立を認めた原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある,というのである。

そこで,記録を調査して検討するに,被告人Aに対し事後収賄罪を認めた原判決に事実誤認はなく,原判決の事実認定の補足説明はおおむね是認することができる。所論にかんがみ若干補足する。

(1)  随意契約と職務上不正な行為について

平成10年度及び平成13年度におけるa町の在宅健康管理システムの導入の経過等は,原判決が,事実認定の補足説明の第1の1(原判決4丁から18丁)で説示するとおりであるが,これを要約すると,平成10年度の導入については,前記第1の1の(1)のとおりである。平成13年度の導入については,a町で在宅健康管理システムを追加導入することになり,当初100台の導入が計画されたが,希望者が予定台数を上回ったため20台の追加導入がなされ,このときも他社とは交渉せず,G社と随意契約をし,価格の交渉も行われず,G社の見積書どおりの金額で100台,次いで20台の随意契約を口頭で締結(ただし原判決では前記本件契約書1,同2のとおり随意契約したと認定)した。

まず,普通地方公共団体が行う契約の締結については,原則として一般競争入札によるべきとされ,随意契約によることができるのは,契約の性質又は目的が競争入札に適しない場合等に限定されている(地方自治法234条1項,2項,地方自治法施行令167条の2第1項,a町建設工事執行規則5条1項)。また,随意契約による場合でも,適正な契約を行うべく,適切な措置がとられることが求められるのであって,a町でも,仕様書,設計書により,その予定価格を定め,契約の内容その他見積りに必要な事項を示し,なるべく2人以上の者から見積書を提出させるものとされている(上記規則23条1項,2項)。

ところで,在宅健康管理システムは,当初はG社の製品のみであったが,平成10年度ころには他社製品も出始めており,G社の製品を導入する場合であっても,納入業者はG社に限定されることはなく,他社が契約した場合にはG社が下請として製品の納入や設置工事を担当することもできるから,一般又は指名による競争入札を行うことが可能かつ相当な方法である。このように,当該契約の性質又は目的に照らし,競争入札の方法による契約の締結が不可能若しくは困難というべき場合には当たらず,競争入札が適当とは判断されない場合ともいえない。現に,a町でも,平成6年度の導入に際しては指名競争入札を実施し,平成10年度の広域ネットワーク事業によりa町とともにG社の在宅健康管理システムを導入した隣接のe町及びc町が,平成11年度に追加導入をした際には指名競争入札を実施しており,地方公共団体で随意契約が行われたのは,平成5,6年ころに,地方公共団体として全国で一番最初に在宅健康管理システムを導入したf町を除けばa町のみであることからしても,このことは明らかである。なお,広域ネットワーク事業による導入に際しては,競争入札を装う書類が作成されてもいる。

また,G社以外との交渉等も一切行わず,契約金額も,G社から見積書を提出させたのみで,価格の交渉も行わず,見積書と同額で契約したことも,契約の適正に対する配慮を全く欠いたもので,職務上不正な行為に当たる。そうすると,G社と随意契約をしたことは,職務上不正な行為に当たるというべきである。

次に,これらの不正な行為に対する被告人Aの関与についてみると,原判決は,補足説明第2の1の(1)のア(28,29丁),イ(29,30丁),ウ(30,31丁)のとおり間接事実から,何段階かの推認を重ねて認定しているが,契約の締結は町長である被告人Aの権限であり(地方自治法149条),平成10年度及び平成13年度の在宅健康管理システムの導入は,Cの働きかけを受け,被告人Aの発案で行われ,かつ,随意契約によりG社と契約し,同社の見積りどおりの金額で契約することも,被告人Aの意向によるもので,その決裁を得て行われたものである(E,D,J,K,L,C,被告人A,被告人Bの検察官調書ないし検察事務官調書・原審甲4,8,12,18ないし20,乙4,5,12,13,20,21,25,26等)から,被告人Aの指示による行為である。

なお,被告人Aは,平成13年度の在宅健康管理システムの導入に際し,虚偽の有印公文書を作成しており,これも職務上不正な行為に当たり,原審検察官は,冒頭陳述要旨第4の2の(2)ないし(4),平成19年1月22日付け求釈明に対する意見書第2の4,同年2月13日付け求釈明に対する追加意見書第1の3で,この点も不正行為と指摘していたが,原判決は,虚偽有印公文書作成罪を認めず,事後収賄関係でも不正行為としていないが,このような行為も不正行為に当たるというべきである。しかし,前記認定のとおり,被告人Aらが町議会の議決を回避するため,CあるいはG社関係者に依頼したものであって,Cらの必要があってしたものではない。そうすると,この不正行為の請託がないから,結局,この点を認定しなかった原判決に事実誤認はない。

(2)  G社あるいはCからの請託

C及び被告人Aの検察官調書(原審甲25ないし27,乙4,5,12,13)などの原審が取り調べた証拠によれば,平成10年度の在宅健康管理システムの追加導入の経過は,原判決の補足説明の第1の1の(7)(原判決7丁から12丁)のとおりである。

すなわち,Cは,被告人Aらa町関係者に対し,かねてから端末機器の追加導入及びホストシステムの更新を求め,山振事業や広域ネットワーク事業により補助金等が受けられるとの情報を提供した。被告人Aも,平成6年度に導入した在宅健康管理システムが注目を浴び,各地の地方公共団体から視察に来るなどしたことから,追加導入をしたいと考えており,上記補助金等の情報を得るや,これら及びa町の単独事業により端末機60台の追加導入を決め,a町の担当者にG社と協力して具体的な導入の立案を指示した。a町の担当者は被告人Aの指示に従い,G社の担当者と協力して補助金等の申請書類,資料を作成するなどもして,3回にわたり端末機合計60台(e町,c町の導入分を含めれば88台)の追加導入等をした。

平成13年度の在宅健康管理システムの追加導入についても,原判決の事実認定の補足説明の第1の1の(8)(原判決12丁から18丁)のとおりであるが,Cは,被告人Aらに対し,かねてから,G社が開発した在宅健康管理システムの新機種の導入を求めていた。被告人Aも,町議会から追加導入の要望があったことや,新機種を導入すれば再び注目を浴びるとの期待から,財源が得られれば追加導入をしたいと考えていた。被告人Aは,国保基金を取り崩すことで財源のめどが得られたため,G社の新機種による追加導入を決意し,併せて送信されるデータの解析や利用者に対する指導に当たる保健師の負担軽減のため,Cから要望のあったこれらの作業もG社へ委託することとし,担当者に指示した。a町の担当者は被告人Aの指示に従い,G社から,2回にわたり端末機合計120台等の追加導入をした。

以上の経過に照らせば,Cが,被告人Aに対し,競争入札などせず,G社と随意契約し,G社の見積りどおりの金額で契約してほしいと依頼し,被告人Aがこれを受け入れた旨のC及び被告人Aの検察官調書(原審甲25ないし27,乙25,26,43,ただし乙43は信用性検討証拠)は信用でき,その旨の請託があったと認められる。なお,原判決は,間接事実から,Cが被告人Aに対し,このような請託を行ったと推認するのが合理的である(原判決31丁)とするが,上記のような証拠がある。ところで,原判決は,平成13年度の導入も,平成10年度と同様の方法で行うことを要求したものと理解するのが合理的である(原判決32丁)とする。しかし,原判決は,Cが「町長,いつもお世話になっています。甲のことでおじゃまさせてもらっています。その見積書をお持ちしましたので,今回もこれでよろしくお願いします。」などと述べたと認定するにとどまる(原判決32丁)から,このような発言をもって要求したとは認定できないが,この点は判決に影響を及ぼさない。

(3)  賄賂の収受

まず,200万円の立替払の経緯についてみる。被告人AがCに対し,I社の株式40株の買戻しを求め,これに応じて,Cが被告人Aに200万円を立て替えて送金したこと,そのころ,CがFの持っていたG社の株式をM(以下「M」という。)に200万円で譲渡し,その代金でFが被告人Aの持っていたI社の株式40株を購入したことなどについては,原判決が,補足説明の第3の1,2(原判決33丁から47丁)で説示するとおりである。

これによれば,I社は,平成10年11月に設立されて以降,平成14年8月当時まで赤字を続け,大幅な債務超過の状態にあり,配当はなく,株式の経済的価値はほとんどなかった。また,I社は,FとCが主となって資金を集めて設立したが,経営はもっぱらFが行っており,被告人Aから株式の買戻しを求められたCも,Fに買戻しを打診したが,Fからは,金もなく,大幅な債務超過であることなどを理由に即座に断られ,Cもいったんは被告人Aに買取りを断った。しかし,Cは,被告人Aから,なおも買取りを求められたため,G社が大幅な債務超過であったが,MにG社の将来性を強調することにより,Fの持っていたG社の株式40株を200万円で買い取らせ,その代金でFに被告人Aの持っていたI社の株式を買い取らせることにし,FがMからまだ支払を受けていない(8月28日に支払を受けた。)のに,被告人Aから早期の支払を求められたため,CがG社の金で立て替えることにし,8月12日に200万円を被告人Aの口座に送金した。

このように,Cは,価値のない株式を額面での買戻しを求める被告人Aのため,通常の経済取引ではあり得ないような手の込んだ方法を用いて200万円をねん出し,被告人Aの早期支払の要請で立替払までしており,被告人AからFに対する株式の売買は存在するものの,それは名目にすぎず,Cの実質的な意図としては,被告人Aに対する200万円の提供であったと認められる。長らく銀行員などとして働いていた被告人Aとしても,Cが200万円をねん出した手法まで知っていたわけではないが,I社の株式に価値がほとんどないことは分かっており,I社の経営にかかわっていないCに対し,いったんは買戻しを断られたのに,なおも買戻しを求めて200万円を受け取っているから,実質的にはCから200万円の提供を受けたものと認識していたと認められる。200万円の振替送金は,株式の売買代金の立替えではなく,Cから被告人に謝礼として供与されたものであるとするC及び被告人Aの検察官調書(原審甲45,48,乙26,27,32,36ないし39,ただし甲48,乙37ないし39は信用性検討証拠)は,このような趣旨のものとして信用することができる。

次に,上記200万円が賄賂となるかについてみる。上記C及び被告人Aの検察官調書によれば,被告人Aは,G社から導入した在宅健康管理システムが好評を博すとともに,世間の注目を浴び,自らも一躍有名になったことから,Cとの協力関係を深め,その運営などについてCの情報や人脈を利用する一方,Cの請託を受け,G社の見積りどおりの金額で随意契約をして在宅健康管理システムの追加導入を行うという職務上不正な行為を繰り返していたが,a町の合併により町長の身分を失い,合併後のd市の市長選挙で落選して無職となり,多額の選挙費用も使っていたことから,これまでG社に対し有利な取扱いをしており,今は公職から離れているからいいだろうと考え,株式の買戻し名下に金員の提供を要求し,他方,Cは,被告人Aから在職中に有利な取扱いを受けたことに対する謝礼として,これに応じたことが認められるから,賄賂に当たる。

(2)  弁護人の所論に対する判断

ア 随意契約について

所論は,最高裁昭和62年3月20日第2小法廷判決(民集41巻2号189頁)の判旨が指摘した事由を総合すれば,被告人Aらが随意契約を選択したのは適正であるのに,原判決は各事由を総合的に検討せず,個別的に検討する誤りを犯し,かつ個別事由の判断も誤ったとし,① a町は,平成6年度にG社の在宅健康管理システムを導入し,その後も同社の協力を得て同システムの運営がなされて大成功を収めており,平成10年,平成13年度の導入も,その継続拡大として行われた,② 同一機種を導入することにより,機器の運用等の面でメリットが得られる,③ G社の製品やアフターメンテナンス,運営指導協力などの実績に対する評価,信用が絶大であるから,引き続きG社と契約して協力を得ることが導入後の円滑な事業運営,事業の成功に不可欠である,④ G社の在宅健康管理システムを追加導入することは,被告人Aのみならず,a町の町職員,議員全員が同様の認識を持っており,a町の総意であった,⑤ 平成13年度の追加導入については,当時の保健師では,送信されるデータの解析,指導の負担に耐えられず,外部委託が必要であるところ,これを行っているのはG社だけであるから,在宅健康管理システムもG社と随意契約を結ぶことが最適かつ必要である,⑥ 平成14年4月合併によりd市が誕生する予定であったが,合併するc町,e町もG社の在宅健康管理システムを導入しており,合併後の円滑な運用のためにもG社のシステムを追加導入する必要性がある,⑦ 合併を控えて多忙な業務を処理しており,じっくりと時間と労力をかける余裕がない,という。

まず,上記最高裁判決は,住民訴訟における判決であり,随意契約をしたことが違法か否かが問われたものであって,刑法197条の3第3項の「職務上不正な行為」は違法な行為に限られず,裁量権を不当に行使する行為を含むものであるから,この判決が「職務上不正な行為」に当たるか否かについて判断基準を直ちに提供するものではない。そして,原判決が補足説明の第1の4の(1)ないし(9)(21丁ないし28丁)で説示する結論は是認することができる。すなわち,地方自治法上,随意契約が許されるのは,同法施行令167条の2第1項が定める場合に限られており,本件で該当が問題となるのは,2号の「その性質又は目的が競争入札に適しないもの」であるが,所論のような事情を総合判断しても,競争入札に適しないとはいえない。在宅健康管理システムにつき,随意契約を選択したのは,これを地方公共団体として最初に導入したf町を除けば,a町の平成10年度及び平成13年度の導入のみであり,a町自身,平成6年度の導入では指名競争入札によっているのである。

個別の所論をみると,①の平成6年度に続く導入の点につき,平成6年度に導入したからといって,直ちにG社と随意契約をすべき特殊事情があるとはいえず,現に,平成6年度では入札によりH社が落札し,G社がH社の下請として納入している。②の同一機種によるメリットにつき,競争入札によりG社の在宅健康管理システムをより低価格で導入することができた可能性もある。③のアフターメンテナンスなどの点につき,競争入札によりG社から同様のサービスを受けることができた可能性もある。④のa町の町職員,議員の総意の点につき,G社の在宅健康管理システムを導入することに異論がないとしても,町の規則に則り,適法な方法で導入する必要性がないがしろにされるいわれはない。⑤の外部委託の必要性の点につき,外部委託が必要であり,それを契約するには随意契約しか残されていないとすれば,それに関してのみ,随意契約の道もあり得るが,その場合でもG社の見積りどおりの金額で同社と随意契約を結ぶことが正当化されるとはいえない。⑥の合併前に導入する必要性の点につき,町長,町幹部職員が早期に導入する必要性があると認めたら,それに合わせて,入札に必要な時間を見越して計画を立てて実施すべきであって,a町のみ便宜的な方法が是認されるとはいえない。⑦の多忙の点につき,これがG社の見積りどおりの金額で同社と随意契約を結ぶことを正当化するものでないことは多言を要しない。

イ 随意契約にまつわる行為について

所論は,随意契約を締結する際,相見積りをとらず,価格交渉もせず,G社の見積りどおりで契約したことは,職務上不正な行為に当たらず,また,被告人Aがこれを担当者に指示した事実もない,という。

しかし,随意契約にあっても,価格の適正に対する配慮は欠かせないのであって,G社の見積りが適正か否かにつき,他社の類似製品の調査をしたり,見積りを取るなどして検討する必要がある。G社の製品を指定した場合でも,特約店から見積りを取ることは可能であり,これにより,G社の見積りが適正か否か調査することができる。これらの措置をとることなく,G社の見積りをうのみにして契約したことは,職務上不正な行為に当たる。現に,平成14年5月,合併後のd市のN市民部長は,会計監査を控え,在宅健康管理システムの契約関係書類が不備であるとしてEに指示をし,随意契約とした理由を補充させたり,他社製品のパンフレットを伺書に添付させたり,見積りよりも減額させて契約したように装うなどしている(Uの検察官調書・原審甲40の同意部分)のであって,当初の手続が適正でなかったことを示している。このような不正な行為が,被告人Aの意向に基づくものであることも,担当者であるE(特に原審甲4の4項),D(同甲8の4項),K(同甲18の5項),L(同甲19の3ないし5項)らがそろって供述しているところであり,被告人Aの指示であることに疑いはない。

ウ 株式売買代金額について

所論は,I社の株式売買代金が200万円となったのは不当ではないとし,その根拠として,① 同社の代表取締役であるFが株式買取りを断ったのは,不当に高いという理由ではなく,金がないという理由である,② 非公開会社の株式の売買の多く,とりわけ経営者が株式を引き取る場合は,額面金額で引き取るのが実情である,③ I社は,ミネラル豊富な野菜を栽培し,食し,健康な身体・生活を増進しようという崇高な目的をもって,長期的視野に立ち,多数の著名人の出資を得て設立した会社であり,株主であるというステータス的価値もある,という。

①のFが買取りを断った理由の点につき,Fは,検察官調書では,金がないことに加え,I社は全くの赤字で,価値のない株式を額面どおりの金額で買い入れることができるはずがなく,そのような株式を額面で買い戻せば,他の株主も同様に買い取れと言ってくるのは目に見えており,たちまち会社がつぶれてしまうと供述する(原審甲43の3丁)。この供述には十分の信用性があり,金があれば買い取ったという原審公判供述は信用できない。②の額面での売買が実情であるとの点につき,大幅な債務超過が明らかな会社についても,そのような慣行があるとは考えられない。③のステータス的価値をいう点につき,設立前ならいざ知らず,実際に営業を開始して3年を経過し,大幅な債務超過となった時点でも,株式にそのようなステータス的価値があるとは考えられない。

エ 振り込まれた200万円について

所論は,賄賂とならない根拠として,① Cは,I社の発起人で,被告人Aに出資を勧め,かつ取締役でもあり,被告人Aは,代表取締役であるFとの面識はほとんどなく,他の取締役とは一度も会ったこともないから,Cに株式の引取りを持ち掛けたのは自然である,② 最終の職務上不正の行為が行われてから約6か月後の収受である,③ 証拠の残る銀行振込で,かつ実名で行われている,④ 収受時に,Cとの間で賄賂性をうかがわせるようなやりとりはない,⑤ Cが公判では賄賂性を否定している,という。

①のCに持ち掛けた点につき,被告人Aは,I社の株式がほとんど無価値であることを分かっており,Cに買戻しを求めて,当然ながら買戻しを断られたのに,繰り返し買戻しを求めたのは,これまで好意的な計らいをしてきたとの意識があったからと考えるのが自然であり,だからこそ,Cも,手の込んだ方法を使ってまで200万円をねん出して,被告人Aに提供したとみるべきである。②の時期の点につき,最終の不正な行為の約6か月後,町長退職の約5か月後というのは,むしろ短いというべきである。③の実名による銀行振込の点につき,形の上では株式の売買代金の立替えという方法をとっており,金員の支払方法として,簡便な銀行振込を利用し,かつ実名を使ったからといって,これにより賄賂性がないとはいえない。④のやりとりがないとの点につき,被告人Aが所持する株式を売り渡す手続とすれば,通常の経済取引とは著しく異なっており,Cの手の込んだ金員のねん出状況も,賄賂性を物語っている。⑤のCの公判供述の点につき,上記のような諸点に照らすと,原判示認定に反する部分は信用できない。

以上の次第で,被告人Aにつき事後収賄罪を認めた原判決に,事実の誤認はなく,論旨は理由がない。

3  法令の適用の誤りの主張について

論旨は,原判決は,被告人Aが,a町長として,平成10年度及び平成13年度に合計5回にわたり,在宅健康管理システムを導入するに当たり,G社との随意契約を選択したことを職務上不正な行為に当たるとしたが,これは,随意契約によることができる場合を定めた地方自治法施行令167条の2第1項2号の「契約の性質又は目的が競争入札に適しないもの」の解釈について,上記最高裁昭和62年3月20日判決が,当該契約の種類,内容,性質,目的等諸般の事情を考慮して,当該普通地方公共団体の契約担当者の合理的な裁量判断により決定されるべきとしているのに反し,ひいては上記施行令167条の2第1項2号の解釈を誤ったものであり,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがある,というのである。

しかし,既に詳論したとおり,原判決の事実認定に誤りがなく,本件各契約はいずれも,随意契約をすることができない場合に当たり,被告人Aが随意契約を締結したのは刑法197条の3第3項の「職務上不正な行為」に当たるというべきであるから,原判決が同法条を適用したことに誤りはない。論旨は理由がない。

第3当裁判所の破棄自判

以上の次第であるから,被告人Aに対する検察官の量刑不当の論旨に対する判断を省略し,刑訴法397条1項,382条により原判決を破棄し,同法400条ただし書により当裁判所において,次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

第1被告人Aは,平成5年8月15日から平成14年3月31日までの間,a町長として,同町のための各種請負工事の発注及びその契約締結等の事務全般を統括掌理していたもの,被告人Bは,平成9年4月1日から平成14年3月31日までの間,同町役場総務課長として,同町の公印の監守,助役の代行者として町長を補佐し,種々の決裁等の事務に従事していたものであるが,コンピュータによる在宅健康管理システムのハードウエア,ソフトウエアの開発,販売,設置工事等を目的とする株式会社Gの代表取締役であるCほか数名と共謀の上,同町が,G社に在宅健康管理システム端末機100台の設置工事等を発注して請け負わせたが,同工事の請負代金額は5000万円を超えていたことから,同町議会の議決を得て契約を締結する必要があったのに,同町議会の議決を得ないで,同町が,G社に同端末機20台の設置工事等を追加して請け負わせたことから,同端末機合計120台を,設置工事等の請負代金額が5000万円未満となる80台と40台に二分し,その80台と40台につき各設置工事等の請負契約を締結したように装うことを企て,

1  行使の目的をもって,ほしいままに,平成13年11月上旬ころ,東京都g区h丁目i番j号所在のG社事務所において,同社従業員Oが,工事請負契約書用紙1枚の請負者欄に「株式会社G代表取締役C」と刻した記名印を押印し,Cが,同欄にG代表取締役印を押捺した上,そのころ,これをb県c郡a町k甲l番地所在のa町役場に郵送し,同月12日ころ,同役場内において,同町福祉保健課課長補佐Dが,上記工事請負契約書用紙の請負代金額欄に,上記端末機80台の設置工事等の代金に相当する金額である「¥45466050」,工期欄に「自平成13年10月11日,至平成13年11月30日」,作成日付欄に「平成13年10月11日」などと虚偽の記載をした上,発注者欄に「A」と刻した記名印及び「b県a町長之印」と刻した同町長の公印を押捺するなどして,工事請負契約書1通を作成し,

2  行使の目的をもって,ほしいままに,平成14年1月18日ころ,上記G社事務所において,上記Oが,工事請負契約書用紙1枚の請負代金額欄に,上記端末機40台の設置工事等の代金に相当する金額である「¥12429900」,工期欄に「自平成14年1月10日,至平成14年1月18日」,作成日付欄に「平成14年1月9日」と虚偽の記載をし,請負者欄に「株式会社G代表取締役C」と刻した記名印を押印し,Cが,同欄にG社代表取締役印を押捺した上,そのころ,これを上記a町役場に郵送し,同月28日ころ,同役場内において,上記Dが,上記工事請負契約書用紙の発注者欄に「A」と刻した記名印及び「b県a町長之印」と刻した同町長の公印を押捺するなどして,工事請負契約書1通を作成し,もって,それぞれ,被告人A及び同Bの職務に関し,内容虚偽の有印公文書を作成した。

第2被告人Aは,平成5年8月15日から平成14年3月31日までの間,a町長として,同町のための各種請負工事の発注及びその契約締結等の事務全般を統括掌理していたものであるが,平成10年ころから平成13年5月23日ころまでの間,前後数回にわたり,上記a町役場等において,Cから,同町が運営する在宅健康管理システムに用いるための端末機の設置工事等に関し,入札をすることなく,G社の提示する請負代金額で同社の端末機の設置工事等を同社に発注して請け負わせてもらいたい旨の請託を受け,これを承諾し,平成11年2月ころから平成14年2月ころまでの間,前後5回にわたり,地方自治法及びa町建設工事執行規則等に反して入札をせず,同社が提示した請負代金額で上記端末機合計208台の設置工事等を同社に発注して請け負わせ,その請負代金額合計1億2746万7690円を支払うなどの職務上不正な行為をした上,同町長退職後の同年8月12日,Cにより,上記職務上不正な行為をしたことに対する謝礼として供与されるものであることを知りながら,東京都m区n丁目o番p所在の株式会社P銀行q支店のG社名義の普通預金口座から,b県d市c町rs番地t所在の株式会社Q銀行u支店の被告人A名義の普通預金口座に,株式会社I社の株式40株の売買代金名下に200万円の振込送金を受け,もって,上記a町長としての在職中に請託を受けて職務上不正な行為をしたことに関し,賄賂を収受した。

(証拠の標目)(括弧内の番号は検察官請求証拠番号)

判示全事実につき

・ 原審第9回公判調書中被告人Aの供述部分

・ 被告人Aの検察官調書3通(原審乙2,5,7)

・ 原審第8回公判調書中被告人Bの供述部分

・ 被告人Bの検察官調書4通(原審乙19ないし22)

・ 原審第5,6回公判調書中証人Cの供述部分

・ 原審第6回公判調書中証人Dの供述部分

・ 原審第7回公判調書中証人Eの供述部分

・ Cの検察官調書4通(原審甲27,乙13ないし15)

・ Rの検察官調書2通(原審甲1,2)

・ Eの検察官調書4通(原審甲4ないし7)

・ Dの検察官調書4通(原審甲8ないし11)

・ Jの検察官調書(原審甲13),検察事務官調書(原審甲12)

・ 捜査報告書(原審甲29)

・ 履歴事項全部証明書(原審甲3)

判示第1の各事実につき

・ 被告人Aの検察官調書(原審乙6)

・ 被告人Bの検察官調書(原審乙18)

・ 原審第1回公判調書中分離前相被告人Cの供述部分

・ Dの検察官調書(当審1,不同意部分を除く)

・ Dの検察官調書(原審甲32)

・ Sの検察事務官調書(原審甲30)

・ Tの検察事務官調書(原審甲31)

・ 捜査報告書(原審甲14)

・ 押収してある工事請負契約書2通(原審甲15,16,当審平成20年(押)第14号の1,2)

判示第2の事実につき

・ 被告人Aの検察官調書9通(原審乙3,4,25ないし27,32,35,36,42)及び弁解録取書(原審乙33)

・ 原審第10回公判調書中証人Fの供述部分

・ Cの検察官調書7通(原審甲24ないし26,28,45,乙11,1 2)

・ Eの検察官調書(原審甲20)

・ Uの検察官調書(原審甲40,不同意部分を除く)

・ Fの検察官調書5通(原審甲43,52ないし55)

・ Mの検察官調書(原審甲44)

・ Kの検察事務官調書(原審甲18)

・ Lの検察事務官調書(原審甲19)

・ Jの検察事務官調書(原審甲39)

・ 捜査報告書4通(原審甲17,21,37,38)

・ 電話聴取書(原審甲22)

・ 電話録取書(原審甲23)

・ 捜査関係事項照会書謄本(原審甲41),同回答書(原審甲42)

(法令の適用)

被告人Aにつき

罰条

判示第1の1,2につき  各刑法60条,156条,155条1項

判示第2につき  平成15年法律第138号による改正前の刑法197条の3第3項

併合罪の処理  刑法45条前段,47条本文,10条(刑及び犯情の最も重い判示第1の1の罪の刑に法定の加重)

未決勾留日数の算入  刑法21条

刑の執行猶予  刑法25条1項

追徴  刑法197条の5後段(被告人Aが判示第2の犯行により収受した賄賂である金200万円は没収することができない)

訴訟費用の負担  刑訴法181条1項本文,182条

被告人Bにつき

罰条  各刑法60条,65条1項,156条,155条1項

併合罪の処理  刑法45条前段,47条本文,10条(犯情の重い判示第1の1の罪の刑に法定の加重)

酌量減軽  刑法66条,71条,68条3号

未決勾留日数の算入  刑法21条

刑の執行猶予  刑法25条1項

訴訟費用の負担  刑訴法181条1項本文,182条

(量刑の理由)

本件は,a町長であった被告人Aと同町総務課長であった被告人Bが,同町に対しコンピュータによる在宅健康管理システムを納入していたG社の代表取締役であるCらと共謀の上,その請負代金額が5000万円を超えていたことから,契約を締結するに当たり,町議会の議決を得る必要があったのに,その時間的余裕がないとして,設置台数を分割し,議決を要しない5000万円未満の請負金額で契約したように装い,その旨虚偽の契約書を作成した虚偽有印公文書作成の事案と,被告人Aが,Cから請託を受け,地方自治法等の規定に反して,競争入札をすることなく,G社の提示する請負代金額で同社と随意契約をするなどの職務上不正な行為をし,町長退職後に,その謝礼として供与されるものであることを知りながら,株式売買代金名下に200万円を収受した事後収賄の事案である。

まず,虚偽有印公文書作成は,被告人Aが,在宅健康管理システムの導入により,世間の注目を浴び,一躍有名となり,その納入業者であるG社代表者のCと親密な関係となり,地方自治法等の規定を遵守せず,その請託を受けて競争入札をせず,その提示する請負金額で同社と随意契約をし,その契約書も作成しないまま工事の段取りを進め,契約書作成の段階になって議会の議決が必要なことに気づいたものの,もはやその余裕もないとしてこれを取り繕うため,議会の議決を要しない金額で契約したように装い,内容虚偽の契約書を作成したもので,手続無視,議会軽視もはなはだしく,犯情は軽くない。被告人Aは,町長という町政の責任者の立場で加担し,しかも,同被告人がCと親密な関係となり,その提示する金額での随意契約を繰り返していたことが本件の遠因となっており,その責任は大きい。被告人Bは,助役不在下の総務課長として町長を補佐する立場にありながら,加担しており,その責任は軽くない。

次に,事後収賄は,被告人Aが,在宅健康管理システムの導入により,上記のとおりCと親密な関係となり,合併後の市長選挙に落選するや,購入した自動車代金に自己資金を充てるのを惜しみ,Cの勧めで出資した株式の売買代金の名目で200万円の支払を要求して,これを収受したものであり,その動機に酌むべきものはない。また,町の首長である町長が,契約の公平,適正のための地方自治法等の規定に反し,特定の会社に便宜を図り,その契約額は合計1億2700万円余りにのぼり,退職後とはいえ,その会社代表者から謝礼として賄賂を収受したもので,町政の廉潔性に対する信頼を著しく失墜させた。200万円という賄賂の額も多額であり,被告人AはCからいったんは断られたにもかかわらず,既に町長を辞めていることや株式売買代金名目であることをよいことに再三支払を要求してこれを受け取ったもので,この点でも悪質である。

そうすると,被告人両名の刑事責任は軽いものではなく,殊に被告人Aの刑事責任は重いものがあるが,被告人Aは町長として,被告人Bは町職員,さらには合併後の市職員として町政等に相応の貢献をしてきたものであること,被告人Aには前科がなく,被告人Bには交通事犯以外に前科はないこと,被告人Aは高齢で双極性感情障害があること,虚偽有印公文書作成罪についての被告人Bの関与には従属的な部分もあることなど,両被告人のために酌むべき諸事情を考慮すると,被告人Bについては酌量減軽を施した上で,両被告人について,いずれもその刑の執行を猶予することが相当である。

(裁判長裁判官 柴田秀樹 裁判官 山本恵三 裁判官 鈴木芳胤)

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