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高松高等裁判所 平成20年(ネ)139号 判決 2008年10月30日

平成20年(ネ)第139号,同第268号 不当利得返還請求控訴,同附帯控訴事件

(原審・松山地方裁判所平成19年(ワ)第581号)

東京都千代田区大手町1丁目2番4号

控訴人兼附帯被控訴人(1審被告。以下「控訴人」という。)

プロミス株式会社

同代表者代表取締役

●●●

同訴訟代理人弁護士

●●●

●●●

●●●

●●●

松山市●●●

被控訴人兼附帯控訴人(1審原告。以下「被控訴人」という。)

●●●

同訴訟代理人弁護士

山口直樹

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  附帯控訴(被控訴人の当審における請求の拡張)に基づき,控訴人は,被控訴人に対し,原審認容額のほか,95万円及びこれに対する平成19年7月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  控訴費用及び附帯控訴費用は控訴人の負担とする。

4  この判決は,2項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴の趣旨

(1)  原判決を取り消す。

(2)  被控訴人の請求を棄却する。

(3)  訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。

2  附帯控訴の趣旨

(1)  当審における追加的選択的請求

控訴人は,被控訴人に対し,765万1169円及び内金456万6004円に対する平成19年7月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  当審における追加的請求

主文2項と同旨

第2事案の概要等

1  事案の骨子及び訴訟の経過

(1)  原審における請求及び原判決

被控訴人は,控訴人との間の金銭消費貸借において利息制限法1条1項所定の制限利率(以下,単に「制限利率」という。)を超える利息の弁済をしたことによって過払金が発生したとして,控訴人に対し,不当利得返還請求権に基づき,過払金元金456万6004円及び控訴人が悪意の受益者であることによる民法704条前段所定の年5分の割合による法定利息(以下「過払金利息」という。)合計308万5165円(過払金発生日の翌日から最終取引日である平成19年7月5日までの分)の総計765万1169円並びに過払金元金456万6004円に対する最終取引日の翌日である同月6日から支払済みまで年5分の割合による法定利息の支払を求めた。

原審は,被控訴人の請求を全部認容した。

(2)  控訴及び附帯控訴の提起

控訴人は,被控訴人の請求(原審における請求)を棄却する旨の判決を求めて控訴し,被控訴人は,附帯控訴した上,次の(3)のとおり請求を拡張した。

(3)  当審における新請求の追加

被控訴人は,控訴人に対し,①不法行為に基づく損害賠償請求(前記(1)の不当利得返還請求との選択的請求)として,過払金元金456万6004円及び法定利息相当額の遅延損害金308万5165円の合計765万1169円並びに内金456万6004円に対する平成19年7月6日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに,②不法行為に基づく損害賠償請求(当審における新請求)として,慰謝料45万円及び弁護士費用50万円の合計95万円並びにこれに対する最終取引日である同月5日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた。

2  前提事実

当事者間に争いがないか,末尾括弧内に掲げた証拠等によって認められる本件の前提となる事実は,以下のとおりである。

(1)  控訴人は,貸金業の規制等に関する法律(平成18年法律第115号により「貸金業法」と改称された。以下,単に「貸金業法」という。)3条所定の登録を受けた貸金業者である(乙10ないし233,弁論の全趣旨)。

(2)  被控訴人は,昭和56年2月5日,控訴人から50万円を借り入れ,同日から平成19年7月5日までの間,継続的に金銭の借入れと弁済を繰り返してきた。上記被控訴人と控訴人との間の取引(以下「本件取引」という。)の経過は,別紙1及び2記載のとおりであり,これらは一連の取引である。

3  争点

(1)  過払金元金及び過払金利息の額は幾らか(不当利得返還請求の請求原因)。

(2)  過払金返還請求権の消滅時効(不当利得返還請求についての抗弁)

(3)  控訴人による消滅時効の援用は信義則違反か(不当利得返還請求についての再抗弁)。

(4)  控訴人の行為が被控訴人に対する不法行為となるか(不法行為に基づく損害賠償請求の請求原因)。

(5)  不法行為が成立するとした場合,被控訴人の損害額は幾らか(不法行為に基づく損害賠償請求の請求原因)。

4  争点についての当事者の主張

(1)  過払金元金及び過払金利息の額は幾らか。

【被控訴人の主張】

本件取引を制限利率に引き直して計算した結果は,別紙3記載のとおりであり,昭和59年12月25日以降,過払金が発生している。

控訴人は,全国展開する消費者金融を目的とする会社であり,被控訴人から弁済を受けたときに,制限利率を超える利息,損害金を受領している認識は当然あったといえるから,制限利率に引き直して計算した結果,過払金が発生した時点で,悪意の受益者として過払金に対する民法所定の年5分の割合による利息を支払う義務を負う。

以上を前提に計算すると,最終取引日である平成19年7月5日の時点で,過払金元金が456万6004円,過払金利息が累計で308万5165円発生している。

【控訴人の認否】

被控訴人の主張は争う。

(2)  過払金返還請求権の消滅時効

【控訴人の主張】

ア 貸金債務消滅後の利息ないし元本の弁済による過払金返還債務は,弁済の都度個別に発生するものであり,いずれも期限の定めのない債務と解されるから,その弁済期につき当事者間に格別の合意がない限り,消滅時効は債務が発生したときから進行するというべきである。

本件において,被控訴人と控訴人との間に格別の合意はないから,本件取引によって発生した被控訴人の控訴人に対する過払金返還請求権については,個々の弁済により過払金が発生したときから個別に消滅時効が進行する。

そして,被控訴人から本件訴訟が提起されたのは平成19年8月27日であるから,同日から10年遡った平成9年8月27日より前に発生した過払金返還請求権は,時効により消滅している。

その結果,本件では,平成9年9月22日の1万7000円の弁済から過払金を計算することになる。その計算結果は,別紙4記載のとおりであり,被控訴人の控訴人に対する過払金返還請求権は,年5分の割合による過払金利息を含めても,183万1886円を超えて存在しない。

イ 被控訴人の主張に対する反論

(ア) 被控訴人は,取引の継続中は,不当利得返還請求権を行使することは事実上困難であり,消滅時効期間は進行しない旨主張する。

しかし,民法166条1項の「権利を行使することができる時」とは,法律上の障害がない状態を指すものと解され,法的知識の不足等の事情により権利行使が事実上困難であったとしても,そのような単なる主観的事情や事実上の困難は消滅時効の進行を妨げないというべきである。

しかも,被控訴人は,本件取引の継続中,自ら弁済を停止し,取引履歴の開示を要求するなどして,過払金の返還を請求することは十分可能であったから,権利行使が事実上困難であったともいえない。

(イ) 被控訴人は,貸金業者が取引履歴の開示を当初から行うようになったのは,最高裁の平成17年7月19日判決以降であり,被控訴人が過払金の返還請求をすることは困難であった旨主張する。

しかし,控訴人は,被控訴人から弁済を受ける都度,いわゆる18条書面を交付していたから,被控訴人が同書面を保管していれば,同書面に基づく計算も可能であった。

ウ 控訴人は,被控訴人に対し,平成19年11月7日の原審第1回弁論準備手続期日において,上記アの消滅時効を援用する旨の意思表示をした。

【被控訴人の認否,反論】

控訴人の主張は争う(イは,アに対する予備的主張)。

ア 本件取引においては,そもそも消滅時効は進行していない。

(ア) 本件取引は,基本契約に基づき限度額の範囲内で借入れと弁済とが繰り返される契約内容であった。

このような契約において,弁済は,各借入れごとに個別的にされることは予定されておらず,契約に基づく借入金全体に対してされることが合意されていたと見るべきであり,弁済充当の結果,過払金が発生した場合には,これをその後に生じる新たな借入金に充当する旨の合意を含んでいると解される。

したがって,ある時期に計算上過払金が発生したとしても,それは浮動的なもので,直ちに返還請求の対象となることは予定されていないのであり,過払金が確定し,その返還請求が可能となるのは,取引が終了したか,又は,過払金の返還請求が可能な事由が生じた時点(精算到来時)と解するのが当事者双方の合理的意思に合致する。

(イ) 確かに,本件取引において,過払金が発生した時点で,その返還請求をすることに法律上の障害があるとはいえない。しかし,借主は,借入限度額の範囲内で借入れができる立場にあるところ,その一方で,計算上発生した過払金の返還請求権を行使すべきというのは,借主に事実上の不可能を強いるばかりか,借主の自由に委ねられるべき判断を制約し,借主に対し,借入枠を放棄するという意図しない結果を招くことになり,取引の趣旨にも反する。そうすると,過払金の返還請求という借主の権利行使は,その性質に照らし,法律上の障害があるものと同視することができる。

したがって,継続的な貸借関係が完済等により終了しない限り,過払金の返還請求権について,消滅時効は進行しないというべきである。

(ウ) 本件取引において,被控訴人は,平成19年7月5日まで控訴人に弁済を続けており,本件取引が同日まで終了していなかったことは明らかであるから,同日まで消滅時効は進行していない。

イ 本件における過払金返還請求権の消滅時効は,被控訴人が控訴人から取引履歴の開示を受けた平成19年8月6日,又は,上記取引の最終日である同年7月5日から進行するというべきである。

(ア) 本件のような取引において,借主たる一般消費者は,反復継続してきた弁済により過払金が発生したとしても,そのことを認識しておらず,認識することができないのが通例である。一般的に過払金返還請求権という権利行使が現実に期待できるようになったのは,最高裁判決(最高裁平成16年(受)第965号同17年7月19日第三小法廷判決・民集59巻6号1783頁)が,貸金業者は取引履歴の開示義務を負うと判示し,それ以降,貸金業者が比較的当初からの取引履歴を開示するようになってからである。

(イ) 本件において,過払金返還請求権の行使が現実に期待できるようになったのは,被控訴人が代理人弁護士に債務整理を依頼し,控訴人から取引履歴の開示を受け,制限利率による引直し計算をした時,すなわち平成19年8月6日である。よって,過払金返還請求権の消滅時効は同日から進行するというべきである。

(ウ) 仮に,そうでないとしても,本件取引の最終取引日は平成19年7月5日であるから,消滅時効は同日から進行するというべきである。

(3)  控訴人による消滅時効の援用は信義則違反か。

【被控訴人の主張】

貸金業者が制限利率超過部分を利息の債務の弁済として受領したが,その受領につき貸金業法43条1項の適用が認められない場合には,当該貸金業者は,同項の適用があるとの認識を有しており,かつ,そのような認識を有するに至ったことについてやむを得ないといえる特段の事情があるときでない限り,法律上の原因がないことを知りながら過払金を取得した者,すなわち民法704条の「悪意の受益者」であると推定される(最高裁平成17年(受)第1970号同19年7月13日第二小法廷判決・民集61巻5号1980頁)。

したがって,控訴人は,貸金が弁済により過払いとなり,貸金の返還を請求する権利がないことを認識しながら,過払金の発生を秘匿し,貸金が存在するとして返還を請求して弁済を受け,結果的に過払金の累積という事態を生じさせたものである。控訴人が消滅時効を援用することは,貸金の返還請求という以前の行為と矛盾するものであり,かつ,上記不誠実な行為によって取得した利益を確定させることになる。

他方,被控訴人は,過払金が発生していることを知らず,債務があるものとして控訴人から請求を受けて弁済を続けていたのであり,過払金返還請求という権利行使をしないことに無理からぬ理由がある。

本件取引においては,昭和59年12月25日の段階で既に過払金が発生していたにもかかわらず,控訴人は,これを秘匿して被控訴人に貸金の返還を請求し続け,被控訴人は過払金が発生していることを知らずに延々と控訴人に弁済してきたものであり,控訴人の消滅時効の援用は信義則違反として許されない。

【控訴人の認否,反論】

被控訴人の主張は争う。

発生した過払金返還請求権につき消滅時効を援用することは,法に基づく正当な権利行使であり,何ら信義則に反するものではない。

本件取引において,控訴人が被控訴人に対し,督促の電話を掛けたりするようなことは平成15年2月6日までなく,控訴人は,受動的に弁済を受けるのみであった。同日以降も,支払が遅れている旨の電話連絡をする程度であったと思われる。また,被控訴人が過払金の発生を了知したり,その請求をすることを妨げたような事情は一切ない。控訴人は,被控訴人から弁済を受ける都度,当時適正であると考えられていた貸金業法18条所定の受取証書を交付し,みなし弁済が成立すると認識していたのであり,過払金が発生しているとの認識はなかった。

よって,控訴人の消滅時効の援用が信義則違反であるとの被控訴人の主張は,失当である。

(4)  控訴人の行為が被控訴人に対する不法行為となるか。

【被控訴人の主張】

ア 架空請求の不法行為

(ア) 前記(3)の最高裁平成19年7月13日第二小法廷判決を前提とすれば,利得が法律上の原因を欠くことを知っている「悪意の受益者」と認定された貸金業者は,債権が消滅していることを知りながら,弁済を請求し,受領したものである。

(イ) 貸金業法が施行されたのは,昭和58年11月1日であり,本件取引の開始時(昭和56年2月5日)には同法は施行されていなかった。そして,同法附則6条1項は,同法施行前に行った契約に基づき,同法施行後に債務者が利息として支払っても,当該支払にはみなし弁済の規定は適用されない旨規定している。したがって,本件取引には,貸金業法は適用されず,みなし弁済の規定が適用される余地はなかった。

(ウ) にもかかわらず,控訴人は,被控訴人が現金自動預払機(以下「ATM」という。)を使用して弁済する際,被控訴人に対し,ATMの画面を通して,「利息」,「元金返済金額」,「貸付残高」等,法的に有効な債権が未だ存在する旨の虚偽の情報を与え,被控訴人に支払義務があることを誤信させ,誤信した被控訴人から弁済を受けていた。これは,架空請求による不法行為である。

イ 告知義務違反の不作為による不法行為

(ア) 財物の交付を受けた者が,それを正当に受領する権限が自らにないことを知っていた場合,受領者には,自らに受領する権限がないことを交付者に対して告知する信義則上の義務が生じ,これに違反して交付された物を領得した場合,不作為による不法行為が成立する。

(イ) 本件取引において,制限利率超過部分の契約は無効であり,元本が完済された後に控訴人が金員を受領した行為は,有効な債権の行使とはいえない。したがって,元本が完済された後,控訴人には受領権限がないことを告知すべき信義則上の義務があったというべきであり,にもかかわらず,これに違反して被控訴人から弁済金を領得した控訴人の行為は,不作為による不法行為に当たる。

ウ 控訴人の故意・過失

(ア) 利息制限法違反の契約を締結し,制限利率を超過する利息を受け取ったことの認識があれば,不法行為の故意があることになる。

(イ) 仮に,故意がないとしても,本件取引においては,みなし弁済が成立すると信じてもやむを得ないような特段の事情は存在しないから,控訴人には,少なくとも過失がある。

【控訴人の認否,反論】

ア 控訴人に不法行為が成立することは争う。

控訴人が制限利率を超過する利息を請求して受領し,結果的に法律上の根拠を欠いていると判断され,過払金返還請求が認められるような行為であっても,そのような行為すべてについて不法行為が成立するものではなく,当該行為が刑罰法規や行政法規に違反するなど著しく相当性を欠くような場合にのみ不法行為が成立するというべきである。

控訴人の貸付け態様は,当時の法令や社会情勢に照らしても相当なものであった上,利息の請求及び受領行為にも,刑罰法規や行政法規の規制に違反するような行為はなく,控訴人の行為は社会的に相当な行為として容認されていた。したがって,控訴人には不法行為は成立しない。

イ 架空請求の不法行為について

(ア) 被控訴人が引用する判決の存在は認めるが,その余は争う。仮に,控訴人が「悪意の受益者」との推定を受けたとしても,これが不法行為上の故意や控訴人の現実の認識を左右するものではない。控訴人は,みなし弁済が成立し,被控訴人に対して債権を有しているとの認識の下,被控訴人との取引を継続してきたのであり,被控訴人が主張するような不法行為は成立しない。

(イ) 被控訴人は,貸金業法施行後の昭和59年3月22日に借換えを行っており,同法施行前の昭和56年2月5日の50万円の貸付け,同年10月27日の3万5000円の貸付け,昭和57年1月25日の50万円の貸付け及び同年12月1日の50万2000円の貸付けに相当する額の弁済についても,みなし弁済の適用があるというべきである。

(ウ) 控訴人は,みなし弁済の成立を前提に,貸金業法に従い,ATM領収書兼ご利用明細書を同法18条所定の受取証書として交付してきたもので,不法行為を構成するような行為でないことはもちろん,何ら非難されるべきものではない。

ウ 告知義務違反の不作為による不法行為について

控訴人は,みなし弁済が成立すると認識しており,弁済を受領した当時,不当利得となるとは知らなかったのであるから,告知義務は発生していなかった。これは,後になって控訴人が悪意の受益者との評価を受けたとしても変わりがないというべきである。

(5)  不法行為が成立するとした場合,被控訴人の損害額は幾らか。

【被控訴人の主張】

ア 被控訴人は,控訴人の不法行為により過払金元金及び過払金利息相当額の損害を被っており,前記1(3)のとおり合計765万1169円及び内金456万6004円に対する平成19年7月6日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の損害が発生している。

イ また,被控訴人は,過払金が発生した後も,控訴人から職場に督促の電話が掛かってくることに怯え,法律上支払う必要のない弁済を続けてきた。これにより,被控訴人は精神的苦痛を被ったが,これに対する慰謝料は過払金元金の1割に相当する45万円が相当である。

ウ 過払金元金と上記慰謝料の合計の1割に相当する弁護士費用50万円も,控訴人の不法行為による損害である。

【控訴人の認否】

被控訴人の主張は争う。前記(4)のとおり,そもそも不法行為は成立しない。

第3当裁判所の判断

1  争点(1)(過払金元金及び過払金利息の額は幾らか。)について

(1)  被控訴人が,別紙1及び2の取引日欄記載の各年月日に,控訴人から出金額欄記載の各金額を借り入れ,控訴人に対して入金額欄記載の各金額を弁済したことは,当事者間に争いがない。

そして,証拠(甲1の1・2,甲2)によれば,上記被控訴人の弁済は制限利率を超える利息を支払うものであったことが認められる。

(2)  ところで,貸金業法3条所定の登録を受けた貸金業者が金銭を目的とする消費貸借において,制限利率を超過する利息を利息の債務の弁済として受領したが,その受領につき同法43条1項の適用が認められない場合には,当該貸金業者は,同項の適用があるとの認識を有しており,かつ,そのような認識を有するに至ったことについてやむを得ないといえる特段の事情があるときでない限り,法律上の原因がないことを知りながら過払金を取得した者,すなわち民法704条の「悪意の受益者」であると推定される(最高裁平成17年(受)第1970号同19年7月13日第二小法廷判決・民集61巻5号1980頁参照)。

控訴人は,本件において,貸金業法43条1項の適用について何ら主張立証せず,かつ,上記特段の事情があることについても何ら主張立証をしないから,上記特段の事情を認めることはできず,控訴人は,過払金の取得について悪意の受益者と認められる。

(3)  以上を前提に,本件取引について制限利率に従って利息を計算し,過払利息を元本に充当して計算し直すと,別紙3のとおり,本件取引の終了日(平成19年7月5日)において,過払金元金456万6004円及び過払金利息308万5165円が発生していることが認められる。

2  争点(2)(過払金返還請求権の消滅時効)について

(1)  控訴人は,本件取引によって発生した被控訴人の控訴人に対する過払金返還請求権については,個々の弁済により過払金が発生したときから個別に消滅時効が進行し,本件訴訟が提起された平成19年8月27日から10年遡った平成9年8月27日より前に発生した過払金返還請求権は,時効により消滅している旨主張するので,検討する。

(2)  本件取引は,昭和56年2月5日に被控訴人が控訴人から50万円を借り入れたことに始まり,その後継続的に金銭の借入れと弁済とを繰り返してきたもので,これらが一連の取引であることについては,当事者間に争いがない。

本件取引のような一連の貸付取引においては,当事者は,一つの貸付けを行う際,切替え及び貸増しのための次の貸付けを行うことを想定しているのであり,複数の権利関係が発生するような事態が生じることを望まないのが通常であることに照らすと,制限利率を超過した利息を元本に充当した結果,過払金が発生した場合には,当該過払金をその後に発生する新たな借入金債務に充当することを合意しているものと解するのが合理的である(最高裁平成18年(受)第1534号同19年7月19日第一小法廷判決・民集61巻5号2175頁参照)。

そして,このような場合,借主は,一方で借入限度額の枠内で借入れができる立場にあるから,借主に対し,他方で計算上発生した過払金の返還請求権を行使すべきというのは,借主に事実上の不可能を強いることになるし,上記当事者の合理的意思にも反する。したがって,借主の過払金返還請求権は,一連の貸付取引が終了したときに初めて金額が確定し,そのときから消滅時効が進行すると解するのが相当である。

よって,控訴人の上記消滅時効の主張は採用することができない。

3  以上によれば,被控訴人の控訴人に対する本件不当利得返還請求は,争点(3)についての判断をするまでもなく,理由があるから,これを認容した原審の判断は相当である。

4  争点(4)(控訴人の行為が被控訴人に対する不法行為となるか。)について

(1)  前記1(2)のとおり,控訴人は,過払金の取得について悪意の受益者と認められる。

特に,本件取引が昭和56年2月5日に開始されたことは,前記2(2)のとおりであるところ,貸金業法が昭和58年11月1日に施行されたものであること,同法附則6条1項は,同法施行前に行った契約に基づき,債務者が同法施行後に利息として支払をしても,当該支払には同法43条1項のみなし弁済の規定は適用されないと規定していることは,当裁判所に顕著である。したがって,本件取引について,少なくとも昭和59年3月22日の8万円の貸付けまでは,貸金業法は適用されず,みなし弁済の規定は適用される余地がなかったことは明らかである。

また,上記昭和59年3月22日の8万円の貸付け以降の取引についても,控訴人において,前記悪意の受益者との推定を覆す特段の事情があったと認めるに足りる証拠はない。

そして,証拠(乙10ないし233)によれば,被控訴人は,ATMを使用して控訴人に弁済する際,ATMの画面を通して,貸付残高など有効な債権が未だに存在する旨の虚偽の情報を与えられていたことが認められる。また,証拠(甲1の1・2)によれば,被控訴人が店頭でも同様に控訴人に対する弁済を続けていたことが認められることに照らすと,店頭でも,同様に貸付残高などにつき虚偽の情報を与えられていたものと推認される。そして,被控訴人は,このような虚偽の情報により,自らに支払義務があると誤信し,弁済を続けていたものであり,したがって,本件取引において,制限利率に従って利息を計算し直した場合,元金が完済され,過払金が発生した昭和59年12月25日以降,控訴人が被控訴人に弁済を請求する行為は,架空請求による不法行為と認められる。

(2)  前記1(2)のとおり,控訴人は,過払金の取得につき悪意の受益者と認められるから,架空請求となることについても故意があったと認めるのが相当である。

5  争点(5)(不法行為が成立するとした場合,被控訴人の損害額は幾らか。)について

(1)  過払金元金及び過払金利息相当額

被控訴人が控訴人に対し,平成19年7月5日までに過払金元金456万6004円を支払ったことは,前記1(3)において認定したとおりであるところ,これは,控訴人の架空請求によって支払をした結果,被控訴人に生じた損害と認められる。

また,上記過払金元金について,被控訴人が控訴人に支払ったときから,控訴人はこれを被控訴人に返還すべきものというべきであるから,控訴人は,被控訴人に対し,過払金元金につき支払を受けた日から返還するまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払うべきであり,これも架空請求によって支払をした結果,被控訴人に生じた損害と認められる。

その結果,控訴人の架空請求により被控訴人が被った損害は,前記1(3)のとおり過払金元金と取引終了時である平成19年7月5日までの過払金利息の合計765万1169円となる。

(2)  慰謝料

証拠(甲2,16)によれば,被控訴人は,昭和59年3月22日に8万円を借り入れた後は,取引が終了する平成19年7月5日までの間,ひたすら弁済のみを続けてきたこと,毎月の弁済が遅れると,控訴人から被控訴人の自宅や勤務先に督促の電話があるため,被控訴人は,弁済が遅れる可能性がある場合,できる限り事前に控訴人に電話を掛け,督促の電話が掛かってこないようにするなどして弁済していたこと,被控訴人は,控訴人からの借入れが最初の消費者金融からの借入れであったが,その後,次第に消費者金融からの借入れを増やしていき,一時は毎月の弁済額が20万円前後になるなど,借入金の弁済に追われた苦しい生活を続けてきたこと,その原因は,控訴人から,支払う必要のない制限利率を超える利息の支払を請求されてきたことにあることが認められる。

したがって,被控訴人が控訴人の架空請求によって多大な精神的苦痛を受けてきたことは明らかというべきであり,過払金が発生した昭和59年12月25日から本件取引の終了日までの期間が22年半以上の長期間に及ぶこと,その他本件記録に顕れた一切の事情を斟酌すると,被控訴人の被った精神的苦痛に対する慰謝料は,45万円が相当である。

(3)  弁護士費用

被控訴人が本件訴訟の提起及び追行を被控訴人訴訟代理人に委任したことは当裁判所に顕著であるところ,控訴人の不法行為と相当因果関係のあるものとして,控訴人に賠償を求めることができる弁護士費用は,前記(1)の過払金元金と上記(2)の慰謝料の合計額の1割に相当する50万円が相当である。

(4)  もっとも,本件において,被控訴人が不法行為に基づく損害賠償として請求している金額のうち,前記(1)の部分は,前記1ないし3のとおり不当利得返還請求によって全部認容すべきである旨判示したところである。したがって,これと選択的請求の関係にある損害賠償請求(なお,被控訴人は,取引終了時以降の遅延損害金については,平成19年7月6日を始期として請求している。)については,判決主文においてその支払を重ねて命ずることは要しない。

その結果,被控訴人の不法行為に基づく損害賠償請求については,上記(2),(3)の合計額である95万円及びこれに対する不法行為の終了日と認められる平成19年7月5日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があることになる。

なお,不当利得返還請求に対応する弁護士費用分についても,不当利得返還請求部分が不法行為にも該当することを勘案して,これと相当因果関係を有する損害として,認容すべきものと思料する。

第4結語

以上のとおりであるから,被控訴人の請求を認容した原判決は相当であって,本件控訴は理由がないから棄却することとし,被控訴人が附帯控訴に基づき当審で拡張した請求については全部理由があるからこれを認容することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 杉本正樹 裁判官 大藪和男 裁判官 佐々木愛彦)

<以下省略>

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