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高松高等裁判所 平成20年(ネ)258号 判決 2009年4月23日

控訴人兼被控訴人

X1(以下「1審原告X1」という)

控訴人兼被控訴人

X2(以下「1審原告X2」という)

上記両名訴訟代理人弁護士

水野幹男

井上正実

大辻美玲

被控訴人兼控訴人

前田道路株式会社(以下「1審被告」という)

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

竹内洋

浦中裕孝

石川智史

福谷賢典

御厨景子

主文

1  原判決中、1審被告の敗訴部分を取り消す。

2  同部分に係る1審原告らの請求をいずれも棄却する。

3  1審原告らの控訴をいずれも棄却する。

4  訴訟費用は、第1、2審とも1審原告らの負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  1審原告ら

(1)  原判決を次のとおり変更する。

(2)  1審被告は、1審原告X1に対し、7316万4397円及びこれに対する平成16年9月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  1審被告は、1審原告X2に対し、7206万4397円及びこれに対する平成16年9月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(4)  訴訟費用は、第1、2審とも1審被告の負担とする。

(5)  仮執行宣言

2  1審被告

主文1、2及び4項と同旨

第2事案の概要等

1  事案の骨子

本件は、1審被告の四国支店東予営業所長を務めていたB(以下「B」という)が同営業所内で自殺したことに関して、Bの相続人である1審原告らが、1審被告に対し、Bの自殺は、上司から社会通念上許容される範囲を著しく超えた過剰なノルマ達成の強要や執拗な叱責を受けたことなどにより、心理的負荷を受けてうつ病を発症し、又は増悪させたためであるなどと主張して、①主位的には、不法行為(民法715条)に基づき、損害賠償金(1審原告X1においては7316万4397円、1審原告X2においては7206万4397円)及びこれに対する不法行為日である平成16年9月13日(Bが死亡した日)から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を、②予備的には、債務不履行(安全配慮義務違反)に基づき、上記金額と同額の損害賠償金及びこれに対する弁済期の翌日である平成17年12月10日(催告が到達した日の翌日)から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

原審は、1審原告らの主位的請求を一部認容し、1審原告X1については522万6923円及びこれに対する平成16年9月13日から支払済みまでの遅延損害金を求める限度で、1審原告X2については2602万3923円及びこれに対する同日から支払済みまでの遅延損害金を求める限度でそれぞれ請求を認容した。これに対して、1審原告ら及び1審被告は、いずれも敗訴部分を不服として控訴を提起した。

2  前提事実、争点、争点に対する当事者の主張

(1)  原判決の引用

次の(2)のとおり原判決を補正するほか、原判決第2の1ないし3(3頁9行目から21頁3行目まで)記載のとおりであるから、これを引用する。

(2)  原判決の補正

ア 原判決5頁3行目の「例えば、」の次に「平成14年10月付けの職務給表(書証省略)によれば、」を加え、4行目の「50万8000円」を「50万8800円」に改める。

イ 同6頁13行目の「物等」を「建物等」に改める。

ウ 同7頁23行目の「営業成績」を「業績環境」に改める。

エ 同9頁24行目の「叱責したこと」の次に「、⑥1審被告においては、メンタルヘルス対策が全く執られておらず、そのために、Bの心理的負荷を軽減する措置が全く執られなかったこと」を加える。

オ 同10頁8行目の「営業目的」を「営業目標」に改める。

第3当裁判所の判断

1  認定事実

(1)  原判決の引用

次の(2)のとおり原判決を補正するほか、原判決第3の1及び2(21頁5行目から40頁19行目まで)記載のとおりであるから、これを引用する。

(2)  原判決の補正

ア 原判決27頁4行目の「書証(省略)」を「書証(省略)」に改める。

イ 同28頁10行目の「書証(省略)、」の次に「書証(省略)、」を加え、12行目の「高松市高速道路工事現場」を「高松高速道路工事現場」に改める。

ウ 同29頁18、19行目の「直前にBの指示で適当に修正した日報をDに提出していた。」を「その日報に係る工事が直前にBの指示で業務検討会資料の数値を適当に改ざんしたものであったことから、当該工事についての日報を提出すると業務検討会資料の数値が改ざんされていることが発覚してしまうため、日報の提出を若干ちゅうちょしたが、結局はDの指示に従って日報を提出した。これを見た」に改める。

エ 同31頁4行目の「書証(省略)、」の次に「書証(省略)、」を加える。

オ 同33頁13行目及び16行目の「要治療」を「要医療」に、21行目の「不十分」を「不充分」に、22行目の「これら健康診断を」を「これらの健康診断の」に各改める。

カ 同35頁3、4行目の「真夏であったにも関わらず」を「台風が接近していたにもかかわらず」に、15行目の「書証(省略)」を「書証(省略)」に各改める。

キ 同37頁2、3行目の「C安全管理部長」を「C安全環境部長」に改める。

ク 同38頁13行目の「東予営業所所長就任時」を「東予営業所長に就任した直後の平成15年4月28日」に改める。

ケ 同39頁5行目の「証拠省略」の次に「、弁論の全趣旨」を加える。

2  前記第2の2で引用した原判決第2の2争点①(不法行為又は債務不履行〔安全配慮義務違反〕の有無)について

(1)  Bの上司らの行為が不法行為に当たるか

ア 1審原告らは、Bの上司らが、Bに対し、社会通念上正当と認められる職務上の業務命令の限界を著しく超えた過剰なノルマ達成の強要及び執拗な叱責をしたと主張する。

イ しかしながら、原判決記載の前提事実及び認定事実によれば、1審被告の営業所は、独立採算を基本にしており、過去の実績を踏まえて翌年度の目標を立てて年間の事業計画を自主的に作成していたこと、東予営業所の第79期の年間事業計画はBの前任者が作成したが、第80期の年間事業計画はBが東予営業所の過去の実績を踏まえて作成し、四国支店から特に事業計画の増額変更の要請はなかったことが明らかであって、東予営業所における業績環境が困難なものであることを考慮しても、当初の事業計画の作成及び同計画に基づく目標の達成に関しては、Bの上司らからBに対する過剰なノルマ達成の強要があったと認めることはできない。

ウ 他方で、Bの上司らからの約1800万円の架空出来高を遅くとも平成16年度末までに解消することを目標とする業務改善の指導は、従前に年間業績で赤字を計上したこともあったことなどの東予営業所を取り巻く業務環境に照らすと、必ずしも達成が容易な目標であったとはいい難い。さらに、DはBに対して、平成16年のお盆以降、毎朝工事日報を報告させ、工事日報の確認に関する指導を行っていたが、その際にBが落ち込んだ様子を見せるほどの強い叱責をしたことがあったことが認められる。

しかし、原判決の認定するとおり、東予営業所においては、Bが営業所長に就任するまでは、営業所の事業成績に関するデータの集計結果を四国支店に報告する際に実際とは異なる数値を報告するといった不正経理は行われていなかったが、Bは、東予営業所長に就任した1か月後の平成15年5月ころから、部下に命じて架空出来高の計上等の不正経理を開始し、同年6月ころ、これに気付いたFから架空出来高の計上等を是正するよう指示を受けたにもかかわらず、これを是正することなく漫然と不正経理を続けていたため、平成16年7月にも、D、E及びFから架空出来高の計上等の解消を図るように再び指示ないし注意を受けていた。さらに、その当時、東予営業所においては、工事着工後の実発生原価の管理等を正確かつ迅速に行うために必要な工事日報を作成しておらず、このため、同年8月上旬、東予営業所の工事の一部が赤字工事であったことを知ったDから工事日報の提出を求められた際にも、Dの求めに応じることができなかった。

エ このように、Bの上司からBに対して架空出来高の計上等の是正を図るように指示がされたにもかかわらず、それから1年以上が経過した時点においてもその是正がされていなかったことや、東予営業所においては、工事着工後の実発生原価の管理等を正確かつ迅速に行うために必要な工事日報が作成されていなかったことなどを考慮に入れると、Bの上司らがBに対して不正経理の解消や工事日報の作成についてある程度の厳しい改善指導をすることは、Bの上司らのなすべき正当な業務の範囲内にあるものというべきであり、社会通念上許容される業務上の指導の範囲を超えるものと評価することはできないから、上記のようなBに対する上司らの叱責等が違法なものということはできない。

オ これに対し、1審原告らは、控訴理由として、①D、F、G及びEの供述等によれば、1審被告内部では架空出来高等の経理操作が広く行われていたことが明らかであり、Bのみが特異な方法で経理操作を行っていたものではない、②Bが架空出来高の計上その他の不正経理を行っていたとするYの供述及び陳述書(書証省略)や不正経理についての調査結果をまとめたとする1審被告作成の資料(書証省略)は客観的な裏付けを欠き、信用することができないなどと主張する。

確かに、Dらの供述等によれば、DやFも過去に架空出来高の計上を行ったことがあり、1審被告内部においてこのような経理操作がしばしば行われていたであろうことが認められる(証拠省略)。しかし、証拠(省略)によると、Dらが行っていた架空出来高の計上とは、月内に施工予定となっていた工事が翌月にずれ込んだ場合などに、翌月に解消可能な100から200万円程度の金額の範囲内で、本来は翌月分として計上すべき当該工事の出来高を前倒しして当月分の出来高として計上するといったものであって、翌月には解消されるものであることが認められる。これに対し、Bが行った架空出来高の計上は、平成16年7月2日にBが上司らに報告した額だけでも1800万円と高額であって、原判決添付の別紙「経年推移」記載の平成15及び16年度の東予営業所の年間の出来高総額が3億5600万円ないし3億8500万円程度(月額平均2960万円ないし3200万円程度)であることに照らすと、翌月に解消することが到底不可能な恒常的な不正経理であることは明らかである(なお、原判決の認定によれば、Bが実際に行っていた架空出来高の計上額は1800万円を大きく上回るほか、Bは他の方法による不正経理も行っていた)。

したがって、Bのみが特異な方法で経理操作を行っていたものではないとする1審原告らの主張は採用することができない。

また、証拠(省略)によると、1審被告において不正経理の調査を行うに当たっては、東予営業所だけではなく四国支店においても不正経理が行われていた可能性があったことから、本店人事部所属のYが調査担当者として四国に派遣され、平成16年9月22日から同年10月2日まで、四国支店や東予営業所において、1審被告従業員や取引先業者からの聴取り調査等を実施し、その結果を1審被告側が資料(書証省略)としてまとめたものであることが認められ、上記の調査及び資料作成の経過について何ら不自然、不合理な点はない上、上記資料に記載された数値及びその算出根拠についても特段不合理な点は見当たらないから、これらを信用することができないとする1審原告らの主張は採用することができない。

カ 以上のとおり、Bの上司らがBに対して行った指導や叱責は、社会通念上許容される業務上の指導の範囲を超えた過剰なノルマ達成の強要や執拗な叱責に該当するとは認められないから、Bの上司らの行為は不法行為に当たらないというべきである。

(2)  1審被告の安全配慮義務違反の有無

ア 1審原告らは、①恒常的な長時間労働、②計画目標の達成の強要、③有能な人材を配置するなどの支援の欠如、④Bに対する叱責と架空出来高の改善命令、⑤業績検討会等における叱責、⑥メンタルヘルス対策の欠如等を安全配慮義務違反を基礎付ける事実として主張し、1審被告には安全配慮義務違反があるとする。

イ まず、上記①の点について検討すると、Bの死亡前の直近6か月のBの所定外労働時間の推計は、原判決認定のとおり、平成16年3月は88.5時間から101.5時間、同年4月は63時間から73時間、同年5月は50.25時間から59.75時間、同年6月は73.25時間から84.75時間、同年7月は52.25時間から60.75時間、同年8月は56.25時間から65.25時間であり、その平均は63.9時間から74.2時間であって、Bが恒常的に著しく長時間にわたり業務に従事していたとまでは認められない上、往復の通勤時間に約2時間を要することとなったのは、Bが東予営業所長就任後に松山市内に自宅を購入したためであることは原判決判示のとおりであるから、これらの事情にかんがみると、1審原告らの上記①の主張は採用することができない。

ウ また、上記②、④及び⑤の点については、原判決の認定事実及び上記(1)で判示したとおり、Bの上司らがBに対して過剰なノルマの達成や架空出来高の改善を強要したり、社会通念上正当と認められる職務上の業務命令の限度を著しく超えた執拗な叱責を行ったと認めることはできないから、1審原告らのこれらの主張は採用することができない。

エ さらに、上記③の点についても、Bが上司らに対して東予営業所の所員の補強を要請した事実は証拠上認められない上、平成16年9月5日付けのHの東予営業所から高松高速道路工事現場への異動は、東予営業所の粗利益の向上等を目的としたものであって、Bもこれを事前に了解していたことは原判決認定のとおりであるから、1審原告らの上記③の主張は採用することができない。

オ 上記⑥の点については、平成16年5月19日に四国支店において職場のメンタルヘルス等についての管理者研修が実施され、Bを含む管理者が受講していることは原判決認定のとおりであって、1審被告においてメンタルヘルス対策が何ら執られていないということはできない。

また、同年7月から9月ころにかけてのBの様子について、東予営業所のBの部下らには、Bに元気がないあるいはBが疲れていると感じていた者はいたものの、Bが精神的な疾患に罹っているかもしれないとか、Bに自殺の可能性があると感じていた者がいなかったことは原判決認定のとおりであり、さらに、Bの上司らは、Bが行った架空出来高の計上額は約1800万円であると認識していたのであって、これを遅くとも平成16年度末までに解消することを目標とする業務改善の指導は、必ずしも達成が容易な目標ではなかったものの、東予営業所の業績環境にかんがみると、不可能を強いるものということはできないのであり、架空出来高の計上の解消を求めることによりBが強度の心理的負荷を受け、精神的疾患を発症するなどして自殺に至るということについては、Bの上司らに予見可能性はなかったというほかない。

したがって、1審原告らの上記⑥の主張は採用することができない。

カ 以上のとおり、安全配慮義務違反を基礎付ける事実として1審原告らが主張する事実はいずれも採用することができず、1審被告に安全配慮義務違反があったと認めることはできない。

3  まとめ

以上によれば、1審被告につき不法行為又は債務不履行(安全配慮義務違反)が成立するということはできないから、その余の争点について判断するまでもなく、1審原告らの請求はいずれも理由がない。

第4結論

よって、1審原告らの請求を一部認容した原判決は相当でないから、1審被告の控訴に基づき、原判決中1審被告の敗訴部分を取り消して1審原告らの請求をいずれも棄却し、また、1審原告らの控訴はいずれも理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 杉本正樹 裁判官 市原義孝 裁判官 佐々木愛彦)

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