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高松高等裁判所 平成20年(行コ)1号 判決 2008年7月29日

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  高知県知事が平成18年8月7日付けで控訴人に対して行った原判決別紙1文書目録記載の公文書に係る部分開示決定中,患者の氏名及び住所を除き,公文書を非開示とした処分を取り消す。

第2事案の概要

1  本件は,控訴人が,高知県知事に対し,高知県情報公開条例(平成2年高知県条例第1号。以下「本件条例」という。)に基づき,高知県安芸市所在のA病院において発生した医療事故に関する公文書の開示請求を行ったところ,高知県知事において,本件条例6条1項2号及び6号に該当するとして,公文書の部分開示決定をしたことから,控訴人が,同決定が違法であるとして,同決定中,患者の氏名及び住所を除く非開示部分に係る処分の取消しを求める事案である。なお,高知県の機構改革に伴い,平成19年4月1日付けで,前記公文書の部分開示決定処分に係る処分行政庁が高知県知事から高知県病院事業管理者高知県公営企業局長に変更された。

原判決が控訴人の請求を棄却したため,控訴人が控訴した。

2  本件の前提事実,争点及び争点に関する当事者の主張の要旨は,次のとおり補正し,後記3のとおり控訴人の当審における補足的主張を付加するほか,原判決「事実及び理由」第2の1ないし3に記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,原判決4頁20行目,21行目,5頁2行目,13行目,20行目,6頁2行目,6行目,25行目の各「6条1項2号」の次にいずれも「本文」を,同8頁18行目の「6条1項2号」の次に「ただし書」をそれぞれ加える。

3  控訴人の当審における補足的主張は次のとおりである。

(1)  被控訴人は,本件医療事故の公表が問題化した後に,従前の高知県立病院医療事故公表基準を改め,医療事故の公表に当たっては患者及び家族等の同意を得た上で行うとしながら,その同意が得られない場合においても,県立病院としての社会的な説明責任を果たすため,事故の発生場所(「○○病院」のみ),事故の発生日時(「年月」又は「年」のみ),事故の領域と結果(「○○に関連する事故があり,患者さんは○○となった」)を公表するものとした。このことからも,本件部分開示決定は誤りである。

また,原判決前には,安芸警察署が本件医療事故に関して本件非開示情報に関する要点を公開したが,本件患者の遺族らからは何の意見も出されず,行動も起こされず,公表によって何らの権利侵害も具現化していないから,本件部分開示決定は誤りである。

(2)  本件条例6条2項は,実施機関は,開示の請求に係る公文書に非開示情報が記録されている場合であっても,当該公文書を開示しないことにより保護される利益に明らかに優越する公益上の理由があると認められるときは,当該公文書を開示するものとする旨規定しているところ,医療事故の原因を究明してそれを絶滅し,安心して医療機関を利用できるようにすることは国民共通の利益であり,特に多額の税金が投入されている県立病院においては,医療事故に関する情報を公開することが,県民に対する説明責任を果たし,医療機関,医療従事者,利用者である県民の共通の利益となるから,本件非開示情報を開示する公益上の理由があるものというべきであり,本件部分開示決定は上記条項に反する。

(3)  本件部分開示決定は,憲法上の知る権利,本件条例1条が定める地方自治の本旨に基づく県民の知る権利を無視するものであり,違法である。

(4)  本件部分開示決定は,どの文書のどの部分がどのように本件患者の遺族らの意思に反して権利を侵害するのか特定できていないから,違法である。

(5)  本件条例10条5項,6項には公文書に第三者の情報が記載されている場合の取扱手続が規定されているが,被控訴人側は本件患者の遺族らにその手続をとっておらず,本件部分開示決定は上記条項に反する。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所も,控訴人の請求を棄却すべきものと判断する。その理由は,後記2のとおり補正し,後記3のとおり控訴人の当審における補足的主張に対する判断を付加するほか,原判決「事実及び理由」第3に記載のとおりであるから,これを引用する。

2  原判決9頁12行目,15行目から16行目にかけての各「同号」及び11頁2行目,4行目,18行目,24行目,12頁2行目,4行目,9行目の各「6条1項2号」の次にいずれも「本文」を,同9頁25行目の「刑法134条」の次に「1項」をそれぞれ加える。

原判決9頁23行目の「この点は,」の次に「通常,医療機関は,患者との間の診療契約上,患者の同意なく第三者に患者情報を提供しない義務を負うものと解され,」を加える。

原判決10頁2行目の末尾に改行の上,次のとおり加える。

「 (3) 甲3,乙5,6,7の1ないし3,及び弁論の全趣旨によれば,被控訴人側では,県立病院で発生した医療事故の内容や原因,改善策等を積極的に公表することにより,社会的な説明責任を果たすとともに,病院運営と医療の透明性を高め,県民の医療に対する信頼の確保に資することを目的として,高知県立病院医療事故公表基準(平成17年4月1日から適用,甲3)を定め,これに基づいて,事前に患者及び家族等の同意を得て,個人情報の保護に最大限の配慮を行った上で,県立病院で発生した医療事故の内容や原因,改善策等を公表することとしていたが,本件医療事故に関しても,本件患者の遺族の同意を得て公表しようとしたところ,遺族全員が「全てを公表してほしくない。」との意思を示し,被控訴人側がその後何度確認しても,その意思は固く,変わりはなかったこと,そうするうちに,A病院における薬の誤投与により患者が死亡した旨のテレビ報道や新聞報道がされたことから,これら報道に関する審議のため高知県議会文化厚生委員会が臨時開催されることになり,被控訴人側としては,遺族らに対し,上記委員会の場でどこまで医療事故の内容を公表していいのか,事前に文書を示して協議を申し入れたが,遺族ら側は,全てを公表してほしくないとして,既に報道された「A病院における薬の誤投与により患者が死亡したこと」については仕方がないが,それ以外は公表しないよう,被控訴人側に強く申し入れたこと,被控訴人側では,上記のような遺族らの意向を受けて本件医療事故に関しては公表を限定していること,以上の事実が認められる。」

原判決10頁3行目冒頭の「(3)」を削る。

原判決10頁17行目の「困難であること(弁論の全趣旨),」を「できなかったことは前記(3)(本判決による補正後のもの)のとおりであること,」に改める。

原判決11頁13行目の「極めて高いし,」の次に「殊にA病院の存する安芸市は人口がわずかに2万人程度にすぎず,このような狭い地域社会においては」を加える。

3  控訴人の当審における補足的主張に対する判断は次のとおりである。

(1)  控訴人は前記第2の3(1)前段のとおり主張し,確かに,甲22によれば,高知県立病院医療事故公表基準が上記主張のように改められ,平成19年1月1日から適用されることになったことが認められるが,上記公表基準は本件条例6条1項2号本文後段に優先するものではなく,上記公表基準が事後的に改正されたからといって,直ちに上記条例の条項の解釈に変動を来すいわれもなく,本件部分開示決定が遡って誤りとなるものでもない。

控訴人は前記第2の3(1)後段のとおり主張するが,仮にそのような警察署の公開措置があったとしても,遡って被控訴人による本件部分開示決定が誤りであったことになる法的根拠は見当たらず,また,仮に上記公開措置に本件患者の遺族らから何の意見も出されず,行動も起こされなかったとしても,それによって,直ちに本件患者の遺族らの権利利益が侵害されていないことにはならないし,本件部分開示決定が遡って誤りとなるものでもない。

(2)  控訴人は前記第2の3(2)のとおり主張する。しかし,本件非開示情報を開示することが,開示しないことにより保護される本件患者の遺族らの利益に明らかに優越する公益上の理由があるとはいえない。元来,患者ないし遺族らは意に反して患者情報を開示されない法的保護利益を有し,医療機関や医師は患者の同意なく第三者に患者情報を提供してはならない診療契約上の義務を負うものと解され,業務上知り得た他人の秘密を漏らしてはならない刑罰規定があることは前述のとおりであるところ,いかに,医療事故に関する情報を公開することが,医療事故の原因究明や再発防止等に役立ち,ひいては国民共通の利益に資するとしても,前述のように,本件患者の遺族らが本件医療事故に関する全ての公表を固く拒否している以上,その遺族らの意向を無視し,診療契約上の義務に反し,刑罰規定をも慮ることなく,患者情報を開示されない法的保護利益を侵害することが許される法的根拠は見当たらない。このことは民間でも公的な医療機関でも同様というべきところ,多額の税金が投入されているからといって,県立病院の場合のみ患者やその家族らの意向を無視するなどしてその法的保護利益を侵害してもよい道理はない。

(3)  控訴人は前記第2の3(3)のとおり主張する。しかし,控訴人に憲法上の知る権利,本件条例1条が定める地方自治の本旨に基づく県民の知る権利があるからといって,本件患者の遺族らにも個人としてその意に反して患者情報を開示されない法的保護利益があることは前述のとおりであり,たまたま本件患者が民営の病院ではなくA病院で診療を受け,同病院に県民の税金が投入されているからといって,控訴人の上記知る権利が上記遺族らの法的保護利益に優越する法的根拠は見当たらないところであり,上記遺族らが本件医療事故に関する全ての公表を固く拒否している以上,被控訴人側が遺族らの上記意向を無視し,診療契約上の義務に反し,刑罰規定をも慮ることなく,上記遺族らの法的保護利益を侵害する結果となる本件非開示情報の公開をすることが許されないことは,前記(2)と同様である。

(4)  控訴人は前記第2の3(4)のとおり主張する。しかし,前記1引用に係る原判決「事実及び理由」第3の1(3)(本判決による補正後のもの)後段のとおり,本件形式情報を除く本件非開示情報には本件患者の患者情報がほぼ全体的に包含されているところ,前述のように,本件患者の遺族らが本件医療事故に関する全ての公表を固く拒否しているのであるから,本件非開示情報の特定が違法であるとはいえない。

(5)  控訴人は前記第2の3(5)のとおり主張する。しかし,本件条例10条5項の第三者からの意見聴取は義務的なものではない上に,前記1引用に係る原判決「事実及び理由」第3の1(3)(本判決による補正後のもの)前段のとおり,被控訴人側では再三にわたって本件患者の遺族らに対し患者情報の公表についての意向確認を行い,固い拒絶を受けていたものであり,その後その意向に変更があった形跡はないのであるから,本件部分開示決定に当たって本件患者の遺族らの意見を聞かなかったからといって,本件部分開示決定が同条項に違反するとはいえない。同条6項は,公文書開示決定によって不利益を受ける第三者への通知に関する規定であるが,本件部分開示決定は本件患者の遺族らの意向に沿うものであり,その不利益となるものではないから,遺族らに上記通知をしなかったからといって,本件部分開示決定が同条項に違反するものとはいえない。

4  結論

よって,控訴人の請求を棄却した原判決は正当であって,本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 矢延正平 裁判官 和食俊朗 裁判官 齋藤聡)

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