高松高等裁判所 平成20年(行コ)2号 判決 2008年10月02日
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人らの負担とする。
第2事案の概要
1 事案の骨子
本件は,いずれも合併前の旧丸亀市の一般職の職員で,合併直前には担当副主幹の職にあった被控訴人らが,平成17年3月22日に旧丸亀市が旧綾歌郡綾歌町(以下「旧綾歌町」という。)及び旧綾歌郡飯山町(以下「旧飯山町」という。)と合併して控訴人(新丸亀市)が成立した際に,いずれも担当長の人事発令を受けたことから,課長補佐級から係長級へと意に反する降任処分を受けたとして,丸亀市公平委員会に不服申立てを行ったところ,同委員会から,平成17年10月13日付けで,被控訴人らは合併により新たに控訴人の職員として採用されたものであり,旧丸亀市における身分との間には継続性がなく,当該人事発令は地方公務員法49条1項,49条の2第1項に規定する不利益処分に該当しないことを理由に,同不服申立てをいずれも却下するとの裁決を受けたため,これらの裁決の取消しを求める事案である。
2 前提事実
(1) 次の(2)のとおり原判決を補正するほか,原判決第2の2(2頁13行目から7頁25行目まで)記載のとおりであるから,これを引用する。
(2)ア 原判決3頁6,7行目を次のとおり改める。
「ア 市町村の合併の特例に関する法律(昭和40年法律第6号。なお,同法は,附則2条1項の規定により,平成17年3月31日限り,その効力を失った。以下,同法を「旧合併特例法」という。)には,次の規定がある。」
イ 同6頁9行目末尾の次に改行の上,次のとおり加える。
「(7) 不利益処分の審査規則
不利益処分の審査規則には,次の規定がある(甲8)。
5条 審査請求書が提出されたときは,委員会は,その記載事項及び添付書類並びに処分の内容,請求者の資格及び審査の請求の期限等について調査し,審査の請求を受理すべきかどうか決定しなければならない。
7条
1項 委員会は,審査の請求を受理すべきものと決定したときは,その旨を当事者に通知するとともに,処分者に審査請求書の副本を送付しなければならない。
2項 委員会は,審査の請求を却下すべきものと決定したときは,その旨を請求者に通知しなければならない。
14条 委員会は,前条に規定する書面審理を行う場合においては,処分者に審査請求書の副本及びその資料各1部を送付し,期日を定めて処分者から弁明書及び適切な資料の提出を求めることができる。
29条 委員会は,職権により必要と認める証拠調べをすることができる。
36条
1項 委員会は,審査を終了したときは,その結果に基づいて速やかに判定を行い,これを書面に作成しなければならない。
2項 前項の書面(以下「判定書」という。)には,次に掲げる事項を記載し,各委員が署名押印しなければならない。(以下省略)
3項 委員会は,前項の判定書の写しを当事者に送達しなければならない。この場合判定に対する審査(以下「再審」という。)の請求の権利がある旨を併せて通知するものとする。
39条 当事者は,次のいずれかに該当する場合においては,委員会に対し再審を請求することができる。
(1) 判定の基礎となった証拠が虚偽のものであることが判明した場合
(2) 事案の審査の際提出されなかった新たな,かつ,重要な証拠が発見された場合
(3) 判定に影響を及ぼすような事案について判断の遺漏が認められた場合」
ウ 同6頁10行目の「(7)」を「(8)」に,7頁8行目の「(8)」を「(9)」に各改める。
第3争点及び当事者の主張の要旨
1 争点
(1) 本件各発令は地方公務員法49条1項に定める不利益処分に当たるか。
(2) 本件各裁決に不利益処分の審査規則に違反する手続上の違法があるか。
2 当事者の主張の要旨
(1) 争点1(本件各発令は地方公務員法49条1項に定める不利益処分に当たるか。)について
(被控訴人らの主張)
ア 次のイのとおり原判決を補正するほか,原判決第3の2(2)(原告らの主張)(12頁末行目から19頁3行目まで)記載のとおりであるから,これを引用する。
イ(ア) 上記引用部分の「合併特例法」をすべて「旧合併特例法」に改める。
(イ) 原判決13頁9行目を次のとおり改める。
「イ 最高裁判所昭和34年(オ)第396号同35年7月21日第一小法廷判決・民集14巻10号1811頁(以下「最高裁判所昭和35年7月21日判決」という。)は,次のように判示している。」
(ウ) 同13頁25行目の「保有するうよう」を「保有するよう」に,14頁13行目の「本件発令」を「本件各発令」に,17頁17行目の「係長」を「係長級」に各改め,25行目の「平成17年3月22日付けで」の次に「被控訴人Aの上司である」を加える。
(控訴人の主張)
ア 次のイのとおり原判決を補正するほか,原判決第3の2(2)(被告の主張)(10頁10行目から12頁24行目まで)記載のとおりであるから,これを引用する。
イ(ア) 上記引用部分の「合併特例法」をすべて「旧合併特例法」に改める。
(イ) 原判決11頁24行目の「最高裁判所」から末行目の「という。)」までを「最高裁判所昭和35年7月21日判決」に改める。
(ウ) 同12頁9行目末尾の次に改行の上,次のとおり加える。
「カ そもそも,地方公共団体の合併に際しては,合併に伴い当然に地方公務員の身分に変動があるため,合併後の地方公共団体の公務員の任用行為については,地方公務員法49条1項は適用されず,本件でいえば旧合併特例法9条に定める身分保障に関する規定が特則として適用されるべきである。すなわち,旧合併特例法9条1項において,職員としての身分の保有が,同条2項においては,従前の処遇と比較した不利益処分ではなく,「公正」であることが,それぞれ求められている。」
(エ) 同12頁10行目の「カ」を削り,24行目末尾の次に改行の上,次のとおり加える。
「キ 職員が公平委員会に不服申立てを求めることができるのは,意に反する不利益な「処分」を受けた場合であり,「処分」を受けることが当然の前提である。給与条例に基づく給料表あるいは級別職務分類表が改正されて,職員の給料の級が下位に格付けされた場合は,当該処遇は制度の改正によるものであって,「処分」ということはできず,したがって,公平委員会における審査の対象とはならない。
新丸亀市による被控訴人らの任用は,新たに創設された新丸亀市の諸条例,規則に基づいて行われた新たな採用行為であって,合併前の職位と比較することなどできず,したがって,被控訴人らの任用が不利益処分に該当することはない。」
(2) 争点2(本件各裁決に不利益処分の審査規則に違反する手続上の違法があるか)について
(被控訴人らの主張)
ア 次のイのとおり原判決を補正するほか,原判決第3の2(3)(原告らの主張)(19頁13行目から20頁19行目まで)記載のとおりであるから,これを引用する。
イ(ア) 原判決19頁12行目末尾の次に改行の上,次のとおり加える。
「ア 公平委員会のした本件各裁決が,不受理処分なのか,判定なのかは明確でない。
不利益処分の審査規則によれば,審査請求書が提出されたときは,まず受理すべきかどうかを決定すべきものとされ(5条),これを受けて,審査の請求を受理すべきものと決定したときには,当事者に通知するとともに,処分者に審査請求書の副本を送付すべきものとされている(7条1項)。他方で,同条2項で,「審査の請求を却下すべきものと決定したとき」には,その旨を請求者に通知すべきものとされている。この場合の「却下」とは不受理のことであり,この場合には処分者への通知も審査請求書副本の送付も行われない。
本件各裁決には,「不利益処分の審査規則7条2項の規定により」とされている。この条項は,不受理処分の場合の規定であり,本件各裁決は不受理処分のように見える。しかし,本件各裁決が不受理処分であるなら,その主文は,「本件申立ては受理しない。」となるべきであるところ,本件各裁決の主文は,「本件申立てを却下する」とある。これは不服申立てを受理し,審理を遂げた上で,申立てが不適法であると判断した場合の主文である。
また,不受理とされる場合には,審査請求書副本の処分者への送付もあり得ない。処分者への審査請求書の副本送付について定めている不利益処分の審査規則7条1項は,あくまで受理した場合の措置であるから,不受理の場合には適用されない。ところが,本件各裁決では,「第2 当事者の主張」の「2 処分者の主張」として,「処分者は,本件不服申立てを却下するとの裁決を求め,次のように述べた。」として,処分者の主張がるる述べられている。これは,不受理処分の場合にはあり得ないことである。すなわち,これは,公平委員会が審査請求を受理した後,処分者に審査請求書の副本を送付し,処分者がこれに応じて自らの主張を述べ,これらを公平委員会が審理したということにほかならない。
控訴人の主張するように,「公平委員会は,不服申立てのあった時点では,不服申立書上,要件を欠くことが明白とはいえなかったことから,調査のため処分者に審査申立書を送付して意見を求めた。」とすれば,公平委員会は,本件不服申立てを受理した上で,調査をした結果,裁決により却下したことになるのではないか。」
(イ) 同19頁13行目の「ア」及び25行目の「ウ」を各削る。
(控訴人の主張)
ア 次のイのとおり原判決を補正するほか,原判決第3の2(3)(被告の主張)(19頁7行目から11行目まで)記載のとおりであるから,これを引用する。
イ(ア) 原判決19頁6行目末尾の次に改行の上,次のとおり加える。
「ア 本件各裁決は,不受理処分である。
審査請求の受理について定めた不利益処分の審査規則7条2項では,「審査の請求を却下」とされていることから,裁決の主文を「本件申立てを却下する。」としたものである。
不服申立時に要件がすべて具備されているか否か必ずしも明らかでない場合があり,仮に,要件がすべて具備されていなければ受理しないとすると,要件の有無を早期に結論付けなければならないため,不利益処分の範囲を狭く解釈する等の支障が生じることがある。そこで,実務的には,不服申立てのあった時点では,不服申立書の記載事項,添付書類等を点検し,要件を欠くことが明らかなものは却下し,調査してみなければ当該要件の具備が判明しないものは受理し,受理後の審査の過程で要件を欠くことが判明した場合に,その時点で不適法な不服申立てとして裁決により却下するという扱いがされている。
本件不服申立てにおいても,公平委員会は,不服申立てのあった時点では,不服申立書上,要件を欠くことが明白とはいえなかったことから,調査のため処分者に審査申立書を送付して意見を求めたところ,処分者の回答により要件を欠くことが明らかとなったことから,不適法な不服申立てとして裁決により却下したものである。」
(イ) 同19頁7行目の冒頭に「イ」を加える。
第4当裁判所の判断
1 認定事実
前記第2の2(前提事実)並びに証拠(甲1ないし3,6ないし9,12,13の1ないし4,16,20ないし31,43ないし54,56ないし58,61,62,乙3ないし9,被控訴人ら各本人)及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実を認めることができる。
(1) 被控訴人らの経歴及び職位
ア 被控訴人Aは,昭和47年に旧丸亀市に採用され,以来,税務課,財政課,農林水産課,競艇事業部業務課・管理課,教育委員会生涯学習課,児童福祉課,下水道課,税務課を歴任してきた。
被控訴人Aは,教育委員会生涯学習部生涯学習課在職中の平成7年4月1日付けで課長補佐に昇任し,課長補佐経験3年後の平成10年4月1日付けで給料表の7級から8級に昇格した。
平成14年4月1日付けの機構改革により,課長補佐という補職名がなくなり,課長補佐級は,担当副主幹もしくは副主幹という補職名になった。
これにより,被控訴人Aは,下水道課業務担当副主幹となり,平成16年4月1日付けで,税務課収納担当副主幹となっていた。
イ 被控訴人Bは,昭和48年に旧丸亀市に採用され,生活保護のケースワーカーなどの職を歴任してきた。
被控訴人Bは,平成8年4月1日付けで,課長補佐級になり,平成11年4月1日付けで給料表の8級となった。そして,平成16年4月から,生活環境部生活環境課交通政策担当副主幹となっていた。
(2) 丸亀市の合併
旧丸亀市は,平成16年2月27日,旧綾歌町及び旧飯山町との間で,合併協定書(本件合併協定書)(乙3)を締結し,平成17年3月22日に,旧丸亀市,旧綾歌町及び旧飯山町を廃止し,その区域をもって新しい市を設置する新設合併(対等合併)をすることを定めた。
これに基づき,旧丸亀市,旧綾歌町及び旧飯山町は,平成17年3月22日付けで合併し,控訴人(新丸亀市)が成立した(本件合併)。
(3) 本件合併に伴う職員の身分の取扱い
本件合併協定書(乙3)8項は,旧合併特例法9条に基づき,合併後の職員の身分の取扱いについて,次のとおり定めた。
8項 一般職の職員の身分の取扱い
1市2町の一般職の職員については,旧合併特例法9条1項の規定に基づき,すべて新市の職員として引き継ぐものとする。
1号 職員数については,新市において定員適正化計画を策定し,定員管理の適正化に努める。
2号 職員の職名,職務については,人事管理及び職員の処遇の観点から,合併時に統一を図る。
3号 職員の給与については,新市において,職員の処遇及び給与の適正化の観点から調整し,統一を図る。
4号 現職員については,現給を保障する。
(4) 新丸亀市における組織,機構編制
ア 新丸亀市は,平成17年3月22日,「丸亀市行政組織条例」(乙4),「丸亀市職員職名に関する規則」(乙5),「丸亀市職員定数条例」(乙6),「丸亀市職員の給与に関する条例」(乙7),「丸亀市職員の給与に関する条例施行規則」(乙8),「丸亀市給料表の級別職務分類に関する規程」(乙9)を定めた。
イ 旧丸亀市においては,部長ポストは総務部,健康福祉部,生活環境部,建設経済部,競艇事業部,水道部,消防本部,教育次長及び議会事務局長の9であり,課長・室長ポストは本島・広島市民センター,議会事務局次長及び選挙管理委員会・監査委員・農業委員会事務局長を含む44であり,市長の事務部局における職制は,部長-課長-主幹等(室長,担当主幹,主幹及び担当副主幹)-副主幹等(副主幹及び主査)のラインであった(甲52,61)。
新丸亀市では,部長ポストは,総務部,綾歌市民総合センター,飯山市民総合センター,企画財政部,健康福祉部,生活環境部,産業部,都市整備部,競艇事業部,水道部,消防本部,教育部,文化部,議会事務局長の14に,課長・室長ポストは本島・広島市民センター,議会事務局次長及び選挙管理委員会・監査委員・農業委員会事務局長を含む64となり,市長の事務部局における職制は,部長-課長・室長-副課長-担当長のラインとなった(甲52,62)。
ウ 旧丸亀市と新丸亀市における給料表上の格付けの対比は,別紙(1)のとおりである。なお,新丸亀市の役職のうち,括弧書きで記載されている9級の(主幹)並びに8級の(担当長)及び(副主幹)は,現給保障の影響で例外的に残っているものである(甲44)。
旧丸亀市と新丸亀市における職務権限規程上の格付けの対比は,別紙(2)のとおりである(甲44)。
新丸亀市における階層,等級,資格,役職の対応関係は,別紙(3)のとおりである(甲43)。
旧丸亀市では,10級が部長,9級が部長,課長,担当主幹及び主幹,8級が課長,担当主幹,主幹,担当副主幹及び副主幹,7級が担当副主幹,副主幹,主査及び主任であったが,新丸亀市では,10級〔参事〕が部長,9級〔副参事〕が部長,課長,室長及び(主幹),8級〔主幹〕が課長,室長,副課長,(担当長)及び(副主幹),7級〔副主幹〕が副課長及び担当長となった(甲44)。
旧丸亀市においては,部長及び課長のほか,課長補佐級の担当主幹,主幹及び副主幹,係長級の副主幹,主査も11パーセントの管理職手当の支給対象とされていたが,新丸亀市においては,部長及び課長のほかには,課長補佐級の副課長・室長(主幹の資格を有する者)のみが管理職手当の支給対象とされ,係長級の担当長は,監督職として5パーセントの職責手当の支給対象とされた(乙8)。
エ 平成17年3月22日,新丸亀市職員に対し,人事発令がされたが,旧丸亀市職員で課長補佐級(担当副主幹・副主幹)であった者の合併後の職位は,別紙(4)のとおりである(甲47)。
合併前の課長補佐級の職員数は,104人(平均年齢53歳,平均勤続年数31年)であったところ,合併後,課長級に昇進した者は,7名(平均年齢50歳,平均勤続年数28年),変動のなかった者は,30名(平均年齢52歳,平均勤続年数30年),降任した者は,67名であり,そのうち,担当長になった者は,28名(平均年齢54歳,平均勤続年数32年),一般職になった者は,39名(平均年齢53歳,平均勤続年数32年)である(甲47)。
丸亀市のC総務部長は,平成17年6月3日定例議会において,「適材適所の配置が大前提である。合併協議において,具体的な配置については,合併時より職員の交流を可能な限り実施し,職員間の一体感の醸成を促進し,団塊の世代後を考慮して,若手職員の登用を積極的に実施するとの協議原則に伴い人事配置を行った。」と答弁した(甲51)。
また,丸亀市のD職員課長は,平成17年6月10日の定例会総務委員会で,「平成17年3月21日に1市2町がなくなって,同月22日に新丸亀市が誕生し,職員を採用したので空白はない。身分,現給保障はしたが,新設合併なので,課長等の数に限りがある。課長職等は編入合併でなければ保障できない。間があく訳ではないので,宣誓は省略した。」旨答弁した(甲16,49)。
(5) 被控訴人らに対する人事発令
ア 本件合併に伴い,丸亀市長職務執行者・Eは,平成17年3月22日付けで,被控訴人Aに対し,「丸亀市事務吏員に任命する。副主幹を命ずる。8級22号給を給する。生活環境部人権課人権教育・啓発担当長を命ずる。」との人事発令をし(甲20),被控訴人Bに対し,「丸亀市事務吏員に任命する。副主幹を命ずる。8級22号給を給する。生活環境部生活課交通防犯・離島担当長を命ずる。」との人事発令をした(甲22)(本件各発令)。
イ 本件各発令に係る被控訴人らの職は,いずれも給料表の7級相当であるが,本件合併協定書8項4号の現給保障の規定により,8級とされた(甲56,58,被控訴人ら各本人)。
しかし,被控訴人らは,管理職から監督職となったために,11パーセントの管理職手当ではなく,5パーセントの職責手当の支給対象とされ(「丸亀市職員の給与に関する条例施行規則」36条9項(乙8)),手当の額が,被控訴人Aについては月額2万7102円(5万0017円から2万2915円)の,被控訴人Bについては月額2万5886円(4万8621円から2万2735円)の減額となった(甲53,54)。
(6) 被控訴人らの不服申立て
ア 被控訴人らは,「3・22人事異動を考える会」(世話人被控訴人両名)名で,平成17年5月11日,控訴人のF市長に対し,「2月21日の内示は,我々職員を驚かせ,過去に前例のない降任人事を含むものであった。今回降任された職員は,入所以来忠実かつ献身的に業務を行い,市政発展,市民サービス向上にも寄与してきたと自負するものである。今回の人事は,我々の不安を増幅させ,人権と尊厳を傷つけられたと認識している。人事は公正が第一と考えるが,人事についての基本的な見解を示してほしい。各職員の適性,能力,資質,業績等をどこまで把握し,それをどう生かし人事を行ったのか示してほしい。専門職員,女性職員,経験豊富な職員等に対する配慮がなかったと思うが,考えを示してほしい。」などとする「質問書」(甲13の3)を提出した。
これに対し,C総務部長は,同年5月20日,「控訴人が平成17年3月22日付けで新設合併を行い,その際,職員の身分については旧合併特例法9条に基づき,控訴人の職員として新規に採用したものである。したがって,合併後の役職と合併前の役職等との比較はできず,また,給料については,公正さを確保するため,合併前の給料の額を維持することとした。」旨回答した(甲13の2)。
イ 被控訴人らは,平成17年5月20日付けで,被控訴人らに対する本件各発令が意に反する降任に当たるとして,地方公務員法49条の2及び不利益処分の審査規則(甲8)に基づき,公平委員会に対し,不服申立てをした(本件不服申立て)。本件不服申立てにおいて,被控訴人らは,地方公務員法50条1項に基づき,公開の口頭審理を求めた(甲1)。
ウ 被控訴人Aは,平成17年8月,公平委員会に対し,本件不服申立ての理由書(甲2)を提出し,「私は,平成17年3月21日まで,丸亀市総務部税務課収納担当副主幹(課長補佐級)の職にあったが,3月22日付けの人事発令で,生活環境部人権課人権教育・啓発担当長(係長級)の職に配置された。3月までは11パーセントの管理職手当を受けていたが,4月からは5パーセントの職責手当になった。以上のことから,社会的にも経済的にも著しい不利益を受け,意に反する降任でもあると思うので不服申立てを行う。」と述べた。
(7) 公平委員会の審理
ア 公平委員会は,平成17年9月26日(甲6)及び同年10月11日(甲7)に,公平委員会会議を開き,被控訴人らの本件不服申立てについて審理した。
公平委員会は,上記9月26日の会議において,「本件不服申立ては,地方公務員法に規定する不利益処分には該当せず,不適法と判断する。したがって,不受理(却下)と決定し,次回は裁決(案)について検討することとする。」とした。
イ 公平委員会は,平成17年9月26日,丸亀市長に対し,「不服申立てに係る資料等の提出について(依頼)」(甲12)と題する文書を発し,本件不服申立てについて,資料及び意見の提出を求めた。
これに対し,丸亀市長は,同日,公平委員会に対し,「不服申立てに係る資料等の提出について」と題する文書(甲13の1)を発し,これに,C総務部長作成に係る同年5月20日付け「平成17年3月22日付人事配置にかかる質問ついて(回答)」と題する書面(甲13の2),「3・22人事異動を考える会(世話人・被控訴人両名)」作成に係る同年5月11日付け「3月22日実施の人事異動に関する質問書」と題する書面(甲13の3),C総務部長作成に係る同年6月10日付け「平成17年3月22日付人事配置にかかる理由書の交付ついて(回答)」と題する書面(甲13の4)を添付した。
ウ 被控訴人らは,平成17年9月30日ころ,公平委員会委員長宛てに,「一日も早く口頭審理の開始を求める。」旨の手紙を送った(甲31)。
エ 公平委員会は,平成17年10月11日の会議において,「本件不服申立てについて,合議により,裁決(案)を検討する。不受理(却下)の通知をする。」とした。
(8) 本件不服申立てに対する却下裁決(本件各裁決)
公平委員会は,平成17年10月13日付けで,被控訴人らに対し,それぞれ「本件申立てを却下する。」との裁決をした(被控訴人Aにつき甲3,被控訴人Bにつき甲9。本件各裁決)。
本件各裁決の理由は,以下のとおりである。
「本件処分は,新設合併することにより旧丸亀市の法人格が消滅したため当然に失職した不服申立人の地方公務員としての身分を,旧合併特例法第9条の規定に基づき引き続き保有させるために,新たに新丸亀市の職員として採用したものであり,本件処分前後における職位としての身分には継続性がないと解される。
したがって,本件処分の前後の職位を比較し,当該処分が不利益処分に該当するか否かを論じることはできない。
以上のことから本件処分は,地方公務員法(昭和25年法律第261号)第49条第1項及び第49条の2第1項に規定する不利益処分に該当しないことは明らかである。
よって,本件不服申立ては,不適法であることから丸亀市職員の不利益処分の審査に関する規則(平成17年公平委員会規則第6号)第7条第2項の規定により,主文のとおり裁決する。」
(9) 被控訴人らの再審請求
ア 被控訴人らは,本件各裁決に対し,平成18年1月17日付けで,公平委員会に対し,不利益処分の審査規則39条に基づく再審請求をした(甲24,25)。
イ しかし,公平委員会は,被控訴人らに対し,平成18年2月3日付けで,それぞれ「本件再審請求を却下する。」旨の通知をした(甲27-別紙6)。
(10) 被控訴人らの本訴提起
被控訴人らは,平成18年4月12日,本訴を提起した(顕著な事実)。
2 争点1(本件各発令は地方公務員法49条1項に定める不利益処分に当たるか。)について
(1) 合併に伴う職員の身分の当然承継の有無について
ア 被控訴人らは,合併市町村は旧市町村の職員の身分を当然承継すると解すべきであるとした上で,本件各発令が不利益処分に該当する旨主張するので,まず,合併に伴う職員の身分の当然承継の有無について検討する。
イ 地方公共団体の合併により消滅する地方公共団体の職員の身分の取扱いについては,旧合併特例法9条が,1項で「合併関係市町村は,その協議により,市町村の合併の際現にその職に在る合併関係市町村の一般職の職員が引き続き合併市町村の職員としての身分を保有するように措置しなければならない。」と定め,2項で「合併市町村は,職員の任免,給与その他の身分取扱いに関しては,職員のすべてに通じて公正に処理しなければならない。」と定めているほかは,特にこれについて定めた規定はない。
本来,職員の任用は,それぞれの地方公共団体と職員との間の固有の公務員関係の設定であり,各地方公共団体につき専属的な性質を持つものと考えられるので,法律に特別の規定がない限り,合併により地方公共団体が消滅したときに,当然に他の地方公共団体との間において新たな公務員関係が成立すると解するのは困難である。また,地方公務員の職及び職位並びに給与については,当該地方公共団体が,その実情に応じて条例や規則等により定めるものであるから(地方自治法158条,地方公務員法24条6項参照),合併により地方公務員の身分が合併後の地方公共団体に当然に承継され,従前の職及び職位並びに給与が当然に保障されると解することは,この点に照らしても困難というべきある。
さらに,旧合併特例法9条1項の,「合併関係市町村は,その協議により,市町村の合併の際現にその職に在る合併関係市町村の一般職の職員が引き続き合併市町村の職員としての身分を保有するように措置しなければならない。」との規定は,地方公務員の身分が合併後の地方公共団体に当然には承継されず,合併によりいったんはその身分を失うことを前提として,地方公務員法が職員の身分保障を定めていることにかんがみ,合併により失職することとなる一般職の職員について,合併市町村の一般職の職員として引き続き身分を保有するよう措置しなければならないことを定めたものと解される。
上記の諸点に照らすと,本件合併のような新設合併においては,合併関係市町村がすべて消滅することに伴い,当該市町村の一般職の職員は,合併によりその身分をいったん喪失し,合併により新設された市町村において改めて任用されることにより,新設された市町村の職員としての身分を新たに取得することになるものと解するのが相当である。
ウ 被控訴人らは,①地方自治法施行令5条1項が,「普通地方公共団体の廃置分合があった場合においては,その地域が新たに属した普通地方公共団体がその事務を承継する。」と定めていることから,職員の任用関係も承継する事務に含まれると解すべきこと,②最高裁判所昭和35年7月21日判決は,「町村合併による新町の発足により,従前の旧町村の正式職員であった者が新たに新町の職員として任命されたような場合にまで地方公務員法22条1項が適用されて,新任後6か月間はいわゆる条件付採用期間となるものと解することは妥当でない。」と判示していること,③職員の身分が当然に承継すると解さないと,合併前に職員の非行があった場合に,新市町村がそれを理由とした懲戒処分ができなくなってしまうなど,行政実務上,様々な不都合を生ずることから,合併市町村は,旧市町村の職員の任用関係を当然承継すると解すべきであると主張する。
しかし,①普通地方公共団体が処理するものとされる「事務」について定めた地方自治法2条2項,3項,5項,8項,9項等の規定にかんがみると,地方自治法施行令5条1項のいう「事務」とは,普通地方公共団体の処理すべき事務である自治事務及び法定受託事務につき,普通地方公共団体の廃置分合があった場合には,その地域が新たに属した普通地方公共団体がこれを承継することを規定したものと解するのが相当であり,合併により職員の身分が当然に承継されることを定めたものと見ることはできないこと,②最高裁判所昭和35年7月21日判決は,地方公務員法22条の解釈として,市町村の合併により旧市町村の職員であった者が新市町村において職員として任用された場合には,条件付採用となることによってその身分保障を失うというように解すべきでないことを判示したものであって,職員の身分が合併後の新市町村に当然に承継されることまで判示したものではないこと,③旧市町村の職員の非行に対する懲戒の可否など,同職員が身分を失うことによって生じる行政実務上の不都合については,地方公務員法等の解釈により個別的に対処すべき問題であることからすると,被控訴人らの上記主張は,旧市町村の職員の身分が合併市町村に当然承継されることの根拠とはならないというべきであるから,採用することができない。
(2) 合併に伴う職員の身分の実質的連続性の有無について
ア 上記のとおり,新設合併においては,合併関係市町村の一般職の職員は,合併によりその身分をいったん喪失し,新設された市町村において改めて採用されるものと解されるが,新設された市町村による当該職員の採用を通常の新規採用の場合と全く同一のものと見ることは相当でない。
すなわち,市町村の一般職の職員の身分の取扱いについては,行政の継続性と安定性を確保するため,地方公務員法28条,29条等の定めるところにより,所定の事由がある場合を除き,その意に反して免職等をされないこととなっている。市町村の合併が行われる場合には,当該合併により消滅する市町村の職員は,その意にかかわらずいったんはその身分を失うこととなるが,この場合においても,合併の前後を通じて行政の継続性と安定性が確保されなければならず,地方公務員法上の身分保障は,合併の前後を通じ,これが奪われることのないよう配慮しなければならないというべきである。旧合併特例法9条1項の規定は,このことを前提として,合併により消滅する市町村の一般職の職員について,合併市町村の一般職の職員として引き続き身分を保有するよう措置しなければならないことを定めているものと解するのが相当である。
そして,このような旧合併特例法9条1項の規定が置かれた趣旨に照らしても,合併により消滅する市町村の一般職の職員であった者が新たに合併市町村の一般職の職員として任用される場合には,職員の任用について定めた地方公務員法15条以下の規定がそのまま適用されると解すべきではなく(最高裁判所昭和35年7月21日判決参照),また,服務に関する宣誓(同法31条)についても省略することが許されると解され,さらに,合併前の非行について合併市町村の任命権者が懲戒権を行使することができると解する余地がある(甲38,39参照)。
以上のとおり,旧合併特例法9条1項の規定が置かれた趣旨等にかんがみると,新設合併においては,合併関係市町村の職員は,合併によりその身分をいったん喪失し,新設された市町村において改めて任用されることになるものではあるが,当該職員の合併前の身分と合併後の身分の間には実質的な連続性が認められるから,合併前の処遇と合併後の処遇とを比較し,合併後の処遇が「不利益」なものか否かを判断することは可能というべきである。
イ これに対し,控訴人は,給与条例に基づく給料表あるいは級別職務分類表が改正されて,職員の給料の級が下位に格付けされた場合は,当該処遇は制度の改正によるものであって,「処分」ということはできず,公平委員会における審査の対象とはならないとした上で,控訴人による被控訴人らの任用は,新たに創設された新丸亀市の諸条例,規則に基づいて行われた新たな採用行為であって,合併前の職位と比較することなどできず,したがって,被控訴人らの任用が不利益な処分に該当することはない旨主張する。
確かに,給与条例等の改正により職員の給料の級が下位に格付けされた場合には,当該処遇の変更は,制度の改正によるものであって,任命権者による処分により生じたものではないから,公平委員会における審査の対象とはならない。
しかしながら,被控訴人らの本件合併後の処遇の変更は,新たに創設された新丸亀市の諸条例,規則等に基づいて行われた新たな任用の結果であって,上記1(5)のとおり,被控訴人らは,任命権者である丸亀市長職務執行者による本件各発令を受けているのであるから,当該処遇の変更が単なる制度の改正により生じたものということはできないことが明らかである。
したがって,控訴人の上記主張は採用することができない。
ウ また,控訴人は,一般に,任命権者を異にして異動し,職制上の相違により職位が変更された場合には,降任には該当しないと解されているとも主張する。
しかしながら,例えば,係長職のあるところからそれがないところの一般の係員や主任等に異動するときなどのように,異動の前後において対応する職が存在しない場合にはともかく,異動の前後において対応する職が存在する場合には,任命権者を異にする異動であっても,降任に該当することがあると解するのが相当である。
そして,本件においては,上記1(5)ウのとおり,旧丸亀市において給料表の8級に格付けされる職に相当するものとして,新丸亀市においても,資格としては主幹が,役職としては課長,室長又は副課長の職が設けられているのであるから,控訴人の上記主張は採用することができない。
(3) 被控訴人らの処遇の変更が「不利益」なものか否かについて
ア 上記1(1)のとおり,被控訴人Aは,合併前,課長補佐級である税務課収納担当副主幹の職にあり,給料表の8級に格付けされていた。また,被控訴人Bは,同様に,課長補佐級である生活環境部生活環境課交通政策担当副主幹の職にあり,給料表の8級に格付けされていた。
そして,上記1(5)のとおり,被控訴人Aは,本件合併に伴い,平成17年3月22日付けで,「丸亀市事務吏員に任命する。副主幹を命ずる。8級22号給を給する。生活環境部人権課人権教育・啓発担当長を命ずる。」との発令を受け,また,被控訴人Bは,「丸亀市事務吏員に任命する。副主幹を命ずる。8級22号給を給する。生活環境部生活課交通防犯・離島担当長を命ずる。」との発令を受けた。
本件各発令に係る被控訴人らの職は,いずれも給料表の7級相当であるが,本件合併協定書8項4号の現給保障の規定により8級とされたものであって,被控訴人らは,管理職から監督職となったために,11パーセントの管理職手当ではなく,5パーセントの職責手当の支給対象とされ,手当の額は,被控訴人Aについては月額2万7102円,被控訴人Bについては月額2万5886円の減額となったことが認められる。
イ さらに,旧丸亀市においては,「丸亀市職務権限規程」(甲61)により,「主幹等 組織規則第4条に規定する室長,担当主幹,主幹及び担当副主幹をいう。」(2条(25))と規定され,主幹等の職能については,「所管業務の推進について,課長を全面的に補佐する。」(5条(1))と規定され,「課長が不在のときは,それぞれの事務事業を担当する主幹等が,その権限と責任を代行する。ただし,担当を置かない課にあっては庶務を担当する副主幹が,その権限と責任を代行する。」(23条)と規定されていて,これらの規定により担当副主幹には代決権,代行決裁権限が与えられていた。
他方で,新丸亀市においては,「丸亀市職務権限規程」(甲62)によれば,室長及び副課長の職能については,「所管業務の推進について,課長を全面的に補佐する。」(5条(1))と規定され,「課長が不在のときは,副課長がその権限と責任を代行する。ただし,室においては,室長がその権限と責任を代行する。」(23条)と規定されていて,これらの規定により室長及び副課長には代決権,代行決裁権限が与えられている。しかし,担当長の職能については,「担当業務の実施計画の決定又は調整について上司に具申する。」(6条(1))と規定されるにとどまっているのであって,本件合併後において被控訴人らは代決権等を失ったことが認められる(なお,被控訴人らは本件不服申立てにおいて代決権等の喪失の点につき明示的に主張してはいないが,不利益処分の審査規則5条,14条,29条等の規定にかんがみると,公平委員会は不利益処分の審査の請求の受理の当否につき職権をもって調査すべき職責を負っており,本件不服申立ての審理に際しては,代決権等の有無の点も含めて,職権により必要な資料を収集し,本件各発令が不利益処分に当たるか否かを判断しなければならないというべきである。)。
ウ 上記ア及びイの点に照らすと,本件合併の前後における被控訴人らの処遇の変更は,被控訴人らにとって不利益なものと認められるから,被控訴人らは,本件各発令により地方公務員法49条1項に定める不利益処分を受けたものということができる。
3 まとめ
以上によれば,本件各発令は不利益処分に当たるから,公平委員会は,被控訴人らの本件不服申立てを受理し,審理を開始しなければならなかったにもかかわらず,これを不適法として却下したものであるから,その余の争点について判断するまでもなく,本件各裁決には違法があり,取消しを免れないというべきである。
第5結論
よって,被控訴人らの請求を認容した原判決は相当であり,本件控訴は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 杉本正樹 裁判官 市原義孝 裁判官 佐々木愛彦)
別紙(1)~別紙(4)(省略)