高松高等裁判所 平成21年(ネ)101号 判決 2010年8月30日
控訴人(一審原告)
X
同訴訟代理人弁護士
福島正
同
原英彰
被控訴人(一審被告)
株式会社 伊予銀行
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
市川武志
同
大熊伸定
同
丸山征寿
同
小川佳和
同
岩本直樹
被控訴人(一審被告)
兼亡Y1訴訟承継人 Y2
被控訴人(一審被告)
亡Y1訴訟承継人 Y3<他3名>
上記五名訴訟代理人弁護士
西山司朗
同訴訟復代理人弁護士
百留豊
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
二 被控訴人Y2は、控訴人に対し、二七二三万四三二八円及びこれに対する平成一八年一月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 控訴人の被控訴人株式会社伊予銀行、被控訴人Y3、被控訴人Y4、被控訴人Y5及び被控訴人Y6に対する請求並びに被控訴人Y2に対するその余の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は、第一、二審を通じて、控訴人と被控訴人Y2との間においては、控訴人に生じた費用の二分の一を同被控訴人の負担とし、その余は各自の負担とし、控訴人とその余の被控訴人らとの間においては、全部控訴人の負担とする。
五 この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一控訴の趣旨
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人株式会社伊予銀行は、控訴人に対し、二三三二万八〇〇二円及びこれに対する平成一七年八月一八日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
三(1) 被控訴人Y2は、控訴人に対し、二三三二万八〇〇二円及びこれに対する平成一八年一月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員(ただし、五八三万二〇〇一円及びこれに対する同日から支払済みまで年五分の割合による金員の限度で被控訴人Y3と、一九四万四〇〇〇円及びこれに対する同日から支払済みまで年五分の割合による金員の限度で被控訴人Y4、被控訴人Y5及び被控訴人Y6とそれぞれ連帯して)を支払え。
(2) 被控訴人Y3は、控訴人に対し、被控訴人Y2と連帯して五八三万二〇〇一円及びこれに対する平成一八年一月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(3) 被控訴人Y4、被控訴人Y5及び被控訴人Y6は、控訴人に対し、被控訴人Y2と連帯してそれぞれ一九四万四〇〇〇円及びこれに対する平成一八年一月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四(1) 被控訴人Y2は、控訴人に対し、一三一六万四四三二円及びこれに対する平成一八年一月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員(ただし、三二九万一一〇八円及びこれに対する同日から支払済みまで年五分の割合による金員の限度で被控訴人Y3と、一〇九万七〇三六円及びこれに対する同日から支払済みまで年五分の割合による金員の限度で被控訴人Y4、被控訴人Y5及び被控訴人Y6とそれぞれ連帯して)を支払え。
(2) 被控訴人Y3は、控訴人に対し、被控訴人Y2と連帯して三二九万一一〇八円及びこれに対する平成一八年一月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(3) 被控訴人Y4、被控訴人Y5及び被控訴人Y6は、控訴人に対し、被控訴人Y2と連帯してそれぞれ一〇九万七〇三六円及びこれに対する平成一八年一月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
五 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
六 仮執行宣言
第二事案の概要等
一 事案の骨子
本件は、次の二個の事案から成っている。
その一(控訴の趣旨二、三項)は、亡B(以下「B」という。)の唯一の相続人である控訴人が、被控訴人Y2(以下「被控訴人Y2」という。)及び亡Y1(以下「Y1」という。)は共謀して被控訴人株式会社伊予銀行(以下「被控訴人銀行」という。)のBの預金口座から無権限で預金の払戻しを受けたと主張して、被控訴人銀行に対し、預金返還請求権に基づき、二三三二万八〇〇二円及びこれに対する平成一七年八月一八日(預金返還請求をした日の翌日)から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、被控訴人Y2及びY1に対し、不法行為又は不当利得に基づき(被控訴人Y2については、予備的に受任者としての善管注意義務違反に基づき)、連帯して損害賠償金又は不当利得金二三三二万八〇〇二円及びこれに対する平成一八年一月二一日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
その二(控訴の趣旨四項)は、亡C(以下「C」という。)の唯一の相続人である控訴人が、被控訴人Y2及びY1に対し、被控訴人Y2及びY1は共謀して被控訴人銀行のCの預金口座から無権限で預金の払戻しを受けた上、これをCに無断で費消したなどと主張して、不法行為に基づき、連帯して損害賠償金一三一六万四四三二円及びこれに対する平成一八年一月二一日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
本件訴訟の原審係属中にY1が死亡したため、被控訴人Y2、被控訴人Y3、被控訴人Y4、被控訴人Y5及び被控訴人Y6(以下、これらの被控訴人らを総称して「被控訴人Y2ら」という。)は、相続によりY1の権利義務を法定相続分に応じて承継し、本件訴訟を承継した。
二 前提事実
以下の事実は、当事者間に争いがないか、末尾の括弧内に掲記した証拠等により容易に認めることができる事実である。
(1) 当事者等
ア 当事者等の身分関係の概要は、別紙「親族関係図」記載のとおりである。
以下、別紙「親族関係図」に記載されている者については、姓を省略して、名のみを表記する。
イ Bは、平成九年五月一〇日に死亡し、C及び控訴人が相続によりBの権利義務を各二分の一の割合で承継した。
Cは、平成九年四月一八日から平成一五年一一月一〇日まで、宇摩郡土居町(現在の四国中央市土居町)所在の医療法人誓生会山内病院(以下「山内病院」という。)に入院していたが、平成一五年一二月二〇日に死亡し、控訴人が相続によりCの権利義務をすべて承継した。
したがって、控訴人は、現時点において、B及びCの権利義務をすべて承継している。
ウ Y1は、平成一九年五月一三日に死亡し、被控訴人Y2は二分の一、同Y3は四分の一、同Y6、同Y5及び同Y4は各一二分の一の割合で、それぞれ相続によりY1の権利義務を承継した。
(2) 被控訴人Y2によるB名義の払戻し
ア Bは、平成九年五月一〇日当時、被控訴人銀行川之江支店に次の①ないし⑥の預金を有していた(以下、これらの預金をそれぞれ「普通預金①」などという。)。
①普通預金(口座番号<省略>) 残高三〇八万三〇五〇円
②定期預金(口座番号<省略>) 元金合計三〇〇万円
③定期預金(口座番号<省略>) 元金合計一二〇〇万円
④定期預金(口座番号<省略>) 元金四〇〇万円
⑤定期預金(口座番号<省略>) 元金五〇万円
⑥定期預金(口座番号<省略>) 元金一〇〇万円
イ 被控訴人Y2は、Bの死亡後の平成九年五月一三日から平成一二年二月二八日にかけて、別紙「B解約・払出預金明細」記載のとおり、B名義の預金の払戻しを受けた。その際、被控訴人銀行は、Bが死亡したことを知っていたが、Bの相続に関する戸籍謄本等の提出を求めるなどの調査を行わなかった。
なお、同別紙中の「元利金合計」欄(D)、(E)、(F)及び(G)の払戻分(合計四五〇万〇九二二円)は、いずれも払い戻された日に普通預金①に預け入れられたため、被控訴人Y2が実質的に払戻しを受けた金額は、同別紙中の「総合計」欄記載のとおり、二三三二万八〇〇二円となる。
(3) 被控訴人Y2によるC名義の預金の払戻し等
ア 平成九年五月二九日、Cの年金等の受領のため、被控訴人銀行の金生支店にC名義の普通預金(口座番号<省略>。以下「普通預金⑦」という。)が開設され、一〇〇円が入金された。その後、同預金には、平成九年六月一一日から平成一五年一二月一五日にかけて、愛媛県や川之江市(現在の四国中央市の一部)からCへの年金等が振り込まれた。
普通預金⑦を管理していた山内病院は、平成一一年七月一二日及び平成一三年三月二二日、同預金から別紙「引出一覧表」中の「番号」欄一及び二の各「引出額」欄記載の金員の払戻しを受け、これを被控訴人Y2に交付した。
山内病院は、平成一三年一一月二七日、普通預金⑦に係る預金通帳を被控訴人Y2に交付し、被控訴人Y2は、同年一二月三日から平成一五年一二月一八日にかけて、同預金から別紙「引出一覧表」中の「番号」欄三ないし二六の各「引出額」欄記載の金員の払戻しを受けた。
イ 平成一〇年四月一〇日、被控訴人銀行の川之江支店にC名義の普通預金(口座番号<省略>。以下「普通預金⑧」という。)が開設され、三〇〇万六〇九七円が入金された。被控訴人Y2は、同年九月二九日、同預金を解約し、三〇〇万九一五七円の払戻しを受けた。
(4) 控訴人による預金返還及び遺留分減殺の意思表示
ア 控訴人は、被控訴人銀行に対し、平成一七年八月一七日、被控訴人Y2が払戻しを受けたB名義の預金合計二七八二万九三五二円について、預金の返還を求める旨の意思表示をした。
イ 控訴人は、被控訴人Y2に対し、平成一八年一月二〇日送達の本件訴状をもって、遺留分減殺の意思表示をした。
三 争点
(1) B名義の預金に関する争点
ア 負担付贈与(主位的請求原因に対する抗弁一)の有無
イ 死後の事務処理の委任(主位的請求原因に対する抗弁二)の有無
ウ 控訴人の遺留分(抗弁一を前提とする予備的請求原因)の額
エ 遺留分減殺請求権の時効消滅(予備的請求原因に対する抗弁)の当否
オ 損害額
(2) C名義の預金に関する争点
ア 普通預金⑧の帰属
イ 負担付贈与(抗弁一)の有無
ウ 死後の事務処理の委任(抗弁二)の有無
エ 損害額
四 争点についての当事者の主張
(1) B名義の預金について
ア 負担付贈与の有無
【被控訴人銀行の主張】
Bは、平成九年五月二日ころ、被控訴人Y2に対し、Bの葬儀等とCの存命中の世話をすることを内容とする負担付で、B名義の預金を死因贈与した。したがって、被控訴人Y2がB名義の預金を払い戻した時点では、それらの預金はいずれも被控訴人Y2に帰属していた。
【被控訴人Y2らの主張】
Bは、平成九年五月二日ころ被控訴人Y2に対し、B及びCの生前及び死亡後の一切の事務を行うことを委託するとともに、その対価又は報酬として、①Bの財産を負担付贈与し、又は②Cの死亡時に財産が残存していた場合における当該財産を負担付贈与した。
【控訴人の主張】
Bが同人名義の預金を被控訴人Y2に負担付贈与したとの主張は否認する。
イ 死後の事務処理の委任の有無
【被控訴人銀行の主張】
仮に、上記死因贈与の主張が認められないとしても、Bは、平成九年五月二日ころ、被控訴人Y2に対し、B名義及びC名義の預金通帳と銀行印等を渡して、Bの葬儀等とCの存命中の世話をすることを委託し、その事務を履行するためのB名義の預金の管理処分権を与えた。したがって、被控訴人Y2は、Bの死亡後においても、上記委任事務の履行のために、B名義の預金の払戻しを受ける権限を有していた。
【被控訴人Y2らの主張】
Bは、平成九年五月二日ころ、被控訴人Y2に対し、B及びCの生前及び死亡後の一切の事務を行うことを委託した。同委任契約では、Cの死亡まで契約が継続するものとされ、Bの死亡によっては契約が終了しないことが合意されていた。
【控訴人の主張】
Bと被控訴人Y2との間で上記委任契約が成立したことは否認する。
仮に、上記委任契約の成立が認められるとしても、その事務の内容は、Bの入院費及び葬式費用の支払とB名義の預金のCへの引継ぎの限度で認めるのが合理的であり、葬儀費用として必要な額である三五〇万円を超える預金の解約、払戻しは代理権の濫用に当たる。
仮に、上記委任契約が成立し、委任に係る事務処理が終了していないとされるのであれば、民法六五一条、五四一条に基づき上記委任契約を解除する。
ウ 控訴人の遺留分の額
【控訴人の主張】
Bが死亡した時点におけるBの財産は、次のとおりである。
(ア) 不動産 固定資産評価額合計三三九万七九八三円
①四国中央市a町○○の土地建物(控訴人が取得)
②四国中央市b町△△の建物(控訴人が取得)
(イ) B名義の預金 二三六二万五六七四円(被控訴人Y2が負担付贈与を受けたと主張するもの)
したがって、遺留分算定の基礎となる相続財産の額は、二七〇二万三六五七円となる。控訴人の遺留分割合は四分の一(六七五万五九一五円)であるから、控訴人は、被控訴人Y2に対し、遺留分として三三五万七九三二円(六七五万五九一五円-三三九万七九八三円)の支払を請求することができる。
【被控訴人Y2らの主張】
控訴人の主張(ア)①は認め、同②及び(イ)は不知。
B名義の預金の贈与は負担付であるから、預金額から将来の事務処理に要する費用並びに過去及び将来の報酬を控除すべきであるところ、これらを控除すれば、控訴人に遺留分は存しない。
エ 遺留分減殺請求権の時効消滅の当否
【被控訴人Y2らの主張】
控訴人の遺留分減殺の意思表示は、相続開始時から一年以上が経過してされたものであるから、遺留分減殺請求権は時効により消滅した。
被控訴人Y2らは、控訴人に対し、平成二一年九月九日の当審弁論準備手続期日において、上記時効を援用する旨の意思表示をした。
【控訴人の主張】
控訴人がBの被控訴人Y2に対する負担付贈与を知ったのは、被控訴人Y2ら代理人から平成一七年二月二日付け「御連絡」と題するファックス文書を受領した時であるから、控訴人の遺留分減殺請求権は時効により消滅していない。
また、被控訴人Y2は控訴人の問合せに対して不誠実な説明に終始し、負担付贈与の事実を秘匿し続けたものであるから、被控訴人Y2らが時効を援用することは、権利の濫用に当たり許されない。
オ 損害額
【控訴人の主張】
被控訴人Y2及びY1は、被控訴人銀行から実質的に払戻しを受けた二三三二万八〇〇二円を不法に領得し、控訴人に同額の損害を与えた。
【被控訴人Y2らの主張】
上記金員は、水道光熱費、病院関係費、葬式関係費、租税公課、Cの小遣い、家屋改築修理費、交際接待費、生活費、雑費として、いずれもB又はCのための費用に充てられた。
(2) C名義の預金について
ア 普通預金⑧の帰属
【控訴人の主張】
C名義の普通預金は、普通預金⑧を含め、いずれもCに帰属する。
【被控訴人Y2らの主張】
C名義の普通預金⑧は、B名義の定期預金③を解約した金員をもって開設されたものであり、Bの財産として管理されていた。
イ 負担付贈与の有無
【被控訴人Y2らの主張】
(ア) Bは、平成九年五月二日ころ、被控訴人Y2に対し、B及びCの生前及び死亡後の一切の事務を行うことを委託するとともに、その対価又は報酬として、①Cの財産を負担付贈与し、又は②Cの死亡時に財産が残存していた場合における当該財産を負担付贈与した。
(イ) Cは、精神病のため自己の財産を管理することができず、その管理をすべてBに委ねていたから、BがCの財産を合理的な方法で管理することについて、従前から黙示的に同意していたものとみるべきである。したがって、BがCの将来を慮って被控訴人Y2にCの財産を負担付贈与したことについては、Cの黙示的又は推定的な同意があったものである。
【控訴人の主張】
BがC名義の預金を被控訴人Y2に負担付贈与したことは否認する。
ウ 死後の事務処理の委任の有無
【被控訴人Y2らの主張】
(ア) Bは、平成九年五月二日ころ、被控訴人Y2に対し、Bの死亡後においてCの財産の管理及び身の回りの世話その他一切の事務を行うことを委託した。同委任契約では、Cの死亡まで契約が継続するものとされ、Bの死亡によっては契約が終了しないことが合意されていた。
(イ) Cは、精神病のため自己の財産を管理することができず、その管理をすべてBに委ねていたから、BがCの財産を合理的な方法で管理することについて、従前から黙示的に同意していたものとみるべきである。したがって、BがCの将来を慮って被控訴人Y2にCの財産の管理を委託したことについては、Cの黙示的又は推定的な同意があったものである。
【控訴人の主張】
(ア) Bと被控訴人Y2との間で上記委任契約が成立したことは否認する。
また、Cは精神病のため意思能力を欠いていたから、黙示的又は推定的な同意は無効である。
(イ) 仮に、上記委任契約が成立し、委任に係る事務処理が終了していないとされるのであれば、民法六五一条、五四一条に基づき上記委任契約を解除する。
エ 損害額
【控訴人の主張】
被控訴人Y2及びY1は、普通預金⑦につき山内病院から交付を受け、又は被控訴人銀行から払戻しを受けた別紙「引出一覧表」中の各「引出額」欄記載の金員の合計額一一三二万三八二五円のうち各「請求額」欄記載の金員の合計額一〇一五万五二七五円と、普通預金⑧につき被控訴人銀行から払戻しを受けた三〇〇万九一五七円の総額である一三一六万四四三二円をCに無断で費消し、Cに同額の損害を与えた。
【被控訴人Y2らの主張】
上記金員は、水道光熱費、病院関係費、葬式関係費、租税公課、Cの小遣い、家屋改築修理費、交際接待費、生活費、雑費として、いずれもCのための費用に充てられた。
第三当裁判所の判断
一 認定事実
前記前提事実並びに《証拠省略》を総合すると、以下の事実を認めることができる。
(1) 被控訴人Y2は、Bの姉Dの四女で、幼いころからBに可愛がられ、Bの世話でY1と結婚した。Y1と被控訴人Y2が宇摩郡b村(現在の四国中央市b町)で生活していた時期には、Bは隣家で生活しており、その後に被控訴人Y2が川之江市(現在の四国中央市a町)で生活を始めると、Bも同市内の市営住宅に転居してくるなど、被控訴人Y2とBは親密な関係を維持していた。
(2) 控訴人の母Eは、控訴人の出生の約一年後の昭和五一年二月、控訴人の父Fと離婚した。控訴人の親権者となったEは、大阪府高槻市内の実家に戻り、健康保険組合に勤務しながら、控訴人を育てた。Fは、教員を務めており、離婚後も時々控訴人に会いに来ていたが、昭和五七年二月に死亡した。Fの死亡退職金約三一〇万円は、Fの唯一の相続人である控訴人が受領した。
控訴人及びEとB及びCとは、Fの死亡後も、手紙や写真のやり取り、入学祝いやお年玉等の送金などの交流があり、昭和六二年三月には、E、控訴人、B及びCの四人で四国内を小旅行したこともあった。しかし、その交流はさほど親密なものとはいい難く、平成九年五月にBが死亡した際には、控訴人が香典を送付して弔電を打ったものの、控訴人側の関係者で葬儀に出席した者はいなかった。
(3) Bの一人娘のCは、大学を卒業したころ統合失調症を発症して、入退院を繰り返しており、平成五年以降では、①同年四月八日から同年六月一四日まで、②平成六年一二月二日から平成七年三月三一日まで、③平成八年一二月一三日から平成九年四月七日まで、いずれも山内病院に入院していた。専ら独りでCの世話をしていたBは、同月一八日、Cが山内病院に医療保護入院すると、自らも山内病院に入院した。
(4) 入院後も体調の悪かったBは、平成九年五月初めころ、見舞いに訪れた被控訴人Y2に対し、自分の葬式とCの世話をしてほしいと頼んで、B名義の普通預金①及び定期預金②ないし⑥の通帳類と印鑑を渡した。
(5) 被控訴人Y2は、平成九年五月一〇日にBが死亡すると、Bの葬儀等を執り行った。そして、被控訴人銀行の元行員のGを介して、被控訴人銀行にB名義の定期預金の中途解約を依頼した上、同年五月一三日、被控訴人銀行川之江支店を独りで訪れ、同支店の次長に対し、BにはCのほかに身寄りがおらず、預金その他の財産の管理をすべて自分が任されていること、葬式等の費用が必要であることなどを説明して、定期預金②、⑤及び⑥を中途解約し、預金の払戻しを受けた。被控訴人Y2は、これらの定期預金から払戻しを受けた金銭をもって、葬式等の費用に充てた。
その後も被控訴人Y2は、別紙「B解約・払出預金明細」記載のとおり、B名義の預金の払戻しを受けた。
(6) 山内病院の担当者は、Cに支給されるべき遺族共済年金の申請手続を行い、平成九年五月二九日、年金等の受領のため、被控訴人銀行の金生支店にC名義の普通預金⑦を開設した。その後、同預金には、同年六月一一日から平成一五年一二月一五日にかけて、愛媛県や川之江市からCへの年金等が振り込まれた。山内病院の担当者は、普通預金⑦の通帳を管理し、Cの入院費と小遣いに充てる金銭を定期的に払い戻していたが、平成一一年七月一二日及び平成一三年三月二二日、Cのための立替金があるとする被控訴人Y2の要求を受けて、同預金から別紙「引出一覧表」中の「番号」欄一及び二の各「引出額」欄記載の金員の払戻しを受け、これを被控訴人Y2に交付した。
山内病院の担当者は、同年一一月二七日、同通帳を被控訴人Y2に交付し、以後、被控訴人Y2は、同預金から別紙「引出一覧表」中の「番号」欄三ないし二六の各「引出額」欄記載の金員の払戻しを受けた。被控訴人Y2は、同通帳の交付を受けてから、同通帳等から払い戻した金銭等をもって、Cの入院費や小遣いに充てた。
(7) Cは、平成九年四月一八日から平成一五年一一月一〇日まで、山内病院に継続して入院していたが、同日、公立学校共済組合四国中央病院に転院し、同年一二月二〇日に死亡した。
二 事実認定の補足説明
(1) 被控訴人Y2本人は、B名義の通帳と印鑑を受け取った時の状況について、①Bが死亡する少し前に、Bから、B名義の通帳と印鑑を渡され、「葬式から何からして欲しい。Cの世話をして欲しい。被控訴人Y2しか頼む人がいない。」旨頼まれた、②その際、「残った分は被控訴人Y2にあげるから。控訴人にはFが亡くなった時に退職金を渡しているので関係ない、かたを付けている。」旨の説明を受けた旨供述する。
(2) 上記供述のうち①については、上記一で認定したとおり、Bと被控訴人Y2が親密な関係にあり、他方でBと控訴人とはさほど親密な関係にはなかったこと、Bの死亡後被控訴人Y2はBの葬儀等を執り行い、Cの死亡までその世話をしたことなどを考慮すると、その供述内容が実状に合致しているところから、信用することができる。
しかし、上記②の供述については、file_5.jpgFの退職金の支払を受ける権利を有する者はFの唯一の相続人である控訴人のみであるから、控訴人がFの退職金を受領したことは法律上当然のことであり、また、控訴人に対する退職金の支払にBが関与した形跡は証拠上見当たらないこと、file_6.jpg被控訴人Y2がBから上記依頼を受けた平成九年五月当時、Cはいまだ五六歳で統合失調症以外に特に健康面の問題があった様子はうかがわれず、他方で被控訴人Y2はCよりも一二歳年上で、上記当時既に健康面の問題もあったことからすると、Bが被控訴人Y2に対してCが死亡した時点での残金を被控訴人Y2に贈与する旨述べるのは不合理かつ不自然であることなどに照らすと、たやすく信用することができず、他にこれを裏付ける的確な証拠もないから、採用することができない。
三 B名義の預金の負担付贈与について
上記二において判示したとおり、Bから預金の負担付贈与を受けたとする趣旨の被控訴人Y2の供述は採用することができず、他に被控訴人らの主張を認めるに足りる証拠はないから、B名義の預金の負担付贈与に関する被控訴人らの主張はいずれも採用しない。
四 B名義の預金の死後の事務処理の委任について
上記一において認定したところによれば、Bは、被控訴人Y2にB名義の通帳類と印鑑を渡して、Bの葬儀等と将来にわたってCの世話をすることを委託し、これを了解した被控訴人Y2に対して、上記事務を履行するためにB名義の預金全部について払戻等を行うことができる管理処分権を与えたものと認められる。そして、上記事務の内容に照らすと、当該委任契約においてはBの死亡によっては契約が終了しないことが合意されていたものと認めるのが相当である。
五 控訴人の被控訴人銀行に対する預金返還請求権の存否について
上記四によれば、被控訴人Y2はB名義の預金の管理処分権を有しており、上記預金の全部について払戻しを受ける権限があるから、被控訴人Y2の要求に応じて被控訴人銀行が上記預金の払戻しをしたことによって、上記預金債権はすべて消滅している。
したがって、控訴人の被控訴人銀行に対する預金返還請求は理由がない。
六 B名義の預金に関する被控訴人Y2らの責任について
上記四によれば、被控訴人Y2はBからの委託の趣旨に従い、善良な管理者としての注意義務をもって、B名義の預金を管理すべき義務がある。
被控訴人Y2は、B名義の預金の払戻金はC名義の預金の払戻金と渾然一体として管理され、水道光熱費、病院関係費、葬式関係費、租税公課、Cの小遣い、家屋改築修理費、交際接待費、Cの生活費、雑費として、いずれもB又はCのための費用に充てられたと主張するが、《証拠省略》によれば、B名義の預金からの正当な支出として認められる額は、次のとおり四四五万五〇四一円のみである。
(1) Cの病院関係費(平成九年五月一九日支払分) 四万五四三〇円
(2) Bの葬式関係費 三二六万四六四七円
内訳については、別紙「B葬式関係費一覧」記載のとおり
(3) 軽自動車税(平成九、一一年度) 二一〇〇円
(4) 固定資産税(平成一一年度) 四四〇〇円
なお、平成一二年度以降の固定資産税については、山内病院においてCのための保管金から納付された。
(5) Cの国民健康保険料(平成九年度第五期) 二六〇〇円
なお、平成一一年度以降の国民健康保険料については、同年度第三期ないし第一〇期分も含めて、山内病院においてCのための保管金から納付された。
(6) Bの市県民税(平成九年度) 一万三八〇〇円
(7) Cの国民年金保険料(平成一〇年三月分) 一万二八〇〇円
(8) 電話料金(平成九年六月分、一一年一月分) 三三八〇円
なお、平成九年五月分まで、同年七月分から平成一〇年一二月分まで、平成一一年二月分から六月分までの電話料金はB名義の普通預金①から、同年七月分以降の電話料金はC名義の普通預金⑦から、それぞれ引き落とされた。
(9) 家屋改築修理費(b土地年貢) 四〇万円
(10) 交際接待費 五一万七〇三三円
(11) Cの生活費 一八万八八五一円
内訳については、別紙「C生活費一覧」記載のとおり
(12) 上記合計 四四五万五〇四一円
したがって、被控訴人Y2が実質的に払戻しを受けた金額二三三二万八〇〇二円から四四五万五〇四一円を差し引いた一八八七万二九六一円について、被控訴人Y2は控訴人に対する損害賠償義務を負う。
なお、控訴人は、被控訴人Y2とY1が共謀の上、上記金員を払い戻したと主張するが、かかる共謀の事実を認めるに足りる証拠はないから、被控訴人Y2以外の被控訴人Y2らは、控訴人に対して損害賠償義務を負わない。
さらに、控訴人は、不法行為に基づく損害賠償請求と並んで、不当利得の返還及び被控訴人Y2に対する善管注意義務違反による損害賠償も選択的に求めているが、既に説示したところによれば、不当利得額及び善管注意義務違反による損害額が上記賠償額を超えるものでないことは明らかである。
七 C名義の普通預金⑧の帰属について
前記前提事実のとおり、被控訴人Y2は平成一〇年四月一〇日に被控訴人銀行の川之江支店のB名義の定期預金③の一部を解約し、三〇〇万六〇二九円の払戻しを受けたこと、同支店のC名義の普通預金⑧は同日に上記払戻額とほぼ同額の三〇〇万六〇九七円の入金をもって開設されたものであることからすると、C名義の普通預金⑧はB名義の定期預金③を預け替えしたものであると認められる。
したがって、被控訴人Y2がC名義の普通預金⑧を解約してその払戻金を取得したことによる損害は、B名義の定期預金③の払戻金の取得による損害と別個の損害に当たるものではない。
八 C名義の預金の負担付贈与について
C名義の普通預金⑦は、Cの年金等の受領のため、Bの死亡後の平成九年五月二九日に山内病院担当者によって開設され、その後、同年六月一一日から平成一五年一二月一五日にかけて、愛媛県や川之江市からCへの年金等が振り込まれたものであることは前記認定事実のとおりであるから、Bが被控訴人Y2に対して普通預金⑦を負担付贈与したとする被控訴人Y2らの主張は、その前提において失当であり、採用することができない。
九 C名義の預金の死後の事務処理の委任の有無について
被控訴人Y2らは、Cは精神病のため自己の財産を管理することができず、その管理をすべてBに委ねていたから、BがCの財産を合理的な方法で管理することについて、従前から黙示的に同意していたものとみるべきであると主張する。
しかしながら、被控訴人Y2らも主張するように、Cは、精神病のため自己の財産を管理することができないのであるから、自己の財産の管理について有効な意思表示をする能力が存在したと認めるのは疑問であり、この点も考慮に入れると、Bが被控訴人Y2に対してCの財産の管理を委託することについて、Cが事前に黙示的に同意していたと認めることは困難である。
したがって、被控訴人Y2は、C名義の普通預金⑦について、事務管理者として、その事務の性質に従い、本人であるCの利益に最も適合する方法によって、その事務の管理をしなければならないことになり、これを自らのために費消することは許されないことになる(民法六九七条一項。)
一〇 C名義の預金に関する被控訴人Y2らの責任について
被控訴人Y2は、別紙引出一覧表記載のとおり、C名義の普通預金⑦から合計一一三二万三八二五円を払い戻したものであるが、控訴人は、このうち一〇一五万五二七五円が被控訴人Y2によってCに無断で費消されたものであると主張する。
他方で、被控訴人Y2らは、C名義の預金の払戻金はB名義の預金の払戻金と渾然一体として管理され、水道光熱費、病院関係費、葬式関係費、租税公課、Cの小遣い、家屋改築修理費、交際接待費、Cの生活費、雑費として、いずれもB又はCのための費用に充てられたと主張する。
そこで、被控訴人Y2らの上記主張について検討するに、このうち、Bの葬式関係費、租税公課、家屋改築修理費、交際接待費及びCの生活費については、その使途や金額、支出の時期等にかんがみると、上記六において判断した額の限度において、B名義の預金からの正当な支出として認めるのが相当であり、C名義の預金からの正当な支出とは認めることができない。
水道光熱費は、すべて普通預金⑦からの自動引落しとされていて、被控訴人Y2による上記払戻金が充てられていないことは同預金口座の取引履歴からも明らかであり、また、雑費については、支出を認めるに足りる的確な証拠が皆無であるから、いずれも上記払戻金からの正当な支出と認めることはできない。さらに、Cの小遣いについても、山内病院に入院中のCの生活費が、同病院においてCのため保管されていた金銭から支出されていたことは、その収支明細の記載から明らかであって、それ以外に被控訴人Y2がCに定期的に小遣いを渡していたとは考え難い上、これを認めるに足りる的確な証拠も皆無であるから、Cの小遣いを上記払戻金からの正当な支出と認めることはできない。
病院関係費については、普通預金⑦からの払戻金のうち、病院関係費に充てられたことが明らかであるもの(例えば、平成一三年一二月一七日に同預金から払い出された一一万七九二〇円は、その全額が翌一八日に山内病院に入金されているから、病院関係費に充てられたことが明らかといえる。)は、そもそも控訴人の被控訴人Y2らに対する請求の対象には含められておらず、被控訴人Y2らが主張する病院関係費のうち平成一三年一一月から平成一五年一二月までに山内病院に支払われた分は、病院関係費に充てられたことが明らかであるとして請求の対象から除外された払戻金に関する支出である。さらに、《証拠省略》によれば、乙五の三一ないし三四、三八の領収書等に係る支出は、山内病院の保管金から支出されたことが認められるから、控訴人が請求の対象とする払戻金一〇一五万五二七五円から控除すべき病院関係費は、九四万八〇三八円と認めるのが相当である。なお、《証拠省略》によれば、Cの医療費については高額療養費の払戻金が公費から支払われているが、各医療費に対応する高額療養費の払戻額は証拠上判然としないので、この点は考慮しない。
Cの葬式関係費については、《証拠省略》によれば、次のとおり、合計八四万五八七〇円をC名義の預金からの正当な支出と認めるのが相当である。
① 吉祥院宅善寺 五五万円
② プリエール川之江 二四万六六七〇円
③ 寿司割烹細川 四万九二〇〇円
したがって、上記一〇一五万五二七五円から正当な支出として控除するのが相当と認められる病院関係費九四万八〇三八円及びCの葬式関係費八四万五八七〇円の合計額一七九万三九〇八円を控除した後の残額である八三六万一三六七円について、被控訴人Y2は、控訴人に対する損害賠償義務を負う。
なお、控訴人は、被控訴人Y2とY1が共謀の上、上記金員を払い戻したと主張するが、かかる共謀の事実を認めるに足りる証拠はないから、被控訴人Y2以外の被控訴人Y2らは、控訴人に対して損害賠償義務を負わない。
一一 まとめ
以上によれば、控訴人は、被控訴人Y2に対して合計二七二三万四三二八円の損害賠償請求権を有しているが、その余の被控訴人らに対しては何らの請求権を有さない。
第四結論
よって、上記第三の一一の判断に従って原判決を変更することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 杉本正樹 裁判官 市原義孝 佐々木愛彦)
別紙 親族関係図《省略》
別紙 B 解約・払出預金明細<省略>
別紙 引出一覧表<省略>
別紙 B葬式関係費一覧<省略>
別紙 C生活費一覧<省略>