高松高等裁判所 平成21年(ネ)103号 判決 2010年3月12日
控訴人
X1
控訴人
X2
上記両名訴訟代理人弁護士
在間秀和
同
平方かおる
同
村本純子
同
井上健策
被控訴人
西日本電信電話株式会社
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
高坂敬三
同
夏住要一郎
同
田辺陽一
同
加賀美有人
同
嶋野修司
主文
1 本件控訴及び当審における控訴人らの追加請求をいずれも棄却する。
2 控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,控訴人X1に対し,651万9092円及びこれに対する平成19年5月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被控訴人は,控訴人X2に対し,851万8794円及びこれに対する平成20年5月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
5 第2項及び第3項につき仮執行宣言
第2事案の概要
1 本件は,被控訴人に雇用されていた控訴人らが,被控訴人において定年とされている60歳を迎え,退職するに至ったことに関し,被控訴人が高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(以下「高年法」という。)9条1項に基づき控訴人らの定年後の雇用を確保すべき義務を負っていたにも関わらず,かかる義務に違反して何らの措置も採らず,控訴人らを定年退職させたことなどが債務不履行又は不法行為に該当するとして,被控訴人に対し,損害賠償請求として,控訴人X1が651万9092円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成19年5月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め,控訴人X2が851万8794円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成20年5月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
原審は,控訴人らの請求をいずれも棄却したため,これを不服として控訴人らが控訴するとともに,被控訴人における定年退職者の再雇用制度の廃止は就業規則の不利益変更に該当し,控訴人らの再雇用を受ける権利を侵害する債務不履行又は不法行為に該当するとして,被控訴人に対し,上記と同額の損害賠償の請求を選択的に追加し,上記第1のとおりの判決を求めた。
2 本件における前提事実,争点及び争点に対する当事者の主張は,次のとおり補正し,後記3のとおり当審における当事者の追加主張(追加請求)を付加するほか,原判決「事実及び理由」第2の1ないし3のとおりであるから,これを引用する。
原判決5頁22行目の末尾に改行の上,「なお,勤務地が府・県内に限定されない点は,従来からの就業規則に基づくものであって,制度導入に伴い変更されたものではない。」を加える。
3 当審における当事者の追加的主張(追加請求)
(控訴人ら)
被控訴人の前身であるNTTは平成10年12月25日にキャリアスタッフ就業規則を制定し,平成11年4月1日からキャリアスタッフ制度を導入し,NTTを引き継いだ被控訴人は平成14年5月1日同制度を廃止した。同制度は,定年年齢と年金受給開始年齢との間隙を埋め,その間の労働者の生活の糧を保証するという社会的要請に応えるものであり,控訴人らはこれによって65歳になった年度の年度末まで被控訴人で雇用されるはずであったのであって,同制度の廃止は,就業規則の変更による労働条件の不利益変更に該当する。
就業規則の不利益変更については,労働契約法10条に定める,変更後の就業規則を労働者に周知させていること,就業規則の変更が,労働者の受ける不利益の程度,労働条件の変更の必要性,変更後の就業規則の内容の相当性,労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは一方的な不利益変更も許されるが,本件においては,これらの要件は充足しない。なお,控訴人らが,キャリアスタッフ制度の廃止について同意したことはない。
控訴人らは,キャリアスタッフ制度が存在すれば,65歳を迎えるまでの間にそれぞれ1年当たりほぼ金200万円の賃金を得られたはずであり,同制度の廃止によって被った不利益は賃金に限っても金1000万円に上り,莫大な損害を被った。その一方で,被控訴人は,同制度の廃止に何の代償措置も設けなかったし,何らかの労働条件の改善をした訳でもない。また,被控訴人において同制度の廃止の必要性があったとは考えられない。同制度では,スタッフの給料は定年までの正社員の給料と比して極めて低く抑えられていたし,被控訴人としては,仕事に熟練した労働者に低賃金で従来どおり仕事をしてもらえたのであるから,メリットこそあれ,デメリットはない。そして,平成14年の被控訴人の構造改革に伴い,多くの社員がOS会社に転籍した結果,60歳定年後に同制度の適用を受ける社員数は大幅に減少しているのであるから,財政上の必要性はない。
また,被控訴人は,キャリアスタッフ制度の廃止に当たり,控訴人らが所属する徳島地域合同労組及び四国電通合同労組に対して,何ら説明も行わず,交渉も行っていない。
社会一般の状況としても,高年法の改正により65歳までの雇用保障が義務付けられているなど時代の要請があるのだから,この要請に応えるものであったキャリアスタッフ制度を廃止することは望ましいことではなく,むしろ時代の趨勢に逆行するものであったといわざるを得ない。
このように,キャリアスタッフ制度の廃止は,就業規則の一方的変更による労働条件の不利益変更の要件を満たさないものであって,無効であるから,控訴人らは,定年を迎えた後も被控訴人に再雇用される権利があった。しかし,被控訴人は,控訴人らを再雇用しなかったのであるから,これは債務不履行に当たる。また,被控訴人が違法に同制度を廃止したため,控訴人らに同制度が適用されなくなり,控訴人らの権利が侵害されたのであるから,不法行為に該当する。
控訴人らは,これらの債務不履行及び不法行為の主張を,高年法違反に基づく債務不履行及び不法行為に基づく主張と並列的に主張する。
(被控訴人)
キャリアスタッフ制度の廃止は,労働条件の不利益変更の問題に該当しない。労働条件の不利益変更の問題とは,就業規則の作成又は変更によって労働者の既得の権利を奪い,あるいは労働者に不利益な労働条件を課すことの是非の問題であり,そこでいう労働条件とは,基本的には労働基準法15条ないしは同法89条にいう賃金,労働時間,その他の労働条件を指すものというべきである。
キャリアスタッフ制度は,定年退職後の再雇用制度であるから,労働基準法15条ないしは同法89条にいう労働条件に当たらないことはいうまでもない。退職した後の再雇用制度の制定・廃止は,在職中の労働条件とは別次元の話であって,被控訴人の雇用政策の問題として,専ら経営判断の世界の中で,基本的には被控訴人の置かれた状況の下で,裁量の範囲で自由になし得るところである。
キャリアスタッフ制度は,毎年3月末日をもって定年退職する者に,希望すれば再雇用の機会を与えるというものであって,年度末で定年を迎える退職予定者に,予めキャリアスタッフとしての再雇用条件や勤務地,業務内容を示して募集案内を行い,これに応募してきた者に対し,その希望を斟酌しつつ採用の可否,配属先,業務内容を決定していた。キャリアスタッフとして再雇用された場合に,定年退職前の労働条件とは異なることになるのは当然であるし,業務場所や業務内容も異なる場合があるし,応募したとしても一定の条件に該当した場合には採用されないこともある。このように従前の同制度は本人からの応募行為と被控訴人の採用決定という手続を経るのであり,あくまで被控訴人には採用の自由が留保されており,希望すれば誰でもが希望どおりの職場で従前どおりの労働条件で定年退職後もそのまま働き続けられる制度ではなく,定年退職予定者に何らかの既得の権利を保障したものでは全くない。当該制度を廃止したとしても,従業員の既得の権利を奪うものではないから,労働条件の不利益変更に該当せず,これが無効となることはない。
ちなみに,被控訴人のキャリアスタッフ制度の廃止は構造改革の一環であって,構造改革により導入された退職再雇用制度により地域会社へ再雇用された者には当該地域会社で65歳まで勤務できるスキームが用意されているのであるから,実質的な不利益は全くない。また,同制度の廃止は,控訴人らが所属するそれぞれの労働組合にも提案しているし,被控訴人の企業内の最大労組であるNTT労働組合の同意を得ている。
第3当裁判所の判断
1 当裁判所も,控訴人らの請求はいずれも棄却すべきものと判断する。その理由は,後記2のとおり補正し,後記3のとおり当審における当事者の追加的主張(追加請求)に対する判断を付加するほか,原判決「事実及び理由」第3のとおりであるから,これを引用する。
2 原判決20頁10行目の「あくまで」から15行目の末尾までを次のとおりに改める。
「あくまで地域会社に転籍した上で,65歳までの再雇用の機会を付与する制度であり,被控訴人自体における60歳以後の継続雇用ではないこと,60歳の定年を前に被控訴人を退職し地域会社に転籍することにより賃金が20ないし30パーセント低下すること,地域会社における定年後の労働契約は1年間の雇用期間が定められ年金支給開始年齢までの雇用が無条件には保証されていないことが認められることから,控訴人らは,これらの点において,本件制度が高年法9条1項2号に定める雇用継続に該当しない旨を主張する。」
原判決20頁16行目の「しかし,」の次に「まず,転籍の点については,」を加える。
原判決20頁21行目の「また,」から25行目の末尾までを削る。
原判決21頁3行目の「被告と密接な関係を有しており」を「その業務の内容も,被控訴人がそれまで自ら行っていた業務を地域会社に委託し,地城会社において実施するものであること,本件制度自体が被控訴人の構造改革に伴い導入されるものであって,繰延型又は一時金型を選択することにより,60歳の定年後の再雇用の機会が付与されることからすると,被控訴人と地域会社との間においては,資本的にもその業務の内容としても密接な関係を有する中で,NTT西日本グループ一体として本件制度による継続雇用制度を採用したものであるから」に改める。
原判決21頁4行目の「また,」から9行目の「いえない。」までを次のとおりに改める。
「次に,繰延型又は一時金型を選択した場合における賃金の低下の点について,本件制度の導入は,被控訴人が,平成11年7月の設立以後,同業他社との熾烈なシェア争い等のほか,携帯電話の急速な普及,電子メール等の普及による音声通話の減少などの影響による経常利益の悪化等の事情から,事業構造を大きく転換させる方針の下,抜本的な経営改善施策として,業務の大部分を地域会社にアウトソーシングするとともに,従来の人事処遇体系を抜本的に見直し,雇用形態・処遇体系の多様化を図るという構造改革の一環として導入されたものであって(<証拠省略>,弁論の全趣旨),本件制度自体,被控訴人の従業員のうちの労働組合員となり得る者の98.9パーセントの従業員で組織されるNTT労働組合との間で合意が成立していること,地域会社に転籍した後における60歳定年までの賃金は当該地域会社の所在地の地場賃金の水準を下回るものではないように設定されている上(<証拠省略>,弁論の全趣旨),地域会社における退職金等において激変緩和措置等の一定の措置が採られており,他方では,勤務地がそれまでと異なり限定されるといった利点もあることを考慮すると(上記第2の2引用に係る原判決「事実及び理由」第2の1(3),(4)(本判決による補正後のもの),<証拠省略>,弁論の全趣旨),総所得が低下する場合があることによって本件制度そのものが合理性を欠き,上記の高年法9条の趣旨に反することになるとはいえない。」
原判決22頁20行目の「認められず,」から22行目の「解されるから」までを「認められない。また,本件制度が客観的に高年法9条1項2号の雇用継続制度に該当するといえる以上,本件制度の導入の目的がその判断に影響を及ぼすものではないから」に改める。
3 当審における当事者の追加的主張(追加請求)に対する判断
控訴人らは,上記第2の3(控訴人ら)のとおり主張する。
しかし,キャリアスタッフ制度の廃止は,定年退職者の再雇用という被控訴人における一定の種類の従業員の雇用制度を廃止するものであって,被控訴人の「社員」(被控訴人の就業規則上,被控訴人に常時勤務するものであって,期間を定めて雇用される者以外の者をいう。控訴人らはこれに該当する。<証拠省略>,弁論の全趣旨)の労働条件に直接影響を及ぼすものではない。定年退職者を対象とする雇用制度を設けるか否か,設けた揚合のその内容については,高年法9条に反しない限り(なお,本件制度が高年法9条に反するものではなく,同条1項2号に該当すると認められることは上記のとおりである。),被控訴人の広範な裁量によって定めるべき事項であり,被控訴人が,キャリアスタッフ就業規則を定めていたことにより,控訴人ら「社員」に,被控訴人に対する定年退職後も再雇用を求める就業規則上の権利が生じていたとは考えられず,被控訴人に控訴人らを定年退職後再雇用すべき義務が生じていたとも認められない。
また,この点を措くとしても,上記1引用に係る原判決「事実及び理由」第3の2(3)(本判決による補正後のもの)のとおり,キャリアスタッフ制度の廃止は,被控訴人の構造改革の一環として,本件制度の導入と同時に実施されたものであって,本件制度導入の必要性があること,また,この導入に当たって被控訴人の従業員のうちの労働組合員となり得る者の98.9パーセントの従業員で組織されるNTT労働組合との間で合意が成立していること,同制度廃止と同時に導入された本件制度において,社員にはいかなる形態の就業するかの選択の機会があり,繰延型又は一時金型を選択したことにより地域会社に転籍した後における60歳定年までの賃金が20ないし30パーセント低下することになったとしても,低下後の賃金も当該地域会社の所在地の地場賃金の水準を下回るものではないように設定されているほか,地域会社における退職金等において激変緩和措置等の一定の措置が採られ,勤務地がそれまでと異なり限定されるなどの利点も存在すること等不利益の程度も著しいものではないことを考慮すると,同制度の廃止は合理性を有するものであったということができる。
以上のとおり,キャリアスタッフ制度の廃止によって,被控訴人が控訴人らに対する債務を履行せず,また,控訴人らの権利を侵害したものということはできないから,控訴人らの上記主張は採用できない。
4 控訴人らは,そのほか種々主張するが,その主張内容にかんがみ,証拠関係に照らして検討しても,上記認定判断を左右するに足りる事由は見当たらない。
5 以上によれば,原判決は相当であり,本件控訴及び当審における控訴人らの追加請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 矢延正平 裁判官 釜元修 裁判官 金澤秀樹)