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高松高等裁判所 平成21年(ネ)438号 判決 2010年11月26日

控訴人(1審被告)

甲野春子

同訴訟代理人弁護士

木村清志

同訴訟復代理人弁護士

平田俊介

被控訴人(1審原告)

甲野夏男

同訴訟代理人弁護士

島田清

主文

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1  控訴の趣旨

主文同旨

第2  事案の概要

1  控訴人(昭和33年6月*日生)と被控訴人(昭和32年10月*日生)は,昭和59年4月27日に婚姻を届け出た夫婦であり,当事者間には長女秋子(昭和60年4月*日生)がいるところ,本件は,被控訴人が,控訴人に対し,婚姻を継続し難い重大な事由があるとして,離婚を求めた事案である。

控訴人は,有責配偶者からの離婚請求であり,離婚を認めると控訴人が過酷な状況におかれるとして,離婚請求自体を争った。

原審は,被控訴人の請求を認容したため,控訴人が控訴し,上記第1のとおりの判決を求めた。

2  本件における前提事実,争点及び争点に対する当事者の主張は,後記3のとおり付加・訂正するほか,原判決「事実及び理由」第2の2ないし4のとおりであるから,これを引用する(略語については,原判決のそれに従う。)。

3  原判決2頁1行目の「秋子には,」から3行目の末尾までを次のとおり改める。

「秋子には,先天性の心疾患(無脾症候群,単心房単心室,共通房室弁逆流,心内膜繊維弾性症),発作生上室性頻拍症(反復性)があるほか,先天性両脛骨欠損,足の指の欠損,右多合指症があって,全く歩行ができず,移動は抱いてベビーカーに乗せる等しなければならず,日常はほとんどベッドで過ごす生活を送っており,その他,視力障害(両網膜剥離,右眼球癆<右眼が失明し,眼球が落ち込んでいる状態>,左白内障)があって光を感じることができる程度の視力しかないこと,重度精神遅滞で発声はあるが発語はなく,自傷行為等もあること,さらに難聴でもあることから,現在も24時間介護が必要な状態である(甲11,乙6,7,12の1・2,控訴人本人)。」

原判決3頁4行目の「原告」を「控訴人」に改める。

原判決3頁9行目の「原告は,被告の」を「控訴人は,被控訴人の」に改める。

原判決4頁3行目の「明らかである。」の次に「秋子の介護はこれまで控訴人と控訴人の母が行ってきたが,控訴人の母は既に75歳と老齢であり,今後も同様の介護を行うことは困難である。ほかに控訴人が秋子の介護を頼めるのは父親である被控訴人以外に存在しないのであって,控訴人としては,離婚することによって,被控訴人に頼ることが困難になる。秋子の生命を守る方法としては,被控訴人と控訴人とが協力して介護に当たることしかないのであって,仮に,被控訴人が経済的な援助をこれまでどおり行うことを約束したとしても,今後,介護費用がさらにかかることもあり得ること等からすると,不十分である。このような状況の中,控訴人が離婚をすることになれば,控訴人にとって精神的に極めて過酷な状況に置かれることになる。」を加える。

第3  当裁判所の判断

1  本件において,証拠上認定し得る事実,婚姻関係破綻の有無,婚姻関係破綻に対する被控訴人の有責性の判断については,次のとおり改めるほか,原判決「事実及び理由」第3の1,2,3(1)のとおりであるから,これを引用する。

原判決8頁4行目の「6年9か月」を「約7年7か月」に改める。

原判決8頁18行目の「4年以上」を「5年以上」に改める。

2  被控訴人の離婚請求の可否

民法770条1項5号所定の事由による離婚請求がその事由につき専ら又は主として責任のある有責配偶者からされた場合において,当該請求が信義誠実の原則に照らして許されるものであるかどうかを判断するに当たっては,有責配偶者の責任の態様・程度,相手方配偶者の婚姻継続についての意思及び請求者に対する感情,離婚を認めた場合における相手方配偶者の精神的・経済的状態,夫婦間の子,殊に未成熟の子の監護・教育・福祉の状況,別居後に形成された生活関係等が考慮されなければならず,更には,時の経過とともに,これらの諸事情がそれ自体あるいは相互に影響し合って変容し,また,これらの諸事情の持つ社会的意味ないしは社会的評価も変化することを免れないから,時の経過がこれらの諸事情に与える影響も考慮されなければならないものというべきである。

そうだとすると,有責配偶者からされた離婚請求については,①夫婦の別居が両当事者の年齢及び同居期間との対比において相当の長期間に及んでいるか否か,②その間に未成熟の子が存在するか否か,③相手方配偶者が離婚により精神的・経済的に極めて苛酷な状況に置かれる等離婚請求を認容することが著しく社会正義に反するといえるような事情が存するか否か等の諸点を総合的に考慮して,当該請求が信義誠実の原則に反するといえないときには,当該請求を認容することができると解するのが相当である(最高裁昭和61年(オ)第260号同62年9月2日大法廷判決・民集41巻6号1423頁参照)。

上記の見地に立って本件をみるに,前記引用に係る原判決認定の事実関係によれば,控訴人と被控訴人との別居期間は,被控訴人が甲野病院を退院した後も自宅に戻らなかった平成15年2月末日から口頭弁論終結時である平成22年8月17日に至るまで約7年5か月であり,双方の年齢(口頭弁論終結時において控訴人・被控訴人ともに52歳)や同居期間約19年(なお,別居期間の起算点としては甲野病院を退院後も自宅に戻らず甲野病院に止まった時点とみるべきである。)に照らして必ずしも相当の長期間に及んでいるものではない。また,被控訴人と控訴人との間には,成人ではあるものの,複数の障害により24時間の付添介護が必要である秋子が存在しており,秋子はその状況からすれば,上記未成熟子あるいはこれに準じるものというべきである。

一方,被控訴人は,控訴人及び秋子に対し,A会の理事長として同会が所有し被控訴人が無償で借りている自宅に今後も居住し続けることを認め,生活費についてもこれまで婚姻費用として支払っていた月額43万円を払い続け,医療等の面においてもこれまでと変わりのないようにする旨供述しており,被控訴人は同内容を含む和解案を控訴人に提案しているほか,これまでも控訴人に対して婚姻費用の支払を行ってきたことにかんがみると,この供述自体には一定の信を措き得るものといえ,また,A会は被控訴人がその父親から引き継いで理事長を務めている法人であること,本件約定書から窺える被控訴人の資産状況等に照らせば,被控訴人の提案は,実現可能性がないとはいえない。しかしながら,前記引用に係る原判決認定事実のとおり,秋子の介護は,これまで控訴人とその実母によって行われてきたところ,同人自身が高齢になってきており,近い将来,これまでと同様に秋子の介護を行うことが困難になることが予想され,介護士等の第三者に賃金を支払って秋子の介護を行わなければならない事態も多分に想定されることからすると,従前の婚姻費用額よりも多額の生活費が必要になることも考えられるところである。また,被控訴人の提案が信用できるものであるとしても,時の経過によって,控訴人と被控訴人及び秋子を取り巻く環境の変化が生じ得ることや,被控訴人の提案内容について永続的にその実現を保障する手だては講じられていないことを考慮すると,被控訴人が,離婚後も秋子の父親として扶養する義務を負うとしても,将来的に被控訴人と控訴人の離婚により,控訴人が経済的に過酷な状況に置かれる可能性を否定することはできない。

また,精神的な影響についてみると,被控訴人の不貞行為により,見知らぬ土地で,重い障害を抱えた秋子の介護に明け暮れながら築いた家庭を失うことになった控訴人の精神的な苦痛は察するに余りある上,離婚後,被控訴人は,乙川と婚姻して新家庭を築くことを考えていることからすると,被控訴人が離婚後も秋子の父親であることは変わりがないとしても,控訴人において,被控訴人に対し,秋子の介護についてこれまでと同様の負担を求めることが事実上困難になることも考えられるところであって,さらに,上記のとおり,現在,控訴人とともに秋子の介護を行っている控訴人の母の協力が,近い将来に得られなくなることが予想されること等の事情に鑑みれば,控訴人は,離婚によって,秋子の介護に関する実質的な負担を一人で抱え込むことになりかねず,離婚によって精神的に過酷な状況に置かれることも想定されるところである。

以上の諸点を総合的に考慮すると,被控訴人の本件離婚請求は,未だ信義誠実の原則に反しないものということはできず,これを棄却すべきものである。

3  以上によれば,被控訴人の請求は理由がないから棄却すべきところ,これと判断を異にする原判決は相当でないから取り消し,被控訴人の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小野洋一 裁判官 釜元修 裁判官 金澤秀樹)

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