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高松高等裁判所 平成21年(ラ)82号 決定 2009年7月31日

主文

1  原決定を取り消す。

2  本件を松山地方裁判所に差し戻す。

理由

第1抗告の趣旨及び理由

別紙「抗告状」及び「抗告理由書」(各写し)記載のとおり。

第2当裁判所の判断

1  事案の概要

本件は,別紙船舶目録記載の貨物船A(以下「本件船舶」という。)と漁船B(以下「本件漁船」という。)との平成20年10月23日の衝突事故(以下「本件衝突事故」という。)により死亡した本件漁船の乗組員であるC(以下「亡C」という。)の法定相続人である抗告人が,本件船舶の船長であった相手方D及び一等航海士で本件衝突事故時の当直航海士であった相手方Eに対しては民法709条,719条に基づき,本件貨物船の共有者であるその余の相手方らに対しては商法690条に基づき,本件衝突事故により抗告人に生じた損害について,別紙担保権・被担保債権・請求債権目録記載の損害賠償請求権を有するから,本件船舶上に船舶の所有者等の責任の制限に関する法律(以下「船主責任制限法」という。)95条に定める船舶先取特権を有しているとした上で,本件船舶について,船舶競売の申立て前に船舶国籍証書等を取り上げなければ船舶競売が著しく困難となるおそれがあると主張して,本件船舶の共有者らに対し,船舶国籍証書等を執行官に引き渡すべき旨を命ずることを求めた事案である。

2  原決定

原決定は,①本件において提示された資料等によっても,被担保債権の存在の証明の程度は高度とは認め難い,②本件船舶は,少なくとも,毎週1回約11時間にわたり特定の港に停泊することが予定されているから,船舶競売手続の管轄裁判所の特定・固定のために船舶国籍証書等の引渡しを命ずる必要性は認められない,③船舶競売開始決定がなされたときは,相当期間内に民事執行法189条,114条1項に基づく船舶国籍証書等の取上げを執行することができるから,船舶競売申立て前に船舶国籍証書等を取り上げなければ船舶競売が著しく困難となるおそれがあるとも認められないとして,本件申立てを却下した。

3  しかしながら,原決定の上記判断は是認することができない。その理由は次のとおりである。

(1)  船舶競売が著しく困難となるおそれについて(上記2②,③について)

ア 一件記録によれば,本件船舶は,東京と那覇を結ぶ定期航路に就航しており,東京の港(F)を毎週月曜日午後7時に発航し,大阪(G港)に翌火曜日午後4時に到着,同日午後8時40分に発航し,那覇に翌々日の木曜日午前7時に到着,同日午後7時に発航し,大阪(G港)に翌々日の土曜日の午前8時に到着,同日午後0時に発航し,東京の港(F)に翌々日の月曜日の午前8時に到着する運航予定であることが認められる。そうすると,東京には毎週月曜日の午前8時ころから午後7時ころまで約11時間所在し,大阪には毎週火曜日の午後4時ころから午後8時40分ころまで,及び土曜日の午前8時ころから午後0時ころまで,それぞれ約4時間程度所在し,那覇には毎週木曜日の午前7時ころから午後7時ころまで約12時間所在する予定であることが認められる。

イ 民事執行法189条,113条は,船舶競売については開始決定の時の船舶の所在地を管轄する地方裁判所が執行裁判所として管轄する旨規定し,また,同法189条,114条1項は,執行裁判所が船舶競売の手続を開始するには,執行官に対して船舶の航行のために必要な文書である船舶国籍証書等を取り上げることを命じなければならない旨規定し,さらに,同法189条,114条2項は,開始決定においては,債務者に対して船舶の出航を禁止しなければならない旨規定している。同法が船舶競売の開始決定についてこのような規定を設けていることからすると,そもそも同法は,開始決定の発令から船舶国籍証書等の取上げに至るまで,目的船舶が同一の港等に継続的に所在していることを想定しているものと考えられる。したがって,同法189条,115条1項にいう「船舶競売の申立て前に船舶国籍証書等を取り上げなければ船舶競売が著しく困難となるおそれ」の有無を判断するに当たっては,目的船舶が同一の港等に継続的に所在している間に船舶競売の申立てから船舶国籍証書等の取上げまでの一連の手続を実効的になし得るか否かを勘案して判断すべきであり,目的船舶が開始決定時に停泊していた管轄裁判所の管轄区域内所在の港等からいったん出航した後に一定期間内に同一の港等に再び入港する予定があるか否かを考慮するのは,相当ではないと解すべきである。

なお,同法189条,119条,120条は,船舶競売の目的船舶が管轄区域外に所在することとなる場合等を想定した規定であると解されるが,これらの規定に基づいて事件が移送されたり,競売手続が取り消されたりするおそれがあることが,まさに同法189条,115条1項にいう「船舶競売の申立て前に船舶国籍証書等を取り上げなければ船舶競売が著しく困難となるおそれ」の一態様なのであって,同法189条,119条,120条が存在することをもって,目的船舶が同一の港等に継続的に所在していることは必ずしも想定されていないとする根拠と解し得るものではない。

ウ 本件船舶は,上記アのとおり,東京と那覇を結ぶ定期航路に就航しているものであって,同一の港に所在する時間は,最も長い那覇においても12時間程度であるから,発航準備を終えた船舶に対する差押えが禁止されていること(商法689条)も考慮すると,同一の港に所在する時間内に開始決定の発令から船舶国籍証書等の取上げまでを行うことが著しく困難であることは容易に推測される。そうすると,本件船舶については,船舶競売の申立て前に船舶国籍証書等を取り上げなければ,船舶競売が著しく困難となるおそれがあるものと認めることができる。

したがって,この点についての抗告人の主張は理由がある。

(2)  被担保債権の存在の証明について(上記2①について)

ア 船主責任制限法95条の船舶先取特権に基づく船舶競売の申立て前の船舶国籍証書等の引渡命令の申立てにおいては,民事執行法189条,115条3項,181条1項4号により,当該船舶先取特権の存在を証する文書の提示が必要である(なお,船主責任制限法95条の船舶先取特権も商法842条に定める先取特権に含まれると解される。)。そして,当該船舶先取特権の存在を証するためには,抗告人が当該船舶先取特権の発生原因である「船舶上で又は船舶の運航に直接関連して生ずる人の生命若しくは身体が害されることによる損害又は当該船舶以外の物の滅失若しくは損傷による損害に基づく債権」(船主責任制限法95条,2条1項4号,3条1項1号)を有することを証明する必要がある。そこで,以下,この点について検討する。

イ 抗告人が提示した文書(甲1の1ないし6,甲2ないし4,16,17,28,29,31の1ないし7)によれば,次の事実が認められる。

(ア) 本件船舶は,平成20年10月21日午後8時10分ころ,阪神港大阪区を発し,沖縄県那覇港に向かった。

相手方Eは,同月23日(以下,平成20年10月23日の場合には,年月日の記載を省略する。)午前4時34分ころ,本件船舶の針路を194度に定め,19.0ノットの速力で進行していた。

相手方Eは,午前4時39分ころ,船首方6海里ばかりの所に,本件漁船を初めて発見した。

相手方Eは,予定よりも早めに右げん船首方のH岬方面に針路を向けて本件漁船と左げんを相対して航過することとし,午前4時45分ころ,右転を命じて徐々に回頭していたところ,両げん灯を見せていた本件漁船が右げん灯を見せるようになり,同船が左転したことに気付いた。

相手方Eは,午前4時48分ころ,本件漁船のマスト灯及び右げん灯を左げんに見るようになり,その後,同船が前路を右方に横切り衝突のおそれがある態勢で接近するのを認めたが,警告信号を行わず,更に間近に接近しても,速やかに減速するなどの衝突を避けるための協力動作をとらなかった。

相手方Eは,衝突直前,危険を感じて右舵20度を令したが,午前4時52分,本件船舶の船首が235度に向いた時,ほぼ原速力のまま,その船首が本件漁船の右げん後部に衝突した。

(イ) 他方,本件漁船は,Iが所有する総トン数14.73トンのFRP製漁船で,同人が船長として乗り組み,J,亡Cほか3人が同乗し,潜水器漁業の目的で,午前2時ころ,那覇港K港ふ頭小船だまりを発し,同港の北北東約100海里沖合のL島周辺の漁場に向かった。

Jは,午前3時ころ,Iから交代して,本件漁船の操船をするようになった。

Jは,午前4時45分ころ,本件漁船の針路を16度,9.0ノットの速力で進行していたが,正船首の少し右3海里の所に本件船舶のレーダー映像及び同船の白2灯を初めて発見し,午前4時46分ころ,同船との航過距離を広げるつもりで,針路を2度に左転した。

Jは,午前4時48分ころ,針路を更に7度左に転じて,355度とし,衝突直前にも左舵をとったが,本件漁船の船首が305度に向いた時,ほぼ原速力のまま,本件船舶と衝突した。

(ウ) 本件衝突事故の結果,本件漁船の後部船室で休息中であった亡Cは,海中に転落し溺死した。

ウ 以上の事実によれば,午前4時45分ころ,本件船舶と本件漁船は,ほとんど真向かいに行き会う状況にあったものと認められるところ,海上衝突予防法14条1項本文は,「二隻の動力船が真向かい又はほとんど真向かいに行き会う場合において衝突するおそれがあるときは,各動力船は,互いに他の動力船の左げん側を通過することができるようにそれぞれ針路を右に転じなければならない。」と規定しているから,本件については同項本文が適用され,それぞれ針路を右転させる義務が発生したものと認められる。相手方Eは,この義務に従い本件船舶を右転させたが,他方,Jはこの義務に違反し,本件漁船を左転させているから,本件衝突事故が発生した主な原因は,Jの当該義務違反にあるものと認められる。

他方で,同法17条3項は,「保持船(注・同法17条1項の規定により針路及び速力を保たなければならない船舶のこと)は,避航船(注・同法の規定により他の船舶の針路を避けなければならない船舶のこと)と間近く接近したため,当該避航船の動作のみでは避航船との衝突を避けることができないと認める場合は,第1項の規定にかかわらず,衝突を避けるための最善の協力動作をとらなければならない。」と規定する。相手方Eは,上記のとおり本件船舶を右転させた後,本件漁船が左転したことに気付き,同船が前路を右方に横切り衝突のおそれがある態勢で接近するのを認めたというのであるから,その時点では,同法17条3項により,衝突を避けるための最善の協力動作をとるべき義務が生じたと認められるところ,警告信号を行わず,更に間近に接近しても,速やかに減速するなどの衝突を避けるための協力動作をとらなかった。本件船舶は本件漁船の後部に衝突したのであるから,仮に相手方Eが本件船舶を減速させていれば,本件漁船との衝突を回避できた可能性も認められるのであって,この点において,相手方Eにも本件衝突事故についての過失が認められる。

そうすると,本件衝突事故は,本件漁船の同乗者である亡Cに対しては,相手方EとJの共同不法行為であると認められるから,相手方EとJの間の過失割合は,亡Cの相手方Eに対する損害賠償請求権の存否及び金額に何ら影響しないことになる。

したがって,抗告人が提示した文書によれば,亡Cの法定相続人である抗告人が相手方Eに対し,船舶の運航に直接関連して生ずる人の生命若しくは身体が害されることによる相当額の損害賠償請求権を有していることは一応認められる。

エ ところで,船舶先取特権は,法定担保物権であって,一定の類型の債権が発生した場合に,その債権を担保するため,当該船舶上に発生する担保物権であるから,その範囲は被担保債権の額と一致する。したがって,船舶先取特権に基づく船舶競売の申立てにおいては,債権者は,船舶先取特権の範囲を画するために,船舶先取特権の被担保債権の額についても文書により証明する必要があるといわなければならない。そして,開始決定に基づく船舶国籍証書等の取上げをいわば先行して実施するものである本件手続の申立てにおいても,同様に,被担保債権の額を文書によって証明しなければならないものと解される。

そこで,この点について検討すると,抗告人が本件において提示する文書では,被担保債権である損害賠償請求権の額についての証明があったとはいえない。すなわち,抗告人は,①逸失利益を算定するための文書として甲6から9までを提示するが,これらがどのような売上げであるのか,経費が幾らであるのか等が明らかではなく,亡Cの収入額を証明する文書としては十分なものとはいえない,②所持品損害に関する文書として甲10から13までを提示するが,その金額を合計しても抗告人の主張する金額にはならないし,本件衝突事故当時,亡Cがこれらの物を所持していたのであるか否かも明らかではない,③慰謝料,葬儀費用及び弁護士費用についても,亡Cの死亡により通常生ずべき相当額が存在することは一応推認できるが,何の証明も必要ではないということにはならない。

したがって,以上の点につき,抗告人に文書の提示等を促すなどして,更に審理を尽くす必要がある。

4  結論

以上の次第で,抗告人の本件申立てを却下した原決定は不当であるから,原決定は取消しを免れないところ,上記のとおり,船舶先取特権の被担保債権である損害賠償請求権の額につき,更に審理を尽くす必要があるところ,抗告裁判所たる当裁判所がその審理を尽くして引渡命令を発した場合,これに対する相手方らからの即時抗告が許されないと解されるから,相手方らの不服申立ての機会を奪うことにもなる。

よって,原決定を取り消し,本件を松山地方裁判所に差し戻すこととして,主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 杉本正樹 裁判官 市原義孝 裁判官 佐々木愛彦)

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