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高松高等裁判所 平成21年(行コ)9号 判決 2009年11月30日

主文

1  原判決中控訴人に関する部分を取り消す。

2  被控訴人の控訴人に対する請求を棄却する。

3  訴訟費用中当審において生じた部分及び原審において控訴人と被控訴人との間に生じた部分は,すべて被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

主文と同旨

第2事案の概要等

1  事案の骨子,訴訟の経過

(1)  本件は,被控訴人が高松市福祉事務所長に対して生活保護の申請をした際に,被控訴人と同一世帯に属する被控訴人の長男を被保険者とし,同一世帯に属しないその父を契約者とする育英年金付きこども保険契約が存在しており,父の死亡により被控訴人の長男が同保険契約に基づく育英年金の受給権を得ていたにもかかわらず,これを申告せず,また,保護開始後に同保険契約に基づく育英年金を受け取ったにもかかわらず,これを申告しなかったことが,生活保護法78条にいう「不実の申請その他不正な手段」に当たるとして,高松市福祉事務所長が被控訴人に対してした費用徴収金決定処分について,被控訴人が,保護申請時には被控訴人の長男が育英年金受給権を取得したことを確認しておらず,また,学資保険に類する上記保険については申告義務がないと誤信していたなどと主張して,上記費用徴収金決定処分の取消しを求める事案である。

(2)  被控訴人は,上記費用徴収金決定処分を不服として,高松市長に対し審査請求をしたが,これを棄却するとの裁決がされ,香川県知事に対し再審査請求をしたが,これを棄却するとの裁決がされたことから,原審においては,控訴人を被告とする上記費用徴収金決定処分の取消請求のほか,香川県を被告として上記再審査請求に係る裁決の取消しも求めていた。

原判決は,被控訴人の請求のうち,上記費用徴収金決定処分の取消請求を認容し,上記再審査請求に係る裁決の取消請求を棄却した。原判決に対して控訴人のみが控訴を提起した。

2  前提事実,争点及び争点に関する当事者の主張

(1)  次の(2)のとおり原判決を補正するほかは,原判決第2の2及び3の(1)ないし(3)(原判決3頁8行目から11頁9行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。

(2)ア  原判決4頁末行の「応答日」を「応当日」に改める。

イ  同5頁12行目末尾の次に,改行の上,「同支払事由 被保険者が保険期間の満了時まで生存していたとき」を,同17行目の「Aの死亡後」の次に「,Bの法定代理人として」を各加える。

ウ  同6頁6行目の「同月31日付け」を「同年3月31日付け」に,同18行目の「本件決定」を「本件処分」に各改める。

第3当裁判所の判断

1  認定事実

(1)  次の(2)のとおり原判決を補正するほかは,原判決第3の1(原判決11頁16行目から16頁7行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。

(2)ア  原判決13頁10行目から14行目までを次のとおり改める。

「 被控訴人は,同月4日,本件保険に基づく育英年金の開始請求をし,同月18日には,本件保険の証券の再発行を受けた。再発行された証券には,Bが保険契約者として記載されていた。Bは,本件保険に基づく育英年金として,同月25日,平成15年9月29日及び平成16年9月29日に各80万円(ただし,実際に受領した金額は,いずれも所得税6万4800円が源泉徴収された後の73万5200円)を受け取ったほか,平成15年3月に据置生存給付金(祝金)として40万1183円(据置金40万円,据置利息1183円)を受け取った。(甲2,37の2ないし5,調査嘱託の結果)」

イ  同13頁15行目ないし16行目の「収入申告書」の次に「(乙イ6)」を加える。

ウ  同13頁19行目から22行目までを次のとおり改める。

「サ 被控訴人は,平成15年2月28日,高松市福祉事務所において,職員に対し,BがC高等専門学校に合格したことを伝えた。その学資等について職員から尋ねられると,被控訴人は,まだ合格したばかりなので考えていないと答え,本件保険に基づく育英年金を受け取ったことを話さなかった。(乙イ10の5,乙イ18,証人小島孝治8頁)」

エ  同15頁2行目の「原告の長男」を「B」と改める。

オ  同15頁3行目の「本件保険」の次に「契約の存在及びBの父の死亡の事実」を加える。

カ  同15頁22行目から16頁7行目までを次のとおり改める。

「(2) なお,被控訴人は,平成15年2月28日に被控訴人が高松市福祉事務所を訪れた際の出来事について,職員からは学費をどうするつもりかとは聞かれていない,学費をどうしようかと相談したら,貸付けを受けたらいい,生活保護費からは学費は出ないなどと言われたと供述する(被控訴人本人53,54頁)。

しかしながら,被控訴人の上記供述の内容は曖昧であって,これを裏付ける的確な証拠もない上,被控訴人と職員との面談状況等が記載されたケース記録票(乙イ10の5)の記載内容にも沿わないものであるから,採用しない。」

2  争点(1)(被控訴人の生活保護の申請は「不実の申請その他不正な手段」に当たるか)について

(1)  「不実の申請その他不正な手段」(法78条)には,積極的に虚偽の事実を申請することはもちろん,消極的に故意に事実を告げないことも含まれると解されるところ,生活保護行政実務では,①届出又は申告について口頭又は文書による指示をしたにもかかわらずそれに応じなかったとき,②届出又は申告に当たり明らかに作為を加えたとき,③届出又は申告に当たり特段の作為を加えない場合でも,実施機関又はその職員が届出又は申告の内容等の不審について説明を求めたにもかかわらずこれに応じず,又は虚偽の説明を行ったようなときが,法78条を適用して費用徴収をするのが妥当な場合とされている(乙イ4,5)。

(2)  前記原判決を補正の上で引用して認定した事実によれば,被控訴人は,平成2年には,本件保険の存在及びその内容を知り,平成14年11月10日ころ,Aが死亡したことを知ったのであるから,そのころには,本件保険に基づく育英年金支払請求権が発生したことを認識していたものと認められる。

なお,被控訴人は,そのころ,本件保険の証券が再発行されたことにも気付いており,被控訴人が所持していた保険証券では育英年金の支払請求ができないことも知っていたものと認められるが,有効な保険証券を所持していない場合であっても,所定の手続を経て育英年金の給付が受けられることに変わりはなく,被控訴人が以前に生命保険会社に勤務していたことも考慮すると,所定の手続を経て育英年金の支払を受けられることを被控訴人は認識していたものと認めるのが相当である。

そうすると,前記認定のとおり,被控訴人は,平成14年11月14日に生活保護の申請をした際,職員に対し,本件保険のことを伝えず,保護申請書,収入申告書及び資産等の保有状況届出書にも,本件保険に関する記載をせず,本件保険に基づく育英年金の振込先に指定した預金口座も記載しなかったというのであるから,被控訴人のかかる行為は,法78条にいう「不実の申請その他不正な手段」に当たるというべきである。

(3)  これに対し,被控訴人は,①生活保護申請時,本件保険について申告が必要であることを知らなかったし,そのことについて具体的な説明も受けていない,②学資保険は収入認定の対象とならないとする本件福岡高裁判決が新聞等で大きく報道されたことから,本件保険も学資保険と同様に収入認定の対象とならないと信じていた旨主張する。

しかしながら,前記認定のとおり,被控訴人は平成7年及び平成10年にも生活保護を受給していたことがある上,平成14年11月14日に生活保護の申請をした際には,高松市福祉事務所の職員から,「生活保護のしおり」の内容の説明を受けており,「生活保護のしおり」には,収入には,年金,生命保険等が含まれること,収入・支出その他生計の状況について変動があったときは,すみやかに届け出る必要があること等が記載されているのであるから,これらの点に照らし,被控訴人の上記①の主張は採用することができない。

また,被控訴人の上記②の主張についても,被控訴人がかかる主張を初めて行ったのは平成16年7月6日の数日後のことであって(なお,被控訴人は,本件福岡高裁判決ではなく,同年3月16日に言い渡された本件最高裁判決を根拠に育英年金が返還対象となることに異議を述べたものである。),平成15年2月28日に被控訴人が高松市福祉事務所を訪れ,Bの学資等について職員から尋ねられた際や,平成16年7月6日に同福祉事務所に呼び出され,育英年金の返還を求められた際に,そのような主張を全くしていないことは,前記認定のとおりである。仮に,被控訴人が生活保護の申請をした平成14年11月14日当時から,本件福岡高裁判決に関する新聞等の報道により本件保険も学資保険と同様に収入認定の対象とならないと信じていたとすれば,平成16年7月6日の数日後になって初めてかかる主張に及んだことは不自然というほかない。したがって,被控訴人の上記②の主張も採用することができない。

なお,本件福岡高裁判決及びその上告審である本件最高裁判決は,生活保護法の趣旨目的にかなった目的と態様で保護金品等を原資としてされた貯蓄等は収入認定の対象とすべき資産には当たらないとしたものであり,Bの父が保険料を負担していた本件とは事案を異にするから,本件最高裁判決等が本件保険に基づく育英年金について申告の必要がないとすることの根拠となり得ないことは明らかである。

3  争点(2)(本件保険に基づく育英年金を受け取ったにもかかわらず,収入申告書を提出しなかったことが「不実の申請その他不正な手段」に当たるか)について

(1)  前記認定のとおり,控訴人は,被控訴人に対し,収入,支出その他生計の状況について変動があったときは,すみやかに,福祉事務所長にその旨を届け出なければならないという法61条の文言が記載された収入申告書を年2回郵送し,提出するよう指導していたが,被控訴人は,本件保険に基づく育英年金の支払を受けながら,収入申告書を提出していない。また,被控訴人は,平成15年2月28日,職員がBの学費等について確認した際にも,その前に本件保険に基づく育英年金の支払を受けているにもかかわらず,育英年金のことを伝えていない。このように,被控訴人は,収入申告書提出の必要性を認識していたにもかかわらず,本件保険に基づく育英年金の支払を受けたことを全く届け出ていないのであるから,その存在を隠ぺいしたものというべきであり,被控訴人のかかる行為は,法78条にいう「不実の申請その他不正な手段」に当たる。

(2)  これに対し,被控訴人は,①収入申告書の提出について,指導を受けたことはないし,福祉事務所の職員からその提出を催促されたこともない,②平成14年分以降,本件保険に基づく育英年金について所得税の申告をしているところ,確定申告書は高松市役所にも渡るから,本件保険の存在を故意に隠ぺいしようとするならば,所得税の申告をするはずがない,③「学資保険は収入認定の対象とならない」とする本件福岡高裁判決が新聞等で大きく報道されたことから,本件保険も学資保険と同様に収入認定の対象とならないと誤信していた旨主張する。

しかしながら,上記2(3)において判示したとおり,被控訴人は過去に2回も生活保護を受給していたことがある上,平成14年11月14日に生活保護の申請をした際には,高松市福祉事務所の職員から,「生活保護のしおり」の内容の説明を受けており,さらに,前記原判決認定のとおり,高松市福祉事務所においては,年2回,法61条の条文を記載した収入申告書を受給者に郵送し,提出を指導しているのであるから,これらの点に照らし,被控訴人の上記①の主張は採用することができない。

また,証拠(甲3,159,160)によれば,被控訴人は,平成14年分以降,本件保険に基づく育英年金について所得税の確定申告をしていることが認められるが,確定申告をすることにより育英年金から源泉徴収された所得税6万4800円の還付を受けられることにかんがみると,被控訴人が,確定申告をしても育英年金の支払を受けていることが高松市福祉事務所に直ちに発覚するおそれは低いと考え,又は高松市役所に提出された確定申告書を通じて育英年金の支払を受けていることが高松市福祉事務所に発覚することまで考えずに,所得税の還付を受けるために確定申告をしたとしても必ずしも不合理とはいい難いから,被控訴人の上記②の主張も採用することができない。

被控訴人の上記③の主張を採用することができないのは,上記2(3)において判示したとおりである。

4  争点(3)(本件処分通知書の瑕疵の有無)について

原判決第3の4(原判決19頁18行目から23行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。

5  まとめ

以上によれば,本件処分は適法であり,被控訴人の請求は理由がない。

第4結論

よって,被控訴人の本件処分の取消請求は理由がないから棄却すべきところ,原判決中これを認容した部分は失当であって,本件控訴は理由があるから,原判決中控訴人に関する部分を取り消し,被控訴人の控訴人に対する請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 杉本正樹 裁判官 大藪和男 裁判官 佐々木愛彦)

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