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高松高等裁判所 平成22年(う)173号 判決 2010年11月18日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中80日を原判決の刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は,弁護人森浩之輔作成の控訴趣意書記載のとおりであるから,これを引用する。

論旨は,被告人を懲役9年に処した原判決の量刑は重過ぎて不当であるというのである。

所論にかんがみ,記録を調査し,当審における事実取調べの結果をも併せ検討する。

本件は,強盗目的で被害者宅に侵入した被告人が,持参していたカッターナイフを被害者の顔面に押し当てるなどの暴行,脅迫を加え,抵抗できなくなった被害者を強姦し,さらに同女所有の現金1万円を強取したというものであり,原判決の量刑及び原判決が「量刑の理由」の項で説示するところはおおむね相当として是認することができる。

すなわち,被告人は,本件犯行の一月ほど前に被害者宅付近を通りかかった際に,お金がありそうだと見当を付け,実際に本件犯行の約1週間前に被害者宅に盗みに入っていたところ,その盗んだ現金を遊興費等に費消したことから,再度現金を盗み,場合によっては強取しようと企てて夜間に被害者宅に侵入し,室内を物色したが金員は見当たらず,被害者の部屋に行った際に就寝中の被害者と目があったことからその顔面にカッターナイフを押し当てて脅迫し,その際,畏怖していた被害者に劣情を催し,犯行の口封じも兼ねて被害者を強姦し,さらに,畏怖している被害者から金員を強取したものであり,その動機や経緯には酌むべき点が全くない。その犯行の内容も,カッターナイフやガムテープ等を準備して深夜に女性宅に侵入するなど非常に計画的なものであるし,室内を物色した上,目を覚ました被害者に対し,用意していた上記カッターナイフを顔面に押し付け,畏怖して反抗できなくなった被害者を強姦し,更に畏怖に乗じて金員を脅し取るなど,極めて卑劣かつ危険で悪質な犯行である。

被害者は,最も安全であるはずの自宅で就寝中に,突然,刃物を持った被告人に襲われ,上記の被害にあったものであり,その被った肉体的,精神的苦痛は甚だ大きく,被害者が犯人の厳重処罰を求めるも,被告人が逃走して自首しなかったことから,犯行から6年以上経過しても犯人が発覚せず,結局,事件の解決を見ることなく昨年亡くなったものであり,その無念を思うと,被害者の遺族が被告人に厳しい処罰を望むのも当然である。

さらに,被告人には,相当以前ではあるが,強盗致傷,強姦致傷を含む罪により懲役7年に処せられ,平成3年1月5日にその刑の執行を受け終えた前科があり,更生の機会があったにもかかわらず本件犯行に及び,その1年後には,機会があったら別の家に忍び込んで脅して金を取ろうという思いから,犯行に使用するストッキングやナイフをその使用する車の中に入れて携行していたものであり,規範意識の欠如が甚だしい。

以上によれば,被告人の刑事責任を軽視することはできない。

そうすると,被告人が事実を認め,反省の態度を示していること,妻が監督を誓約していること,妻が現在難病に罹患しており,健康状態が芳しくないことなど,被告人のために酌むべき事情を十分考慮しても,原判決の量刑が重過ぎて不当であるとはいえない。

論旨は理由がない。

なお,原判決は法令の適用の項において,強盗強姦罪の罰条として「刑法241条前段」とのみ記載している。しかし,本件犯行は平成15年に行われたものであるから,「刑の長期は,行為時においては平成16年法律第156号による改正前の刑法12条1項に,裁判時においてはその改正後の刑法12条1項によることとなるが,これは犯行後の法令によって刑の変更があったときに当たるから刑法6条,10条により軽い行為時法の刑による」旨判示すべきであり,この記載を欠く原判決には,刑事訴訟法380条にいう法令の適用の誤りがある。

また,本件の訴訟手続をみるに,本件は,裁判員の参加する刑事裁判に関する法律2条1項による裁判員の参加する合議体により審理されたいわゆる裁判員裁判であるところ,検察官は,論告において,「強盗強姦の法定刑:無期懲役又は7年~20年の懲役 法律で定まる刑の範囲:無期懲役又は7年~20年の懲役」であるとして,被告人に有利な事情を十分考慮しても,その刑事責任は重いとして,懲役12年を求刑しており,改正前の刑法12条1項を適用した本来の法定刑(無期懲役又は7年以上15年以下の有期懲役刑)とは異なる誤った法定刑を前提に論告,求刑を行っているが,この部分につき,原審裁判所が,訴訟手続中に訂正させず,また,原判決中でその部分が誤りである旨指摘せず,上記のとおり改正前の刑法を適用する旨明示していないところをみると,合議体を構成する裁判官が,適用すべき改正前の強盗強姦罪の法定刑を誤解していた可能性のある裁判員らに対し,正確な法定刑の教示をせずに評議が行われたものと推認され,これは,刑事訴訟法379条にいう訴訟手続に法令の違反がある場合に該当すると言わざるを得ない。

そこで,以下,これらの瑕疵が判決に影響を及ぼすことが明らかであるか否かについて検討するに,これらは結局,原審の裁判員の参加する合議体,とりわけその構成する裁判員らが,訴訟手続中に正しい法定刑を教示された上で,合議体において検討しても,本件と同じ量刑評議となるか否かによって決せられるべきものと解する。

そして,そのような観点から原判決を具体的に検討すると,その量刑の理由において,本件犯行が計画的で危険かつ卑劣な犯行であり,被害者の人格を無視した身勝手なもので,被害者の苦痛も重大で被害者や遺族が厳重処罰を求めるのは当然である上,被告人には強盗致傷,強姦致傷を含む罪による服役前科があるなど,規範意識の欠如が相当根深いことなどから,「法定刑の最下限である懲役7年よりも重い刑期が妥当である」旨指摘していること,被告人が本件犯行の捜査に協力しており,服役して罪を償う覚悟を示していることや,被告人なりに反省を深めてきていること,さらには当初から確実に強盗や強姦をする意図を有していたわけではなかったことなどを考慮し,同種事案の量刑をも併せ考えると,「検察官の求刑する懲役12年はやや重きに過ぎる」旨指摘していること,最終的に,被告人の年齢や家族環境をも考慮して,被告人を懲役9年に処すると結論づけていること,原判決は,無期懲役刑や15年を超える有期懲役刑に処する可能性について何ら言及していないことが認められる。

そうすると,原判決は,「法定刑の最下限である懲役7年よりも重い刑期が妥当である」とは判示するものの,実際には,その懲役7年を基準として量刑の評議をしていることがうかがわれ(法定刑の最下限が懲役7年であることは改正前後で何ら変更はない。),実際にこれに接近した懲役9年と量刑している(これが適切な刑期の範囲内にあることは明らかである。)。また,法改正により法定刑の有期懲役刑の上限が15年から20年に変更になり,これに伴って処断刑も変更になるものの,原判決を見る限り,無期懲役刑や15年を超える有期懲役刑に処する可能性については考慮した形跡がない上,誤った前提に基づく検察官の求刑について,重きに過ぎるとしてこれを排斥しており,求刑を基準として量刑の評議をしたとも考えられない。

これらを総合的に考慮すると,原審の裁判員の参加する合議体,とりわけその構成する裁判員らが,正しい法定刑を教示されて,これに従って合議体において検討したとしても,本件と同じ評議がなされ,同じ量刑となった蓋然性が極めて高いといえる。

そうすると,上記の訴訟手続の法令違反及び法令適用の誤りは,いずれも,判決に影響を及ぼすことが明らかであるとは言えない。

なお,原判決中には同種事案の量刑を併せ考えたとの記載があるところ,原審合議体の構成員等が,評議の際,改正後の法定刑による事案を,そのことを知らずに量刑資料として用いた可能性があるが,量刑資料の役割や限界等に鑑みれば,このことにより訴訟手続が違法となるものではない。

よって,刑事訴訟法396条により本件控訴を棄却することとし,当審における未決勾留日数の算入につき刑法21条を,当審における訴訟費用を被告人に負担させないことにつき刑事訴訟法181条1項ただし書をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 長谷川憲一 裁判官 赤坂宏一 裁判官 岸野康隆)

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