高松高等裁判所 平成22年(ネ)144号 判決 2010年9月28日
控訴人(一審原告)
X
同訴訟代理人弁護士
藤原充子
被控訴人(一審被告)
Y1<他2名>
上記三名訴訟代理人弁護士
田村裕
同
松本隆之
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
二 被控訴人Y1は、控訴人に対し、五〇一八万〇五七四円及びうち四七四九万九二四二円に対する平成二〇年一月一六日から支払済みまで、うち二六八万一三三二円に対する同年一二月六日から支払済みまで、それぞれ年五パーセントの割合による金員を支払え。
三 控訴人のその余の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は、第一、二審を通じ、控訴人と被控訴人Y3及び被控訴人Y2との間の費用の全部及び控訴人と被控訴人Y1との間の費用の八分の五を控訴人の負担とし、控訴人と被控訴人Y1との間の費用の八分の三を被控訴人Y1の負担とする。
五 この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一控訴の趣旨
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して三三〇〇万円及びこれに対する平成一九年二月一五日(被控訴人Y1及び同Y2につき)ないし同月一六日(被控訴人Y3につき)から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。
三 被控訴人Y1は、控訴人に対し、五〇一八万〇五七四円及びうち四七四九万九二四二円に対する平成二〇年一月一六日から支払済みまで、うち二六八万一三三二円に対する同年一二月六日から支払済みまで、それぞれ年五パーセントの割合による金員を支払え。
四 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
五 第二、三項につき仮執行宣言
第二事案の概要
一 本件は、a漁業協同組合(平成一九年五月一五日破産開始決定、平成二〇年一二月一六日破産終結決定。以下「a漁協」という。)の元代表理事(組合長)で、a漁協の債務を連帯保証していた控訴人が、いずれもa漁協の理事であった被控訴人らに対し、被控訴人らがa漁協の主債務を減少させるなどの義務を怠ったことや、a漁協の債務処理等について控訴人に対する通知や報告などを怠ったことが、平成一七年法律第七八号による改正前の水産業協同組合法(以下、単に「旧法」という。)三七条三項(a漁協定款(以下「定款」という。)三三条三項。)あるいは民法七〇九条に該当するなどと主張して、これによる損害金三三〇〇万円(慰謝料三〇〇〇万円、弁護士費用三〇〇万円)の支払を求めるとともに、a漁協の債務を控訴人と共同して連帯保証していた被控訴人Y1(以下「被控訴人Y1」という。)に対し、求償権に基づき、五〇一八万〇五七四円(控訴人が出捐し共同の免責を得た金額の半額)の支払を求めた事案である。
なお、控訴人は、現行の水産業協同組合法三九条の六第八項が適用される旨主張しているが、平成一七年法律第七八号三五四条一項において、水産業協同組合の役員の施行日(平成一八年五月一日)前の行為に基づく損害賠償責任については、なお従前の例によるものとされ、本件で控訴人が指摘する被控訴人らの責任に係る行為は、平成一八年五月一日より前のものであることから、旧法三七条三項が適用されることになることは明らかであり、上記控訴人の主張も同条に基づいて主張しているものと善解される。
原審は、控訴人の請求をいずれも棄却したため、控訴人が控訴し、上記第一のとおりの判決を求めた。
二 本件における前提事実、争点及び争点に対する当事者の主張は、後記三のとおり付加・訂正するほか、原判決「事実及び理由」第二の二及び三のとおりであるから、これを引用する。
三 原判決八頁二行目及び五行目の「法三九条の六第八項」を「旧法三七条三項」に改める。
原判決八頁五行目の「役員」を「理事」に、六行目の「当該役員」を「その理事」に改める。
原判決八頁一二行目から一三行目にかけての「法三四条の三」を削る。
原判決八頁一五行目の「法三九条の二第一項」を「旧法三七条一項」に改める。
原判決八頁一七行目の「○○丸の沈船処理問題」の次に「(○○丸は、国の政策による減船の対象となり、平成一一年一二月八日、沈船となり、本件転貸先に減船漁業者救済費交付金及び不要漁船処理費交付金が支払われた。前記二(3)ウ)」を加える。
原判決八頁二三行目から二四行目にかけての「責任があった。」の次に「a漁協には、合計三九億一一一七万円余りの預貯金があり、このうち、預金者の払戻し準備金として保有を義務付けられているのは水産業協同組合法施行令二一条(貯金の払い戻し等に充てるための預け金等の基準)によって、預貯金額の二〇パーセントであるから、平成一四年三月期決算時における預貯金額一四二億円余りからすれば、保有額としては約二八億円が相当であり、預け金三九億円から二八億円を控除した残額を弁済に充てても問題は起こらず、弁済可能であった。」を加える。
原判決九頁七行目末尾に改行の上、次のとおり加える。
「オ 上記のような通知、報告ないし説明義務は、連帯保証人が弁済する場合に、債務者側の二重払いや抗弁権付着の場合の不利益を防止するために定められた事前及び事後の通知義務の根拠に照らし、また、債務者間の衡平の原則や信義則に照らし導き出されるものというべきである。また、委託を受けた連帯保証人に事前求償権が認められることとの関係上も、委託者であるa漁協及びその理事である被控訴人らに、当然に通知、報告ないし説明義務があるものと解すべきである。」
原判決九頁八行目の「オ」を「カ」に改める。
原判決九頁一一行目の「法三九条の六第八項」を「旧法三七条三項」に改める。
原判決九頁二四行目の「法三四条の三、三九条の二」を「旧法三七条一項」に改める。
原判決一〇頁二六行目の「法三九条の六第八項」を「旧法三七条三項」に改める。
第三当裁判所の判断
一 旧法三七条三項(定款三三条三項)又は不法行為による責任の有無(争点1)について
(1) a漁協の理事は、a漁協との関係において、受任者として地位を有し、その結果、善良な管理者としての注意義務及び報告義務を負う(民法六四四条、六四五条)とともに、法令や定款、総会の議決を遵守し、a漁協のために忠実に職務を遂行すべき義務がある(旧法三七条一項、定款三三条一項)。そして、理事がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、その理事はこれによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う(法三七条三項、定款三三条三項)。一方で、理事の行為が不法行為を構成する場合には、理事個人が七〇九条に基づく損害賠償責任を負うことがあるが、旧法三七条三項に基づく責任は、理事の職務を行うについての悪意・重過失を要件とするのに対し、不法行為責任は、第三者に対する加害行為についての故意・過失を要件とする点で異なる。
被控訴人らは、それぞれa漁協の常務理事、専務理事、代表理事専務ないし代表理事組合長などの職にあった者であり、その役職にあった当時、以上の責務を負うものであった。
(2)ア 控訴人は、上記役員の責務には、本件転貸先に対する未償還金の問題について、どのように処理し、償還していくかについて、控訴人に通知、報告、説明する義務も含まれている旨主張するが、その根拠について、連帯保証人に対する説明義務や、連帯保証人の事前求償権から導き出される旨を主張するところからすると、a漁協自体が控訴人に対して通知、報告、説明義務を負い、被控訴人らは、a漁協の理事として、上記a漁協の負う義務を履行すべき義務がある旨を述べるものと解される。しかし、信義則上、一般的に主債務者は連帯保証人に弁済期に弁済ができないことについての通知、報告、説明義務を負うとまでは言い難い上、仮に、特段の事情がある場合に主債務者自身がそのような義務を負うことがあり得るとしても、本件においては、そのような義務があるというべき特段の事情があったとは認められないから、主債務者の理事である被控訴人らが、連帯保証人に対し、通知、報告、説明を行わなかったことにつき重大な過失があったとはいえない。
まして、a漁協の理事である被控訴人らが、個人として直接控訴人に対し、通知、報告、説明義務を負うと認めるべき根拠は見出せないから、被控訴人らにおいて、不法行為における故意または過失があるとも認められない。
イ また、控訴人は、被控訴人らが、理事として、a漁協の預貯金等の資産や当期利益金を未償還金の弁済に充当すること等を提案すべきであったにもかかわらず、これら事後処理について何らの提案も協議もせずに放置したなどと主張するが、引用にかかる原判決の前提事実のとおり、a漁協では、本件転貸先に対する未償還金が回収不能となったことを受け、平成一四年三月三〇日、理事会において、これを経理上の貸倒引当金として計上し、損失金として処理をすることとし、かかる会計処理については本件総代会で承認可決されているところである。そして、《証拠省略》によれば、控訴人が未償還金の弁済に充当すべきであると主張するa漁協の預貯金は、a漁協が営んでいた信用事業に係る預かり資産であり、剰余金処分案に記載された当期利益も貸倒引当金の戻入れと貸倒引当金の差額で、現実のキャッシュフローはゼロであったことが認められるから、いずれも当時の理事らにおいて、a漁協の公庫もしくは金庫に対する債務の弁済に充当することは相当でないと考えたことについて重大な過失があったとはいえない。
控訴人は、水産業協同組合法施行令二一条により、預金者の払戻し準備金として保有を義務付けられているのは預貯金額の二〇パーセントであるから、平成一四年三月期決算時における預貯金額一四二億円余りからすれば、保有額は約二八億円が相当であり、預け金三九億円から二八億円を控除した残額を弁済に充てても問題はなく、弁済可能であった旨主張するが、控訴人の主張する上記施行令二一条は、平成一四年一〇月二二日政令三七七号により追加され、平成一五年一月一日に施行されたものであり、平成一四年三月当時は制定すらされていなかったものである上、同施行令二二条が、余裕金の運用について、信用事業を営む組合とそうでない組合とを分け、それぞれについて一定の方法のみを認めていることに鑑みれば、同施行令二一条は、預金者を保護するために最低限保有すべき金額を定めたものにすぎないから、保有すべき金額を超える預け金が存在する場合に、理事会の任意の判断により他の組合債務の弁済金に自由に使用し得ることまで規定する趣旨であるとはいえない。そして、上記a漁協の平成一四年三月期決算時における状況に照らせば、預け金を取り崩すことを回避した理事らの判断に重大な過失があったと認めることはできない。
また、以上に見たところによれば、a漁協の理事である被控訴人らにおいて、控訴人に対し、上記預け金三九億円から二八億円を控除した残額を本件債務の弁済に充てなければならない義務があったともいえないから、控訴人の不法行為に基づく主張も理由がない。
ウ さらに、控訴人は、a漁協が公庫や金庫に対して本件承認をしたことを控訴人に通知、報告せず、説明しなかった点を問題とするが、被控訴人らにそのような法的義務があるとは解されない。そもそも本件承認は、主債務者として、債権者に対して残債務の額を確認する行為にすぎず、これによって連帯保証人に直接的に損害を与えるものではない。
(3) 以上のとおり、本件において、被控訴人らが控訴人に対し、旧法三七条三項(定款三三条三項)や不法行為による責任を負うとは解されず、この点についての控訴人の主張は採用することができない。
二 被控訴人Y1に対する求償権の有無及び行使の可否(争点2)について
(1) 引用にかかる原判決の前提事実及び《証拠省略》によれば、控訴人は、本件連帯保証債務の履行として、平成一九年五月二三日、金庫から預金債権八一八九万五二四六円の相殺通知を受け、公庫からa漁協の破産手続における中間配当金一三一〇万三二三九円及び最後配当金五三六万二六六四円について差し押さえられ、公庫において、平成二〇年一月一五日に上記中間配当金を、同年一二月五日に上記最後配当金をそれぞれ受領したことにより、合計一億〇〇三六万一一四九円について共同の免責を得ているのであるから、控訴人は、共同保証人である被控訴人Y1に対し、その負担割合に応じた求償をすることができる(民法四六五条一項、四四二条)。
ところが、被控訴人Y1は、本件求償制限特約の効力を援用しているので、以下検討する。
ア まず、控訴人は、本件求償制限特約は違法、無効なものであると主張するが、同特約は、公庫又は金庫が本件消費貸借契約に係る債権の回収を図るため、その全額の弁済を受けるまでは、債権回収の障害になる可能性のある連帯保証人間の求償権を制限したもので、格別不合理な定めであるとは解されず、かかる合意自体を違法あるいは無効なものということはできない。
イ しかし、本件求償制限特約は、債権者である公庫及び金庫との間で、かつ、公庫及び金庫のために締結された特約であって、連帯保証人間相互において結ばれる等したものではないから、この特約がある限り、連帯保証人相互間でも、求償権の行使が許されず、この特約を理由として連帯保証人が他の連帯保証人からの求償権の行使を拒むことができると解すべき理由はなく、連帯保証人相互間には適用がないと解される。したがって、連帯保証人が、他の連帯保証人に対して事後求償権を行使し、これに基づく債務名義を取得すること自体は妨げられず、ただ、公庫及び金庫との関係では、その行使に当たって公庫及び金庫の権利行使を妨げることができず、場合によっては公庫及び金庫に対する債務不履行を構成することがあるほか、当該債務名義に基づき、強制執行が行われた後に、公庫又は金庫による執行等が実施され競合した場合には、本件求償権制限特約に基づき、公庫及び金庫が優先等するものと解すれば足りるものというべきである(最高裁昭和六〇年五月二三日第一小法廷判決・民集三九巻四号九四〇頁参照)。
(2) また、公庫及び金庫に対しては、亡Cも連帯保証人であり、金庫に対してはa漁協も連帯保証人であるところ、これらの連帯保証人間において、負担部分についての取り決めが存在するとの事情は窺われない上、亡Cの相続人が全員相続放棄をしていることからすれば、亡Cは無資力というべきであり、また、a漁協も既に破産しており無資力であることは明らかであるから、控訴人と被控訴人Y1の負担部分の割合は各二分の一というべきである(民法四六五条一項、四四四条)。
(3) 以上によれば、控訴人は、被控訴人Y1に対し、本件求償権に基づき、五〇一八万〇五七四円及びうち四七四九万九二四二円に対する上記金庫による相殺通知の後であり公庫による上記中間配当金受領日の翌日である平成二〇年一月一六日から、うち二六八万一三三二円に対する公庫による上記最後配当金受領日の翌日である同年一二月六日から、それぞれ支払済みまで民法所定年五分の割合による金員の支払を求めることができる。
三 以上のとおり、控訴人の、被控訴人らに対する損害賠償請求はいずれも理由がないので棄却すべきであるが、被控訴人Y1に対し、求償金として五〇一八万〇五七四円及びうち四七四九万九二四二円に対する平成二〇年一月一六日から支払済みまで、うち二六八万一三三二円に対する同年一二月六日から支払済みまで、それぞれ年五パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める請求については理由があるので認容すべきところ、これと一部結論を異にする原判決は相当でないから、その限度で原判決を変更することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小野洋一 裁判官 釜元修 金澤秀樹)