大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高松高等裁判所 平成22年(ネ)491号 判決 2011年7月29日

控訴人(1審被告)

プロミス株式会社

代表者代表取締役

久保健

訴訟代理人弁護士

藤本邦人

関谷利裕

富家佐也加

被控訴人(1審原告)

X

訴訟代理人弁護士

寄井真二郎

市川聡毅

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1  控訴の趣旨

1  原判決中,控訴人敗訴部分を取り消す。

2  同部分の被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

第2  事案の概要

1  本件は,サンライフ株式会社(後に「ネオラインホールディングス株式会社」に商号を変更した。以下「サンライフ」という。)との間で,継続的な金銭消費貸借取引を行った後,控訴人との間の契約に切り替えて金銭消費貸借取引を継続した被控訴人が,これらの取引を一連のものとして利息制限法所定の制限利率に引き直して計算すると過払金が発生していると主張して,控訴人に対し,民法704条に基づき過払金元金及び確定法定利息の支払を求めるとともに,同条後段に基づき弁護士費用相当額の賠償として,合計314万4446円及びうち301万8428円(過払金元金274万8428円及び弁護士費用27万円)に対する弁済期の後である平成21年8月25日から支払済みまで民法704条所定の法定利息の支払を求めた事案である。

原判決は,被控訴人の控訴人に対する請求のうち,287万4446円及びうち274万8428円に対する前同日から支払済みまで年5分の割合による法定利息の支払を求める限度で認容し,その余を棄却したところ,控訴人が控訴し,上記第1のとおりの判決を求めた(なお,第1審判決中,被控訴人の弁護士費用相当額の賠償請求を棄却した部分に対しては,被控訴人から附帯控訴がなされていないので,その部分は当審の審判の対象になっていない。)。

2  本件における前提事実,争点及び争点に対する当事者の主張は,原判決3頁16行目「③民法704条後段により」から17行目「損害賠償義務を負うか,」までを削り,同頁25行目「切替」の後に「契約」を加え,4頁25行目「主張して争う」とあるのを「して,本件債務引受の撤回を主張する」と改め,下記範囲中に「契約切替」とあるのをいずれも「切替契約」と訂正し,次項のとおり当審における補足主張を付加するほか,原判決「事実及び理由」第2の2及び3並びに第3の1及び2のとおりであるから,これを引用する(略語については,原判決のそれに従う。)。

3  当審における補足主張

(1)控訴人

ア 受益の意思表示について

本件代行申込書は,顧客らからの問い合わせがあった場合に控訴人が窓口になって対応するという意味のものであり,過払金返還債務の債務引受についての告知を含むものではない。当時,控訴人と被控訴人の間では過払金返還債務は全く顕在化していなかったから,本件債務引受について控訴人が被控訴人に告知する必要はなく,被控訴人から控訴人に対して受益の意思表示をする必要もなかった。

イ 悪意の受益者性について

控訴人は,会員の支払方法に応じてATM明細書,店頭明細書及び郵送明細書を交付するなど,当時の法解釈や行政の指導に従い適法と判断される17条書面及び18条書面を遅滞なく交付しており,貸金業法43条1項に定めるみなし弁済の規定の適用を受けられると認識するに至ったことについてやむを得ない特段の事情があった。

(2)被控訴人

ア 控訴人による債務引受広告

サンライフと控訴人は,本件提携契約を締結し,サンライフは新規貸付や追加融資を中止するとともに,営業債権につき控訴人への切替契約を実施した。これらの手続によって,サンライフは従来の顧客やその信用情報等といったノウハウを失って資産が空洞化し,一方,控訴人は上記得意先やノウハウ等を取得した。これは,サンライフの営業活動の重要な一部を控訴人に譲渡したものであり,営業譲渡に当たる。

また,控訴人は被控訴人に対し,切替契約を締結すれば,債権譲渡の場合と異なり,その後も貸付けを受けられることを強調して積極的に働きかけて切替契約に至ったことや,本件代行申込書の文言,これへの被控訴人の署名といった一連の勧誘行為は,会社法23条1項の「広告」に該当する。

したがって,会社法23条1項又はその類推適用により,被控訴人は控訴人に対し,過払金返還請求をすることができるものと解すべきである。

イ 悪意の受益者性に関する控訴人の主張について

控訴人の主張は時機に後れた攻撃防御方法であり,却下されるべきものである。そうでないとしても,具体的主張立証をしておらず,控訴人のいう「特段の事情」は認められない。

第3  当裁判所の判断

1  当裁判所も,被控訴人の控訴人に対する請求のうち,287万4446円及びうち274万8428円に対する平成21年8月25日から支払済みまで年5分の割合による法定利息の支払を求める限度で認容し,その余を棄却した原審の判断は相当であると判断する。その理由は,次項のとおり訂正するほか,原判決「事実及び理由」第4の1及び2のとおりであるから,これを引用する(ただし,「契約切替」とあるのをいずれも「切替契約」と訂正する。)。

2  原判決8頁14行目の冒頭から11頁22行目の末尾までを次のとおりに改める。

「(2)ア 被控訴人は,本件においては,サンライフに対する債務の弁済資金を控訴人が被控訴人に貸し付けるといういわゆる切替契約の形式が採られているものの,その実態は,債権譲渡・契約上の地位の承継である旨主張する。

しかし,本件において,被控訴人のサンライフに対する債務の弁済のために,控訴人と被控訴人との間で金銭消費貸借契約が締結された経緯については,前記引用に係る原判決「事実及び理由」第2の2及び第4の1(1)のとおりであり,控訴人とサンライフが,親子会社の関係にあるとはいえ,別の法人格であること,被控訴人とサンライフとの間の金銭消費貸借契約と,被控訴人と控訴人との間の金銭消費貸借契約が,別個の契約であることは明らかであって,また,切替契約による手続とは別に,サンライフの保有する貸付金債権を控訴人及びグループ会社であるパル債権回収株式会社に譲渡することとされていたこと(甲7,11)も考慮すると,本件における切替契約の実態が債権譲渡・契約上の地位の譲渡であるとは認められない。

確かに,被控訴人の主張するように,業務提携契約書(乙6)中には,本件債務引受に係る合意があることは前記引用に係る原判決「事実及び理由」第4の1(1)イのとおりであるが,その一方で,過払金返還債務については,サンライフがすべて負担することとし,控訴人が併存的債務引受に基づき過払金返還債務を履行した場合には,全額についてサンライフに求債し得るものとされていること(第5条2項,5項)に照らすと,本件提携契約における契約当事者の意思としては,控訴人がサンライフの契約上の地位をすべて承継するのと同時に,当然に過払金返還債務も承継するというものではなく,むしろ,本来,サンライフが顧客に対する過払金返還債務についてはその責任で支払うべきであるところ,サンライフの顧客と控訴人とが切替契約を締結することによって,将来,当該顧客から控訴人が過払金返還請求を受けた際には,控訴人においてこれに対応して支払を行うというにすぎないといえる。

イ  被控訴人は,控訴人が営業譲渡における譲受会社として債務引受の広告をしたものとして,被控訴人に対する過払金返還債務を負うとも主張する。しかし,前項に述べたところからすれば,本件提携契約ないしこれに基づく切替契約をもって,営業譲渡に当たると評価することはできない。したがって,これが営業譲渡に当たることを前提とする被控訴人の上記主張は理由がない。

ウ  また,被控訴人は,本件債務引受に基づいて,控訴人がサンライフの顧客に対する過払金返還債務に対する責任を負う旨主張し,前記引用に係る原判決「事実及び理由」第4の1(1)イのとおり,本件債務引受に係る合意が存在することは明らかである。

一方,控訴人とサンライフとの間においては,平成20年12月15日に締結された「業務提携契約書に係る変更契約書」によって,本件債務引受に関する合意が撤回されている(乙7)ところ,併存的債務引受の性質については,第三者のためにする契約であると考えられるから,第三者において債務者に対し受益の意思表示が行われるまでは,第三者のためにする契約の当事者間においてその撤回は可能である(民法538条)。そして,受益の意思表示については,その性質上,少なくとも抽象的にでも当該契約の存在を認識している必要があるものと解される。

そこで,本件について,第三者たる被控訴人おいて受益の意思表示を行ったか否かについて検討するに,本件全証拠によっても,控訴人と被控訴人との間の切替契約に当たって,被控訴人が,控訴人又はサンライフから,本件債務引受に関する合意についての説明を受けたとの事実を認めることはできない。また,控訴人とサンライフの顧客との間の切替契約の際に,控訴人が顧客から徴求した本件代行申込書には,「契約切替後のお問合せ窓口,および株式会社クオークローン/サンライフ株式会社における本日までの取引に係る紛争等の窓口は,従前の契約先に係わらずプロミス株式会社となることに異議はありません。」との記載があったことが認められるが(乙9),この記載によっても,単に控訴人が問い合わせや紛争等の窓口となることを超えて,本件債務引受について告知するものとは解されない。そして,同書面の交付に際し,控訴人等の従業員が被控訴人に対し,切替契約の締結後は,サンライフに対して請求できる権利につき,控訴人に対しても請求し得ることになるとの意味の説明をしたと認めるに足りる証拠もない本件においては,被控訴人が,抽象的にも,控訴人とサンライフとの間の本件債務引受に関する合意の存在を認識していたと認めることはできない。

エ  さらに,被控訴人は,控訴人が被控訴人に対して本件債務引受の撤回を主張することは,信義則に反し許されない旨主張する。

そこで,この点について検討するに,既にみたとおり,控訴人又はサンライフは,被控訴人を含む顧客との間で切替契約をするに当たり,本件代行申込書を徴求しており,その文面及び後記のような被控訴人とサンライフとの関係等に照らし,特段の法的知識を有しない一般の顧客に対しては,控訴人との間の切替契約に応じても,サンライフとの間の契約と比較して,債権債務関係等において格別の不利益を被ることはないであろうとの印象を与えるものであったということができること,他方で,控訴人とサンライフは完全親子会社の関係にあり,また,控訴人が上場会社であることからすると,控訴人は,サンライフの経営を完全に支配し得るのみならず,サンライフを含めたグループ会社全体の会計に係る連結財務諸表の作成・公表が義務付けられていること(金融商品取引法24条1項,193条等)から,サンライフの会計内容を詳細に把握すべき立場にあったほか,業務提携契約上も顧客情報を取得することができるものとされており,現に,控訴人は,切替契約の締結に当たって,顧客の取引残高を確認した上で同額の貸付けを行っていることからして,サンライフから十分な顧客情報を得ていたものと推認できること,したがって,被控訴人との関係でも,切替契約を行った当時,被控訴人が過払の状態となっていることを少なくとも予見し得たというべきであること,控訴人側のグループ再編の結果,サンライフは新規・継続の貸付けは行わず,一部残った貸付けについての回収のみを行うこととしたこと(甲11,19)からすると,控訴人は,いずれサンライフにおいて過払金返還請求に応じることができなくなる可能性があることを予見し得たものと認められること,そして,以上のような事情があるにもかかわらず,控訴人は,首肯するに足りる合理的な理由もないのに,被控訴人を含む顧客側に受益の意思表示等を行う機会を与えないままに本件債務引受を撤回したものであって,かかる経過に照らすと,当該撤回の効果を被控訴人に主張することは,禁反言の原則ないしクリーンハンズの原則に違背するものであって,信義則に反するものとして,許されないというべきである。

オ  そして,本件において,被控訴人が,控訴人に対し本件請求を行うことは,改めて本件債務引受に係る受益の意思表示を黙示に行ったものというべきであるから,控訴人は,本件債務引受に基づき,サンライフの被控訴人に対する過払金返還債務を負担するというべきである。

(3)また,サンライフ取引と切替後取引とは,経済的一体性を有するものであって,当事者の合理的意思からすれば,切替契約の際にサンライフに対する過払金返還請求権が生じているとすると,これを控訴人から借り入れた貸付金と精算して処理して差し支えないとの意思であったというべきである。したがって,控訴人と被控訴人との間においては,本件切替契約に係る借入金につき,被控訴人とサンライフとの間の過払金を充当するとの合意があったと解するのが相当であるから,控訴人は,被控訴人に対し,本件債務引受と上記充当合意に基づき,サンライフ取引から生じた過払金を切替後取引に係る貸金債務に充当して計算した結果認められる過払金について返還義務を負う。」

3  原判決12頁18行目「主張立証はない。」の後に,「この点,控訴人は,当時の法解釈や行政の指導に従い適法と判断される17条書面及び18条書面を遅滞なく交付していた旨主張し,そのサンプル(書式)を書証(乙12,13)として提出する。しかし,これらの主張及び単なるサンプルの提出をもって,特段の事情についての具体的主張・立証がされたものということは到底できない。なお,被控訴人は,上記の控訴人の主張・立証につき,時機に後れた攻撃防御方法であるとして却下を求めるが,その主張及び提出書証の内容にかんがみ,訴訟の完結を遅延させる(民訴法157条1項)のものとは認められないから,却下することが相当であるとまではいえない。」を加える。

4  その他,原審及び当審における当事者提出の各準備書面記載の主張に照らし,原審及び当審で提出,援用された全証拠を改めて精査しても,引用に係る原判決を含め,当審の認定,判断を覆すほどのものはない。

5  以上によれば,原判決は相当であり,本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小野洋一 裁判官 池町知佐子 裁判官 金澤秀樹)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例