高松高等裁判所 平成22年(ラ)126号 決定 2010年10月12日
抗告人(原審申立人)
甲山A
主文
1 原審判を取り消す。
2 抗告人の名を「A」から「A1」に変更することを許可する。
理由
第1抗告の趣旨等
抗告の趣旨及び理由は,別紙「即時抗告申立書」(写し)記載のとおり。
第2事案の概要
本件は,性同一性障害の診断を受け,その治療のガイドラインに沿って加療中の抗告人が,戸籍上の名である「A」を通称名として使用している「A1」に変更することの許可を求める事案である。
第3当裁判所の判断
1 認定事実
原審判第2の1記載のとおりであるから,これを引用する。
2 正当な事由の有無について
(1) 戸籍法107条の2は,名の変更には「正当な事由」のあることを要する旨定めているところ,これは,名は氏とともに,人の同一性を識別するために社会生活上極めて重要な意義を持つものであるから,みだりに変更することを許さないものとするとともに,名を変更しなければ本人の社会生活上著しい支障がある場合には,名の変更を認めることとして,公益と個人の利益の調和を図ろうとする趣旨の規定であると解される。
(2) そこで,上記の観点から「正当な事由」の有無について検討するに,記録によれば,①抗告人は,性同一性障害者であって,日常は女性として生活していること,②抗告人の戸籍上の名である「A」は男性であることを示すものであるため,抗告人は,性別アイデンティティーの維持や社会生活における本人確認などに支障を来していること,③抗告人は,現在,性同一性障害に関する治療のガイドラインに沿って,ホルモン療法を受けており,最終的には,性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(以下「法」という。)に基づき,戸籍上の性別を変更する予定であること,④抗告人は,「A1」の通称名を現在に至るまで少なくとも9か月間余り使用しており,当該通称名は社会的に定着しているとまではいえないが,一定程度の使用実績があること,⑤抗告人は,現在,失職中であり,名の変更によって社会的な混乱が発生するとは考え難いことが認められ,これらの諸点を総合すれば,抗告人について名を変更しなければ社会生活上著しい支障があるということができるから,本件名の変更については「正当な事由」が存するものと認められる。
(3) なお,抗告人には未成年の子が2人いる(記録によれば,いずれも抗告人の前妻が親権者として監護養育していることが認められる。)から,抗告人が現在受けている治療を継続し,性別適合手術を受けたとしても,法3条1項3号により,長男が成人する平成26年×月までは,性別の取扱いの変更をすることができない。
しかしながら,法3条1項3号は,未成年の子がいる者について性別の取扱いの変更を認めると,その子に心理的な混乱や不安等をもたらしたり,親子関係に影響を及ぼしかねないとの指摘があったことを踏まえて,子の福祉の観点からこれを制限したものであるところ,性別の取扱いの変更とは法律上の要件が異なる名の変更についてまで,法3条1項3号の趣旨を当然に考慮しなければならないと解することは相当でないというべきである。そして,本件において,抗告人の名の変更を認めることにより上記未成年の子らの福祉に悪影響が生ずる具体的なおそれがあることは,記録上窺われないから,抗告人に上記未成年の子らがいることを理由として,本件名の変更について「正当な事由」の存在を否定することはできない。
第4結論
よって,本件申立てを却下した原審判は相当でないから,原審判を取り消し,家事審判規則19条2項により主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 杉本正樹 裁判官 政岡克俊 市原義孝)
別紙<省略>