高松高等裁判所 平成22年(行コ)30号 判決 2011年5月10日
控訴人(1審被告) 高知県
同代表者知事 尾崎正直
同訴訟代理人弁護士 行田博文
同指定代理人 清藤祐一
外3名
被控訴人(1審原告) 乙川一郎
同訴訟代理人弁護士 石川雅康
主文
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1 控訴の趣旨
主文同旨
第2 事案の概要
1 本件は,控訴人の職員として勤務(a事務所主任技師(b管理業務)。ただし,平成19年4月以降はc事務所やd保健所で行政職の補助業務も兼務)していた被控訴人が,平成21年4月28日,公務外で酒酔い運転をして物損事故を起こしたことから,控訴人が,被控訴人の行為は職員全体の名誉と信頼を損ない,県民の県政への信頼を大きく裏切るものであって,地方公務員法33条の信用失墜行為に当たるとして,同法29条1項1号及び3号に基づき懲戒免職処分を行ったことから,被控訴人が,控訴人に対し,当該処分の取消を求めた事案である。
原審は,被控訴人の請求を認容したため,控訴人がこれを不服として控訴し,上記第1のとおりの判決を求めた。
2 本件における前提事実,争点及び争点に対する当事者の主張は,次のとおり付加,訂正し,後記3のとおり,当審における控訴人の補足主張を加えるほか,原判決「事実及び理由」第2の1ないし3のとおりであるから,これを引用する(略語については原判決のそれに従う。)。
原判決2頁21行目冒頭から23行目の末尾までを次のとおりに改める。
「 被控訴人は,上記のとおり平成21年4月から,b管理業務に携わっていたところ,配置転換当初の歓送迎会で被控訴人が「年寄りばっかりや」と言ったのに対し,その翌日に上司にあたる班長から「お前は数のうちにも入っていない」などと言われたことがあったことなどから,技能職員に対する差別を感じていた。
被控訴人は,配置転換後しばらく経った平成21年4月28日,休み前日であることから,以前同じ職場に勤務していた技術職員である友人2人と飲酒することとなり,普段は,高知市内の居酒屋等で飲酒しているところ,友人の発案で,被控訴人の自宅に近い土佐市内の居酒屋で飲酒することになった。
被控訴人は,同日の勤務終了後,通勤に使っている普通乗用自動車(以下「本件車両」という。)を運転して,友人のうち1名を迎えに行き,その後,土佐市内に向かい,土佐市役所の南側にある駐車場に,同車両を駐車した。」
原判決2頁25行目の「8時ころまで」の次に「,自分たち技術職員の処遇に対する不満を話しているうちに普段の飲酒量を超えて」を加える。
原判決3頁1行目の「その後,」の次に「友人1人が帰宅したことから,」を加える。
原判決3頁2行目の「2人でビール1本程度」を「ビール一口程度」に改める。
原判決3頁3行目の末尾に「被控訴人は,うつむいて身体をゆらすなどその酔い方が普段より「酷い」状態であることを心配したスナックの店主から,タクシーを呼ぶか,車があるならば代行を呼ぼうか,と何度か声をかけられたが,特に何も答えることもせず,同日,午後10時30分ころ,店を出た。」を加える。
原判決3頁7行目の「上記運転中,」を「本件車両を運転して,時速40キロメートル程度で直線で約700メートル進行した際,自宅に電話をしようと」に改める。
原判決3頁12行目の末尾に改行の上,次のとおり加える。
「 上記信号柱は,本件車両の進行する県道が片道2車線の国道と交差する手前の横断歩道脇に立てられたものであって,本件車両は上記信号柱衝突後反時計回りに数十度回転した状態で横断歩道上に停止した。本件事故により,上記信号柱には擦過痕が残ったほか,信号柱に設置された感知器の支えの部分が曲損した。
本件事故の現場付近は,住宅や商店等が並ぶ,土佐市の中心部に近い市街地であり,本件事故現場の南側には,歩道を挟んで美容室兼居宅がある。」
3 当審における補足主張
(控訴人)
(1)被控訴人は,呼気1リットル中0.7ミリグラムもの格段に濃度の高いアルコール分を体内に保有したまま車の運転に及び,信号柱に衝突する物損事故を起こして,酒酔い運転の被疑事実で現行犯逮捕され,刑事処分を受けたものであって,その非違性は極めて重大である。血中アルコール濃度ごとの相対事故発生率は,血中アルコール濃度が0の場合と比較すると,1.0mg/mlの場合が約5倍,1.5mg/mlの場合が約22倍となっている。本件の場合は,血中濃度に換算すると,およそ1.4mg/mlに相当し,この濃度の場合は約17倍になる。
同様に,飲酒運転と死亡事故との関連性を表す相対死亡事故率も上昇し,本件酒酔い運転当時の被控訴人の年齢層(35~49歳)では,血中アルコール濃度が1.4mg/mlの場合,約5.64倍になる。
さらに,酒酔い運転による交通事故の致死率は,その他の道路交通法違反による交通事故の致死率のおよそ30倍となっている。
実際にも,駐車されていた場所から約1キロメートル足らずの国道で物損事故を惹起しており,その結果や影響の点においても悪質であり,飲酒目的で本件車両を運転して居酒屋に行き,飲酒後帰宅するために,代行運転を頼んだり,酔いを覚ますための時間をおいたりすることなく,本件酒酔い運転を行っており,その原因や動機においても酌量の余地は全くない。本件酒酔い運転後の態度にも,警察の取調に素直に応じず,悪態をつくなど問題が認められ,刑事処分も,罰金80万円と,罰金の法定刑の上限が100万円であるところからすれば,厳しいものである。
(2)飲酒運転を取り巻く社会的状況から見ても,本件酒酔い運転は悪質性が高く,非違性も重大である。
控訴人は,昭和53年に職員の飲酒運転が続発して以降,職員の飲酒運転の撲滅を県政における重要課題と位置付け,パンフレットの配布,飲酒カウンセリングを行い,処分の量定を2度にわたって改め,職員に対する文書による注意喚起や厳重注意を行ってきた。
また,控訴人に限らず,平成18年8月に福岡市の職員が飲酒運転の上交通事故を起こし,幼児3名を死亡させるという事件を起こしたことを受けて,飲酒運転に対する処分量定を厳しくする自治体が増加したが,平成18年度から平成21年度における控訴人を除く46都道府県知事部局の飲酒運転に係る懲戒処分の状況を見ると,本件のような「酒酔い運転」に関しては,事故の有無にかかわらず,全てが懲戒免職処分になっている。また,酒気帯び運転にとどまる場合にも,131件中63件が懲戒免職処分になっており,物損事故を伴う場合には,39件中24件と6割以上が懲戒免職処分になっている。国においても,平成13年に危険運転致死傷罪が新設され,道路交通法も改正されて刑罰が引き上げられた。行政処分にあっても,違反点数の引き上げ等が行われた。さらに,人事院は,平成20年4月1日,「懲戒処分の指針」を一部を改正し,公務員が酒酔い運転をした場合の処分量定を「免職・停職・減給」から「免職・停職」に,同じく酒気帯び運転をした場合の処分量定を「停職・減給・戒告」から「免職・停職・減給」に変更した。
(3)被控訴人に有利な事情があることは否定しないが,それらを考慮したとしても,上記(1)(2)に述べたところにかんがみれば,控訴人の裁量に逸脱があるとはいえない。
(被控訴人)
被控訴人としても,交通事故防止,特に飲酒運転による事故防止は国民総ぐるみで取り組まねばならない重要課題であって,容認できるものではないと考えている。しかし,懲戒制度は公務員にあってはその公務員関係の秩序の維持や回復を目的とするものであって,社会秩序の維持,回復を目的とするものではない。また,内部基準として本件懲戒基準が定められていても,これに従えば正当であるとか本件懲戒基準に拘束され裁量の余地がないというものでもない。したがって,ただ,飲酒運転をしたというだけの理由で処分基準に従って被控訴人を免職処分にすることは懲戒制度の目的にも反しているといわざるを得ない。
交通三悪と呼ばれる無免許,飲酒運転,速度違反について,控訴人は,その撲滅に当たって施策として県民を上げて取り組んでいるといいながら,制限速度70キロメートル超の速度違反行為の4事案については10分の1の減給3か月ないし戒告で済ましており,また,信号遵守義務に違反して重傷事故を発生させた2事案については10分の2の減給2か月や10分の2の減給4か月の処分で済ましており,これらの処分と比べてみても,本件処分は公平を失している。
非違行為に対する懲戒処分に対しては,諸般の事情を考慮すべきであるが,控訴人は,本件酒酔い運転からゴールデンウィークを挟んだわずか15日で本件処分を行っており,十分に諸般の事情を考慮したものではないし,被控訴人は,従来,外で飲酒した際には,タクシーや代行運転で帰宅しており,飲酒運転をしたのは本件が初めてであって常習的に飲酒運転を繰り返していたものではなく,このような事情を考慮すべきである。
第3 当裁判所の判断
1 争点1(本件処分が裁量権の逸脱濫用に当たるか否か)について
(1)本件酒酔い運転が,地方公務員法33条の信用失墜行為に該当し,同法29条1項1号(法令等違反行為)及び3号(全体の奉仕者たるに相応しくない非行行為)に当たることは明らかである。
(2)ところで,地方公務員につき地方公務員法所定の懲戒事由がある場合に,懲戒権者は,懲戒事由に該当すると認められる行為の原因,動機,性質,態様,結果,影響等のほか,当該公務員の上記行為の前後における態度,懲戒処分等の処分歴,選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等,諸般の事情を総合的に考慮して,懲戒処分をすべきかどうか,また,懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきかを,その裁量的判断によって決定することができるものと解すべきであり,裁判所がその処分の適否を審査するに当たっては,懲戒権者と同一の立場に立って懲戒処分をすべきであったかどうか又はいかなる処分を選択すべきであったかについて判断し,その結果と懲戒処分とを比較してその軽重を論ずべきものではなく,懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分が社会観念上著しく妥当を欠き,裁量権の範囲を逸脱しこれを濫用したと認められる場合に限り,違法であると判断すべきものであり(最高裁平成2年1月18日第一小法廷判決・民集44巻1号1頁,最高裁昭和52年12月20日第三小法廷判決・民集31巻7号1101頁参照),以上の見地から本件について検討する。
(3)控訴人は,本件懲戒基準に従って,被控訴人につき本件処分を行ったものであるから,まず,本件懲戒基準について検討すると,本件懲戒基準の内容,改訂の経過は前記引用に係る原判決前提事実のとおりであるところ,証拠(甲10,乙9)によれば,同基準においては,飲酒運転の非違行為を,人身事故を伴う場合,物損事故を伴う場合,自損事故を伴う場合,事故を伴わない交通法規違反のみの場合に区分し,これらいずれについても原則は免職処分とし,物損事故を伴う場合,自損事故を伴う場合及び交通法規違反の場合のうち,情状酌量の余地のあるものについては諭旨退職処分とすることができる取扱いとなっており,停職の余地が残されているのは,いわゆる二日酔いの状況にあり,特に情状酌量の余地のあるもののうち死亡事故の場合を除くもののみであるとされている。
控訴人が,このような本件懲戒基準を採用した背景には,悪質な飲酒運転が社会問題化し,これを撲滅しようとする社会的要請が強くなり,その一方で,控訴人の職員による飲酒運転事犯が後を絶たないことがあり,控訴人は,全国に先駆け,平成9年,本件懲戒基準を定めて飲酒運転を強く戒め,同年以降,本件に至るまで,本件懲戒基準に従って処分を行ってきたことは,本件証拠(甲10,乙6,7)上も認定できるところである。これに加えて,昨今の社会情勢として,飲酒運転に対する姿勢がさらに厳しくなり,危険運転致死傷罪や道路交通法における扱いにも変化が生じたことは控訴人指摘のとおりである。
しかしながら,公務員に対する懲戒処分は,公務員として相応しくない非行がある場合に,その責任を確認し,それによってその地方公共団体における規律と公務遂行の秩序を維持することを目的に科される制裁であり,飲酒運転という社会悪の撲滅といった社会秩序維持を直接目的とする制度ではないのであるから,社会秩序維持の点を過度に考慮することは,懲戒処分としての趣旨を逸脱するおそれがあることは否定できない。また,懲戒処分を行うに当たっては,上記のとおり懲戒事由に該当すると認められる行為の原因,動機,性質,態様,結果,影響等のほか,当該公務員の上記行為の前後における態度,懲戒処分等の処分歴,選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等,諸般の事情を総合的に考慮すべきであるところ,上記のとおり,本件懲戒基準は,管理職であるか否か,事故の態様,いわゆる二日酔いの状況か否かに応じて区分してはいるものの,他の事情を考慮するものとされておらず,特に二日酔いの状況以外の場合は免職以上の処分を行うものとするなど,それ自体はいささか硬直した基準というべきであって,本件懲戒基準に従って処分を行ったとしても,場合によっては,裁量権の範囲を逸脱しこれを濫用したものと認めざるを得ないこともあり得るものというべきである。
もっとも,そのような場合に該当するか否かについては,結局のところ,本件酒酔い運転について懲戒免職処分とするのが社会観念上著しく妥当を欠き,裁量権の範囲を逸脱しこれを濫用したと認められるか否かによることになるから,以下,この点について検討する。
(4)被控訴人は,前記引用に係る原判決前提事実(ただし,本判決による補正後のもの)のとおり,平成21年4月28日,午後6時ころから,飲酒を始め,生ビール3,4杯程度,焼酎の水割り4,5杯程度を飲み,2軒目のスナックに寄った際には,既に足下がふらつき,呂律が回らないなど,相当酔った状態であったこと,2軒目ではビールを一口程度飲むだけであったが,特に酔いを覚ますこともなく,店主からタクシーを呼ぶか代行運転を頼むかとの問いに対しても答えずに,同日午後10時30分ころ,店を出たこと,本件事故現場は,被控訴人が本件車両に乗った場所から直線で約700メートル程度しか離れていない場所であって,本件事故の時間が同日午後10時34分ころであることからすると,被控訴人は,本件車両を運転し出してからすぐに本件事故を引き起こしたといえること,本件事故後,現場に到着した警察官による飲酒検知の結果,被控訴人の呼気1リットル中0.7ミリグラムという高濃度のアルコールが検出されたことに加え,被控訴人自身,最初の居酒屋を出た後は,本件事故を起こした時点までの記憶が曖昧であり,よく思い出すことができない旨供述していること(乙20の9)に照らすと,運転開始時点での被控訴人は,およそ正常な運転など期待すべくもない状態であったといわざるを得ないのみならず,かかる状態での運転中に携帯電話を操作しようとして,そのことが本件事故の直接のきっかけになったと考えられるもので,極めて危険なものである。本件事故の結果,人身被害は発生せず,信号柱の物損にとどまったが,これはたまたま信号柱にぶつかったことにより本件車両が停止したからであって,片側2車線の国道に設けられた交差点の手前であったことや,本件事故現場の周囲には店舗や民家が建ち並ぶ場所であり,本件事故後の午後10時47分から11時42分までに行われた実況見分の結果によっても,本件事故現場における5分間の交通量は,車両約20台,歩行者約2人とされていること(乙20の5)からすると,本件において,人身被害等に及ばなかったのはむしろ僥倖というべきであって,状況によっては更なる事故につながる危険性は高い状況であったといえる。他方,被控訴人が飲酒運転に及んだ動機は既にみたとおりであって,特に酌量の余地があるものともいえず,被控訴人はかねて酒癖の良い方ではなく,酔ってしまうと自分自身を押さえることができなくなる旨供述していること(乙20の9,10)からすると,本件事故が不幸な悪条件が重なった結果の偶発的なものとも評価しがたいこと,事故が発覚して警察官が駆けつけた際,飲酒検知結果への署名指印を拒否するなど,飲酒運転後の情状も芳しくないこと,刑事処罰としても,罰金刑が選択されたとはいえ,法定刑の上限に近い罰金80万円が科されていることに照らすと,被控訴人が本件酒酔い運転を行ったことにより,公務員に対する著しく信頼性を失わせたものというべきである。
そうであるとすると,被控訴人が,現業業務や行政職の補助業務に携わっていた公務員であって,管理職の地位にはなく,本件酒酔い運転自体も職務外で私的に行われたものであること,被控訴人には本件処分までに控訴人から懲戒処分を受けたことはなく,証拠(甲22)及び弁論の全趣旨によれば,交通違反歴についても,一旦停止義務違反,シートベルト着用義務違反及びスピード違反が各1件あるだけで,平成14年以降は無事故無違反であること,被控訴人は,証拠(乙20の8~10)及び弁論の全趣旨によれば,本件事故の翌日以降は,捜査機関の取調べ等に素直に応じていたこと,控訴人に対し,自ら自宅謹慎を申し出,釈放された日の翌日である平成21年5月1日には,控訴人の事情聴取に応じて,事情を説明し,本件顛末書を提出したことなどが認められ,自己の行為の危険性や,悪質性を理解し,反省している様子も窺えること,被控訴人は,控訴人における技能職員の廃止方針を受けて,転職試験を受けていたほか,ジョブチャレンジにも挑戦するなど,就業意欲も高かったこと,さらに,証拠(甲15,16の1~4,甲17,18及び19の各1及び2,甲20,22)によれば,被控訴人の家庭においては,被控訴人の給与は重要な収入源であり,被控訴人の再就職が困難な状況で,被控訴人及びその妻は生活に困窮していること等の事情を考慮しても,本件における懲戒権者である控訴人の裁量権の行使に基づく処分が社会観念上著しく妥当を欠き,裁量権の範囲を逸脱しこれを濫用したとまでは認められない。
(5)なお,被控訴人は,控訴人における,時速70キロメートル超の速度違反等の事例における懲戒処分例を挙げて,本件処分は公平を欠く旨を主張するが,本件酒酔い運転は,時速70キロメートル超の速度違反の事例(ただし,甲10によれば,いずれも高速道路における違反事例である。)と比較しても危険な行為であったといわざるを得ない。また,信号遵守義務違反による重大な人身事故の事例では,当該事例が減給処分とされていることと対比すると,本件処分が一見したところ重いように思われるが,上記人身事故の事例については具体的な事情が不明であり,単純な比較は困難であり,上記認定判断を左右するに足りる事情とはいえない。
(6)したがって,争点1に関する被控訴人の主張は採用できない。
2 争点2(本件処分に手続的違法があるか否か)について
(1)被控訴人は,懲戒免職処分は不利益処分であるから,適正手続の保障を全うするため,行政庁は十分な弁明の機会を与えるべきであり,これを欠く場合には,当該懲戒処分自体が違法となるところ,本件において,控訴人が行った事情聴取は,処分側からの事実調査・確認の域を出ないものであって,被控訴人に十分な弁明を行う機会は与えられていなかったから,本件処分は違法であり,取り消されるべきである旨を主張する。
(2)ところで,地方公務員法49条1項において,懲戒処分等の不利益処分を行うに当たって,その職員に対し処分の事由を記載した書面を交付しなければならないものと規定され,また,控訴人の職員の懲戒の手続及び効果に関する条例3条が,懲戒処分としての戒告,減給,停職又は免職の処分は,その旨を記載した書面を当該職員に交付して行わなければならないと定めている(乙1)ものの,懲戒処分を行うに当たって,弁明の機会を与えなければならないとの規定は設けられていない。しかし,地方公務員法27条1項が「すべて職員の分限及び懲戒については,公正でなければならない」として,地方公務員に対する懲戒処分の公正を定めていることに照らすと,特に被処分者の地方公務員としての身分を喪失させるという重大な不利益を及ぼす懲戒免職処分については,処分の基礎となる事実の認定等について被処分者の実体上の権利の保護に欠けることのないよう,適正かつ公正な手続を履践することが要求されているというべきである。かかる観点からすると,懲戒免職処分の基礎となる事実の認定に影響を及ぼし,ひいては処分の内容に影響を及ぼす相当程度の可能性があるにもかかわらず,弁明の機会を与えなかった場合には,裁量権の逸脱があるものとして当該懲戒免職処分には違法があるというべきである。
(3)これを本件についてみると,控訴人の人事課職員において,平成21年5月1日,午後3時から3時50分にかけて,被控訴人からの事情聴取を行っており(なお,被控訴人は,上記事情聴取が行われたのは5月8日である旨を主張するが,仮に上記事情聴取が5月8日であったとしてもその判断に影響を及ぼすものではない。),さらに,被控訴人自身が,控訴人に対し,顛末書を作成して5月6日に提出していることからすると,控訴人が,本件処分を行うに当たり,上記の他に被控訴人の弁明の機会を与えなかったとしても,懲戒免職処分の基礎となる事実の認定に影響を及ぼし,ひいては処分の内容に影響を及ぼす相当程度の可能性があるにもかかわらず,弁明の機会を与えなかったものとは認められない。上記争点2に係る被控訴人の主張は採用できない。
3 その他,原審及び当審における当事者提出の各準備書面記載の主張に照らし,原審及び当審で提出,援用された全証拠を改めて精査しても,上記当審の認定,判断を覆すほどのものはない。
4 以上によれば,被控訴人の控訴人に対する請求は理由がないから棄却すべきところ,これと異なる原判決は相当でないから取り消し,被控訴人の控訴人に対する請求は棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小野洋一 裁判官 金澤秀樹 裁判官 釜元修は,転補により署名押印することができない。裁判長裁判官 小野洋一)