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高松高等裁判所 平成24年(ネ)232号 判決 2012年9月13日

控訴人(1審被告)

更生会社TFK株式会社管財人 Y

同訴訟代理人弁護士

森田豪

被控訴人(1審原告)

同訴訟代理人弁護士

村上勝也

主文

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は第1審、2審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1  控訴の趣旨

主文同旨

第2  事案の概要

1  本件は、貸金業を営んでいた株式会社武富士(平成22年10月31日更生手続開始決定を受け、控訴人が管財人に選任され、平成24年に「TFK株式会社」に商号変更した。以下、上記会社を「更生会社」という。)との間で、平成3年2月8日から平成21年10月3日まで借入れと返済を繰り返す継続的金銭消費貸借取引をしてきた被控訴人が、利息制限法所定の利率を超えて利息として支払われた部分を元本に充当して計算し直す(以下「引き直し計算」という。)と過払金が発生しており、かつ、更生会社は上記過払金の受領が法律上の原因を欠くものであることを知っていたとして、更生会社の管財人である控訴人に対し、不当利得返還請求権に基づく過払金元金283万1766円及びこれに対する民法所定年5分の割合による更生手続開始決定日の前日である平成22年10月30日までの民法704条前段の利息(以下「法定利息」という。)26万5146円の合計309万6912円の更生債権を有することの確定を求めた事案である。

控訴人は、上記取引について更生会社と被控訴人間で平成21年10月18日和解が成立し、債権債務がないことが確認されており、この和解の確定効により、過払金返還債務は消滅したとし、被控訴人の錯誤無効の再抗弁を排斥すべきと主張したが、原審は錯誤無効の再抗弁を採用して、被控訴人の請求を全て認容したため、控訴人が控訴した。

2  前提事実及び争点に関する当事者の主張は、次のとおり補正するほかは、原判決「事実及び理由」の第2の2及び第3の1、2(原判決2頁2行目冒頭から5頁10行目末尾まで)記載のとおりであるから、これを引用する。

(1)  原判決4頁16行目の「申し出があったので、」の次に「双方が相互に債権債務がないことを確認する旨の」を加える。

(2)  同頁22行目の「したがって、」から25行目末尾までを「そもそも錯誤の規定は、当事者が争いの対象とし、互譲によって決定した事項自体に錯誤があるときには適用されないところ、過払金返還請求権は、本件和解契約の対象たる権利に当たるから、和解の確定効(民法696条)により、和解契約の内容を争うことはできない。」と改める。

第3  当裁判所の判断

1  本件和解の効力について

(1)  前提事実に証拠(甲1ないし4、乙1、2、3の1ないし5)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

ア 被控訴人は、更生会社との間で、平成3年2月8日から平成21年10月3日までの間、本件取引を行い、最後の弁済をした平成21年10月3日時点での約定残債務額は、96万6221円であったが、そのころ、被控訴人は、収入が減る一方、他の貸金業者数社からの相当額の借入れがあって、毎月の返済が滞るようになり、窮地に立たされていた。

イ 被控訴人は、平成21年10月6日、知人のアドバイスにより、更生会社宛に電話をかけ、取引履歴の開示を求めた。その際、電話に出た更生会社担当者から、開示を求めた経緯等に関して尋ねられる等のやりとりがあり、同担当者から、過払いが生じている可能性を指摘された後、債務を支払わなくても良い旨の和解のプランがあるが、希望はあるかと問われ、被控訴人は、収入が減り支払が難しくなったが、債務ゼロの内容であれば弁護士に委任せずに自ら対応する旨述べた。

平成21年10月14日、更生会社担当者は、本件取引の取引履歴を被控訴人宛に特定記録郵便にて送付した。なお、同担当者が送付した取引履歴には、引き直し計算の結果については記載されていなかった。

ウ 被控訴人は、平成21年10月18日、更生会社との間で、要旨下記内容の本件和解契約を締結した。

(ア) 被控訴人は、更生会社に対し、本件取引につき一切の支払義務のないことを確認する。

(イ) 被控訴人、更生会社間には、本和解条項に定めるほか、何らの債権債務がないことを相互に確認する。

(ウ) 更生会社は、被控訴人に対し、本和解成立後、契約証書を返還する。

エ 本件取引に関して引き直して計算を行うと、本件取引の最終弁済時である平成21年10月3日時点において、294万4851円(うち元本283万1766円。ただし、同計算は、民法704条所定の利息の発生を前提とするものである。)の過払金及び法定利息が生じていた。

(2)  上記認定のとおり、被控訴人は、平成21年10月3日ころ、みなし弁済の成否、残債務額を争い、逆に過払金返還請求をする方途をとることも客観的にはあり得たが、他の貸金業者からも相当額の借入れがあり、弁済が困難であったことから、その窮地を免れようとして、早期かつ簡易に本件取引上の債務の支払を巡る紛争を解決するため、みなし弁済が成立する場合には多額の残債務があるが、これを存在しないこととする一方、上記の方途をとる選択を放棄する譲歩をして、本件和解契約を成立させたものである。このことは、被控訴人が、利息制限法に係る法的知識を有していたかどうかによって左右されないものというほかない。

したがって、本件和解契約により、本件の過払金返還債務にも、本件和解契約の効力が及ぶものというほかない。

2  本件和解契約の錯誤無効について

(1)  被控訴人は、本件和解契約当時、過払金発生の可能性すら認識しておらず、本件取引上の債務、過払金の有無について錯誤があった旨主張し、その旨陳述記載する(甲4)。

(2)  和解において、争いの対象となった事項ではなく、この争いの対象たる事項の前提ないし基礎として両当事者が予定し、したがって、和解においても互譲の内容とされることなく、争いも疑いもない事実として予定された事項に錯誤があるときには、錯誤の規定の適用があるけれども、当事者が争いの対象となし、互譲によって決定した事項自体に錯誤があるときには、和解契約の基本的な効力(民法696条)として、錯誤の規定は適用されない(最高裁昭和35年(オ)第625号同38年2月12日第三小法廷判決・民集17巻1号171参照)。

しかるところ、本件においては、当事者間での紛争の対象となり、互譲により決定されることになったのは、双方が支払うべき金額の有無であるところ、被控訴人の主張するところは、本件和解契約の当時、法律の不知によって、双方が支払うべき金額の有無、内容(みなし弁済の成否及びその程度によって、その数値が変動する。)について錯誤を生じていたということに帰するから、錯誤の規定は適用されないものというべきである。

そうすると、被控訴人の錯誤の主張は採用できない。

3  結論

以上によれば、更生会社の被控訴人に対する過払金返還債務が現時点で存在するものと認めることはできないから、その余の点について判断するまでもなく、被控訴人の控訴人に対する本件の請求は理由がないことに帰する。

第4  以上の次第で、被控訴人の請求は、理由がないから棄却すべく、これと異なる原判決は相当でなく、本件控訴は理由があるから、原判決を取り消し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 金馬健二 裁判官 政岡克俊 田中一隆)

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