高松高等裁判所 平成24年(ネ)550号 判決 2014年5月23日
(一部仮名)
控訴人(1審原告)
破産者株式会社讃岐造船鉄工所破産管財人 X
控訴人補助参加人(1審原告補助参加人)
Z1
代表者代表取締役
A
控訴人補助参加人(1審原告補助参加人)
Z2
代表者代表取締役
B
上記両名訴訟代理人弁護士
雨宮正啓
被控訴人(1審被告)
株式会社百十四銀行
代表者代表取締役
C
訴訟代理人弁護士
河村正和
柳瀬治夫
徳田陽一
植松智洋
明石卓也
主文
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人に対し、8億7000万円及びこれに対する平成21年7月24日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用(控訴人補助参加人らに生じた費用を含む。)は、1、2審とも被控訴人の負担とする。
4 この判決は、第2項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
主文と同旨
第2事案の概要等
1 本件は、破産者株式会社讃岐造船鉄工所(以下「破産会社」という。)の破産管財人である控訴人が、破産会社のいわゆるメインバンクである被控訴人は、平成21年7月23日、破産会社が支払不能であったことを知りながら同社から8億7000万円の弁済(以下「本件弁済」という。)を受けたとして、破産法162条1項1号イに基づいて本件弁済を否認し、被控訴人に対し、本件弁済に係る8億7000万円の返還及びこれに対する本件弁済日の翌日である平成21年7月24日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。なお、破産会社の財団債権者である控訴人補助参加人らが控訴人を補助するため本訴に補助参加している。
原審は、控訴人の請求を棄却したところ、控訴人がこれを不服として控訴し、前記第1のとおりの判決を求めた。
2 前提事実
(1) 破産会社は、昭和17年2月21日、有限会社讃岐造船鉄工所の商号で設立され、昭和19年に株式会社に組織変更し、現商号になったものであるが、平成12年11月13日、高松地方裁判所観音寺支部において民事再生手続開始決定を受けた(以下「前再生手続」という。)。前再生手続においては、平成13年7月30日、再生計画認可決定がなされ、平成16年11月4日には再生手続終結決定がされた(甲1の1・2、甲2の2)。
(2) 平成16年9月、a株式会社(以下「a社」という。)の社長であるD(以下「D社長」という。)が、破産会社の第三者割当増資の引受をし、保有割合74.9%で破産会社の筆頭株主兼取締役会長となり、その後平成18年5月に破産会社の代表取締役社長に就任した。
(3) 被控訴人は銀行であり、平成21年7月当時、破産会社のメインバンクであり、破産会社と取引のある唯一の金融機関であった。
被控訴人は、破産会社に対し、少なくとも平成20年12月1日から平成21年7月15日まで、本判決別紙「百十四銀行融資一覧表」記載のとおりの融資をした。
(4) 株式会社b(以下「b社」という。)は、平成20年12月3日、破産会社との間のヨット2隻に係る造船契約を取消し又は解除したとして、破産会社に対し、交付済みの予約金3億8526万3500円の返還等を求める訴訟を高松地方裁判所丸亀支部に提起した(平成20年(ワ)第197号。以下「b社の訴訟」という。)。なお、b社の訴訟については、平成21年8月6日、破産会社に対し、3億6980万4411円及びこれに対する平成21年3月28日から支払済みまで年6分の割合による金員をb社へ支払うよう命じる1審判決が言い渡されたが、後記のとおり同年8月12日に破産会社につき破産手続開始決定がされたことに伴い、訴訟手続は中断している(甲30、36、弁論の全趣旨)。
(5) 独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構(以下「機構」という。)は、平成21年4月6日ころ、破産会社に対する連帯保証債務履行請求権10億5937万2218円のうち、9799万1925円につき前再生手続に係る民事再生計画に基づく弁済期が既に到来している等と主張して、破産会社に対してその支払等を求める訴訟を横浜地方裁判所に提起した(平成21年(ワ)第1653号。以下「機構の訴訟」という。)。なお、機構の訴訟についても上記のとおり破産会社につき破産手続開始決定がされたことに伴って訴訟手続が中断している(甲41、42、弁論の全趣旨)。
(6) 被控訴人は、破産会社の経営改善が進まず、手形貸付残高が増加し続けていたことから、平成21年6月11日付けで、D社長に対し、お願いと確認事項と題する書面(甲16)を渡し、破産会社の事務所や工場に立ち入らず、経営等についての指示をしないようお願いするとともに、被控訴人から破産会社に人を常時派遣して改善状況をチェックする旨を伝えた(甲16)。同月15日には、被控訴人におけるE審査部グループ長(以下「Eグループ長」という。)、F審査部部長補佐(以下「F部長補佐」という。)及びG審査部調査役(以下「G調査役」という。)の3名を主要メンバーとするプロジェクトチーム(以下「被控訴人PT」ということがある。)が、破産会社の一室を借りるなどして破産会社の経営改善状況のチェック等を開始した。
(7) 破産会社におけるH財務部長(以下「H財務部長」という。)は、平成21年6月17日付けで、被控訴人PTに対し、百十四銀行へのお詫びと題する書面(乙6)を提出し、被控訴人に提出してきた船別収支実績予想表(以下「提出用予想表」という。)は赤字を隠す修正後のもので、これとは別に修正前の破産会社用のもの(以下「会社用予想表」という。)が存在する旨を報告した。
(8) 平成21年7月16日、被控訴人本店において、被控訴人からはI取締役・常務執行役員(以下「I常務」という。)、J審査部長(以下「J部長」という。)、被控訴人PTの3名等が、破産会社からはD社長、K専務取締役(以下「K専務」という。)、L常務取締役(以下「L常務」という。)等が出席して面談が行われた。
(9) 破産会社は、平成21年7月23日、c(以下「c社」という。)にc1353番船(船舶番号につき乙33参照。以下同旨。)を引き渡し、同日、同社からその引渡時代金8億8219万0500円の振込送金を受け、このうち8億7000万円の払戻しを受けて、これを被控訴人に弁済した(本件弁済)(甲20)。
(10) D社長は、平成21年7月24日付けで、被控訴人に対し、破産会社体制改善計画と題する書面(乙10)を提出し、船別収支実績予想表を改ざんして報告したことにつき謝罪する旨や今後建造する船舶の収支改善のため抜本的な対策を講じる旨などを報告した。
(11) 平成21年7月25日、破産会社事務所において、被控訴人からはI常務、J部長、被控訴人PTの3名、M・d支店支店長(以下「M支店長」という。)等が、破産会社からはD社長、K専務、L常務等が出席して面談が行われた。この席上で、I常務は、D社長に対し、同月末の融資は対応できない旨を伝えた。
(12) 破産会社は、平成21年7月29日、高松地方裁判所に、再度の民事再生手続開始の申立てをしたが、それに付随してされた保全の申立てが却下されたため、同手続開始の申立てを取り下げ、同月31日、同裁判所に対し破産手続開始の申立てをし(平成21年(フ)第335号)、同年8月12日午後5時、破産手続開始決定がされ、控訴人が破産管財人に選任された(甲1の2、2の1・2)。
3 争点
(1) 本件弁済の時点で、破産会社が支払不能であり、かつ、これを被控訴人が知っていたか(争点1)
(控訴人の主張)
支払不能とは、債務者が支払能力を欠くために、その債務のうち弁済期にあるものにつき、一般的かつ継続的に弁済することができない状態をいい(破産法162条1項1号イ、2条11項)、現実に弁済期の到来した債務の支払可能性を問題とする概念であるから、支払不能であるか否かは、弁済期の到来した債務について判断すべきであり、弁済期が到来していない債務を将来弁済することができないことが確実に予想されるとしても弁済期の到来した債務を現在支払っている限り、原則として支払不能ということはできないが、債務者が弁済期にある債務の支払のために高利貸しによる借入れや返済の見込みのない借入れなど無理算段をしている場合やこれと同視できる場合には、仮に債務者が弁済期の到来した債務を一時的に支払っていたとしても、支払不能に当たるというべきである。
しかるに、破産会社は、被控訴人から平成21年7月15日に2億円の追加融資を受けて、そのころ弁済期が到来した債務の返済を行ったが、破産会社は、実態を反映した会社用予想表とは別に、赤字額を過小に記載した提出用予想表を作成して被控訴人に提出することで融資を受けていたもので、本来であれば被控訴人からの融資を受けられない実態にあったところ、被控訴人も上記粉飾の実態を知り、上記追加融資が返済される見込みなどないことを知りながら、同月23日に予定されていた8億7000万円の返済(本件弁済)を受けるまでのつなぎ融資として上記2億円の追加融資をしたものであるから、破産会社は弁済期にある債務の支払のために返済の見込みのない借入れをするという無理算段をしていたものである。
また、上記の点を措いても、破産会社は、本件弁済をした平成21年7月23日の時点で、①b社に対する予約金返還債務3億6980万4411円、②機構に対する保証債務9799万1925円、③平成21年6月30日に弁済期が到来していた買掛金債務8000万円につき、現実に弁済期が到来していながらその支払を遅滞していた(なお、①についてはb社の訴訟において、②については機構の訴訟において、それぞれ破産会社に支払を命じる判決は出ていなかったが、判決の有無は、弁済期の到来の有無という実体法上の問題を左右するものではない。また、③のうち一部については支払期日の先延ばしがされたが、具体的な支払の目途もないのに支払不能の時期を先送りにするだけの目的で期限の猶予を受けたものにすぎない。)。
以上のとおり、本件弁済があった平成21年7月23日の時点で、破産会社が支払不能であったことは明らかであるし、被控訴人は、上記の事情をいずれも熟知した上で、遅くとも同月16日までには融資の打ち切りを決定していたのであって、破産会社が支払不能であったことを知っていたことは明らかである。なお、被控訴人は、メインバンクとして破産会社に担当者を常駐させ、破産会社の財産状況等を監査し、経理経営につき指示指導し、代表取締役であるD社長の破産会社への出入りを禁止し、同人の代表取締役及び株主としての権利行使も制限していたのであるから、破産法162条2項1号所定の取締役、執行役、監査役に準ずる者に該当するというべきであり、支払不能を知っていたと推定される。
(被控訴人の主張)
被控訴人は、本件弁済があった平成21年7月23日までに、破産会社への追加融資打切りを決定していた事実はないから、破産会社は支払不能の状態にあったとはいえないし、被控訴人が破産会社の支払不能を知っていたものでもない。被控訴人が追加融資実行に応じないと決定したのは、D社長において会社用予想表が実態で過去の大きな赤字が存在し、最悪の場合を想定した被控訴人のシミュレーションが現実に近いとの報告がなされ、かつ、有効な対応策が示されなかった平成21年7月25日時点である。
控訴人は、被控訴人が遅くとも平成21年7月16日までには破産会社への融資の打切りを内部決定していたとか、同月15日の2億円が本件弁済を受けるためのつなぎ融資であるなどと主張するが、いずれも事実と異なる。回収見込みがないと判断しているにもかかわらず2億円もの融資を実行することなど金融機関としてあり得ない。被控訴人の破産会社に対する貸付けは、契約・起工・進水・引渡時の船舶建造代金を引当て(返済原資)として手形貸付けを実行し、発注者から代金が振り込まれればその中から約定額を返済するという約定によって行われているのであり、上記2億円の追加融資についても同様に返済原資が予定されていたのであり、破産会社において、返済の見込みのない借入れをするなど無理算段をして債務を支払っていたものではない。
①b社に対する予約金返還債務3億6980万4411円については、b社の訴訟において係争中であり、破産会社はb社との間で返還額を3億6980万4411円とすることは合意しつつも、その返還時期を含む支払方法については協議を継続していたのである。被控訴人は、破産会社からそのように報告を受けていた上、日本政策金融公庫からの借入金で支払う計画であるとの報告も受けていた。②機構に対する保証債務9799万1925円については、破産会社は前再生手続において当該保証債務履行請求権は失権したと主張して争っており、破産会社からも失権したものと考えている旨の報告を受けていた。なお、被控訴人においては、仮にこれら訴訟に敗訴するなどして支払義務が確定した場合は、当該支払資金についても融資対応を検討する用意はあった。③買掛金債務8000万円分についても、平成21年6月30日の融資申請額が突如増額されたから破産会社にその説明等を求めたにすぎず、合理的な説明がなされれば融資を検討することは可能であった。破産会社からは債権者の了解の下で減額したとの説明を受けたためこの段階では融資に至らなかったが、平成21年7月31日融資に際しては、このことも踏まえて予定より1億8000万円増額した5億2000万円の融資実行を具体的に検討していた。
なお、被控訴人が破産会社の経営改善のために尽力したことは事実であるが、担当者を常駐させて監査等の強権的な行為を行った事実はなく、また、D社長に破産会社への出入りをしないよう要請したことは事実ではあるが、D社長の権利を法的に制限したものではない。よって、被控訴人が、破産法162条2項1号所定の取締役、執行役、監査役に準ずる者に該当しないことは明らかである。
(2) 被控訴人において本件弁済の時点で破産会社が支払不能でなかったと主張することが信義則に反するか(争点2)
(控訴人の主張)
被控訴人は、遅くとも平成21年7月16日までには、破産会社に対する融資を打ち切ることを内部決定し、破産会社の再建を断念していたが、同年7月23日に予定していた8億7000万円の返済(本件弁済)を受ける前にこれを表明すると、本件弁済が受けられなくなるので、あえてそれを秘して8億7000万円を回収するために必要不可欠な2億円の融資だけを行い、破産会社を延命させ、返済を受けた後に融資打ち切りを表明したものである。
このような対応をした被控訴人が、本件弁済を受けた時点では、自分がそれまで破産会社に融資をして他の債権者に対する債務の弁済をさせていたので支払不能にはなっていなかったと主張することは、他の債権者との公平の観点に照らし、信義則に反して許されないというべきである。
(被控訴人の主張)
否認ないし争う。前記のとおり、控訴人の主張はいずれも事実と異なり、憶測によるものにすぎない。また、控訴人が主張するような債権者及び債務者の内部的・主観的事情や思惑などを考慮することは、客観的な基準であるべき支払不能概念を不明確にしかねないものでもあり、相当でない。
第3当裁判所の判断
1 認定事実
前提事実のほか、証拠(認定事実ごとに掲記する証拠のほか、甲27、乙21ないし24、証人L、同E、同F、同G、同M)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(1) 被控訴人は、前再生手続前は、破産会社のメインバンクとして、破産会社との融資取引を行っていたが、前再生手続において再生計画案の認可決定が出された後は、多額の債権切り捨てを余儀なくされたこともあり、破産会社への新規融資は見合わせていた。
しかし、平成16年9月に、D社長が、破産会社の筆頭株主兼取締役会長となり、D社長による破産会社の事業再生に向けた動きが明確になってきたため、被控訴人は、地元企業の事業再生支援の観点から、破産会社に対し、まず、平成17年7月に、破産会社の船舶の前受金返還保証(造船会社が、建造契約に従って建造代金の前払いを受ける場合に、発注者に対し、契約不履行の場合にそれらの前受金を返還することを銀行が保証するもの)を実行し、さらに、平成18年11月には4億5000万円の手形貸付を実行して、破産会社と再び融資取引を開始するに至った。被控訴人から破産会社への融資は、契約・起工・進水・引渡の際に発注者から支払われる船舶建造代金を引当てとして手形貸付けを実行し、上記代金が破産会社に入金されれば、その中から約定金額を返済するという約定に基づいて行われた。なお、前再生手続以降、破産会社に新規融資を行った金融機関は、被控訴人のみである。
(2) 平成20年9月1日当時、破産会社の既存手形貸出分は、約定の船舶建造代金により支払済みで、被控訴人に対する手形貸付残高はなくなっていたところ(乙33)、被控訴人が、同月末日の諸経費支払資金4億1000万円の融資実行を検討するため、破産会社にヒアリングを行った際、被控訴人が破産会社から従前受けていた報告が、次のとおり、虚偽であったことが発覚した(乙13)。
ア 1352番船の船舶建造契約は、報告にあった平成20年10月契約予定ではなく、既に同年2月に契約締結済みであり、代金総額17億5000万円のうち契約金1億7500万円が入金済みのうえ、その全額がa社に振替えられ、a社の観音寺信用金庫からの借入金1億円の返済及びa社の支払資金等に充当されていたこと。
イ 1353番船、1355番船、1357番船の船舶建造契約に当たり、発注者と交わした契約書では、被控訴人の前受金返還保証を記載していたにもかかわらず、被控訴人に対しては、前受金返還保証は不要であるとの報告を行っていたこと。
ウ 破産会社は、平成20年8月、被控訴人に報告することなくb社との船舶建造契約を締結していたが、同年7月にb社関係者から破産会社に入金された1億円について、a社が破産会社に貸し付けたものとして処理され、また同様にb社関係者からa社の関連会社であるe有限会社(以下「e社」という。)に入金された2億8500万円についても、被控訴人への報告はなく、a社の返済金1億5000万円の返済に充当され、4500万円はa社の破産会社に対する貸付金として処理され、残金9000万円はe社に残されたこと。
これにより、被控訴人の破産会社に対する信頼は大きく損なわれたが、平成20年9月27日、D社長から被控訴人に対し、虚偽報告を行っていた専務取締役であるN(以下「N元専務」という。)を同月19日をもって解任した上、今後は正確な情報開示を徹底する旨の顛末書(乙2)が提出されたことから、被控訴人は、破産会社との融資取引を継続することとした(乙1、2、証人M)。
(3) 破産会社は、上記のb社との船舶建造契約について、被控訴人から、契約額が大きく、破産会社の専門とするタンカーや貨物船等の商船ではなくクルーザーの建造契約でありリスクがある旨の指導を受けたことなどを踏まえて、平成20年9月には、予約金3億8500万円をb社に返還して取引を中止する方針を固め、その旨を上記顛末書(乙2)に記載して被控訴人にも報告していたが、その後の平成20年12月3日、b社から予約金3億8526万3500円の返還等を求める訴訟を提起された(b社の訴訟)。これに対し、破産会社は、平成21年1月9日付け答弁書で、b社の請求の棄却を求めるとともに、早期解決を図るため双方代表者レベルで協議・検討中である旨を主張した。同年3月27日に実施されたb社の訴訟における第1回弁論準備手続においては、破産会社は、b社から提示された予約金3億6980万4411円を支払うとの和解案には応じられるが、支払時期について資金調達の関係から調整を要する旨を述べ、その後も訴訟上の和解に向けての協議が続行された。b社は、平成21年6月5日、造船契約は遅くとも同年2月末ころまでには合意解除され、同年3月27日には返還額を3億6980万4411円とすることが合意されたとして、破産会社に対して同額及びこれに対する同月28日以降の遅延損害金の支払を求める限度に請求を減縮し、これに対し、破産会社は、同年6月18日の口頭弁論期日において、同年2月末までに合意解除がなされたことは否認したが、同年3月27日に返還額を了承した事実は認め、同口頭弁論期日で弁論が終結され、和解期日が同年7月6日、判決言渡期日が同年8月6日とそれぞれ指定された(甲36ないし40、47ないし52、乙1、2)。
破産会社は、被控訴人に対し、b社の訴訟について、日本政策金融公庫等からの借入金を原資として分割払を希望して交渉中である旨を報告していたほか、被控訴人の担当者も弁論期日に傍聴するなどしていた。被控訴人は、破産会社が被控訴人に報告しないままb社と造船契約を締結して予約金を受領した上、これをグループ企業であるa社の被控訴人以外への債務の返済に充てたという経緯があったことから、b社に対する予約金返還債務については破産会社が被控訴人の支援によることなく自分で対応すべきものと考えており、また、破産会社も、そのような被控訴人の意向を踏まえて上記のとおり被控訴人以外からの資金調達で対応することとしており、被控訴人から融資を受けて上記予約金返還債務の返済に充てることは予定しておらず、被控訴人との間でその旨の具体的な相談が行われたこともなかった(乙4、18、19、証人E・18、19、44頁)。
(4) 破産会社は、機構から、平成21年4月6日ころ、連帯保証債務履行請求権10億5937万2218円のうち9799万1925円につき前再生手続に係る民事再生計画に基づく弁済期が既に到来している等として、その支払等を求める訴訟を提起された(機構の訴訟)。これに対し、破産会社は、同年5月14日付け答弁書で、機構の請求の棄却を求めるとともに、前再生手続において、破産会社は機構の届出債権全てにつき債権不存在を理由に否認し、機構から債権査定の裁判がなされずに再生計画認可決定が確定したから、機構の主張する上記保証債務履行請求権は失権した旨を主張した。また、破産会社は、被控訴人に対し、機構の訴訟については、債権が失権した旨の破産会社の主張が認められると考えている旨を報告した(甲41、42、乙17の3、19)。
(5) 破産会社は、平成19年11月期決算において売上高41億8200万円に対し当期利益800万円、平成20年11月期決算においても売上高64億5900万円に対し当期利益2500万円にとどまり、売上高に比較した場合の利益率が低く、被控訴人としては破産会社の業績改善の必要があると認識していた(甲5、6)。このため、G調査役が、破産会社の経営改善計画の策定支援を目的として、平成20年12月13日及び同月15日から同月22日の延べ9日間にわたって、破産会社を訪れて、現場責任者及び担当者と面談して、現状調査を行うとともに経営改善計画書の作成や原価管理による資金繰り安定の徹底等を指導し(乙3)、破産会社は、同月27日、経営改善計画書を作成して被控訴人に提出し、その後も平成21年5月まで経営改善計画書、あるいは経営改善計画の件と題する書面を提出して、同計画の進捗状況を報告していたが(甲8ないし13)、その進捗状況は芳しくなく、平成21年3月末日の被控訴人の破産会社に対する手形貸付残高は、当初の貸付枠であった15億円を超える15億1000万円に増大していた。
D社長は、同年4月14日付けで、被控訴人に対してご融資のお願いと確約と題する文書(乙4)を提出し、破産会社の組織変更を行って経営責任の明確化を図り、現場作業の工程管理を徹底するなどして計画利益を達成すること、他の銀行からの資金調達は十分な結果が出ないまま今日に至っているが、政府系金融機関から6億円(日本政策金融公庫、日本政策投資銀行、商工中金f支店から各2億円ずつ)を調達するべく働きかけを行っていくこと、その上で被控訴人からの手形貸付は20億円以内で資金対応していくことなどが表明されたため、被控訴人は、融資枠を20億円に拡大した。
しかし、その後も破産会社の経営状態が改善されることはなく、同年5月末時点での被控訴人の破産会社に対する手形貸付残高は20億円を超えて21億7000万円となった。さらに、同年4月10日の時点で、破産会社のH財務部長は同年6月30日の必要資金を3億7000万円と報告しており、この融資を実行すると同月末には手形貸付残高は25億5000万円に達する見込みであった(甲17の47の1、乙33)。
(6) 被控訴人は、破産会社の経営改善が一向に進まず、手形貸付残高が増加の一途をたどっていることから、さらに経営改善を図る必要があると考え、平成21年6月5日及び同月9日、Eグループ長ほかが、D社長を除く他の役員と面談したが、その結果の概要はつぎのとおりであった(乙5の1・2)。
ア K専務
D社長は船を全く知らず、工程管理を無視して横やりを入れる。破産会社にとってはD社長が現場にいない方が明らかによいが、D社長は身を引いてもすぐ関与してくるので、関与できない体制にすることが不可欠。手形貸付額が20億円を超えるならば被控訴人の意向を入れていくことは了承している。被控訴人から相応の人が来て、リーダーシップを発揮してくれることが得策だと考えている。
イ L常務
D社長は製造業としての造船を理解しておらず、資金管理も総合的なマネジメントもできない。D社長の代わりに、銀行員ではなく船がわかる人が来て欲しい。自分としては外部から社長が来ることを望んでいる。
b社の訴訟は、支払方法についての意見が双方相違しており、平成21年6月18日に和解が成立する可能性は低い。その場合、1ヶ月以内位の目途で判決が出る見込みで、その内容については予測不能。裁判で結審し、仮に支払できない場合は、預金差押となり、民事再生に移行すると思っている。
ウ H財務部長
破産会社がよくなるためにはマネジメントができる人が来ることと、D社長の影響力がない状態にする必要がある。せめて被控訴人が介入し、人を送り込むことでD社長の防波堤になる必要がある。
他行調達について、日本政策金融公庫からは実質的に断られており調達は難しく、商工中金もプロジェクト(1船)毎の短期資金であれば検討可能とのことであるが、被控訴人への引当状況等を勘案すれば実質的には難しい。
(7) 平成21年6月11日、被控訴人本店において、被控訴人からはI常務、Eグループ長等が、破産会社からはD社長、L常務、K専務等が出席して、面談が行われた。被控訴人は、破産会社の高コスト体質が、a社に支払う高額の労務費を原因とするものであり、破産会社の経営改善のためには、D社長の破産会社の経営への関与を制限する必要があると考え、D社長に対し、お願いと確認事項と題する書面(甲16)を渡し、被控訴人から破産会社に人を常時派遣し、経営改善状況をチェックするので、指示された資料は全て提出し、現場視察を認めること、破産会社の事務所や工場に立ち入らず(ただし竣工式等セレモニー出席を除く。)、破産会社職員に営業・経営面の指示や外部からの電話をせず、営業・契約・人事等に口を出さないこと、将来的に、造船のマネジメントができる人材(役員)の外部からの招聘を認めること、破産会社株主としての権利行使はしないこと、引き続き追加の個別貸出し及び支承の保証人になることなどを求めた。D社長は、これを了承して受け入れた。
Eグループ長とM支店長は、翌12日に破産会社事務所を訪れて、K専務、L常務ほかの破産会社の幹部と面談し、上記お願いと確認事項と題する書面(甲16)の内容とこれをD社長が了承したことを周知するとともに、今後の破産会社の経営等はK専務及びL常務を中心に行っていくことなどを確認した(乙25)。
被控訴人は、Eグループ長、F部長補佐、G調査役の3名を主要メンバーとする被控訴人PTを破産会社に派遣し、被控訴人PTは、平成21年6月15日から、破産会社の一室を借りて破産会社をほぼ毎日訪れてその経営改善計画の進捗状況等についてのチェック等を開始した(証人E・6、7、48、49頁)。
(8) 破産会社のH財務部長は、平成21年6月16日、F部長補佐及びG調査役(M支店長も同席)に対し、破産会社が被控訴人に提出していた船別収支実績予想表(甲15)の信頼性には問題がある旨の発言をした(証人F・3頁、証人G・5頁、証人M・7頁)。
H財務部長は、翌17日、被控訴人PTに対し、百十四銀行へのお詫びと題する書面(乙6)を提出し、平成18年末ころ以来破産会社が作成して被控訴人に提出してきた船別収支実績予想表について、平成19年4月に破産会社に入社して以降、N元専務の厳命により、会社用予想表と提出用予想表の2種類を作成してきたものであり、提出用予想表は赤字を隠す修正後のものであること、N元専務から赤字で提出すれば銀行から融資してもらえず破産会社が終わってしまう、499トンと749トンは破産会社の専門分野であり、これの赤字報告は絶対しないようにとの厳命があり、不本意であるが従うしかなかった、被控訴人以外の金融機関にも同様の資料で説明しており、自身の責任の重さは痛感している、破産会社の存続や従業員を守るためとはいえ最終的に皆さまにご迷惑をかけたことの罪は償うつもりである旨を報告した。
これにより、被控訴人PTは、破産会社につき粉飾の疑いがあることを把握したが、翌18日にはH財務部長が検査入院し、そのまま長期入院となったため、H財務部長から詳細な事情聴取をすることができなかった。被控訴人PTは、同月19日、L常務やK専務から事情聴取をしたが、同人らは船別収支実績予想表が2種類あることは認識していたが、その詳細については把握していなかった。被控訴人PTは、同月20日、L常務から、パソコンに保存されていた会社用予想表をプリントアウトしたもの(平成21年5月15日付けのもの。甲14)を入手した。この会社用予想表(甲14)では、例えば、g社の一番船(c1327番船)の収支は6億4000万円の赤字とされていたが、実際に被控訴人に提出されていた提出用予想表(平成21年5月20日付けのもの。甲15)では、同船の収支は7600万円の赤字にとどまるとされたものであり、H財務部長の提出したお詫びと題する書面に記載されていたとおり、大幅な赤字隠しないし粉飾がなされたことと合致する内容であった。被控訴人PTは、これらの会社用予想表(甲14)と提出用予想表(甲15)を踏まえて、破産会社の実態を確認するため、まずは、建造を終わっていた船舶1隻として任意に抽出した上記g社の一番船(c1327番船)について、その鋼材購入総額を報告するよう破産会社に求めるなどして、その確認調査を開始した。被控訴人PTは、もともとは破産会社における経営改善計画の進捗状況等をチェックした上で中長期的な経営改善の支援をすることを目的としていたが、上記の粉飾の疑いが生じたことから、もっぱらその確認調査等に終始することとなった(証人E・7、11、12、52、53頁)。
(9) 破産会社のL常務は、平成21年6月に入り、被控訴人に対し、同月30日の資金繰り予定表を提出したが、その内容は、従前H財務部長が報告していた必要資金3億7000万円(甲17の47の1)を8000万円上回る4億5000万円とされていた(甲17の47の2)。被控訴人PTは、同月23日、必要資金が8000万円増加した理由について破産会社から明確な説明がなされなかったため、再度資金繰りを見直すよう指示した。
翌24日、破産会社ではM会議(K専務以下、部長クラスが全員参加する営業会議。証人L・52頁)が開催され、同月末の必要資金が、従来の3億7000万円から4億5000万円と増えたが、株式会社h(以下「h社」という。)への支払2000万円についてはわかるが、その他の6000万円分については明らかではないこと、4億5000万円の融資を受けるためにはその旨の融資申込書が必要であり、資金繰り表を至急作成する必要があることなどが議題に上がった(乙20)。
(10) 平成21年6月25日、L常務から被控訴人PTに対し、同月末の最終的な必要資金は3億7000万円であること(甲17の47の3・4)、h社の2000万円については了解を得て支払日を変更したとの報告があった(証人M・6頁)。
被控訴人は、同月29日の経営執行会議において、破産会社への融資限度額を32億円から36億円に増額した上、同月30日に3億7000万円の手形貸付けを実行する旨決定した。なお、その議案には、破産会社に対し、同年7月15日に2億円、同月31日に3億4000万円の手形貸付けを実行予定であるとの記載がある(乙7)。
(11) 被控訴人は、平成21年6月30日、破産会社に対し3億7000万円の手形貸付けを行った。破産会社は、同日、この借入金のうち7150万円を支払手形の決済に、2億4600万円余りを同年5月分の買掛金や経費等の振込支払に、4900万円余りを同年6月分の経費等の振込支払に充てた。他方、破産会社は、同日必要とされていた8000万円の支払分については、株式会社iに同年7月31日を満期とする500万円の約束手形を、j株式会社に満期を同日とする384万0002円の約束手形を、h社に満期日を同日とする合計2068万5000円の約束手形を、k株式会社(以下「k社」という。)に満期を同月27日とする合計2000万円の約束手形をそれぞれ振り出した。また、破産会社は、lへの387万5000円の支払及び株式会社mへの148万3650円の支払については手形を振り出さず、電話で全額を同月末現金払とするので支払を猶予してほしい旨連絡し、このほか、a社への1236万4000円の支払をすることなく、支払猶予を依頼した(甲17の4・5・46、甲27、53ないし58、78、乙16)。
(12) 被控訴人は、平成21年7月13日の経営執行会議において、破産会社への融資限度額を36億円から38億円に増額した上、同月15日に2億円の手形貸付けを実行する旨決定した。なお、その議案には、破産会社に対し、同年7月31日に5億2000万円の手形貸付けを実行予定であるとの記載がある(乙9)。
(13) 被控訴人PTは、実態として破産会社から提出された会社用予想表(甲14)や平成21年7月13日に提出された資金繰り表に基づいて、今後、破産会社の借入金がどのように推移するかについてシミュレーションを実施した。これによると、同年12月以降、引当てのできない借入金が発生し、平成22年4月1日時点で引当てのできない借入残高が約22億円となり、平成23年2月時点で返済原資のない借入金が43億円以上となることが見込まれ(なお、別除権約10億円は別に存在する。)、その原因は過去の大幅な累積赤字によるものであり、被控訴人にとって想定外のものであった。被控訴人PTは、平成21年7月14日、K専務及びL常務に対して上記シミュレーション結果(甲18)を交付して、破産会社においては上記の問題点についてどのように認識しているか、また抜本的な対応策・方針を説明するよう求めた(甲14、18)。
(14) 被控訴人は、平成21年7月15日、破産会社に対し2億円の手形貸付けを行った。破産会社は、同日、この借入金のうち1億0200万円余りを同年6月分の外注工賃の振込支払に、1600万円余りを一般従業員の同月分給与の支払に、2900万円余りをn等への振込支払に、790万円余りをa社へのクレーンリース料等の支払に充て、また、同年7月27日には2000万円をk社に振り出していた合計2000万円の約束手形(上記(13)参照)の決済に充てた(甲17の46、甲78、乙30)。
(15) 被控訴人は、D社長に被控訴人本店への来店を要請し、平成21年7月16日、被控訴人本店において、被控訴人からはI常務、J部長、被控訴人PTの3名等が、破産会社からはD社長、K専務、L常務等が出席して面談が行われ、概要、次のような発言が交わされた(乙8)。
I常務は、計画通りに利益が出れば借入金は15億まで減るはずであり、それならば支援していくのが地方銀行の務めだと考えて対応してきたが、被控訴人PTからは借入れは40億近く残ると聞いている、これが間違いで15億円まで減るというなら間違っているとの説明をしてもらえればよい、D社長はどう思っているのか確認したい旨を述べた。
D社長は、H財務部長やN元専務等が勝手にやってきた、自分は何も知らない、それぞれの船の採算は関与していなかった、来ないでくれ、来たら困るなどと言われてきた、帳簿は見たことがないなどと述べた。
Eグループ長は、船別収支実績予想表には会社用予想表と提出用予想表の2種類があり、伝票を再集計してもらった結果、会社用予想表が実態だということがわかってきた、g社の一番船(c1327番船)は7000万円の赤字と報告を受けていたが、実際は6億5000万円の赤字であること、これは会社にあるデータに基づくものであり、L常務も知っている、○○(c1316番船)以外は全部赤字である、このままいくと平成22年3月には借入金は60億円になる旨を述べた。
L常務は、全部知っている、平成22年3月には破産会社の借入金はEグループ長のいうとおり60億円になる旨を述べたほか、D社長に6億円の赤字が実態であることの資料を説明しようとしたが、D社長はその説明を聞こうとする素振りを見せず、g社の一番船(c1327番船)が5ないし6億円の赤字であることや借入金が増えていくということが理解できない旨を述べた。
I常務は、1か月で調べたものなので、違うというのならば実態を示して欲しい、被控訴人が間違いなのか、D社長の認識が違うのか、被控訴人がつかんでいることが事実ならどう考えるのか、D社長が破産会社に入るなというのは撤回するから、破産会社内に入って何が本当なのか確認して対応を協議して欲しい、現状では新しい資金は難しい、平成21年7月24ないし25日までに早急に説明して欲しい、月末の資金はギャップが大きすぎるので対応は厳しいなどと述べ、D社長は急いで検討する旨を述べた。
また、この面談の中で、J部長は、今まで対応してきた資金はつなぎ資金、今回のc社でも引渡し直近段階では8億7000万円の立替がどうしてもいるから借入れをしている、連続建造ではその立替金がふくらんでいく、この現状では月末資金は対応しようがないなどと述べたことがあった。
なお、被控訴人PTは、この面談が行われた同月16日以降、破産会社に借りていた一室を毎日訪れて作業をすることをしなくなった(証人E・48、49頁)。
(16) 被控訴人PTは、上記面談の前日である平成21年7月15日までには、少なくともg社の一番船(c1327番船)についての収支の実態は、会社用予想表に近いことを確認しており(証人E・41頁)、破産会社の実態がおおむね会社用予想表に示されたとおり大幅な赤字であり、これに基づいてなされた同月14日付けのシミュレーション結果(甲18)のとおり、破産会社については平成23年2月時点で引当てのできない借入残高が43億円以上となることが見込まれるものと認識していた。
また、この日(平成21年7月15日)までには、c社一番船(c1353番船)の建造は完成して海上運転も済んでおり、同月23日には、その引渡しと引渡時代金の支払、さらには同代金の中から約定に従って8億7000万円が被控訴人に弁済されること(本件弁済)がほぼ確実であった(乙32)。
(17) 破産会社は、平成21年7月23日、c社から、c1353番船の引渡時代金として、8億8219万0500円の振込送金を受けた。破産会社は、同日、このうち8億7000万円の払戻しを受けて、これを被控訴人に弁済した(本件弁済)(甲20)。
(18) D社長は、平成21年7月24日付けで、被控訴人に対し、破産会社体制改善計画と題する書面(乙10)を提出し、船舶の建造受注は堅調だったが、船別収支が思わしくなく、g社の一番船(c1327番船)は大幅な赤字(5.45億円)となり、被控訴人への報告を怠っただけでなく船別収支実績予想表を改ざんして報告したことにつき謝罪する旨や今後建造する船舶の収支改善のため抜本的な対策を講じる旨などを報告した。
(19) 平成21年7月25日、破産会社事務所において、被控訴人からはI常務、J部長、被控訴人PTの3名、M支店長等が、破産会社からはD社長、K専務、L常務等が出席して面談が行われた。
I常務が会社の実態をどのように認識しているのかと問うたのに対し、D社長は、g社の一番船(c1327番船)1隻で6億の赤字と聞いたと述べ、L常務が、g社の一番船(c1327番船)を作る前までに10億の赤字があり、g社の二番船(c1338番船)で3億の赤字、全部で20億の赤字であると述べ、D社長はL常務の言ったとおりだと述べた。D社長は、今後は人件費や材料費を削る旨も述べたが、Eグループ長は、破産会社から提出された改善計画表に基づき、造船時間も単価も削ってがんばっても、39億円の借入金が残る旨を述べた。D社長は、新しいスポンサーをつけるしかないなどとも述べたが、I常務は、返せないお金は融資することができない、同月末の融資は対応できないので、それを認識した上で行動してもらいたいと述べ、D社長は、月末までに時間がなく、月末の手形決済額が1億5000万円あると聞いて、倒産は避けられない旨を述べた。I常務は、新しい資金は融資できないということを今日の結論とさせていただく旨を述べた(乙11)。
(20) 被控訴人は、平成21年7月27日の経営執行会議において、破産会社につき、建造船舶別収支についての粉飾発覚、財務内容悪化等により、今後の新規貸出は行わないことを決定した(乙12)。
なお、平成21年7月当時、D社長が経営するa社やe社などの破産会社のグループ企業も、被控訴人から少なくとも4億円以上の借入れをしており、破産会社のa社からの借入金も7億8000万円余りに上っていた(甲6、乙7、9、12、33)。
(21) 破産会社は、平成21年7月29日、高松地方裁判所に、民事再生手続開始の申立てをしたが、それに付随してされた保全処分の申立てが却下されたため、同手続開始の申立てを取り下げ、同月31日、同裁判所に対し破産手続開始の申立てをし(平成21年(フ)第335号)、同年8月12日午後5時、破産手続開始決定がされ、控訴人が破産管財人に選任された(甲1の2、2の1・2)。
(22) なお、b社の訴訟については、平成21年7月6日の和解期日において和解は不調に終わり、平成21年8月6日、破産会社に対し、3億6980万4411円及びこれに対する平成21年3月28日から支払済みまで年6分の割合による金員をb社へ支払うよう命じる判決が言い渡されたが、上記のとおり破産会社につき破産手続開始決定がなされたことによりその訴訟手続は中断した。機構の訴訟についても同様に訴訟手続が中断した(甲30、36、弁論の全趣旨)。
2 争点1(本件弁済の時点で、破産会社が支払不能であり、かつ、これを被控訴人が知っていたか)について
(1) 支払不能の意義
支払不能とは、債務者が支払能力を欠くために、その債務のうち弁済期にあるものにつき、一般的かつ継続的に弁済することができない状態をいう(破産法162条1項1号イ、2条11項)。支払不能は、弁済期の到来した債務の支払可能性を問題とする概念であることから、支払不能であるか否かは、弁済期の到来した債務について判断すべきであり、弁済期が到来していない債務を将来弁済できないことが確実に予想されても、弁済期の到来している債務を現在支払っている限り、原則として支払不能ということはできない。
しかし、債務者が弁済期の到来している債務を現在支払っている場合であっても、少なくとも債務者が無理算段をしているような場合、すなわち全く返済の見込みの立たない借入れや商品の投げ売り等によって資金を調達して延命を図っているような状態にある場合には、いわば湖塗された支払能力に基づいて一時的に支払をしたにすぎないのであるから、客観的に見れば債務者において支払能力を欠くというべきであり、それがために弁済期にある債務を一般的かつ継続的に弁済することができない状態にあるのであれば、支払不能と認めるのが相当である。
なお、このように解したとしても、支払不能後になされた行為の否認や、支払不能後に取得又は負担した債権債務に係る相殺の禁止との関係では、いずれも債務者が支払不能であったことを知っていたことが要件とされているから、債権者等の利害関係人に不測の不利益を与えるおそれもないものと解される(破産法162条1項1号イ、71条1項2号、72条1項2号参照)。
(2) 本件弁済の時点で破産会社が支払不能であったか
ア 上記(1)を踏まえて本件につき検討すると、前記1の認定事実のとおり、破産会社は、メインバンクであるとともに唯一の取引金融機関である被控訴人から多額の借入れを繰り返しており、平成21年4月以降でみても、同月15日に2億円、同月30日に4億4000万円、同年5月15日に2億円、同月29日に6000万円、同年6月1日に2億7000万円、同月12日に1億8000万円、同月30日に3億7000万円、同年7月15日に2億円と、おおよそ月半ばに2億円前後を、月末に4億円前後を手形貸付の方法で借り入れて、これを人件費や各種買掛金の支払に充てるということが常態化していたということができる(1(1)、(5)、(11)、(14)。なお、本判決別紙百十四銀行融資一覧表参照。)。一方、被控訴人の破産会社に対する手形貸付残高は、平成21年3月末で15億1000万円だったものが、同年4月末に19億8000万円、同年5月末に21億7000万円、同年6月末に25億5000万円と、1か月につき億単位で増加の一途をたどっている(1(5)、(11)。なお、乙33参照。)。このような状況下において、破産会社は、同年6月30日に借り入れた3億7000万円の大半を、その日のうちに同日支払期限の手形の決済や買掛金・経費等の支払に充てているし、同年7月15日に借り入れた2億円についてもこのうち1億5000万円余りをその日のうちに人件費や外注工賃、鋼材等の購入費用に充てているのである(1(11)、(14))。なお、破産会社は被控訴人以外の金融機関との取引はなく(1(1))、政府系の金融機関も含めて融資を受けることは困難な状況にあったし、a社ほかのグループ企業自体が被控訴人から多額の借入れをしている上、既に破産会社のa社からの借入金も7億8000万円余りに上っていたのであるから(1(20))、破産会社が被控訴人以外の金融機関やグループ企業、あるいは取引先等から借入れをして資金調達を行うことが困難な状況にあったことは明らかである。
そうすると、平成21年6月末日の時点において、破産会社が取引先への支払をすることができていたのは被控訴人の融資が継続されていたからこそであり、被控訴人からの融資が受けられないとなれば、破産会社においては直ちにその支払に窮していたものと認められ、少なくとも、破産会社において平成21年7月15日に被控訴人から2億円の融資が受けられなかったとすれば、同日に弁済期が到来する人件費や外注工賃等の支払ができなかったことは明らかである。
しかるに、前記1(8)、(15)、(16)の認定事実によれば、破産会社においては、造船の受注は多かったが、船別に収支を整理すると、g社の一番船(c1327番船)はおよそ6億4000万円の赤字であったなど殆どの船の建造代金の収支が大幅な赤字であったが、かかる実態をそのまま被控訴人に報告したのでは融資を打ち切られてしまうと考えて、少なくとも平成19年4月ころから平成21年5月ころまで、実態を反映した会社用予想表に赤字を隠す修正を加えて提出用予想表を作成し、これを被控訴人に提出することを繰り返し、船別収支を粉飾していわば被控訴人を欺罔することにより被控訴人からの融資を受けて支払を続けていたものであって、H財務部長による被控訴人PTへの告発と会社用予想表(甲14)の被控訴人への提出、被控訴人PTによる確認調査の結果、遅くとも平成21年7月15日までには、破産会社において上記の粉飾が行われており、同社の船の建造による収支の実態は会社用予想表におおよそ示されているとおりに大幅な赤字であり、本来であれば被控訴人から融資を受けて支払をすることができるような状況にはないことが客観的に明らかとなっていたということができる。
なお、前記1(16)、(19)の認定事実のとおり、被控訴人は、平成21年7月15日までには上記会社用予想表が破産会社の実態に近いことを知り、かつ、同月25日にその存在や破産会社の実態を把握していなかったD社長への確認が終わるや、その場で直ちに追加融資は行わない旨を破産会社に通告しているのであって、このような顛末からしても、破産会社が隠してきたその収支の実態が、被控訴人からの融資を受けられないようなものであったことが裏付けられている。
以上によれば、破産会社においては、平成21年7月15日に弁済期が到来した上記債務等について支払はしているものの、これは、その船別収支実績を粉飾して被控訴人をいわば欺罔することにより、本来は受けられなかったはずの融資を取り付けて資金調達をしたことによるものにすぎず、破産会社において無理算段をしたものというほかないから、客観的に見れば、破産会社が支払能力を欠いていたことは明らかである。また、破産会社は、同日に弁済期が到来する上記債務のみについて一時的ないしは暫定的にかかる粉飾に及んだなどというのではなく、前記のとおり、1年以上にわたって船別収支実績予想表の粉飾を継続して融資金を債務の弁済に充てるとの対応を繰り返して窮地をしのいできたのであるから、破産会社が、弁済期の到来した債務につき一般的かつ継続的に弁済することができない状態にあったことも疑いようのないところである。
そして、このような破産会社の状態は、本件弁済がなされた平成21年7月23日の時点に至るまで何ら変わりがなかったのであるから、破産会社は同時点において支払不能であったと認めるのが相当である。
イ(ア) これに対し、被控訴人は、平成21年7月25日に、D社長から、会社用予想表が実態であって過去に大きな赤字があり、最悪の場合を想定した被控訴人のシミュレーションが現実に近いとの報告がなされた上、有効な対応策が示されなかったことから、初めて同月末の追加融資に対応できない旨を決定したのであって、本件弁済があった同月23日の時点ではいまだ破産会社への融資による支援を打ち切っていたものではないから、破産会社は支払不能の状態にあったとはいえない旨を主張する。
(イ) しかし、D社長が平成21年7月24日付けで被控訴人に提出した破産会社体制改善計画と題する書面(乙10)や同月25日の面談内容に照らしても、同月16日に既にL常務が認めていたとおりに、D社長も会社用予想表が実態を反映したものであることを確認してこれを認めたという程度のものにすぎず、破産会社側から被控訴人側に特段新たな事情ないしは情報が提供されたものではない(1(18)、(19))。
しかも、前記1に認定のとおり、平成21年7月15日までにサンプル調査結果であるg社の一番船(c1327番船)の収支の実態が会社用予想表に近いことはわかっていた上、提出用予想表とは別に破産会社に残されていた会社用予想表までもが粉飾等された実態を反映しないものであるとは通常考えにくいこと、翌日の面談において、Eグループ長は会社用予想表が実態を反映したものであることを前提とした発言をし、I常務も調査結果等については慎重な言い方をしつつも、現状では同月31日の追加融資は難しい旨をD社長にはっきり告げていること、I常務はD社長の回答期限を同月23日に予定されていた本件弁済の後にあえて設定したものと解されること、さらに、上記16日の面談を境にして、破産会社の再建のために破産会社の経営等に関与しないよう被控訴人から申し渡されていたはずのD社長は破産会社への復帰ないし関与を認められる一方、派遣されていた被控訴人PTは破産会社への常駐をやめていることなどに照らすと、被控訴人は、遅くとも上記面談の前日である同月15日までには、破産会社ないしはD社長に対して最後の弁明の機会を与えた上、同月23日に約定どおりに本件弁済により8億7000万円を回収した後に、追加融資が必要となる同月末までに破産会社への追加融資は実行しないことを表明するとの方針を内部的に固めていたものと推認することができる。
なお、被控訴人は、同月25日に破産会社あるいはD社長から有効かつ現実的な対応策が示されていれば追加融資がなされた可能性もあった旨を主張し、Eグループ長やF部長補佐、G調査役は、この当時あり得た対応策として、D社長が具体的なスポンサーを探してくること、安価な資材調達先の新規開拓などが考えられた旨を証言するが(証人E・56頁、証人F・8、9、17、18頁、証人G・24、25頁)、いずれも一朝一夕に実現しうることではないし、このころまでに、被控訴人がこれを具体的に期待して破産会社やD社長、あるいはL常務等と交渉を行っていたなどといった事情も何ら見当たらず、上記証言を直ちに採用することはできない。Eグループ長ほかは、D社長やその他の破産会社幹部による個人資産の提供などが考えられたなどとも証言(証人E・37、38頁など)し、G調査役は、当時、D社長は多額の役員報酬等を受け取っていたから、個人資産の提供も十分に可能であると考えていた旨を陳述書(乙28。ただし原審での証人尋問の後に提出されたもの。)に記載するが、平成21年7月16日の面談でも同月25日の面談でも、D社長等による個人資産の提供には何ら言及されていなかったし(乙8、11参照)、Eグループ長やF部長補佐が、同月16日の段階ではD社長がどのような個人資産を有しているかについては把握していなかった旨を証言していること(証人E・58頁、証人F・19頁)に照らしても、当時、被控訴人がD社長等による個人資産の提供を期待していた旨の上記証言及び陳述書の記載を採用することはできない。
そして、被控訴人の経営執行会議において破産会社への追加融資を実行しない旨が正式に決定されたのは同月27日ではあるが(1(20))、同月16日には、I常務からD社長に対して現状では同月31日の追加融資は難しい旨が告げられている上、破産会社の再建のために破産会社の経営等に関与しないよう申し渡されていたD社長が破産会社に復帰する一方で、派遣されていた被控訴人PTは破産会社への常駐をやめているのであるから、同月16日の段階で被控訴人の破産会社に対する支援を事実上打ち切る方針が表明されたというほかない。
(ウ) また、前記のとおり、破産会社の船の建造による収支は、実態としては被控訴人が追加融資の打切りを決断せざるを得ないほどに大幅な赤字状態であったところ、破産会社は、1年以上にわたってこれを粉飾し続けることによって被控訴人からの融資を受け続けていたにすぎなかったものであり、被控訴人にはこのことが平成21年7月15日までにはおおよそ明らかとされていたのである。そうすると、客観的に見れば、破産会社において、平成21年7月15日の時点で、被控訴人からの融資ないしは支援を受けるに値する信用等を有していたなどとは到底いえないのであって、実際に被控訴人が追加融資実行に応じない旨を決定したか否かや、かかる決定の時期いかんにかかわらず、破産会社が支払不能であったことは明らかといわなければならない。
(エ) したがって、上記の被控訴人の主張は採用することができない。
ウ(ア) 次に、前記1(3)、(22)に認定のとおり、破産会社は、b社との間で平成20年8月にヨット2隻の造船契約を締結し、b社から予約金合計3億8526万3500円を受け取っていたが、同年9月にはこの予約金を返還して取引を中止する方針を固めていたところ、同年12月、b社の側から造船契約を取消・解除したとして予約金返還等を請求するb社の訴訟が提起されたこと、破産会社は同訴訟において請求棄却を求める答弁をしつつも和解による解決を希望し、平成21年3月27日の弁論準備手続期日では、b社から提示された予約金3億6980万4411円を支払うとの和解案には応じられるが、支払時期について資金調達の関係から調整を要する旨を述べたが、被控訴人からの融資を受けられる見込みは乏しかったことから日本政策金融公庫等から借入れをした上での分割払いを希望して和解交渉を継続したこと、しかし破産会社は借入れの見込みがつかず、b社との間で分割支払時期についても調整がつかなかったことから同年7月6日には和解は不調に終わったこと、他方、b社が造船契約は遅くとも同年2月末ころまでには合意解除され、同年3月27日には返還額を3億6980万4411円とすることが合意されたとして、破産会社に対して同額及びこれに対する同月28日以降の遅延損害金の支払を求める限度に請求を減縮したのに対し、破産会社は、同年2月末までに合意解除がなされたことは否認したが、同年3月27日に返還額を了承した事実は認めたことが認められる。
上記のとおり、破産会社は平成20年9月にはb社から受け取っていた予約金3億8500万円を返還して取引を中止する方針を固めており、b社の訴訟においても、予約金あるいはこれに相当する金員の返還義務があることそれ自体は争っておらず、同年3月27日には予約金返還額を3億6980万4411円とすることを了承しているのである。そうすると、遅くとも、同日までには造船契約は合意解除され、同日直ちに不当利得返還としての予約金返還債務の履行期が到来するから、本件弁済がなされた平成21年7月23日時点で、破産会社のb社に対する予約金返還債務3億6980万4411円の履行期が到来していたものと認められる。
また、債務者が、客観的、あるいは遡及的に見れば履行期が到来した債務の支払をしていない場合であっても、債権者に対し、訴訟上、あるいは訴訟外において、消滅時効・弁済・相殺等を主張して正当にその支払を拒絶していたような場合には、これをもって支払能力を欠くために一般的かつ継続的に弁済することができないと認めることはできないが、破産会社の上記予約金返還債務については、b社の訴訟が継続し、破産会社は請求棄却を求めてはいたものの、もともと予約金を返還する方針であり、同訴訟における応訴態度も、予約金の返還義務を負っていることを前提に、これを分割払いにすることを求めてもっぱら和解交渉を行っていたというにすぎない。加えて、破産会社は分割払いの原資に充てるため日本政策金融公庫等からの借入れを検討していたが、前記1(6)ウに認定のとおり、日本政策金融公庫からは融資を実質的に断られており、被控訴人以外の金融機関からの借入れも困難であったものと認められる。さらに、前記1(3)に認定のとおり、破産会社において、被控訴人から上記予約金返還債務への弁済資金の融資を受けられる具体的な見込みはなかったのであり、前記1(22)に認定のとおり、実際に融資は行われないまま和解交渉は決裂するに至っている。そうすると、破産会社がb社に対する予約金返還債務の支払をしなかったのは、もっぱら弁済資金の調達が困難であったことによるのであり、支払を拒絶するに足る正当な理由に基づくものであるなどとはいえない。そして、上記予約金返還債務が約3億7000万円もの多額の金員を一括で支払うという内容のものであることに照らしても、破産会社においては、その支払能力を欠くために一般的かつ継続的に弁済することができない状態にあったといわなければならない。
したがって、本件弁済がなされた平成21年7月23日時点で、破産会社は、b社に対する予約金返還債務3億6980万4411円の履行期が到来していたにもかかわらず、支払能力を欠くために一般的かつ継続的に弁済することができなかったのであり、支払不能であったと認められる。
(イ) これに対し、被控訴人は、b社の訴訟に敗訴するなどして支払義務が確定した場合には、当該支払資金についても融資対応を検討する用意はあった旨を主張するが、前記1(3)に認定のとおり、上記予約金返還債務については、被控訴人も破産会社も被控訴人の融資によることなく対応するとの前提で行動しており、これに対応する融資の可否をめぐって具体的な相談が行われたこともなかったのであり、実際にも、この債務については、被控訴人が融資を実行した場合に返済の引当てないし担保として期待しうる造船代金等が何ら存在せず、造船契約に伴う融資などと比較してもその実行可能性は低いと解されることなども併せ考えると、被控訴人において破産会社に対し融資を行うことを具体的・現実的に予定していたとは認められない。
したがって、被控訴人の上記主張は採用することができない。
(ウ) さらに、被控訴人は、b社に対する予約金返還債務については、b社の訴訟において係争中であり、破産会社はその返還時期についてb社と協議を続けていたのであり、平成21年3月27日の時点で期限が到来していたとするのは根拠がない旨を主張する。しかし、訴訟が係属中であるからといって、それだけをもって当該債務の弁済期が到来しないとか、弁済期が到来してもその支払をしないことが正当化されるなどといえないことは明らかであるし、破産会社がb社と協議をしていたのは、もっぱら訴訟上の和解をする上での分割金の支払時期についてであって、本来の債務の弁済期についても一応の争いはあったものの、破産会社において、弁済期が未到来であるとまで主張していたものではないし、また、そのように認識していたとも解し難い。
したがって、被控訴人の上記主張は失当である。
(エ) なお、控訴人は、破産会社が機構に対する保証債務9799万1925円の支払をしていないことをもって支払不能であるとも主張するが、前記1(4)の認定事実によれば、破産会社においては、同保証債務履行請求権については前再生手続において既に失権しているものと主張してその支払義務を正当に争っていたものであるから、仮に破産会社の上記主張が容れられず、実体法上はその期限が既に到来していると解されるとしても、破産会社が支払能力を欠くために一般的かつ継続的にその弁済をすることができないものとはいえないから、これをもって破産会社が支払不能であったということはできない。
控訴人の上記主張は採用することができない。
エ 以上のとおり、上記アないしウで検討した結果によれば、本件弁済がなされた平成21年7月23日の時点で、破産会社は支払不能であったと認められる。
(3) 本件弁済の時点で被控訴人は破産会社が支払不能であることを知っていたか
ア 上記(2)に検討したとおり、被控訴人は、平成21年7月15日までに、破産会社の船別収支の実態が会社用予想表におおむね示されたとおり大幅な赤字であり、追加融資をすることなどできない状況にあることを認識しており、これに基づいて、同月31日の追加融資は実行しない方針を内部的に固めていたものと認められるのであり、被控訴人は、同月15日までに破産会社が被控訴人を欺罔して融資を受けるなどの無理算段をして支払をしていたことを知っていたものと認められる。
また、上記(2)の認定事実によれば、被控訴人は、①破産会社がb社に対し予約金返還債務3億6980万4411円を負担しており、b社の訴訟において係争中ではあるが、その支払義務は争っておらず、平成21年3月27日までに造船契約が合意解除されて弁済期が到来し、本来一括返済をしなければならないこと、②破産会社は上記訴訟において分割払いを求めて和解交渉をしていたにすぎないものであること、③破産会社が、日本政策金融公庫等から上記弁済資金を調達することができず、b社との間で分割支払時期についても調整がつかず、最終的に同年7月6日に和解は不調に終わったことを、破産会社からの報告及び担当者がb社の訴訟を傍聴したことにより知っていたものと認められる。
そうすると、被控訴人は、本件弁済がなされた同月23日の時点で、破産会社が支払不能であることを知っていたものと認めるのが相当である。
イ これに対し、被控訴人は、平成21年7月31日の追加融資に対応できない旨を決定したのは同月25日であると主張しており、破産会社が支払不能であることを知ったのも同日であると主張するものと解されるが、かかる主張を採用することができないことは既に述べたとおりである。
ウ 以上のとおり、被控訴人においては、本件弁済がなされた平成21年7月23日の時点において、破産会社が支払不能であったことを知っていたものと認められる。
3 結論
以上によれば、その余の点につき判断するまでもなく、控訴人が破産法162条1項1号イに基づいて本件弁済を否認したことは正当であって、控訴人の請求は理由があるから認容すべきところ、これを棄却した原判決は失当であり、本件控訴は理由があるから、原判決を取り消した上、控訴人の請求を認容することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 三木勇次 裁判官 大嶺崇 裁判官池町知佐子は転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 三木勇次)
【別紙】百十四銀行融資一覧表<省略>