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高松高等裁判所 平成24年(行ケ)1号 判決 2013年3月22日

住所<省略>

原告

訴訟代理人弁護士

升永英俊

植松浩司

住所<省略>

被告

香川県選挙管理委員会

代表者委員長

指定代理人

石間大輔<他6名>

主文

一  原告の請求を棄却する。

ただし、平成二四年一二月一六日に行われた衆議院議員選挙の小選挙区香川県第一区における選挙は違法である。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求の趣旨

一  平成二四年一二月一六日に行われた衆議院(小選挙区選出)議員選挙の香川県第一区における選挙を無効とする。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

第二事案の概要

一  本件は、平成二四年一二月一六日に行われた衆議院議員総選挙(以下「本件選挙」という。)の小選挙区選出議員の選挙(以下「小選挙区選挙」という。)について、香川県第一区の選挙人である原告が、上記選挙に係る選挙区割りに関する公職選挙法等の規定は憲法に違反して無効であるから、これらに基づいて施行された本件選挙の小選挙区香川県第一区における選挙も無効であると主張して、公職選挙法二〇四条に基づき、同選挙区における選挙を無効とすることを求めた事案である。

二  前提となる事実

(1)  原告は、本件選挙の小選挙区香川県第一区の選挙人である。

(2)  本件選挙の小選挙区選挙は、平成二四年一二月一六日に、平成一四年法律第九五号による改正後で、かつ「衆議院小選挙区選出議員の選挙区間における人口較差を緊急に是正するための公職選挙法及び衆議院議員選挙区画定審議会設置法の一部を改正する法律」(平成二四年法律第九五号。以下「緊急是正法」という。)による改正前の公職選挙法一三条一項、別表第一の各規定(以下、この規定を「本件区割規定」という。)により定められた選挙区割り(以下「本件選挙区割り」という。)に従って施行された。

なお、本件選挙区割りの基準については、緊急是正法による改正前の衆議院議員選挙区画定審議会設置法(平成六年法律第三号。以下「区画審設置法」という。)三条の規定(以下、この規定を「本件区割基準規定」といい、この基準を「本件区割基準」という。)が定めており、本件区割基準は、衆議院議員選挙区画定審議会(以下「区画審」という。)が小選挙区選挙に係る選挙区の改定案を作成するに当たって、各選挙区の人口の均衡を図り、各選挙区の人口のうち、その最も多いものを最も少ないもので除して得た数が二以上とならないようにすることを基本とし、行政区画、地勢、交通等の事情を総合的に考慮して合理的に行わなければならず(同条一項)、また、各都道府県の区域内の選挙区の数は、各都道府県にあらかじめ一を配当した上で(以下、このことを「一人別枠方式」という。)、これに、小選挙区選出議員の定数に相当する数から都道府県の数を控除した数を人口に比例して各都道府県に配当した数を加えた数とする旨(同条二項)を定めるものとされていた。

(3)  本件選挙当日(平成二四年一二月一六日)における選挙区間の選挙人数の最大較差は、選挙人数が最少の高知県第三区と選挙人数が最大の千葉県第四区との間で一対二・四二五であり、高知県第三区と比べて較差が二倍以上となっている選挙区は七二選挙区であった。なお、高知県第三区と香川県第一区との間では一対一・四九九であった(乙一〇)。

(4)  本件選挙施行前の平成二四年一一月一六日、緊急是正法が成立し、同月二六日、公布された。緊急是正法は、①公職選挙法を改正して、小選挙区選出議員の定数を五人削減して二九五人とし、また、公職選挙法一三条一項、別表第一の各規定(本件区割規定)を改定すること(二条)、②区画審設置法を改正して、本件区割基準のうち一人別枠方式を定めた同法三条二項を削除すること(三条)を内容とするものであるところ、上記①部分については同日直ちに施行されたが、上記②部分については緊急是正法に従って改正された後の公職選挙法一三条一項に規定する法律の施行の日から施行されることとされたため(緊急是正法附則一条)、本件選挙時点では施行されていなかった。そのため、上記のとおり、本件選挙の小選挙区選挙は、一人別枠方式を含む本件区割基準に従って定められた本件選挙区割りに従って施行された(甲二四、乙六)。

三  争点

本件区割基準規定及び本件区割規定は憲法の規定に違反するか。

四  争点に関する当事者の主張

(1)  原告の主張

ア 憲法は、主権者たる国民が、正当に選挙された国会における代表者たる国会議員を通じて、国会(両議院)の議事(立法、総理の指名、予算等の各議事)について多数決で可決、否決して、国家権力(立法権、行政権、司法権の三権)を行使することを定め、これを保障している。「主権が国民に存する」と定める憲法の下では、国家権力の行使は、国民の多数意見によってのみ正当化されうるのであり、当該国民の多数意見と国会議員の多数意見が等価でなければならないが、そのためには、国会議員が国民の人口比例選挙により選出されなければならない。すなわち、憲法前文第一段落の第一文冒頭の「正当」な「選挙」とは、国民の多数が国会議員の多数を選ぶ選挙、人口比例選挙を意味する。本件区割基準は都道府県ごとに選挙区割りをするが、これは公職選挙法上の要請でしかなく、上記のとおり憲法上の要請である投票価値の等価値の実現が優先するのであって、投票価値の「可能な限りでの」平等を実現するために、都道府県の県境を越えてでも人口比例による選挙区割りを設けなければならない。

イ 本件選挙の小選挙区選挙においては、有権者数の最大較差は一対二・四二八に及んでいたため(ただし、平成二四年一二月四日現在の調査値に基づく。以下同旨。)、全登録有権者の四二%が全衆議院議員小選挙区選出議員(三〇〇人)の五一%(一五一人)を選び、全登録有権者の五八%がその四九%(一四九人)を選んだことになるのであって、「正当」な「選挙」とはいえない(なお、本件選挙区割りと同様に、市・区のうちの大字・町丁の区分まで、郡のうちの町・村の区分まで細分化して選挙区の区割りを行う前提であっても、選挙区間の人口較差を均一化しようと誠実に努力すれば、上記一対二・四二八の較差を縮小又は排除することも可能であった。)。

ウ 最高裁判所平成二三年三月二三日大法廷判決・民集六五巻二号七五五頁(以下「平成二三年大法廷判決」という。)は、本件区割規定に基づいて実施された平成二一年八月三〇日施行の前回の衆議院議員総選挙(以下「前回選挙」という。)の小選挙区選挙に関して、本件区割基準や本件選挙区割りは憲法の投票価値の平等に反する状態に至っていたとして、違憲状態にあることを明言していたにもかかわらず、本件選挙は、一人別枠方式の廃止及びこれを前提とする是正がされないまま、同じ選挙区割り(本件選挙区割り)に基づいて強行されたものであって、これが違憲でないはずがない。

エ 平成二三年大法廷判決の言渡しから本件選挙の実施までには約一年九か月が経過しているところ、投票価値の平等が、国会の正当性を基礎付ける国家統治の根本に関わる問題である以上、選挙区割りの改正のために上記期間がなお不十分であるということなどあり得ない。このような違憲状態が放置されることは、憲法の想定していない異常事態である。

オ また、平成二四年一一月二六日、緊急是正法が成立・公布され、形の上では一人別枠方式を規定した区画審設置法三条二項は削除された。しかし、緊急是正法がその内容とする「〇増五減」の定数配分は、過去二回の国勢調査値を基に、一人別枠方式により各都道府県に割り当てられた議員の数を基礎とするものであって、平成二三年大法廷判決の求める一人別枠方式の廃止に応えたものとはいえないし、都道府県単位で最小選挙区数を二とすることが「地方にも配慮した民主主義に適う」(立案者であるB自民党政治制度改革実行本部長〔当時。以下「B議員」という。〕名の「小選挙区における違憲状態解消について」と題する書面。甲二三。以下「Bメモ」という。)との点も、平成二三年大法廷判決が疑義ありとした地方配慮論に依拠するものである。また、緊急是正法の「〇増五減」は、「判決、学説ともに指摘していることは、格差二倍を解消せよということであり、選挙区間の人口格差の問題は二倍未満であれば裁量権の範囲内である」(Bメモ)との理解に基づくものであるが、平成二三年大法廷判決は最大較差二倍という数値を画一的に量的な基準とする趣旨のものではなく、学説も「格差二倍を解消せよ」などとは指摘していないのであって、そもそもの理解を誤っている。さらに、緊急是正法によった場合の都道府県間の最大較差は一・七八九倍であるが、一人別枠方式を用いた過去二回の区割りでは、都道府県間でそれぞれ一・八二二倍、一・七七八倍あった最大較差を選挙区間で二倍未満に収めることができなかったことからして、区画審設置法三条一項の趣旨にかかわらず、多くの「行政区画」の「分割」を実施しなければ較差二倍未満という所期の目標を達成することができない。

以上のように、平成二三年大法廷判決が速やかな廃止を求めたはずの一人別枠方式による定数配分を基礎とした緊急是正法が成立・公布されたからといって、違憲状態を解消することにはならない。このような方向性を誤った努力を行っても、平成二三年大法廷判決が求める是正を行ったことにはならない。

カ したがって、本件区割基準及び本件区割規定は、憲法前文第一段落第一文、五六条二項、五九条、六七条、六〇条二項、六一条、四四条、一三条、一五条、一四条に違反するというべきである。

なお、選挙を違憲無効とせずに違憲違法と判決するにとどめる事情判決は、違憲状態選挙によって生まれた違憲状態の国会議員が、次々と違憲状態の法律を立法化することを野放しにするものであり、むしろ公共の利益を著しく害することとなる。他方、裁判所が違憲無効との判決を下した場合、本件選挙の小選挙区選挙が違憲となり、小選挙区選出の衆議院議員全員が憲法違反の国会議員となるが、小選挙区選挙全体が無効となるわけではなく、裁判の対象とされた小選挙区の選挙のみが無効となり、当該小選挙区選出議員が判決の日から議員資格を失うにとどまるのであるから、違憲無効判決によって直ちに国政が混乱に陥ることはない。裁判所は、事情判決の法理を適用せず、違憲無効判決を下すべきである。

(2)  被告の主張

ア 平成二三年大法廷判決は、本件区割規定に基づいて実施された平成二一年八月三〇日施行の前回選挙について、同選挙時点までには、区画審設置法三条の定める本件区割基準のうち一人別枠方式に係る部分は、憲法の投票価値の平等の要請に反する状態に至っており、本件区割基準に従って平成一四年に改正された本件選挙区割りも憲法の投票価値の平等に反する状態に至っていたものではあるが、いずれも憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったとはいえず、本件区割基準規定及び本件区割規定が憲法一四条一項等の憲法の規定に違反するものではない旨判示した。

イ 平成二三年大法廷判決のいう「憲法上要求される合理的期間」がいかなる時点から起算されるかについては、具体的に説示されていないものの、最高裁判所平成一九年六月一三日大法廷判決・民集六一巻四号一六一七頁(以下「平成一九年大法廷判決」という。)が、平成一七年九月一一日施行の衆議院議員総選挙(以下「前々回選挙」という。)の時点では、国会が人口の都市集中化及びこれに伴う人口流出地域の過疎化に配慮して、これらを選挙区割りや議員定数の配分に反映させる方法として一人別枠方式を取り入れた定数配分方法を定めることも国会の立法裁量の範囲内にあるとして、特段の留保を付すことなく一人別枠方式を含む選挙区割りの基準を合憲と判断していたことを考慮すると、平成二三年大法廷判決が示される以前においては、国会が、一人別枠方式についてもはや合理性を失ったものであるとの認識を持ち、その改廃等の立法措置に着手すべき契機が存在したということはできず、国会において当該立法措置に着手すべきことが要求されるのは、平成二三年大法廷判決の上記判示によって一人別枠方式を存続させることの不合理性が明らかとされた時点からであり、したがって、平成二三年大法廷判決が言い渡された時点から上記の合理的期間が起算されるというべきである(「本判決以降、事柄の性質上必要とされる是正のための合理的期間内に、できるだけ速やかに必要とされる措置を講ずることが求められる」旨の同判決の竹内行夫裁判官の補足意見参照)。

ウ また、「憲法上要求される合理的期間」の程度については、投票価値の較差を抜本的に是正するためには、一人別枠方式を廃止すれば足りるというものではなく、全都道府県にあらかじめ一ずつ配分されていた定数を各都道府県の選挙区にどのように再配分するかという問題が残っており、この定数再配分に当たっては、人口の流動状況等を考慮して、投票価値の較差の縮小を図るのみならず、市町村を単位とする地域ごとのまとまり具合に配慮しつつ、各都道府県内の選挙区割りの在り方の見直し等をも含めた是正が必要となる(一つの都道府県内の選挙区割りいかんが較差に影響するところが少なくない旨の平成二三年大法廷判決の古田佑紀裁判官の意見参照)。以上のような、現行の選挙制度の全体的、抜本的な作り替えをするに匹敵する検討と作業を要するものであるから、このような是正を行うについての国会における審議等にはかなりの時間を要することが明らかである。平成二三年大法廷判決が言い渡された時点から本件選挙当日までには約一年九か月が経過しているものの、その期間は本件区割基準規定及び本件区割規定を抜本的に改正するための期間としてはいまだ十分なものではないというべきである。

エ なお、これまでの最高裁判決において合理的期間内に投票価値の較差の是正がされなかったと判断されたのは、公職選挙法の改正時から約八年という比較的長い期間を経ており、しかも、この間に投票価値の最大較差が著しく拡大していた事案に関するものである(最高裁判所昭和五一年四月一四日大法廷判決・民集三〇巻三号二二三頁〔昭和三九年の公職選挙法改正時から昭和四七年一二月一〇日施行の衆議院議員総選挙まで八年余りにわたって改正措置が施されず、投票価値の最大較差は約一対五に達していた事案〕、最高裁判所昭和六〇年七月一七日大法廷判決・民集三九巻五号一一〇〇頁〔昭和五〇年の公職選挙法改正時から約八年後の昭和五八年一二月に施行された衆議院議員総選挙において最大較差が一対四・四〇に至っていた事案〕)。これに対し、本件の場合、平成二三年大法廷判決の言渡し日から本件選挙当日である平成二四年一二月一六日までの期間は約一年九か月にすぎず、この間に、投票価値の最大較差は、前回選挙当日が一対二・三〇四であったものが本件選挙当日には一対二・四二五であり、人口流動等の影響でわずかに増大しているにすぎない。

オ しかも、国会は、平成二三年大法廷判決言渡し後、本件選挙までの約一年九か月の間に、衆議院選挙制度に関する各党協議会を設置するなどして、投票価値の較差是正を図るために選挙制度の改革に取り組んできており、本件選挙施行前の平成二四年一一月一六日には、一人別枠方式の廃止及び衆議院議員定数の「〇増五減」を内容とする緊急是正法が成立し、一人別枠方式の廃止に係る部分については既に施行され(ただし、区画審が区割りの改定案を作成し、それを勧告するまでには一定の期間を要することから、本件選挙までに本件区割規定を改正するには至らなかった。)、現在も引き続き是正に向けての区割り改定作業が継続されているところである。

カ 以上によれば、平成二三年大法廷判決により憲法の要請に反する状態にあるとされた本件区割規定は、本件選挙までの間に改正されるには至っていないが、憲法上要求される合理的期間内に是正されなかったということはできず、憲法一四条一項等に違反するものではないというべきである。

第三当裁判所の判断

一(1)  憲法一四条一項は、すべての国民は法の下に平等である旨を定めるところ、選挙権に関しても、各国民(有権者)が形式的に一票ずつの選挙権を有するというにとどまらず、各投票が国会議員選出に及ぼす効果の点でも基本的に等価であることを要請しているものと解される。また、その採用する代表民主制の下では、主権者である国民は、多数決原理の下で選挙権を行使して国会議員を選出し、これによって選出された国会議員が、やはり多数決原理の下で国会における各種の議決を行うという過程を通じて、国民の多数意見が国政に反映されることが予定されており、このように選挙権が多数決原理の下で機能するものである以上、国民の多数意見が国政に公正に反映されるためには、各国民の有する投票価値が実質的に同等の価値を有する平等なものであることが必要であることは明らかというべきであり、したがって、憲法は、代表民主制の基盤をなす極めて重要な要素として、投票価値の平等を要求しているものと解される。

一方で、憲法は、国会議員の数について、人口に応じて割り当てられなければならない旨の明文規定は置いておらず、国会に衆議院と参議院を置いた上で(憲法四二条)、各議員につき異なる任期を定めるなど(同法四五条、四六条)、両議院について異なる制度を採用し、また、両議院における議員の定数、議員や選挙人の資格、選挙区、投票の方法その他選挙に関する事項は法律で定めるべきものとして(同法四三条二項、四四条、四七条)、両議院の議員の各選挙制度の仕組みの設定等について国会に広範な裁量を認めている。そうすると、国会が選挙制度の仕組みについて具体的に定めたところが、上記で述べた投票価値の平等の要請などに反するため、国会の裁量権を考慮しても、なおその限界を超えており、これを是認することができない場合に、初めて憲法に違反することになるものというべきである。

そして、上記のとおり、憲法が、選挙制度の仕組みの設定等を国会の裁量に委ねていることに照らすと、国会が選挙制度の仕組みを定めるに当たっては、代表民主制の基盤的要素である投票の価値の平等の実現を図ることが重要な憲法上の要求であることはもちろんであるが、これが唯一にして絶対の基準であるとまではいえず、国会が具体的に定めたところがその裁量権の行使として合理性を有するものである限りは、これ以外の正当な政策的目的などを考慮することも許容されているものと解するのが相当である。

(2)  これに対し、原告は、憲法においては、主権者たる国民が国会議員を通じて主権者の多数意見で国家権力を行使していることを保障しており(原告の主張する「主権者の多数決」論)、国家権力の行使を正当化するためには主権者たる国民の多数意見と国会議員の多数意見とが等価でなければならず、そのためには、国会議員が国民の人口比例選挙により選出されることが必須であるから、憲法前文第一段落の第一文冒頭の「正当」な「選挙」とは人口比例選挙を意味するのであり、たとえ都道府県の境界を越えてでも人口比例選挙が実現されなければならない旨を主張するところ、既に述べたとおり、代表民主制の下で国民の多数意見が国政に公正に反映されるためには、多数決原理を基礎とする以上、投票価値の平等が確保されることが必要と解される。そして、人口比例選挙が、投票価値の平等を実現する最も合理的な方法であることは疑いようがなく、人口比例選挙を実現しようとする原告の意図ないし志向それ自体は、基本的に正当なものといえる。

しかし、代表民主制の下における選挙制度については、それぞれの国において、その国の歴史的、社会的事情に即して具体的に決定されるべきものであり、そこに論理的に要請される一定不変の形態が存在するものとはいえない。例えば、アメリカ合衆国憲法は、その下院議員の数は各州にそれぞれの人口に応じて割り当てられる旨を定めているが(修正一四条)、前記のとおり、我が国憲法は、これに相当する明文規定を置くことなく、選挙制度の仕組みについては法律で定めるべきものとしているのである。しかも、上記のとおり、憲法は、二院制を採用した上で両議院についてあえて異なる制度設計をしているところ、これは、多様な民意を複数の異なる制度を通じて国政に反映させることで、多数決原理が徹底されることによって生じかねない弊害を回避するという趣旨をも含んだものと解される。そうすると、憲法が、人口比例選挙を唯一絶対のものとして両議院いずれの選挙においてもこれを施行するよう要請しており、これ以外はおよそ「正当」な「選挙」とはいえない旨を定めているとまではいい難く、むしろ、投票価値の平等を確保することを基礎としながら、両議院の選挙制度につき柔軟で多様な仕組みが採用されることを期待しているものと解されるのである。

したがって、人口比例選挙を実現すること、すなわち投票価値の平等の実現を徹底することが、一つの理想ないし目標であることを否定するものではないが、それ以外は許されない旨を述べる原告の主張は採用することができない。

二  以上の観点にたって検討すると、本件区割基準規定や本件区割規定の制定・改正経緯等について、次の事実が認められる(以下、認定事実については、証拠を掲記したほかは、弁論の全趣旨により認められるか、公知ないし当裁判所に顕著な事実である。)。

(1)  平成六年一月、公職選挙法の一部を改正する法律(平成六年法律第二号)が成立し、その後、同年法律第一〇号及び同第一〇四号によりその一部が改正され、これらにより衆議院議員の選挙制度は、従来の中選挙区単記投票制から小選挙区比例代表並立制に改められ、衆議院議員の定数四八〇人のうち三〇〇人が小選挙区選出議員とされ(残り一八〇人は比例代表選出議員)、小選挙区選挙については、全国に三〇〇の選挙区を設け、各選挙区において一人の議員を選出するものとされた(以下、上記改正後の選挙制度を「本件選挙制度」という。)。また、同時に衆議院議員選挙区画定審議会設置法(区画審設置法)が成立し、小選挙区の定数三〇〇につき、まず一議席を全都道府県に平等に与えた上、残る二五三議席を人口比により配分する旨の一人別枠方式を前提とする本件区割基準規定が制定された。国会の審議では、法案提出者である政府側から、各都道府県への定数の配分については、投票価値の平等の確保の必要性がある一方で、過疎地域に対する配慮、具体的には人口の少ない地方における定数の急激な減少への配慮等の視点も重要であることから、人口の少ない県に居住する国民の意思をも十分に国政に反映させるために、定数配分上配慮して、各都道府県にまず一人を配分した後に、残余の定数を人口比例で配分することとした旨の説明がされた。なお、同改正の直近の平成二年一〇月に実施された国勢調査に基づく小選挙区間の人口の最大較差は、一対二・一三七であった。

(2)ア  平成八年一〇月二〇日、本件選挙制度(一人別枠方式を定めた本件区割基準規定を含む。)の下で、初めての衆議院議員総選挙が施行された。なお、同選挙の直近の平成七年一〇月に実施された国勢調査に基づく小選挙区間の人口の最大較差は一対二・三〇九であった。

イ  同選挙のうち小選挙区選挙の効力が争われた選挙無効訴訟について、最高裁判所大法廷(最高裁判所平成一一年(行ツ)第七号同年一一月一〇日大法廷判決・民集五三巻八号一四四一頁、同年(行ツ)第三五号同年一一月一〇日大法廷判決・民集五三巻八号一七〇四頁)は、一人別枠方式につき、過疎地域に対する配慮などから、人口の多寡にかかわらず各都道府県にあらかじめ定数一を配分することによって、相対的に人口の少ない県に定数を多めに配分し、人口の少ない県に居住する国民の意見をも十分に国政に反映させることを目的とするものであるところ、人口の都市集中化及びこれに伴う人口流出地域の過疎化の現象等にどのような配慮をし、選挙区割りや議員定数の配分にこれらをどのように反映させるかという点は、国会が選挙区割りを決定するに当たって考慮することができる要素というべきであり、一人別枠方式は国会がこれらの要素を総合的に考慮して定めたものと評価できるから、投票価値の平等との関係において国会の裁量の範囲を逸脱するものとはいえないとした。

(3)ア  平成一二年六月二五日、本件選挙制度の下で、二回目の衆議院議員総選挙が施行された。なお、同選挙当時の小選挙区間における選挙人数の最大較差は一対二・四七一であった。

イ  同選挙のうち小選挙区選挙の効力が争われた選挙無効訴訟について、最高裁判所第三小法廷(最高裁判所平成一三年(行ツ)第二二三号第三小法廷判決・民集五五巻七号一六四七頁)は、上記最高裁判所平成一一年一一月一〇日各大法廷判決と同様に一人別枠方式につき投票価値の平等との関係において国会の裁量の範囲を逸脱するものとはいえないとした。

(4)  区画審は、平成一二年国勢調査の結果に基づいて、平成一三年一二月に新たな選挙区の改定案を作成し、内閣総理大臣への勧告を行い、平成一四年七月、公職選挙法の一部を改正する法律(平成一四年法律第九五号)が成立し、本件区割規定が定められた。平成一二年国勢調査の結果に基づいた場合、本件区割規定の下での選挙区間の人口の最大較差は、一対二・〇六四、較差が二倍以上となっている選挙区は九選挙区であった。

(5)  平成一五年一一月九日、本件区割規定が定められてから初めての衆議院議員総選挙が施行されたが、同選挙のうち小選挙区選挙の効力が争われた選挙無効訴訟については、最高裁判決が出る前の平成一七年八月八日に衆議院が解散されたため、訴えが却下された(最高裁判所平成一七年九月二七日第三小法廷判決・裁判集民事二一七号一〇三三頁)。

(6)ア  平成一七年九月一一日、本件区割規定の下での二回目の衆議院議員総選挙が施行された(前々回選挙)。なお、同選挙当日における小選挙区間の選挙人数の最大較差は、一対二・一七一であった。

イ  同選挙のうち小選挙区選挙の効力が争われた選挙無効訴訟について、最高裁判所大法廷(平成一九年大法廷判決)は、平成一九年六月一三日、上記最高裁判所平成一一年一一月一〇日各大法廷判決と同様に一人別枠方式につき投票価値の平等との関係において国会の裁量の範囲を逸脱するものとはいえない旨を述べた上で、平成一二年国勢調査による人口に基づいた選挙区間の人口の最大較差(一対二・〇六四)は一対二を極めてわずかに超えるものにすぎず、人口較差が二倍以上となった選挙区は九選挙区にとどまるものであるから、区画審の上記改定案が本件区割基準に違反するものとはいえないし、前々回選挙当日における選挙区間の選挙人数の最大較差(一対二・一七一)も憲法の投票価値の平等の要求に反する程度に至っていたということはできないとした。

(7)ア  平成二一年八月三〇日、本件区割規定の下での三回目の衆議院議員総選挙が施行された(前回選挙)。同選挙当日における選挙区間の選挙人数の最大較差は、一対二・三〇四であり、較差が二倍以上となっている選挙区は四五選挙区であった。

イ  同選挙のうち小選挙区選挙の効力が争われた選挙無効訴訟について、最高裁判所大法廷(平成二三年大法廷判決)は、平成二三年三月二三日、一人別枠方式につき、衆議院議員総選挙について新しい選挙制度(本件選挙制度)を導入するに当たり、直ちに人口比例のみに基づいて各都道府県への定数の配分を行った場合には、人口の少ない県における定数が急激かつ大幅に削減されることになるため、国政における安定性、連続性の確保を図る必要があると考えられ、この点への配慮なくして選挙制度改革の実現自体が困難であったと認められる状況の下で採られた方策であって、本件選挙制度導入後の最初の総選挙の実施(平成八年一〇月二〇日)から一〇年以上が経過し、本件選挙制度が既に定着し、安定した運用がされるようになっていた前回選挙時においては、一人別枠方式の合理性は既に失われており、その不合理性は選挙区間における最大較差(二・三〇四倍)としても現れていたとし、本件区割基準のうち一人別枠方式に係る部分及びこれに基づいて定められた本件選挙区割りは、憲法の投票価値の平等の要請に反する状況に至っていたものというべきであるが、平成一九年大法廷判決が前々回選挙時においては選挙区間の投票価値の不平等が憲法上の投票価値の平等の要請に反する程度に至っていたということはできないと判断していたことなどを考慮すると、前回選挙までの間に本件区割基準中の一人別枠方式の廃止等がされなかったことをもって、未だ憲法上要求される合理的期間に是正がされなかったとはいえず、本件区割基準規定及び本件区割規定が憲法一四条一項等に違反するものとはいえないとした。

(8)  区画審は、平成二三年三月二八日、平成二三年大法廷判決を受けて、協議等を行った(乙一の一・二)。また、国会では、同年一〇月一九日、C民主党幹事長代行(当時)を座長とする衆議院選挙制度に関する各党協議会(以下「各党協議会」という。)の第一回会合が開催され、座長から、衆議院議員の任期が残り二年を切る状況下では違憲状態の解消等は党派を超えた国会としての喫緊の課題であるなどといった趣旨・目的が示された(乙二の一)。

(9)  平成二三年一〇月二六日には、各党協議会の委員であるB議員名でBメモ(甲二三)が作成され、衆議院小選挙区の定数を五人削減すること(〇増五減)、平成二三年大法廷判決の趣旨に従って小選挙区ごとの人口較差をすべて二倍未満とすること(一人別枠方式の規定は削除する)などが基本方針として示された。なお、Bメモには、各都道府県から最小限二人の代議士を選出することが地方に配慮した民主主義に適う旨や、判例・学説ともに指摘していることは、較差二倍を解消せよということであり、選挙区間の人口較差の問題は二倍未満であれば裁量権の範囲内であることは明らかである旨の記載がある(甲二三)。

(10)  平成二四年一月二五日開催の各党協議会の会合では、座長から、一票の較差是正、抜本改革、定数削減の三つの同時決着を図るべく議論してもらいたい旨の要望がなされたが、民主党の比例定数削減案に対しては厳しい意見が出された。同年二月八日開催の会合では、B議員から、較差是正に関しては各党とも方向性が見えているが、比例定数削減で難航しているので、違憲状態解消を先行するため、平成二三年末に座長が提案した較差是正の緊急対応の法案を出すべき旨の発言があった。その後も会合は重ねられ、平成二四年三月一日開催の会合では、自民党から一票の較差を是正するための〇増五減案を先行実施すべきとの提案がされたが、先行実施には至らず、同年四月二五日開催の会合で示された「座長とりまとめ私案」(一人別枠方式を廃止し、小選挙区選出議員の定数を〇増五減とするとともに、比例代表選出議員の定数を七五削減し、ブロック比例代表制を全国比例代表制に改めることなどを内容とするもの。)についても、〇増五減の先行や定数削減の撤回を求める意見が出るなどしたため、採用されなかった(乙二の二~七、三の一・二)。

(11)  第一八〇回国会において、平成二四年六月一八日、一人別枠方式の廃止、小選挙区選出議員定数の〇増五減、比例代表選出議員定数の四〇削減などを内容とする「公職選挙法及び衆議院議員選挙区画定審議会設置法の一部を改正する法律案」が衆議院に提出され、同法案は、同月二六日、衆議院政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員会に付託されたが、審議未了により廃案とされた(乙四の一・二)。

(12)  他方、上記国会において、平成二四年七月二七日、「衆議院小選挙区選出議員の選挙区間における人口較差を緊急に是正するための公職選挙法及び衆議院議員選挙区画定審議会設置法の一部を改正する法律案」(緊急是正法案)も衆議院に提出され、同法案は、同年八月二三日、上記特別委員会に付託された。この法案は継続審理とされ(乙五の一)、次の第一八一回国会において、平成二四年一一月一六日にようやく可決・成立に至り(乙五の二)、同月二六日公布され、即日同法二条の規定を除いて施行された(附則一条)(甲二四、乙六)。なお、緊急是正法が成立した平成二四年一一月一六日、衆議院は解散された。

緊急是正法は、緊急是正のため選挙区割りの改定を必要最小限にとどめるという考え方に立つものであり(乙七)、①公職選挙法を改正して、小選挙区選出議員の定数を五人削減して二九五人とし、また、公職選挙法一三条一項、別表第一の各規定(本件区割規定)を改定すること(二条)、②区画審設置法を改正して、本件区割基準のうち一人別枠方式を定めた同法三条二項を削除すること(三条)を内容とするものであるが、上記のうち①の部分(二条)については、区画審により小選挙区選挙の区割改定案の作成・勧告がされた後に、選挙区割りを定める法律が施行される日から施行されることとされた(附則一条ただし書)。また、区画審が平成二二年実施の国勢調査の結果に基づいて上記区割改定案を作成するに当たっては、〇増五減により、高知県、徳島県、福井県、佐賀県及び山梨県の五県の区域内の選挙区の数を一ずつ削減してそれぞれ二とすること(附則三条一項、附則別表)、この改定案に係る区画審の勧告は、緊急是正法の施行日(平成二四年一一月二六日)から六か月以内にできるだけ速やかに行うことが定められ(附則三条三項)、上記区割改定案の作成に当たって、選挙区間における較差の基準を二倍未満とするとともに、改定の対象とする小選挙区を、①最少人口の都道府県内の小選挙区、②小選挙区の数が減少することとなる県(高知県、徳島県、福井県、佐賀県及び山梨県)の小選挙区、③最少人口の都道府県内の最少人口の小選挙区の人口以上二倍未満という基準を満たさない小選挙区、④上記③の基準に適合させることに伴って改定すべきこととなる小選挙区に限定することが定められた(附則三条二項)(甲二四、乙六)。

なお、平成二二年国勢調査の結果によると、緊急是正法による改正前の各都道府県間の議員一人当たりの人口が最少である高知県と最大である東京都との較差は一対二・〇六六であり、同様に高知県との較差が一・八倍を超える都道府県が合計一〇(東京都、神奈川県、愛知県、大阪府、埼玉県、千葉県、静岡県、兵庫県、福岡県及び北海道)ある。これに対し、緊急是正法による改正後のそれは、最少である鳥取県と最大である東京都との較差は一対一・七八八となり、較差が一・八倍を超える都道府県はなくなる(乙八の二)。

(13)  緊急是正法の施行を受けて、区画審は、平成二四年一一月二六日、同法附則三条三項による区割りの改定案の勧告期限である平成二五年五月二六日までの今後の審議の進め方を確認した(乙八の一・三)。

また、区画審は、平成二四年一二月一〇日に緊急是正法に基づく区割りの改定案の作成方針(素案)の審議を行った。区画審は、今後、区割りの改定案を勧告するまでの間に、上記作成方針(素案)を作成した後、鳥取県知事及びその他の関係都道府県知事への意見照会・聴取結果報告等を行った上で、具体的な区割りにつき審議し、上記勧告期限(平成二五年五月二六日)までに区割改定案を作成・勧告することを予定している(乙九の一・二)。

(14)  平成二四年一二月一六日、本件区割規定の下で、本件選挙が施行された。同選挙当日における選挙区間の選挙人数の最大較差は、一対二・四二五であり、較差が二倍以上となっている選挙区は七二選挙区であった(乙一〇)。

三  上記認定事実によれば、平成一四年に制定された本件区割規定の下では、選挙区間の人口ないし選挙人数の最大較差は、制定当初から二・〇六四倍と二倍を超えていたが、その後、前々回選挙時二・一七一倍、前回選挙時二・三〇四倍、本件選挙時二・四二五倍と次第に拡大し、また、較差が二倍以上となる選挙区の数も、制定当初は九選挙区にとどまっていたものが、前回選挙時には四五選挙区、本件選挙時に至っては七二選挙区(全三〇〇の選挙区の二四%に相当する。)にまで増加しているのであって、投票価値の著しい不平等が生じているといわなければならない。

このような投票価値の不平等が生じるに至った要因としては、本件区割規定を定めた後の人口変動が挙げられることはもちろんであるが、本件区割基準が採用する一人別枠方式自体に問題があることが指摘されるところ、この一人別枠方式については、相対的に人口の少ない県に定数を多めに配分し、人口の少ない県に居住する国民の意思をも十分に国政に反映させることができるようにすることを目的とする旨の説明がされているものの、本件選挙制度によって選出される議員は、いずれの地域の選挙区から選出されたかを問わず、全国民を代表して国政に関与することが要請されているのであり、相対的に人口の少ない地域に対する配慮はそのような活動の中で全国的な視野から法律の制定等に当たって考慮されるべき事柄であって、地域性に係る問題のために、ことさらにある地域(都道府県)の選挙人と他の地域(都道府県)の選挙人との間に投票価値の不平等を生じさせるだけの合理性があるとはいい難い。一人別枠方式については、新しい選挙制度(本件選挙制度)を導入するに当たり、直ちに人口比例のみに基づいて各都道府県への定数の配分を行った場合に、人口の少ない県における定数が急激かつ大幅に削減されることを避けて、国政における安定性、連続性を確保することなどを目的とする、選挙制度の過渡期における一過的な施策にとどまるものと位置付けるべきところ(平成二三年大法廷判決参照)、本件選挙当時においては、本件選挙制度が導入されてから実に一五年以上が経過し、この間、一人別枠方式を含む本件区割基準規定に基づいて衆議院総選挙が繰り返し実施され、既に本件選挙制度は定着し、安定した運用がされるようになっていたというべきであるから、本件区割基準のうち一人別枠方式に係る部分は、既にその合理性が失われていたというほかない。そして、一人別枠方式を含む本件区割基準に基づく本件選挙区割りによる本件選挙の最大較差が、前記のとおり二・四二五倍にまで拡大し、較差が二倍以上となる選挙区が七二にも及んでいることに鑑みれば、本件選挙区割りは憲法の投票価値の平等の要請に反する状態に至っていたものといわなければならない。

四(1)  もっとも、憲法が国会に具体的な選挙制度の設定等につき裁量権を与えていることからすれば、違憲状態を生じたからといって本件区割基準規定や本件区割規定を直ちに憲法違反とすべきものではなく、合理的期間内の是正が憲法上要求されていると考えられるのに、それが行われない場合に初めて憲法違反と判断されるべきである。

そして、前記のとおり、平成一四年に制定された本件区割規定においては、選挙区間の人口ないし選挙人数の最大較差は、制定当初の二・〇六四倍から次第に拡大し、前回選挙時においては、前々回選挙時の二・一七一倍を上回る二・三〇四倍にまで達しており、また、較差が二倍以上となっている選挙区の数も前回選挙時には四五選挙区にまで増加していたことが認められる。このような状態は、各選挙区間の人口の最大較差が二以上とならないことを基本とする区画審設置法三条一項の趣旨に反するものであり、少なくとも憲法の要請に反する疑いが顕在化していたものといわなければならない。

そうすると、前々回選挙に関して、平成一九年大法廷判決が選挙区間の投票価値の不平等が憲法上の投票価値の平等の要請に反する程度に至っていたということはできないと判断していたことを踏まえても、国の唯一の立法機関である国会としては、遅くとも前回選挙以降、本件選挙制度改正へ向けての相応の準備や検討を行うことが客観的に期待される状況にあったというべきである。

このような状況下で、前記のとおり、平成二三年三月二三日、平成二三年大法廷判決が言い渡され、多数意見において、本件区割基準のうち一人別枠方式に係る部分及びこれに基づいて定められた本件選挙区割りは、憲法上の投票価値の平等の要請に反する状況に至っていたとの判断が示されたものである。前記のとおり、投票価値の平等は、代表民主制の基盤をなし、国会の正当性を基礎付ける極めて重要な要素であり、これが損なわれている状態をいたずらに放置することは許されず、その是正は、国政上、優先的に取り組むべき喫緊の課題であるといわなければならない。加えて、前回選挙は平成二一年八月三〇日に実施されており、平成二五年夏ころまでには次期衆議院議員総選挙が実施されることが確実であったことなどを踏まえれば、国会においては、平成二三年大法廷判決言渡し後、それまでの準備や検討状況を踏まえつつ直ちに本件区割基準規定及び本件区割規定の是正に具体的に着手し、可及的速やかに是正措置を実現することが要請されていたというべきである。

ところが、前記のとおり、平成二三年大法廷判決の言渡し(平成二三年三月二三日)から本件選挙の実施(平成二四年一二月一六日)までには、約一年九か月の期間があったにもかかわらず、国会においては、各党協議会を設置して是正措置について検討を行うなどしてはいたものの、次期衆議院議員総選挙(本件選挙)が現実のものとなり、衆議院が解散されたまさにその日である平成二四年一一月一六日に至ってようやく緊急是正法を成立させたのみであり、区画審において新たな選挙区割改定案を作成・勧告するまでには至らず、その結果、本件選挙については、平成二三年大法廷判決が憲法の要請する投票価値の平等に反する状態に至っているとした一人別枠方式を前提とした本件選挙区割りに基づいて施行せざるを得ないこととなったのである。

以上の状況や経緯等も踏まえると、国会においては、合理的期間内の是正が憲法上要求されていると考えられるのにこれを行わなかったものといわざるを得ず、その裁量を逸脱したものとして憲法に違反したものといわなければならない。

(2)  これに対し、被告は、国会が投票価値の較差を抜本的に是正するためには、現行の選挙制度の全体的、抜本的な作り替えをするに匹敵する検討と作業を要するから、平成二三年大法廷判決言渡しから本件選挙まで約一年九か月が経過したことをもってこれを行うための合理的期間が経過したとはいえないし、過去の最高裁判決においても、合理的期間経過が認められたのは公職選挙法の改正時から約八年という比較的長い期間を経て、かつ、この間に投票価値の最大較差が著しく拡大していた事案に限られている旨を主張する。

しかし、前記のとおり、遅くとも平成二五年夏ころまでには次期衆議院議員総選挙を控えており、何らかの是正措置がなされなければ、違憲状態を解消できないまま選挙を施行せざるを得ないという異例の事態が生じる状況にあったことなどを踏まえると、国会においては、まずは早急に上記の違憲状態を是正ないし解消することが求められていたというべきであり、そうであれば、是正措置のために公職選挙法の改正等を伴うことなどを考慮しても、そのために要する合理的期間は自ずと制約があるものというべきである。被告は、上記のとおり選挙制度の全体的、抜本的な作り替えをするに匹敵する検討と作業を要するため、是正には相当長期間を要する旨を主張するが、もとより制度の抜本的な変更・改正等がなされるのが望ましいことはいうまでもないが、それにこだわるあまりに是正措置の実施を遅らせることは、違憲状態での選挙を施行し、又はこれを繰り返すことにもなりかねず、その相当でないことは明らかである。

また、前記のとおり、前回選挙時(平成二一年八月三〇日)には、少なくとも憲法上の投票価値の平等の要請に反する疑いが既に顕在化していたということができるから、具体的な選挙制度の制定等について一次的な責任と権限を有する国会としては、必ずしも平成二三年大法廷判決を待つまでもなく、自ら是正措置を講ずる必要があるか否かを調査、判断し、その必要があると認めた場合には、本件選挙制度の改正に向けて準備や検討を行うことが期待されているというべきであるし、平成二三年大法廷判決の言渡し以降で考えるとしても、区画審による選挙区の改定案の作成と内閣総理大臣への勧告のための期間としては、緊急是正法は同法施行日から六か月以内に行われることを予定していること(緊急是正法附則三条三項)、一〇年ごとに行われる国勢調査の結果に基づく場合でも、同結果が公示された日から一年以内に行うものとされていること(区画審設置法四条)なども踏まえると、改正法案提出後の国会での審議に要する期間等を考慮しても、約一年九か月という期間が、是正措置を講じるための合理的期間として不十分であるとはいい難い。なお、被告が挙げる最高裁判決は、被告自身も主張するとおり、いずれも当該選挙が依拠した議員定数配分規定を定めた公職選挙法改正時から当該選挙までに八年余りが経過したという事案であって、憲法上の投票価値の平等の要請に反する状態が生じていることを国会が認識し得た時点からの合理的期間として約八年を要するとしたものではないから、本件においてこれらを参考とするのが相当とはいえない。

また、被告は、国会においては、平成二三年大法廷判決言渡し後、本件選挙までの約一年九か月の間に、衆議院選挙制度に関する各党協議会を設置するなどして、投票価値の較差是正を図るために適切に選挙制度の改革に取り組んできたとも主張する。

しかし、前記のとおり、各党協議会においては、遅くとも平成二四年二月ころには、小選挙区選挙における選挙区間の投票価値の較差是正については、緊急是正法と同旨の、一人別枠方式の廃止及び〇増五減を実施する改正を行うことでおおよその意見ないし方向性がまとまりつつあった上、この改正のみを先行させて早急に違憲状態の解消を図ることも検討されていたにもかかわらず、比例定数削減も併せて実施すべきとの意見もあったことから先行実施を見送ったという経緯がある。かかる較差の是正措置が、次期衆議院議員総選挙を目前に控える状況下での国政上の喫緊の課題であったことなどを踏まえると、上記のような国会ないし各党協議会における検討状況が真に適切なものだったかには疑問があり、むしろ、上記の経緯等からしても、一人別枠方式の廃止及び〇増五減を実施する改正を先行させるといった方法によって、本件選挙までに本件選挙区割りを是正する余地も十分にあったものと解することができる。

したがって、これらの被告の主張はいずれも採用することはできない。

五  そうすると、本件区割基準規定及び本件区割規定はいずれも違憲というべきである。

しかし、本件選挙の小選挙区香川県第一区における選挙を無効としたとしても、同選挙区からの選出議員がいなくなるというのみであって、直ちに違憲状態が是正されるわけではない。この場合、当該選挙区において憲法の投票価値の平等の要請に応える選挙を実現するためには、公職選挙法の改正等を行うなどして、結局は全国的な区割りの変更等を行うほかないところ、選挙を無効とされた選挙区からは選出議員がいないという異常な状態の下で上記法改正等を行わざるを得ない等の混乱は避け得ないところであって、このような結果が、憲法上、少なくとも望ましいものではないことは明らかである。

他方で、本件においては、緊急避難的な措置にとどまり、かつ、遅きに失した感は否めないものの、既に緊急是正法が成立しており、憲法の要請する投票価値の平等に反する状態を解消するための一応のみちすじが示されているということができ、選挙を無効とするという判断を保留したとしても憲法の要請する投票価値の平等に反する状態がいたずらに放置されることになるとまでは解されない。

なお、原告は、緊急是正法は方向性を誤った努力にすぎず、適切な是正措置とはいえない旨を主張する。確かに、同法は、一人別枠方式を用いた従前の定数配分及び選挙区割りを基礎ないし前提として、各都道府県ごとの定数を増減させた上で区割り等による調整を行って較差を縮小させようとするものであり、なお一人別枠方式の影響を受けたものであるといわざるを得ないし、同法の考え方の基となったと解されるBメモにおいて、各都道府県の最少選挙区を二として地方に配慮しようとする点や、選挙区間の人口較差を二倍未満としさえすれば違憲の問題は生じないかのごとく述べられている点は、平成二三年大法廷判決等を正解するとはいい難いものではある。しかし、いかなる是正措置を実施するかについては、本来国会の広範な裁量に委ねられているということができる上、緊急是正法によって各都道府県間の議員の一人当たりの人口較差は一・八倍未満に縮小し、区画審の区割改定案により具体的にいかなる区割りが行われるかなどにもよるところではあるが、選挙区間の議員の一人当たりの人口較差も縮小すると予想されること、さらに、緊急是正法はその名のとおり緊急避難的なものにとどまるものであり、当然ながら、今後、更に抜本的な改正ないし対策が採られることが予定されているものと解されることなどを踏まえると、現時点で同法が是正措置として合理性のないものであるとまではいえない。

以上の事情等を総合考慮し、本件選挙のうち小選挙区香川県第一区の選挙を無効とした場合には公の利益に著しい障害を生ずるものとして、本件においては行政事件訴訟法三一条一項の事情判決の法理に準じて、同選挙区における選挙を違法と宣言するにとどめるのが相当と判断する。

六  したがって、原告の選挙無効の請求は棄却するが、主文で上記選挙の違法を宣言し、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六四条ただし書の適用により訴訟費用を被告の負担とすることとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小野洋一 裁判官 池町知佐子 裁判官 大嶺崇)

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