高松高等裁判所 平成26年(ネ)187号 判決 2015年5月29日
控訴人(一審原告)
X1
控訴人(一審原告)
X2
上記二名訴訟代理人弁護士
竹原大輔
被控訴人(一審被告)
徳島県
同代表者知事
A
同訴訟代理人弁護士
豊永寛二
同訴訟復代理人弁護士
生島一郎
同指定代理人
B<他3名>
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
二 被控訴人は、控訴人X1に対し、二二四三万八一〇三円及びこれに対する平成二三年六月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被控訴人は、控訴人X2に対し、二二四三万八一〇三円及びこれに対する平成二三年六月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。
五 訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを五分し、その四を被控訴人の負担とし、その余を控訴人らの負担とする。
六 この判決は、第二項及び第三項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一控訴の趣旨
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人は、控訴人X1に対し、二七六一万〇二九七円及びこれに対する平成二三年六月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被控訴人は、控訴人X2に対し、二七六一万〇二九七円及びこれに対する平成二三年六月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 事案の骨子
本件は、徳島県立a高等学校(以下「本件高等学校」という。)の硬式野球部(以下「本件硬式野球部」という。)に所属していたC(以下「C」という。)が、本件硬式野球部の練習中に熱中症に罹患し、その約一か月後に死亡した事故(以下「本件事故」という。)につき、Cの両親である控訴人らが、本件高等学校の保健体育科教諭であり、また本件硬式野球部の監督であるD(以下「D監督」という。)に部員に対する安全配慮義務を怠った過失があり、これによりCは死亡したなどと主張して、被控訴人に対し、国家賠償法一条一項に基づく損害賠償として、それぞれ、二七六一万〇二九七円及びこれに対する平成二三年六月六日(本件事故の発生日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めている事案である。
原審は、控訴人らの請求をいずれも棄却するとの判決を言い渡したところ、原判決を不服とする控訴人らが控訴した。
二 前提事実(争いのない事実のほか各項掲記の証拠により認められる事実)
(1) 当事者等
ア 控訴人X1は、Cの父であり、控訴人X2は、Cの母である。
Cは、平成六年○月○日生まれであり、平成二三年六月六日当時、被控訴人が設置する本件高等学校の二年生であり、本件硬式野球部に所属していた。
Cの死亡に伴い、控訴人らがCを法定相続分二分の一ずつで相続した。
イ 被控訴人は、本件高等学校を設置している地方公共団体である。
本件硬式野球部の監督は、本件高等学校の保健体育科教諭であるD監督であった。
(2) 本件事故の概要
ア 本件事故当日の練習内容
本件硬式野球部は、平成二三年六月六日午後四時頃、本件高等学校のグラウンド(以下「本件グラウンド」という。)で、その日の練習を開始した(以下、平成二三年六月六日の記載を省略することがある。)。同日の午後六時頃までの練習内容は、次のとおりであった。
(ア) 午後四時頃から
本件グラウンドの石拾い
(イ) 午後四時三〇分頃から
持久走(二km)
(ウ) 午後四時五〇分頃から
ストレッチ、腹筋、背筋(各一〇回)
(エ) 午後四時五五分頃から
一〇〇mダッシュ
前半の二五本を行った後、五分間休憩し、更に後半の二五本を行う。
なお、一日の練習内容において、一〇〇mダッシュを五〇本行うのは、Cが入部して以来、本件事故当日が初めてであった。
イ 本件事故の経緯
(ア) Cは、後半の一〇〇mダッシュを約一五本行ったところで走るのをやめ、他の部員を応援していたが、D監督に呼ばれた後、単独で一〇〇mダッシュを再開した。
(イ) 午後六時頃、後半の一〇〇mダッシュを終えた他の部員が休憩をし終わってもなお、Cが一〇〇mダッシュを続けていたので、D監督は、他の部員にCを呼びに行かせたが、Cは更にダッシュを続けようとした。そこで、D監督がCを呼びに行ったところ、Cはうつぶせに倒れ込んだ。
(ウ) D監督は、他の部員に水を持ってこさせるとともに、一一九番通報をした。D監督は、Cの症状が過呼吸によるものであると考え、Cに対し「落ち着け、ゆっくり息をはけ」などと声を掛け、背中をさすりながら救急車の到着を待っていた。救急車は、午後六時一六分頃、本件グラウンド付近に到着し、Cは、午後六時五一分頃、徳島県立中央病院に搬送された。
(エ) Cは、同病院に入院し、意識不明のまま、平成二三年七月三日、死亡した。死因は熱中症を原因とする多臓器不全、汎発性血管内血液凝固症、肺出血であった。
(3) 見舞金の支給
控訴人らは、平成二三年一一月一〇日、独立行政法人日本スポーツ振興センター(以下「スポーツ振興センター」という。)から死亡見舞金二八〇〇万円と入院見舞金一二二万九一八六円の合計二九二二万九一八六円の支給を受けた。
三 争点
(1) D監督の過失
(2) 過失相殺
(3) 損害
四 争点に関する当事者の主張
(1) D監督の過失
(控訴人らの主張)
ア 控訴人らの主張の骨子
D監督は、本件高等学校の保健体育科の教諭であるとともに、本件硬式野球部の監督でもあったから、本件硬式野球部の練習による部員の熱中症の発生を予防するための措置を講ずる義務があり、仮に部員が熱中症に陥った場合には速やかに熱中症に対する応急処置を取るべき義務を負っていた。また、本件事故は平成二三年六月六日に発生したものであるが、本件グラウンドの気温、Cを始めとする部員が暑さに慣れていなかったこと等に鑑みると、熱中症の発生の危険性は高い状況にあった。そして、D監督は、①練習強度の高いメニューを組むべきではないのに一〇〇mダッシュ合計五〇本を行わせたこと、②一〇〇mダッシュまでのCの状況に照らせば、後半の一〇〇mダッシュ約一五本で中断したCに対し、ダッシュを再開させるべきではないのにこれを再開させたこと、また、少なくとも再開直後にCの様子を注意深く観察し、一〇〇mダッシュをやめさせるべきであるのにこれを怠ったこと、③倒れ込んだCに対し、Cの身体を冷却するなどの応急措置を取るべきなのにこれを怠ったことなどの点において、注意義務違反を免れない。
イ D監督の熱中症予防及び熱中症への応急処置に関する注意義務の総論
(ア) D監督の一般的注意義務
D監督は、本件高等学校の教員であり、本件硬式野球部の監督でもあるから、部活動の実施により部員の生命・身体に危険が及ばないよう配慮し、危険を防止するとともに、何らかの異常を発見した場合には、その容態を確認し、必要に応じて、運動の禁止、応急処置、医療機関への搬送等の措置を取るべき一般的な注意義務を負っていた。
(イ) D監督が有すべき熱中症及び熱中症予防に関する知識の程度
D監督は、本件硬式野球部の監督というだけでなく、本件高等学校の体育主任として熱中症予防に努める立場にあった。徳島県教育委員会からの学校長に対する熱中症予防に関する依頼文書には、熱中症予防に関する環境省及びスポーツ振興センターの各ホームページを参考にするよう記載されていたことなどを踏まえると、D監督は、これらのホームページに掲載された環境省「熱中症環境保健マニュアル」及びスポーツ振興センター「熱中症を予防しよう」並びに財団法人日本体育協会(当時。以下「日本体育協会」という。)発行の「スポーツ活動中の熱中症予防ガイドブック」(平成一八年改訂版。)に記載されている程度の熱中症に関する知識を有し、あるいは有すべきことを前提とすべきである。
具体的には、①熱中症には、大量の汗をかき、水だけを補給して塩分濃度が下がった場合に足などの筋肉が痙攣する熱痙攣という病態があり、適切な処置が取られない場合には重症化し、熱射病へ移行し、死亡に至る危険性があること、②熱中症の発生時期は必ずしも真夏に集中しておらず、六月にも熱中症発生の危険があり、身体が暑さに慣れていない時期や練習の休み明けにも熱中症は多く見られること、③WBGT(湿球黒球温度)等により暑熱環境を正確に把握し、別紙一記載の熱中症予防運動指針を踏まえた練習計画を立てるべきこと、④ダッシュ練習は熱中症発生の危険性を特にはらんでいること、⑤たとえ同指針において「注意」に区分される気温であったとしても、常に熱中症の発生を意識して生徒の動静に注目すべきこと、⑥体調を崩した生徒がいれば、直ちに運動を中止させるべきこと(一方的に生徒が怠けているなどと判断して放置せず、冷静に症状を観察・判断し、迅速に対応すべきこと)、⑦応答が鈍い場合や言動がおかしい場合は重症の熱中症(熱射病)と考え、全身の体温を冷却する処置を速やかに講ずべきことなどは、D監督が知り、又は知っているべきことを前提とすべきである。
ウ 本件事故当日の本件グラウンドにおける気温等
(ア) 平成二五年五月七日~同年六月六日に本件グラウンドのピッチャーマウンド付近で午後四時と午後六時に気温が測定された。本件事故当時、本件グラウンドの天候は晴であったから、本件グラウンドの天候が晴の日における上記実測値と徳島地方気象台及び穴吹観測所の気温の差の平均値を計算すると、本件グラウンドの気温は、午後四時において徳島地方気象台よりも七・七℃、穴吹観測所よりも七・一℃、午後六時において徳島地方気象台よりも四・四℃、穴吹観測所よりも四・七℃高かった。この気温の差を、本件事故当日の徳島地方気象台の気温(午後四時二五・二℃、午後六時二四・四℃)及び穴吹観測所の気温(午後四時二五・七℃、午後六時二三・八℃)にそれぞれ加えると、本件事故当日の本件グラウンドの気温は午後四時三二・八~三二・九℃、午後六時二八・五~二八・八℃と推測できる。そして、この推測結果を熱中症予防運動指針に当てはめると、午後四時では「厳重警戒(激しい運動は中止)」に当たり、具体的な予防策としては「熱中症の危険が高いので、激しい運動や持久走などは避ける。体力の低いもの、暑さに慣れていないものは運動中止。運動する場合は積極的に休息をとり水分補給を行う。」とされ、午後六時では「警戒」に当たり、具体的な予防策としては「熱中症の危険が増すため、積極的に休息をとり水分を補給する。激しい運動では三〇分おきに休息をとる。」とされる。
(イ) 被控訴人は、原審において、平成二五年五月七日~同年六月六日の本件グラウンドの気温の実測値と徳島地方気象台及び穴吹観測所の気温の差の単純平均をもって、本件事故当日の推定気温を主張しているが、本件事故当日の本件グラウンドの天候は晴であったことに照らし、失当である。また、被控訴人は、原審において、平成二五年五月七日~同年六月六日の間の晴の日における本件グラウンドの気温の実測値と徳島地方気象台及び穴吹観測所の気温の差の最小値を用いて本件事故当日の推定気温を主張しているが、これも争う。
さらに、被控訴人は、控訴審で、本件事故当日の徳島地方気象台の天候が薄曇であったことを踏まえ、薄曇の日における本件グラウンドの気温の実測値と徳島地方気象台及び穴吹観測所の気温の差異を用いて、本件事故当日の本件グラウンドの実際の気温を推計すべき旨主張する。しかし、本件事故当日に本件グラウンドの天候が薄曇であったとは認められないし、平成二五年五月七日~同年六月六日に徳島地方気象台の天候が薄曇であった日は六日間であるから、正確な推計をするにはサンプルが不足している。
また、被控訴人は、控訴審で、風速や湿度を加味した体感温度に基づく主張を追加しているが、熱中症予防運動指針は、このような体感温度を用いることを予定していないから、被控訴人の主張は失当である。
(ウ) 被控訴人は、本件事故当日、本件高等学校において熱中症計が配布されておらず、D監督は携帯電話を用いて徳島県北部(徳島地方気象台)の気温を調べていたのであるから、徳島地方気象台の気温を前提に注意義務の程度を検討すべき旨主張する。しかし、直射日光にさらされている本件グラウンドの気温が徳島県北部の気温よりも高いことは明らかであり(D監督も、徳島地方気象台の気温より本件グラウンドの方が五~六℃高いと認識していた。)、熱中症予防のためには本件グラウンドの気温を測定し、熱中症の危険性を判断すべきであり、少なくとも本件グラウンドの気温が徳島県北部の気温よりも何度か高いことを想定して、熱中症の危険性を判断すべきであった。
(エ) 被控訴人は、湿度三〇%以下の場合には熱中症による死亡例はないとも主張するが、湿度三〇%以下でも熱中症による救急搬送患者が多数発生していることに照らすと、湿度三〇%以下であれば熱中症の危険性が小さいとはいえない。また、熱中症予防運動指針には、乾球温度を用いる場合には、湿度に注意し、湿度が高ければ一ランク厳しい環境条件の注意が必要と記載されているものの、湿度が低い場合についての記載がないことに照らせば、熱中症予防運動指針は湿度が低いことを理由に熱中症への警戒の程度を緩めることを予定していない。
エ 本件事故当日が六月であることにより、熱中症に関する注意義務の程度は低減されないこと
被控訴人は、六月においては熱中症の危険性が小さく、熱中症に関する注意義務の程度が低減される旨主張する。しかし、熱中症予防に関する文献を見ても六月であれば熱中症の危険性が小さいと記載したものはなく、むしろ、環境省の熱中症環境保健マニュアルにも、スポーツ活動中の熱中症予防ガイドブックにも、六月に多数の熱中症が発生することが記載されている。実際にも、全国で平成二二年六月に二二七六人が、平成二三年六月に六九八〇人がそれぞれ救急搬送されており、六月の熱中症の発生の危険性は決して小さくない。
なお、原判決は、本件事故当日が六月であり熱中症の発症例が少ないことを根拠にD監督の熱中症に関する注意義務の程度を低減させているが、六月であれば熱中症の危険が小さいとはいえない上に、原判決は文献に記載された学校管理下の熱中症による死亡件数と熱中症の発症例数とを混同している点においても失当である。
オ 具体的な注意義務違反
(ア) 一〇〇mダッシュ五〇本を練習内容として決定したこと
①本件事故当日は休日明けで、練習日としては三日間のブランクがあった上に、その前も比較的涼しい練習日が続いていたから、本件硬式野球部の部員の暑さへの慣れが弱まり、熱中症に対する危険が高まっていたこと、②上記ウのとおり練習開始時の気温(乾球温度)は三二・八~三二・九℃であり熱中症予防運動指針では、「厳重警戒(激しい運動は中止」)とされていることに照らすと、D監督は部員に激しい運動を含む練習をさせるべきではなかった。それにもかかわらず、D監督は明らかに激しい運動に該当する一〇〇mダッシュ五〇本を練習内容として決定したのであって、練習内容の決定において注意義務違反がある(Cを含む本件硬式野球部の一、二年生は、これまで一〇〇mダッシュ五〇本の練習をしたことはないことを踏まえれば、なおさらである。)。
なお、D監督が、このような練習内容を決定したのは、本件硬式野球部の一年生部員が暴力事件を起こしたことから、本件硬式野球部の部員全体に連帯責任を認識させることを目的として、懲罰的な練習を課すためであった。
(イ) 一〇〇mダッシュ前半二五本終了後の休憩時の叱責等
上記ウの本件事故当日の練習開始時の気温を前提とすれば、仮に一〇〇mダッシュを含む練習をあえてさせるのであれば、D監督は熱中症の危険を意識して各部員の様子を注視し、熱中症の症状や兆候がないかを観察すべき義務があった。そして、①部員らが時速約六kmという遅いペースで二kmの持久走をしているのに、Cは九周目(一・六km以降)から遅れ出し、その息も大分荒かった、②一〇〇mダッシュ前半二五本が終わった後、Cが休憩のためテント内に入るのが最後となり、その際、走ることができておらず、息が荒く、まともに話せる状態ではなかったという状況からすれば、Cには熱中症の症状又は兆候があったといえるから、D監督には、Cに対し、スポーツドリンクを飲ませ、又はその後の練習を休ませるなど、熱中症の予防のための適切な措置を講ずべき義務があった。それにもかかわらず、D監督は、上記観察義務及び熱中症予防のために適切な措置を取るべき義務を怠り、かえって、Cを含む部員に対し、もっと真剣に走れという趣旨で「しんどかったらやめとけ」と叱責した。その叱責を受け、Cは他の部員とともに五分間の休憩を終え、一〇〇mダッシュ後半二五本を開始し、ひいてはCが熱中症を発症するのにつながった。
(ウ) 一〇〇mダッシュ後半約一五本までの観察不十分等
Cは、後半の一〇〇mダッシュを開始してから五本目くらいのときに、部員のEに話し掛けたが、何を言っているのかわからなかったので、Eは、「せこい(「疲れた」又は「つらい」を意味する方言)んだったら休んどけ」と言った。それでもCは一〇〇mダッシュを続け、後半一〇本目くらいのときに、一気にペースが落ちたが、なお一〇〇mダッシュを続けた。Cは、後半一五本目くらいのときに、部員のFからやめておけと声を掛けられて離脱した。D監督は、熱中症の危険を意識して各部員の様子を注視し、熱中症の症状や兆候がないかを観察すべき義務があったところ、これを怠り、Cの様子を十分に観察していなかった。また、D監督はCの様子を十分観察していれば、上記のようなCの状況を認識することができ、これが熱中症の兆候又は症状によるものと判断することができたといえるから、D監督にはCの一〇〇mダッシュを中止させるべき義務があったにもかかわらず、これを怠った。
(エ) Cに一〇〇mダッシュを再開させたこと
Cは、一〇〇mダッシュから離脱した後しばらくして、立ったまま、一〇〇mダッシュが行われている付近で「頑張れ、頑張れ」と声を出して応援を始めた。これを見たD監督は、約九〇m離れたバックネット裏からCを呼びつけて、一〇〇mダッシュを中断した理由を尋ねたのに対し、Cから足をつったと説明されたのであるから、Cに熱中症の一つである熱痙攣が生じていると判断し、一〇〇mダッシュを再開させてはならない注意義務を負っていた。それにもかかわらず、D監督は、Cの足がつったとの説明を言い訳と判断し、「一年生のGでも走れたんぞ、四番のお前が走らな勝てんぞ。」と言って、給水を指示することもなく、Cに一〇〇mダッシュを再開するよう命じた。
なお、被控訴人は、Cの足がつったのであれば、その後Cは走ることはできなかったはずであると主張するが、肉離れに至らない限り足の痙攣をこらえながら走ることは可能である。また、被控訴人は、熱痙攣は低ナトリウム血症によるものであるのに対し、Cの搬送後の血中ナトリウム濃度が高かったことから、Cが足をつったとしてもそれは熱痙攣によるものではない旨主張するが、熱中症の諸症状が生じた際の血中ナトリウム濃度が常に変化していることを看過しており妥当ではない。
(オ) 再開後、Cの一〇〇mダッシュを直ちに中止させなかったこと
本件グラウンドの気温のほか、Cの熱中症の兆候及び症状(特に、Cの足がつったこと)に照らせば、D監督は、Cに一〇〇mダッシュを再開させるのであれば、Cの状況を注視し、少しでも異常があれば直ちに一〇〇mダッシュを中止させるべき注意義務を負っていた。Cは、一〇〇mダッシュを再開した後、走り方が変であり、足を上げても前に進まないような状態であり、他の部員もこれらのCの状態を認識していたのであるから、D監督もこのようなCの状態を当然に認識し又は認識すべきであったにもかかわらず、漫然と一〇〇mダッシュを継続させた。
(カ) 熱射病に対する応急処置を取らなかったこと
Cは、救急搬送直後に体温が四〇℃を超過し、倒れた時点で意識不明となり会話が成立せず、大量の発汗があったなど熱射病の症状を呈していたから、D監督は、熱射病に対する応急処置としてCの身体を急速に冷却するための処置を取るべき注意義務があった。それにもかかわらず、D監督は、熱射病を想起することなく、背中をさする、麦茶を飲ませようとするなど的外れの行動ばかりした。
(被控訴人の主張)
ア 被控訴人の主張の骨子
全国的に六月における熱中症発症事例が少ないこと、D監督は本件事故当日の本件グラウンドの気温を具体的に認識していなかったこと、一〇〇mダッシュも全速力で行っていたものではなく運動強度がそれほど強くなかったこと、Cが倒れる直前までCに熱中症の兆候がみられなかったことなどに照らすと、D監督がCの熱中症の発生を予見することは困難であり、控訴人らが指摘するような練習内容の決定及び一〇〇mダッシュの中断等に関する注意義務違反はない。また、上記状況下においては、D監督が倒れ込んだCが熱中症であると疑うことは困難であり、D監督が熱中症に対する応急処置を取らなかったとしても、D監督に過失はない。
イ 本件事故当日の気象状況等
本件事故当日の本件グラウンドの気温・湿度等は測定されていないから、平成二五年五月七日~同年六月六日の本件グラウンドの実測値と徳島地方気象台及び穴吹観測所の観測値に基づき推測するほかない(もっとも、徳島県内では平成二五年は春先から特に暑かったことから、上記期間の実測値は例年どおりとはいえず、上記測定値はあくまで参考にとどまる。)。
(ア) 気温について
a 平成二五年五月七日~同年六月六日の本件グラウンドの気温の実測値と徳島地方気象台及び穴吹観測所の気温の差を平均すると、本件グラウンドの気温は、午後四時において徳島地方気象台よりも六・四℃、穴吹観測所よりも六・〇℃、午後六時において徳島地方気象台よりも三・八℃、穴吹観測所よりも四・一℃高かった。この気温の差を、本件事故当日の徳島地方気象台の気温(午後四時二五・二℃、午後六時二四・四℃)及び穴吹観測所の気温(午後四時二五・七℃、午後六時二三・八℃)にそれぞれ加えると、本件事故当日の本件グラウンドの気温は午後四時三一・六~三一・七℃、午後六時二七・九~二八・二℃となる。
しかし、本件事故当日の昼(午前六時~午後六時)の徳島地方気象台における天気概況は薄曇であったから、平成二五年五月七日~同年六月六日のうち徳島地方気象台における昼の天気概況が薄曇であった日に限って集計すべきであり、その場合には、本件グラウンドの気温は、平均して、午後四時において徳島地方気象台よりも五・四九℃、穴吹観測所よりも五・〇八℃、午後六時において徳島地方気象台よりも三・五八℃、穴吹観測所よりも三・七八℃高くなる。そして、午後五時における気温の差は午後四時における気温の差と午後六時における気温の差の平均値によるのが相当であり、徳島地方気象台につき四・五三℃、穴吹観測所につき四・四三℃となる。これらの気温の差を、本件事故当日の徳島地方気象台の気温(午後四時二五・二℃、午後五時二四・六℃、午後六時二四・四℃)及び穴吹観測所の気温(午後四時二五・七℃、午後五時二四・六℃、午後六時二三・八℃)にそれぞれ加えると、本件事故当日の本件グラウンドの気温は午後四時三〇・六八~三〇・七八℃、午後五時二八・九~二九・一三℃、午後六時二七・五八~二七・九八℃となる。そして、本件事故当日の穴吹での日照時間は午後四時四〇分以降日没まで○であったので、穴吹観測所の気温を採用すべきであり、午後四時三〇・七八℃、午後五時二八・九℃、午後六時二七・五八℃となる。
b なお、仮に、控訴人らが主張するとおり、本件事故当日の本件グラウンドの天候が晴であったことを前提にするとしても、本件グラウンドの天候が晴の日における平成二五年五月七日~同年六月六日の本件グラウンドの気温の実測値と徳島地方気象台及び穴吹観測所の気温の差の最小値に着目すれば、本件グラウンドの気温は、午後四時において徳島地方気象台よりも三・四℃、穴吹観測所よりも三・一℃、午後六時において徳島地方気象台よりも一・六℃、穴吹観測所よりも二・三℃高かったにとどまる可能性がある。そうすると、本件事故当日の本件グラウンドの気温は午後四時二八・八~二九・一℃、午後六時二五・四~二六・〇℃であったとも推測できる。
(イ) 湿度について
本件事故当日の徳島地方気象台の天気概況が薄曇であることに照らし、平成二五年五月七日~同年六月六日において同様に徳島地方気象台の天気概況が薄曇であった日につき、本件グラウンドの実測値と徳島地方気象台の観測値を比較すると、本件グラウンドの湿度は徳島地方気象台の湿度に対し、午後四時において〇・六四倍、午後五時において〇・六一倍、午後六時において〇・五八倍の値を示すといえる。これと本件事故当日の徳島地方気象台の湿度を掛け合わせれば、本件グラウンドの本件事故当日の湿度は午後四時三二%、午後五時三三%、午後六時三〇%であったと推計できる。そして、湿度が三〇%以下の場合には熱中症による死亡事案は報告されていないことに照らすと、本件事故当日は熱中症の危険性は低かったものである。
(ウ) 体感温度について
熱中症の危険性の判断においては体感温度をも考慮すべきである。体感温度の計算式としては、湿度に着目したミスナールの式(t-(1/2.3)×(t-10)×(0.8-h/100))及び風速に着目したリンケの式(t-4×√v)が知られている(ただし、tは気温(℃)、hは湿度(%)、vは風速(m/s))。
まずリンケの式に基づき、本件事故当日の本件グラウンドにおける体感温度を計算すると、午後四時で二三・九八℃又は二二・四八℃(穴吹観測所の気温・風速に基づくもの、徳島地方気象台の気温・風速に基づくものの順。以下、この段落において同じ。)、午後五時で二二・三四℃又は二一・六五℃、午後六時で二二・二二℃又は二一・七八℃であり、熱中症予防運動指針の「ほぼ安全」と「注意」の境界である二四℃をはるかに下回っている。
これに上記(イ)で推計した湿度をミスナールの式にあてはめた結果を踏まえると、更に体感温度は午後四時において四・三二℃、午後五時において三・九四℃、午後六時において三・九一℃低くなるといえる。
上記のような本件事故当日の本件グラウンドにおける体感温度からすれば、熱中症の危険性はなかったといえる。
ウ 六月初旬における熱中症の危険性等
一〇〇〇万人を超える人口を有する東京都においてさえ、六月初旬に熱中症は発生していない。また、平成二二年及び平成二三年の熱中症による救急搬送人数に照らせば、原判決が六月における熱中症発生事例は少なく、熱中症の大多数は七月から八月に発生すると認定したことは相当である。
したがって、本件事故当日(平成二三年六月六日)が六月初旬であることからすれば、熱中症の危険性は小さかったものであり、これを前提としてD監督が行動したとしてもやむを得ない。
エ 具体的な注意義務違反について
(ア) 一〇〇mダッシュ合計五〇本を練習内容として決定したこと
上記イのような本件事故当日の気象条件のほか、六月初旬には熱中症の発生事例がほとんどないこと、平成二三年五月中の練習により本件硬式野球部の部員は暑さに慣れていたことからすれば、熱中症の発生の可能性は低く、D監督にも熱中症発生の具体的危険性を予見するまでの義務があったとはいえず、D監督が一〇〇mダッシュ合計五〇本を練習内容として決定したことに注意義務違反はない。
なお、本件硬式野球部で行われていた一〇〇mダッシュは、スタートしてから各自それなりのスピードで走るが、最後の二〇m程度は徐々に速度を落とし、一〇〇mの地点で止まるという練習方法であり、一〇〇mを全力疾走するものではない。
また、控訴人らは、本件事故当日の練習内容が連帯罰である旨主張するが、本件硬式野球部の一年生部員が同じクラスの生徒を一回蹴ったことで、特別指導(二週間の別室での指導)を受けることになったため、各部員に対し、野球に取り組む気持ちを新たにさせ、心技体の一層の充実を図るために、ボールを使用しない練習内容としたものであって、連帯罰的意味合いによるものではない。
(イ) 一〇〇mダッシュ前半二五本終了後の休憩時の叱責等
上記イのような本件事故当日の気象条件のほか、六月初旬には熱中症の発生事例がほとんどないこと、平成二三年五月中の練習により本件硬式野球部の部員は暑さに慣れていたことからすれば、熱中症の危険性は高くないから、D監督には、各部員の様子を注視し、熱中症の症状や兆候がないか観察すべき義務まではなかった。そして、①Cは、本件硬式野球部の一、二年生の中でもシャトルラン(往復持久走)一二人中一〇位と持久走が苦手であったことに照らせば、持久走の練習中、九周目から遅れていたことをとらえて異常を感じるべきであったものとはいえず、②一〇〇mダッシュ二五本というある程度強度の強い運動を行えば、誰しも息が荒くなるのは当然であり、部員のうち誰もCを止めておらず、その当時は部員から見ても、Cに何らかの異常を感じるような状態ではなかったことからすれば、Cには熱中症の症状又は兆候があったとはいえない。したがって、一〇〇mダッシュ二五本終了後の休憩中に、D監督がCに対し、スポーツドリンクを飲ませ、又はその後の練習を休ませるなど、熱中症の予防のための適切な措置を講ずべき義務があったともいえない。
(ウ) 一〇〇mダッシュ後半約一五本までにおける注意義務違反の有無
上記イのような本件事故当日の気象条件のほか、六月初旬には熱中症の発生事例がほとんどないこと、平成二三年五月中の練習により本件硬式野球部の部員は暑さに慣れていたことからすれば、熱中症の危険性は高くないから、D監督が各部員の様子を注視し、熱中症の症状や兆候がないか観察すべき義務まではなかった。すなわち、D監督が、Cの様子を注視する義務や、Cの一〇〇mダッシュを中止させる義務はなかった。
(エ) Cに一〇〇mダッシュを再開させたこと
Cは、D監督に呼びつけられて「足がつりました」と答えた後、「今はいけます」と答えている。そして、D監督は、バックネット裏まで約八六mを走ってきた様子や、受け答えの際の口調や顔面の様子などを見て、Cがダッシュを再開することができると判断した。そして、上記のとおり、本件事故当日の熱中症の危険性が高くなかったことをも踏まえると、D監督において、これらのCの様子から熱中症に罹患していると判断することは不可能であった(なお、D監督は、Cが足をつったことを疑問に感じたが、Cが嘘を付いていると決め付けたわけではなかった。)。
控訴人らは、Cの足がつった旨主張するが、本当に足がつったのであれば走ることができたのか疑問がある。また、熱痙攣は低ナトリウム血症によるものであるのに、病院搬送時には血中ナトリウム濃度が高かったことにも照らすと、仮にCが足をつっていたとしても熱痙攣によるものとは考えられない。
(オ) 再開後、Cの一〇〇mダッシュを直ちに中止させなかったこと
本件事故当日の熱中症の危険性が高くなかったこと、Cの足がつったかどうかは不明であり、仮に足がつったとしても熱痙攣の症状とは考えられないことからすれば、D監督に、一〇〇mダッシュ再開後、Cの状況を注視すべき義務があったとまではいえない。また、D監督は、従前から、Cはへばると足が上がらなくなることがあると認識していたから、本件事故当日においても、Cの足が上がらないといった状態だけを見て、D監督がCについて異常を感じることがなかったとしてもやむを得ないものである。したがって、D監督がCの一〇〇mダッシュを中止させなかったことについて注意義務違反はない。
(カ) 熱射病に対する応急処置を取らなかったこと
D監督は、Cが倒れ込んだ後、直ちに救急車を呼んだものの、救急車が到着するまでの間にCが熱中症(熱射病)であるとは分からなかった。そして、本件事故当日の気象条件や六月上旬という時期からすれば、D監督が熱中症(熱射病)の疑いを持たなかったとしても無理からぬものであった。したがって、D監督がCに対し熱中症(熱射病)の応急処置を取らなかったことについて注意義務違反はない。
(2) 過失相殺
(被控訴人の主張)
Cが熱中症を発症したのは、Cの体調不良や睡眠不足等の個人的要因が介在している可能性が高く、そのこと自体Cの落ち度であるというべきである。また、Cが体調悪化をD監督に申告しなかったことから、Cの熱中症が重篤なものとなり、死亡するに至ったと考えられる。
そうすると、仮にD監督に過失があるとしても、過失相殺として五〇%が損害から控除されるべきである。
(控訴人らの主張)
本件事故当日、Cが自宅を出る前に、何ら健康上の問題はなく、Cが熱中症を発症したことにCの個人的要因が介在していたとは考え難い。
また、D監督とCとは絶対的な服従関係にあり、Cは素直な性格であったため、ダッシュを途中で中止した理由を「足がつった」と説明したCが、D監督から「一年生のGでも走れたんぞ、四番のお前が走らな勝てんぞ。」と言われ、暗にダッシュを再開するよう言われた際に、更にD監督に対し、体調不良を監督に訴え、休憩を求めることはできなかった。したがって、Cの訴えがなかったことをもって、Cに過失があるということはできない。
(3) D監督の過失と相当因果関係のある損害及びその数額
(控訴人らの主張)
D監督の過失とCの死亡とは相当因果関係があるところ、Cの死亡によって被ったCないし控訴人らの損害は以下のとおりである。
なお、被控訴人は、D監督の応急処置に関する過失とCの死亡との相当因果関係を争うが、熱射病の際に身体を急速に冷却する応急処置の有用性に照らし、D監督の応急処置に関する過失とCの死亡との間についても相当因果関係があるというべきである。
ア 治療費等 二六万七五七二円
Cは、平成二三年六月六日に徳島県立中央病院に搬送され、同日から同年七月三日に死亡するまで同病院に入院した。その間の入院治療費や文書料として支出を要した金員は、二六万七五七二円である。
イ 入院慰謝料 六九万円
Cの入院日数(二八日)のほか、Cの症状の重さを踏まえると、入院慰謝料は六九万円が相当である。
ウ 親族の付添費 一八万二〇〇〇円
Cの入院期間中毎日、両親の双方が付き添った。少なくとも一名分の入院付添費として一日あたり六五〇〇円とすれば、付添費は一八万二〇〇〇円となる。
エ 入院雑費 四万二〇〇〇円
一日当たり一五〇〇円を入院日数(二八日)に乗じた。
オ 葬儀費用 二四二万八一八二円
Cの葬儀費用は二四二万八一八二円であり、その全額がCの死亡と相当因果関係のある損害に当たる。
カ 逸失利益 四五八四万〇〇二六円
Cは平成六年○月○日生まれで死亡時一七歳であった。基礎収入を平成二一年度賃金センサス男子産業計・企業規模計・学歴計全年齢平均五二九万八二〇〇円とし、生活費控除率を五〇%とすると、Cの死亡による逸失利益は、四五八四万〇〇二六円となる。
(計算式)
五二九万八二〇〇円×一七・三〇四(一七歳の生涯就労可能期間に対応するライプニッツ係数)×〇・五(生活費控除)=四五八四万〇〇二六円(円未満の端数切捨て。以下同じ。)
キ Cの慰謝料 二五〇〇万円
ク Cの損害の相続分
上記ア~キの合計からスポーツ振興センターから支給された見舞金合計二九二二万九一八六円を控除すると四五二二万〇五九四円となる。控訴人らは、相続により、このうち二分の一である二二六一万〇二九七円の損害賠償請求権をそれぞれ取得した。
ケ 控訴人らの固有の慰謝料
控訴人らの固有の慰謝料は、各自二五〇万円を下らない。
コ 弁護士費用
弁護士費用は各自二五〇万円が相当である。
サ 総計
ク~コによれば、控訴人らの損害額は各二七六一万〇二九七円となる。
(被控訴人の主張)
入院日数は認める。その余は否認ないし争う。
なお、事後的に検討すれば、倒れ込んだCの身体を冷却すればより良かったとも考えられるが、D監督が数分間冷却をしなかったためにCの予後に大きな影響を与えたとまではいえない。
第三当裁判所の判断
一 判断の大要
当裁判所は、原判決と異なり、控訴人らの請求は、いずれも二二四三万八一〇三円及びこれに対する平成二三年六月六日(本件事故の発生日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があると判断する。以下詳述する。
二 時機に後れた攻撃防御方法等について
被控訴人は、控訴人らの平成二七年二月二六日付け準備書面(2)中「第一 大阪高裁平成二七年一月二二日判決を受けて」の主張及びこの主張を裏付ける甲二五~二七(上記大阪高裁判決、その原判決及び控訴理由書)の申出が時機に後れた攻撃防御方法又は信義誠実の原則に反した攻撃防御方法に当たるとして却下を求めている。しかし、上記準備書面の提出期限が定められた平成二六年一二月一一日の弁論準備手続期日においては、上記大阪高裁判決はまだ言い渡されていなかったことや、控訴人らの上記主張は、従前の主張を敷衍するにとどまるものと考えられることに照らすと、控訴人らの上記主張及び甲二五~二七の申出は時機に後れた攻撃防御方法にも、信義誠実の原則に反した攻撃防御方法にも当たらないから、控訴人らの上記主張及び甲二五~二七の申出は却下しないこととする。
三 認定事実
前記前提事実のほか証拠<省略>によれば、以下の事実が認められる。
(1) D監督の地位等
D監督は、本件高等学校の保健体育科の主任を務めており、徳島県教育委員会から毎年六月中旬頃に本件高等学校に送られてくる熱中症防止に関する通知文書に目を通し、職員朝礼において、他の教職員に対し、熱中症対策について注意喚起する立場にあった。上記通知文書には、熱中症予防に関しては「熱中症を予防しよう―知って防ごう熱中症―」(スポーツ振興センターのホームページ又はパンフレット)や「熱中症環境保健マニュアル」(環境省のホームページ又はパンフレット)を参考にするよう記載されていた。また、D監督は、平成一五年の春から、本件硬式野球部の監督を務めており、D監督が専ら本件硬式野球部の部員に対する指導を担当していた。
(2) Cの性格等
本件高等学校では、Cの性格の傾向について「規律を守り、実直な性格であり、信頼できる存在である。また、温和で友人関係も良好である。」と、学習状況について「非常にまじめな学習態度で、指導されたことを素直に受け入れることができる。」と、生活態度について「何事にも努力を惜しまない強さがある。野球部の一員として早朝から夕方遅くまで練習に励んでおり、ファースト、四番を務め、野球部の中心選手として活躍してきた。」とそれぞれ評価されていた。また、D監督及びH野球部部長も、Cを「言われたことは素直に受け入れ、嫌な顔ひとつせず素直に取り組む。手を抜くような生徒ではなく、練習にも常に一生懸命取り組んでいた。」と評価していた。そして、Cの父親である控訴人X1も、Cを、真面目に何でもこつこつと努力し、怠けることのできない子と認識していた。
平成二三年五月頃の練習試合で、一年生ピッチャーが先発し、大量に失点をしていたきにCがエラーをしたことから、D監督は、一年生が困っているときに何で上級生のCが助けてやらないと一喝し、即Cを交替させ、Cは、その試合中監督のそばで直立不動の姿勢をとり続けたということがあった。
(3) 平成二三年五月一日から同年六月五日までの練習等の状況
ア 本件硬式野球部における平成二三年五月一日から同年六月五日までの間の練習等の内容は、概ね別紙二<省略>記載のとおりであり、各用語の具体的内容(本件硬式野球部におけるもの)は、別紙三<省略>記載のとおりである。
イ 本件硬式野球部においては、テント内のウォータージャグに氷で冷やした麦茶を準備し、休憩の際各自水分補給をするようにしていた。また、本件硬式野球部では、スポーツ飲料を含む飲料水を自宅から持参して飲んだり、本件高等学校の構内に設置されている自動販売機で購入した飲料水を飲んだりすることは、特に禁止されていなかった。現に飲料水を持参するなどする部員もおり、Cも自宅から五〇〇ミリリットルのペットボトルに入れた麦茶を持参していた。
ウ Cは、五〇m走は七・三秒(本件硬式野球部の一、二年生部員一二人中五位。ただし、同タイムの部員がCを含め三人いた。なお、高校二年生男子の全国平均は七・三三秒、徳島県平均は七・四三秒である。)であったが、シャトルラン(二〇m幅の間をCDから流れる音の間に走り切り、間に合わなくなるまでに走った回数をカウントする往復持久走)は八〇回(本件硬式野球部の一、二年生部員一二人中一〇位)であり、高校二年生男子の全国平均(八八・三六回)のみならず、徳島県平均(八七・二九回)をも下回っていた。
(4) 平成二三年六月六日の気象状況等
ア D監督は、平成二三年六月六日以前、本件硬式野球部の練習の開始時に、本件グラウンドの気温、湿度、WBGT(湿球黒球温度)を測定していなかったが、携帯電話を用いて徳島県北部の三時間ごとの気温や最高気温(徳島地方気象台の観測値と推認できる。)を確認していた。徳島地方気象台における平成二三年六月六日の最高気温は二六・六℃、平均湿度は六九%であり、同日午後四時における気温は二五・二℃、湿度は五〇%、同日午後五時における気温は二四・六℃、湿度は五四%、同日午後六時における気温は二四・四℃、湿度は五二%であった(なお、徳島地方気象台の同日の午前六時から午後六時までの天気概況は薄曇であった。)。また、穴吹観測所における同日の最高気温は二八・二℃、同日午後四時における気温は二五・七℃、同日午後五時における気温は二四・六℃、同日午後六時における気温は二三・八℃であった。なお、徳島地方気象台は本件高等学校からほぼ東に直線距離で約二八・六kmの場所に位置し、穴吹観測所は本件高等学校からほぼ西南西に直線距離で約一一・二kmの場所に位置している。
イ 平成二三年五月七日から同年六月三日までの間、本件硬式野球部が練習等をしている時間帯において、徳島地方気象台又は穴吹観測所(ただし、池田球場で試合が行われた同年六月三日については池田観測所)での気温が二四℃を上回ったのは、別紙四<省略>のとおり九日(平成二三年五月七日、同月八日、同月九日、同月一五日、同月一六日、同月一九日、同月二〇日、同月二一日及び同年六月三日)である。
ウ 本訴提起後の平成二五年五月七日から同年六月六日までの午後四時及び午後六時に、本件グラウンドでのピッチャーマウンド付近高さ約一mにおいて気温及び湿度が計測され、その際の天候も記録された(ただし、土日等で計測が行われなかった日がある。)。この結果のほか上記日時の徳島地方気象台の気温、湿度及び天気概況(午前六時から午後六時までのもの)並びに穴吹観測所における気温は、別紙五<省略>記載のとおりである。なお、D監督は、徳島地方気象台の気温よりも本件グラウンドの気温が高いと認識しており、仮に徳島地方気象台の気温が二五℃であれば、これより五~六℃高いと考えていた。
(5) 平成二三年六月六日の練習開始前のCの体調
Cは、午後一一時過ぎには就寝し、自主練習がある日には午前六時半頃に、そうではない日には午前七時頃に起床しており、平成二三年六月六日も同様であった。また、Cは、同日の朝食及び昼食を通常どおり完食した。そして、Cの父親である控訴人X1は、同日以前の一週間のCの体調に問題がないと認識していた。そのほか、Cは、同年五月三〇日から同年六月三日までの間、他の部員と同様の練習等をこなしており、D監督は、Cから体調が悪いという話を聞いた記憶もなかった。
(6) 平成二三年六月六日の練習状況等
ア D監督は、①平成二三年六月三日の県高校総体直前に一年生部員一名が野球部員でない同クラスの子を一回蹴ったことから、野球部員が暴力行為等の不祥事を起こすと本件硬式野球部が出場辞退を余儀なくされることもあり、今後こういうことが起きないように部員に徹底させるため、②春季大会の成績は良かったが、その後の練習試合で連敗し、県高校総体でも大敗したのは油断があったと考えられることから、もう一回初心に返って気を引き締め直すため、③夏の甲子園の予選大会まで一か月以上ある時期に体力作りをするためなどの理由から、同月六日は、ボールを使わない練習をすることとし、一〇〇mダッシュ五〇本を含む練習内容を決定した。D監督は、練習内容及び練習内容を決定した理由を、Cを含む部員にあらかじめ説明していた。同日は、三年生は補習を受けていたことから、一、二年生の部員合計一二名で練習が行われた。なお、一〇〇mダッシュ合計五〇本を、Cを含む本件硬式野球部の一、二年生の部員が行ったことはなかった。
イ 午後四時頃から午後四時三〇分頃まで石拾いが行われた。石拾いを終えた際のCの様子に異常な点はなかった。
ウ 午後四時三〇分頃から午後四時五〇分頃までの間に持久走二km(一周二〇〇m×一〇周)が行われた。Cは、持久走の九周目くらいから遅れ始め、その息も大分荒かった。D監督は、部員が持久走をしている場所の付近で、持久走の様子を見ていたが、普段のCの様子と比べて特に遅れたようには見えなかった。
エ 午後四時五〇分頃から五分間、ストレッチ、腹筋及び背筋各一〇回が行われた後、一〇〇mダッシュ(休憩を挟み合計五〇本)が開始された。その態様は、部員一二人が三人一組で四組に分かれて行い、一組がスタート後約五〇mまで走った時点で次の組がスタートするというものであり、走るペースとしては自分のペースで一生懸命走り、最後の二〇m程度は徐々に速度を落とし、一〇〇m地点で停止するというような方法で行われていた。D監督は、その様子をダッシュが行われている場所の付近で見ており、手を抜いている部員がいたらしっかり走れと声を掛けていた。Cは、一〇〇mダッシュ前半二五本が終わり、テントの下で五分間の休憩に入る際、テントまで走らずに歩いて移動して、最後にテントに入り、息が大分荒く、まともに話せる状態ではなかった。Cを含む部員達は、この休憩の際、練習開始後初めて水分を補給した。D監督は、休憩している部員全員に対し、比較的強めの口調で「しんどかったらどいとけ」と言った。D監督がこのような発言をしたのは、前半の中で、だらだら走っている部員がいたことから、全員に対してやめることもできると心に余裕を持たせるためと、走ることに対して意欲を前向きにさせるためであった。なお、一年生部員一名が一〇〇mダッシュ前半の途中で腰痛を訴えたことから、D監督は、その時点で、同部員についてはダッシュを中断させていた。
オ 上記休憩終了後一〇〇mダッシュの後半が開始された。Cは、一〇〇mダッシュ後半五本目(通算三〇本目)くらいのとき、Eに話し掛けたものの、Eは、Cが何を言っているのか全く分からなかったので、「せこいんだったら休んどけ」と言った。また、Cが一〇〇mダッシュ後半一五本目(通算四〇本目)くらいにとりかかったとき、FがCに向かってやめるよう言い、Cは、一〇〇mダッシュを行うのをやめた。Cは、膝に手をついて、息を落ち着かせようとしていた。D監督は、当時、一〇〇mダッシュをしていた場所から約七二~八六m離れたバックネット裏でダッシュの様子を見ていたため、Cが一〇〇mダッシュをやめた理由が分からなかった。
カ Cは、一〇〇mダッシュをやめた後、他の部員が一〇〇mダッシュ練習を続けている間、前半でダッシュを中断した一年生部員の横で、立った姿勢で「頑張れ、頑張れ」と言っていた。その際のCの様子について、後に「だいぶ、ちょっとまし。結構普通でした。」という部員と、「なんかせこそうだった。声もちょっとおかしかった。」という部員がいた。
キ D監督は、他の部員が一〇〇mダッシュを終える直前の午後五時四七分頃、Cを呼び、Cは、D監督のいるバックネット裏へ走って行った。Cは、D監督が「お前なんで走らんの?」と言ったのに対して「足がつりました。」と答えた。D監督が「今はどうなんな?」と問うと、Cは、「今はいけます。」と答えた。続いてD監督は、比較的強めの口調で「Gでも走ったんだぞ、四番のお前が走れな勝てんぞ。」と言った(なお、Gは当時高校一年生であった。)。D監督は、足がつったのはCの言い訳だと思い、また、Cの体調にも問題がなく走れるのであれば走らせるべきだと考え、四番バッターとしてチームを引っ張っていく立場にあるCに対してやる気を促し、他の部員が走れたのに当日の部員の中では上級生に当たる二年生のCが走れなかったことについて悔しいという気持ちを持ってほしいために上記のような発言をした。D監督は、その際のCの様子について、汗をかいていたが異常と感じる程度のものではなく、また受け答えもはっきりしていたと認識していた。
ク Cは、他の部員が一〇〇mダッシュを終えて休憩に入った午後五時五〇分頃、カラーコーン(一〇〇mの目安として置かれていた。)を片付けようとしていたIに「コーン置いといて」と言い、給水もせずに、一〇〇mダッシュを再開した。一人で一〇〇mダッシュを始めたCの走る様子は変であり、足を上げても足が余り前に出ておらず、遅すぎるという状況であった。D監督は、約七二~八六m離れたバックネット裏から、Cの様子と他の部員の状況の両方を見ていた。
ケ D監督は、午後六時頃、Cを呼べ、と他の部員に言い、呼びに行かせたが、Cは、再開後約八本目の段階で、よれよれっといった様子で倒れかけて、地面に手をついた状態となったが、まだ走ろうとする様子であった。他の部員がCを押さえてもまだ走ろうとし、他の部員が「落ち着けえ」と言ってもなお「走るんじゃあ」と言っていたが、その後グラウンド上に倒れ込み、「あぁあぁ」とうなるのみで会話が成立しなかった。D監督は、Cを止めに駆け付けた上で、Cに対し、息をゆっくり吐くよう指示した。D監督は、部員に、「保健の先生を呼んで来い、携帯持って来い」と言い、部員が持ってきた携帯電話で、一一九番通報した(なお、本件高等学校の養護教諭は、本件事故当日、県高校総体の救護のため出張していた。)。D監督は、上記状態となったCの体温については覚えていないが、Cは汗をたくさんかいて顔色が悪く、D監督が冷たい麦茶を飲ませようとしたが、Cの呼吸は荒くCが麦茶を飲めるような様子ではなかった。D監督は、本件事故の日が六月上旬であったこととそのときの体感温度から、Cが熱中症であることを疑わず、むしろ過呼吸を疑い、Cを移動させず、その場でベルトを外し、横向きにさせて呼吸が楽にできる状態を取らせた。職員室からJ教頭ほか三名の教職員がCのそばに来たが、誰一人熱中症を疑った者はおらず、午後六時一六分頃に救急車が到着するまでCに対して熱中症の応急処置は取られなかった。
コ Cが午後六時五一分に徳島県立中央病院に搬送された直後の血中ナトリウム濃度は一四八・七と高い状態であった。
(7) 熱中症に関する知見
ア 熱中症とは、暑熱環境で発生する障害の総称で、熱失神、熱疲労、熱痙攣、熱射病といった病型がある。このうち、熱疲労は、脱水による症状で、脱力感、倦怠感、めまい、頭痛、吐き気などがみられる。熱痙攣は、大量に汗をかき、水だけを補給して血液の塩分濃度が低下したときに、足、腕、腹部の筋肉に痛みを伴った痙攣が起きる。熱射病は、体温の上昇のため中枢機能に異常を来した状態で、応答が鈍い、言動がおかしい、意識がないといった意識障害が起こり、多臓器不全、全身性血管内凝固症候群(DIC)により死亡する可能性がある。
イ 熱中症の発生には、気温、湿度、風速、輻射熱(直射日光など)が関係し、これらを総合的に評価する指標としてWBGT(湿球黒球温度)がある(なお、WBGTは、下記計算式によって計算されるところ、黒球温度は黒色に塗装された薄い銅板の球の中心に温度計を入れて観測した温度であり、湿球温度は水で湿らせたガーゼを温度計の球部に巻いて観測した温度である。このWBGTを測定する装置も市販されている。)。また、運動強度が強いほど熱の発生も多くなり、熱中症の危険性も高くなる。暑熱環境での体温調節能力には、暑さへの慣れ(暑熱順化)が関係する。
(計算式)
屋外で日射のある場合
WBGT=〇・七×湿球温度+〇・二×黒球温度+〇・一×乾球温度
屋内又は屋外で日射のない場合
WBGT=〇・七×湿球温度+〇・三×黒球温度
ウ 汗は体から熱を奪い、体温の過度の上昇を防止する役割を果たしているが、汗により失われた水分を補わないと脱水になり、体温調節能力や運動能力が低下する。また、汗からは同時に塩分も失われ、塩分が不足すると熱疲労からの回復が遅れる。水分の補給には〇・一~〇・二%程度の食塩水が適当である。
エ WBGT、湿球温度又は乾球温度との関係で熱中症を予防する指針としては、別紙一の熱中症予防運動指針がある。この熱中症予防運動指針は、運動時熱中症発生時のWBGTの分布に基づき策定された。もっとも、WBGTを現場では測定できない場合が多いことに鑑み、これにおよそ相当する湿球温度及び乾球温度も示されており、気温が比較的低い場合には湿球温度を、気温が比較的高い場合には乾球温度を参考にしてもよいとされている。また、乾球温度を用いる場合には、湿度に注意し、湿度が高ければ一ランク厳しい環境条件での注意が必要とされている。
オ 体調が悪いと体温調節能力も低下し、熱中症につながる。体力の低い人、肥満の人、暑さに慣れていない人、熱中症を起こしたことがある人などは暑さに弱いので熱中症への注意が必要である。
カ 熱失神、熱疲労は、涼しい場所に運び、衣服を緩めて寝かせ、水分を補給すれば通常は回復する。熱痙攣は、生理食塩水(〇・九%)を補給すれば通常は回復する。熱射病は、直ちに冷却処置を行いながら、設備等の整った集中治療のできる病院に一刻も早く搬送する必要がある。いかに早く体温を下げて意識を回復させるかが予後を左右するので、現場での処置が重要である。症状としては意識の状態と体温が重要である。意識障害は軽いこともあるが、応答が鈍い、言動がおかしいなど少しでも異常がみられるときには重症と考えて処置すべきである。
キ 学校管理下の熱中症死亡事故は、昭和五〇年から平成一七年までの間に一四六例発生し、そのうち部活動中が一二六例を占める。また、上記一四六例中高校一年生が五九例を占め、次いで高校二年生が三五例を占めている。男女別では圧倒的に男子が多く、部活動別では野球が四分の一強を占める。また練習内容では持久走やダッシュの繰り返しなど継続するランニングで多発している。そして、月別の死亡事故の発生例は、七月、八月に集中しており、六月の発生例は一四六例中三例であった。そのほか、熱中症が多発する時期・条件としては、梅雨の合間に突然暑い日が来た時、梅雨明けの蒸し暑い時、合宿の初日、休み明けの練習、新入部員に多いことなどが指摘されており、これらに共通する原因としては体が暑さに慣れていないためと分析されている。
ク(ア) 平成一七年六月の東京都における熱中症による救急搬送件数は、一二日頃に二〇件弱あったが、それより前にはほとんど見受けられない。
(イ) 本件事故の前年である平成二二年六月の全国における熱中症による救急搬送人員は二二七六人であり、これを搬送された医療機関での初診時における傷病程度で分類すると、死亡(医師の初診時に死亡が確認されたもの)四人、重症(三週間の入院加療を必要とするもの以上)七五人、中等症(死亡、重症、軽症、その他以外のもの)六八四人、軽症(入院を必要としないもの)一四一八人、その他(医師の診断がないもの及び傷病程度が判明しないもの並びにその他の場所に搬送したもの)九五人であった。また、同月初旬(同月一日~一〇日)の、全国における熱中症による救急搬送人員は三八〇人であり、これを搬送された医療機関での初診時における傷病程度で分類すると、死亡〇人、重症九人、中等症一一三人、軽症二四六人、その他一二人であった。なお、同年七~九月の全国における熱中症救急搬送人員は、七月が一万七七五〇人、八月が二万八四四八人、九月が七六四五人であった。
本件事故のあった平成二三年六月の全国における熱中症による救急搬送人員は六九八〇人であり、これを搬送された医療機関での初診時における傷病程度で分類すると、死亡一四人、重症二二八人、中等症二五〇一人、軽症四〇五九人、その他一七八人であった。また、同月初旬(同月一日~一〇日)の、全国における熱中症による救急搬送人員は四一三人であり、これを搬送された医療機関での初診時における傷病程度で分類すると、死亡一人、重症一三人、中等症一一五人、軽症二六八人、その他一六人であった。なお、同年七~九月の全国における熱中症救急搬送人員は、七月が一万七九六三人、八月が一万七五六六人、九月が三九六〇人であった。
(8) D監督が所持していた熱中症に関する書籍等
D監督は、熱中症に関する書籍として、大修館書店「現代保健体育改訂版指導ノート保健編一」(平成一九年発行。)、同「現代保健体育改訂版Teacher's Edition」(平成二〇年発行。)及び同「現代保健ノート改訂版【教師用】」(平成二三年四月発行。)を所持していた。これらの書籍にも、上記(7)のうちア(熱中症の病態)、エ(別紙一の熱中症予防運動指針につき乾球温度に着目した概要)、カ(応急処置)、キ(梅雨の合間に突然暑い日が来た時、梅雨明けの蒸し暑い時、合宿の初日、休み明けの練習など蒸し暑い時や暑さに慣れていないときが熱中症になりやすい。)などが記載されていた。そして、上記「現代保健体育改訂版指導ノート保健編一」には、熱中症の予防の重要性について授業で是非触れておきたい旨記載されている。
また、本件高等学校の体育教官室には、財団法人徳島県体育協会発行の「根拠に基づくスポーツマニュアル 予防 外傷と障害」(平成一八年発行)が備え付けられていたところ、これにも上記(7)のうちア(熱中症の病態)、エ(熱中症予防運動指針)、カ(応急処置)等が記載されていた。
D監督は、これらの書籍を通じて、熱中症の知識を習得し、別紙一の熱中症予防運動指針の内容も理解していた。
四 事実認定の補足説明
(1) 持久走の時速について
被控訴人は、二kmの持久走に約二〇分要したことから持久走の速度は時速約六kmであったと主張するのに対し、控訴人らはCが九周目から遅れ始めたことから、時速約六km(早歩き程度)というのはいかにも遅すぎるとも指摘している。そこで検討すると、本件硬式野球部の一、二年生部員(Cを除く。)とD監督が、本件事故の一週間後の平成二三年六月一三日に一堂に会して、本件事故時の状況を振り返った際に、持久走には一〇分か一五分、大体一五分くらいかかったと述べた部員がいたことが認められる。二kmの持久走に仮に約一〇分要したとすれば持久走の速度は時速約一二kmであり、約一五分であれば時速約八kmとなる(なお、体力テストとして実施されている一五〇〇mの持久走の全国平均(平成二三年。高校二年生男子)三六八・九〇秒を時速に換算すると、時速一四・六四km(小数第三位以下の端数四捨五入)である。)。そして、本件の証拠関係上、本件事故当日の練習において行われた持久走に要した時間を確定することは困難であるから、持久走の時速も確定できないというほかない。
(2) ダッシュ再開後のCの状況について
D監督は、ダッシュ再開後のCの状況について、一生懸命腕を振っているにもかかわらず、膝が上がらないため前に進まなかった、もっともCにはそういう状態は以前もあった旨証言する。しかし、本件硬式野球部の部員も、Cと練習を重ねてきたのであるから、本件事故当日以前のCの状況を十分認識していたと考えられるところ、本件硬式野球部の部員は、平成二三年六月一三日、D監督からCの走り方が変だったかどうか質問されたのに対し、「足を上げたけどあんまり前に出ていなかった。」「足を上げているけど、遅すぎました。」とダッシュ再開後のCの状況はむしろ異常であった旨返答している。そうすると、D監督の上記証言はたやすく採用できない。
五 争点(1)(D監督の過失)について
(1) 熱中症の予防及び応急処置に関する一般的な注意義務の内容・程度
D監督は、本件高等学校の教員であり、本件硬式野球部の監督でもあるから、部活動の実施により部員の生命・身体に危険が及ばないよう配慮し、危険を防止するとともに、何らかの異常を発見した場合には、その容態を確認し、必要に応じて、運動の禁止、応急処置、医療機関への搬送等の措置を取るべき一般的な注意義務を負っていた。そして、D監督は、このような注意義務の一環として、部活動の実施により部員が熱中症に罹患することのないよう配慮し、危険を防止するとともに、熱中症を予見させる異常の発見に努め、何らかの異常を発見した場合には、部員の容態を確認し、必要に応じて、運動の禁止、応急措置、医療機関への搬送等の措置を取るべき熱中症に関する一般的な安全配慮義務を負っていたといえる。
そして、①D監督は、保健体育科の教員として、本件高等学校の生徒に対し、熱中症の危険性、予防措置及び応急処置を直接指導する立場にあったこと、②D監督は、保健体育科の主任として、本件高等学校の教職員に対し、熱中症対策について注意喚起する立場にあり、徳島県教育委員会からの熱中症に関する通知文書が来た場合には職員朝礼などでこれを伝達していたこと、③上記通知文書には、熱中症予防に関しては「熱中症を予防しよう―知って防ごう熱中症―」(スポーツ振興センターのホームページ又はパンフレット)や「熱中症環境保健マニュアル」(環境省のホームページ又はパンフレット)を参考にするよう記載されていたことに照らすと、D監督は、自己が所持していた教科書や副読本の教師向け解説書や体育教官室に備え付けられていた「根拠に基づくスポーツマニュアル 予防 外傷と障害」に記載されている熱中症に関する知見を十分に理解しておくべきことはもとより、「熱中症環境保健マニュアル」(環境省のパンフレット)を一読し、その概要を理解しておく必要があったというべきである。そして、「熱中症環境保健マニュアル」、「現代保健ノート改訂版【教師用】」や「根拠に基づくスポーツマニュアル 予防 外傷と障害」には、熱中症予防運動指針が記載されており、この熱中症予防運動指針は、上記策定の経緯に照らしても合理的なものというべきであるから(なお、熱中症予防運動指針の合理性及び有用性は、被控訴人も特に争っていない。)、熱中症の危険性については熱中症予防運動指針に従って判断すべきことが基本となるというべきである。
(2) 本件事故当日における熱中症の危険性
ア 本件事故当日の本件グラウンドの気温
(ア) 被控訴人は、D監督は徳島県北部の気温を調べた上で練習内容を決定していたから、本件グラウンドの実際の気温ではなく、本件事故当日の徳島地方気象台の気温を前提として、D監督の過失の有無を検討すべきと主張する。しかし、D監督自身、本件グラウンドの気温は徳島地方気象台の気温よりも高いと認識していたのであるから、被控訴人の主張はおよそ採り得ない。
(イ) 前記三(4)アの認定事実のとおり、本件事故当日(平成二三年六月六日)の徳島地方気象台における午後四時の気温は二五・二℃、午後六時の気温は二四・四℃であり、穴吹観測所における同日午後四時の気温は二五・七℃、同日午後六時の気温は二三・八℃であった。また、本件事故当日の本件グラウンドの気温を推計するため、本訴係属中の平成二五年五月七日から同年六月六日まで本件グラウンドの気温が測定され、その結果は、別紙五記載のとおりであった(前記三(4)ウ)。そして、本件では当事者双方とも、本件グラウンドの気温と徳島地方気象台又は穴吹観測所との気温の差を本件事故当日の徳島地方気象台又は穴吹観測所との気温に加算するという方法により、本件事故当日の本件グラウンドの気温を推計すべきと主張しているから、当裁判所もこのような方法により検討を加えることとする。
①単純平均では、本件グラウンドの気温は徳島地方気象台よりも午後四時で六・四一℃、午後六時で三・八〇℃それぞれ高く、穴吹観測所に比べ午後四時で五・九七℃、午後六時で四・〇五℃それぞれ高いから、これらを本件事故当日の各気温に加算すると、本件事故当日の本件グラウンドの午後四時の気温は三一・六~三一・七℃(小数第二位以下の端数四捨五入。以下同じ。)、午後六時の気温は二七・九~二八・二℃と推計できる。②本件事故当日の本件グラウンドの天候は晴であったと認められるところ(詳細は後掲のとおり。)、平成二五年五月七日から同年六月六日のうち本件グラウンドの天候が晴の日のみのデータを抽出して平均を取ると、本件グラウンドの気温は徳島地方気象台よりも午後四時で七・七四℃、午後六時で四・四三℃それぞれ高く、穴吹観測所に比べ午後四時で七・〇五℃、午後六時で四・六六℃それぞれ高いから、これらを本件事故当日の各気温に加算すると、本件事故当日の本件グラウンドの午後四時の気温は四二・八~三二・九℃、午後六時の気温は二八・五~二八・八℃と推計できる。③本件事故当日の徳島地方気象台における午前六時~午後六時の天気の概況は薄曇であったと認められるところ、平成二五年五月七日から同年六月六日のうち徳島地方気象台における午前六時~午後六時の天気の概況が薄曇であった日のみのデータを抽出して平均を取ると、本件グラウンドの気温は徳島地方気象台よりも午後四時で五・四八℃、午後六時で三・五八℃それぞれ高く、穴吹観測所に比べ午後四時で五・〇八℃、午後六時で三・七八℃それぞれ高いから、これらを本件事故当日の各気温に加算すると、本件事故当日の本件グラウンドの午後四時の気温は三〇・七~三〇・八℃、午後六時の気温は二七・六~二八・〇℃と推計できる。④平成二五年五月七日から同年六月六日のうち、本件グラウンドでの天候が晴であり、かつ、徳島地方気象台における午前六時~午後六時の天気の概況は薄曇であった日のみのデータを抽出して平均を取ると、本件グラウンドの気温は徳島地方気象台よりも午後四時で六・七三℃、午後六時で三・八〇℃それぞれ高く、穴吹観測所よりも午後四時で五・九三℃、午後六時で四・〇五℃それぞれ高いから、これらを本件事故当日の各気温に加算すると、本件事故当日の本件グラウンドの午後四時の気温は三一・六~三一・九℃、午後六時の気温は二七・九~二八・二℃と推計できる。
本件事故当日の本件グラウンドの天候や徳島地方気象台の天気概況が同一の条件となるようにデータを抽出して計算する方がより実態に近づくと考えられる反面、そのようなデータ抽出によりサンプル数が減少し、誤差も拡大するという問題が生じる(上記①(単純平均)のサンプル数は二一であるのに対し、上記②(本件グラウンド晴天時の平均)のサンプル数は一四、上記③(徳島地方気象台の天気概況薄曇時の平均)のサンプル数は六、上記④(本件グラウンド晴天時かつ徳島地方気象台の天気概況薄曇時の平均)のサンプル数は四にそれぞれとどまる。)。そうすると、上記①~④の推計方法の合理性に関する優劣はたやすく判断できず、上記①~④を総合して、本件事故当日の本件グラウンドの気温は、午後四時で三〇~三三℃、午後六時で二七~二九℃と推認するほかない。さらに、本件グラウンドの本件事故当日の午後五時の気温についても、午後四時と午後六時のほぼ中間である二九~三一℃と推認するのが相当である。そして、D監督は、徳島地方気象台の気温よりも本件グラウンドの気温が高いと認識しており、仮に徳島地方気象台の気温が二五℃であれば、本件グラウンドの気温はこれより五~六℃高いと考えていたというのであるから、D監督は、本件事故当日の本件グラウンドの気温が少なくとも午後四時で三〇℃、午後五時で二九℃、午後六時で二七℃であったことは認識し、又は認識することができたといえる。
この点、被控訴人は、徳島地方気象台の天候概況が薄曇の日のみを抽出して本件グラウンドの気温を推計すべきであると主張する。しかし、原審で、控訴人らが本件事故当日の本件グラウンドの天候が晴であることについて当事者間に争いがないことを前提として、本件グラウンドの天候が晴の日のみを抽出して本件グラウンドの気温を推計すべきであると主張したのに対し、被控訴人は本件事故当日の本件グラウンドの天候が晴であることについて特に反論をせず、証人Dも本件事故当日の本件グラウンドの天候が晴ではなかったなどとは評価していないのであって、本件事故当日の本件グラウンドの天候は晴であったと認められる。そうである以上、本件グラウンドの天候が晴の日のみを抽出することにも相応の合理性があるというべきであり、徳島地方気象台の薄曇の日のみを抽出する方法のみが正当であるとまではいえない。
そのほか、被控訴人は、平成二五年五月七日から同年六月六日中本件グラウンドが晴の日のうち本件グラウンドの気温と徳島地方気象台又は穴吹観測所の気温との差の最小値によるべきとも主張するが、最小値によるべき合理的な理由は認められず、被控訴人の主張はおよそ採り得ない。
イ 本件事故当日の本件グラウンドの湿度
被控訴人は、本件事故当日の本件グラウンドの湿度は午後四時三二%、午後五時三三%、午後六時三〇%であったと推計できるところ、湿度が三〇%以下の場合には熱中症による死亡事案は報告されておらず、本件事故当日は熱中症の危険性は低かった旨主張する。
まず、平成二五年五月七日から同年六月六日までの午後四時及び午後六時の本件グラウンドの湿度と対応する時間の徳島地方気象台の湿度との比の平均に基づき、本件事故当日の本件グラウンドの湿度を推計する(ただし、前記アと同様に四種類の方法による平均を検討した。)と、別紙五のとおり午後四時において三二~三四%、午後六時において三〇~三三%となる(なお、控訴人らもこのような比の平均に基づき本件グラウンドの湿度を推計するという手法を争っていない。)。しかしながら、「運動時熱中症発生時の気温と湿度の関係」(昭和四五年~平成二一年)によれば、湿度三二%においても熱中症による死亡例が報告されているし、湿度二〇%未満かつ気温二八~三〇℃においても熱中症の発生例が報告されている。そもそも、上記「運動時熱中症発生時の気温と湿度の関係」は、熱中症発生時の環境条件(気温と湿度)を発生地最寄りの気象台のデータで解析したものであるから、本件事故についていえば、午後六時の穴吹観測所の気温二三・八℃と徳島地方気象台の湿度五二%をもって評価すべきである。そして、「運動時熱中症発生時の気温と湿度の関係」では、気温二二℃、湿度約五二%での熱中症による死亡例が、気温二四℃強かつ湿度五〇%弱での熱中症の発生例が報告されている。これらの検討結果を踏まえると、被控訴人が指摘するような本件事故時の湿度をもって、熱中症発生の危険性が低いと認めることは困難である。
また、本件事故当日の本件グラウンドの湿度が低ければ、本件グラウンドの湿球温度は乾球温度よりも相当下がると考えられる。しかしながら、熱中症予防運動指針において、①湿球温度は気温が高いと過小評価される場合もあり、湿球温度を用いる場合には、乾球温度も参考にするとされていること、②乾球温度を用いる場合には、湿度に注意し、湿度が高ければ一ランク厳しい環境条件での注意が必要であるとされているのに対し、湿度が低い場合には何ら言及されていないことに照らすと、本件事故当日の本件グラウンドの湿度が三〇~三四%と比較的低かったからといって、熱中症の危険性が低かったと評価することは相当ではないというべきである。
したがって、湿度に関する被控訴人の主張は理由がない。
ウ 体感温度に関する主張について
被控訴人は、リンケの計算式やミスナールの計算式に基づき体感温度について縷々主張する。しかし、熱中症の危険性の有無を検討するに当たり直射日光等による輻射熱は看過できないところ、リンケの計算式やミスナールの計算式には日照の要素は何ら織り込まれていない。そして、WBGT(湿球黒球温度)は、一九五四年(昭和二九年)、アメリカにおいて熱中症のリスクを判別するため開発され、一九八二年(昭和五七年)、ISO(国際標準化機構)により国際基準として位置付けられたものであるところ、別紙一の熱中症予防運動指針もWBGTに基づき策定され、WBGTを現場では測定できないことも多いため、参考として湿球温度、乾球温度も併記されていることに照らせば、別紙一の熱中症予防運動指針にリンケの計算式やミスナールの計算式に基づく体感温度を当てはめることはおよそ予定されておらず、本件事故当日における体感温度を具体的に検討するまでもなく、被控訴人の主張は容れる余地がない。
エ 暑熱馴化状況
控訴人らは、本件事故当日は休日明けであり、練習日としては三日間のブランクが続いていたこと、本件事故前の一週間程度は涼しい日が続いており、暑さへの慣れが弱まり、熱中症に対する危険が高まっていた旨主張する。他方、被控訴人は、本件事故前の一か月間の練習状況等に照らせば、Cを始めとする本件硬式野球部の部員は暑さに慣れていなかったとはいえない旨主張する。
そこで、検討するに、平成二三年五月七日から同年六月三日までの本件硬式野球部の練習時間(練習試合及び試合の時間を含む。この項において同じ。)における徳島地方気象台の気温及び穴吹観測所の気温は、別紙四<省略>記載のとおりである(もっとも、被控訴人は、練習時間中に徳島地方気象台及び穴吹観測所のいずれかの気温が二四℃以上となったもののみを抽出して書証を提出し、控訴人らは、本件事故直前一週間の気温の状況を明らかにするために書証を提出したことから、別紙四には五月一日~四日、六日、一〇日~一四日、一七日、一八日、二二日~二七日の練習時間中の徳島地方気象台の気温及び穴吹観測所の気温は記載されていない。このような書証提出の経緯に鑑み、別紙四<省略>に記載のない上記練習時間中の徳島地方気象台の気温及び穴吹観測所の気温が二四℃未満であったことは優に推認できる。)。そして、本訴提起後の平成二五年五月七日から同年六月六日までの間に午後四時及び午後六時に計測された本件グラウンドの気温と徳島地方気象台の気温及び穴吹観測所の気温との差の単純平均に基づいて、同表中午後四時又は午後六時に本件グラウンドでの練習(練習試合を含む。)が行われた際の本件グラウンドの気温を推計した結果は別紙六のとおりである(なお、別紙四<省略>における本件グラウンドの天候や徳島地方気象台の天気概況は不明であるから、単純平均に基づいて推計するほかない。また、平成二三年五月一六日は午後四時~午後六時を含む時間に練習が行われていなかったため、同月七日はb高校(当時)のグラウンドで練習試合が行われたため、同年六月三日は池田球場で試合が行われたため、推計をすることができない。)。
この推計結果によれば、Cを含む本件硬式野球部の部員は、少なくとも平成二三年五月八日、同月一五日、同月一九日、同月二〇日及び同月二一日の五日間については、本件グラウンドの気温が三〇℃以上となる中で、練習を行っていたといえる。しかしながら、Cを含む本件硬式野球部の部員は、同月二二日以降に、そのような暑熱環境下での練習を行っていない。また、同年六月三日は池田球場での試合が行われたところ、池田球場のグラウンドにおける気温を認めるに足りる証拠はない。そして、同月四日及び五日には練習が行われなかった。
これらの事情を踏まえて検討するに、控訴人らが指摘するように暑さに対する慣れが弱まっていた可能性は否定できない。もっとも、暑さへの慣れがどのような条件であれば弱まるのかについての科学的知見等は、本件証拠関係上明らかであるとはいえないことに照らすと、控訴人らが指摘するように暑さへの慣れが弱まり、熱中症の危険性が高まっていたと認めるに足りる証拠はないものといわざるを得ない。すなわち、Cの暑さへの慣れが弱まったことを理由に熱中症の危険性が上がるともいえないし、Cが暑さに慣れていたことを理由にCの熱中症の危険性が下がるともいえない。
オ 本件事故が六月初旬に発生したことについて
被控訴人は、六月初旬は熱中症の発生件数が少なく、熱中症の危険性も小さいといえるから、D監督が本件事故当日、熱中症について念頭に置かなかったことについてやむを得ない旨主張する。
しかし、D監督が所持していた熱中症に関する書籍はもとより、本件で提出された熱中症に関する文献を通覧しても、六月初旬においては熱中症の危険が小さいと記載しているものはない。かえって、日本体育協会発行の「スポーツ活動中の熱中症予防ガイドブック」の三四頁には熱中症の発生は六月、七月及び八月に集中している旨の記載があり、環境省環境保健部環境安全課が作成している「熱中症環境保健マニュアル」の三一頁には毎年、熱中症が多く発生し始めるのは六月である旨の記載がある。
また、全国における熱中症による救急搬送件数について検討すると、平成二二年六月は二二七六人(うち一日から一〇日までは三八〇人)、平成二三年六月は六九八〇人(うち一日から一〇日までは四一三人)であるから、六月初旬に熱中症の発生が少ないとはいい難い。なお、六月の全国における熱中症による救急搬送件数が七月及び八月よりも少ないことは、被控訴人の指摘するとおりであるが、これは熱中症発生のピークの時期よりも六月の熱中症の発生件数が少ないことを意味するに過ぎず、このことをもって六月初旬に熱中症の発生の危険性が小さいとはいえない。このほか、被控訴人は、平成一七年六月の東京都における熱中症による救急搬送件数を指摘するが、熱中症による死亡者数はそれぞれの年の気象条件によって大きな変動があると指摘されており、これは救急搬送件数についても同様であると考えられるから、平成一七年六月の統計結果のみをもって、六月初旬の熱中症の危険性が小さいということはできない。
そして、仮に、D監督に六月は熱中症の発生の危険性が小さいという先入観があったとしても、D監督は本件高等学校の保健体育科の主任として、本件高等学校の教職員全員に対し、熱中症の予防について注意喚起をすべき立場にあったことからすれば、環境省環境保健部環境安全課が作成している「熱中症環境保健マニュアル」などの熱中症に関する文献を閲読すべきだったことは上記(1)で説示したとおりであって、そうしておけば上記先入観を排除して熱中症の予防や応急処置に関する行動を取ることができたといえる。
したがって、六月初旬は熱中症の発生件数が少なく、熱中症の危険性も小さいといえるから、D監督が本件事故当日、熱中症について念頭に置かなかったことについてやむを得ないとの被控訴人の主張は理由がない。
カ 本件事故当日の熱中症発生の危険性について
以上の検討結果によれば、本件事故当日の午後四時(練習開始時)から午後五時(一〇〇mダッシュ五〇本を開始した直後)まで、本件グラウンドの気温は二九℃以上あったものと認められるから、別紙一の熱中症予防運動指針に照らし、同指針の「警戒」の区分に該当する状態にあったといえ、熱中症の危険が増す状態にあったと認められる。したがって、D監督の熱中症に関する注意義務についてもこれを前提として検討すべきである。
(3) 具体的な注意義務違反の有無について
ア 一〇〇mダッシュ五〇本を練習内容として決定したことについて
控訴人らは、D監督は、本件事故当日の本件グラウンドの気温に鑑み、熱中症防止の観点から、一〇〇mダッシュ五〇本を含む練習内容を決定すべきではない義務を負っていた旨主張する。確かに、一〇〇mダッシュ五〇本は激しい運動に当たるというべきである(被控訴人は、本件硬式野球部における一〇〇mダッシュは全力疾走ではない旨指摘するが、この点は上記評価を左右しない。)。しかしながら、上記説示のとおり、本件事故当日の午後四時から午後五時までの本件グラウンドの気温が三一℃以上であったことが確実であるとまではいえないから、熱中症予防運動指針の「厳重警戒」の区分にまでは達していなかったというべきである。そして、同指針の「警戒」の区分においては、同指針も激しい運動を避けるべきとはしていないから、D監督が一〇〇mダッシュ五〇本を練習内容に採用したことが熱中症予防に関する注意義務に違反したとはいえない。
イ 一〇〇mダッシュ二五本終了後の休憩時について
控訴人らは、D監督が熱中症の危険性を意識してCの状況を観察していれば、一〇〇mダッシュ前半二五本終了後の休憩時においてCに熱中症の兆候及び症状があったといえるから、D監督にはスポーツドリンクを飲ませ、又はその後の練習を休ませるなど、熱中症の予防のための適切な措置を講ずべき義務があった旨主張する。確かに、熱中症予防運動指針の「警戒」の区分に該当する以上、D監督には熱中症の危険性を意識して部員の状況を観察すべき注意義務があったといえるから、他の部員が認識していたCの状況、すなわち①Cが、持久走九周目くらいで遅れ始め、息づかいも荒かったこと及び②Cが、一〇〇mダッシュ前半二五本を終えて休憩する際、テントまで走らずに歩いて移動して、最後にテントに入り、息が大分荒く、まともに話せる状態ではなかったことを、D監督が認識すべきであったといえる。しかしながら、持久走に関しては、その正確な時速が不明である上に、Cが他の部員と比べ持久走を苦手としていたといえること(前記三(3)ウのCのシャトルランの成績等からはこのように評価できる。)からは、仮にD監督が上記①の事実を認識したとしても、これを熱中症の兆候と評価することは困難であったというほかない。また、上記②のうちCがまともに話せなかった理由は、一〇〇mダッシュ二五本による疲労によるものとも考えられるから、Cがまともに話せなかったことが熱中症の兆候ないし症状である唇のしびれであると認めることはできない。そのほか、上記②の時点において、Cは休憩の際に水を飲むことができていた上に、Cにはめまい、頭痛、吐き気などの訴えや、発汗の異常があったとは窺われないから、上記のとおりCが他の部員と比べ持久走を苦手としていたことをも踏まえると、D監督が上記②の事実を認識していたとしても、D監督がCに熱中症の兆候や症状があると判断しなかったことに注意義務違反があるとはいえない。
ウ 一〇〇mダッシュ後半約一五本までの時点
控訴人らは、D監督は、Cの後半の一〇〇mダッシュの状況を観察した上で、Cに対し、ダッシュを中止させるべきであったにもかかわらず、これをいずれも怠った旨主張する。
しかし、Cは他の部員から声を掛けられて、ダッシュを中止したのであるから、控訴人らが主張するD監督の上記注意義務違反とCの熱中症による救急搬送ないしCの死亡との間に相当因果関係は認められない。
もっとも、D監督には熱中症の危険性を意識して部員の状況を観察すべき注意義務があったにもかかわらず、前半とは異なりバックネット裏から観察するにとどまっており、D監督は観察方法を変更したことについて合理的理由を説明しない。したがって、D監督には、かかる観察の方法において注意義務違反があったというべきであり、D監督が前半と同様の位置から部員の状況を観察していれば認識することができたCの状況は、後の時点における注意義務の有無の判断における前提となるというべきである。そして、本件の証拠関係上、Cが他の部員に話し掛けた位置は明らかではないから、一〇〇mダッシュをしている場所の近くでD監督が観察していたとしても、Cと他の部員の会話内容が聞き取れたということはできないが、他の部員が供述するとおり、Cのペースが一気に落ちたことをD監督は認識することができ、また認識すべきであったというべきである。
エ 一〇〇mダッシュを再開させた点について
(ア) 一〇〇mダッシュ中断前にCが足をつっていたかどうか
Cは、D監督に対し、一〇〇mダッシュを中断した理由について、足がつった旨説明をしたのに対し、D監督はこれを言い訳であると感じたと証言している。しかしながら、Cの練習態度は、D監督からもH野球部部長からも「言われたことは素直に受け入れ、嫌な顔ひとつせず素直に取り組む。手を抜くような生徒ではなく、練習にも常に一生懸命取り組んでいた。」と評価されており、このような練習態度は、前記三(2)で認定した本件高等学校が把握しているCの性格にも合致するものであった。また、D監督は、本件事故当日まで、Cがあらかじめ許可を得ずに、自分でダッシュをやめて休憩を取ったことはなかったと認識していた。そして、Cが搬送された徳島県立中央病院のカルテにはCの足がつった旨記載されているところ、これはD監督が、本件事故当日の練習内容とともにCがどのような状況に陥ったかを正確に医師等が把握することがCの治療に有益であると考えたことから、同病院の医師等にCの足がつった旨申告したものと推認できる。これらの事情に照らすと、Cが、練習を休むための方便として、足がつったと発言したとは考えられず、CがD監督に説明したとおり、一〇〇mダッシュを中断したのは、足がつったためと考えられる。
なお、被控訴人は、足がつったのであれば走ることができたとは考えられない旨主張する。しかしながら、控訴人らは、肉離れに至らない限り、足がつったとしても痛みをこらえて走ることは可能であると指摘しており、このような指摘が社会通念上不合理であるとはいえないから、足がつったのであれば走ることができたとは考えられない旨の被控訴人の主張は容れることができない。
また、被控訴人は、Cの足がつったのを誰も見ていない旨指摘する。しかしながら、足をつったタイミングや足をつった程度によっては、Cの足がつったことに他の部員が気づかなかったとしても不自然ではなく、この点は上記認定を左右するに足りるものではない。
さらに、被控訴人は、Cが一〇〇mダッシュを中断したのは、EやFから相次いでやめておけと言われたためであり、Cの足がつったためではない旨主張する。しかしながら、Cが足をつったまま、その痛み等をこらえて走るのが困難になったこと、EやFがCの状況が異常であり一〇〇mダッシュをやめるよう勧めたこととは何ら矛盾しない。そして、CがD監督から一〇〇mダッシュをやめた理由を聞かれた際に、他の部員からやめられたことを特に告げなかったことについても、自分の体調不良のみを説明すれば足りると考えたとみることもできるから不合理ではない。したがって、被控訴人の上記主張も理由がない。
(イ) Cの足がつったことは、熱痙攣によるものか
控訴人らが、Cの足がつったことは、熱痙攣によるものであると主張するのに対し、被控訴人は、低ナトリウム血症による熱痙攣であれば、Cが徳島県立中央病院に搬送された際に、血中ナトリウム濃度が一四八・七と高ナトリウム血症の状態であったのと矛盾する旨主張する。しかしながら、Cが一〇〇mダッシュ二五本を終了した段階で、ナトリウムを含まない水分を摂った結果、血中ナトリウム濃度が低下し、後半の一〇〇mダッシュ中に低ナトリウム血症による熱痙攣が生じたことから一〇〇mダッシュを中断し、しばらく休憩した後、給水せずに一〇〇mダッシュを再開し、運動を続けたため、大量に汗をかき、汗のナトリウム濃度は血中ナトリウム濃度よりも低いため、高ナトリウム血症の状態になったという機序は十分に合理的であるから、熱痙攣と救急搬送後の高ナトリウム血症とが矛盾するという被控訴人の主張は理由がない。
そして、本件事故当日の本件グラウンドの気温は、二九℃以上と熱中症の危険が増す状況にあったことをも踏まえれば、Cが足をつったのは、熱痙攣によるものと認めるのが相当である。
(ウ) D監督はCが熱痙攣を起こしていたと認識し得たか
まず、D監督は、Cが足をつったと発言したのは言い訳である旨証言するが、上記(ア)で説示したようなCの練習態度・性格等からすると、Cの足をつったとの申告を信用しなかったことが合理的であるとはいえない。また、前記(1)で説示したとおり、D監督は、自己が所持していた教科書や副読本の教師向け解説書や体育教官室に備え付けられていた「根拠に基づくスポーツマニュアル 予防 外傷と障害」に記載されている熱中症に関する知識を習得しているべきところ、これらの書籍にも、熱中症の一症状として熱痙攣が記載されている。そして、本件事故当日の本件グラウンドの気温は、二九℃以上と熱中症の危険性が増す状況にあったことをも踏まえれば、D監督は、Cが足をつったのは熱痙攣によるものであると認識し得たといえる。
(エ) 一〇〇mダッシュを再開させたことに過失はあるか
もっとも、Cは、約一〇本を残して、一〇〇mダッシュを中断していたから、他の部員が一〇〇mダッシュをしている間に一応の休息を取れたものである(本件高等学校が作成した資料によれば、ある組が約二〇秒かけて一〇〇mダッシュをし、他の組がダッシュをしているのを待ち再び一〇〇mを走り出すまでには約四〇秒の時間的間隔が空いていたと考えられるとしている。また、Cと途中でリタイアした一名の部員を除く他の部員は、一〇〇mダッシュ五〇本を、休憩を除き約五〇分で終了していること(前記三(6)エ、ク)からすれば、ある組が一〇〇mダッシュを開始してから、その組が次の一〇〇mダッシュを開始するまでには約一分かかる計算となる。これからすれば、他の部員が一〇〇mダッシュを終える一~二本前までの段階で、Cは八~九分程度休むことができたと考えられる。)。そして、Cは、他の部員達に対し、頑張れと声を掛け、その声はダッシュの場所から約七二~八六m離れたバックネット裏で様子を見ていたD監督にも聞こえる程度の大きさであった。また、Cは、D監督からの呼び出しに走っていき、D監督から「今はどうなんな?」と尋ねられると、「今はいけます。」と答えており、その受け答えの状況もはっきりしていた。
このような状況からすれば、D監督が、Cの素直で真面目な性格を熟知しており、比較的強めの口調で「Gでも走ったんぞ、四番のお前が走れな勝てんぞ。」と言ったことが、Cに対して、実質的に一〇〇mダッシュを再開するよう命ずるものと評価でき、かつ、D監督がCの熱痙攣を認識し得たとしても、D監督が、Cは休憩を取った以上一〇〇mダッシュ残り約一〇本を無事にこなすことができると考えたとしても無理からぬと評価する余地もあり、D監督がCに一〇〇mダッシュを再開させた点に注意義務違反があったとまでは断定し難い。
(オ) 一〇〇mダッシュ再開後
①Cは走れるような状態まで回復したとはいえ、熱痙攣の状態に陥っていたのであり、そのことはD監督も認識することができたこと、②また、他の部員が一〇〇mダッシュを終了した後にCは一人で一〇〇mダッシュを再開しようとしていたのであるからD監督がCの状況を注視することも容易だったといえることに照らすと、D監督はCに一〇〇mダッシュを再開させる以上、熱中症を念頭に置いてCの状況を注視し、Cに少しでも異常な状況があれば即座にCの一〇〇mダッシュを中止させ、給水・塩分摂取・休憩を命じ、必要に応じ、熱中症に対する応急処置や病院への搬送措置を講ずるべき注意義務を負っていたというべきである(なお、Cに既に熱中症の一症状である熱痙攣が発症し、これをD監督が認識すべきであった以上、一〇〇mダッシュ再開時の気温がどの程度であったかは大きな問題とはならない。)。
そして、一〇〇mダッシュを再開した後間もない段階でCの走る様子は変であり、足を上げても足が余り前に出ておらず、遅すぎるという状況であり、このような状況は他の部員が認識していたというのであるから、D監督がCの状況を注視していれば、同様の状況を認識することができたものというべきである。したがって、D監督は、この時点で、Cに対し、一〇〇mダッシュを中止させる注意義務を負っていたにもかかわらず、これを怠り、Cの一〇〇mダッシュを続行させた点に過失がある。
なお、被控訴人は、Cは持久走を苦手としており、また疲れてくると足が前に出なくなることは以前にもあったから、D監督がCの状況を異常と考えなくてもやむを得ないと主張する。しかし、D監督はCが熱痙攣の状態に陥ったことを認識すべきであった上に、他の部員は一〇〇mダッシュを再開した後のCの走る様子は変であり、足を上げても足が余り前に出ておらず、遅すぎるとして、Cの状況を異常と考えていたことに照らすと、上記被控訴人の主張は採用できない。
(カ) 応急処置について
念のため、応急処置に関する注意義務違反についても検討する。本件グラウンドのダッシュ開始時の気温が二九℃以上で「警戒」の区分にあり、熱中症の危険性が増している状態にあったこと、Cが倒れ込んだときにCの意識は混濁しており、発語も異常であり、大量発汗し、顔色が青ざめているといった状況からすれば、Cが倒れ込んだときにD監督はCが熱中症であると判断した上で、Cの身体を冷やすなどの応急処置を速やかに取るべき注意義務を負っていたということができ、D監督はこれを怠ったのであるから、この点においても注意義務違反があったというべきである。
(4) 小括
以上によれば、D監督には、Cに一〇〇mダッシュを再開させた後、Cの異常に気づき即座に一〇〇mダッシュを中止させるべきであったのにこれを怠った点及びCに対して熱中症の応急処置を取らなかった点において過失がある。
六 争点(2)(過失相殺)について
被控訴人は、Cが熱中症を生じたのはCの体調に問題があったからであり、また、CがD監督に対し体調不良を申告していれば、本件事故も発生しなかったとして、過失相殺を主張する。
しかし、前記三(5)で認定した事実によれば、本件事故当日のCの体調に問題があったと認めるに足りる証拠はなく、Cの体調不良を理由に過失相殺をする余地はない。なお、被控訴人は、時速約六kmの持久走でCが遅れたのであれば、Cの体調不良(不眠ないし睡眠不足)が疑われる旨も主張するが、前記四(1)で説示したとおり、持久走の時速が約六kmであることを認めるに足りる証拠はないから、上記主張にも理由がない。
また、素直で真面目な性格であるCが、D監督から比較的強めの口調で「Gでも走ったんぞ、四番のお前が走れな勝てんぞ。」と言われた際に、これを一〇〇mダッシュ再開の指示と認識するのは当然のことである。このことに加え、D監督が練習試合におけるCのエラーを叱責し、即座に交替させ、その後Cは直立不動のままであったこと(前記三(2))から窺えるD監督とCとの関係性を踏まえれば、足がつったと述べているにもかかわらずD監督からダッシュを再開するよう指示されたCが仮に上記D監督の発言の際に、体調不良のため再開できない旨をD監督に告げなかったとしても、Cに落ち度があるということはできない。なお、被控訴人は、一〇〇mダッシュの前半終了後の休憩中にD監督が「しんどかったらどいとけ」と発言した際、Cが体調不良を感じていたのであればこれを申し出るべきであった旨主張しているとみる余地もあるが、Cが前半終了後テントに入るのが最後で走れておらず歩いて入ったことや、まともに話せる状態ではなく息が大分荒かったとしても、Cが体調不良を認識し、あるいは認識し得たとまではいうことができないから、被控訴人の上記主張にも理由がない。
したがって、被控訴人の過失相殺の主張は理由がない。
七 争点(3)(損害)について
(1) D監督の過失とCの死亡との相当因果関係について
D監督は、一〇〇mダッシュ再開後、間もない時点でCの走り方が足を上げても足が余り前に出ておらず、遅すぎるというようなCに異常が生じた状態にもかかわらず、一〇〇mダッシュを中止させなかったという注意義務違反がある。そして、仮にD監督がCの一〇〇mダッシュを即座に中止させ、Cの身体を冷却するなどの応急処置を講じ、直ちに病院に搬送するなどすれば、Cが死亡することはなかったと考えられる。したがって、D監督の上記過失とCの死亡との間には相当因果関係があり、被控訴人は、国家賠償法に基づき、Cの死亡と相当因果関係のあるC及び控訴人らの損害を賠償する責任を負う。
(2) Cの熱中症及びこれによる死亡による損害
ア 治療費等 二六万七五七二円
Cは、平成二三年六月六日に徳島県立中央病院に搬送され、同日から同年七月三日に死亡するまで同病院に入院したところ、その間の入院治療費や文書料として支出を要した金員は、二六万七五七二円である。
イ 入院慰謝料 六九万円
Cの入院日数は二八日であるところ、Cは、ICUCで治療を受け、意識が回復しないまま死亡したことなどCの症状の重さを踏まえると、入院慰謝料は六九万円を相当と認める。
ウ 親族の付添費 一八万二〇〇〇円
Cの入院期間中毎日、Cの両親である控訴人ら両名が付き添った。D監督の過失と相当因果関係のある損害としては、このうち一日につき一名分の入院付添費(日額六五〇〇円)を認めるのが相当であり、具体的には下記計算式のとおり一八万二〇〇〇円である。
(計算式)
六五〇〇円×二八=一八万二〇〇〇円
エ 入院雑費 四万二〇〇〇円
入院雑費は入院一日当たり一五〇〇円により計算するのが相当であり、具体的には下記計算式のとおり四万二〇〇〇円である。
(計算式)
一五〇〇円×二八=四万二〇〇〇円
オ 葬儀費用 一五〇万円
控訴人らは、Cの葬儀費用として二四二万八一八二円を支払ったところ、このうち一五〇万円をD監督の過失と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。
カ 逸失利益 四五三四万三八二一円
Cは平成六年○月○日生まれで平成二三年七月三日の死亡時一七歳であった。就労可能期間の開始時点(一八歳)が死亡時とさほど差がなく、当審口頭弁論終結時には平成二五年度賃金センサスが利用可能であることに照らすと、Cの逸失利益をより精緻に認定する立場から、Cの基礎収入を平成二五年度賃金センサス男子産業計・企業規模計・学歴計全年齢平均五二四万一〇〇〇円と認めるのが相当である。そうすると、Cの逸失利益は下記計算式のとおり、四五三四万三八二一円となる。
(計算式)
五二四万一〇〇〇円×一七・三〇三五(一七歳の生涯就労可能期間に対応するライプニッツ係数)×〇・五(生活費控除)=四五三四万三八二一円
キ Cの死亡慰謝料 一八〇〇万円
本件口頭弁論に顕れた諸事情に鑑みれば、Cの死亡慰謝料は一八〇〇万円と認めるのが相当である。
ク Cの損害の相続分
上記ア~キの合計六六〇二万五三九三円からスポーツ振興センターから支給された見舞金合計二九二二万九一八六円を控除すると三六七九万六二〇七円となる。控訴人らは、相続により、このうち二分の一である一八三九万八一〇三円の損害賠償請求権をそれぞれ取得した。
ケ 控訴人らの固有の慰謝料
本件口頭弁論に顕れた諸事情に鑑みれば、Cの死亡に伴う控訴人らの固有の慰謝料は、それぞれ二〇〇万円と認めるのが相当である。
コ 弁護士費用
クとケの合計額が二〇三九万八一〇三円となることを踏まえると、控訴人らが本件訴訟の提起及び維持に要した弁護士費用のうち各二〇四万円は、D監督の過失と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。
サ 総計
ク~コによれば、控訴人らの損害額は各二二四三万八一〇三円となる。
八 結論
そうすると、控訴人らの請求は、いずれも二二四三万八一〇三円及びこれに対する平成二三年六月六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却すべきところ、これと異なり控訴人らの請求を全部棄却した原判決は失当であって、本件控訴の一部は理由があるから、原判決を上記のとおり変更することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 吉田肇 裁判官 原司 尾河吉久)
別紙一 熱中症予防運動指針
WBGT(℃)
湿球温度(℃)
乾球温度(℃)
区分
31以上
27以上
35以上
運動は原則中止
特別の場合以外は運動は中止する。
28~31
24~27
31~35
厳重警戒
熱中症の危険が高いので、激しい運動や持久走など体温が上昇しやすい運動は避ける。運動する場合には、積極的に休息をとり水分補給を行う。
25~28
21~24
28~31
警戒
熱中症の危険が増すので、積極的に休息をとり水分を補給する。激しい運動では30分おきくらいに休息をとる。
21~25
18~21
24~28
注意
熱中症による死亡事故が発生する可能性がある。熱中症の兆候に注意するとともに、運動の合間に積極的に水を飲むようにする。
21未満
18未満
24未満
ほぼ安全
通常は熱中症の危険は小さいが、適宜水分の補給は必要である。
(上記表の28~31は28℃以上31℃未満を示す。その他も同様である。)
別紙二 <省略>
別紙三 用語説明(a高校における内容)<省略>
別紙四~六 <省略>