高松高等裁判所 平成26年(ラ)92号 決定 2014年9月05日
抗告人(原審申立人)
一般財団法人X
同代表者代表理事
A
同手続代理人弁護士
佐藤歳二
荻野聡之
被相続人
B(平成22年8月26日死亡)
主文
1 原審判を取り消す。
2 被相続人Bの清算後残存すべき相続財産の全部を抗告人に分与する。
3 手続費用は、原審、当審を通じて、抗告人の負担とする。
事実及び理由
第1抗告の趣旨及び理由
抗告人の抗告の趣旨及び理由は、別紙1「即時抗告状」、同2「即時抗告理由書」、同3「即時抗告理由補充書」(各写し)に記載のとおりである。
第2当裁判所の判断
1 事案の要旨
本件は、抗告人が、長年その介護に当たってきたことなどから被相続人の特別縁故者に当たると主張して、被相続人の相続財産全部を抗告人に分与するよう申し立てた事案である。
原審判は、抗告人の申立てを却下したことから、これを不服とする抗告人が即時抗告を申し立てた。
2 当裁判所は、原審判と異なり、清算後残存すべき被相続人の相続財産の全部を抗告人に分与するのが相当であると判断する。
その理由は、以下のとおりである。
3 一件記録によれば、次の事実を認めることができる。
(1) 抗告人は、労働災害による被災労働者で家庭内における介護を必要とする者に対しその特殊性に見合った適切な介護が受けられるよう必要な援助を行うなど、労働者災害補償保険法に基づく年金等の受給者等に対する相談及び援護等を行い、労働者の福祉の増進に寄与することを目的として平成元年に設立された一般財団法人(設立時は財団法人)である。
抗告人は、厚生労働省労働基準局長との間の業務委託契約に基づき、同省から労災特別介護援護事業の委託を受け、重度の被災労働者のための介護付入居施設の運営事業などを実施している。
(2) 被相続人(昭和16年生)は、平成7年6月27日、作業中に約6mの高さから転落して第6・7頚椎脱臼骨折、頚髄損傷などの傷害を負い、病院での手術や施設でのリハビリなどの治療を繰り返していたが、平成14年4月ころ、首から下の全身に麻痺がある状態で症状固定となった。被相続人は、同年11月18日から平成15年9月2日まで抗告人が宮城県内で運営する介護付き入居施設「b」に入居して介護サービスを受けるようになった。その後、被相続人は、同施設を退去して、長野県<以下省略>内で実母と同居し、長野県内の介護施設に短期入所するなどして介護サービスを受けていたが、実母が特別養護老人ホームに入所したことなどから、平成16年9月28日に、愛媛県内で抗告人が運営する同様の施設である「c」(愛媛労災特別介護施設。以下「本件施設」という。また、本件施設のほか、抗告人が各地で運営する同種の各施設をまとめて「抗告人施設」という。)に入居して、介護を受けるようになった。
(3) 被相続人は、前記のとおり首から下の全身に麻痺がある状態であり、本件施設においては、被相続人が前記のとおり入所してから後記のとおり死亡するまで約6年にわたり、ほぼ毎日、被相続人に対して、日常生活においては、食事や洗顔等については自助具を使った半介助を、移動や更衣、排尿・排便などについては、摘便を含む、全面的な介助を行ったほか、被相続人が病院に通院する際には補助や介助に当たり、また、時には被相続人を近郊のショッピングセンターに買い物に連れ出したり施設内で行われるレクリエーションに参加させたりもした。被相続人は、介助に当たる職員に身体のマッサージなど独自の介護を求めたり、無理な注文をしたり、意のままにならないと暴言を吐いたりしたことが多々あったが、本件施設の職員らは、献身的に粘り強く被相続人の介護又は介助に当たり、これにより被相続人もほぼ満足できる生活状況であった。
また、本件施設では、平成20年○月○日に被相続人の実母が死亡した際には、被相続人の依頼を受け同人に代わって、入所先の特別養護老人ホームに連絡を取って実母の葬儀等の手配をしたほか、相続財産である貯金を被相続人が相続するための手続をした。
(4) 抗告人施設においては、入居者が施設利用料(食事、住居及び施設運営に要する費用)及び介護費からなる入居費を支払うこととされている。このうち、施設利用料の額は、前記(1)の業務委託契約において、入居者の年間収入額(配偶者及び扶養親族のある場合には定められた割合を控除した残額)と居室のタイプ、食事提供の有無に応じて、厚生労働省により、3万3000円から25万8000円(月額)までの間で段階的に定められた額であった。また、介護費は、被相続人が介護給付の支給を請求することにより、本件施設に対して同様に定められた定額が支払われることになっていた。
本件施設における被相続人の入居費(施設利用料)は、平成16年9月から平成20年4月までは月額16万円、実母の死亡により扶養親族の控除がなくなった同年5月から平成22年8月までは月額25万8000円であった。
(5) 被相続人は、前記施設に入居中の平成22年8月26日に死亡した。
本件施設では、被相続人の財産から費用を支出して、被相続人の葬儀を執り行い、遺骨を住所<省略>内の寺院に納めて永代供養の手続をとった。
(6) 抗告人は、被相続人に相続人があることが明らかでなかったため、松山家庭裁判所西条支部に相続財産管理人の選任を申し立て、同裁判所が平成24年5月10日に愛媛弁護士会所属のC弁護士を被相続人の相続財産管理人に選任した(以下「本件管理人」という。)。その後、本件管理人の申立てにより、相続人捜索の公告がされたが、公告期間内に相続人としての権利を主張する者はなかった。
(7) 被相続人の相続財産は、別紙4「財産目録」記載のとおりである。
(8) 抗告人は、平成26年1月6日に本件を申し立てた(なお、抗告人は、同年4月30日付け上申書で、被相続人の相続財産の全部の分与を求める旨を明らかにした。)。抗告人は、被相続人の財産の分与が認められた場合には、内規に従い、寄附金収入として、福利増進事業に使用する予定である。
本件管理人は、本件申立てにつき前記裁判所がした意見照会に対し、抗告人が被相続人を約6年にわたって介護して葬儀や納骨手続をしたことや、被相続人が遺言を残していないこと、抗告人に分与することにより被相続人の相続財産を有効・適切な使途に充てることが期待できることから、抗告人への分与が被相続人の意思に沿うと推認できるとして、相続財産のうち相当額を抗告人に分与されることに異議がないとの意見を記載した意見書を提出した。
4 以上に認定した事実によれば、被相続人は、首から下がほぼ麻痺状態で、約6年間、本件施設に入居しており、その間、親族との交流があったとは認められず、本件施設において、日常生活についてほぼ全面的な介護や介助などを継続的に受けて生活してきたものと認められる(なお、被相続人は、本件施設への入居前に、前記「b」においても約10か月間同様の介護又は介助を受けていたものと認められる。)。また、本件施設では、被相続人を適宜買い物やレクリエーションに連れ出すなどしていたほか、被相続人の実母が死亡した際には、その求めに応じて、葬儀や納骨、相続に関する手続などに便宜を図ったことが認められる。さらに、本件施設では、介護に関する被相続人独自のサービスの要求や無理な注文にも職員が辛抱強く対応してきており、これにより被相続人もほぼ満足できる生活状況であったことが認められる。
これらの事情によれば、被相続人は、本件施設において献身的な介護を受け、これによりほぼ満足できる生活状況を維持することができていたものと認められるのであるから、本件施設を運営する抗告人は、被相続人の療養看護に努めた者として、民法958条の3第1項にいう「被相続人と特別の縁故があった者」に当たると認めるのが相当である。
なお、被相続人が本件施設への入居中に月額16万円又は25万8000円の施設利用料を支払ったものと認められるものの、これは、先に認定したとおり厚生労働省が入居者の年間収入額等に応じて定めたものであって、実際の介護サービス等の程度や内容等を反映して定められた報酬であるとは認められない。また、仮に結果的に施設利用料が介護サービス等に対する報酬として正当な額であり、両者間に対価関係が認められるとしても、それだけで前記の特別縁故者に当たらないと判断するのは相当ではない。本件においては、先にみたように被相続人が長年にわたって本件施設で手厚い看護を受けてきたなどの事情が認められるのであるから、抗告人が被相続人の特別縁故者に当たるものと認めるのが相当である。
5 そして、被相続人の相続財産の内容が、先に認定したとおり預金及び現金が合計約1890万円、腕時計2個及び印鑑1個であり、これらはいずれも本件管理人が管理しているものと認められること、抗告人がこれらの相続財産の分与を受けた場合には、内規に従い寄附金収入として福利増進事業に使われる予定であり、前記の財産の内容は、そうした利用を妨げるものではないことのほか、本件管理人が分与に反対する意見を述べていないことなどの事情を総合して考慮すると、清算後残存する被相続人の相続財産は、その全部を抗告人に分与するのが相当であると認められる。
6 よって、抗告人の本件申立ては理由があるから、これと異なる原審判を取り消し、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 三木勇次 裁判官 村上泰彦 裁判官 井川真志)
【別紙】1~4<省略>