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高松高等裁判所 平成4年(ラ)38号 決定 1992年8月07日

抗告人 甲野一郎

右代理人弁護士 岡義博

相手方 甲野春子

主文

一  原審判を取り消す。

二  相手方の本件監護者指定の申立てを却下する。

三  抗告費用は、相手方の負担とする。

理由

一  抗告人の抗告の趣旨及び理由は、別紙即時抗告申立書写しのとおりである。

二1  一件記録により認定される抗告人と相手方との間の夫婦生活及び同人らの間の未成年の子花子に対する監護状況等に関する事実関係は、原審判書二丁表初行から四丁表一〇行目までに記載されているところと同一であるから、これを引用する。

2  そこで検討するに、民法七六六条、家事審判法九条一項乙類四号によって、家庭裁判所が子の監護者を定めるのは、父母が協議上の離婚をする際、子を監護すべき者を定めるにつき協議が整わない場合であって、父母が婚姻中においては、父母がそれぞれ親権を有し、子の監護は親権の行使としてなされるものであって、監護権が親権から分離された独立の権利として行使されるものではない。

原審判は、本件を、夫婦の不和により親権の共同行使について調整がつかない事態にあると認識し、子が相手方の許で養育されている事実に視点をおいて、抗告人の親権の行使を抑止し、相手方だけが親権を行使できる状態を形成するために、相手方の申立てに従い相手方を監護者と定めたものであると推測されるところであるが、前示のとおり、監護権は親権の一内容であって、離婚後において親権者でない方の親に監護権を認める場合を除いては、親権から独立して存在するものではないから、親権者である相手方に監護権を認める趣旨の審判は法律上意味がないばかりでなく、これにより他方の親権者である抗告人の親権から監護権を剥奪する効果を生ずるものでもない。このような申立ては「親権は、父母の婚姻中は父母が共同して行う」との民法八一八条の趣旨に反するものであって許されず、この申立てを認容した原審判もまた違法として取り消しを免れない。右の理は、夫婦間に不和があり、親権の共同行使が困難である場合であっても、またそれが俗にいう事実上離婚状態にあるという場合であっても、別異に解すべき理由はない。けだし、離婚という明確な法律上の区切りを設けて定められた法律の規定を、事実上の状態を持ち出し右の枠をはずして適用されるべきものではなく、また、準用ないしは類推適用されるべきものでもないからである。

本件抗告は理由がある。

三  よって、相手方の本件申立ては不適法であり、これを容れて未成年者の監護者を相手方と指定した原審判は違法であるからこれを取り消し、相手方の申立てを却下し、抗告費用は相手方に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 安國種彦 裁判官 田中観一郎 裁判官 井上郁夫)

別紙 即時抗告申立書

抗告の理由

1、原審判は、未成年者の監護者を相手方(原審申立人)と定めるが、これは法律上監護者の定めができない場合であるにもかかわらず、審判をした違法がある。

即ち、原審判は「父母が事実上の離婚状態で別居し、子の監護につき協議が調わない場合において、子の福祉のため必要がある時は、家庭裁判所は民法七六六条、家事審判法九条一項乙類四号を類推適用して、子の監護に関し必要な事項を定めることができると解するのが相当である」と判示する(四丁表~四丁裏)。

しかし、右法律は本来離婚することが前提の規定である。本件は抗告人に離婚の意思がなく、離婚調停が不調に終わったのであり(平成三年五月一日不調)、相手方(原審申立人)はその後離婚訴訟を提起したわけでもない。このように、離婚手続を進めない状態のまま、監護者を父母の一方と定めることを法律は予定していない。法は本来父母が共同で未成年者を監護すべきものと予定しているのであり(民法八一八条、八二〇条)、離婚する場合にやむを得ず、父母の一方を監護者とするわけである。このように、原審判は法の予定していない事態について類推適用している違法がある。

2、また、実質的に考えても、原審判の考え方では違法行為を助長することになってしまう。

即ち、本件は格別の離婚原因もないまま、相手方(原審申立人)が未成年者をつれて家を出て、実家に帰ってしまったという事案である。これは夫婦としての同居、協力、扶助義務(民法七五二条)に違反する行為であると共に、未成年者から父親を奪う行為であって、子の福祉にも反する行為である。原審判の結論に従えば相手方(原審申立人)の身勝手な行為を是認して、違法状態を助長し継続させることになってしまう。

3、また、仮に、現時点で監護者の決定ができるとしても原審判は、相手方(原審申立人)の虚偽の陳述ないし記憶違いから出た事実を前提に事実認定をし、監護者の指定をしているもので、事実誤認ないし審理不十分の違法がある。

事実認定の誤りないし審理不十分がある箇所は次の通りである。

(1)  「(原審)申立人が望んでいた活発な夫婦間の会話が満足されない状態であった」(二丁裏)とあるが、そもそも相手方(原審申立人)は、夜九時には子供と共に寝てしまい、翌朝抗告人が出勤する時間(七時一〇分)には寝ているのであって、会話の機会は相手方(原審申立人)の方から持とうとしなかったものである。

(2)  「(原審)相手方は食事を二階の居間で一人でとることが多くなり」(二丁表)とあるが、抗告人を除く一家三人は決まって夕方六時から食事をとるのである。抗告人は仕事の都合で夜七時ないし八時ころ帰宅するので、既に一家の食事は終わっているのである。夫が夜七時ないし八時ころ帰宅する家庭は別にめずらしいわけではなく、抗告人が特に責められるべきものではない。

尚、相手方(原審申立人)は抗告人の食事中、横についているわけでもなかった。

(3)  「未成年者の出生前後からは、夫婦生活もほとんどなされなかった」(二丁表~二丁裏)とあるが、これも事実に反する。

(4)  「昭和六二年には、(原審)相手方が中二階の部屋で、(原審)申立人と未成年者が階下の四畳半で生活するようになり、円満な婚姻生活とはいい難い状態が継続していた」(二丁裏)とあるが、これも審理不十分である。

まず、年度を誤っている。これは未成年者が幼稚園へ上がる年であるから平成元年四月のことである。そして、それまでは親子三人がこの中二階の部屋で寝起きしていた。未成年者が幼稚園に上がるのを機に、一人で寝かせようと考えた抗告人が未成年者を階下の四畳半にと提案したところ、子供に甘い相手方(原審申立人)がこれを聞き入れず、自分も階下の四畳半に行ってしまったものである。

この状態は、平成二年一一月の親族が集まっての話し合いの結果、改善している。即ち、中二階の部屋にシングルベットを一つ追加して、これに未成年者を寝かせるようにして、親子三人が一緒に寝起きし始めた。これは、相手方(原審申立人)が二度目の家出をする平成三年一月まで続いた。

(5)  平成二年一〇月上旬、相手方(原審申立人)が実家に法事で帰って、そのまま一か月程実家にいたのは事実であるが、その原因が、原審判書二丁表ないし二丁裏のところにあるように判示しているのは誤りである。相手方(原審申立人)はそれまで不平不満らしいことを抗告人にまったく言っていなかった。相手方(原審申立人)が未成年者を連れてよく実家に帰るので、この法事の折、抗告人が「まるで乙川の子みたいだな」と言ったところ相手方(原審申立人)が実家に残ると言い出したもので、抗告人はあっけにとられるばかりであった。

(6)  平成二年一一月の親族が集まっての話し合いの折の相手方(原審申立人)の言い分につき、原審判は特に判示していないが、その内容はほとんどなかった。「女中扱いにされた」「どこにも連れて行ってくれない」というばかりで、相手方(原審申立人)から、具体的な改めるべき点が出なかったので抗告人としても、対応の仕様がなかった。

寝室が別である点については、相手方(原審申立人)の叔父から改善の申し出があったので上記(4)の通り改善した。

抗告人も言い分はあったが、特に言わず一つだけ注文した。それは、相手方(原審申立人)に朝食を作って欲しいということであった。相手方はそれまで朝食を作らず寝ていたのである。相手方もこの時から家を再び出るまでの二ケ月間この約束は守った。しかし、夜九時に未成年者と一緒に寝る生活は変わらなかった。

(7)  平成三年一月一四日相手方(原審申立人)は再び実家に帰ったが、その原因が、「円満な婚姻生活は営めず」とあるのは(二丁裏)意味不明である。

寝室の点については(4)の通り改善していた。相手方も(6)の通り朝食を作るようになった。ただ、相手方が夜九時に寝てしまうので話し合いが十分でなかったことはあった。しかし、それはむしろ相手方が責められるべきものである。

(8)  未成年者を抗告人が連れ帰った点についての判示も審理不十分である。

抗告人は相手方(原審申立人)に何回も未成年者に会いたいと手紙を出したが、全く無視された。そこで、直接未成年者あてに手紙を出したものである。

また、家へ連れ帰る折、相手方が言うように「後でお母さんも来るから」と偽っていない。「お祖父ちゃんも会いたいと言っている」と言ったのであり、未成年者本人も「家や自分の部屋を見たい」と言ってついて来たものである。

(9)  また、原審判は抗告人の父親の病状についての判断(三丁裏)も誤っている。抗告人の父親は月二回検査と薬の受け取りのため通院しているにすぎないのであり、自分の生活以外に未成年者の世話も十分できる状態である。

(10) また、原審判は「未成年者が相手方(原審申立人)と離れて抗告人(原審相手方)と生活することは希望していない」とするが、それは馴れの問題である。長期間にわたり、相手方と生活しているため、相手方になついているだけのことであり、逆に抗告人と生活するようになり、長期間たてば、相手方との生活もいやがるようになるのは自明の理である。

4、以上の通り、未成年者には父親も母親も共に必要なのであって、離婚以前の状態で、父親の持つ教育効果を奪う原審判は破棄されるべきである

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