高松高等裁判所 平成9年(う)68号 判決 1998年2月24日
主文
本件控訴を棄却する。
当審における訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
本件控訴の趣意は、被告人及び弁護人吉田茂作成の各控訴趣意書に記載のとおりであり、これらに対する答弁は、検察官寺野善圀作成の答弁書に記載のとおりであるから、これらを引用する。
一 控訴趣意中、事実誤認の主張について
論旨は、要するに、原判決は、弁護士である被告人が、大和利太郎、坂本勝美及び藤川竹男らと共謀のうえ、徳島地方裁判所が、平成七年一〇月一六日競売開始決定をし、平成八年三月一日、入札期間を同年四月一日から同月九日までとして期間入札の方法による売却実施命令を発した株式会社大和(代表取締役は大和)ほか一名所有の徳島市東船場町二丁目三〇番の宅地二筆、建物一棟(以下、これらを「東船場町の不動産」という。)及び大和ほか一名所有の同市新浜本町二丁目二二八番三の宅地等七筆(以下「新浜本町の不動産」という。)につき、その公正な競売の実施を阻止しようと企て、同年三月三〇日ころ、同裁判所に対し、平成七年五月一日に株式会社大和と坂本との間で、東船場町の不動産につき、賃貸借期間を宅地については同日から五年間、建物については同日から三年間とする賃貸借契約を締結した旨の虚偽の賃貸借契約書の写し及び同年四月一日に大和と藤川との間で、新浜本町の不動産のうちの宅地等六筆につき、賃貸借期間を同日から五年間とする賃貸借契約を締結した旨の虚偽の賃貸借契約書の写しを、右各賃貸借契約書の内容が真正なもののように装って、前記競売物件は既に他に賃貸されているので取調べを要求する旨の上申書に添付したうえ、郵送により提出し、もって、偽計を用いて公の競売の公正を害すべき行為をした旨認定して被告人を有罪としたが、被告人には競売入札妨害の故意はなく、大和、坂本及び藤川らと共謀したこともないから、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があるというのである。
そこで検討するに、原判決挙示の関係各証拠を総合すれば、原判示事実は優に肯認することができる。
すなわち、右各証拠によれば、大和は、金融機関から多額の融資を受けて株式投資や絵画等の美術品の購入等を続けていたが、同人及び同人の経営する中島木材工業株式会社において多額の債務を負担するに至り、その返済に窮するようになり、債権者である株式会社徳銀オリックスが平成七年一〇月一三日、東船場町及び新浜本町の各不動産に設定していた根抵当権に基づき徳島地方裁判所に右各不動産の競売の申立てをし、同裁判所が同月一六日競売開始決定をしたこと、坂本は、同年一二月中旬ころ、かねてから親しくしていた大和の妻英子から、東船場町及び新浜本町の各不動産を守って欲しい旨依頼されて承諾し、同月一八日ころ、大和方に赴き、同人に対し、右各不動産に契約の日付を遡らせて賃借権を付けると、買い手がなくなり、右各不動産の競売価格が安くなってくる、その時点で株式会社徳銀オリックスと話し合いをし、右各不動産を他に任意売却するなどすれば、その差額を利得することができて財産の保全ができる旨説明したところ、同人がこれに乗り気になるとともに、信頼できる弁護士をあっせんして欲しい旨述べたこと、そこで、坂本は、知人の藤川に右事情を話して協力方を依頼してその承諾を得、同月二三日ころ、同人から紹介された被告人に対し、大和が多数の不動産を所有しているが、多額の債務を負担しており、清算が必要なので、同人の顧問弁護士になって欲しい旨依頼してその承諾を得たこと、坂本、藤川及び被告人は、同月二五日、大和方を訪れ、坂本及び藤川において、大和に対し、坂本が同月一八日ころにしたのとほぼ同じ説明をし、そのようにすることを勧めたところ、大和がこれに賛同し、坂本及び藤川に対し、よろしく頼む旨述べたこと、その際、被告人は、これについて意見を求められたので、賃貸借契約の日付を遡らせるのは違法である旨述べたところ、藤川から、株式会社徳銀オリックスと話をつけて事件になる前に任意の売買をするので被告人には迷惑をかけないなどと言われたが、反論などはしなかったこと、被告人は、その場で大和の依頼により顧問弁護士になることを承諾し、委任状等に押捺するために同人の印鑑一個を預かり、平成八年一月五日、大和に対し、「徳島の(1)東船場の駐車場、(2)チギリ山の件、早速1/4調査したところ建物等未登記であり、完全に保全できますので、早急になす必要があります。」などと記載した書面をファクシミリにより送信したこと(なお、右にいう「東船場の駐車場」とは東船場の不動産のことであり、「チギリ山」とは新浜本町の不動産のことである。)、坂本、藤川及び被告人は、同月九日、大和方を訪れ、坂本及び藤川が、平成七年一二月二五日に大和に説明した内容について同人と協議し、その際、東船場町及び新浜本町の各不動産の賃借人名義を坂本にすることにしていたのを、同人の希望により、新浜本町の不動産の賃借人名義を藤川にすることにしたこと、被告人は、平成八年一月一二日、大和から、中島木材工業株式会社、株式会社大和及び大和、大隅昭子の所有する動産、不動産につき、その整理及び競売等申立事件に対処すること並びに官公署に対する申立及び対処することに関する一切の件の着手金として二〇〇万円、経費として一〇〇万円、合計三〇〇万円を受け取ったこと、坂本及び藤川は、情を知っていた槇納尚とともに、同年二月初めころまでに、平成七年五月一日に株式会社大和と坂本との間で、東船場町の不動産につき、賃貸借期間を宅地については同日から五年間、建物については同日から三年間とする賃貸借契約を締結した旨の虚偽の賃貸借契約書及び同年四月一日に大和と藤川との間で、新浜本町の不動産のうちの宅地等六筆と他の宅地二筆、建物二棟につき、賃貸借期間を宅地等については同日から五年間、建物については同日から三年間とする賃貸借契約を締結した旨の虚偽の賃貸借契約書を作成したこと、徳島地方裁判所は、平成八年三月一日、東船場町及び新浜本町の各不動産につき、入札期間を同年四月一日から同月九日までとして期間入札の方法による売却実施命令を発したところ、これを知った藤川は、被告人にその旨連絡して、同年三月七日、坂本とともに徳島市内のホテルで被告人と会い、被告人に対し、右売却実施命令に関する書類や前記賃貸借契約書二通を示し、右賃貸借契約書二通を裁判所に提出してもらいたい旨依頼したところ、被告人がこれを承諾し、右賃貸借契約書二通の写しを作成して持ち帰ったこと、大和は、藤川が被告人に対して右のような依頼をしたことを藤川又は坂本から聞いて知ったこと、その後、被告人は、同月二九日ころ、「本件競売事件の目的物件については、添付の契約書のとおり、既に他に賃貸しているのでこの点取り調べされるよう上申いたします。必要により証拠を提出いたします。所有者大和利太郎代理人弁護士有岡学」と記載した上申書を作成し、右上申書及び前記賃貸借契約書二通の写しを徳島地方裁判所民事部あてに郵送し、右各書面は翌三〇日同裁判所に到着したことが認められ、右認定の事実によれば、被告人が競売入札妨害の犯意を有し、坂本、藤川及び大和らと共謀して本件犯行に及んだことは明らかである。被告人の原審における供述中、右認定に抵触する部分は他の証拠に照らして信用できない。
その他、所論にかんがみ検討してみても、原判決には所論のいうような事実の誤認はない。論旨は理由がない。
二 控訴趣意中、法令適用の誤りの主張について
論旨は、要するに、被告人が裁判所の売却実施命令が発せられた不動産について、虚偽の賃貸借契約書の写しをその内容が真正なもののように装って執行裁判所に提出しても、執行裁判所としては、執行官による現況調査を信用すれば足り、少なくとも、現況調査報告書の内容と被告人の提出した右賃貸借契約書の写しの内容のいずれを信用するかを検討すれば足りるのであって、執行官によって誠実な現況調査がなされている限り、右賃貸借契約書の写しの内容が信用されることはあり得ないから、被告人の本件行為は競売の公正を害すべき行為とはいえず、したがって、被告人につき競売入札妨害罪の成立を認めた原判決には法令適用の誤りがあるというのである。
しかしながら、前記のように、本件競売事件において、東船場町及び新浜本町の各不動産につき期間入札の方法による売却実施命令が発せられた後に、目的不動産の所有者大和の代理人弁護士として、目的不動産は添付の契約書のとおり既に他に賃貸しているので取調べされるよう上申する旨虚偽の記載をした上申書と前記虚偽の賃貸借契約書二通の写しを真正なもののように装って徳島地方裁判所に提出した被告人の本件行為は、入札希望者を減少させ、本件競売手続も遅延させ、競売価格も低下させる事態を招来するおそれのあるものであることは明らかであり、関係証拠によれば、現に同裁判所は、被告人から右上申書及び賃貸借契約書二通の写しが提出された後、平成八年四月二日前記売却実施命令を取り消したうえ、右賃貸借契約書の記載内容等に関し、被告人及び坂本を書面により審尋するなどしていることが認められるのであるから、被告人の本件行為は、刑法九六条の三第一項にいう「競売の公正を害すべき行為」に当たると解するのが相当であり、被告人につき競売入札妨害罪の成立を認めた原判決には何ら法令適用の誤りはない。論旨は理由がない。
よって、刑事訴訟法三九六条、一八一条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。