高松高等裁判所 平成9年(ネ)329号 判決 1998年5月21日
控訴人
甲野太郎
右訴訟代理人弁護士
岩尾研介
被控訴人
乙山花子
外二名
右三名訴訟代理人弁護士
木島昇一郎
堀裕一
手島万里
主文
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第一 控訴の趣旨
主文と同旨
第二 事案の概要
本件は、被控訴人らが、その被相続人において連帯保証債務を履行したことによる求償権を相続したとして、他の連帯保証人である控訴人に対し求償金の支払を求め、原審がこれを認容したのに対し、控訴人が控訴した事案である。
一 争いのない事実
1 社団法人桂浜貝類博物館(以下「貝類博物館」という。)は、昭和五三年六月一九日、株式会社四国銀行(以下「四国銀行」という。)から金一億八五〇〇万円を借り受け、乙山次郎(平成六年二月一一日死亡。以下「亡乙山」という。)、A、B、C、D、E、F、G、H、I、J及び控訴人の一二名は、四国銀行に対し、右借受金債務につき連帯保証した。そして、右Jが死亡したことから、昭和六一年一二月一八日、他の連帯保証人一一名と四国銀行、貝類博物館及びJの相続人との間で、Jの連帯保証債務を免除する旨及び右一一名は従前どおり連帯保証する旨の合意をした。
2 四国銀行は、貝類博物館及び右連帯保証人らに対し右貸付金の返還を求める訴えを提起し、平成三年三月に勝訴判決が確定したので、亡乙山所有の不動産につき強制競売を申し立て、同年五月一日強制競売開始決定がされて、強制競売の手続が進められた。
3 そのため、亡乙山は、四国銀行と折衝した上、平成四年三月三〇日、四国銀行に対し、昭和六三年一〇月時点における前記借受残元本一億四一二七万円並びに前記訴え提起の手数料(印紙代)及び強制競売手続費用二六八万三四〇〇円の合計一億四三九五万三四〇〇円を弁済した。
4 亡乙山は、前記のとおり死亡し、その権利を妻である被控訴人乙山花子が二分の一、子であるその余の被控訴人らが各四分の一の割合で相続した。
5 被控訴人らは、以上の事実関係に基づき、控訴人に対し求償金の支払を求めるものであり、その請求額は、被控訴人乙山花子が六五四万三三三六円(前記右弁済額の一一分の一に相当する額の二分の一)、その余の被控訴人らが各三二七万一六六八円(同じく各四分の一)及びこれらに対する弁済の日の後である平成四年三月三一日から支払済みまでの年五分の割合による法定利息である。
二 争点
本件の争点は、亡乙山と控訴人との間で、控訴人の負担部分を零とする合意あるいは亡乙山が控訴人に対し求償請求をしないとの合意が成立していたか否かであり、この点についての控訴人の主張は、次のとおりである。
1(一) 株式会社シェルパレス(以下「シェルパレス」という。)及び貝類博物館は、貝類を展示する博物館を建設・運営することを目的として設立されたものであるところ、高知県宿毛市の名門乙山家の長であり参議院議員であった亡乙山は、右設立ないし博物館の開設について主導的な立場にあった。
(二) シェルパレスは、昭和四六年ころ、観光地桂浜への進入道路に沿った土地を取得しているが、控訴人は、亡乙山あるいはCの依頼・要請により、右土地取得の仲介をした上、その報酬相当額をシェルパレスに出資した。
控訴人以外の前記連帯保証人らが、亡乙山と親族関係にあり、あるいは乙山一族と親密な関係にあった者であるのに対し、控訴人は、亡乙山の選挙運動に若干関わったにすぎないものであり、シェルパレス及び貝類博物館との関わりにしても、右仲介及び出資をしただけであり、登記簿上、シェルパレスの取締役となってはいるけれども、それはシェルパレス側が一方的にした名目上のことで、そのことを後日知った次第であって、シェルパレス及び貝類博物館の業務には一切関与していない。
(三) 控訴人が前記のとおり連帯保証人になったのは、亡乙山から要請されたためであり、その際、亡乙山は、控訴人に対し、一切迷惑をかけることはない旨明言した。
2 右のとおり、シェルパレス及び貝類博物館の設立・運営は、亡乙山ら乙山一族の事業であるところ、控訴人と右事業あるいは一族との関係は、控訴人以外の前記連帯保証人らに比し、甚だ希薄であり、控訴人としては、亡乙山から一切迷惑をかけないと言われたからこそ、連帯保証人になったのであって、亡乙山から求償請求されるとは全く考えていなかったし、亡乙山としてもその意思はなかったものである。
3 以上の事情からすれば、控訴人が前記のとおり連帯保証をするに際し、亡乙山と控訴人との間において、控訴人の負担部分は零とする合意あるいは亡乙山が控訴人に対し求償請求をしないとの合意が成立していたというべきである。
第三 当裁判所の判断
一 証拠(甲二、三の1、六、七ないし一二、乙八ないし一〇、一二ないし一四、一五の1ないし3、原審証人E、原審及び当審における控訴本人)並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
1 亡乙山は、高知県宿毛市の名家の長であり、有名な政治家であったが、同市在住のGが所有していたものを中心とした貝類を展示する博物館の建設に賛同し、その建設・運営を目的として昭和四六年に設立されたシェルパレスの代表取締役に就任したほか、貝類博物館設立(昭和五三年)にも中心的に関与し、前記の借入れについて四国銀行と交渉し、博物館の設計を知人のKに依頼し、博物館建築請負契約にも関わった。そして、貝類博物館やシェルパレスに拠出ないし出資した者は、大部分が亡乙山の親族及び親しい知人であった。
2 控訴人は、高知市に居住するものであり、亡乙山ら乙山一族とは何らの関係もなかったが、昭和四十二、三年ころ、亡乙山の弟であるCと知り合い、昭和四六年ころ、亡乙山が参議院議員選挙に立候補した際、Cらから頼まれて、その選挙運動に参加したことがあった。その後、控訴人は、その主張のとおり土地取得の仲介をし、その報酬相当額をシェルパレスに出資した(なお、この出資後、控訴人がシェルパレスの取締役に就任した旨の登記がされているが、控訴人は、当時、そのことを知らず、後日、亡乙山から聞いてこれを知るに至ったものであり、取締役としての仕事は全くしていない。)。そして、控訴人は、亡乙山から、四国銀行がシェルパレスの役員となっている者の連帯保証を求めていることなどを理由とする要請を受けて、前記のとおり連帯保証人になった。しかし、シェルパレスや貝類博物館の経営は、亡乙山や同人の後を承けたA、Hらによって行われ、控訴人がこれに関与することはなかった。また、控訴人は、右のとおり出資をしただけで、シェルパレスや貝類博物館から役員報酬、配当金その他何らの経済的利益も受けていない。
3 その後、亡乙山は、前記のとおり、四国銀行の訴え提起、強制競売申立てを経て、四国銀行に対し弁済をしたが、これによる求償権の行使として、生存中の平成五年に、控訴人を除く他の連帯保証人らに対して求償金の支払を求める訴えを提起したけれども、控訴人に対しては、求償金請求訴訟を提起しなかった。ところが、亡乙山が死亡した後、その相続人である被控訴人らから本件訴えが提起された。
二 控訴人は、原審及び当審における本人尋問において、亡乙山から「迷惑はかけない」と言われたので、前記のとおり連帯保証をしたものであって、これにより四国銀行に対して保証責任を負うことはともかく、亡乙山が求償請求などすることはあり得ないと考えていた、という趣旨の供述をし続けているところ、右一の認定事実によれば、亡乙山が生前、自ら提起した連帯保証人に対する求償金請求訴訟において、控訴人だけを除いていたことは、右供述に符合するといえる(本件の証拠関係からして、控訴人を除いたことが単なる失念によるものであったとは認め難い。)。また、貝類博物館やシェルパレスは、亡乙山やその親族等の関係者が中心になって、設立・運営していたものであり、控訴人は、シェルパレスの取締役とされてはいたものの、実質的な設立・運営には関与していなかったものと認められることも、右供述を裏付けるものといえる。そして、右供述の信用性を疑わせるような格別の資料はない。したがって、右供述は信用できるものというべきである。
三 以上に認定検討したところによれば、控訴人が前記のとおり連帯保証をした際、亡乙山と控訴人との間で、亡乙山が連帯保証人の一人として弁済をしても控訴人に対しては求償権を行使しない旨の合意が成立していたと推認するのが相当であるから、被控訴人らは、控訴人に対し、求償権を行使することができないというべきである。
第四 結論
よって、被控訴人らの本訴請求は理由がないのでこれを棄却すべきであるから、原判決を取消し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山脇正道 裁判官 髙橋正 裁判官 豊永多門は、転勤のため、署名押印することができない。裁判長裁判官 山脇正道)