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高松高等裁判所 昭和25年(う)402号 判決 1952年9月30日

控訴人 被告人 長井昇

弁護人 藤岡均一

検察官 田中泰仁関与

主文

本件控訴を棄却する。

理由

弁護人藤岡均一の控訴趣意は別紙記載の通りである。

論旨は原判決は事実誤認であり被告人の本件行為は背任罪を構成しないと謂うのである。

(1)  論旨は先ず被告人は本件畳表千五百枚につき保管の責任がなかつたと主張する。仍て考察するに原判決が証拠として掲げる証人山内菊松の原審公判廷における証言(原審第三回公判調書参照)及び被告人の検察官に対する供述調書を綜合すれば原判決理由冒頭記載の如き経緯により昭和二十四年八月末頃山内菊松が畳表千五百枚を貨物自動車に積載して原審相被告人小佐野喜一と共に今治へ運搬の途中被告人の同行を求めるため被告人方に立寄つた際被告人は買主をこちらへ呼寄せ代金と引換に品物の引渡をする方が安全である旨主張し種々悶着の結果結局右山内は被告人の意見に従い右畳表を一時被告人方納屋に搬入することとなり被告人は自宅納屋内において山内菊松のためこれが保管をなすに至つた事実を認めることができる。尤も所論の如く被告人は当初右山内の居村吉井村での取引を主張したところ山内が自己の立場上畳表を吉井村に持ち帰ることを渋つたため買主を被告人方に呼寄せることとし已むを得ず本件畳表を自宅納屋内に搬入せしめるに至つた経緯はこれを窮い得るけれども被告人は右畳表を自宅納屋に搬入することを承諾した以上特別の意思表示をしない限り山内菊松のためこれが保管の責を負うに至つたものと謂はなければならない。而して同年九月二日山内菊松は小佐野喜一に対し畳表三千枚の売却方を同人に委任する旨の委任状(証第四号)を手交した事実及びその頃被告人は畳表の取引より手を引いた事実は本件証拠上明かであるけれども、証人山内菊松の原審公判廷における証言及び本件各証拠上窺える諸般の情況より判断すれば山内菊松は右小佐野に対し一時中絶した広島県の村上茂なる者との取引交渉方を委任したに過ぎず、本件畳表千五百枚の保管方をも小佐野に対し委託したものとは到底認められない。従て論旨の採用する諸点を考慮に容れても本件畳表千五百枚につき被告人において山内に対し保管の責任がなかつたものとは見られず、原判決が被告人は山内菊松のため本件畳表を保管していたものと認定したのは相当であると謂はなければならない。

(2)  論旨は次に被告人は本件物品の搬出を防止すべき慣習上の義務はないと主張する。仍て考察するに原判決が「被告人は慣習上尠くも喜一その他が畳表を不正に搬出処分するを防止保持する応急の措置をしなければならない関係に在る者云々」と判示した趣旨は稍明確でないけれども、被告人は前敍の如く山内菊松所有の本件畳表を自宅納屋内に保管することを承諾した以上民法上においても受寄物の保管については少くとも自己の財産におけると同一の注意をなす責任があり(民法第六百五十九条参照)、第三者が不法にこれを搬出することを知りながらこれを黙認或は放置するが如きことは明かに委託の趣旨に反する行為(不作為)であり刑法第二百四十七条に所謂「任務に背きたる行為」に該当するものと謂わなければならない。

(3)  次に論旨は原判決の認定する原審相被告人小佐野喜一の窃盗罪と被告人の背任罪とは両立し得ない関係にあると主張する。しかし小佐野喜一に対する判決は既に確定していて当審の判断の対象とはならず、他方被告人の原判示所為が背任罪を構成することは原判決の説示に徴し明かであつて被告人の本件行為に関する限り原審の認定が誤りであるとはいえない。

(4)  論旨は更に小佐野喜一は委任状(証第四号)によつて山内菊松より本件畳表の処分権を委ねられていたと主張する。しかし右委任状は前叙の如く単に売買交渉を委任する趣旨であつて山内が小佐野に対し品物自体を処分する権限をも与えたものと認められないことは原判決の説示する通りである。

これを要するに原判決認定の如く被告人は小佐野が本件畳表を擅に売却して取得する代金中より自己の小佐野に対する貸金を回収するため即ち自己の利益を図る目的で山内菊松のため自宅納屋内に保管していた同人所有の本件畳表千五百枚を小佐野が売却するため不法に搬出するのを黙認してこれを防止し或は山内に通報する等の措置を採らず即ち保管者としての任務に背いた行為(不作為)をして山内菊松に対し右畳表の価格約四十二万円相当の損害を加えたものであることは原判決挙示の各証拠を綜合判断すれば充分これを認めることができ原審が被告人の右行為を背任罪に問擬したのは相当であつて原判決並に原審が取調べた各証拠を仔細に検討し論旨の主張する諸点を考慮に容れても原判決の事実認定及び法律の適用に誤があるとは認められない。従て論旨は採用し難い。

仍て本件控訴は理由がないから刑事訴訟法第三百九十六条により主文の通り判決する。

(裁判長判事 坂本徹章 判事 塩田宇三郎 判事 浮田茂男)

弁護人藤岡均一の控訴趣意

第一、序論被告人の罪名が三転して異つて居ること。即ち警察では詐欺として事件を送致し検察庁では之を窃盗の幇助として起訴し更に背任として訴因の予備的追加がなされ裁判官は背任を以つて処断して居るのである。之を以つて被告人に対する犯罪の認定が如何に困難であつたかが良く窺はれるのであり誠に本件の如き例は珍らしいものと云うべく一面如何に犯罪認定に於て確信が持てなかつたかが解るのである。警察では初めから被告人と小佐野喜一を詐欺の共犯であるとの前提で取調を進め其の結果各種の供述調書はすべて詐欺認定の線に添つて作成せられた。検察庁に於ては勿論詐欺の線に添つて取調が進められたが其の認定困難の故か被告人長井を窃盗の幇助として起訴したのである。従つて背任罪として予備的訴因の追加がなされても背任罪を認定するに足る証拠や供述書を整備する暇が無かつた点が本件の起訴引いては判決の弱点となつて居る。本件は起訴そのものに矛盾がある。被告人長井を窃盗の幇助とすれば品物の保管の責任は右長井には無かつたわけである。然るに長井に保管の責任を認めて一方では長井を背任で打つたのである。之は要するに起訴の際品物の保管が山内菊松、長井昇の内何れに依つてなされて居たかが明瞭になつて居なかつた結果である、検察官に於ても品物の所有(所有権)と所持(占有権)を混合して居たのである(記録第四八六丁裏第六回公判調書)。被告人長井に対しては警察、検察庁の各証人の供述調書が非常に不利に作成されて居り殊に小佐野喜一は長井が事件の張本人で自分は唯其の下で働いていたと述べて居る。然し長井としては終始一貫して犯行を否認して居り小佐野は公判の中途に於て従来の供述を覆へし長井に対する反感から之を陥れるために嘘を述べたのであるが実際は品物が出荷されてから長井は直に取引から手を引いて無関係になつたのだと主張するに至つた(記録第二七三丁裏二七四丁表第五回公判調書)。其処で長井の犯行の認定のため最重要視されて居た小佐野の従来の供述調書が価値の大半を失う様になつたのである。左ればと云つて長井の如き遣り口の人物を許すわけに行かず一方窃盗幇助としても認定に難があり結局予備的訴因を認めて背任で処断せられるに至つたのである。然し予備的訴因の追加があつたのは事実審理も大半終末に近づいた第五回公判に於てであり夫れ迄には背任認定の証拠も集められて居らず其の後の公判に於ても長井と小佐野に対する簡単な訊問に終つて居るのであるから勢い夫れ迄の各人の供述調書や公判廷の供述中より断片的な而も薄弱な供述を引出し且単なる状況断定を基礎として長井の背任を認めざるを得なくなつたのである。斯様な判決の結果となつたのも忌憚なく云えば要するに検察官が起訴技術を誤つたことに総ての原因が存在するのである。以上の事実を前提として控訴審の御判決を願う次第である。

第二、被告人長井の行為は背任罪を構成しない。

(1)  被告人長井は物品保管の責任は無かつた。被告人長井はもともと品物を吉井村より積出すことは不賛成であり吉井村に於て現金、品物引換えに取引さす考であつたところ(記録第一二六丁裏一二八丁表山内証言、記録第四九丁裏山内本市供述調書並証人中村貞一の証言)山内菊松が小佐野と交渉の上品物を自動車に積込んで出て来た(記録第一二六丁表以下山内菊松証言)途中長井方をたづね其処で長井と山内が今治へ出す、出さぬで争い時間がかつたので運転手も怒り品物を降ろしかけ致し方なく山内兄弟が荷を降して長井方の納屋に入れた(記録第一二八丁裏山内証言)。長井は其の際「あれ程云つてあつたのに何うして品物を持つて来たか」と怒つた様に云つた(記録第一二八丁表山内証言)被告人長井としては吉井村での取引を望んで居たなれば品物を再び吉井村へ持帰らしめ度くあつたのであるが敍上の通り事態止むを得ず一時納屋へ搬入せしめたことは同人の供述を待つ迄もなく明かである。斯様な成行に依つて出て来た品物を何うして長井が保管の責を負い背任罪に問はれねばならぬか。判決には「長井が冒頭記載の言動をして保持に深い関心を表明して居た」とあるが長井としては品物が持出され吉井村での取引が出来なくなつたので第二段として止むを得ず長井方での取引を許したに過ぎず自分方納屋に止むを得ず入れたのであるから保持に深い関心があつたわけでない。又判決では「長井と小佐野は雇主使用人間の様な監督関係があつた」とあるが判文冒頭には両者は長井の納屋で共同事業として木工業を営んで居たとあり、小佐野も「以前は長井等と共同で指物をしていたが失敗したので他の者はやめ自分が最後迄残つてやつて居た」とあり(記録第二七三丁裏第五回公判調書)双方の間は雇主、使用人間の監督関係があつたと云う他に証拠がない。若し仮りに左様な関係があつたとしても夫れは単に仕事上の関係であつて彼の主従、子弟の関係の如く仕事以外の事柄や身分上のことに迄範囲広く監督関係を及ぼすのは不当であり、主人が使用人の不正に迄も責任を負うべきでない。本件の如き共同事業者間に於ては尚更のことである。判決では又長井と山内との信頼関係より長井が取引斡旋をする様になつたから長井に責任があるとなつて居るが吉井村より品物が出された時から長井は取引より手を引いて居り(記録第二七四丁表小佐野供述)。山内が取引一切を小佐野に一任する意味の委任状を小佐野に交付(記録第一三二丁表山内証言)してからは右品物は小佐野の責任となつたもので長井にはそれで責任がないことが明かとなつたのである。他には長井が品物を責任を以つて管理して居たと云う事実は山内の証言中にさえ見当らない。

(2)  慣習上に於ても背任罪は成立しない。判決は前記の理由により慣習上長井に品物搬出防止の責任ありとして居るが判決の云う慣習上とは一体何を指すか明かでない、或種の身分関係又は契約、慣習に依つて他人のため事務を処理する者は背任罪の適格者であるに間違はないが此の所謂「慣習上」とは狭義に解すべきものであつて契約はないが契約と同一視すべき特殊の慣習が行はれて居る場合を指すものであり判決の如く唯漫然と而も頗る広義な解釈をとれば世間の凡ゆる行為は罪となり勝であり単なる懈怠も直に背任罪を構成する様になる。本件被告人長井に於ては品物搬出を防止すべき何等の慣習上の義務も存在しない故背任罪には当らないのである。

(3)  判決中腑に落ちない点 山内より出た品物を長井が保管中小佐野が窃取したのか又は山内が保管中のものを小佐野が窃取したのか判決では明文上明かでない、若し前者だとすれば長井は小佐野の行為を防止せず之を黙認した形で責任を問はれて背任となつて居るのであるから即ち保管者である長井の黙許による小佐野の行為は窃盗に擬し難いのであり若し後者だとすれば品物の現実の保管者は山内であるから長井には責任はなく従つて背任は成り立ち得ないのである。即ち本件の場合は小佐野の窃盗と長井の背任とは両立しない関係にある。而るに判決では兎に角小佐野の窃盗を認めて居る以上長井の背任は成立たぬ。

(4)  委任状(証第四号)に依つて小佐野が品物の処分権を委ねられて居た。判決では右委任状は単に取引復活方の交渉を委任する趣旨のものなりとして居るが凡そ取引の常識から云つて左様な委任状は意味のないものである。委任状を有する者は特別の取り極めのない限りは品物の処分権を委任されたもの見るべきである。相手方が委任状を見て安心して取引に応ずる所以は品物の処分権が委任状中に含まれて居ればこそである。現に本件品物の取引相手である志賀盛一に於いても其の通りであつた。判決では山内が品物積出に附添つて居たこと、長井が自宅に品物を置いて代金引替えの取引を主張して居たことを以つて委任状の性質を云々して居るが夫れ等は何れも委任状が小佐野に交付されぬ前のことであつて山内は委任状を小佐野に与えると直ちに安心して自宅に帰つて終つたのである。又判決では小佐野が山内を尾道に誘き出して不在中品物を運出した点を云つて居るが山内は当時長井の住居より相当の距離ある吉井村へ帰宅して居たのであるから山内の尾道行の有無に不拘小佐野は山内に気付かれずして搬出し得たのである。以上判示の理由を以て委任状に品物の処分権を包含せずとすることは出来ぬ。

第三、結論 判示の通り長井は自分の小佐野に対する貸金取立のため小佐野の取引を中止せしめず一方山内に警戒を与えることをせず放任して居たことは徳義上非難せらるべきことであるが斯る懈怠を直に背任として処断するこは出来ぬのである。一方長井は山内の被害整理のため、無尽会社より金融を得ることに奔走して居り(記録第四二六丁裏四二七丁表)又山内に協力して小佐野を探す目的にて今治に出向いて居り(記録第一三六丁表)田窪なる男に山内に代りて金二万六千円を立替え支払つて居り(記録第一九六丁表)之等の事実より見れば思い半ばに過ぐるものがある。

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