高松高等裁判所 昭和26年(ネ)440号 判決 1953年10月09日
控訴人 原告 坂東一男 外一名
訴訟代理人 木村鉱
被控訴人 被告 徳島県知事
訴訟代理人 横山正夫 外一名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人等の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人が昭和二十六年三月三十一日徳島県告示第一六三条を以て為した、徳島県勝浦郡勝占村及び多家良村を廃止してその全区域を徳島市の区域に編入し、昭和二十六年四月一日より実施する処分は、これを取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陣述は、
控訴代理人において、控訴人坂東一男は日本国有鉄道の職員であるが、国有鉄道法第二十六条によると同職員は町村会議員となることはできるが、同法第十二条によると市会議員としての兼職は許されないことになつている。このような事情も本件処分による同控訴人個人の権利の侵害である。尚司法裁判所は或る行政処分が議会の決議を要件とする場合に、その決議を欠いたために無効となる本件のような事案においては、この決議を代わり行うが如き補正手続をすることは、三権分立の立場より行い得ざるものであるから、本件においては行政事件訴訟特例法第十一条を適用する余地はないと述べ、
被控訴代理人は、前記控訴人坂東一男が市会議員たる資格を取得できないとの主張は、仮定の事実であつて、具体的な権利侵害とはいえないと述べた。
以上の外は原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。
証拠として。
控訴代理人は、甲第一、二号証第三号証の一、二第四、五号証第六号証の一、二、三第七号証の一、二第八号証を提出し、当審証人山口一雄の証言を援用すると述べ、
被控訴代理人は、甲号各証の成立を認めると述べた。
理由
控訴人坂東一男が徳島県勝浦郡多家良村の、控訴人鈴木則一が同郡勝占村の各住民であつたこと。右両村及び徳島市が地方自治法の定めるところにより、右両村を廢止し徳島市にその全区域を編入するの議起り、勝占村が昭和二十六年三月十七日、多家良村が同月二十三日それぞれその村議会の議決を経て、又徳島市においても右両村議会の各議決の日と同日市議会の議決を経て、右両村及び徳島市よりそれぞれ被控訴人知事に対して、村の廢止及び市に全区域を編入すべき旨の申請に及んだこと、被控訴人は同年三月三十一日開会の定例県議会にこれに関する議案を提出したところ、県議会は同日出席議員三十六名の記名投票によつた結果賛成十八票反対十六票白票二票となつたので、議長は右十八票を以て賛成過半数なりとして右議案を可決確定したこと、及び被控訴人が右議決を経て同日県告示第一六三号を以て、控訴人等主張の処分をなしたことは当事者間に争がない。
控訴人等は、右県議会の議決は、出席議員の過半数に達しない賛成投票によつて、可決したものであるから明らかに無効である。従つてこれに基く被控訴人の本件処分も亦違法である。而して控訴人等は本件処分の当事者ではないが、本件違法な行政処分によつて自己の権利を侵害されたものであるから、右行政処分の取消を求めるため抗告訴訟に及んだものであると謂うにある。
よつて先づ控訴人等が本件行政処分によつて、如何なる権利が侵害され、従つて控訴人等にその処分の取消を求める法律上の利益があるかどうかについて審究する。
(一) 控訴人等はそれぞれ、その属する多家良村及び勝占村の住民権を不法に侵害されたと主張する。
しかし控訴人等は、本件処分それ自体によつて住民権を剥奪されたものではなく、その処分によつて右両村が廢止となりその結果その区域が徳島市に編入されたため、地方自治法により新に徳島市の住民となつたものである。
そうすると控訴人等が廢止になつた両村において有していた住民権と、新に徳島市において有する住民権とにおいて、差異がない限り、住民権それ自体の侵害はあり得ない。ところが右両者の場合における住民権の内容、権利の行使等については、些少の増減、難易もないことは右法律に徴し明白である。
なるほど控訴人等が廢止になつた両村に対し、歴史的に有する住民としての感情や、住民権の行使における地域的便宜、或はその属する自治体が農村であると、都市であるとによつてその住民として受ける便益についての利害関係における差異等から考えると、如何にも控訴人等が従来の両村に対して有していた住民権を侵害されたように思われるが、併しそれ等の感情や利害関係は、所謂住民権の内容を為すものではない。従つて控訴人等の右住民権の侵害の主張はその理由がない。
(二) 控訴人等は、不法に徳島市の住民とされて、その主張のような市民税や固定資産税を賦課徴収され、その結果具体的に財産権の侵害を受けたものであると主張する。
控訴人等がその主張のように課税されたことは、成立に争のない甲第五号証第六号証の一、二、三により明かであるが、これらの課税は本件編入処分が一旦効力を発生し、控訴人等が徳島市の住民となつた結果、地方税法等に基き、賦課されたものであつて、徳島市民でもないのに市民税を課せられたものではない。さればその主張自体では控訴人等の如何なる財産権の侵害があつたかは不明である。問題は、従来の税率より加算増徴された点にあるように思われるが、仮りにこのようなことがあつても、斯かる一般的負担の増加を以つてしては、本件処分の取消を求める具体的利益の侵害があつたものとは認められない。何れにしても控訴人等の右主張は、採用するに値しない。
(三) 控訴人鈴木は本件処分の結果、従来は負担しなかつた昭和二十六年度国民健康保険料金四百九十二円の納付を命ぜられ、不利益な義務を負担した旨主張するが、同控訴人が仮りにそのような保険料を負担したとしても、これは同市民としての一般の負担であつて、同控訴人のみが特別に負担したものではない。従来の村においてはこのような負担がなかつたとしても、このような国民健康保険は単純に損失のみと視るには当らない。且又これは恰度従来なかつた一般的の住民としての負担が増加したものと同視すべきであつて、本件処分によつて、同控訴人が特に具体的の権利、利益の侵害があつたものとは認められない。然らば右主張も又その理由がない。
(四) 控訴人坂東は本件合併処分の結果従来と異なり、遠隔の地にある徳島市役所まで公私の諸用を便ぜねばならなくなり、そのため多大の労力経費を要し重大なる損害を被ると主張する。
仮りに同控訴人にその主張のような労力経費を要するものとするも、これは本件行政処分の反射的効果であつて、その処分によつて具体的に権利の侵害があつたものとは謂れない。これは恰も市町村役場の移転等の事実行為によつて不利益を受けるのと同様、行政処分の相手方でない者が反射的に事実上の不利益を受けたものであつて、これは将来自治体のなかで政治的に解決すべき問題たるに過ぎない。されば同控訴人の右主張も亦採用の限りではない。
(五) 控訴人坂東の国有鉄道職員としては市会議員の兼職は許されないので、本件処分により、その権利の侵害があつたとする主張は、全然仮定の事実であつて、如何なる具体的の権利も侵害したとは言えないので、その主張自体理由がないものと謂わねばならない。
敍上説示のとおり、控訴人等には本件行政処分を取消すに足る権利の侵害乃至は法律上の利益侵害も認められない。その他に控訴人等個人の具体的権利の侵害についての何等の主張も立証もない。されば控訴人等には、本件行政処分の取消を求める本訴請求を遂行するに足りる法律上の利益がないから、本訴請求は既にこの点において失当として棄却を免がれないものと謂わねばならない。
次に控訴人等主張のとおり県議会の議決が無効かどうかの点について判断する。
前記のように控訴人等には本件訴の利益がないから、更に進んで控訴人等の右主張にまで判断する必要がないように思われるが、本件のように控訴人等の主張する事実関係の存否について、当事者間に争がない場合においては、これ等の争点に判断を加えてもその為特に無駄な訴訟を遂行したことにもならないし、寧ろ当事者の利益となるものと思われるので、あえて判断することとする。
よつて先づ白票の性質について考えてみる。
普通地方公共団体の議会の議事は、可であるか、否であるかによつて議決せらるべきものである。従つて可の表決或は否の表決についてそれぞれ条件を附したり、又可否何れの意思をも表明しない所謂白票の表決は、許されないものと謂わねばならない。
それだからこのような条件附表決或は白票の表決は、結局その表決権者の意思が不明であるから、可否何れにも属しないものとして、それぞれ無効の表決であると認めざるを得ない。
白票は、結局は原状を変更しない意思がうかがわれるから、否と同視し有効だとする見解もあるが、白票は種々の政治的理由により行われるものであるから、一概に白票を投じた議員の意思を、このように推測することは、妥当なる見解とは思われないので、その説に左袒することはできない。
次に地方自治法第百十六条第一項に「出席議員」とは、採決の際議場にいる議員にして、当該事件につき適法な表決権を有する者であつて、しかも表決に加わらなかつた棄権者及び無効投票をした者を除いた、その他の表決権者を云う。即ち適法な表決権を有する者のうち、有効な可否の表決をした者であると解する。
右の採決の議場に在る議員にして、当該事案につき適法な表決権を有する者であることについては、論議の余地はないが、問題はこれ等の者のうち棄権者及び無効投票者が出席議員に当るか否かの点にある。前記法条の「普通地方公共団体の議会の議事は、出席議員の過半数でこれを決し」とは、謂うまでもなく多数決の原則を規定しているものである。従つてここに「議事」とは、ことの性質上比較的多数で決せられる選挙は含まれないので、必ずその表決は可か否かの一途で決せられる場合に限られる議案である。
それだから通常は表決の結果、可か否か何れかが多数つまり過半数になるときと、可と否とが同数になるときとの二者の場合に限られるのである。而して同法条も右の場合を予測して定められたものと解せられる。
ところが現実の表決に当つては、議場に在つて表決権を有するに拘らず、棄権した者又は条件附表決や白票による表決等無効の表決をした者も存することがあり得る。
この様なことは、同法条の予測せざるところで、同法条に違反する表決であると謂わねばならない。
然らば斯る棄権や無効の表決があつた場合は、議会の議決は全体として無効となるかどうかについては、にわかに判断することはできない。議員は議会に出席し、又議席に現存する議員が表決に加わるべきであることは、特別の規定をまたずして、議員の当然の職責である。徳島県議会会議規則の第六十五条の規定は、その当然のことを規定したに過ぎない。而して議員が有効な表決を為すべき職責あることも当然としなければならない。
然しながらこれらの規定職責に違反した場合においても、有効の可、否の表決数が地方自治法第百十三条の定足数に達する限りはその議決は無効とはならないものと解する。
而して有効な可否の表決数が定足数に達する限りは、その有効の可否の表決数の過半数を以つて決し、可否同数のときは、議長の決するところによる、と解することが妥当な見解と認める。ところが控訴人等は「出席議員」とは、議場に在つて表決権を有する限り、棄権者も白票等の無効の表決をした者も、すべてその中に包含されると主張するので、この見解について検討する。
此の見解はおそらく「出席議員の過半数」という法文に多く根拠があるように思われるが、その文言は棄権者や無効投票者まで予測して、議案を可決する場合は、此等をも加算したその過半数の可の表決者を必要とするものとしたのではなく、寧ろ此のようなことは同法条の規定の予測せざる違法の表決であつて、同法条は前記のように多数決の原則を規定したものであり、即ち可否二途の場合その多数はその可否の合計数の過半数であるから、その表現として「出席議員の過半数」と規定したものと解すべきものである。
若し控訴人等の見解に従う場合は、次のような不合理の結果となる場合がある。
即ち、これを本件について考えると、可票十八票、否票十六票、白票二票であるから、可票は三十六票の過半数十九票に達しない。又可否の票が同数でもないから(白票は否と見ないこと前説明のとおり)、議長の決裁権も行われない。その結果は可決でも否決でもない状態になり、事実上は否決と同じ結果となるのである。
ところが可票の内二票が白票に廻ると、可票十六票、否票十六票、白票四票となつて、可否同数となるから議長の決裁権が行使せられ、その裁決の結果は可となる場合もあり得る。然らば可票が二票減じて、却つて可決の結果となる。これは極めて不合理であること自明である。而してこのように白票のある場合には、可否同数とは言えない。同条の可否同数とは、出席議員の半数づつの可否同数の場合に限ると解する見解もあるが、この見解によると苟も棄権者や白票の表決者が一人でも在るときは、可否同数はあり得ないから、議長の決裁権は行われない。そうして白票等の存在は、開票の結果判明するものである。然るに同法条の第二項によると、議長は議員としての議決権は有しないのであるから、結局議長は、議決権も決裁権も何れも行使できないこれ亦不合理な結果に陥ることとなる。
然らば控訴人等の所論は理由がないものと謂わねばならない。
そうすると、本件においては、可否の数は、三十四票でその過半数である十八票が可決の表決をしたのであるから、本件の議案は適法に議決せられたものと認められる。
果して然らば控訴人等の前記議決無効の主張は、その理由がない。従つてこれを根拠として本件処分が違法なりとの本訴請求は、この点においても失当であるから棄却を免がれない。
原判決は結局相当であるから、本件控訴はこれを棄却する。
よつて民事訴訟法第三百八十四条第九十五条第九十三条第八十九条に従つて、主文のとおり判決する。
(裁判長判事 石丸友二郎 判事 萩原敏一 判事 呉屋愛永)