大判例

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高松高等裁判所 昭和27年(う)655号 判決 1953年2月25日

控訴人 被告人 小野豊秋 外二名

弁護人 藤井弘 宮崎忠義

検察官 大北正顕

主文

被告人小野豊秋、同御手洗逸男の本件控訴を棄却する。

被告人石井万清に対する原判決を破棄する。

被告人石井万清を懲役拾月に処する。

但しこの判決確定の日から参年間右刑の執行を猶する。

被告人石井万清に対し原審における訴訟費用を被告人参名の連帯負担とする。

理由

被告人小野豊秋の弁護人藤井弘及び被告人石井万清、同御手洗逸男の弁護人宮崎忠義の各控訴趣意はそれぞれ別紙に記載の通りである。

第一、被告人小野豊秋の弁護人藤井弘の控訴趣意について

一、本件被告人等の犯行は未だ窃盗未遂の程度に達していなかつたから、強盗傷人罪を以つて論ずべきでないとの点について本件記録を精査し証拠によつて認められる事実は、

(1)被告人等は共謀の上硫安肥料を盗むため、愛媛県越智郡宮窪村四坂島所在の井華鉱業株式会社四坂島精錬所の人の看守する工場内に侵入し、叺詰め硫安肥料が多量入つていた間口約八間奥行約二十間の倉庫に入るため、被告人石井、同御手洗はその附近で見張り、被告人小野は同倉庫の扉を開こうとして扉が開かないようにしてあるボールドに仕掛けてあつた錠をスパナーで叩いてねじ切り、そのボールドに捻じ込んであつたナットを外そうとしているうち、同会社の警備夫壼内勇に見付けられた為窃盗の目的を遂げ得ずして被告人等はその場から逃走し

(2)前示のように被告人等は右の現場から逃げたが警備夫壼内勇に追跡せられて右工場構内で同人より携帯電燈で照らし付けられるや被告人小野は逮捕を免れるため、持つていたスパナーで同人の頭を欧打し、因つてその後頭部に前治約一週間を要する打撲傷(血腫形成)を与え

た事実である。

窃盗の着手の時期は窃取しようとする物に対する事実上の支配を侵すについて密接な行為をしたときであると解すべきであつて(最高裁判所昭和二十三年四月十七日判決参照)、各具体的事案につきその都度諸般の情況によりその判定を為すより外ないのであるが、本件のように倉庫内の硫安肥料を盗むため工場内に侵入してその倉庫に到り、その扉を開こうとして扉の開かないようにしてあるボールドに仕掛けてあつた錠をスパナーで叩いてねじ切り、次にボールドに捻じ込まれてあつたナットを抜き取ろうとしたが(このナットが抜けたら扉はたやすく開くところであつた)右錠をねじ切る際にボールドのネジの条が潰れたため右ナットが抜けなかつたうちに警備夫に発見せられてその場から逃走した事案では、その窃盗は着手の段階に達しているものと言わなければならない。かかる窃盗未遂の犯人である被告人小野がその現場で逮捕を免れるため警備夫に暴行傷害を加えたのであるから、強盗傷人罪の成立することは止むを得ないのである。論旨は理由がない。

一、同控訴趣意第二、三点について

論旨は被告人小野に対する原審の刑は本件犯行の共犯者との関係では権衡を失するものであり、量刑不当であるから、原判決を破棄して同被告人を執行猶予に付すべきであると言うのである。被告人小野に対しては準強盗傷人罪の罰条を適用しなければならない場合であること前示の通りであるが、原審は同被告人に対し同罪としては心神正常者に対する最低の処断刑である懲役三年六月を量定しているのである。論旨は理由がない。

第二、被告人石井万清、同御手洗逸男の弁護人宮崎忠義の控訴趣意について

一、原判決が被告人三名共謀による窃盗未遂の事実を認定したことに事実誤認はなく、従つてこれに同罪の罰条を適用したのは正当であること前示の通りである。

一、本件記録を精査し諸般の情状を考慮するに、被告人御手洗には昭和二十四年四月二十一日西条簡易裁判所で窃盗罪により懲役一年(三年間執行猶予)に処せられた前歴あり、その他情状上原審が被告人御手洗を懲役一年に処したのは量刑不当とは認められないが、被告人石井は昭和二十四年七月二十九日松山地方裁判所西条支部で銃砲等所持禁止令違反により懲役三月(三年間執行猶予)に処せられたことがあるにしても、原審の懲役一年の刑は過重と認められるのである。

よつて被告人小野豊秋、同御手洗逸男に対しては刑事訴訟法第三百九十六条により各本件控訴を棄却し、被告人石井万清に対しては刑事訴訟法第三百八十一条第三百九十七条により原判決を破棄し、同法第四百条但し書きの規定により当裁判所は更に判決する。

罪となる事実は前示(1) の通りでありこれを認めた証拠は原判決の示すものと同一である。

(法令の適用)

被告人石井万清に対し

刑法第六十条第百三十条第二百四十三条第二百三十五条

刑法第五十四条第一項後段第十条第二十五条

刑事訴訟法第百八十一条第一項第百八十二条

よつて主文の通り判決する。

(裁判長判事 坂本徹章 判事 塩田宇三郎 判事 浮田茂男)

被告人小野豊秋の弁護人藤井弘の控訴趣意

第一点原判決には事実誤認の違法がある。

原判決は罪となるべき事実として第一に被告人外二名共謀の住居侵入及び窃盗未遂の事実を認定し第二に被告人小野豊秋に対し「右壼内勇に追跡せられ懐中電燈で照されたので逮捕を免れんがため所携のスパナーを以つて同人の頭部を殴打し全治約十日間を要する後頭部打撲傷等の傷害を与えた」事実を認定し之を刑法第二百四十条の強盗傷人罪の既遂に該るとして居るけれども本件窃盗は未だ着手の程度に達して居ないのであるから被告人小野の所為は住居侵入並傷害罪を構成するに過ぎずして強盗傷人罪を以て論ずべきものでないと信ず。

窃盗の着手の観念については大審院判例は「窃盗罪の成立するには他人の事実上の支配内にある他人の財物を自己の支配内に移すことを要す、故に他人の事実上の支配を犯すにつき密接せる程度に達せざる場合に於ては窃盗に着手したものと言うべからず」との見解を採り(大正六年十月六日判決、同旨昭和九年十月十日判決、判例集第十三巻二十号参照)又最近東京高等裁判所判決に於て「刑法第二百三十八条の窃盗が逮捕を免れるため暴行脅迫を加えたと言う準強盗罪の成立には犯人が少くとも窃盗の実行行為に着手したことを要するのである。しかして窃盗の目的で他人の家に侵入してもこれだけでは窃盗の実行着手ではない。その着手というがためには侵入後金品物色の行為がなければならないと。」見解を明かにしている。

而して本件について見るに被告人等は肥料窃取の目的で四坂島に上陸し被告人御手洗及石井は見張をし被告人小野が倉庫入口の所まで行き施錠を外そうとしていたところ警備係の来る気配に驚いて逃走したものである。その倉庫の施錠は検証の結果によつて明かな通り極めて頑丈にしてスパナーで叩いた位では「ボールド」に通した「ナット」がはづれることはなく従つて容易に入口の扉は開かない様にしてあり、被告人等は未だ倉庫の施錠が完全にこわれない内に逃走したものである。(倉庫の扉は施錠をかけたままでも引けば二、三寸開くようになつて居るのであつて南京錠がこわれたために開いたのでない。)それ故前記判例の趣旨から観ても被告人等は未だ倉庫内の肥料に対する他人の事実上の支配を侵すにつき密接な行為をしたものとは認められず従つて被告人等の所為は未だ窃盗の実行行為に着手したものとは言い得ない。然るに原判決が名古屋高等裁判所の一判決のみを引用して被告人等の所為を以て窃盗の実行に着手していたものと認めたのは判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認であり破棄を免れないと信ず。

第二点次に本件は刑の権衡と言う点から観ても強盗傷人を以て論ずべきものでない。肥料窃取の目的で四坂島へ行つたものは被告人等三名だけでなく他に日野勝、加藤晴夫、白石保一の三名も行つたのである。これら六名が共謀の上各その分担を決め被告人等三名が上陸して倉庫の附近へ行き日野と加藤は船内に残留し白石は岸に上つて船が流されない様に綱を持ち居り被告人石井と御手洗は倉庫附近に於て見張をし被告人小野が倉庫の扉を開けようとして居たのである。斯様な事犯は性質上数人共同でなければなし得ないもので各人がその仕事を分担しているのが普通である。その間多少責任の軽重はあるとしても各自共同責任を負担すべきものである。然るに検察官が日野、加藤、白石の三名を不起訴処分に付し被告人等三名を強盗傷人罪と云う重罪犯人として起訴したことは着手の観念に関する解釈を誤つたもので刑の権衡上も極めて不公平の感を抱かしめ弁護人は原審に於てその非を強く主張したにも拘らず原判決は名古屋高等裁判所の判決を引用して被告人小野の所為を住居侵入及強盗傷人と認めて懲役三年六月に処し刑の権衡上も極めて不公平な結果となつた。

草野豹一郎氏は法律タイムズ第三十号に於て「尊属殺の法定刑は死刑又は無期懲役で刑法上最も重き罪の一である、従つて尊属殺が未遂であつても未遂減軽及酌量減軽を施しても短期三年六月であるから刑の執行を猶予し得ない。私は往年無類の親孝行の伜がその母を殺さんとして遂げなかつた事件を取扱つたときどうしても実刑を科するに忍びないので事実を抂げて中止未遂としてその刑を免除したことがある」と述べて居られる。法は死物であるが之を生かすのは人間である。或事実を刑法の各条文に当てはめるとき極めて不公平な結果を来す場合には裁判官は公平妥当な結論を出すために或は法の解釈運用によるか或は時に多少事実を抂げて救済するより外に方法がない。前記草野豹一郎氏の場合は後の方法を採つたものであるがこれこそ実に名裁判官として何人も敬服するところである。之を本件について考えるに若し名古屋高等裁判所の判決に従うときは刑の権衡上極めて不公平な結果を生じ前記大審院判決及東京高等裁判所の判決に従うときは公平な結論を導くことが出来る。この点から考えても原審判決の事実誤認を痛感するのである。原審の立会検察官友沢宗一郎氏が公判審理中に於て被告人等三名に対して住居侵入の訴因を追加し更に被告人小野のみに対し傷害の訴因を予備的に追加したのは惟うに被告人等の所為を窃盗未遂と解することに疑問があり且刑の権衡上不公平な結果となるに思いをいたしその調整を図らんとする意図に出たものと考えられる。

然るに原審がこれらの事情を顧みず窃盗未遂と認定したことは重大な事実誤認と謂わねばならない。

第三点原判決は量刑不当にしてこの点に於ても破棄せられねばならない。

即ち次の諸点を考慮するときは本件は刑の執行を猶予すべき事案と思料する。

(1) 本件犯行の地位から見ると被告人小野は他の共犯者より情状重きものがあるけれども若しも被告人等の船が岸について居たならば直ちに船に飛乗つて逃去ることが出来て本件傷害事件も起らずそれだけならば後日犯行発覚しても検察庁に於て不起訴処分に付せられる程度の事件であつた。

然るに偶然に船が岸を離れていたため飛び乗ることが出来ず逃場を失い近くの家屋の壁にへばりついて隠れていたところ運悪く警備係の懐中電燈に照し出され狼狽の余り突嗟に同人の頭部を殴打したものであつて正に窮鼠猫をかむに等しいものである。

(2) 傷害の程度極めて軽微であつたこと。

(3) 本件は事件発生後検挙せられる迄実に二年に近き日時を経過していたこと。

本件が発生したのは昭和二十四年四月二十八日、被告人が逮捕せられたのは昭和二十六年二月二十七日でその間一年十ケ月の日時を経過し被害者の記憶から遠ざかり世間からも忘れられて居たところその後日野勝が再び他の強盗事件を犯して起訴せられて身柄勾留中前記白石保一に対し差入や保釈に付尽力方を依頼したにも拘らず同人がその面倒を見なかつたためその腹癒せに本件を暴露したことが端緒となつて検挙せられるに至つたもので洵に被告人にとつては不運同情すべきものがある。

(4) 之に加うるに本件発生後被告人は自己の犯した罪の恐しさから自ら良心に責められ日夜苫しんで来た精神的苦悩は無形の刑罰と言うべきであり、その間専ら改悛して正業に励み更生の道を歩んで居たところ前記の如き事情から一年十ケ月後に発覚検挙せられるに至つたもので刑事政策的見地からこの被告人を実刑に処することは忍び難く殊に保釈せられて後は近隣の人も感心する程真面目に働いて居るものである。

(5) 何等犯罪前歴なきこと。 被告人は本件以外に未だ曽て刑事事件を起したことなくこの点は他の被告人よりも情状良と言わねばならない。

(6) 家庭の情況がよいこと。 被告人は当二十八年妻との間に四歳の長男があり前記の如く前非を悔悟して更生して居り再犯の虞は絶対にない。

以上諸般の事情を考えるときこの被告人を斯くの如き事案により直ちに懲役の実刑に処せねばならぬ必要は毫も認められないのみならず実刑に処することは弊害を伴うものと思料する。今若しこの被告人を実刑に処するときは事件発生以来既に三年半の間折角真面目に更生している青年を地獄に突落し将来の希望と光明を失わしめ円満なる家庭を破壊し一度囹圄の人となり前科の烙印を押されて社会に出たときは社会は之を前科者として白眼視し冷遇するのが現状であり遂に自暴自棄の念を起さしめこの一青年を社会から葬り去るに至ることを憂えるものである。何卒如上の諸点を十分御審議の上原判決を破棄し事実については住居侵入及傷害と認定し量刑については相当減軽の上適当期間刑の執行を猶予せられたく上申する次第である。

被告人石井万清同御手洗逸男の弁護人宮崎忠義の控訴趣意

第一点原審判決は判決の結果に影響すべき擬律の錯誤がある。原審は相被告人小野豊秋が被害倉庫の鍵を損壊し其の扉を引きあけんとした事実を以て被告人等三名の共謀に依る窃盗の着手ありと認定したのであるが検証調書に依つても明かな通り本件倉庫は極めて大きな倉庫であつて、其の鍵を外す為之を損壊したとしても窃盗の目的に接着した行為とは云い難く之を以て窃盗の犯行に着手したとするは誤である。

第二点原審判決は刑の量定重きに失し不当である。

原審が右被告人両名の犯行を事後強盗と見ず窃盗と認定する以上之に対し各懲役一年の刑を科するは重きに失すると思う。即ち本件に於ては被告人両名は何等の行動を為し居らず従つて被告人等両名の行為に依る被害の発生全然なき本件に於てこの者等に対し懲役一年宛の実刑を科するは本件犯行を共にする為同行し偶々漁船の中に残つて居つた為何等刑事上の責任を問われなかつた者等の好運に比し人情上洵に酷な結果であると思われる。被告人等両名は夫々軽微な前科があるが執れも其の刑執行猶予期間を経過し極めて真面目に今日迄生活して居る者であるから微罪の点を考慮の上本件に付ては懲役刑執行猶予の判決を賜わり度。

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