高松高等裁判所 昭和27年(う)832号 判決 1953年5月13日
控訴人 被告人 藤本勝
弁護人 武田博
検察官 香川愿
主文
本件控訴を棄却する。
理由
弁護人武田博及び被告人の各控訴趣意は夫々別紙記載の通りである。
弁護人の控訴趣意について。
論旨は原審が本件公訴事実第二(横領)につき予備的訴因(詐欺)の追加を許しているけれども右両者は公訴事実の同一性を欠いているから原審の訴訟手続は違法であると謂うのである。仍て本件記録に基き検討するに本件公訴事実第二は「被告人は宮本倉市と共謀の上昭和二十五年五月十八日南西諸島沖縄本島名護町宮里区名護運輸株式会社事務所において同会社社長比嘉永之に対し山村鶴松より借受けた同人所有の第百四十美代川丸を擅に代金B券三十五万円にて売却して横領したものである」との訴因であるところ、原審において予備的に追加せられた訴因は「被告人は沖縄方面に向け貨物の密輸出を計画しているのにその事実を隠蔽して恰も大阪方面に材木を運搬するために使用するものの如く装い昭和二十五年四月六日喜多郡長浜町所在愛媛県機帆船株式会社長浜支店事務所に於て山村鶴松を欺き同人所有の機帆船第百四十美代川丸を賃貸せしめる契約をなしその頃同郡長浜港において同船を交付させてこれを騙取したものである」(記録第一六〇丁参照)との事実であつて、前者は横領の共犯であるのに対し後者は詐欺の単独犯であり且つ両者は犯罪の日時、場所を異にしていること所論の通りである。しかし右両個の訴因はその基本的事実関係において同一であり(被告人は密輸出に使用するため山村鶴松よりその所有に係る第百四十美代川丸を借受け沖縄に赴き右船舶を他へ売却したもの)、且つ山村鶴松所有の前記船舶を不法に領得する点において両者共通点を有するから、犯行の日時場所及び態様等において両者の間に相違する点があるとはいえ前記訴因の追加は公訴事実の同一性を害していないものと謂わなければならない。従て原審が検察官の請求により右訴因の追加を許したのは蓋し適法であつて原審の訴訟手続に所論の如き違法は認められない。尚原判決は結局前記予備的訴因につき訴因変更の手続を経ないで原判示第一の詐欺事実即ち被告人が沖縄方面に向け運航使用せんとする事実を秘し山村鶴松を欺罔して昭和二十五年四月六日頃愛媛県喜多郡長浜町所在愛媛県機帆船株式会社長浜支店事務所において同人より前記第百四十美代川丸を自己に賃貸せしめ同船船腹に木材及び塵紙を積載して沖縄名護港迄これを運航し同船の船腹利用による財産上不法の利得をした旨の事実を認定しているけれども右は予備的訴因と訴因の同一性を失わないものと認める。従て論旨は理由がない。
被告人の控訴趣意について。
論旨は原判示詐欺の点は事実誤認であると謂うのである。しかし原判決の掲げる各証拠に徴すれば原判示第一の詐欺事実を十分肯認することができ、原審が取調べた各証拠を仔細に検討し論旨主張の諸点を考慮に容れても原判決に何等事実誤認の疑は存しない。起訴状記載の横領の訴因は原判決の認定しないところであり、論旨は採用できない。
仍て本件控訴は理由がないから刑事訴訟法第三百九十六条により主文の通り判決す。
(裁判長判事 坂本徹章 判事 塩田宇三郎 判事 浮田茂男)
弁護人武田博の控訴趣意
原審に於ては検察官の訴因追加に関し基本的なる訴因(横領)と追加せられた予備的訴因(詐欺)との間に公訴事実の同一性が存在しないにも拘らず同一性ありとしてその追加を許容し之に付て審理判断した違法がある。之は明かに事実誤認でありその誤認は判決に影響を及ぼすものである。右の事実は記録編綴の昭和二十七年一月十四日附起訴状、同年四月一日附訴因及罰条の追加請求書並判決書の各記載により明瞭である。
抑も公訴事実の同一性とは訴因として示された具体的事実そのものが実質的に同一性を有するか否かの問題である。本件に於て検察官は当初横領の訴因を以て起訴し(起訴状第二訴因)次で此の訴因に対し予備的に詐欺の訴因を追加し原審はその追加を許容し予備的訴因に付審理判決した(判決書に判示せる第一(詐欺)の事実)のであるが右横領の訴因と詐欺の訴因との間には公訴事実の同一性が全然存在せず具体的に異つた事実が掲げられている。即ち第一に横領の訴因は被告人と宮本倉市なる者との共犯関係にある事実であるが詐欺の訴因は被告人の単独犯としての事実である。共犯による犯行か単独の犯行かと言うことは犯罪の本質的な点であり之に付相異があれば仮に他の点に付共通の事実があつてももはや両者間の犯罪事実に同一性ありとすることは出来ない。第二に両訴因に付犯行の日時及場所が全く異つている。犯行の日時については多少の変動があつてもその点のみを以てしては必ずしも公訴事実の同一性を害するものとは言へないが場所の相違は日時の相違よりも重大であり事実の本質的なる部分を構成することもあり得るものである。之に付て横領の訴因は犯行の場所として沖縄本島名護町宮里区名護運輸株式会社事務所を掲げているが詐欺の訴因は愛媛県喜多郡長浜町愛媛県機帆船株式会社長浜支店事務所をあげて居り此の点からも両訴因に事実の同一性はないものと思料する。第三に横領と詐欺はその実行行為が全然異り前者は自己の占有する他人の物を対象とし後者は他人の占有する他人の物を対象とし犯罪の内容は全く異つている。
以上の次第で原審に於ては予備的追加の訴因を不適法として却下すべきであるに拘らずその追加を許し之に付て審理判決したものであるから到底破棄を免れないものと信ずる。
被告人の控訴趣意
一、事実の誤認 被告人は昭和二十七年七月十五日松山地方裁判所宇和島支部蓮沼判事殿係り公判廷に於て被告弁護人武田博より被告人藤本の申述べたき事実の陳述が長時間に亘り書記の速記の詳細に及ぶ煩を除く為に文書を以て陳述に代へたき旨申出で蓮沼判事殿及薬師寺検事の合議許可を得て同年七月十九日事実具申書を提出しました(宇和島支部宛)。
その要点は
一、検察官等の中には一方的に判断されて私を大悪人か大罪人かの如くに誤解さるゝかの如くに思ふによりその釈明の点
二、傭船は致しましたが売船して私利私慾を計る等の事実は全く無根の点
右詳細に申述べ横領及び詐欺の行為が毛頭なかつた事を神明に誓つて申上げましたが途中蓮沼判事は勝本判事と交代されて誤認の点がありますので左の五項の要点を申上げます。
一、傭船の交渉は喜多郡長浜駅より同郡五郎駅間の汽車中にて山村と遭遇し、よく知り合ふた仲でありましたから立ち話も約二十分位で簡単にまとまりました。たゞ沖縄行と申しましたのでは貸さぬは必定ですから大阪行と申しました。商人間に於ては日常の事で単なる商略の考え丈で決して友人を欺き財産を奪ふ等の計画にて借り受けたのではありません。
二、若し私がかゝる計画ありと仮定すれば山村の友人及その知人等を船員には傭入れませぬ。
三、沖縄の往復は一ケ月と計上し知人より積荷は約手を以て借受けたので六哩の速力の美代川丸は七十時間を要し万一途中颱風等の事故あつて避難しても屹度帰国出来る確信の日数でありました。実地視察後には援助の約ある友人がありました。それは農家の二男、三男の将来の対策計画であります。私は昭和七年満洲に渡り後輩を呼び寄せ五十崎町の分村計画を致した過去があります。現在は日本民族には西南方面以外にはありませぬ、その第一歩の視察行の意気であつた次第で詐欺横領の汚名は絶対に被り度くありませぬ。此の事情は木材業久保茂十郎、友人藤原竜吉等も承知しております。
四、検事殿に対し宮本と共謀売船した陳述は八月五日の公判に於て申上げました通り未決勾留百日を超え六十年の老骨に徹した苦痛の結果検察官の厚意的誘導の末全く根もなき意志を変へて一時の苦悩を脱したいことと且つ否認せずば公判にて有利なりとの誘ひに乗ぜし迷ひでありました。故に何時何所誰に何事を等具体的の事実がありませぬから全く言わるゝ如くに抽象的な以外申し様もなかつた次第であります。決して本意ではありませず亦計画等少しもありません。
五、此の件の核心の人物即ち被告人の同道役秋山茂雄及船長藤原弥市の召喚訊問が出来ませぬ為に山村及宮本の傭入れた親族及知人等の利害反対の証人のみの陳述に終つて曲解さるゝ基となり真相に遠く、証人共の有利たらしめ裁判の誤認の最大の原因をなさしめた欠陥は反す反すも残念至極に存じます。
何卒以上申上げました点紙背に徹する御洞察を賜はらむ事お願い申上げて控訴趣意書と致します。