高松高等裁判所 昭和27年(う)91号 判決 1952年5月02日
控訴人 被告人 麹家林之助
弁護人 中沢良一
検察官 田中泰仁関与
主文
原判決を破棄する。
被告人麹家林之助を罰金六千円に処する。
右罰金を納めることができないときは金二百円を一日の割で被告人を労役場に留置する。
原審訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
弁護人中沢良一の末尾添付控訴趣意第一点及被告人名義の控訴趣意(量刑不当の部分を除く)について。
しかし原判決において認定する被告人が判示(一)昭和二五年春頃、八井田寛に対し義歯施術、(二)同年九月頃小野山熊恵に対し義歯改装施術、(三)昭和二六年四月中旬頃、池田豊に対し金冠技工等したと言うのは、その証拠と比照すれば、孰れも判示の者についてそれぞれ所要個所の型を採りそれによつて作成又は改装した義歯金冠を試適並嵌装し(池田豊にも技工だけではなく嵌装したことは、同人の証言(三八丁裏)被告人の警察における供述調書(五〇丁)に明らかである)たことを言うのであることが明らかである。
そしてそれ等のことは単なる歯科の技工ではなく歯科医療乃至医術行為に属することは論を要しないところである、又歯科医業とは反覆継続の意思をもつて歯科医の行為に従事することによつて成立し営利その他生活資料を得る目的の存することを要しないと解するところ右認定のように短期間に行為を反覆しておる事実及被告人が証第一乃至四号の如き歯科医療器具材料を所持していた事実を綜合すれば被告人は反覆継続の意思をもつて敍上判示の行為をしていたものであると認められるし、それについて免許を受けていないから判示被告人の所為は包括して歯科医師法第一七条に違反する歯科医業を為したものと言うべきである、猶記録を精査しても、所論の証言等が虚偽であるとか原審の採証に誤りがあるとか言うような情況は見当らない、それ故所論は凡て理由がない。
同弁護人の趣意第二点について。
本件は検察官から公訴提起と共に略式命令の請求をされたのであるが被告人の正式裁判請求により公判手続に移行するに至つたものであること、然るに被告人に起訴状の謄本として送達された趣意末尾添付の書類には公訴を提起し「公判」を請求すると記載されているのに本件起訴状原本には公訴を提起し「略式命令」を請求する旨記載があり両者の記載に相違があることは所論の通りであるが、元来起訴状謄本送達の制度は、被告人に審判の対象を知らせ、その防禦権の行使を完うさせる趣旨のものであるから該趣旨を害しない限り送達された起訴状の謄本がその原本と多少の相違があつてもそれを起訴状の謄本でないとは言へないと解すべきである、しかして被告人に送達された本件起訴状の謄本における前記の如き相違が何等敍上趣旨を害するものでないし、記録上それが法定期間内に送達されたことも明らかであつて本件の起訴失効の原由はないので原審の訴訟手続には所論の違法はない。
次ぎに職権で調査するに、
無免許歯科医業の罪は、それが反覆継続の意思のもとに為されたものであれば、その間における各個の歯科医療行為は凡て包括して一罪となるものであるから原判示の敍上被告人の行為は包括して歯科医師法第一七条に違反し同法第二九条第一項第一号に該る一罪であることは前説示により明らかなところである、然るに原判決は判示各個の所為が敍上法条に該る各一罪で刑法第四五条前段の併合罪であるとし同法第四八条第二項により罰金を合算したのは法の適用を誤つたものでありその誤りは判決に影響を及ぼしていることが明らかであるから被告人名義趣意中寛大な処置を願うとの量刑不当の論旨に対する判断を省略し刑訴法第三九二条第二項第三九七条第三八〇条に則り原判決を破棄する。
しかして刑訴法第四〇〇条但書によりさらに審判するに、原審が適法に確定した事実を法に照らせば、被告人の所為は、包括して歯科医師法第一七条に違反し同法第二九条第一項第一号罰金等臨時措置法第二条に該る一罪であるから罰金刑を選択してその範囲内で主文の通り量刑し刑法第一八条刑訴法第一八一条により罰金不完納の場合における換刑、訴訟費用の負担を定めた。
尚被告人の所為が歯科技工の業務範囲内のものでないことは前敍説示によつて明らかであるから、この点に関する弁護人の主張は採用できない。
仍つて主文のように判決するのである。
(裁判長判事 三野盛一 判事 谷弓雄 判事 太田元)
弁護人中沢良一の控訴趣意
第一点原判決は法律の解釈を誤り罪とならざる事実に対し有罪の判決を言渡した違法不当のものである。原判決の認定した事実は、「被告人は厚生大臣の免許を受けないで、第一、昭和二十五年春頃香美郡山田町八井田寛方において同人に対し義歯施術をなし、第二、同年九月頃長岡郡十市村小野山熊恵方において同人に対し義歯改装施術をなし、第三、昭和二十六年四月中旬頃長岡郡三和村池田豊方において同人に対し金冠の技工を施し、以て歯科医業をなしたものである。」と言ふのであり之に対し歯科医師法第十七条第二十九条第一項第一号を適用しているが之は歯科医師法第十七条の解釈を誤つたものである。即ち被告人の行為が無免許歯科医業たるには常業として歯科医療行為をしたものでなければならず(大審院判例)本件の行為は偶々被告人が義兄に当る八井田寛の依頼を受け、義歯をはめてやり(昭和二十五年春頃)又それから数ケ月を経て知合の小野山某の依頼に基き同人が既にはめている義歯の修理を施したに過ぎず、更に第三回目はそれより数ケ月以上を経て知合の池田某に対し金冠をはめてやつた程度に過ぎず、之を以て被告人が反覆継続の意思を以て常業として歯科医療行為をなしたとは認められないのである。又被告人の右三回の行為が歯科医師法第十七条の精神に照し歯科医療行為とは認められないのである。単なる技工としての歯科医の補助的行為に止りそれ自体法の禁止する医療行為でない。従つて本件は法律上罪とならないものであるに拘らず之に対し罰金六千円の有罪の判決を言渡した原判決は違法不当である。
第二点原判決は不適法な公訴手続に基いてなされた違法の判決である。本件は当初検察官より略式手続により起訴せられたものであるが之に対し被告人は適法なる正式裁判の申立をなし事件は公判に係属したのである。然るところ正式裁判の請求があつた場合には検察官は被告人の数に応ずる起訴状の謄本を裁判所に差出し裁判所は右謄本を遅滞なく被告人に送達しなければならない(刑事訴訟規則第二九二条刑事訴訟法第二七一条)。然るに本件の公判手続に於ては適法なる起訴状の謄本が被告人には送達されていない。被告人に送達されたものは別紙添附の起訴状謄本であるが之は昭和二十六年九月七日高知区検察庁検察官検事上杉護が高知簡易裁判所に対し公判を請求した旨の起訴状の謄本であり略式命令請求の起訴状謄本ではない。被告人は右謄本を昭和二十六年十月七日頃受取つたのであるが之は刑事訴訟法第二七一条に所謂適法な起訴状の謄本ではない。従つて本件は同条第二項に規定する二ケ月以内に起訴状の謄本が送達されないことになり本件公訴の提起はさかのぼつてその効力を失つたことになり、原判決は無効の公訴提起に基いてなされた違法のものであり、当然破棄せらるべきものである。
(別紙)
起訴状
左記被告事件につき公訴を提起し公判を請求する。
昭和二十六年九月七日
高知区検察庁
検察官検事 上杉護
高知簡易裁判所 殿
記
一、被告人
本籍 和歌山県伊都郡天ノ村字志賀八四四
住居 長岡郡三和村里改田二三二一
無職
麹家林之助
当五十四年
二、公訴事実
被告人は厚生大臣の免許を受けないで、
第一、昭和二十五年春頃香美郡山田町八井田寛方に於て同人に対し義歯施術を施し、
第二、同年九月頃長岡郡十市村小野山熊恵方に於て同人に対し義歯改装施行術をなし、
第三、昭和二十六年四月中旬長岡郡三和村池田豊方に於て同人に対し金冠の技工を施し、
以て歯科医業をなしたものである。
三、罪名
歯科医師法違反 同法第十七条同法第二十九条。
右は謄本である。
同日同庁
検察官検事 上杉護
被告人名義の控訴趣意
一、抜歯治療行為はありません。技工のみであります。
二、小野山熊恵の場合予め方法を指示して置きまして当時尚使用中の義歯へ石膏泥を注入しまして手渡し自ら口中へ挿入れて貰ひ至極自然に亦適度に咬み合して貰ひましたのみで印象採得も咬合試適も同時に出来得たのでありまして他に助力の必要は更に無いのであります。是によりまして完全な義歯が製作せられます。
三、山岡豊、これは数年前田村医師に抜歯して貰ひました時予後不良にて顎骨切除手術をして以来「死んでも歯医者にはかゝらん」と言ふ女でありまして手を触れる事を許しません。採型も方法を指示して自ら数回反復のち採得しましてから金冠を製作して与へました、今尚自分で入れたり抜いたりして居ります。
四、右両名は至つて親交の間柄ですから料金は貰ひません。小野山熊恵には二千円在中の包を何も知らず妻が受けた事があります。是が料金としましては市価の三分の一にも足りません。
五、八井田寛は医師にして兄ですから何も申しません
六、前述三件は営利的職業でありません。寧ろ犠牲負担は被告人私であります。
七、又証人田村医師は被告の反問に答へました「郡歯科医師会過半数の議決に依り告訴した議事録にも記載してある」との証言は虚偽であります。現会長山中秀登貴氏(長岡郡後免町)に面接質しまして虚偽であります事は明白となりました。
同人証言中「医師監督の許なれば技工師、医師同様患者を診療しても良い」其証言には疑義があります。
八、現在は技工師も一定の職業として公認され職域も亦明白となつて居ます。
以上の通りであります、何卒御寛大な処置を御願ひ致します。