高松高等裁判所 昭和28年(う)199号 判決 1953年8月17日
控訴人 被告人 兵頭虎夫 外一名
弁護人 武田博
検察官 大北正顕
主文
本件各控訴を棄却する。
当審の訴訟費用は被告人両名の連帯負担とする。
理由
被告人両名の弁護人武田博の控訴趣意は別紙記載の通りである。
論旨は原判示第一の金二万円は上田亮三より供与を受けたのではなく武田儀久より供与を受けたものであり、この点において原判決の認定は誤認であると謂うのである。仍て原審が取調べた各証拠を検討し当審において事実の取調をした結果に徴するに、証人武田儀久及び被告人兵頭虎夫の当審公判廷における各供述、原審第二回公判調書中証人上田亮三の供述記載並びに原審第一回及び第二回各公判調書中被告人両名の各供述記載を綜合して判断すれば、被告人両名は原判示第一の日時場所において武田儀久(同人も中村純一候補者の選挙運動者)より金二万円の供与を受けたものである事実を肯認することができ、被告人両名の司法警察員及び検察官に対する各供述並びに上田亮三の検察官に対する供述はいずれも所論の通り真実に合致しない供述であることが窺はれる。従て原判決が被告人両名は上田亮三より金二万円の供与を受けたものと認定したのは誤認たるを免れない。しかしながら昭和二十七年十月一日施行の衆議院議員選挙に際し愛媛県第三区より立候補した中村純一の選挙運動者である被告人両名が原判示第一の日時場所において原判示の如き趣旨で右中村の選挙運動者より金二万円の供与を受けた事実は本件証拠上明白であり、右の限度において原判決には事実の誤認はなく、原判決はただその供与者が何人であるかの点につき認定を誤つたに過ぎない。而して公職選挙法第二百二十一条第一項第四号の犯罪において何人より供与を受けたかは罪となるべき事実の認定に際し相当重要な事柄ではあるけれどもその供与者が甲であつたか乙であつたかは必ずしも被告人等の本件公職選挙法違反罪の成否及びその犯情に消長を来すとは考えられないから(もとより公訴事実の同一性を害さない)右誤認は本件の場合判決に影響を及ぼさないものと認める。従て論旨は結局において理由がない。
よつて本件各控訴は理由がないから刑事訴訟法第三百九十六条第百八十一条第一項第百八十二条により主文の通り判決する。
(裁判長判事 坂本徹章 判事 塩田宇三郎 判事 浮田茂男)
被告人両名の弁護人武田博の控訴趣意
原判決中被告人両名が昭和二十七年十月一日施行の衆議院議員選挙に際し同選挙立候補者中村純一の当選を得しめる目的で共謀の上同年九月十九日頃宇和島市国鉄駅前候補者選挙事務所に於て「上田亮三より」金弍万円の供与を受けた旨判示せる点は事実誤認である。被告人等としては前記日時場所に於て金弍万円を宇和島市和霊町「武田儀久」より受領したことはあるが「上田亮三」より受取つたものではない。
此の点に付て被告人西田の昭和二十七年十月九日付司法警察員に対する供述調書及び同月十八日付検察官に対する供述調書には孰れも右弍万円を上田亮三より貰つた旨供述せる記載があり又被告人兵頭の同年十月九日付司法警察員に対する供述調書及び同月十四日付検察官に対する供述調書には孰れも右西田の供述と同趣旨の供述記載がある外上田亮三の司法警察員に対する昭和二十七年十月二十日付供述調書及び検察官に対する同月二十三日付供述調書に孰れも判示弍万円を被告人等に交付した旨供述せる記載はあるが之は実は被告人等の司法警察員に対する不用意なる不実の供述に端を発してゐるもので孰れも真実の供述ではない。被告人等は前記弍万円を渡した者が何人であつてもその罪状に影響はないけれども自己等の不用意から不実を申し述べたことより罪なき上田亮三に容疑を招来し同人が現に公職選挙法違反の被告人となつてゐることに付深く責任を感じ、あくまでも真実を明かにせられる様敢へて控訴に及んだものである。
前叙の通り被告人等が右二万円を渡した者に付不用意にも無関係の上田亮三の名をあげたのは被告人等は右二万円の交付を受けた際は勿論其の後検挙取調を受けた際にも二万円を渡した者の氏名を判然としらず止むなく青年部の顧問でよく氏名を知つてゐた上田の名を出せば上田の取調により真実渡した者が判明すると軽卒にも考えてゐた為に上田から貰つたと自供したもので之を自供する際にも両被告人前後して司法警察員の調べを受けた際互に一方が上田より貰つたと自供してゐると告げられ之を契機として不実と知り乍ら前叙の如き考慮もあつてその旨自らも供述するに至つたものであること同被告人等の公判廷に於ける供述に徴し明瞭である。
又他方上田亮三は右二万円授受の事実に付容疑を受け司法警察員に検挙せられ取調を受けた際自らは之を授受したことなきに拘らず当時すでに長期間身柄の拘束を受けてゐる被告人両名の早期釈放を欲する余り真実は裁判に際し公判廷に於て明らかに為し得るものと信じ自ら渡したものであると之亦被告人両名の供述に迎合して不実の供述を為したものであること同人が原審に於て証言せる通りである。尚同人は右不実の供述が禍して現に公職選挙法違反事件の被告人として公訴提起を受け公判審理中であるが該事件の証拠調に於て右二万円を被告人等に交付した者は前記武田儀久であることが判明し同人自身その事実の相違なき旨を証人として証言してゐるものである。被告人等が前記二万円を渡した人が武田儀久なることを判然と知つたのは原審判決後であつた為原審に於ては同人の氏名さえあげること能はず遺憾であつたが当審に於て是非判決の事実誤認を訂正せられ以て刑事訴訟の目的である実体的真実の発見に寄与すると同時に被告人等の上田亮三に対する責任の一端を果したいと存ずる次第である。