高松高等裁判所 昭和28年(う)323号 判決 1953年11月17日
控訴人 被告人 富田五郎 外二名
弁護人 原田左武郎 外一名
検察官 大北正顕
主文
本件各控訴を棄却する。
理由
被告人中野大三郎の弁護人原田左武郎、被告人富田五郎同北浜勝市の弁護人中栄敬太郎の各控訴趣意はそれぞれ別紙に記載の通りである。
本件記録を精査し総べての証拠を検討するに
一、原判決挙示の証拠により(1) 被告人富田五郎同北浜勝市が共謀して、法令によつて認められた場合でないのに拘らず、昭和二十五年五月下旬、兵庫県神戸市内で兵庫県パン協同組合資材部主任井村朝生が被告人中野大三郎及び磯崎某所有の日本専売公社の売り渡さない塩一叺三十五瓩入り千五叺(この内被告人中野大三郎所有分は四百三十九叺)を一叺につき五百四十五円で買い受けるにつき、その仲介を為し以つてこれを幇助し(2) 被告人中野大三郎が、法令によつて認められた場合でないのに拘らず、昭和二十五年五月二十八日頃香川縣仲多度郡白方村大字西白方の白方村農業協同組合の旧製塩場で前示兵庫縣パン協同組合の為の仲介人の被告人富田五郎同北浜勝市に対し被告人中野大三郎所有の日本専売公社の売り渡さない塩一叺三十五瓩入り四百三十九叺を一叺につき四百十円にて譲渡して、よつて前示の通り右協同組合資材部主任井村朝生をしてこれを買い受けるに至らしめた、原判示事実を認めることができる。
一、なる程右売買にかゝる塩は白塩ではなく、いわゆる鯨血塩で鯨肉に使用した塩が溶けている血汁から製造せられた塩ではあるが、塩化ナトリウムの含有量が九十六%位あり、塩専売法に言うところの「製造」にかゝる塩であり、同法第四十二条第一項の「塩」と認めざるを得ないのである。日本専売公社はその許可を受けて塩を製造する者の製造したすべての塩を収納する義務あること所論の通りであり、本件鯨血塩についても全然収納せられなかつたわけではなく、同塩は特殊の臭気のある粗悪塩でその需要が限られていたため、現実にその買手があるごとに収納手続が執られることになつていたことが認められるのである。本件鯨血塩は日本専売公社によつて収納せられないものであるから塩専売法上の「塩」ではないとの論旨は採用し難い。
一、本件鯨血塩が鯨肉に使用せられた塩が溶けている鯨血汁から製造せられたものであること前示の通りであるが、その使用せられた塩が日本専売公社が売り渡した塩であつたとしても、製造せられた本件鯨血塩は右使用せられた塩との同一性を維持する日本専売公社より売り渡された塩と認むべきではなく、新たに製造せられた同公社の売り渡さない塩と認めなければならない。
一、被告人中野大三郎は前示の通り日本専売公社の売り渡さない塩を不法に譲渡したのであるから、同塩(鯨血塩)の製造許可を受けたものが被告人ではなく永大食品工業有限会社であり被告人はその指揮監督の下にその精製に従事する下請負人であつたとしても、右被告人の塩専売法違反の罪の成立を妨げるものではない。
よつて本件控訴は理由がないから刑事訴訟法第三百九十六条により主文の通り判決する。
(裁判長判事 坂本徹章 判事 塩田宇三郎 判事 浮田茂男)
被告人中野大三郎の弁護人原田左武郎の控訴趣意
一、原判決は重大な事実を誤認しておるとの一言につきる。左にその理由を解示する。
1原判決は本件鯨血塩を塩専売法に言う塩であるとして被告人に有罪の言渡をしておるのであるが鯨血塩が塩専売法に言う塩であるかどうかは一考を要する問題である。それは鯨血塩の製造工程をどう見るかによつて定まることである。専売法が予想しておるのは塩の製造、再製、加工であるが鯨血塩の煎熬はそのいずれにも当らないものである。製造と言うには少くとも公社に売渡してない鹹水から塩を生産する意味であり再製とは公社の所有に属する食塩を再製して不純分を除き、且つその塩化曹達の含有率を高めることであり、加工とは公社の所有に属する食塩を加工する作業を指稱するものであつて個人の所有に属する鯨汁又は鯨血塩を精製して塩とするものと異つておる。日本専売公社の塩脳局長西川三次の鑑定書によると鯨血塩の場合は加工、再製の何れにも属さないから塩の製造に該当すると言う鑑定をしておるけれどもこのような論理は逆は必ず真なりとの定理が肯定されない以上我々がこれを承認することはできないのみならず防府試験場の技師司馬元朗のこの場合は副産塩に該当するのではないかとの見解に矛盾する。副産塩と言うのは一つの物資が生成される際にその溶媒又は副産として塩が製成される場合であつて日本専売公社高松地方局においてもこの見解に基いて副産塩として製造許可を与えておるものである。しかし鯨血塩の場合は、この副産塩の観念にも該当しない。即ち鯨血塩は副産として製成されるものでなく、むしろ鯨汁から精製されたものであり精製そのものが生産たる目的だからである。いずれにしてもこの鯨汁を精製して鯨血塩とする場合は塩専売法の豫期しておる製造、加工、再製のいずれにも該当しないものであるからこれを塩専売法に言う塩であると見るのは重大な事実の誤認である。
2収納が問題である。塩化曹達四〇パーセント以上を含有するものは日本専売公社の収納の対象となり日本専売公社は必らずこれ等の塩含有物を収納する義務があり鯨血塩についても収納の義務があること原審における証人の供述によつて明かである。収納の義務があるに拘らず日本専売公社が現実にこれを収納しないものを法律上塩専売法の塩と言えるかどうかが問題となるように思われる。本件の鯨血塩の場合において製造者はこれを公社に収納して貰おうと思つても公社は現実に収納を拒否しておる。製造者がこれを処分するには、先ず売先を見付けなければならない。その上公社に収納して貰つたことにしてトンネル口銭を出して売先へ輸送すると言う形態を取つておる。若し売先のない場合は精製された鯨血塩を何時までも貯蔵しておらねばならず専売公社へ収納して貰おうと思つても到底不能のことに属する。日本専売公社へ勤務しておる人々の証言によるとこの場合は公社が売先について斡旋すべきが至当であると述べておるが現実にそのような斡旋など言うものは非法律的なことでありそれによつて公社の収納の義務に消長を与えるものではなくむしろ他の塩の場合のように公社の定めた規格に合致するよう精製を命じその上で収納するのが至当でありこの精製さへ命じられない程度に粗悪な鯨血塩は塩専売法の取締の対象になる塩ではあるまいと考えられる。日本専売公社が現実に収納しないものを専売法に言う塩と見た原判決は重大な事実の誤認をしておるものである。
3加之日本専売公社が本件鯨血塩を収納できるかどうかも疑いがないでもない。それは一旦公社が収納した塩が再び収納できるかと言う問題である。本件鯨血塩は一旦収納の対象となつた塩が鯨血と混合した鯨汁を精製したものである。若し収納の対象になつた塩は収納の対象とならないと言うことであれば本件鯨血塩は専売法の取締の範囲外におかれる。専売公社の職員はその証人としての供述においては一旦収納した塩であつても、取締の対象となると言う証言をしておるが、個人の所有に属する塩を他に譲渡した場合にこれを罰する法律的根拠に乏しい。塩専売法の対象となるものは何人の所有にも属しない塩又は鹹水であり一旦収納した上個人に売渡したものはその所有権に属する面において多少の相違があるからこの場合に取締の範囲外におかれることは専売法規が税法的性質を有し統制法規でないことによつて明かであろう。専売法に関してそのような解釈をすることは戦争の遺物であり所謂戦争的全体主義的思想の顕現であつて新憲法の下において許されないものである。
二、日本専売公社高松地方局から鯨血塩副産の製造許可を受けたのは被告人ではなく香川縣三豊郡詫間町に本店を有する永大食品工業有限会社であつて被告人はその指揮監督の下にその精製に従事する下請人であつて従つて本件について処罰の対象となるべきものは永大食品であつて被告人ではない。その点において原判決は処罰の対象を誤つておる。
三、仍つて原判決を破毀し被告人に対して無罪の言渡をなすを相当と思料する。
被告人富田五郎、同北浜勝市の弁護人中栄敬太郎の控訴趣意
本件被告人等の所為は無罪であると思料する。
原審記録中の日本専売公社塩脳部長西川三次の鑑定書三の鯨血塩は専売公社において収納すべき義務あるか、イ、収納すべき義務ありとせば収納しない場合の公社の処置如何、ロ、収納すべき義務なしとせば鯨血塩は塩専売法の塩ではないのではないか、に対する鑑定として、塩はすべて公社において収納すべき義務があり(塩専売法第五条第一項)鯨血塩といえども其の例外ではない。たゞ一定の規格に合格しないものについては収納することなく更に必要な処置を命じた上納付するよう指示するを建前としている。右の通りである。本件鯨血塩は右の鑑定にある一定の規格に合格しないものに属する。而して最初から一定の規格に合格しないものの程度で製造を許可せられその程度のものとして専売公社において収納すべき義務があるのである。従て専売公社においても更に必要な処置を命じた上納付するよう指示することを為さないのである。普通の不合格品であれば更に必要なる処置を命ずるのであるからその場合収納することはない。本件の塩は収納することなく更に必要なる処置を命ずることの出来ない塩なのであるから専売公社は当然之を収納するか収納すべきでないならば塩専売法所定の塩に非ざるものであると言はなければならないと考える。何れにしても専売公社が本件の塩を収納しなかつたという事実を前提とする本件の塩の被告人等の処分行為は之を塩専売法違反とすることには無理があると思う。専売公社が収納すべき義務があるに不拘収納しないからとて被告人等が専売法所定の塩を収納せず他に処分した行為は適法にはならないとの尤もな理窟は一応肯かれるが塩専売法違反の骨子は塩を専売公社に納入しないことにあるので他に処分することは納入を不可能ならしめ又は納入しないことを明確に決定することにあると観るべきで被告人等が本件塩を処分せずその侭持腐れにしたら違反には問はれないがこうしたことを強いるべきであろうか、本件塩は一度専売公社に収納せられたものを鯨肉に使用して鯨血と混合して溶けたものを再製したものである。同一工場に於てその生産過程に於ける斯様な事実は所謂塩の製造とし専売公社の許可を要しないと思うのでこの点から見ても本件は無罪であると考える。尚本件については中野被告人に対する原田弁護人の控訴趣意書を全部引用致します。