高松高等裁判所 昭和30年(う)260号 判決
論旨は本件は竹中和昭がその運転する自動車を故意に被告人の運転する自動車に追突した疑がある、仮りに然ずとしても本件事故は全く竹中和昭の酩酊運転によるいわゆる無謀操縦により発生したものであつて、原判決が本件事故の発生を被告人の過失に帰したのは事実の誤認であるというのである。
よつて記録を精査するに、なるほど竹中和昭は当夜ビールを一本と一合位を飲んだ上自動車を運転し、前方から進行して来る被告人の自動車の進路並に動向につき注意を怠り誤つた運転をしてその運転する自動車を被告人の自動車に衝突せしめた事実は証拠上明らかなところである。従つて竹中に道路交通取締法第七条第一項第二項第三号に該当する無謀操縦の疑がないではないが、竹中和昭の原審における証人としての供述によれば、原審検証調書添付図面の(ホ)(ロ)点を延長する線に従い真直に北進するに於ては被告人の自動車と衝突する危険を感じたのでハンドルを左に切つた。その際若し右に切つたら正面衝突する虞があつた旨述べて居るのであつて、その当時の状況は竹中の供述の通りであつたことが諸般の証拠上認められ他にこれを覆し得べき証左がない。して見ると論旨主張のように竹中が若干酒気を帯びていたにしても同人が故意に被告人の自動車に追突したという疑は些もない。のみならず本件は被告人は前記検証図画に示す如く(イ)点から(ロ)点方面に進行しつゝある間に竹中も(ニ)(ホ)の延長線を(ロ)点方向に向い進行しつゝあることを認識しているのであるから、左様な状態に於て彼我の自動車が相交錯するに於ては互の自動車の速度とも関連し何時衝突に至るやもはかられないことは容易にこれを察知し得るところである。かかる場合自動車運転者は互に相離合する他の自動車の進路並に動向に注意し衝突する危険があるならば直ちに速力を減じ何時にても停車その他の措置により自動車を衝突より免れしめて危険の発生を未然に防止すべき業務上周到な注意義務があるのであつて、所論のように竹中に於てハンドルを左に切らず却つて反対に右に切り或は急停車の措置を講ずるに於ては本件衝突を防止し得たものであつたとしても、かような措置を相手方のみに期待して自らは何等の措置をも執る必要がないものとは到底為し得ないのである。自動車運転者は何人も常に判断を誤ることなく運転するものとは限らないことは日常数多の自動車による業務上過失事故が発生し居れる現実の事実に徴しても明らかなところであるから相交叉する相手方自動車の動向には絶えず注視しつゝ運転し事故の発生を未然に防止しなければならないのは当然のことである。然らば竹中に飲酒の上無謀操縦をしていた違法があり、ひいては急停車の措置を講ぜず或は左転した過失があつたにしても、これに対処する被告人の注意義務が免脱されるいわれがなくその責を免れ得るものではない。原判決には論旨主張のような事実誤認はない。
一、控訴趣意第三点について
論旨は本件事故発生箇所は見とおしのよくきく所であるから道路交通取締法施行令第二十九条の趣旨からも被告人が警音器掛声その他の合図をせず又徐行しなかつたのは当然であり、これ等の措置を執らなかつたことを以つて被告人の過失の一つとしたのは法律を誤解したものであり、更に原判決は「竹中の自動車は狭い道路から広い道路に入ろうとする場合であるから当然被告人の自動車に進路を譲つてくれるものと軽断し」となし、被告人がかく信じたことを以つて軽断と認定したけれども、道路交通取締法第十八条第一項の規定よりすればかく信ずるのは正に当然であつて軽断ではなく、この点に於ても原判決は又法律の解釈を誤つた違法があるというのである。
しかし道路交通取締法施行令第二十九条第一項は見とおしのきかない交叉点若しくは坂の頂上附近、曲角、横断歩道又は雑踏の場所を通行するときは、警音器掛声その他の合図をして徐行しなければならない旨規定しただけで、もとより見とおしのきく箇所であるならば衝突の危険があつても右合図乃至に徐行の必要がないとの結論を導くものではないから論旨前段の失当であることは多言を要しない。次に道路交通取締法第十八条第一項に車馬又は軌道車は狭い道路から広い道路に入ろうとするときは、前二条の規定にかかわらず一時停車するか又は徐行して広い道路に在る車馬又は軌道車に進路を譲らなければならない旨規定されて居ること、並に竹中が狭い道路である榎町方面から広い道路である市役所前の交叉点に出ようとしていたのであるから、前方に進み来る自動車があるならば当然一時停車するか徐行するの措置に出で衝突の危険を未然に防止すべき注意義務があつたのにもかかわらずその挙に出ず漫然前進したことは所論の通りである。しかし右は竹中は方向指示器その他による被告人の自動車の進路に対する注意を怠り、被告人の自動車は右折して自己の前面方面に進行し来ることに気付かず真直に榎町方面に入り来るものと即断した結果前記の措置に出でなかつたものであることは同人の原審における証人としての供述に徴して明らかである。そして人には過失のあり得ることは前段にも述べた通りで榎町方面から見た場合原審検証調書添付図面(イ)点附近を南進する自動車が榎町方面に進行するものか或は右折して南堀端方面に進行するのか時として不注意の為判断を誤る場合がないとはいえないのであるから、榎町方面から北進する相手方自動車が前記義務規定を遵守して一時停車又は徐行するか等相手方の動向を注視し万一相手方自動車がこれを怠り漫然進行し来る態勢を認めるならば、たとえそれが相手方の不当な運転であるにもせよ、乗客運搬という尊い人命を荷つて運転の業務に従事している以上、直ちにこれに応じて警音器その他により相手方自動車に警告を発するのは勿論極力衝突を未然に防止するよう細心の注意義務があることは当然であつて、狭い道路から広い道路に入り来る相手方自動車は当然一時停車又は徐行するのであるから自己に於ては相手方自動車の動静に注意することなく減速もせず漫然進行して差支ないものとは到底解し得ないのである。然るに被告人は竹中の自動車の動向に注意することなく、竹中の自動車は一時停車又は徐行するものと軽断したのみならず仮りに竹中に於て右措置に出でなくとも自己の自動車が竹中の自動車より先に交叉点を廻り切れるものと軽信し、以つて相手方自動車に対する警告をも為さずかつ何等減速もせず時速四十粁の速力で漫然進行し以つて本件衝突に及んだのであるから、本件は竹中と被告人の双方の過失の競合に基き発生したものであることは極めて明瞭であり、竹中に所論の不当運転があつたからといつて被告人に過失の責なしと為すを得ないのである。原判決の趣旨とするところはこれと同旨であつて法律の解釈を誤つたとの違法もないし事実の誤認もない。論旨は何れも採ることはできない。
(裁判長判事 坂本徹章 判事 塩田宇三郎 判事 渡辺進)