高松高等裁判所 昭和31年(う)344号 判決
よつて記録を精査し、原判決挙示の各証拠を検討すると被告人は本件当時原判示のような経過によつて一旦は第八新南丸に帰つたが黒岩賞一がなおも執拗に被告人の後を追い他の二名の仲間と共に右第八新南丸の繋留している原判示魚揚場の方に下りて来たので被告人は黒岩等が右船内に乗込んで来た場合、他の船員にも迷惑をかけると思い、再び上陸しようとしたがその際黒岩には仲間が二人附いて居るので同人等から暴行を受ける場合素手では到底敵わないと考え、咄嗟に船に有合せた原判示出刃庖丁を腰に差して前記魚揚場に上陸したが原判示の通り高瀬初江に伴われ魚揚場西端にある鉄塔のところに隠れていたところ、黒岩等に発見せられ、同人は被告人の前に立塞がり、やにわに下駄を手に被告人に殴りかかつて来たので被告人は自己の身体を防衛する為黒岩が殴りかかつてくる都度所携の出刃庖丁を突き出してこれを防ぎ、因つて同人に対し、原判示のような傷害を負わせ、心臓、肺臓の損傷による出血の為即時その場に失血死させたことが認められ、そしてこの場合被告人は極力黒岩等の攻撃を逃れんとして居り、喧嘩の意思はなかつたものと認められる。一方黒岩は当時泥酔して居り執拗に被告人に迫り、遂に最後に前記魚揚場において被告人を発見するや前記の通り下駄を以て被告人に殴りかかつて来たものであつてその攻撃は急迫不正の侵害と認められるがしかし泥酔している黒岩が下駄を以て殴りかかつて来たのに対し、被告人が出刃庖丁を以て相対し、黒岩の胸部、顔面等を突き刺し、即死させたことは記録によつて窺われる当時の客観情勢に照し、明らかに防衛の程度を超えたものといわなければならない。従つて所論正当防衛の主張はこれを容れる余地はないが本件は刑法第三六条第二項に所謂防衛の程度を超えたものに当るものと解するのが相当である。
しかるに原審は被告人が出刄庖丁を以て上陸する際既に喧嘩闘争を決意したものと認定し、これを喧嘩闘争と認めて過剰防衛をも認めなかつたのは事実を誤認したものであつてこの誤りは当然判決に影響するものと認められるから原判決はこの点において破棄を免れない。論旨は結局理由がある。
よつて弁護人の爾余の控訴趣意に対する判断を省略して刑事訴訟法第三九七条、第三八二条に則り、原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書によつて直ちに判決する。
罪となるべき事実
被告人は漁船第八新南丸の船員であつたが昭和三〇年一〇月二四日午後九時頃高知県安芸郡室戸町室津室戸港附近の飲食店高瀬初江方において同僚船員数名と飲食中同席していた第三高取丸の船員黒岩賞一(当時二二歳)から氏名を問われたので自己の氏名を告げたところ、同人はその氏名のことで因縁をつけ、被告人を殴打し、被告人が極力闘争を避け、同家二階、同家前路上と逃げ廻つていたに拘らず暴行を為し、被告人が漸く室戸港内魚揚場に停泊中の第八新南丸に逃げ帰つた後もなお執拗にその仲間二名と共に被告人の後を追い、魚揚場に迫つて右第八新南丸に乗込んで来る気配が認められたので同人等を船内に入らせると、他の船員にも迷惑をかけることを惧れ、被告人は再び上陸しようとしたが黒岩には二人の仲間も居るので同人等から暴行を受けた場合素手では到底敵わないと考え咄嗟に船内に有合せた出刃庖丁を携えて魚揚場へ上陸したところ、成り行きを気遣つて来た高瀬初江に出会い、同人に連れられて魚揚場西端にある鉄塔のところに来て隠れていたが、やがて黒岩が被告人の姿を認めて接近し、その前に立塞がり、やにわに下駄を手にして被告人に殴りかかつて来たのでここに被告人は自己の身体を防衛する為所携の出刃庖丁を以て同人を数回突き刺し、因つて同人に対し、心臓・肺臓刺創等の傷害を負わせ、心臓・肺臓の損傷による出血の為即時その場で失血死するに至らしめたものであり右所為は正当防衛の程度を超えたものである。
(裁判長判事 三野盛一 判事 谷弓雄 判事 合田得太郎)