高松高等裁判所 昭和31年(う)512号 判決
(弁護人の控訴趣意の)論旨は要するに、原判決には事実誤認がある、これを破棄して無罪の判決をせられたい、(1)被告人の妻山内マツエが本件火災当日の朝かまどの灰をバケツに取つて置いた事実も、これを被告人が物置に入れた事実もなく、そのようなバケツは本件火災現場にはなかつた、(2)本件火災の発火場所が物置床下の入口土間であると認定すべき証拠は全然存しない、(3)被告人の警察・検察庁における自白は任意にされたものでない疑いがあつて、裁判上証拠とすることができないものである、(4)警察で参考人として呼ばれ本件に関連して被告人に不利益な裏附けにしゆん動する陰険卑屈な人物がいた、というのである。
本件記録を精査し原審及び当審において取調べた総ての証拠を検討するに
本件公訴事実は
被告人は昭和三十一年二月九日午前八時項愛媛県八幡浜市大字郷一番耕地一一五七番地自宅炊事場かまどの傍に置いて在つた灰の入つたバケツを自宅物置内に取り片附けるに当り、物置には燃え易い物がありかまどの傍に置いてある取り灰は強度の熱気又は残火があるかも知れないから、手をさし入れて熱気又は残火の有無を確めるか、又は水をかけて完全に消火して後取り片附けるべきであるのに、不注意にもこれらの処置をとらず、熱気残火等は無いものと軽信して、物置内の叺に接近して右取り灰入りのバケツを置いた為、熱灰の熱気及び残火等により徐々に叺及び藁屑等に加熱させ、同日午後六時三十分頃遂に発火させ、因つて自己所有の現住木造藁葺平家建住宅二十四坪位一棟及び木造瓦葺二階建養蚕室五十坪一棟・木造建六坪位物置一棟を焼燬したものである。
というのであり、原判決は右公訴事実通りの犯罪事実を認めて罰金二千円の刑を言渡しているのである。
しかし被告人が警察・検察庁において陳述していることが事実であるとすれば、被告人が灰の入つたバケツを置いた日時・場所は昭和三十一年二月九日午前八時頃物置床下の入口から入つた左側の灰の入つた叺の二尺位の近くであつたことになるのであるが、本件火災が発見されたのは同日午後六時半頃で、その時は既に同物置の軒下から火焔が出ていたのに、右床下には未だ火の気がなかつたのであるし、その約三十分前被告人とその養子山内清及び清の妻山内とらこの三人が畠から帰宅して、同人等の荷枠(負子)三個を右山内清が右物置床下にしまつた時にも同床下には火の気その他の異状がなかつたことは争いのない事実と認められるのであるから、健全な科学常識上時間的関係その他から右床下のバケツの灰の火熱から右叺、藁屑が焼けて床上に燃え移つて本件火災が起つたものとは認めることはできないのである。加うるに被告人が同日朝灰の入つたバケツを右のように物置内に入れたこと自体もその証拠極めて薄弱でありこれを肯認することはできない。原判決の事実認定の論理は甚だ粗雑であり、その認定には判決に影響を及ぼすべき重大な誤認がある。
よつて刑事訴訟法第三百八十二条第三百九十七条第一項により原判決を破棄した上同法第四百条但書により当裁判所は更に判決する。
本件公訴事実は前示の通りであるが、これを認むべき証拠がないから刑事訴訟法第三百三十六条によつて主文の通り判決する。
(裁判長判事 坂本徹章 判事 塩田宇三郎 判事 渡辺進)