高松高等裁判所 昭和32年(う)407号 判決
判決理由〔抄録〕
ところで被告人は車馬の操縦者として道路交通取締法施行令に定められたことを遵守しなければならないことは勿論であるが更に他方乗合自動車の運転者として遵守すべき事項が道路運送法及之に基づく自動車事業運輸規則並びに同規則に基づく被告人所属の瀬戸内運輸株式会社の乗務員服務規律により種々規定せられている。それらによると運転者は車掌の発車合図により発車しなければならないし、車掌の発車合図は旅客の安全及び自動車の左側にその運行に支障のないことを確認し、且乗降口の扉を閉じて後之を行い、止むを得ず扉を開けている際は自己の身体、手等によって入口を塞いで乗降出来ないようにすると共に危険防止に注意しなければならないのであって、更に運転者は車掌の発車合図があっても漫然之により発車出来るのではなく、発車の合図があれば先づ発車の合図を復唱し、車内乗客の状態を確かめ、制動機をゆるめ、警音器を鳴らし前面及びバックミラーを見て左右側面を注意して徐ろに発車しなければならないのである。
さて本件についてこれをみるに前示認定事実の如く運転者である被告人及び車掌はいづれも右規則並びに服務規律に定められたことを忠実に遵守していることが認められるのであるが、道路交通取締法施行令第一七条によれば車馬の操縦者は「とびらを閉じ、又は乗っている者の転落を防ぐ為に必要な鎖、ロープ、その他の安全装置を施して諸車を運転しなければならない」旨が規定せられている。然し乗客が少く直接運転台から、或はバックミラー等で確認し得られる場合は格別、本件の場合の如く乗客が多く運転台、乗降口附近に乗客が立っており運転台からは直接扉の開閉状況が確認出来ず、バックミラーでは暗くて入口の状況が判明しないような場合に於ても尚運転者にその席を離れてでも扉の開閉状況を確認した上発車せよというは時間を定めて運行している乗合自動車の運転者たる被告人に対し事実上不可能なことを強いるに等しいもので、斯様な場合に於ては車掌の発車合図に従うの外なく、而して前示の如く車掌の発車合図に従い前方を注意し、又暗くて充分見えなかったのであるが念の為バックミラーにより車の左右両側を注意して発車した被告人には同令第一七条違反の事実はないというべきである。
尚又原審の認定の如く飛乗りや、飛降りする危険があることを考慮し、左右に気を配ってそのようなことのないように事故を防止する注意義務があるということは前示の如き当時の状況、殊に周辺の明暗度からして被告人に不能の義務を課すものであって、被告人としては当時自己の通常とり得る最大の注意を払ったものと認められる。
却って本件曾我部クニの被害は同人が乗車するのであれば自動車は既に発車して徐行しているのであるから声をかけて乗車をすることを告げて車を停車せしめてから乗車すべきに係らず、進行している自動車の、しかも車掌に於て乗客に対する危険防止の為入口を塞いでいるところへ無理に飛乗った曾我部クニ自身の過失に基づくものであると認められる。