高松高等裁判所 昭和33年(う)134号 判決
弁護人の論旨は先ず被告人の所為は正当防衛行為で罪となるものではないというのである。
よつて記録を精査するに、被告人の原審公廷における供述記載、被告人の検察官に対する供述調書、原審証人北窪照雄、同上村茂明、同岡崎啓の供述記載及び被告人に対する医師の診断書等により、被告人は昭和三十二年三月二十二日高知県長岡郡大豊村大砂子小学校の卒業式後の教員と父兄との懇親会に出席し酒宴中午後五時頃中西豊に同校西端の三年生教室に連れ出され、被告人の言動について注意されたが、被告人がすなおにこれを聞き入れなかつたため、右中西がいきなり被告人の顎鬚を掴んで床上に押し倒し被告人が起き上がろうとする背後から椅子をもつて背部を殴打し、なおも殴りかかろうとするので、被告人はとつさに右中西のネクタイを持つて強く引いたところ、中西は側にあつた机と椅子の間に頭を突き込んだが直ちに起き上つて更に被告人に殴りかかつて来たので中西の肩のあたりを突いたところ中西は腰掛の積んであるところへ倒れた。然るになおも中西は起き上つて被告人に向つて来たので今度は同人の胸を突いたところ中西は腰掛の方へ倒れ、よつて中西に全治一ケ月を要する頭部挫創等の傷害を与えると同時に被告人も中西の前記暴行により加療約一週間を要する側頸部擦過傷並びに背部打撲傷の傷害を受けた事実を認めることができる。以上の事実から観察するときは、中西豊が、被告人がその忠言を容れざるやいきなり被告人の顎鬚を掴んで押し倒し起き上ろうとする被告人の背後から椅子でその背部を殴打し、なおも殴りかかろうとするが如きは全く被告人に対する急迫不正の攻撃であつて、自由に逃避することも困難な一教室内におけるその場合の被告人としては防衛のため反撃に出るのは洵に己むを得ないことであつて、中西のネクタイを持つて強く引いたこと、更に前記の如くその後二回にわたる攻撃に対しその都度反撃に出たことは何れも己むことを得ざるに出た行為と言わざるを得ず、そのため被告人の受けた負傷の程度より中西に与えた傷害の程度の方が大ではあるけれども、場所が一教室内であつたという特殊の状況から机や椅子で頭を打つたのは偶然の出来事とも解されるし、被告人が反撃のため刃物その他の兇器等を使用したというわけでもないので、右程度の反撃をしたからといつて未だ防衛その程度を超えたものとは解することができないのである。然らば被告人の本件所為は所論のとおり正に正当防衛行為と見るべきであるのにこれを過剰防衛と認定した原判決は事実を誤認したものでありその誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから爾余の論旨に対する判断を俟つまでもなく原判決はこの点において破棄しなければならない。
(裁判長判事 玉置寛太夫 判事 渡辺進 判事 安芸修)