高松高等裁判所 昭和33年(ネ)166号 判決 1960年4月21日
控訴人 奥山義雄
被控訴人 清水文一
主文
本件控訴を棄却する。
訴訟費用のうち第一審の分を除き訴訟の総費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は原判決を取り消す被控訴人の請求を棄却する訴訟費用は第一審第二審共被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は本件控訴を棄却する訴訟費用は第一審第二審共控訴人の負担とするとの判決並に第一審判決に対する仮執行の宣言を求めた。
当事者双方の事実上の陳述は、
被控訴代理人において、
(一) 昭和二十六年度及び同二十七年度は共に、被控訴人従来主張のように被控訴人は控訴人のため網廻しとして勤務したものである。
(二) 報酬金の定は年額金六万円(手当金一万円を含む)であり、一袋五百円というのは、右六万円の計算の根拠を示したものである。
(三) 控訴人主張の消滅時効の抗弁に対しては、本件の報酬金は単純な労務に対する賃金には該らないから、控訴人主張の短期消滅時効にはかからない。
(四) 控訴人主張の相殺の抗弁に対し、いずれもこれを否認する。
(イ) 控訴人の当審主張事実(三)のlの金四万二千円費消の事実を否認する
(ロ) 同上2の控訴人主張の大釜は腐蝕して使用に堪えないものであつて、その売却代金は金二百五十円位であつたが、これは曳子達にキヤンデーを買い与えるために使つた。
(ハ) 同上3の控訴人主張のカレイ網・鰯網兼用の大船は船板の虫喰い甚しく、かつ腐蝕しており、使用の方途はなかつたもので、冬期に曳子等のたき火に使用したものであつて、被控訴人がこれを売却したり、自ら使用したりしたものではない。
また清算については控訴人に報告ずみである。と補陳し、
控訴代理人において、
(一) 昭和二十五年度(四月より翌年三月まで)における本件網廻し労務の報酬は、年間いりこ百袋相当の金額と定め、右いりこ一袋の価格を金二百七十五円と協定したので、右報酬額は金二万七千五百円となる。なお同年度において小羽煮干鰯の最高価格が一袋金五百円となつたことはない。
(二) 昭和二十六年度においては、控訴人は被控訴人を雇い入れた事実がないから報酬支払の義務がない。同年度の運営は控訴三好春市の計算において行われた。したがつて被控訴人が網廻しをして働いたとしてもそれは訴外三始春市に雇われたもので、控訴人に関係はない。右訴外三好春市は、同年度においては控訴人を代理して経営したと称し、控訴人に対し報酬金並に立替金を請求する訴を提起したが、これは松山地方裁判所八幡浜支部昭和二九年(ワ)第七七号事件として審理され、その結果請求棄却の第一審判決が言渡されて確定している。(乙第三号証参照)これによつて被控訴人の昭和二十六年度分の請求が理由のないことが明らかである。
(三) 仮りに被控訴人主張の昭和二十五年及同二十六年における地曳網漁業に関する報酬金債権が存在するとしても、該債権は労力者の賃金債権であるから、一年の消滅時効にかかるものであるところ、該債権は被控訴人の本訴提起(支払命令の申立は昭和二十九年六月十二日)前既に、右消滅時効により消滅している。
(四) 以上が理由なしとしても、控訴人は被控訴人に対し、以下述べるように合計金八万七千円を降らたい損害賠償債権を有するので、本訴昭和三十四年二月六日の口頭弁論期日において、対当額につき相殺の意思表示をなす。
1 被控訴人は、昭和二十五年度において網廻しとして、網元である控訴人に引渡すべき煮干鰯代金中金四万二千円を費消して控訴人に同額の損害を与えている。すなわち、被控訴人が網廻しをした昭和二十五年度においては「水魚」の漁獲高は六百桶を挙げている。その十分の六は控訴人の取高であるところ、これが煮干鰯の製品となつたものを八割と踏んで、製品一千百五十二袋となり、そのうち煮干加工賃、袋代を差引いた一袋の平均価格金二百五十円とみて、被控訴人より控訴人に交付すべき売上金は二十八万八千円に達する。しかるに、被控訴人は控訴人に対して一袋の現品も、一文の現金も引渡していないから、控訴人としては、報酬金も差引勘定となつており、加算報酬その他差引勘定をしてもなお、控訴人において受け取るべき余剰金が残る計算である。本訴においてはその代金のうち問題のない部分を右損害金として請求するものである。
2 被控訴人は、控訴人所有の大釜を処分し、その代金一万円を不法に領得し、控訴人に同額の損害を与えている。
3 被控訴人は、控訴人所有のカレイ網・鰯網兼用の大船の損壊したものを解体し、その船材、船板等を自家の用に供し、また一部を売却して、控訴人に金三万八千円に相当する損害を与えている。と補陳し、
たほか原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。
立証として、被控訴代理人は原審証人阿部太郎松、同田中清久、同藤川宇蔵(第二回)の各証言及び原審並に当審における被控訴本人の各供述を援用し、乙第三号証の成立を認め、その余の乙号各証は不知と答え、控訴代理人は乙第一、二、三号証を提出し、原審証人藤川宇蔵(第一回)、当審証人奥山リク、同江川賀寿夫の各証言及び当審における被控訴本人、及び控訴本人の各供述を援用すると述べた。
理由
一(1) 原審証人阿部太郎松、同田中清久、同藤川宇蔵(第一、二回)当審証人江川賀寿夫の各証言、原審並に当審における被控訴本人の各供述並に弁論の全趣旨を綜合すると、昭和二十五年三月ごろ、被控訴人と控訴人との間において、被控訴人が控訴人経営の地曳網漁業に関する漁獲のためのいわゆる網廻し労務に、昭和二十五年四月一日から翌二十六年三月末日までの一年間服すること、右網廻し労務とは網親方(または網元)またはその代理人の指揮下にあつて、曳子(俗におうご)を指揮監督し、曳子の全責任者として漁獲の労務に従事するものとし、右労務に対する一年間の報酬金は、手当として金一万円のほかに、一等いりこ小羽百袋の相当額によることとし、そして当時右いりこ一袋の相場が金五百円であつたため、これを金五万円と定め、結局右報酬金を右の合計金六万円と定め、なお同業者山内梅一が経営する地曳網漁業の漁獲高以上に大ざるで五十杯でも百杯でも余分の好成績をあげえたときは、前記報酬金六万円のほかに、特別手当として金四万円を加算する旨の契約が成立したこと、そして被控訴人は右契約に基いて右期間右労務に服し、右就労期間中の被控訴人の漁獲高が右山内の地曳網以上に所約の成績をあげえたことが認められる。この点に関し控訴人は、昭和二十五年末に被控訴人と控訴人との間において報酬金を年間いりこ百袋相当の金額と定め、右いりこ一袋の価額を金二百七十五円と協定したので、報酬額は金二万七千五百円となり、別に手当として金一万円を支給する約束があつたに過ぎないもので、勿論右報酬のほかに被控訴人主張のような特別手当金四万円を加算することを約したことはない旨主張し、当審証人奥山リクの証言及び当審における控訴本人の供述中前認定に反し、控訴人の該主張に副うような部分があるけれども、前示各資料に対比してたやすく措信し難く、乙第二、三号証だけでは控訴人の該主張を肯認するには足らず、他に前認定を覆して控訴人の該主張を肯認するに足る証拠はない。してみると控訴人が被控訴人に対して負担すべき右年度の報酬金全額は、右手当金一万円を含んで金六万円及び、山内網以上の成績を挙げえたことによる加算金四万円の合計金十万円となり、そして被控訴人は控訴人に対し、右労務契約期間経過後は何時でも右金員の支払を請求しうべき筋合である。そうして右労務契約期間終了のころ控訴人が被控訴人に対し内金二万七千五百円の弁済をしたことは、被控訴人の認めるところであるから、その残額金七万二千五百円につき、控訴人は被控訴人の請求により同人に対しそめ支払の責に任ずべきである。
(2) 前示証人阿部太郎松、同田中清久、同藤川宇蔵(第一、二回)の各証言及び原審並に当審における被控訴本人の各供述を綜合すると昭和二十六年三月二十五日ごろ、被控訴人と控訴人との間において、被控訴人は前同様のいわゆる網廻し労務(但し、訴外三好春市が網親方の代理人として出漁中監督に来ていた)に、同二十六年四月一日より翌二十七年三月末日までの一年間服すること、控訴人は被控訴人に対しその報酬として金六万円(手当金一万円を含む)を支払うとの契約が成立したこと、そして右期間被控訴人は右労務に服したことが認められる。この点に関し、控訴人は、昭和二十六年度においては、控訴人は被控訴人を雇い入れた事実がない。同年度における地曳網漁業の運営は、控訴人には全く関係なく訴外三好春市の計算において行われたものである旨(当審の控訴人主張事実(二)参照)主張し、前示証人奥山リクの証言、同控訴本人の供述中には、前認定に反し、控訴人の該主張に副うような部分があるけれども、前示各資料に対比すれば、たやすく措信し難く、また乙第三号証だけでは控訴人の右主張を認めるには足らず、乙第一号証その他控訴人の立証をもつては、前記認定を覆して、控訴人の該主張を肯認し難い。してみると、控訴人は被控訴人に対し、右労務契約期間経過後においては、被控訴人の請求により、右報酬金六万円につき、その支払の責に任ずべきである。
(3) 原審並に当審における被控訴本人の各供述並に弁論の全趣旨によると、被控訴人は、昭和二十六年四月一日から翌二十七年三月末日までの間前示(2) の漁業に出漁中、控訴人(網元)の代理人として被控訴人と共に出漁していた訴外三好春市に対し、控訴人が提供すべき食事につき、控訴人に代つてこれを提供するよう控訴人から委任を受け、これを承諾し、そのうち八十五日にわたり、同訴外人に対して食事を提供し、これに金八千五百円(一日に付金百円の割合)の費用を支出したことが認められ、前示証人奥山リクの証言及び前示控訴本人の供述中右認定に反する部分はたやすく措信し難く、他にこれを動かすに足る証拠はない。してみると、控訴人は被控訴人に対し、その請求により右委任事務の処理に要した必要費として金八千五百円を償還すべき責務がある。
(4) 最後に被控訴人が控訴人に対し、昭和二十六年三月二十四日金一万円を弁済期並に利息の定なく貸付けたことは当事者間に争がない。そして被控訴人が本件支払命令の申立をもつて、右貸金支払の請求をなし、右支払命令は昭和二十九年六月十八日控訴人に到達したことは本件記録に照して明らかであるから、控訴人は被控訴人に対して右金一万円の支払の責に任ずべきである。
二(1) 控訴人は、右一、の(4) に認定の金一万円に対し、昭和二十八年春ごろ内金五千円を弁済した旨抗弁するけれども、これを認めるに足る証拠はないから、控訴人の該抗弁は採用しない。
(2) 控訴人主張の時効の抗弁(当審の控訴人主張事実(三))について検討するに、民法第百七十四条第二号にいわゆる労力者の賃金債権とは他人に対して主として肉体上の労力を提供し、その対価として支払われる賃金債権であると解すべきところ、前示一、の(1) 、(2) に認定の地曳網漁業に関するいわゆる網廻し労務は前示のとおり曳子を指揮監督し、曳子の全責任者として漁獲の労務に従事するものであつて、単純に肉体上の労力を提供する右にいわゆる労力者の提供する労務とは異るものというべきである。それ故に被控訴人主張の右網廻し労務に対する報酬金債権は一年の短期消滅時効にはかからないものであつて、右は、一般債権として十年の消滅時効の適用があるものと解するを相当とする。してみると前認定の昭和二十五年及び同二十六年分の被控訴人の本件網廻し労務に対する報酬金債権は、一件記録上明白な本件支払命令申立の日である昭和二十九年六月一日(なお該支払命令が控訴人に送達されたのは同月十八日である。)当時未だ右消滅時効に因り消滅していないことは明らかであるる。よつてこの点に関する控訴人の抗弁は採用しない。
(3) 控訴人主張の相殺の抗弁(当審の控訴人主張事実(四))について検討する。
控訴人は、昭和二十五年度において被控訴人が網廻し労務に従事中控訴人に引渡すべき煮干鰯代金中金四万二千円を費消して、控訴人に同額の損害を与えている旨主張し、前示控訴本人の供述中該主張に副うような部分があるけれども、当審における被控訴本人の供述に対比してたやすく措信し難く、他に控訴人の該主張を認めるに足る証拠はない。よつてこの点に関する控訴人の主張は採用しない。
次に控訴人は、被控訴人が、控訴人所有の大釜を処分してその代金一万円を不法に領得し、控訴人に同額の損害を与えている旨主張し、前示控訴本人の供述中該主張に副うような部分があるけれども、当審における被控訴本人の供述に対比してたやすく措信し難く、他に控訴人の該主張を認めるに足る証拠はない。よつてこの点に関する控訴人の主張は採用しない。次に控訴人は、被控訴人が控訴人所有の大船の損壊したものを解体して、その船材、船板等を自家の用に供し、または一部を売却して、控訴人に金三万八千円の損害を与えた旨主張し、前示控訴本人の供述中該主張に副うような部分があるけれども、当審における被控訴本人の供述に対比してたやすく措信し難く、他にこれを認めるに足る証拠はない。よつてこの点に関する控訴人の主張は採用しない。
してみると控訴人主張の損害あることを前提とする控訴人の本件相殺の抗弁は到底失当として排斥を免れないい。
三、叙上説示によつて、控訴人は被控訴人に対し前記一の(1) ないし(4) に認定の合計金十五万一千円とこれに対する本件支払命令送達の後であること一件記録上明白な昭和二十九年七月一日以降完済に至るまで年五分の割合による民事法定遅延損害金を支払う義務がある。それ故に控訴人に対し右金員の支払を求める被控訴人の本訴請求は正当として認容すべきものとする。
よつて右と同一結論に出た原判決は相当にして、本件控訴は理由なくこれを棄却することとし、なお第一審判決には仮執行の宣言が附してあるから、当審では更にこれを附しないこととし、民事訴訟法第三百八十四条第八十九条第九十六条を適用して主文のように判決する。
(裁判官 谷弓雄 橘盛行 山下顕次)