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高松高等裁判所 昭和33年(ラ)44号 決定 1958年12月16日

抗告人 日化製袋工業株式会社破産管財人 白石基

相手方 株式会社四国銀行

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人らの負担とする。

理由

抗告人らは原決定を取り消すとの裁判を求め、その抗告理由として別紙抗告理由書の通り主張し、相手方の主張に対し支払場所に関する相手方主張の特約及び商慣習の存在は否認すると述べ、疎明として、疎甲第一号証を提出し、疎乙第一号証の成立を認めると述べ、

相手方代理人は本件抗告を却下する抗告費用は抗告人の負担とするとの裁判を求め、答弁として

(一)  抗告人ら主張の歩積預金とは銀行が依頼者の需に応じ手形割引を為す際依頼者をして手形割引金額の一部を普通預金の形で預金せしめるものであつて、特殊な通帳を作成するのではなく、普通預金通帳を作成し、しかも銀行の債権を担保するために、通帳は預金者に交付せず、必要な場合銀行において随時引出し、弁済に充当しうるよう弁済充当の委任状等必要書類を添付して銀行に留置し、その払出が制限されるところの預金の一種である。相手方は普通預金を受け入れる際預金者との契約によつて普通預金の支払は預金の受入場所たる銀行店舗においてこれを為すことを特約して居る。(普通預金規定6参照)抗告人らは破産者日化製袋工業株式会社が相手方銀行観音寺支店に歩積預金を為したと主張しているが、若し然りとすると、右歩積預金は預金契約者間の特約により前記観音寺支店においてその支払がなされるべきである。したがつて義務履行地は相手方銀行支店店舗の所在地たる観音寺市であつて破産者の本店所在地たる川之江市ではないから、川之江市を管轄する松山地方裁判所西条支部が管轄権を有するとの抗告人らの主張は失当である。

(二)  仮りに右特約が為されないとしても、銀行の預り金品に関する債務の履行は銀行店舗においてこれを為すことは銀行取引において、永年全国的に行われている商慣習であつて、預金契約当事者は右商慣習によつて預金契約を締結するものと認むべきであるから、歩積預金の支払義務履行地は相手方銀行支店所在地たる観音寺市であつて、破産者の本店所在地たる川之江市ではないから、抗告人の主張は失当である。と主張し、疎明として疎乙第一号証を提出し、疎甲第一号証の成立を認めるも、その記載内容は本件預金に関するものではない。と述べた。

よつて審究するに、抗告人らの本訴請求の要旨は「原告ら(抗告人ら)は、昭和三十三年三月一日松山地方裁判所西条支部において破産宣言を受けた訴外日化製袋工業株式会社の破産管財人に選任せられた者であるが、同訴外会社は昭和三十年一月十一日より昭和三十二年九月十二日に至るまでの間、被告銀行観音寺支店において自己の取引先から振出又は裏書譲渡により交付を受けた商業手形の割引をなし割引の都度割引金額の三パーセントに相当する金額を手形割引の歩積預金として同支店に蓄積しその総額は金二百二十四万五千二百三十八円に達したものであるところ、同訴外会社は昭和三十二年九月中支払停止となり、多数債権者間で選任された整理委員から同月下旬被告(相手方)に対し右歩積預金の払戻を請求したけれども、被告(相手方)は口実をかまえてこれに応じないから同訴外会社の破産管財人たる原告ら(抗告人ら)は被告(相手方)に対し右歩積預金総額金二百二十四万五千二百三十八円及びこれに対する昭和三十二年十月一日以降完済に至るまで年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。」というにある。してみると本件は破産者日化製袋工業株式会社が相手方銀行観音寺支店に対してした抗告人ら主張のいわゆる歩積預金債権につき右破産会社破産管財人らから相手方銀行に対してこれが返還を請求するものである。そうして右の歩積預金とは銀行が依頼者の需に応じ手形割引を為す際依頼者をして手形割引金額の一部を普通預金の形で預金せしめるものであつて、預金の一種であることは当事者双方の主張に照して明かである。それ故に特段の事情のない限り、右預金関係は一種の消費寄託というべきであるから、これについては民法第六六六条により同法第五九一条を除いて消費貸借に関する規定が全面的に準用せられる。そうして右預金の返還債務は商行為に因つて生じた債務であることは前記に照して明かであるから、商法第五一六条に準拠して同条所定の特別の事情のない場合にはその履行は債権者の現時の営業所または住所においてなされるべきであつて、いわゆる持参債務であるというべきところ、そこで先ず相手方主張の商慣習の点について検討するに、銀行の預金に関する債務の履行は預金業務の取扱場所である銀行店舗においてこれを為すことは全国一般に行われている商慣習にして顕著なる事実であるから、当事者においてこれに従わない意思を表示しないときは慣習に従う意思があつたものと認めるべきである。本件についてこれを見るに当事者において右商慣習に従わない意思を表示したとも認められないから、右歩積預金の返還債務の履行は右商慣習に従つて預金受入のなされた相手方銀行観音寺支店においてなされるべきものと認められ、抗告人ら援用の疎明方法その他によるも右認定を覆すには足らない。それ故にその余の点の判断をなすまでもなく、本件預金返還請求訴訟については前記破産会社の本店所在地である川之江市を管轄する原裁判所はその管轄権を有しないで、右銀行支店所在地である観音寺市の管轄裁判所である高松地方裁判所観音寺支部がその管轄権を有するものというべきであるから、本件を右観音寺支部に移送すべきである。

よつて理由は異るけれども結局右と同一帰結に出た原決定は相当にして本件抗告は理由がなく、これを棄却することとし、民事訴訟法第四一四条第三八四条第八九条第九五条第九三条を適用して主文のように決定する。

(裁判官 浮田茂男 橘盛行 白井美則)

(別紙)抗告理由書

一、原決定はその理由に於て「思うに預金の返還は格別の約定のない以上民法六百六十四条により該預金の保管をなすべき場所においてなすべきものであると解せられるところ、本件預金の趣旨からすればその保管をなすべき場所は当然被告銀行観音寺支店であると解せられる。しかるに原告において本件預金の返還義務の履行場所について格別の約定があつたとする何等の主張も立証もないから、結局本件預金の返還は被告銀行観音寺支店においてなすべきものであるといわなければならない。

そうだとすると本件につき当裁判所はその義務履行地の裁判所として管轄権を有しないものである。」と述べているが、之は明らかに消費寄託の性質を誤解し民法第六百六十六条を無視するの違法を犯したものである。即ち同条により消費寄託については、同条但書によりその適用を排除せられるべき民法第五百九十一条を除いて、消費貸借に関する規定が全面的に準用されることは、通説判例の一致するところである(明治三十六年五月五日大審院判決、明治三十八年十月十四日同上、昭和十三年四月十二日同上)。そうだとすれば、消費貸借上の返還債務が債務履行の一般原則により持参債務である以上、消費寄託である預金の返還債務の義務履行地も亦当然、債権者たる破産者の本店所在地川之江市なることは疑の余地無きところであり、従つてその返還請求訴訟については、松山地方裁判所西条支部が当然管轄権を有するものである。右の次第で原決定は当然取消されるべきである。

右即時抗告に及びます。

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