高松高等裁判所 昭和35年(う)94号 判決
判決理由〔抄録〕
およそ、自動三輪車の運転者は、泥酔者が再三の警告にも拘らず執拗に車につきまとうような場合には、たとえ一旦車から離れたとしても再び車に接近して来るかも判らないし、またその際足もとのさだかでない泥酔者が顛倒するかも図り難いため、そのまま車を進行し続けるにおいては右泥酔者をひく虞があるから、運転者自ら下車して泥酔者をして車に再び接近し得ない場所に移すか、もしくは同乗者のあるときは同乗者をして右のような措置をとらしめるか、又はその泥酔者を注視しつつ危険のないよう徐行して泥酔者自ら断念して車から離れるのを俟つ等適宜の処置を講じ、泥酔者が完全に車から離れ危険の去ったことを確認した上車を進行せしめもって事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるというべきであって、よし被害者の右行為が道路交通取締法違反の罪を構成するような場合でも、加害者の過失の有無は別個の観点から検討すべきであって、被害者の右所為が犯罪を構成するという理由だけで加害者の過失を否定し得ないこともとよりである。
そこで、記録を精査し、原判決挙示の各証拠を綜合すると、被告人は、昭和三三年一一月頃免許を得て自動車運転を業としていたものであるが、同年同月一〇日午前一時五〇分頃車を運転し、松山市大街道を南進し、唐人町筋に左折東進しようとしたところ、飲酒酩酊した坂本正義(当時三八年)が車の前方に怒号しつつ蹌踉として立ち塞がったので、已むなく停車させると、同人が車の前輪の泥除の上に馬乗りとなり車のエンジンカバーを叩く等の狼藉に及ぶので車を約一米位後退させたところ、坂本は更に車に執拗にまつわりつき、車の運転席左側(進行方向に向い以下同様)の扉の把手を捉えその扉を開こうとしていたけれども、運転席左端に同乗していた黒川数雄が車から離れるべき旨警告していたので、そのまま車を徐行し、若干前進せしめた地点で被告人自ら坂本に車から離れるべき旨申し向け、更に一〇米位前進した所で黒川が一旦運転席左側扉を開いた上閉めなおした際、坂本が車から少し離れたように見えたし、その瞬間黒川が早く行くべき旨合図したので、黒川の右指示を信頼して自ら充分危険の有無を確かめることなく、その場を早く離れたい一心から危険は去ったものと軽信し、漫然車を加速進行せしめた過失により、再び車に接近して来、これに膚接して小走りに追随していた坂本が同市唐人町三丁目二二番地寿司万前道路上において蹉き、車の下側に仰向けに顛倒して来た際、車の左側後輪をもって、同人の胸部腹部等をひき、心臓破裂により同人をその場において即死せしめたものであることが認められるのである。(中略)
右のような被害者坂本正義の行為が許容せられないこと、もとよりであって、該行為は道路交通取締法第二五条同法施行令第六八条第一号第二号第一〇号同法第二九条第一号に該当し、道路交通取締法違反の罪として処罰されることは当然であり、また被害者坂本の法律上許容せられない右行為が本件の事故発生につき、大きな原因を与えたことが認められるから、同人に重大な過失のあったことは論旨に指摘するとおりである。しかし、被害者に重大な過失があるからといって、ただそれだけの理由で被告人の過失を否定し得ないことは既に説示したとおりであって、被告人に泥酔者である被害者坂本を完全に車から離れさせ、危険のないことを確認した上車を進行せしむべき前説示のような注意義務の懈怠がある以上、被告人にはこの点において過失があるというべく、業務上過失致死の刑責は免れ得ないのである。