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高松高等裁判所 昭和35年(ナ)1号 判決 1960年6月15日

原告 島山勝利

被告 高知県選挙管理委員会

主文

昭和三四年七月二二日執行の高知県安芸郡東洋町野根選挙区における町議会議員選挙の効力に関する訴外坂口清馬の訴願、及び右選挙並にこれと同時に執行された高知県安芸郡東洋町長選挙の効力に関する訴外森友助の訴願に対し、被告が同年一二月二三日になした、該選挙は無効である旨の各裁決はこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一項同旨の判決を求め、

請求原因として、

(一)  昭和三四年七月二二日高知県安芸郡東洋町議会議員選挙並に東洋町長選挙が執行されたところ、同年七月二四日訴外坂口清馬は右町議会議員選挙のうち野根選挙区における選挙につき、また同年七月二五日訴外森友助は右東洋町長選挙及び野根選挙区における右町議会議員選挙の双方につき、それぞれこれを無効であるとして東洋町選挙管理委員会に対し異議申立をなした。同委員会は右異議をいずれも理由なきものとして同年八月二二日異議申立棄却の各決定をなしたところ、坂口清馬は同年八月二六日、森友助は同年九月三日、これを不服として夫々被告に対し訴願した。しかるところ、被告は右訴願をいずれも理由ありとして主文掲記の如き各裁決をなし、該裁決は同年一二月二三日高知県公報号外第八四号をもつて告示された。

(二)  然しながら、右各選挙は有効であり、したがつてこれを無効とした右裁決は違法であるから、右各選挙の選挙人である原告は本訴においてその取消を求める。すなわち、

(イ)  被告が右各選挙を無効とした理由は、野根選挙区第二投票所の投票記載所の設備が不完全で公職選挙法施行令第三二条に違反し、ために投票の秘密確保が期待できなかつたというにあるところ、

(ロ)  右第二投票所は県立室戸高等学校野根分校の東端の一教室に設けられ、右教室の中央に生徒用腰掛を南北に一列に並べて教室を東西に仕切り、その仕切つた両側に、いずれも南側硝子窓に向けこれに接して三個宛生徒用机を配列しこれに夫々腰掛をそえ、東側の三個を東洋町長選挙の、西側の三個を町議会議員選挙の、各投票記載所として使用したものである。而して、右の各投票記載机の間には何等の遮断設備が施されていなかつたけれども、各記載机の間隔は六四糎ないし八四糎の距離があつたし、各記載机後方で其処から全般を充分監視し得る位置に投票立会人席が設けられていたのであるから、投票記載設備が投票の秘密を確保するに不充分とはいえない状況にあつた。また投票記載所の前面は透明な硝子窓でこれに覆い等はされていないかつたけれども、窓外は人の通行しない未使用の校庭であるうえ、強いて窓外から投票記載を窺がわんとしても視角の関係でたやすく見得ない状況であつた。

(ハ)  仮りに、右のような状態では投票記載所の設備として多少不完全というをまぬかれないとしても、野根選挙区は高知県でも極めて辺鄙な地区で第二投票所の投票総数も僅か五一五票に過ぎなかつたから一日一〇時間の投票時間と見て一時間宛の投票者数は五〇人内外であり極めて閑散な投票であつたのみならず、当日は投票用紙交付事務担当者において投票記載所への入場を調整していたから、一時に投票者が記載机に殺到するということはなく、投票記載中の投票者の側面や後方を徘徊し或はのぞき見したような者は一人も無かつたし、また投票を記載するに当つては秘密選挙に馴らされた今日の選挙人には自己の投票記載をかくそうとする本能的習慣が培われており且設備不完全といつても、各記載机の間には投票者の簡単な注意と相俟つて他人の窺視を避け得る程度の間隔は存するわけであるから、現に設備不完全のため投票者の自由意思がまげられ意中の候補者に投票し得なかつたというような事態は起らなかつた。また窓外から他人の投票記載を窺視した者も、窺見しようとして近づいた者も皆無であつた。

右のような次第であるから、設備に多少不完全な点があつたとしてもこのために投票の秘密が犯され選挙の自由公正が害されたわけではないから、選挙を無効としなければならぬ理由はないと述べ、

更に被告の主張に答えて、

第一投票所の代理投票記載所の設備が被告主張の如くであつて公職選挙法施行令第三二条の理想に沿わない設備であることは認めるが、右投票所は十数年公職選挙の行われる度毎に同じ設備で投票が行われて来たものであり、本件選挙に際しても代理投票について投票者がその意思をまげられたという具体的事実はないのであるからら、投票者の意思は正しく反映しているわけである。したがつて代理投票所の設備の不備の故をもつて選挙の無効を招来するいわれはないと述べた。

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求め、答弁として、

原告請求原因事実のうち、

(一)の事実は認める。

(二)の事実のうち、原告が本件各選挙の選挙人であること及び(イ)の事実並に(ロ)の事実中の、第二投票所が原告主張の場所に設けられ該教室の中央に生徒用腰掛を南北に一列に並べて教室を東西に仕切り、その仕切つた両側にいずれも南側窓に向けてこれに接し三個宛生徒用机を配列し、東側の三個を東洋町長選挙の、西側の三個を町議会議員選挙の、各投票記載所として使用していたが、各記載机の間に何等の遮断設備が施されていなかつたとの点、各記載机後方で其処から全体を充分監視し得る位置に投票立会人席が設けられていたとの点、更に(ハ)の事実中の、野根選挙区が高知県では辺鄙な地区で第二投票所の投票総数が五一五票であつたとの点は、いずれも認めるがその余の事実は争う。すなわち、

投票記載机として使用された生徒用机は高さ七〇糎、幅四〇糎、長さ六四糎で、教室の南側窓に接着して配列されていた六個の各机の間隔は三八糎ないし五二糎しかなく且右各記載机の間には、町長選挙用として使用された東側の三個と町議会議員用として使用された西側の三個との間に生徒用腰掛六脚を一列に並べてその境を画していたほかは、何等の遮断設備が施されていなかつたから、隣席からもまた投票記載のため記載机に近づく者からも特別の姿勢をとることなく自由に他人の投票記載を見ることができるばかりでなく寧ろこれを見ないようにするため又は見せないようにするため意識的に努力しなければならないような状態であつた。また南側窓には透明な硝子障子を入れ且これが一方に開放されていたので窓外から投票記載を窺視しうる状況にあつた。右のように投票記載所の設備は極めて不完全で寧ろ設備なきに等しく、秘密投票の精神は全く没却され投票の秘密並に選挙の自由公正は到底期待できない状態であつた。(以上は公職選挙法施行令第三二条違反である。)そして、右のような設備のまま投票進行中午後一時三〇分以後選挙人森友助の抗議により投票管理者は直ちに各記載机の間隔を広げ窓際のカーテンの裾を約一・五米手前に張出して各記載机の間を遮断する臨時の措置を講じた上、間もなく予て備付の組立式投票記載台を配置して投票を続行したのであるが、右のように設備換えをして秘密保持の措置が執られる迄になされた投票数と以後の投票数とを区別し難いので第二投票所の投票総数五一五票は全部を無効としなければならない。しからば、町議会議員選挙の最上位当選者の得票数は二七五票であるから前記違法の結果それが選挙の結果に異動を及ぼす虞のあること明白である。また町長選挙においては当選者村上操の得票数二、一八八票から前記無効とすべき五一五票を差引けば一、六七三票となり、他方次点者明神通夫の得票数一、五一九票に無効とすべき五一五票を加えると二、〇三四票となり、これまた選挙の結果に異動を及ぼす虞のあること明らかである。よつて本件各選挙は無効とすべきであると述べ、更に、

旧野根町役場の一室に設けられた野根選挙区第一投票所における代理投票記載所は、投票管理者の左前方約三米の処に、左側壁との距離五〇糎而も一般投票者の通路に接近して長さ六八糎、幅三八糎、高さ七〇糎の小机を置き、その周囲に何等の障壁を設けずして設置されたものであるところ、投票管理者は同所において投票補助者百々愛子外一名をして有権者伊吹菊代外一一一名の代理投票をなさしめたが、その際投票者が投票補助者に候補者名を指示するにあたり投票管理者及び投票立会人にその候補者の氏名が聞知されたのであるから他の選挙人にも聞知されたと見られるのである。したがつて右代理投票記載所の設備は投票の秘密を保持するに不充分であつて公職選挙法施行令第三二条に違反するから、代理投票数一一二票は全部無効としなければならない。よつて右代理投票記載所の設備の違法をも本件各選挙の無効原因として追加すると主張した。

(証拠省略)

理由

昭和三四年七月二二日高知県安芸郡東洋町議会議員選挙並に東洋町長選挙が執行されたところ、同年七月二四日訴坂口清馬は右町議会議員選挙のうち野根選挙区における選挙につき、また同年七月二五日訴外森友助は右東洋町長選挙及び野根選挙区における町議会議員選挙の双方につき、夫々これを無効であるとして東洋町選挙管理委員会に対し異議申立をなしたこと、これに対し同委員会が右異議はいずれも理由なきものとして同年八月二二日異議申立棄却の各決定をなしたところ、坂口清馬は同年八月二六日、森友助は同年九月三日、これを不服として夫々被告に対し訴願したこと、これに対し被告は訴願をいずれも理由ありとして主文掲記の如き各裁決をなし、該裁決が同年一二月二三日高知県公報号外第八四号をもつて告示されたこと、並に原告が右各選挙人の選挙人であることは当事者間に争いのないところである。

そこで、本件各選挙に被告主張のような無効原因があるか否かにつき考究する。

(第二投票所の投票記載の設備について。)

本件選挙において野根選挙区第二投票所が県立室戸高等学校野根分校の東端の一教室に設けられ、右教室の中央に生徒用腰掛をほぼ南北に一列に並べて教室を東西に仕切り、其の仕切つた両側にいずれも南側硝子窓に向けこれに接して三個宛の生徒用机を配列し且これに腰掛をそえ、東側の三個を東洋町長選挙の、西側の三個を町議会議員選挙の、各投票記載所として使用したこと及び右各記載机の間には、町長選挙用のものと町議会議員選挙用のものとを区分するために南北に一列に並べられた前記生徒用腰掛のほかは、何等の障壁も設けられず、また各記載机が接している南側硝子窓には外部からの望見を避けるための覆い等は何も施されていなかつたことは当事者間に争いなきところ、証人鍋島久寿、太田貞一、角田宏平、松村雄馬、岡田一俊の各証言並に検証の結果を綜合すると、前記六個の投票記載机はいずれも高さ約七〇糎、長さ(南側窓に向つて左右の長さ。)約六四糎、幅約四〇糎で、そのうち西端の一個は教室の西南隅にある物置から約二〇糎位東寄りに、東端の一個は教室の東南隅にある戸棚から約二八糎位西寄りに、夫々離して据置かれ且各記載机相互の間も約六〇糎程の等間隔(但し、真中の二個の机の間隔はそれよりも多少広く。)で配置されていたこと、南側窓は床板から約八三糎、窓外のコンクリート地磐から大むね標準身長者の肩ぐらいの高さの位置にあり、硝子障子は閉められていたもののカーテンは開かれたままであつたこと、而して投票当日の午後二時頃、偶々投票のため来合せた訴外森友助(町長立候補者)からの抗議により西端の記載机を教室中央寄りに西向きに移動し、他の記載机の間隔を広げてその間に夫々カーテンを窓際から手前に張出して各記載机間の遮断幕とする等の措置を講ずるまでの間は、前記のような状態のままで当日午前七時以降投票が続行されていたことを認めることができ、証人鍋島久寿、太田貞一、角田宏平、森友助、坂口清馬、坂口恵子の各証言中右認定に反する部分(主として記載机の位置、間隔の点に関する。)は措信しがたいところである。しかるところ、前記のような措置が講ぜられる以前の当初の状態では、投票記載設備は未だ公職選挙法施行令第三二条の要求する相当の設備をなしたものということはできないものと解さざるを得ない。なぜならば、検証の結果によると、南側窓外から室内の投票記載を硝子窓越しにのぞき見ることは、窓と記載机との間の落差(机の高さ七〇糎、床板から窓までの高さ八三糎、硝子障子の下枠の幅六糎、したがつて床板から硝子障子中透視可能な部分までの高さ八九糎にして机との間に一九糎の落差がある。)のため標準身長者は特別の姿勢をとらない限り容易ではないけれども、室内においては、投票者が記載机で投票記載をなすとき或は投票記載の直前直後記載机の前に立つたとき、隣席で投票記載中の他の投票者の記載をのぞき見ようとすれば、他の投票者が隠蔽手段をとらない限り、容易にこれをなし得る状況にあつたことを窺うに足るからである。

しかしながら、一方野根選挙区が高知県下でも辺鄙な地区で第二投票所における投票総数も五一五票に過ぎなかつたことは当事者間に争いなく、証人鍋島久寿、岡田一俊、太田貞一、松村雄馬、角田宏平、寺尾弥太郎、山田村一の各証言を綜合すると、第二投票所における投票状況は極く閑散で、只朝方出勤者の投票で一時混雑したことはあつたけれども、これも右投票所受付(教室の東北隅入口)で係員が投票記載所への入場を制限し調節したため場内での混雑は起らず、したがつて投票記載を見せ合つたりその他の不正行為をした者のなかつたことはいうまでもなく、投票記載中の他人の後を徘徊したり或は他人の投票記載をのぞきこんだりした者は一人も見当らなかつたし、また南側窓外から他人の投票記載をのぞき見した者のないことは勿論、窓際に近寄つた者も全くなく、極めて平穏に投票が行われたことを認めることができるから、右認定事実に照せば各投票者は他からの威圧等を感ずることなく自由に意中の候補者に投票し得たものと推認するに足る。尤も、証人坂口清馬は、同人が投票記載をなすに際し隣席の記載机で投票記載中の他人の記載内容が見えた旨証言するが、投票者は投票記載に当り自己の記載を他から窺視されないよう習慣的に無意識の隠蔽手段(上体を多少前に曲げるとか、片方の手で遮蔽するとか。)を執るのが通常であると解せられるから、本件においても各投票者は右のような手段をとつたものと推定すべきであり、したがつて偶々同証人に他人の投票記載が見えたからといつて、これを直ちに他に及ぼし、相当数の者に他人の記載が見え、或は見られたものと推定することは到底できないところである。されば、五一五人の投票者中他人から投票記載を見られた者が一、二名あつたとしても、その事のために本件選挙の自由公正が害されたとは認められず、他にこれを肯認すべき証拠はない。(証人森友助、坂口清馬、坂口恵子の各証言によるも未だこれを肯認するには充分でない。)してみると、第二投票所の投票記載の設備が前示法条に違反し不備であつたからといつてそのために本件各選挙の結果に異動を及ぼす虞があるとはいえないから本件各選挙を無効とすべき理由はないものといわなければならない。

(第一投票所における代理投票記載所の設備について。)

本件各選挙において野根選挙区第一投票所が旧野根町役場の一室に設けられ、右投票所中代理投票記載所が投票管理者席の左前方約三米の位置に、而も選挙人の通行路に接近して、長さ六八糎、幅三八糎、高さ約七〇糎の小机を置いて、その周囲に何等の障壁を設けずして設置されていたことは当事者間に争いなきところ、証人松村長士郎、東野近雄、安岡茂一の各証言によると、同投票所における代理投票総数は一一二票にして、投票者が代理投票補助者に対し自己の投票せんとする候補者名を告知する声が投票管理者並に投票立会人に一、二、聞知されたことを認めることができるから、そのとき同投票所内にいた他の投票者等にもその声が聞こえたことは想像に難くないが、元来代理投票は投票者が代理投票補助者に候補者名を口頭で告知してなされるのであるから、その声が被告知者以外の者に聞知されるか否かは代理投票記載所の設備の巧拙によることも否めないとしても、一方告知者の声の高低に基因するところも大であることを思い合せば、投票者のうちの相当数の者の告知の声が一般に聞知されたという場合なら格別、そのうち一、二名の者の声が他に聞知されたからといつて、それだけで投票の秘密が犯され選挙の自由公正が害されたということはできず、他に自由公正な代理投票が行われなかつたものと認むべき証拠は何も存しない。したがつて仮に代理投票記載所の設備が違法であつたとしても、そのために本件各選挙の結果に異動を及ぼす虞があるとはいえないから本件各選挙を無効とすべき理由はない。

以上判断したとおりであつて、本件各選挙を無効とした被告の各裁決は違法というのほかはないから、これを取消すべきである。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石丸友二郎 安芸修 荻田健治郎)

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