高松高等裁判所 昭和36年(う)107号 判決
判決理由〔抄録〕
およそ、自動車の運転者は、見通しのきかない交差点を通過するときは、何時横合いから人車等が進出するかも判らないから、衝突等の事故の発生を避けるため徐行しなければならないことは条理上当然のことであり、したがって、旧道路交通取締法施行令(昭和三五年一二月二〇日道路交通法施行と同時に廃止された。)第二九条においてもその旨の規定を設けているのであって、原判決が見通しのきかない交差点において自動車運転者に徐行義務のあることを認めたのは正当であるが、しかし、その徐行義務の程度につき、交通頻繁な市街地の場合と田舎道との場合につき区別があるとなすのは合理的根拠に乏しいのみならず、衝突等の事故を回避できる程度の速度であれば足り、直ちに停車できる程度に減速徐行すべき注意義務は一般的に要求せられないとなすのは、前示のように全く見通しのきかない本件交差点において果して具体的に妥当であるか否か疑なきを得ない。
右にいわゆる徐行の程度であるが、徐行の目的は衝突等の事故の発生を未然に防止するためであるから、これを一律に定めることはできなく、具体的場合に応じ徐行の目的を達し得る程度のものであることを必要とすると解すべきであって、本件交差点が見通しの全くきかない場所であり、交通量の比較的少ない本件町道にあっても通行する人車はあるのであり、しかも、いきなり交差点に進出して来る人車のあることも通常予測されるところであるから、右の各事情を考慮にいれて自動車の徐行の程度を定めるべきであって、単に田舎道であるからといって徐行の程度が寛大であってよいといういわれはない。原判決は、自動車の交通機関としての高速度的機能を考慮しているところ、当裁判所としても自動車の右機能を否定するものではないが、しかし、自動車は専用軌道を走る汽車及び電車とは異なり、歩行者及び他の車馬等の通行する道路と同一道路において運行されるのであり、その発進速度の加減及び停止等は汽車等とは比較にならぬ程自由自在に行われ得るのであり、危険の虞れがある際徐行しもしくは停車することによって失われる時間は左程に多くはないのであるから、自動車は同一路面を通行する他の人車に危害を及ぼさないような方法で運転されなければならないのであって、この限度すなわち交通の安全確保のためには自動車の高速度的機能が或る程度犠牲に供せられてもやむを得ないことというべく、原判決は自動車の右機能を重視し過ぎた嫌いがある。
被告人は、前記説示のとおり、藤江直太郎方建物の西北隅の地点から約二米以上手前で、被害者中西正幸が約七米前方である町道消防会堂寄りから進出して来たのを認めたのであるから(この点につき、被告人は、原審第六回公判廷及び当審において、中西正幸は町道藤江直太郎方寄りをいきなり飛び出して来たというけれども、右は司法警察員作成にかかる実況見分調書、原審における検証調書並びに前記説示の本件衝突状況等から判断して到底措信できない。)、もし、被告人が危険を発見すれば直ちに停車し得る程度の速度、すなわち、時速一〇粁以下程度の速度で進行していたとすれば(前記実況見分調書及び各検証調書によると、被告人が被害者中西正幸の運転する軽二輪自動車を発見して衝突の危険を感じ急停車の措置を講じた地点から現実に停車した地点まで約五米近く進行していることが認められるから(この点はスリップ痕だけを根拠にして認めたのではない。)被告人は危険を感じた際直ちに停車し得る程度の速度以上の速度で進行していたというべきである。)遅くとも藤江直太郎方宅地西北隅の地点を北に真直ぐ延長した線あたりまでには停車し得た筈であって、そうすると、中西正幸は被告人の自動車の前方を通過して町道北方に進行しもって本件事故を回避し得たと認められるのであり、また、被害者中西正幸が一旦停車して県道東方の交通状況を見定め安全を確認してから後本件交差点に進出していたとすれば本件事故を避け得たというべきである。然るに、原審及び当審における証人中西正幸の各尋問調書並びに当審第三回公判調書中の同証人の供述によると、同人は、本件交差点に進出する際、極めて遅い速度に落し両足を地面につけて交互に足を運び人の歩行するよりも遅い位の速度で徐行しながら東方の県道を見たところ、約二〇米以上も前方を被告人の運転する本件自動車が交差点に向って西進して来るのを認めたが、自分はそのままの状態で交差点北方の町道へ出ようとしたところ本件衝突事故に遭遇したと供述していることが認められるのであるが、右供述は、被告人の原審及び当審における各供述に照して到底措信できなく、被告人が供述するとおり中西正幸は本件交差点にいきなり飛び出したと認めるのが相当である。
右の点に関連し、本件交差点における通行順位につき、論旨は被告人の進行した県道と被害者中西正幸の進行した町道との広狭につき、町道の方が県道よりも広かったと主張する。なる程、被告人の進行して来た県道の本件交差点への入口の道路巾員が三米であり、中西正幸の進行して来た町道の本件交差点への入口の道路巾員が三・四米であることは前記説示のとおりであるが、しかし旧道路交通取締法第一八条にいわゆる道路の広狭を定めるには、単に当該道路の交差点に接続する一方のみの道路巾員の比較によって決すべきではなく、当該道路の交差点への他の一方の接続部分の道路巾員をも同時に比較し、さらに、当該道路における交通量の多寡をも考慮してこれを定むべきであると解するを相当とするところ、本件交差点を中心としてその西側県道の交差点との接続部分の道路巾員は五・六米であり、北側町道の交差点との接続部分の道路巾員が一・九米であり、県道の交通量は町道の交通量よりも遙かに多いことはいずれも前記説示のとおりであるから、本件交差点における県道は町道よりも右旧道路交通取締法第一八条にいわゆる広い道路であるというべく、この点に関する論旨は失当であるといわなければならない。してみると、本件交差点における通行順位は、被告人と中西正幸とが同時に本件交差点に差しかかって来たと認められること前記説示に徴して明らかである以上、通行につき被告人に優先権があり、中西正幸としては被告人に道路を譲らなければならなかったのであるから、本件事故の発生につき同人にも重大な過失があったというべきである。
しかし、自動車運転者はいかなる場合においても、他との衝突を避けるにつき、そのなし得べき最善の措置を講ずべき業務上の注意義務があるのであって(昭和九年七月一二日大審院第一刑事部判決参照)、交通法規を無視して交差点上に飛び出して来た車馬に対してはこれに衝突させてもよいという道理はなく、このような無法者との衝突を避けるため一旦停車したりもしくは直ちに停車し得る程度の徐行をすることも自動車運転者として講ずべき注意義務に属するというべく、被告人に右交差点通行についての優先権があり、被害者中西正幸に過失があるからといって、直ちに被告人に過失がなかったとなすことはできない。