高松高等裁判所 昭和40年(ネ)244号 判決
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〔判決理由〕そこで本件印鑑証明書が発行されるに至つた経緯を検討するに、
本件印鑑証明書は、昭和三四年二月二〇日、控訴人内海町草壁分室の吏員で印鑑証明書事務を管掌していた中桐四郎が山下正雄に発行交付したものであることは、当事者間に争いがないところ、前記認定事実に((拠証略))を綜合すると、前記山下正雄は、昭和三四年二月頃他から金融を受けようと考え、同じ部落に居住する椎木亀三男(明治三九年一一月一〇日生)に対し、担保物件の提供方を依頼したところ、亀三男から、本件不動産があるが、未だ名義が亡父椎木千之助(明治一〇年三月一五日生)のままになつていて、相続登記をしていないから、担保に提供できないと断られるや、相続登記の手続をしてあげるからと言葉巧みに申向け、亀三男から、同人が保管していた亡父千之助の四角形の実印と亀三男の小判形の実印とを預つたこと、そして山下は、右千之助の実印を使用して同人名義の本件不動産を担保に、被控訴会社から金融を受けようと考え、それには千之助の印鑑証明書が必要であるため、同年二月二〇日司法書士高橋信夫を同道して、内海町役場本庁に赴き、印鑑証明係吏員中川正明に対し、椎木千之助の印証鑑明書の下附を申請したところ、右中川係員から、千之助は既に死亡しているので、同人の印監証明書の発行はできないと拒絶されたこと、そこで山下は、その場であらためて亀三男の実印を提示し、亀三男の印鑑証明書の下附を申請し、千之助の印鑑証明願書中の千之助の名を亀三男に、千之助の生年月日を亀三男の生年月日にそれぞれ訂正して、亀三男の印鑑を押捺したものに、内海町長の証明を受けたこと、次いで山下正雄は、椎木千之助の印鑑証明書を入手するため、前記高橋信夫と意を通じて、同日午後四時三〇分頃両名同道して内海町役場草壁分室に赴き、同分室で印鑑証明事務を担当する吏員中桐四郎に対し、「今朝本庁で椎木の印鑑証明書を一通交付を受けたが、もう一通必要であるところ、本庁へ行く時間がないので、ここでもう一通作つて貰いたい」旨申し出て、先に本庁において交付を受けていた前記椎木亀三男の印鑑証明書中亀三男とある部分を千之助名義に勝手にかいざんしたものを呈示して、椎木千之助の印鑑証明書の下附を申請したこと、ところで、控訴人内海町においては、印鑑証明書の発行事務は、申請人の印鑑につき印鑑簿の備付がなされている内海町役場本庁または支所分室において取扱うのを原則としていたが、申請人がごく最近に発行された印鑑証明書を呈示して、更にそれと同一の証明書の下附申請をする場合には、例外として、当該印鑑についての印鑑簿を備付けていない本庁または他の支所分室においても、右呈示した印鑑証明書の印鑑と申請人の所持する印鑑とを照合して、これが一致し、且つ申請人の住所、氏名、生年月日、先の印鑑証明書に訂正がある場合には訂正印の有無等を逐一たしかめ、更に申請人の呈示する印鑑証明書を発行した本庁または支所分室に電話連絡して、申請人に対し最近印鑑証明書を発行交付した事実があるかどうかを問い合せ、右発行の事実を確認できたときは、住民の利便のため、便宜印鑑証明書を発行交付して差し支えないとの取扱いがなされていたこと、そこで中桐吏員は、椎木千之助の住所は、内海町岩谷であつて、草壁分室の所轄区域外であり、同分室に同人の印鑑についての印鑑簿はなかつたのであるが、控訴人内海町において従来前記のような取扱いがなされていたので、直ちに本庁へ電話連絡し、前記中川吏員に対し、岩谷部落の椎木という者から印鑑証明書をもう一通発行して貰いたい旨の申請が出たが、発行してもよいかという趣旨の照会をしたこと、これに対し本庁の中川吏員は、中桐吏員のいう右椎木というのは、中川吏員が当日本庁で印鑑証明書を発行した椎木亀三男のことであると即断し、本庁で発行した分と同じものならもう一通発行しても差し支えない旨返答したこと、そこで中桐吏員は、山下正雄の呈示した印鑑証明書には、前記のように名前の訂正がなされているのに、この訂正について申請人に質すこともせず、右印鑑証明書は、本庁が椎木亀三男の印鑑証明書として発行したものであるにもかかわらず、これを椎木千之助の印鑑証明書であると軽信して、椎木亀三男の印鑑が押捺されている椎木千之助名義の印鑑証明願に、控訴人内海町の町長水野正義名義で、右印鑑は椎木千之助届出のものに相違ない旨の証明を与え、椎木千之助の本件印鑑証明書(甲第三号証)を発行交付したこと、したがつて、椎木亀三男の印鑑につき、それが椎木千之助(その生年月日は、亀三男のそれに近い明治三九年一一月一四日生と記載されている)の印鑑に相違ない旨の本件印鑑証明書が山下正雄に交付されるに至つたこと、以上の諸事実を肯認することができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
そこで本件印鑑証明書の交付につき、控訴人内海町草壁分室の前記中桐吏員に職務執行上の過失があるか否かにつき検討を加えることとする。およそ印鑑証明書は、印鑑自体の同一性を証明すると共に、取引行為者の同一性ないしは取引行為が行為者の意思に基づくものであることも確認する資料として、契約の締結、不動産の登記申請、公正証書の作成委嘱等の場合にこれが要求され、私人の取引の上で極めて重要な機能を営むものであることは、多言を要しないところであるから、市町村の吏員が印鑑証明書を発行する場合には、いやしくも死亡者の印鑑証明書を発行したり、申請名義人以外の者の印鑑を申請名義人の印鑑として証明するような過誤を犯さないように、充分慎重な考慮を払つて証明事務を処理すべき職務上の注意義務があるものというべきである。しかるに((拠証略))に徴すると、前記中桐吏員は、当日山下正雄と司法書士高橋信夫とが同道して草壁分室に来て、椎木千之助の印鑑証明書の下附申請をした際、かねて右高橋司法書士と顔見知りの間柄であり、また岩谷部落には、椎木なる姓の家は一軒しかないことを知つていたとはいえ、(イ)高橋司法書士と同道して来た者(山下正雄)が何人であるかを確認しないで、軽々に椎木千之助本人であろうと推測し、また(ロ)山下正雄が今朝本庁で交付を受けたといつて持参して来た印鑑証明書は、申請人の名前、生年月日に訂正がなされていたにもかかわらず、この点につき何ら問い質すこともせず、さらに(ハ)本庁へ電話照会をするに際し、中川吏員に対し、単に「岩谷の椎木」と告げたのみで、椎木千之助の住所、名前、生年月日等を告げなかつたこと明らかであり、右認定を左右するに足りる資料はない。
ところで中桐吏員が本件のような印鑑証明書下附申請があつた場合、前記三で認定したような内海町役場の便宜的な取扱方法に従つて、印鑑証明事務を処理しようとしたこと自体必ずしもこれを非難することができないとしても、叙上認定のように、中桐吏員において、下附申請をなす者が何人であるかを確認せず(もし本人でなければ、委任状の提出を求めるべきであることは、乙第三号証の内海町印鑑条例第一三条に照し明らかである)、また本庁で交付を受けたという印鑑証明書に名前、生年月日の訂正がなされているのに、何らの不審をも懐かず、さらに本庁への電話で照会するに際して、申請人の住所、氏名、生年月日等申請人を特定すべき事項を明確に告げなかつた以上、中桐吏員に印鑑証明書発行事務を処理するについて当然尽すべき注意義務を怠つたそしりを免れることはできない。そして本件印鑑証明書下附申請につき、前記山下正雄及び高橋信夫がまことに巧妙な欺罔手段を弄したことは、さきの認定に照らし明らかであるとしても、それによつて中桐吏員の右過失が否定される筋合ではない。この点についての控訴人内海町の所論は採用できない。
そうすると、本件印鑑証明書発行につき控訴人内海町の吏員であつて、印鑑証明事務を担当する中桐四郎にその職務を行うについての過失があつたものというべきである。そして地方公共団体たる市町村が印鑑証明事務を処理するのは、いわゆる公権力の行使に当るものと解するのが相当であるから、控訴人内海町の吏員が印鑑証明事務を行うについて、過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国家賠償法第一条により、控訴人内海町は、その損害を賠償すべき責に任ずべきであることはいうまでもない。
ところで、取引の実情に照すと、一般に契約締結に際し、契約当事者の代理人と称する者が、当事者の印鑑と印鑑証明書とを所持している場合には、相手方としては、その者が代理権を有し且つ印鑑証明書に記載されている人物が実在するものと信ずることは、特段の事情のない限り、非難することができないから、さきに認定したように、山下正雄が本件印鑑証明書を持参したことにより、被控訴会社の社員沖野勇において、椎木千之助が実在の人物であり、且つ山下正雄が椎木千之助を代理する権限があるものと信じたのも無理からぬところであり、他方印鑑証明書が金銭貸借ないしは抵当権設定登記申請等に利用されることは、十分予見できるところでもある。従つて、さきに認定した被控訴会社の損害は、控訴人内海町の吏員中桐四郎がその過失により死亡者である椎木千之助の本件印鑑証明書を発行したことに因つて生じた損害であると断定して妨げない。本件印鑑証明書の発行交付と、被控訴会社の損害との間には、因果関係がないとの控訴人内海町の所論は採用の限りでない。(浮田茂男・加藤竜雄・山本茂)