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高松高等裁判所 昭和42年(う)160号 判決 1967年12月22日

被告人 荒井勝

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金二〇、〇〇〇円に処する。

右罰金を完納することができないときは金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

原審及び当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、記録に綴つてある検察官岡田照志作成名義の控訴趣意書に記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

所論は、要するに、「被告人は、車両運転の業務に従事する者であるが、昭和四一年八月二六日午後二時四〇分頃、西条市大町常心加茂川橋東詰交差点付近道路上を、時速約五〇キロメートルで西に向け大型貨物自動車を運転中、前方を同一方面に向け進行する藤田キヌ子(当三二才)の操縦する自転車の右側を追いぬくにあたり、同女は自転車後部荷台に荷物をつけ、片手に日傘をさし、片手でハンドルをもつて不安定な操縦をしていたから警音器を鳴らして警告を与えるは勿論、減速徐行して同女と接触しないように十分な間隔をとつて進行し、事故を未然に防止すべき業務上の注意義務を怠り、間隔不十分のまま前記速度で同女の右側を進行した過失により、自車の左フエンダー部を同女に接触させて路上に転倒させた上、左後輪で轢き、同女に瀕死の重傷を負わせ、よつて同日午後五時、西条市弁財天六六〇の二済生会西条病院において、骨盤骨折、右大腿部複雑骨折による失血により死亡するに至らしめたものである。」との本件公訴事実につき、原判決が、被告人には本件事故発生について業務上の注意義務を怠つたものとは認められないとして無罪を言い渡したのは、被告人の注意義務の有無についての判断の前提となる事実を誤認したうえ、自動車運転者の追い抜きに関する注意義務についての法令の解釈適用を誤つたもので、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、破棄を免れないというのである。

ところで、司法警察員作成の実況見分調書、当審における検証の結果当審証人大岩五月の尋問調書、同人の司法警察員に対する供述調書、被告人の当公判廷における供述、原審第二回公判調書中の被告人の供述部分、被告人の検察官及び司法警察員に対する各供述調書によると、次の各事実が認定できる。

(一)  本件事故現場は見通しのよいコンクリート舗装をされた幅員約八米の国道十一号線で、東から西に向つて、一・八パーセント(水平距離一〇〇米に対して高さ一・八米)の登り勾配になつていること、

(二)  被害者(当時三二才の女性)は、後部荷台に衣類などを包んだ風呂敷包み二個を縛りつけた自転車にハイヒールの靴を履いて乗車し、左手で日傘をさし、右手で自転車のハンドルを握りながら、前記道路を東から西に向つて、道路の南側から約一・七米の間隔をおいて進行していたこと、

(三)  被告人は、車幅二・四米の大型貨物自動車を運転し、本件事故現場付近に西進していた際、前記被害者を前方約三七米の地点を同方向に進行しているのを発見したが、時速は従前の約五〇キロメートルのまま減速せず、警音器も吹鳴せず、ただ、自車を道路の中央線付近に寄せ、自車の左側端と道路の南端との距離を約二・八米に保つて進行していたこと、(従つて、そのまま進行すれば被害者と並行する際の間隔は約一米となる。)

(四)  被害者は本件事故現場付近では、多少身体が揺れたり、蛇行するなど不安定な状態がみられた後、何ら合図もせず急にハンドルを右に切り、道路中央部に進出して来たが、その際被告人は、自車が右自転車と約四米の距離まで接近していたため、急いでハンドルを右に切り右自転車との衝突を避けようとしたが、間に合わず衝突し、被害者に前記のような重傷を負わせて死亡するに至らしめたこと、

がそれぞれ認められる。

右各認定事実によると、被害者は、前記(二)記載のように不安定な状態で自転車を片手運転しており、しかも、前記のような坂道を登つていたのであるから、よろけたり、蛇行したりして、他の近接して走行する車両の進行を妨げ、接触事故を起したりする危険性が充分推認でき、現に前記(四)のように蛇行するなど不安定な走行状態がみられたのであるうえ、被告人が本件事故現場に至る以前に前記(三)のように自車を道路中央部に寄せていても、(なお、被告人は、センターラインを越えた付近まで自車を寄せて走行し、道路南端と約二・八米の距離を保つていたことを考えると、被害者との間隔保持の点では被告人に注意義務違背があつたものとは解し得ない。)そのまま進行すると被害者を追い越す際の被害者との間隔は約一米しかないことになるのであるから、追い越す以前に警音器を吹鳴し、被害者に後続車のあることを知らしめ、道路左側にできるだけ避譲させるなどして、安全な状態で追い越しができるような態勢をとらしめると共に、自らも減速徐行し、被害者の走行状態に注意して臨機の措置をとり得るよう注意すべき業務上の義務があるものというべきところ、被告人は、前記のように警音器を吹鳴せず、減速徐行しなかったし、前記(三)のように同方向に進行する被害者を前方に発見しながら、前方道路を横断する警察官に気をとられ、再び被害者に目を向けた直後に、被害者が前記(四)のように急に右のハンドルを切つて道路中央に進出して来たためその衝突を避け得なかつたものである(記録四七丁)以上、被告人の右各業務上の注意義務違背にもとづく本件業務上過失致死の公訴事実は優に肯認できるといわなければならない。然るに、原判決が被告人は本件において業務上の注意義務を怠つたものとは認められないとして、被告人に対して無罪を言い渡したのは事実を誤認し、刑法二一一条の解釈を誤つたものというべく、右過誤は判決に影響を及ぼすこと明らかであるから破棄を免れない。論旨は理由がある。

よつて、刑訴法三九七条一項、三八〇条、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により当裁判所において直ちに判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は、自動車運転の業務に従事していたものであるが、昭和四一年八月二六日午後二時四〇分頃、西条市大町常心加茂川橋東詰交差点東方付近国道十一号線上を、時速約五〇キロメートルで西に向け大型貨物自動車を運転中、前方を同一方向に向け進行する藤田キヌ子(当三二才)の運転する自転車の右側を追い抜くにあたり、同女は自転車後部荷台に風呂敷包み二個を積載し、片手に日傘をさし、他方の手でハンドルを握り、不安定な状態で走行していたことを認めたものであるが、かかる場合には、同女がよろけるなどして被告人の自動車に近接するかも知れないことが予測されるので、予め警笛を鳴らして注意を喚起したうえ、減速徐行し右藤田の走行状態を注視して進行し、事故を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、右藤田が直進するものと軽信し、前記速度のまま、警笛も吹鳴しないで漫然進行したため、右藤田が急に道路中央部に進出したのを見て、急きよ右側に自車を避譲したが間に合わず、自車の左フエンダー部を右藤田の操縦する自転車に接触させて同女を路上に転倒させたうえ、左後輪で轢過し、同女に骨盤骨折、右大腿部複雑骨折の重傷を負わせ、よつて同日午後五時西条市弁財天六六〇の二済生会西条病院において死亡するに至らしめたものである。

(証拠の標目)<省略>

(法令の適用)

刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号(罰金刑選択)

刑法一八条

刑訴法一八一条一項本文

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 呉屋愛永 谷本益繁 大石貢二)

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