高松高等裁判所 昭和43年(ネ)48号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕一 訴外高知重工業株式会社が昭和四〇年五月二六日、訴外野村貿易株式会社にあて、額面金一、一〇〇万円、支払期日一覧払、支払地振出地高知市、支払場所四国銀行本店とする約束手形一通を振出交付し、被控訴人両名が右約束手形につき振出人高知重工のために手形保証をなしたこと、野村貿易が昭和四〇年一〇月一日右手形を控訴人に裏書譲渡し、控訴人がその所持人となつたこと、控訴人が右手形を昭和四一年五月九日支払場所に呈示して支払を求めたがこれを拒絶されたことは、当事者間に争がない。
二 尤も、被控訴人らは当初右手形の振出、交付、保証の事実を認めながら、のちに右自白が真実に反し錯誤に基づくものとしてこれを撤回する旨主張するが、右自白が真実に反すると認めるに足る資料はなく、却つて後記認定の事実によれば右自白は真実に反しないものであることが明らかであるから(手形振出の際未だ原因関係債務が発生していなくとも手形の振出行為自体は有効である)、右自白の撤回はこれを許容することができない。
三 そこで被控訴人らの抗弁について判断する。
先ず被控訴人らは、本件手形保証の主債務は結局不発生に終つたのであるから従たる手形保証債務も無効ないしは消滅に帰した旨主張する。
<証拠>を綜合すると、高知重工は昭和四〇年五月野村貿易から艀五隻の建造を代金二、二〇〇万円で請負つたのであるが、右請負契約につき野村貿易から前渡金として代金の半額金一、一〇〇万円を二回に分割して交付を受けることとなり、これに対して高知重工は将来右請負契約の不履行があつた場合野村貿易に対して負担すべき損害賠償義務を担保するために額面金一、一〇〇万円の本件約束手形を野村貿易にあて振出交付したこと、なお当時高知重工の信用状態がかんばしくなかつたことから、野村貿易の求めにより高知重工の役員であつた被控訴人ら両名が右手形につき手形保証をなしたこと、右手形は前記請負契約不履行の場合の損害を担保するため振出された関係から、支払期日を定めずに一覧払とし、手形額面に照応しない金一〇円だけの収入印紙を貼用し、かつ高知重工において野村貿易から右手形の預り証を受取り、もし契約が不履行なくして終了したときには高知重工が右預り証と引換に野村貿易から本件手形の返還を受けることになつていたこと、右艀五隻の受渡期限は昭和四〇年七月二八日となつていたところ、期限には少し遅れたが同年八月上旬頃全部の受渡を完了し、契約はすべて履行され、前記請負契約に基づく高知重工の野村貿易に対する損害賠償義務は不発生に確定したこと、一方右契約以前に、高知重工が野村貿易から請負つた韓国船アリラン号、トラジ号の二隻の造船請負契約があり、右二隻は既に引渡を完了していたのであるが、トラジ号の推進機について一年の保障期間内に故障が起き、これらの損害賠償として高知重工が野村貿易に対し金四一二万円の債務を負担することによりこれを右債務の一部に充当し、結局高知重工が差引金三五六万円を負担することとなり、その支払のため野村貿易に対し約束手形を振出すことになつていたがその振出をしなかつたこと、高知重工は昭和四〇年八月中旬頃野村貿易に対し本件手形の返還を求めたところ、野村貿易は前記トラジ号の別口債務金三五六万円が残存している限り本件手形も返せないとしてその返還を拒絶したこと、高知重工は同年一一月頃事実上倒産し、会社更生の申立がなされ、翌四一年五月会社更生開始決定がなされたこと、以上の事実が認められ、<証拠判断省略>。
ところで手形法第三二条第二項(第七七条第三項により約束手形につき準用)によれば、手形保証は、その担保した債務が方式の瑕疵を除き他の如何なる事由に因つて無効な場合においても有効である旨規定されているので、所謂手形保証独立の原則により、たとえ当該手形の振出が原因関係の事由に因つて無効である場合においても手形保証の成立自体は何等影響を受けないものであり、まして手形振出当時原因関係債務が未だ不存在であつたという事由によつて手形保証が無効になるいわれはないのであるから、前記認定の事実関係の下においては、本件手形保証は一旦有効に成立したものといわねばならない。
右のように手形保証については独立の原則が支配するのであるけれども、他方、手形保証と雖も保証債務の一種であるからその主たる手形債務に附従する性質を有することもまた当然である(手形法第三二条第一項)。従つて、主たる手形債務が支払、相殺、免除、時効等によつて消滅したときは、手形保証債務もまた消滅に帰するものといわねばならない。ただ手形保証は民法上の保証とは異なり手形上の債務を保証するものであり、右手形保証独立の原則に照らしても前記の如く手形債務に直接影響のない原因関係の事由のみに基づき手形保証人が主債務者の有する人的抗弁を援用して手形保証債務の履行を拒絶することは許されないものと解される。
しかしながら、前認定のような事実関係の下に提出された約束手形が、その原因関係たる被保証債務が不成立に確定したような場合には受取人は手形を所持する何ら正当の権限を有しないこととなつたものというべく、約束手形を振出人に返還して手形上の権利を消滅せしむべき筋合である(本件では前認定のように手形の預り証が差し入れられ、右のような場合は手形を返還すべきことが当事者間において特に約諾されていたものである。)。
かかる観点からすれば、受取人の保証人に対する関係も実質的には保証債務が弁済等により消滅した場合と異ならないものというべく、たまたま受取人が振出人に返還すべき手形を返還せずに所持していることを奇貨として保証人に請求することは明らかに不当であつて、保証人において振出人の有する人的抗弁の援用を云々するまでもなく、受取人の請求は権利濫用として許されないものといわねばならない。このような場合にも手形保証独立の原則により保証人への請求を許すことは手形行為独立の原則を不当に拡張するもので、保証人が支払つた場合、求償等の関係においても結局無用に煩さな手続を強いる結果となる。
しかして控訴人が悪意を以て本件手形を取得したものであることは当事者間に争がないので、控訴人は被控訴人らを害することを知つて本件手形を取得したものと推認できるから、以上の説明に照らし、被控訴人は控訴人に対しその前者に対する人的抗弁、即ちその請求が権利濫用なる旨の抗弁を以て対抗し得べく、控控人は本件手形金の請求をなし得ないものといわねばならない。控訴人主張のごとく野村貿易がたまたま高知重工に対して本件約束手形金債権とは全く法的に関係のない別口債権を有しているとしても、右の解釈に何ら消長を来すものではない。
四 してみると、控訴人の本訴請求は理由がないから、これを棄却した原判決は相当である。よつて、控訴人の本件控訴はこれを棄却することとし、控訴費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用し、なお原判決の主文の表示方法には明白な誤謬が存するからこれを本判決主文第三項のとおりに更正した上、主文のとおり判決する。(合田得太郎 奥村正策 林義一)