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高松高等裁判所 昭和46年(ネ)187号 判決 1972年7月07日

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上法律上の主張、提出援用した証拠、認否は、つぎに付加する外は原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(被控訴人の主張)

被控訴人が控訴人に対し、本件賃貸借契約解約の申入れをしたのは、控訴人が、その長男坂本源吾を介して、昭和三八年以来田に水を必要とする七月ないし九月の間に、本件農地からすぐ水下にある被控訴人の自作田に通ずる専用水路において、その四、五ケ所に、一ケ所につき二、三個宛の巨石を置き、すきまに泥を埋めて一滴の水も流れないようにするなど、控訴人に、本件賃貸借契約を継続するに堪え難い信義に反する行為があつたので、本件賃貸借契約解約の申入れにつき知事の許可を得たうえ、これをなしたものである。

(証拠関係)(省略)

理由

一  愛媛県伊予郡砥部町大字七折字野中甲八四番一、田一反八畝二二歩(一八五七・八五平方メートル)、同所甲八三番、田四畝二五歩(四七九・三三平方メートル)内冷水路三歩(九・九一平方メートル)の二筆の土地が現に被控訴人の所有であること、控訴人が右土地のうち、原判決添付図面<1><2>の部分(右甲八四番一の一部)および同<イ>の部分(甲八三番の一部)、(右<1><2><イ>の部分が本件農地)を現に占有していること、以上の事実についてはいずれも当事者間に争いがない。

(なお、本件農地とその東側の隣接地<3><4><ロ>との境には畦畔があつて、その境界が明確であることは、原審検証の結果によつて明らかである。)

二  つぎに、被控訴人の先代坂本精市が昭和一九年頃前記甲八四番一および同八三番の各土地全部を控訴人に賃貸したこと、および控訴人がその後昭和二二年中に右土地のうち、原判決添付図面<3><4><5><ロ>の各土地部分を右坂本精市に返還したことは当事者間に争いがないところ、原審証人坂本冨司の証言(第一回)中には、右各土地の賃貸借の期間が当初一年であつたとの趣旨の証言があるが、右証言は、原審証人坂本源吾の証言と対比してたやすく信用できず、他に右賃貸借に期間の定めがあつたことを認め得る証拠はない。してみれば、右賃貸借は当初から期間の定めがなかつたものというべきである。

三  そこでつぎに、前記各土地のうち、原判決添付図面<1><2><イ>の本件農地の右賃貸借がその後適法に終了したか否かについて判断する。

(一)  前記二に認定の事実に、成立に争いのない甲第一〇、一一号証、並びに弁論の全趣旨によれば、被控訴人の先代亡坂本精市は昭和二六年九月二三日死亡し、被控訴人が相続により本件農地の所有権を取得すると共に、右土地の賃貸人たる地位を承継したことが認められるところ、被控訴人が控訴人に対し、本件賃貸借解約の申入れをするにつき、昭和四二年一二月二五日付で愛媛県知事の許可があつたことは当事者間に争いがない。しかして、右事実に、前掲甲第一〇、一一号証、成立に争いのない甲第一号証ないし第三号証、同第五号証、同第一二号証、原審証人坂本冨司(第一ないし第五回)、同畑中浅吉、同畑中カツコ、同坂本源吾(一部)、同坂本善子(一部)の各証言、原審における控訴人本人尋問の結果(一部)、原審における検証の結果並びに弁論の全趣旨を綜合すると、つぎの如き事実を認めることができる。すなわち、(1)控訴人はもと畑であつた控訴人所有の愛媛県砥部町大字七折字野中甲九九番地の土地を水田にし、その後昭和三四年頃右同所付近を流れる北谷川から右水田に通ずるコンクリートの水路を設けて右水田に引水していたところ、昭和三六年頃旱魃のため著しい水不足となり、北谷川と右九九番地の水田との中間にある同所一〇六番、一〇七番の水田を耕作していた被控訴人の母坂本冨司との間に激しい水争いが起き、以後控訴人と右冨司とは互いに対立するようになつて不仲となつたこと、(2)またその後間もなく、右北谷川の上流地方に道後から道前に通ずるトンネルが建設されたところから、右北谷川の水量が減つて、控訴人らの耕作している地区の水田の灌漑用水が不足するようになり、控訴人が被控訴人から賃借している本件農地の水田と、これに隣接しその水下にある被控訴人の所有で母冨司の耕作している水田とに、灌漑用の引水をするについても、右両者の間に水争いが絶えないようになつたこと、(3)殊に、その頃の稲作期に、控訴人の長男源吾が被控訴人所有の前記水田の灌漑を妨げるため、しばしば、本件農地から右水田に通ずる専用水路に数個の石を置き、或いは土を盛つてこれを閉鎖し、もつて、本件農地が水上にあるに乗じ水下にある被控訴人の所有田への水利を妨害したこと、そして、控訴人は源吾の右所為を容認していたものであること、(4)このようなことから、被控訴人が控訴人に対し本件賃貸借契約解約の申入れをするにつき、控訴人に信義に反する行為があつたとして、愛媛県知事がこれを許可するに至つた(許可のあつたことは当事者間に争いがない)ものであるとみられること、以上の如き事実が認められ、右認定に反する原審証人坂本源吾、同坂本善子の各証言および原審における控訴人本人尋問の結果は、前記各証拠に対比し、たやすく措信することができず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(二)  しかして、昭和四三年一〇月二三日の原審第四回口頭弁論期日において、被控訴人の代理人岡井藤志郎が控訴人の代理人南健夫に対し、本件賃貸借契約解約の申入れをするについての知事の許可を得たとして、本件賃貸借解約の申入れをしたことは、本件記録上明らかである。

してみれば、本件農地に対する控訴人の賃借権は、右解約の申入れがあつた日から一年を経過した昭和四四年一〇月二二日限り適法に終了したものというべきである。

なお、控訴人は、前記知事の許可処分は不当であるから、松山地方裁判所に右許可処分の取消訴訟を提起し、現在その審理中であると主張しているが、行政処分には拘束力および公定力があるから、権限ある機関による現実の取消または執行停止がない以上、当該行政処分は適法であるとの推定を受け、相手方は勿論、国家機関もその効力を否定することはできず、これを尊重して従うべきであるから、右許可処分の取消訴訟が提起され、現に審理中であるとのことのみでは、これをもつて前述の賃貸借終了の効果を否定することはできないといわなければならない。

四 そうだとすれば、控訴人は、昭和四四年一〇月二三日以降現在に至るまで、被控訴人に対抗し得る何等の権原もなく、不法に本件係争地を占有しているものというべきであるから、所有権に基づき本件農地の返還を求める被控訴人の本訴請求は正当である。

よつて、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、民訴法三八四条により本件控訴を棄却し、控訴費用につき同法九五条八九条を適用して主文のとおり判決する。

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