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高松高等裁判所 昭和46年(ネ)207号 判決 1973年10月30日

控訴人 株式会社愛媛相互銀行

右代表者代表取締役 高田周蔵

右訴訟代理人弁護士 宮部金尚

被控訴人 有限会社大丸給食センター

右代表者代表取締役 岩井頼光

右訴訟代理人弁護士 米田正弌

同 黒田耕一

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

≪以下事実省略≫

理由

一  被控訴人主張の請求原因一、二の各事実(原判決請求原因一、二に記載)および被控訴人会社が控訴人銀行から昭和三九年五月下旬頃から同年六月中旬までの間に数回に亘り、本件預金七〇〇万円の内金五〇〇万円の払戻を適法に受けたことはいずれも当事者間に争いがない。

二  そこでつぎに、本件預金の残金二〇〇万円が控訴人主張の如く適法に払戻されたか否かについて判断する。

訴外清家義家が本件預金のなかから昭和三九年五月二九日金五〇万円、同年六月六日金一一〇万円、同月一一日金四〇万円、以上合計金二〇〇万円の払戻を受けたことは当事者間に争いがなく、また、≪証拠省略≫によると、右清家は被控訴人会社の代理人として控訴人銀行から右合計金二〇〇万円の払戻を受けたことが認められるところ、控訴人は、右清家は被控訴人会社の設立発起人の一人であってその設立後は専務取締役として被控訴人会社の営業上の外交等を担当しており、また、本件預金の預入れや訴外中小企業金融公庫からの借入、本件預金以外の預金についての預入れ、払戻請求等に関し、被控訴人会社を代理する一切の代理権限を有していたから、本件預金の払戻についても当然にその代理権限があったと主張し、原審証人清家義家は本件預金の払戻に関する代理権限があったことを窺わせる趣旨の証言をしているが、後記各証拠ならびに後記認定の本件預金払戻の事情に照らして考えると、右証言はたやすく信用できず、また、前記控訴人主張の諸事情があったにしても、右事情のみから直ちに右清家に本件預金の払戻に関する代理権限があったものとは認め難いのであって、他に右清家に右代理権限のあったことを認め得る証拠はない。却って、≪証拠省略≫を綜合すると、つぎの如き事実を認めることができる。すなわち、被控訴人会社は、その代表者岩井頼光と前記清家義家とが発起人となり、昭和三九年一月一六日(登記の日)に設立された有限会社であって、給食および食堂経営等をその営業目的としており、右清家は右設立の当初からその専務取締役であったこと、ところで被控訴人会社では、かねてから金銭面で前記清家には信用のおけない点があったので、日頃から代表者の岩井頼光がその代表者印を保管し、その取引銀行からの預金の払戻請求や被控訴人会社の振出す小切手等には右岩井自身が右代表者印を押捺することにしていたもので、本件預金七〇〇万円の払戻等についても右岩井自からがこれを行うことにして右清家にはその払戻を受ける代理権限を与えておらず、右払戻に使用する印鑑として控訴人銀行八幡浜支店に届出の印鑑も右岩井自から所持し保管していたものであること、しかるに、前記清家は、かねて被控訴人会社を設立する以前に同人の経営していた東洋味噌の債務の返済に窮していたところから、被控訴人会社に無断で本件預金を払戻して自己の右旧債務の返済に充てようとしたが、本件預金の払戻に必要な被控訴人会社の代表者印は前記の如く代表者の岩井が絶えず所持し保管をしていたので、被控訴人会社には無断でその頃八幡市内の印章店に依頼して被控訴人会社の代表者印を別個に作成偽造した上、これを用いて昭和三九年五月二九日本件預金の内金五〇万円の払戻を求める旨の被控訴人会社代表者名義の普通預金払戻請求書一通(乙第七号証)を偽造して提出するなどして被控訴人会社に無断で右金五〇万円の払戻を受けた外(本件普通預金通帳は当初から控訴人銀行に預けられていた)、同年六月六日および同月一一日の両日、それぞれ前同様偽造印を用いて金一一〇万円および金四〇万円の各本件普通預金払戻請求書(乙第八・九号証)を偽造して提出するなどし、被控訴人会社には無断で右預金の払戻を受けたこと、そして右払戻を受けた金は被控訴人会社のために使用せず、清家の個人的用途に費消したこと、以上の如き事実が認められる。してみれば、前記清家には被控訴人会社のため本件預金の払戻を受ける代理権限はなかったもので、前記乙第七号証ないし第九号証の本件預金払戻請求書は右清家が被控訴人会社に無断で作成した偽造文書というべきであるから、右清家に本件預金払戻の代理権限があったとの控訴人の主張は失当である。

三  そこでつぎに、控訴人の表見代理に関する主張について判断する。

≪証拠省略≫を綜合すると、被控訴人会社設立以来、前記岩井頼光はその代表取締役として会社業務全般に亘る職務を担当し、また清家はその専務取締役として右会社の外交関係、営業の現場監督等の職務を担当し、これに必要な代理権限を有していたこと、また、本件預金七〇〇万円は、被控訴人会社が愛媛県信用保証協会の保証を得て中小企業金融公庫から融資を受け、これを控訴人銀行八幡浜支店に預金したものであるところ、被控訴人会社が右金七〇〇万円の融資を受けるについても、主として前記清家がその対外的な交渉に当って努力した結果、右融資を受けるようになったものであって、右清家には、以上の如き被控訴人会社のためにする基本代理権を有していたことが認められ、また、≪証拠省略≫によれば、前記清家の請求に基づいてなされた金二〇〇万円の本件預金の払戻に関する事務は、現実に控訴人銀行の普通預金係明賀喬、預金関係担当の支店長代理平野長作やその他出納係等によってなされたところ、右明賀ら本件預金の払戻担当者らは、前述の清家から本件預金の払戻請求を受けた際、右清家には被控訴人会社のため右預金の払戻を受ける代理権限があるものと信じてその払戻請求に応じたことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

つぎに、右清家の請求に基づいてなされた預金の払戻につき控訴人主張の表見代理が成立するためには、現実に右預金の払戻を担当した右明賀らについて右清家に本件預金の払戻を受ける代理権限があると信ずべき正当事由のあることが必要であるところ、控訴人は、右清家は被控訴人会社の専務取締役であって、本件預金の預入れや訴外中小企業金融公庫からの借入れ、さらには本件預金以外の預金についての預入れ、払戻等に関し一切の代理権限を有していたとして、右諸事情等から、前記明賀喬ら控訴人銀行の本件預金の払戻事務を担当した係員において、右清家に本件預金の払戻を受ける代理権限があると信ずべき正当の理由があったとの趣旨の主張をしており、≪証拠省略≫によると、控訴人主張の如き右諸事情のあったことは認めうる(右清家が被控訴人会社のためにする基本代理権を有していた事情については先にも認定した)ところである。しかしながら≪証拠省略≫を綜合すると、本件預金払戻当時、控訴人銀行八幡浜支店の普通預金係であった訴外明賀喬は、同人が清家義家から前記の如く前後三回に亘って本件預金の払戻請求を受けた際、右清家が被控訴人会社の専務取締役であることを知らなかったし、また、被控訴人会社のため前記の如き基本代理権があることについても明確に認識していなかったが、右清家の提出した普通預金払戻請求書(乙第七号証ないし第九号証)に押捺されている被控訴人会社代表者名義の偽造印の印影とかねて控訴人銀行八幡浜支店に届出の印鑑の印影とを肉眼で一応照合し、右請求書に押捺されている印鑑の印影は従前届出のものと同一であると軽信した結果、右清家には本件預金の払戻を受ける代理権限があると考え、右預金の払戻請求に応ずることにしてその手続を進め、また同支店の支店長代理平野長作やその他出納係等の本件預金払戻の担当者等も、右明賀の行った印鑑照合の結果をそのまま信頼して本件預金の払戻手続を進め、その結果本件預金から前記合計金二〇〇万円が右清家に払戻されたこと、したがって、本件預金の払戻については控訴人銀行八幡浜支店長竹中敬三や同貸付係古谷義章らは関与しておらず、右払戻は普通預金係の明賀らが右印鑑照合にのみ依拠してなしたものであって、当時右明賀らにおいて右払戻請求書に押捺されている印鑑の印影が従前届出の印鑑の印影と相違していることを発見しておれば、そのままでは右清家の本件預金の払戻請求には応じなかったとみられること、ところで、被控訴人会社がかねて控訴人銀行に届出ている印鑑の印影と、前掲乙第七号証ないし第九号証の預金払戻請求書に押捺されている偽造印の印影とは、これを少しく仔細にみれば、「大丸給食センター有限会社」なる文字のうち「給」の字の右側つくりの「」とその下の「一」との間隔が前者は後者に比べて狭くなっており、また「夕」の字の右側「ノ」の線が前者は後者に比べて外側に円くふくらんでいるし、さらに「限」の字の「」の上の部分が下の部分に比べ、前者の方が後者の方よりも小さくなっていること等の相違点があり、銀行の預金担当者が右真印と偽造印の各印影を拡大しないでそのまま肉眼で比較対照するいわゆる平面照合によった場合でも、銀行員が社会通念上一般に期待される業務上の注意をもって慎重に熟視して照合すれば、右の点の相違を発見することはさして困難でないこと、しかるに右明賀は右注意義務を尽さなかったために右印鑑の相違を見落したことなどの事実が認められる。してみれば本件預金のうち清家の払戻請求に基づいてなされた前記金二〇〇万円の払戻については、現実に清家の被控訴人会社における地位・役割やその担当職務等を明確に認識していなかった控訴人銀行の預金係明賀喬やその他の預金払戻担当者が、社会通念上一般に期待される業務上の注意をもって慎重に右印鑑照合をしなかった結果、前記清家の提出した乙第七号証ないし第九号証の本件預金払戻請求書に押捺されている被控訴人会社代表者印の印影が従前届出の印鑑の印影と異ることを看過し、これを同一のものと誤認したところから右清家に本件預金の払戻を受ける代理権限があると考えて右預金の払戻請求に応じたものというべきであるから、控訴人主張の右清家が本件預金以外の預金についての預入れ、払戻等に関し代理権限を有していたとの事実のあったことを考慮に入れても、右明賀らにおいて本件預金の払戻につき右清家にその代理権限があったと信ずべき正当な理由はなかったものというべきである。そして、他に右認定判断を左右するに足る証拠はない。よって右表見代理に関する控訴人の主張も失当である。

四  つぎに、控訴人は、本件預金については、被控訴人会社との間に、控訴人銀行の係員が通常の注意をもってかねて届出の署名印鑑等を対照し、その同一性を確かめて払戻した以上は、印鑑の盗用、偽造、その他どのような事故があっても責任を負わない旨の免責約款の特約があった、仮りにしからずとするもその旨の商慣習があったから、本件預金の払戻については、控訴人銀行は免責されると主張するが、一般に右控訴人主張の如き免責約款は、預金払戻しに際し、銀行員が社会通念上一般に要求される業務上の注意をもって慎重に印鑑照合を行うべき注意義務を特に軽減するものではないと解すべきところ(最高裁昭和四六年六月一〇日判決参照)、本件においては、上記に認定のとおり、控訴人銀行の預金払戻担当者明賀喬らが銀行員として社会通念上一般に期待される業務上の注意をもって慎重にその印鑑照合をすれば、右清家が作成偽造して提出した乙第七号証ないし第九号証の本件預金払戻請求書に押捺されている被控訴人会社代表者名義の印鑑の印影が従前届出の印鑑の印影と相違していることを発見し得る状況にあったもので、かかる場合には右印鑑の相違を看過して払戻した右預金支払による不利益を預金者に帰せしめることはできないから(前掲最高裁判決参照)、右免責約款に関する控訴人銀行の主張はその余の点につき判断するまでもなく失当である。

五  そうだとすれば、控訴人銀行が前記清家の請求に基づいて同人に払戻した合計金二〇〇万円の本件払戻行為は無効というべきであるから、控訴人銀行は被控訴人会社に対し本件預金の残金二〇〇万円およびこれに対する本件訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和四〇年一〇月九日以降右支払済に至るまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるといわなければならない。

よって、右金員の支払を求める被控訴人の本訴請求を認容した原判決は相当であって本件控訴は理由がないから、民訴法三八四条によりこれを棄却し、控訴費用につき同法九五条八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 加藤龍雄 裁判官 後藤勇 小田原満知子)

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